岡山地方裁判所 平成元年(ワ)752号 判決 1991年12月17日
原告
中谷道弘
同
萩原曉生
同
藤井賢一
同
秋山則正
同
大中憲二
右五名訴訟代理人弁護士
奥津亘
同
佐々木斉
同
大石和昭
被告
岡山電気軌道株式会社
右代表者代表取締役
松田基
右訴訟代理人弁護士
平松敏男
同
木津恒良
主文
一 被告は、原告らに対し、それぞれ、金五万一〇〇〇円及びこれに対する平成元年一一月一一日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告らの負担とし、その余は被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告らに対し、それぞれ、金五〇万一〇〇〇円及びこれに対する平成元年一一月一一日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 第一項につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
(一) 被告は、市内電車及び市内バス等による旅客運送事業等を目的とする株式会社であり、原告らは、いずれも被告の従業員である。
(二) 被告には、労働組合として私鉄中国地方労働組合岡山電軌支部(以下「岡山電軌支部」という。)があり、原告らは、いずれも岡山電軌支部の組合員である。
2 減給処分の違法性
(一) 被告は、原告らに対し、平成元年九月一八日、原告らが就業規則六条一一項、一三項及び一七項の遵守事項に違反したとして、平成元年九月分の給料から減給処分一〇〇〇円とする旨通知し、同月二五日に支払われるべき九月分の給料から一〇〇〇円を控除した(以下「本件減給処分)という。)。
(二) 被告の就業規則六条一一項、一三項及び一七項の規定は、以下のとおりである。
一一項 暴言、暴力行為その他職場の風紀、秩序をみだしてはならない。
一三項 公私を問わず会社の名誉を棄損し、又は信用を傷つけてはならない。
一七項 その他、従業員としての対面をけがしてはならない。
(三) 平成元年七月二日午後三時ころ、被告の電車部東山営業所の従業員控室(以下「本件従業員控室」という。)で休息していた従業員が、同室の天井の一部に直径二ミリくらいの穴が約二〇個ほど開いており、穴の裏側に相当する部分に集音機装置様の物があることを発見した。
(四) 同月三日、右工作物は盗聴器かも知れないと直感した岡山電軌支部の組合員が、教育係主任である岡本信也(以下「岡本教育係主任」という。)に対し、右工作物を確認するよう求めたが、同人は、同営業所の責任者は所長代理である磯野省吾(以下「磯野所長代理」という。)であって、自分は責任者ではないから天井を開けることはできないなどと言ってこれを拒否した。
さらに、岡山電軌支部の組合員らは、電車部長(常務取締役・労務部長)である楢村普典(以下「楢村常務」という。)にも立ち会いを求めたが、同人も、磯野所長代理に言ってくれと称してこれを拒否した。
当日、磯野所長代理は休暇のため不在だった。
そこで、岡山電軌支部の組合員らは、岡本教育係主任に対し、磯野所長代理が出社するまで現状を保存し、右工作物を撤去しないように申し入れた。
(五) ところが、同月四日午前六時ころ、右工作物がすでに撤去されていることが発見された。
岡山電軌支部の組合員らは、岡本教育係主任に事情の説明を求めたが、同人は関与を否定した。
(六) 同月五日、磯野所長代理は、岡山電軌支部の組合員らに対し、「盗聴器が仕掛けてあったとすれば徹底的に究明しなければならない。」などと発言したが、何ら具体的に調査をしようとしなかった。
(七) 同月六日午後七時三〇分ころから、岡山電軌支部の組合員らは、職場集会を開催し、盗聴器問題について討論したが、岡本教育係主任の態度があいまいであったので、同人に工作物が撤去された経過について説明を求めることになった。
そこで、原告ら五名を含む一三名の組合員が、同日午後九時過ぎころ、岡本教育係主任の自宅を訪れ、約二五分間同人と話し合ったが、同人が自分の関与を否定し、営業係主任である小林敏久(以下「小林営業係主任」という。)が知っているかもしれないなどと発言したので、次いで、小林営業係主任の自宅を訪れ、約一〇分間同人と話し合った。その際、原告ら他の組合員は、とりたてて大声を出すこともなく、平静に話し合った。
(八) 同月七日、被告は、原告らを含む右の組合員に対し、右の行為が就業規則六条一一項、一三項及び一七項に違反しているとして、始末書を提出するよう通告した。原告らが、始末書の提出を拒否したところ、被告は、原告らを本件減給処分に付した。
(九) 原告らが、岡本教育係主任及び小林営業係主任の自宅を訪問したのは、被告が盗聴器を設置、撤去しながら何ら誠意ある対応をしなかったので、この点について説明を求めるためであって、正当な組合活動であり、かつ、手段、方法も社会的に相当なものであった。
したがって、原告らの右行為を事由とする本件減給処分は違法で無効なものである。
3 盗聴器設置の違法性
(一) 被告が本件従業員控室の天井に盗聴器を設置していたことは、岡山電軌支部の組合員らが天井裏の工作物の確認を求めたにもかかわらず、これを拒否し、これを秘密裡に撤去したこと、楢村常務が同月八日に労働組合に関する情報収集のために設置したことを認める発言をしていることなどから明らかである。
(二) 本件従業員控室は、従業員が食事、休憩、待機等のために使用していたものであり、主に岡山電軌支部の組合員が利用していた。
原告ら組合員は、本件従業員控室において、個人的な雑談をするのみならず、休憩時間には組合の活動についても話し合いや打ち合わせをしていた。
(三) 被告が本件従業員控室に盗聴器を設置し組合まで組合員個人の情報を収集したことは、原告らのプライバシー及び組合活動の自由を侵害するものであって違法である。
4 未払賃金及び慰謝料
(一) 原告らは被告に対し、それぞれ、本件減給処分によって、平成元年九月分の給与からの控除された一〇〇〇円について賃金請求権を有する。
(二) 原告らは、それぞれ、本件減給処分及び盗聴器の設置によって、精神的苦痛を被ったところ、慰謝料としては五〇万円が相当である。
5 よって、原告らは、被告に対し、それぞれ、前項の合計五〇万一〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成元年一一月一一日から支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1(一)及び(二)の各事実は認める。
2(一) 同2(一)及び(二)の各事実は認める。
(二) 同2(三)の事実は知らない。
(三) 同2(四)のうち、岡山電軌支部の組合員が盗聴器かも知れないと直感したことは知らない。岡山電軌支部の組合員らが岡本教育係主任に磯野所長代理が出社するまで現状を保存し右工作物を撤去しないように申し入れたことは否認し、その余の事実は認める。
(四) 同2(五)のうち、右工作物がすでに撤去されていることが発見されたことは知らない。その余の事実は否認する。
(五) 同2(六)の事実は否認する。
(六) 同2(七)のうち、原告らを含む一三名の組合員が岡本教育係主任及び小林営業係主任の各自宅を訪れたことは認め、話し合いが平静なものであったことは否認し、その余の事実は知らない。
原告らは、岡本教育係主任及び小林営業係主任を取り囲んで、大声で執ように叫び、もう遅いから帰るように求められたにもかかわらず帰ろうとしなかったものである。
(七) 同2(八)の事実は認める。
(八) 同2(九)の事実は否認する。
原告らは、夜間大勢で上司である岡本教育係主任及び小林営業係主任の各自宅を訪れ、対応に出た両名を取り囲み大声で糾問し、両主任及びその家族に恐怖心や大きな不安を抱かせ、また、近所に迷惑をかけたものであって、右行為は、組合活動として許容される社会的相当性の範囲を逸脱し、職場の風紀秩序を乱し、会社の信用を傷つけ、従業員としての体面をけがすものである。
3(一) 同3(一)の事実は否認する。
(二) 同3(二)の事実は否認する。
本件従業員控室は、被告が所有管理する施設であり、一般の従業員の他、管理職も利用するものである。
また、本件従業員控室と内勤待機室はインターフォンが接続されており、この操作により本件従業員控室の会話を内勤待機室で聞くことができ、このことは従業員全てが知っていた。
(三) 同3(三)の事実は否認する。
本件従業員控室は、被告が管理する施設であり、しかも室内における会話が外部から把握することができる設備が設置されていたのであるから、このような場所において会話をすることは、プライバシーとして保護されるべき権利ないし利益にはあたらない。
4 同4(一)及び(二)の各事実は否認する。
第三証拠
当事者双方が提出、援用した証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求原因1(当事者)(一)及び(二)の各事実は、当事者間に争いがない。
二 請求原因2(減給処分の違法性)について
1 請求原因2(一)(減給処分)及び(二)(就業規則の内容)の各事実は、当事者間に争いがない。
2 (証拠・人証略)並びに原告萩原曉生本人尋問の結果によれば、以下の事実を認めることができる。
(一) 平成元年七月二日午後三時ころ、原告萩原曉生ほか一名の従業員が本件従業員控室で休憩していたところ、同室の天井に直径約二ミリの穴が約二〇個ほぼ円形状に開いており、その裏側に何かの器具があるのを見つけた。
(二) 同月三日、原告萩原曉生は右の器具が盗聴器ではないかと考え、岡山電軌支部に連絡したところ、被告の責任者の立会いのもとで天井を開けてみるようにとの指示があったので、磯野所長代理を探したが、同人は休暇で不在であった。
そこで、岡山電軌支部の組合員らは、岡本教育係主任に立会いを求め、天井を開けるよう要求したが、同人は自分は責任者ではないから天井を開けることはできないと言って拒否したので、楢村常務にも立会いを求めたが、同人も磯野所長代理に言ってくれと述べて立ち会わなかった。
他方、岡本教育係主任は、磯野所長代理に連絡を取ろうとしたが、結局、連絡を取ることができなかった。そこで、組合員らは、岡本教育係主任に対し、翌日磯野所長代理立会いのもとで天井を開けてみるまで現状のままにしておくように申入れて、同日午後九時三〇分ころ帰宅した。
(三) 同月四日午前六時ころ、組合員が出勤したところ、本件従業員控室の天井裏にあった右器具がなくなっていた。そこで、組合員らが、岡本教育係主任に説明を求めたが、同人は自分は知らないと述べるだけであった。
(四) 同月五日、組合員らは、磯野所長代理及び岡本教育係主任に対し、はたして盗聴器が設置されていたか否か問い質したが、磯野所長代理は盗聴器が仕掛けられていたとすれば徹底的に究明しなければならないなどと述べたが、同人らは前日に天井裏の器具が撤去された経過について何ら明らかにしようとしなかった。
(五) 同月六日、組合員らは、午後七時三〇分ころから、職場集会を開き、盗聴器問題について検討したが、岡本教育係主任の態度があいまいであったので、これから同人の自宅を訪れて説明を求めることにした。
原告ら五名を含む一三名の組合員が、同日午後九時三〇分ころ、岡本教育係主任の自宅を訪れ、玄関先で、約三〇分間、盗聴器のことなどについて話し合いをしたが、同人は自分は知らないなどと答えるだけであった。
さらに、原告ら組合員は、岡本教育係主任がこのことは小林営業係主任も知っているなどと発言したので、次いで、同日午後一〇時一〇分ころ、同人の自宅を訪れ、約一五分間同人と話し合った。右の話し合いの際、原告ら組合員は、時には大きな声となることもあったが、おおむね平穏に話し合いがなされた。
(六) 同月七日、被告は、原告ら五名を含む右の組合員全員に対し、前日岡本教育係主任及び小林営業係主任の自宅に押しかけた行為が就業規則六条一一項、一三項及び一七項に違反しているとして、同月一〇日までに始末書を提出するように通告した。これに対し、原告らを含む右の組合員全員が、同月一〇日、盗聴器問題の解明を求めるなどとして、始末書の提出を拒否した。
(七) 同月八日、津田俊明書記長ほか岡山電軌支部の役員と楢村常務との間で、盗聴器問題について協議された。その際、楢村常務は、「付けても付けなくても会社の設備に取り付けるのは自由だ。」、「すぐ撤去したから実害はなかった。」、「(付けた目的は)情報収集じゃろうなあ。」、「(盗聴器を撤去したのは)私じゃろうぜ。」などと、暗に被告の承認のもとで労働組合に関する情報収集のため盗聴器が設置されていたことを認める発言をした。
3 右2において認定した事実関係によれば、岡本教育係主任及び小林営業係主任の自宅を訪問した当時、原告らが本件従業員控室に盗聴器が設置されたとの疑念を抱くについては相当な理由があり、しかも、被告が右の疑念を解明するために何らの措置も取ろうとしなかったことからすれば、原告らがこれに何らかの関わりがあると疑われた両名の自宅を訪れ釈明を求めようとしたことも十分に理解できるところである。なるほど、原告らが午後九時も過ぎた時間に突然に自宅を訪問したことは、必ずしも穏当な行動であるとはいえないが、原告らがこのような行動に至った経過及びその場での原告らの態度が必ずしも威圧的なものとはいえなかったことに鑑みれば、原告らの右行動は社会的に相当な範囲内の行為であるというべきであり、懲戒処分の事由にはあたらないものというべきである。
他方、被告は、自ら盗聴器をめぐる疑惑を明らかにすることなく、一方的に原告らの右行為をとらえて懲戒処分をしたことを考えると、本件減給処分は違法で無効なものと認めるのが相当である。
三 請求原因3(盗聴器設置の違法性)
1 前記二2において認定した事実関係、とりわけ本件従業員控室の天井にあった器具が撤去された経過、その前後の被告の対応及び楢村常務の発言内容からすれば、誰が設置したのかを特定することはできないが、少なくとも被告の承認のもとで、組合活動に関する情報収集のため、平成元年九月二日の時点で本件従業員控室に盗聴器が設置されていたものと認めることができる。
なお、本件全証拠によるも、右盗聴器が何時から設置されていたかを認めるに足りる証拠はない。
2 原告萩原曉生本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、本件従業員控室は、被告が管理する施設であり、従業員が食事、休憩、待機等のために使用していたこと、原告ら岡山電軌支部の組合員が本件従業員控室を利用することが比較的多かったが、他の従業員、管理職等も自由に出入、利用していたこと、原告らは本件従業員控室で休憩時間には私的な会話の他組合活動についても話をしていたことを認めることができる。
3 右2において認定したとおり、本件従業員控室は、被告が管理する施設であり、原告らの他にも自由に従業員らが出入りしていたものであるが、原告らは私的な会話等をすることもあったというのであるから、原告らがこのような会話を他人に聞かれていることを容認していたものとは考えられず、本件従業員控室に盗聴器を設置し会話を傍受することは、原告らのプライバシーを侵害するものであって違法なものといわなければならない。
四 請求原因4について
1 原告らが本件減給処分によって平成元年九月分の給与からそれぞれ一〇〇〇円を控除されたことは当事者間に争いがなく、本件減給処分は違法で無効なものであるから、被告は、原告らに対し、それぞれ、右各控除金額と同額の賃金支払義務がある。
2 本件減給処分及び盗聴器の設置による慰謝料については、本件減給処分に至った経過、被告の対応、本件従業員控室が被告の従業員が一般に利用することのできるものであって、このような場所における会話は、いわゆる私的な場所における会話と比べて、プライバシーとして保護されるべき程度が低いものと考えられること、被告による盗聴の期間が明らかでないことなどの事情を考慮して、原告ら各人につき五万円と認めるのが相当である。
五 よって、本訴請求は、原告らがそれぞれ前項の合計五万一〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることの記録上明らかな平成元年一一月一一日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 梶本俊明 裁判官 岩谷憲一 裁判官 芦髙源)