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岡山地方裁判所 平成10年(ワ)161号 判決 2000年3月06日

主文

一  原告の請求にかかる訴え(甲事件)を却下する。

二  原告は、被告に対し、金一九五二万八八七九円及びこれに対する平成一一年五月一九日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

四  この判決は第二項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  甲事件

1  原告の請求の趣旨

(一) 被告は、原告に対し、二八〇五万六二〇九円及びこれに対する平成九年二月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え(原告は、破産債権確定訴訟に訴えを変更したが、その後に破産債権の届出を取り下げたのであるから、本訴も従前の給付訴訟とする趣旨と解する。)。

(二) 仮執行宣言

2  被告の本案前の答弁

(一) 本件訴えを却下する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

3  請求の趣旨に対する被告の答弁

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

二  乙事件

1  被告の請求の趣旨

(一) 原告は、被告に対し、一九五二万八八七九円及びこれに対する平成一一年五月一九日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

(三) (一)につき仮執行宣言

2  請求の趣旨に対する原告の答弁

(一) 被告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

第二  事案の概要

一  甲事件

1  原告の請求原因

(一) 原告は損害保険業を営む会社である。

(二) 原告は、B株式会社(代表取締役は破産者A〔以下「A」という。〕、以下「B」という。)との間で、平成八年三月二八日、B所有の別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)について、保険期間を同月二九日午後四時から平成九年三月二九日午後四時までとする火災保険契約(店舗総合保険契約、以下「本件保険契約一」という。)を締結した。

(三) Aは、火災保険金(店舗総合保険金)を詐取しようと企て、自分の経営するB所有の本件建物に放火したため、平成九年一月一六日午前〇時二〇分ころ、火災が発生し、本件建物及び本件建物内の機械、設備、工具類が全焼した(以下「本件火災」という。)。

(四) そのため原告は、Aの右行為により、次のとおり損害を被った。

(1) 詐取保険金  二五一四万九四四〇円

右事情を知らない原告は、平成九年二月一四日、本件火災を原因として本件保険契約一に基づき、Bに対し、その指定する預金口座に火災保険金(店舗総合保険金)二五一四万九四四〇円を振り込んで支払った(着金日は同月一八日)。

(2) 損害調査費用   三五万六七六九円

原告は、本件火災による損害額を調査するため、株式会社内山鑑定事務所に損害額の鑑定を依頼し、その費用として三五万六七六九円を支払った。

(3) 弁護士費用   二五五万円

原告は、甲事件を提起するにあたり、原告訴訟代理人らに委任し、報酬を支払う旨約した。Aの右不法行為による損害といえる弁護士費用は、二五五万円が相当である。

(五) Aは、平成一一年二月一九日午前一〇時、破産宣告を受け(当庁平成一〇年(フ)第七八三号破産事件)、被告が破産管財人となった。

(六) 原告は、平成一一年四月一六日、破産債権者として右債権の届出をしたが、同年五月二七日の債権調査期日において、被告が右債権の全額について異議を述べた。

(七) 原告は、平成一一年一二月二〇日、右破産債権届出を取り下げた。

(八) よって、原告は、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、右(四)(1)から(3)の合計額二八〇五万六二〇九円と右保険金詐取行為の日(保険金支払の日)の翌日である平成九年二月一九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  被告の本案前の主張

(一) 原告は、乙事件において、甲事件で請求する原告のAに対する債権を自働債権とする相殺の抗弁を提出しているから、本件請求は二重起訴に該当する。

(二) また、甲事件は、乙事件における原告の相殺の抗弁が認められない場合の請求で、条件付き訴訟提起として不適法であるし、相殺の抗弁が認められない場合にも被告が破産債権の届出に対する異議を撤回することとなるから、結局、原告には訴えの利益がない。

(三) さらに、被告は、乙事件で原告の相殺の主張を争っている以上、甲事件で相殺の主張はできず、逆に原告は、甲事件で相殺が有効であるとも無効であるとも主張できないという主張の矛盾、抵触が生じる。

3  請求原因に対する被告の認否

(一) 請求原因(一)は認める。

(二) 同(二)から(四)はいずれも不知。

(三) 同(五)から(七)はいずれも認める。

(四) 同(八)は争う。

二  乙事件

1  被告の請求原因

(一) 原告は損害保険業を営む会社である。

(二) Aは、原告との間で、別紙保険契約一覧表記載の番号22から52までのとおり、積立マイホーム、積立普通傷害、積立ファミリー、介護費用及び年金払積立傷害の各保険契約(以下「本件保険契約二」という。)を締結した。

(三) 被告は、原告に対し、平成一一年四月二日到達の内容証明郵便により、本件保険契約二を解約する旨意思表示をした。

本件保険契約二のうち、別紙保険契約一覧表記載の番号22から24までの保険契約については、それぞれ対応する同表の保険期間欄記載の保険期間が満了し、満期が到来した。

本件保険契約二の満期返戻金は別紙保険契約一覧表の番号22から24に対応する満期返戻金及び契約者配当金欄記載のとおりであり、解約返戻金は同表の番号25から52に対応する解約返戻金欄記載のとおりであり、その合計は二二二九万一〇四〇円である。

(四) 原告は、被告に対し、平成一一年五月一九日、右返戻金のうち二七六万二一六一円を支払ったのみで、その余の支払をしない。

(五) よって、被告は、原告に対し、本件保険契約二の解約に基づく解約返戻金として合計一九五二万八八七九円及びこれに対する遅滞の日を経過していることが明らかな平成一一年五月一九日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する原告の認否

(一) 請求原因(一)から(四)はいずれも認める。

(二) 同(五)は争う。

3  原告の抗弁及び主張

(一) 甲事件の原告の請求原因(一)から(四)と同旨。

(二) 原告は、Aの右行為により、Aに対し、民法七〇九条に基づき、損害賠償請求権を有するところ、原告は、Bに二五一四万九四四〇円の火災保険金(店舗総合保険金)を支払ったのであるから、商法六六二条に基づき、Bに代位してAに対し、右同額の求償権を取得した。

(三) Aは、原告との間で、本件保険契約二を含む別紙保険契約一覧表記載の番号1から52までのとおり、積立マイホーム、積立普通傷害、積立ファミリー、介護費用及び年金払積立傷害の各保険契約を締結していたところ、原告は、被告に対し、平成一一年三月二九日到達の内容証明郵便により、別紙保険契約一覧表記載の番号1から24までの保険契約については、満期到来後の満期返戻金債務を、同表の番号25から47、50から52については、満期未到来の解約返戻金債務(期限未到来債務又は停止条件付債務)をいずれも受働債権(合計三七七八万九三二〇円)とし、原告の被告に対する損害賠償請求権二八〇五万六二〇九円(甲事件の原告の請求原因(四)(1)から(3)の合計額)を自働債権として、対当額で相殺する旨の意思表示をした(以下「第一相殺」という。)。

なお、原告は、保険代位による求償債権二五一四万九四四〇円と損害賠償請求権二九〇万六七六九円(甲事件の原告の請求原因(四)(2)と(3)の合計額)を自働債権として、対当額で相殺する旨の意思表示をしたが、原告のAに対する債権の法的呼称が何であれ、実質的・経済的には同一の請求権であることは明らかであるから、実際の相殺の意思表示が保険代位による求償債権を自働債権としたからといって相殺の意思表示が無効となるものではない。

(四) 被告は、原告に対し、平成一一年四月二日到達の内容証明郵便により、本件保険契約二を解約する旨意思表示をしたことから、原告において解約返戻金額が確定したので、原告は、被告に対し、同年五月一五日到達の内容証明郵便により、改めて別紙保険契約一覧表記載の番号1から24までの保険契約については、満期到来後の満期返戻金債務を、同表の番号25から52については、満期未到来の解約返戻金債務(期限未到来債務又は停止条件付債務)をいずれも受働債権とし、原告の被告に対する右保険金詐欺による損害賠償請求権三〇八六万一八二九円(甲事件の原告の請求原因(四)(1)から(3)の合計額と右保険金詐取行為の日〔保険金支払の日〕の翌日である平成九年二月一九日からAに対する破産宣告の日の前日である平成一一年二月一八目までの民法所定年五分の割合による遅延損害金二八〇万五六二〇円の合計額)を自働債権として、対当額で相殺する旨の意思表示をした(以下「第二相殺」という。)。

(五) 原告は、被告に対し、平成一一年五月一九日、第二相殺に基づいて、解約返戻金返還債務のうち相殺によって消滅しなかった残額二七六万二一六一円を振込送金の方法によって支払った。

(六) 原告とA間の保険契約は多くが積立損害保険であるところ、このような保険において、契約期間中の契約者は、将来、<1>保険事故の発生により保険金の給付を受ける場合、<2>解約があり解約返戻金を受ける場合、<3>満期返戻金を受け取る場合があり得る(なお、介護費用保険については、満期返戻金はない。)が、保険事故の発生率からみて、<1>となる蓋然性は極めて小さく、通常、契約者は、将来<2>の解約返戻金か<3>の満期返戻金のいずれかを得ることになり、その金額も保険約款で予め定められた計算方法で確定的に算出され、元本も保証されるなど金融商品としての色彩を強く帯びているのであるから、契約者も保険会社もこれらの保険契約について一種の預金的認識を有している。したがって、保険会社は、保険料の受入れと同時に将来保険会社に生じる可能性のある債権との相殺について、合理的、正当な期待を有しており、破産法一〇四条一号の問題は生じない。

満期返戻予定金債務は、満期という附款の付いたいわば期限付もしくは停止条件付の債務であり、解約返戻予定金債務は、契約期間中の解約をいわば停止条件とする債権であり、破産法九九条後段により、相殺が許される。

4  抗弁に対する被告の認否及び主張

(一) 抗弁(一)に対する認否は、甲事件の請求原因に対する被告の認否の(一)、(二)と同旨。

(二) 同(二)は不知。

(三) 同(三)のうち、原告が第一相殺の意思表示をしたことは認めるが、自働債権は、保険代位に基づく求償債権である。そうすると、保険契約者の故意による保険事故であるから、約款上、保険金請求権は発生せず、保険代位は認められない。

(四) 同(四)のうち、原告が第二相殺の意思表示をしたことは認める。

(五) 同(五)は認める。

(六) 原告が相殺の抗弁を提出することは、甲事件の原告の訴えが不適法として却下されない限り、不適法である。

(七) 原告の第一及び第二相殺のうち、Aに対する破産宣告後に満期が到来する保険契約にかかる満期返戻金及び解約返戻金にかかる部分については、破産宣告後の被告による保険契約の解約の意思表示により発生したもので、原告の債務負担は、破産宣告後の債務負担であり、相殺の合理的期待が必ずしも存しないもので、破産法一〇四条一号の相殺禁止の規定の適用又は類推適用により、無効である。

被告は、損害保険契約という双務契約上の保険者としての契約上の地位を有するものであるから、原告において、停止条件不成就の利益の放棄を認めれば、債権者の保険契約者としての地位、すなわち、保険事故が発生した場合に保険金の支払を受けられる利益を奪うことになる。したがって、破産法九九条後段の適用はない。

第三  当裁判所の判断

一  まず、乙事件について判断する。

1  被告の請求原因(一)から(四)はいずれも当事者間に争いがない。

2(一)  そこで、原告の抗弁について判断するに、弁論の全趣旨によると、原告は、当初、Aを被告として、甲事件の訴えを提起し、その中で、Aが自己が経営するB所有の本件建物に放火して、火災保険金(店舗総合保険金)を詐取しようとしたとして、原告がBに支払った保険金につき保険代位による求償金と損害調査費用及び弁護士費用の損害賠償の支払を求めていたが、Aが破産宣告を受けたことから、右債権を破産債権として届け出、破産管財人である被告が訴訟を受継した後、右保険代位による求償金請求も損害賠償請求に変更し、被告が提起した乙事件について、甲事件の損害賠償請求権を自働債権とする相殺の抗弁を提出して争っていたが、その後、破産債権としての届出を取り下げたことが認められる。

(二)  右事実によれば、甲事件の訴えは、原告が破産債権としての届出を取り下げたことから、もはや破産債権確定訴訟ではなくなり、通常の給付訴訟となったと解されるところ、本来であれば破産が解止するまで中断されるべきであった訴訟が、破産債権としての届出が取り下げられる前に債権調査期日で破産管財人が異議を述べたことから、破産管財人である被告が訴訟を受継し、中断が解消して審理が続行されていたにすぎず、破産債権確定訴訟のように、乙事件で相殺の抗弁が認められないとしても破産債権として配当を受けるために甲事件を維持しなければならない理由はなくなったといえ、訴訟外で甲事件の請求債権をもって相殺することも不可能ではない。しかし、乙事件の主たる争点は、破産手続が進行していることから、原告の相殺の可否にあるのであるから、確かに、民訴法一四二条が重複訴訟を禁止する趣旨は、同一債権について重複して訴えが係属した場合のみならず、既に係属中の別訴において訴訟物となっている債権を他の訴訟において自働債権として相殺の抗弁を提出する場合にも同様に妥当するものと解すべきである(最高裁平成三年一二月一七日第三小法廷判決・民集四五巻九号一四三五頁)が、前記のような甲事件と乙事件の経過を考慮すると、本件においては、乙事件を優先し、原告は、乙事件において相殺の抗弁を主張することができると解すべきである。

(三)  そこで、原告が損害保険業を営む会社であることは、当事者間に争いがないところ、証拠(甲一から一一〔枝番を含む。〕)及び弁論の全趣旨によると、<1>原告は、Aが代表取締役であるΒとの間で、平成八年三月二八日、B所有の本件建物について、保険期間を同月二九日午後四時から平成九年三月二九日午後四時までとする本件保険契約一を締結したこと、<2>Aは、火災保険金(店舗総合保険金)を詐取しようと企て、自分の経営するB所有の本件建物に放火したため、平成九年一月一六日午前〇時二〇分ころ、本件火災が発生したこと、<3>そのため右事情を知らない原告は、平成九年二月一四日、本件火災を原因として本件保険契約一に基づき、Bに対し、その指定する預金口座に火災保険金(店舗総合保険金)二五一四万九四四〇円を振り込んで支払い(着金日は同月一八日)、また、本件火災による損害額を調査するため、株式会社内山鑑定事務所に損害額の鑑定を依頼し、その費用として三五万六七六九円を支払い、さらに、甲事件を提起するにあたり、原告訴訟代理人らに委任し、報酬を支払う旨約したことが認められる。右弁護士費用は、本件事案の性質、経過、認容額等を考慮すると二五五万円が相当である。

そうすると、原告は、Aに対し、不法行為に基づく損害賠償として、詐取保険金二五一四万九四四〇円、損害調査費用三五万六七六九円、弁護士費用二五五万円の合計二八〇五万六二〇九円と右保険金詐取行為の日(保険金支払の日)の翌日である平成九年二月一九日から民法所定年五分の割合による遅延損害金請求権を有すると認められる。

(四)  ところで、原告の右不法行為に基づく損害賠償請求権は、Aの放火行為によるものであって、当初から原告がその発生を予見していたものではなく、偶然の出来事によって取得した債権であり、また、被告の原告に対する別紙保険契約一覧表記載の番号22から38までの保険契約については、弁論終結時点で既に満期が到来しているものの、Aに対する破産宣告後に満期が到来するものであり、同表記載の番号39から52までの保険契約については、未だ満期が到来していない。そして、被告は、別紙保険契約一覧表記載の番号1から52までの保険契約についてAに対する破産宣告後に解約の意思表示をしたものであり(乙二の1)、これらの事情からすると、原告の債務負担は、破産宣告後の債務負担であって、これら保険契約が金融商品としての色彩を持っていることや保険事故が発生する蓋然性が低いことなど(甲一五の1から7、弁論の全趣旨)を考慮しても、原告には、原告の損害賠償請求権と満期返戻金ないし解約返戻金債務とを相殺する合理的期待が存するとは認められず、右相殺は、破産法一〇四条一号の相殺禁止の規定の適用又は類推適用により、許されないと解される。

破産法九九条後段は、破産債権者の債務が期限付あるいは条件付であったり、将来の請求権に関するものであっても相殺することを認めているが、被告は、損害保険契約という双務契約上の保険者としての契約上の地位を有するものであり、単に、原告において、期限の利益等を放棄するのみで解決するものではなく、これを認めれば、債権者の保険契約者としての地位、すなわち、保険事故が発生した場合に保険金の支払を受けられる利益を奪うことになってしまうから、破産法九九条後段の適用はないと解するのが相当である。

(五)  よって、原告の相殺の主張は認められない。

したがって、原告は、被告に対し、本件保険契約二の解約に基づく解約返戻金として合計一九五二万八八七九円及びこれに対する遅滞の日を経過していることが明らかな平成一一年五月一九日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

二  次に、甲事件について判断する。

前記のとおり、民訴法一四二条が重複訴訟を禁止する趣旨からすると、原告は、乙事件において相殺の抗弁を主張する以上、甲事件において右相殺の用に供した自働債権の支払を求める訴えを提起することは許されないものと解される。

三  以上によれば、甲事件の訴えは、不適法なものとして、却下すべきであり、乙事件の被告の請求は理由があるから、認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法六一条を、仮執行宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(物件目録及び保険契約一覧表省略)

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