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岡山地方裁判所 平成10年(ワ)799号 判決 2000年1月17日

原告

中塚秋子

被告

山元芳子

主文

一  被告は、原告に対し、金一〇五九万三七五八円及びこれに対する平成七年一一月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し、一四八〇万八三二三円及びこれに対する平成七年一一月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二事案の概要

一  本件は、原動機付自転車と普通乗用車がT字型交差点で衝突した事故によって負傷した原動機付自転車の運転者である原告が、普通乗用車の運転者である被告に対し、不法行為に基づく損害賠償(一部請求、なお、附帯請求は、不法行為の日の翌日である平成七年一一月二三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金)を求める事案である。

二  争いのない事実等

1  交通事故の発生(以下「本件事故」という。)

(一) 発生日時 平成七年一一月二二日

(二) 発生場所 岡山県赤磐郡山陽町穂崎七八四番地の四先県道上のT字型交差点(以下「本件交差点」という。)内

(三) 加害車 被告運転の普通乗用自動車(岡山五〇て六八七六)

(四) 被害車 原告運転の原動機付自転車(山陽町て六六七〇)

(五) 事故態様

優先道路である幹線道路を馬屋方面(西)から下市方面(東)に向けて時速約三五キロメートルで東進し、本件交差点を直進して通過しようとしていた原告運転の被害車の右横部に、本件交差点の北側にある駐車場に入ろうと、原告が走行していた幹線道路より狭い道路を北進し、本件交差点の手前で一旦停止した後、本件交差点に進入して幹線道路を横断する形で時速一〇ないし一五キロメートルで走行していた被告運転の加害車の左前部が衝突し、被害車とともに転倒した原告が負傷した(甲六、七)。

2  責任原因

本件事故は、被告が、左側前方の安全確認を怠り、自動車の有無にのみ気をとられ、原動機付自転車である被害車を全く見落とし、何ら進入車両がないものと誤信して本件交差点に進入した過失により発生したものであるから、被告は、民法七〇九条に基づき、原告が本件事故によって被った損害を賠償すべき責任がある。

3  原告の受傷内容、治療経過等

(一) 原告は、本件事故により右脛腓骨解放性骨折、顔面打撲、挫創、歯牙脱臼、歯槽骨骨折、歯牙破折、歯牙打撲、歯骨髄炎、右頬部外傷性刺青、下口唇外傷後知覚鈍麻、左顔面神経下顎縁枝麻痺等の傷害を負った。

(二) 原告は、本件事故による負傷により、川崎医科大学附属川崎病院の整形外科に平成七年一一月二二日から平成八年九月一六日まで三〇〇日間入院したほか通院もし、また、同病院の形成外科、歯科に通院して治療した。

(三) 原告は、本件事故により、少なくとも外貌ないし下肢の露出面に醜状を残す後遺障害を負った。

4  損害の填補

原告は、本件事故の損害の填補として、治療費を除き、少なくとも合計六六一万四二三二円(<1>被告本人から一〇万円、<2>住友海上火災保険株式会社から三二〇万四二三二円、自賠責から三三一万円)の支払を受けた。

三  主たる争点

1  原告の過失の有無(過失相殺)

(一) 被告の主張

本件事故の発生については、原告の右方から自車進路上に進入してくる車両の有無及びその動静を十分に確認していなかった過失が寄与しており、その過失割合は少なくとも一割を下らない。したがって、原告の総損害について右割合による過失相殺がなされるべきである。

なお、過失相殺する場合、被告の既払額は、原告も認める前記二4の六六一万四二三二円と治療費八一七万二四四〇円の合計一四七八万六六七二円である(被告〔保険会社〕が立て替えている病院の個室使用料は、二九八万円)から、治療費のうち過失割合分に相当する八一万七二四四円は既払金とされるべきである。

(二) 原告の主張

本件事故は、被告の重大かつ一方的な過失により発生したもので、原告には何らの過失もない。

2  原告の治療と本件事故との因果関係の有無

(一) 原告の主張

原告のリウマチの発症は、本件事故により、多発の外傷を受けたことから、抵抗力が低下したことが原因であり、本件事故と相当因果関係がある。

(二) 被告の主張

平成八年一二月以降の原告の治療は、専らリウマチを原因とするものであり、本件事故との間に因果関係はない。

第三当裁判所の判断

一  主たる争点1(過失相殺)について

1  前記第二、二の争いのない事実等、証拠(甲一、二、五から八、原告本人及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

(一) 本件交差点は、東西に走る幅六メートルの二車線(片側三メートル、その外側に更に路側帯がある。)の県道に南から幅四・八メートルの道路(その左右に更に路側帯がある。)が南側から交差するT字型の交差点で、アスファルト舗装されている。そして、県道上には、本件交差点の西側手前には横断歩道と西行き車線上に停止線があり、東側手前には停止線のみがある。

(二) 原告は、被害車を運転して優先道路である県道を馬屋方面(西)から下市方面(東)に向けて時速約三五キロメートルで東進し、本件交差点を直進して通過しようとしていた。原告は、本件交差点に入る手前で、南側の道路上で停止している加害車を発見し、さらに、加害車が発進して交差点に進入してくるのを見たが、本件交差点がT字型で南側からそのまま北に行く道路はなかったことから、加害車が直進してくるとは考えず、そのまま直進した。

一方、被告は、長男を本件交差点の北側にある散髪屋に連れていくために長男を乗せた加害車を運転して本件交差点に南から交差する道路を南から北に北進していた。そして、本件交差点の北側にある駐車場に入ろうと、本件交差点の手前で一旦停止し、左右を確認した後、本件交差点に進入して県道を横断する形で時速一〇ないし一五キロメートルで走行した。しかし、被告は、左右を確認する際、走行してくる自動車の有無のみに気をとられ、原動機付自転車(単車)等が走行してくるかどうかまで確認しなかった。そのため、被告が被害車を発見したときには、既に衝突しており、その後ブレーキをかけて停止した。

2  右事実によれば、原告が本件交差点に進入する前に、一旦停止した加害車が本件交差点に進入してくるのを見たとしても、本件交差点がT字型で、原告が走行していた道路が幅員六メートルの県道であるのに対し、被告が走行していた道路は、幅員が四・八メートルであったことからすると、南側の道路から本件交差点に進入する自動車は、通常左折ないし右折するものであり、そのまま本件交差点を直進してくることまで予測することは困難であると認められるから、原告が、加害車が直進してくるとは思わず、右前方の状況に十分注意しなかったとしても、そのことから直ちに原告に過失があったとはいえない。

二  主たる争点2(原告の損害)について

1  入院中の個室使用料 〔認容額 五四万円〕

〔請求額 三〇〇万円〕

前記第二、二3(一)、(二)、証拠(甲三、三九、乙二の1、証人栗岡英生)及び弁論の全趣旨によると、原告は、平成七年一一月二二日から平成八年九月一六日まで三〇〇日間、川崎医科大学附属川崎病院の整形外科に入院したが、その間、個室を使用し、個室の使用料は、一日当たり一万円であったこと、原告は、本件事故(平成七年一一月二二日)直後に、本件事故によって負った主に右脛腓骨解放性骨折、下口唇外傷等により、整形外科と形成外科の手術を受け、平成七年一一月二二日から同年一二月三一日まで四〇日間と骨移植のための二回目の手術時の平成八年四月二四日から同年五月七日までの一四日間の合計五四日間、体変不可能により、付添看護が必要であったことが認められる。

ところで、医師の指示ないし症状が重篤、空室がなかったなどの特別の事情がある場合には、その間個室を使用する必要性があるものとして、その使用料を損害と認めるのが相当であるところ、右認定のとおり、原告は合計五四日間の付添看護が必要であったことからすると、その間個室を使用する必要があったと認めるのが相当である。

よって、五四日間の個室使用料五四万円が損害となる。

〔計算式 10,000×54=540,000〕

2  付添看護費用 〔認容額・請求額 三二万四〇〇〇円〕

右1のとおり、原告は、合計五四日間付添看護が必要であったところ、その間、原告の夫が泊まり込みで付添看護をした(甲四〇、弁論の全趣旨)。

そして、右付添看護費用は一日につき六〇〇〇円が相当である。

〔計算式 6,000×54=324,000〕

3  入院雑費 〔認容額・請求額 三九万円〕

前記1のとおり、原告は、三〇〇日間入院したが、その間の入院雑費は、一日につき一三〇〇円が相当である。

〔計算式 1,300×300=390,000〕

4  通院交通費 〔認容額・請求額 二〇万円〕

原告は、退院後、後記5のとおり、症状が固定した平成九年一月まで川崎医科大学附属川崎病院整形外科や同病院歯科及び同病院形成外科に通院し、その期間は一一一日(入通院期間は四一一日)であること、原告の住所と同病院の距離からすると原告は、通院交通費として二〇万円を超える負担をしたと認められる(弁論の全趣旨)。

5  休業損害 〔認容額 三七九万四七一二円〕

〔請求額 四二三万九八九四円〕

証拠(甲三九、乙一の1、証人栗岡英生)及び弁論の全趣旨によると、原告は、平成八年九月一六日に川崎医科大学附属川崎病院を退院し、その後も通院を続けたが、平成九年一月二一日には下腿骨折について、骨癒合が完成し、痛みもなく、同月から仕事を始めており、下腿骨折時には拘縮を起こしやすい足関節の可動域も平成八年九月一一日以降ほとんど変化はないことが認められる。もっとも、証拠(甲一〇、証人栗岡英生)によれば、原告には骨髄炎などの発症の可能性があるから、いまだ症状は固定していないとの見解もあるが、現時点まで原告に骨髄炎の発症はなく、前記事実を前提とすると、原告の症状は、平成九年一月に固定したと認められる。

また、証拠(甲一三、一四の2から5)によると、原告は、本件事故当時、大守建設株式会社に勤務し、経理事務に従事していたが、平成六年には三三七万円の給与所得があったこと、原告は本件事故発生日の平成七年一一月二二日から平成九年一月五日までの四一一日間休業したことが認められる。

したがって、原告の休業損害は、次のとおり、三七九万四七一二円(円未満切捨て〕となる。

〔計算式 3,370,000÷365×411=3,794,712〕

6  入通院慰謝料 〔認容額 三〇〇万円〕

〔請求額 五五〇万円〕

前記1、5のとおり、原告は、本件事故により、三〇〇日間入院し、その後症状が固定するまで、四一一日間入通院したものであるから、これら事情を考慮すると、入通院慰謝料は、三〇〇万円とするのが相当である。

原告は、平成九年一月二一日の症状固定後も通院を続けているが、右以降の治療はリウマチに対するものが主であり、また、本件事故とリウマチとの間の因果関係を認めるに足る証拠もない。証人栗岡英生は、原告のリウマチの発症は、多発外傷による抵抗力の低下が原因ではないかと述べるが、単なる可能性を示唆するにすぎない(乙一の1)ので、右見解は採用しない。したがって、右通院を慰謝料の対象とすることはできない。

7  後遺障害

(一) 後遺障害の程度

(1) 歯科

原告は、本件事故前、一五歯が喪失又は歯冠部の大部分を欠損しており、本件事故により、四歯を喪失又は歯冠部の大部分を欠損したものであるが、本件事故により新たに喪失又は歯冠部の大部分を欠損したのは二歯にすぎない(他の二歯は、本件事故前から既に喪失又は歯冠部の大部分を欠損していたものである。甲一二)ところ、本件事故前の後遺障害の等級は、一〇級三号に該当し、本件事故後の等級も同じ一〇級三号であり、本件事故前より上位等級に該当しないから、加重としては扱わない。

(2) そしゃく及び言語の機能

証拠(甲一一、証人栗岡英生、原告本人)によると、原告は、本件事故により、右頬部外傷性刺青、下口唇外傷後知覚鈍麻、左顔面神経下顎縁枝麻痺、上口唇外傷後瘢痕拘縮の傷害を負い、そしゃく時に水分等が左口角から流れ出たり、唇に痺れがあり、原告はうまくしゃべれないと感じていることが認められる。しかし、原告において、ある程度固形食は摂取できるが、これに制限があって、そしゃくが十分できないかあるいは四種の語音のうち、一種の発音不能を認めるに足る証拠はない。したがって、右後遺障害は、下口唇外傷後知覚鈍麻を局部に神経症状を残すものとして、一四級一〇号に該当するにすぎないと認められる。

(3) 醜状痕

<1> 外貌の醜状

原告には、その右頬部に二・六センチメートル×一八センチメートルの、上口唇に一一センチメートル×一一センチメートルの、下顎に一四センチメートル×二センチメートルの醜状痕がある(甲一一)。したがって、女子の外貌に醜状を残すものとして、後遺障害の等級は一二級一四号と認めるのが相当である。二個以上の瘢痕又は線状痕が相隣接し、又は相まって一個の瘢痕又は線状痕と同程度以上の醜状を呈する場合は、それらの面積、長さを合算して等級を認定することになるが、原告に右要件が充足していることを認めるに足る証拠はない。

<2> 下肢の露出面の醜痕

原告は、(1)右足膝下の下肢一五センチメートルの傷、(2)右足膝下の下肢一一センチメートルの傷二箇所、(3)右足膝下の下肢一五センチメートルの傷跡、(4)右足膝下の下肢一一センチメートルの傷跡二箇所があり(甲一一)、これら後遺障害は、一四級五号に該当する。

<3> 膝、足関節

原告の左右の膝の屈曲、伸展は、二分の一以下に制限されておらず、一般的にも下腿骨骨折では膝関節の障害をきたすことは少ないこと、リウマチの影響による可動域の制限も考えられること(甲一〇、乙一の1)から後遺障害の対象とはならない。

また、足関節の背屈、底屈は、平成八年九月一一日の測定で右関節の可動領域が左関節の二分の一以上四分の三以下である(甲三五、乙一の1)から、足関節に障害を残す後遺障害として一二級七号に該当すると解される。

(4) 以上からすると、原告の後遺障害等級は、併合一一級とするのが相当である。

(二) 後遺障害慰謝料 〔認容額 四〇〇万円〕

〔請求額 一一〇〇万円〕

後遺障害慰謝料は、右後遺障害に、今後原告が骨髄炎発症の可能性があること(証人栗岡英生)、そしゃく時に水分等が左口角から流れ出たりすること(前記(一)(2))などを考慮して、四〇〇万円とするのが相当である。

なお、前記6のとおり、本件事故とリウマチとの間に因果関係を認めることはできないから、これを後遺障害の慰謝料として考慮しない。

(三) 逸失利益 〔認容額 三九五万九二七八円〕

〔請求額 六六二万二二五二円〕

前記(一)(4)のとおり、原告の後遺障害は併合一一級に該当するところ、その労働能力喪失率は二〇パーセントで、前記5のとおり、原告の年収は三三七万円であり、原告は、症状固定時六〇歳(昭和一一年一〇月一〇日生)であり、今後七年間就労可能であったと認められるから、新ホフマン係数(五・八七四三)を用いて中間利息を控除すると、逸失利益は、次のとおり、三九五万九二七八円(円未満切捨て)となる。

〔計算式 3,370,000×0.2×5.8743=3,959,278〕

8  損害填補 〔六六一万四二三二円〕

前記第二、二4のとおり、原告は、本件事故の損害の填補として、治療費を除き、少なくとも合計六六一万四二三二円(<1>被告本人から一〇万円、<2>住友海上火災保険株式会社から三二〇万四二三二円、自賠責から三三一万円の支払を受けた。なお、原告は、合計六六三万二六六二円の填補を受けたと主張するが、そのうち一万八四三〇円は、原告が請求していない治療費分であると認められる(乙三、弁論の全趣旨)から、填補額は六六一万四二三二円となる。

9  弁護士費用 〔認容額 一〇〇万円〕

〔請求額 一五〇万円〕

本件事案の内容、審理の経過、認容額等を考慮すると、本件事故と相当因果関係にある弁護士費用相当の損害額は、一〇〇万円とするのが相当である。

10  まとめ

よって、原告は、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、一〇五九万三七五八円及びこれに対する本件事故の日の翌日である平成七年一一月二三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。

三  以上によれば、原告の請求は右の限度で理由があるから、その限度で認容し、その余は理由がないから、棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六四条を、仮執行宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小野木等)

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