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岡山地方裁判所 平成11年(行ウ)5号 判決 2000年11月08日

原告

田中茂夫(X)

上記訴訟代理人弁護士

田村比呂志

被告

倉敷市長 中田武志(Y1)

上記訴訟代理人弁護士

石井辰彦

上記指定代理人

中山道夫

長谷川睦男

滝口卓志

岡崎武

被告

甲野多郎こと甲野太郎(仮名)(Y2)

上記訴訟代理人弁護士

岡本憲彦

主文

一  被告倉敷市長中田武志が、被告甲野多郎こと甲野太郎に対し、同人が岡山県倉敷市林638番地所在の倉敷市児島消防署郷内出張所の建物の別紙1階平面図中のイ、ロ、ハ、ニ、イの各点を順次直線で結んだ範囲を平成8年3月1日から平成10年10月31日までの間(ただし、平成10年5月下旬から同年9月下旬までの4か月間を除く。)不法に占有したことにより生じた損害につき、金25万6,564円及びこれに対する平成11年4月3日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払の請求を怠ることは違法であることを確認する。

二  被告甲野多郎こと甲野太郎は、倉敷市に対し、金25万6,564円及びこれに対する平成11年4月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを5分し、その2を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

事実及び理由

第三 争点に対する判断

一  まず、4号請求と同時にされた3号請求にかかる訴えの訴えの利益の有無(争点1)について判断する。

1  住民訴訟の制度は、住民が納税者の立場から、地方公共団体がその執行機関等の違法な財務会計行為によって損害を被ることを防止し、あるいは被った損害を回復する手段を設け、これにより地方公共団体が適正な財務会計処理を行うことを保障することをその目的とするものであるところ、地方自治法242条の2第1項は、その方法として4つの請求の形態を認めている。このうち、3号請求は、怠る事実の違法性という法律状態を訴訟物とし、地方公共団体の執行機関等の違法な公金の賦課又は徴収若しくは財産の管理を怠る事実につき、右執行機関等を被告として、その怠る事実が違法であることを裁判をもって宣言させ、右執行機関等に自ら作為義務を履行することを促すことにより、間接的に財務会計上の違法状態の是正を図ることを目的とするものである。他方、4号請求は、地方公共団体の有する実体上の請求権を訴訟物とし、住民が、違法な行為にかかる相手方を被告として、地方公共団体の有する実体法上の請求権を直接代位行使することにより、執行機関等が自ら作為義務を履行することを待たずに、直接的に財務会計上の違法状態の是正を図るものである。

このように、3号請求の主たる目的は、怠る事実の違法の確定及び執行機関等が自ら作為義務を履行することの促進にあり、違法の確定によって促される作為義務の履行を通じて図られる財務会計上の違法状態の是正は、執行機関等が怠る事実を違法と確定する判決の効力に拘束されることによる間接的なもので、4号請求とはその目的、被告とされるべき当事者、訴訟物、判決の及ぶ効力が異なること、4号請求がされた場合と執行機関等が自ら請求権を行使する場合とでは、法律上も事実上もその手続及び効果に大きな差異があり、住民が4号請求で勝訴したからといって執行機関等が請求権を行使したことにはならず、執行機関等が請求権行使を怠っているという違法状態は継続しているし、執行機関等が4号請求訴訟係属中に訴訟参加等の手続をとらない以上、その不作為は違法と評価されてもやむを得ないこと、さらに、3号請求と4号請求が同時に請求できる場合が当然に予想されるところ、地方自治法は、右両請求の優先願位を定めておらず、複数請求を許さないとも規定しておらず、いずれの請求を選択しあるいは両方の請求を行うかは、訴訟を提起する住民の意思に委ねられていると解されることからすれば、4号請求と同時にされた3号請求に関する訴えは訴えの利益を欠くことはないと解するべきである。

本件においては、前記第二、二、3のとおり、被告市長が被告甲野に対し同人の本件占有に関して損害賠償を請求していないことにつき当事者間に争いはなく、被告市長は、本件の4号請求につき訴訟参加の手続もとっていないことから、原告の3号請求にかかる訴えは、訴えの利益に欠けるところはない。

2  この点、被告市長は、3号請求は4号請求に比してより間接的であり、4号請求において住民が勝訴すれば、執行機関等が請求権を行使しないという財務会計上の違法状態は抜本的かつ直接的に是正されるので、4号請求と同時にされた3号請求にかかる訴えは訴えの利益を欠くと主張する。しかし、3号請求による場合が間接的な是正手段であるからといって、必ずしも直接的である4号請求によるよりも有効適切な手段ではないとはいえず、相手方が任意に履行に応じない場合に、4号請求による債務名義をもって強制執行を行う場合、あるいは相手方が任意の履行を行う前に、なお3号請求により執行機関等の不作為の違法を確認した上で執行機関等が自ら不作為が違法であったとの認識のもとに相手方に対する請求をすることを促すことは、住民訴訟制度の目的である地方公共団体が適正な財務会計処理を行うことの保障という観点からもその利益はあるといえるし、殊に違法状態とされている事実が長年にわたり恒常的に行われてきたと主張されている本件のような場合においては、3号請求により直接的に違法状態を確認することにより、執行機関等に違法状態を強く自覚させ、自ら作為義務の履行を行わせるべき必要性は高いというべきであるから、被告市長の右主張は採用できない。

二  次に、前記第二、二の争いのない事実等、〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。

1  倉敷市消防団は、消防組織法15条1項及び倉敷市消防団の設置等に関する条例により設置されたもので、その下部組織には、倉敷市消防団に関する規則により定められた倉敷方面団、児島方面団、玉島方面団の3つの方面団があり、このうち児島方面団には7つの分団があり、郷内分団はその分団の1つである。郷内分団は、かつては郷内村消防団であったが、昭和34年3月1日、郷内村と児島市の合併により、現在の組織となった。

消防署に関しても、郷内村と児島市の合併により、児島消防署郷内分室の新設が検討されたが、右時点においては、予算の都合から消防自動車の購入のみが認められ、右の消防自動車は郷内分団によって管理されていた。当時、郷内分団の機庫及び詰所は、武鑓和夫が寄付した土地及び建物を使用していたが、右機庫の敷地は、昭和50年ころ、道路用地として収用されることとなり、郷内分団は、新設される郷内出張所の建物の一部を使用することが関係者間で合意された。

郷内分団の所有していた備品については、郷内分団第5部曽原に移動されたので、郷内出張所の建物については、郷内分団が、消防の会議、風水害のときの指令命令の拠点、火災予防週間の打ち合せ、団員の講習など、必要に応じてその都度使用することあるいは多少の備品を郷内出張所の建物の空いた部分に置くことが想定されていたが、消防団員が常駐することや個人の事務所として使用することは想定されていなかった。

2  被告甲野は、昭和32年4月に当時の児島市に雇用され、児島市役所失業対策課に勤めた後、昭和63年3月末日で倉敷市を退職した者であるが、昭和21年ころ、消防団の前身である警防団に入団し、昭和53年ころから昭和63年ころまで郷内分団長を務め、その後、平成5年4月1日から平成6年3月31日までは倉敷市消防団長、同年4月1日から平成8年3月31日までは倉敷市消防団顧問の職にあった(ただし、倉敷市消防団顧問の職の設置等については、法令上の定めはない。)。

3  郷内出張所は、昭和53年5月1日に開設されたが、本件建物1階事務室(以下「事務室」という。)の構造は、別紙1階平面図記載のとおりであるが、その中央に消防職員の事務机が北西から南東にかけて数個向かい合わせで長細く並べられており、東角部分には風呂があり、南角部分には出入口と2階の仮眠室に通じる階段とがあって壁で区切られており、中央の事務机と風呂との間は人が2人すれ違いがやっとできるかできないかくらいのスペースしかなかった。

郷内出張所開設当初は、事務室西角部分に指令室があり、指令室内には、机と倉敷市消防暑で受けた119番通報に基づく指令専用の電話機が置かれており、指令室は、スチール及び樹脂ガラスでできたパーテーションにより事務室の他の部分と区切られていた。

指令室の南側の事務室南西の壁側には、事案処理のファイルを収納したスチール製ロッカー、消防関係の法規集を収納した木製ローボード及びテレビが置かれ、事務室南西部分の指令室から階段までの区画に、倉敷市の備品であった木製丸テーブル、パイプいす等が置かれていた。

4  被告甲野は、郷内出張所が開設された約半年後から、本件建物において消防団関係者として行うべき消防団の事務の有無にかかわらず、週に4日ないし5日の頻度で午前8時ころに本件建物を訪れるようになり、本件区画部分に私物の事務机と椅子を持ち込み、右事務机の前にベニヤ板を設置して笹川良一の写真を飾り、本件区画部分にあった日程表ボードに自己の個人的な予定を記入して使用し、自己の個人的な来客の際には、本件区画部分に置かれていた前記の倉敷市の備品の木製丸テーブル及びパイプいすを使用し、消防職員が事務室で業務を行っている横で、個人的な訪問者に応対したり、テレビを観たり、将棋をしたり、消防職員に話の相手をさせたりして1日を過ごし、夕方、入浴した後、午後5時から6時ころ、遅いときで午後7時から8時ころに退去するまで、本件建物に滞在していた。

右滞在の間、被告甲野は、本件建物の前に被告甲野の使用している自動車を駐車していた。

また、被告甲野は、第三者に対し、郷内出張所の電話番号を教え、業者に郷内出張所の電話を分岐工事させ、自己の机の上に分岐した電話線をつなげた電話機を置いて使用し、自己にかかってくる電話を直接受けていた。

消防職員は、被告甲野が本件建物に滞在している間、被告甲野の訪問客及び被告甲野の食事の際の茶の用意、被告甲野の自動車の洗車、将棋の相手などをさせられ、消防職員が報告書の作成等の業務を理由に右のような雑事の依頼を断ると、被告甲野は、その消防職員に対して大声で怒鳴りつけ、暴力団との関係をほのめかし、人事に対する影響を口にするなどして怒ることがあり、ときには児島消防署長に電話をして消防職員が被告甲野の相手をするよう叱りつけることもあり、消防職員の間では、分担して被告甲野の相手をするローテーションが組まれていたこともあったほどで、被告甲野が本件区画部分にいるときは、消防職員は、本件区画部分にはなかなか行くことができず、事務室中央部分の事務机のところにとどまっていることが多く、被告甲野が不在となる夜間になってようやく本件区画部分を使用することができた。消防職員が休憩時間にテレビを見るときは、本件区画部分に置かれていた倉敷市の備品であるパイプいすを使用しており、被告甲野がこれについて文句を言うことはなかったが、消防職員が、スチール製ロッカーや木製ローボードを使用する際は、その都度、テレビを観ている被告甲野に一言わびを言わなければならなかった。

なお、郷内出張所には、倉敷市の備品であるパイプいす及び木製丸テーブルの他は特に応接セットは置かれておらず、消防職員の打ち合せ、食事などは、中央部分の事務机で行われていた。他方、倉敷市児島消防署下津井出張所や同大高出張所の建物は、車庫部分の構造が本件建物と同じ構造であったが、各事務室のうち本件区画部分にあたる部分には、テーブル、いすが置かれ、消防職員が食事をしたり、休憩をしたり、来客の際の応接、打ち合せ等を行うのに使用されている。

5  被告甲野は、倉敷市職員、特に消防署関係者に対して強い影響力を持っており、消防職員は、児島消防署の職員が、児島消防署長の指示で新規採用及び異動の際に被告甲野のところに挨拶に来たり、人事異動案が、人事異動の季節に児島消防署長の指示で被告甲野のところに届けられたり、倉敷市長が、被告中野から呼出しを受けたり、毎年の年始の挨拶をするために本件建物にいる被告甲野を訪れるのを目撃している。

他方、一般の郷内分団の消防団員が本件建物を訪れる頻度は、消防職員との間で、消防機器についての打ち合せ、消防団員の入退団の報告及び調練の内容の説明を聞くなどするため、2か月から3か月に1回(ただし、数年に一度の消防機器の操法訓練があるときには毎日)の割合で訪れて、時間も長くて約1時間本件建物に滞在する程度であった。

6  その後、前記の指令室のパーテーションは、被告甲野の要望で撤去されたが、被告甲野は、本件建物に滞在している間、引き続き、本件区画部分に置かれた日程表ボード、私物の事務机、いす、備品の木製丸テーブルなどを使用していた。なお、郷内出張所において消防職員が使用する日程表ボードは、被告甲野が使用していたものとは別のものが本件建物内の仮眠室へ上がる扉の上に置かれていた。

7  被告甲野は、平成6年4月ころは、ほとんど毎日、午前8時30分から午前9時ころに本件建物を訪れ、風呂を使用することなく午後5時ころに退去していた。このころ、本件区画部分にある被告甲野の私物の一つとしてルームランナーが置かれるようになった。

消防職員は、午前8時30分から翌朝の午前8時30分までの24時間の隔日勤務であり、パトロール等で消防職員が出払っているとき以外は、消防職員4人が常駐していたが、従来はあまりパトロールに出ることがなく、管内の状況の把握が不十分であったことから、消火栓の場所及び消防車の進入道路の状況の確認等の調査のため、平成6年5月ころから、雨の日を除き、ほぼ毎日パトロールに出ることとなって、パトロールの間は消防職員全員が本件建物を留守にすることとなり、被告甲野の相手をする者がいないため、このころから、被告甲野の本件建物の滞在時間は多少短くなった。

被告甲野は、当初は、消防職員全員が毎日パトロールに出ることについて異議を唱えていたが、その後、消防職員全員がパトロールで本件建物を留守にしても文句を言わなくなった。

なお、本件建物は、パトロール等で消防職員が不在の際は施錠されていたが、本件建物の鍵は郷内出張所の一定の場所に保管されており、その場所を消防職員から聞いていた被告甲野は、消防職員がいないときでも、本件建物に自由に出入りすることができた。

8  消防職員4名は、平成7年ころ、児島消防署長から指示されて、被告甲野の私物を本件建物から被告甲野の自宅又は郷内出張所の倉庫に運搬し、同時に、電話線を分岐して設置していた電話機も撤去した。被告甲野の自宅に運搬されたものは、被告甲野の私物の日程表ボード、机、いす、木製本箱など段ボール箱4箱から5箱分であり、右の倉庫に運搬、保管されたものについては、そのうちの約7割が被告甲野の私物で、残りの約3割が倉敷市消防団郷内分団の物品であった。

その結果、本件区画部分には、倉敷市の備品であった木製丸テーブルとパイプいすが残っている状態となり、被告甲野は、郷内出張所を訪れても、本件区画部分にいるのではなく、事務室中央の職員の事務机の空いている席に座るなどし、滞在時間も徐々に短くなり、郷内出張所を訪れる機会も少なくなっていたが、1か月くらいすると、消防職員に倉庫から私物を取り出させて、再び、いすやルームランナー等の私物を本件建物内に持ち込み、本件区画部分に置いた。

平成7年ころの被告甲野の本件建物への来客は、月に3回から4回くらいの割合であった。

その後、被告甲野は、自動車のシートを改造し、足部分を溶接してキャスターを付属したリクライニングチェアーを持ち込み、本件区画部分に置いており、消防職員に対し、右のリクライニングチェアーを使うなと言ったことがあった。

9  被告甲野は、平成10年5月12日の時点においても、私物のリクライニングチェアー、ルームランナーなどを本件区画部分に置いており、本件区画部分の壁に設置されていた倉敷市の備品である日程表ボードに、自己のカツラのこと、同期会のこと、倉敷市長の自宅の電話番号など、被告甲野の個人的に必要とする事項を記入し、木製丸テーブルや木製ローボードの上にパン、牛乳、紙袋など自己の荷物を置いていた。

倉敷市消防局長は、同月19日、児島消防署長に対し、リクライニングチェアー及びルームランナーの撤去を指示し、児島消防署長は、被告甲野に対して、右物品の撤去を申し入れ、被告甲野は、同日、右物品を撤去した。

同年6月7日当時、本件区画部分は、被告甲野の私物が撤去されていて、倉敷市の備品であるいす、木製丸テーブルなどしかなく、木製丸テーブル、木製ローボードの上にも被告甲野の荷物等は置かれていなかったが、被告甲野は、本件区画部分が外から見えないようにするために、本件建物の窓ガラスに黒色フィルムを貼付した。右フィルムは、児島消防署長の指示で、郷内出張所の消防職員により剥がされた。

被告甲野は、同年9月下旬ころ、リクライニングチェアーなどを再び本件建物に持ち込んでいたが、これらは、児島消防署長の指示で、同年10月末ころ、再度撤去され、郷内出張所の倉庫に移動させられた。

10  被告甲野は、平成10年11月末ころまで、週に4日ないし5日は本件建物を訪れており、平成10年12月20日から同月25日まで毎日本件建物を訪れていた。

児島消防署長は、同年12月25日、消防職員に指示して、郷内出張所の倉庫から、段ボール箱7箱分の被告甲野の私物を児島消防署の建物内に移動させて保管させた。

倉敷市監査委員が、同年12月28日、前記第二、二2(一)の監査請求につき事実の確認及び調査のため本件建物を訪れたところ、チェアー、ルームランナー、日程表ボード、電話機は、本件建物内には発見されなかった。

被告甲野は、同年12月末ころまで郷内出張所を訪れていたが、その後はほとんど同所を訪れることはなくなった。

11  そして、倉敷市議会議員大本芳子(以下「大本」という。)が、平成10年12月10日の平成10年第5回倉敷市議会(第4回定例会)において、被告市長に対し、被告甲野の本件占有につき認識しつつも、被告甲野に対してしかるべき措置を怠ったことの責任につき質問したところ、被告市長は、詳細は調査するが、好ましからざる状況につき公的措置をとっていないことについては責任を痛感している旨回答した。

大本は、平成11年3月9日の平成11年第2回倉敷市議会(第1回定例会)においても、被告甲野の本件占有につき問題にしたところ、倉敷市消防局長小松原慶一は、児島消防署長が、被告甲野に依頼されて断りきれず、郷内出張所から運び出した被告甲野の荷物を児島消防署で保管していたとして、監査事務局への報告については監査委員を欺く結果となったことについて謝罪した。

児島消防署長は、倉敷市監査委員に対し、右の被告甲野の私物は被告甲野の自宅に持ち帰らせた旨の虚偽の報告をしていたことにより、平成11年3月30日、被告市長から減給処分を受けた。

12  平成12年3月2日の時点では、本件建物1階事務室は、模様替えがされており、中央部分の事務机は北東から南西に本件区画部分に進入して長細く並べられている。本件区画部分の南東の壁(階段の裏側)にかけられている日程表ボードには、被告甲野の個人的な予定は記入されておらず、郷内出張所関係の予定が記入されている。かつて、右日程表ボードに被告甲野の予定が記入されていたときに郷内出張所の予定を記入していた日程表ボードは、南東の階段の壁からはずされている。

13  本件建物の近隣の建物の賃料は、2DKの賃貸住宅で月4万円から5万円で、56平方メートル(17坪)の貸店舗で月13万円であって、これらを総合すると、1坪(3.3平方メートル)あたり月5,000円である。

被告甲野が本件建物に滞在していたときに主にいた場所は、本件区画部分とほぼ一致し、その面積は8.64平方メートルである。

三  そこで、右事実に基づいて被告甲野の平成8年3月1日から平成10年11月30日までの本件区画部分の占有の有無(争点2)について判断する。

1  占有すなわち「物ヲ所持スル」(民法180条)とは、目的物に対して現実的な支配をしていると社会通念上認められる状態にあること、目的物を自己の支配内に置いている状態が一定程度継続しており、他人の干渉を一定程度排除し得ることをいうものと解されるところ、占有の程度、すなわち目的物に対する支配の程度は様々なものがあり、目的物の所有者が他人の不法な占有により目的物の使用収益をする権利を侵害されたとして、不法行為により、右不法占有者に対して損害賠償請求をする場合の占有の概念は、必ずしも占有訴権あるいは取得時効の成否を検討する場合の占有と同様に考える必要はなく、客観的に明確な程度に排他的な支配状態を一定程度継続していることまでは必要ではないと考えるべきである。けだし、占有訴権は、その目的物に対する権原の有無を問題とせず、占有という事実状態があることをもってその目的物に対する権利としてこれを保護しようとするものであり、取得時効の制度は、真の権利者の権利を否定してまでも継続した占有状態を法的に保護しようというものであるから、占有につきこのような強力な効果を認める制度については、その目的物に対する支配の状態が、継続性、排他性などの点において、権利として認めるだけの保護に値する状態にまで達していることが必要であるところ、不法占有者に対する損害賠償請求の場合は、権利者が、その目的物の使用収益権の円満な享受が妨げられてさえいれば、その不法な占有の目的物に対する支配の状態が、継続性、排他性などの点において、必ずしも占有訴権あるいは取得時効を認めることができる程度に達していなかったとしても、権利者の目的物に対する使用収益の権利が侵害された程度に応じて損害は発生しているというべきであり、損害賠償請求を認めてこれを救済する必要があるからである。

2  本件においては、前記二で認定したとおり、被告甲野は、郷内出張所開設後約半年後から平成10年10月末ころまで、多い時期でほぼ毎日、少ない時期でも週に4日ないし5日本件建物を訪れて、午前8時30分ないし午前9時ころから午後4時ないし午後8時ころまで本件建物に滞在し、本件区画部分にリクライニングチェアー、ルームランナー、事務机、いす等の私物を持ち込み、消防職員が事務室で業務を行っている横で、本件区画部分に置かれていた倉敷市の備品である木製丸テーブルやパイプいすを使用し、本件区画部分に居座って、個人的な訪問者の応対をしたり、テレビを観たり、将棋をしたり、電話線を分岐して設置した電話機で個人的用事を行ったり、消防職員に茶を入れさせて食事をしたり、話の相手をさせたりして過ごしていたこと、消防職員が平成6年5月ころからパトロールに出るようになってからも、被告甲野は本件建物の鍵の置き場所を知っており、自由に本件建物に出入りできたこと、郷内出張所の消防職員は、本件区画部分に立ち入ることはできたとはいえ、被告甲野が本件区画部分にいる間は、本件区画部分に隣接している木製ローボート及びスチール製ロッカーを使用するときは、テレビを観ている被告甲野に断りを入れなければならなかったことが認められ、さらに、被告甲野が倉敷市職員、特に消防署関係者に対して強い影響力を持っており、気に入らないことがあると人事への影響や暴力団との関係をほのめかし、大声で怒鳴りつけて、物事を強引に自分の思い通りにしようとしていたのであり、現に、倉敷市監査委員が本件占有につき調査した際も、児島消防署長は被告甲野の私物を保管して被告甲野をかばう行動に出るなど、児島消防署長をはじめとする消防署関係者の上位の者でさえ被告甲野に逆らうことができず、郷内出張所においては消防署の業務よりも被告甲野の相手をすることを優先させざるを得なかったという事情が認められることからすれば、被告甲野が本件区画部分に私物のリクライニングチェアーやルームランナーなどを持ち込み、かつ、同人が滞在していた間は、消防職員(倉敷市)は本件区画部分を自由に使用できたとは到底いえない。本件建物と同じ構造の倉敷市児島消防署下津井出張所や同大高出張所の建物の本件区画部分に相当する部分は、テーブル及びいすを置いて、職員が食事をしたり、来客の際の応接、打ち合せ等を行うのに使用されていたのに対し、本件建物ではそのようなスペースがなかったこと、他方、被告甲野が本件建物を訪れることがなくなった現在では、本件区画部分は、消防職員の事務机等が置かれて使用されていることが認められることからしても、右のような被告甲野の本件区画部分の使用状況は、消防職員による本件区画部分の使用を妨げるに足るものであったというべきであって、その意味において、被告甲野は、右期間中、本件区画部分を占有し、本件区画部分についての倉敷市の所有権を侵害したものと認められる。

四  次に、被告甲野の本件区画部分の占有権原の有無(争点3)について判断する。

被告甲野は、被告甲野が消防団関係者として本件建物を占有する権原があった旨主張するところ、前記二で認定した事実によれば、被告甲野は、昭和53年ころから昭和63年ころまでは郷内分団長、平成5年4月1日から平成6年3月31日までは倉敷市消防団長、同年4月1日から平成8年3月31日までは倉敷市消防団顧問の職にあったこと、郷内出張所が開設される際、郷内分団の機庫の敷地が収用されることとなり、郷内分団は、新設される郷内出張所の建物の一部を使用することが関係者間で合意されたことが認められるが、他方で、郷内出張所の建物については、郷内分団が、消防の会議、風水害のときの指令命令の拠点など、必要に応じて臨時的に使用することや多少の備品を置くことは想定されていたものの、消防団員が常駐することやましてや個人の事務所として使用することまでは想定されていなかったこと、一般の郷内分団の消防団員が消防業務に関して本件建物を訪れる頻度は2か月から3か月に1回の割合で、時間にしても長いときで1時間程度本件建物に滞在するにすぎなかったことが認められ、以上からすれば、前記二で認定した被告甲野の本件建物における滞在の状況は、滞在の理由においても、また、滞在の頻度ないし時間においても、消防団関係者が本件建物を使用する状況として合意された範囲を超えるものであったことは明らかであって、その他に被告甲野の本件区画部分における占有権原を認めるに足りる証拠もないから、被告甲野の本件区画部分に対する本件占有は、適法な占有権原に基づくものであったと認めることはできない。

五  そこで、被告甲野の本件占有による倉敷市の損害額(争点4)について判断する。

前記二のとおり、被告甲野は、原告が請求する平成8年3月1日以降平成10年10月末日まで、本件区画部分に私物のリクライニングチェアー、ルームランナーなどを置き、自らも平成10年11月末ころまで週に4日ないし5日本件建物を訪れていたものであるが、前記二9のとおり、被告甲野の私物は、平成10年5月19日、本件建物から撤去され、同年9月下旬ころ、被告甲野が再び私物を本件区画部分に持ち込み、さらに同年10月末ころに再び撤去されており、その間も被告甲野は本件建物を訪れてはいたものの、消防職員の空いている事務机に座るなどしていて、本件区画部分における消防職員の占有使用を妨げていたと認めることはできない。したがって、被告甲野の本件区画部分に対する倉敷市の所有権を侵害していた期間は、原告の請求にかかる平成8年3月1日から平成10年11月30日までの期間のうち、同年5月下旬から同年9月下旬までと同年11月の5か月間を除いた28か月間であると認めるのが相当である。

そして、前記二13のとおり、本件建物の近隣の建物の賃料は、1坪(3.3平方メートルとして換算する。)あたり月5,000円であること、被告甲野が私物のリクライニングチェアーやルームランナーなどを置き、また、本件建物に滞在していたときに主にいた場所は、本件区画部分と一致し、その面積は8.64平方メートルであることが認められる。したがって、本件区画部分の相当賃料額は月1万3,090円(1円未満切捨て)であるが、被告甲野の右期間中の本件区画部分における滞在時間は、本件建物が消防職員により1日24時間使用されているのに対し、午前8時30分ころから午後4時30分ころまでの約8時間で、滞在日数としては、平均して週4日ないし5日で1か月あたり約20日であり、被告甲野が不在のときには、消防職員が本件区画部分を使用することもできたことを考慮すると、倉敷市が所有権の侵害を受けた結果被った損害は、28か月分の賃料相当損害額である36万6,520円の7割である25万6,564円とするのが相当である。

六  そして、倉敷市の右損害についての賠償請求権は、地方自治法237条1項及び240条1項の債権にあたり、その徴収の懈怠は、財務会計上の財産の管理を怠る事実として3号請求の対象となるべきところ、被告市長は、前記第二、二3のとおり、現在に至るまで右損害賠償請求権を行使しておらず、また、前記第三、二11のとおり、被告市長において、被告甲野の本件占有が違法であって、倉敷市が被告甲野に対して損害賠償請求権を有することを十分認識し又は認識し得たものと認められるから、被告市長は、速やかに右損害賠償請求権を行使して被告甲野に対してその支払を求めるべきであったにもかかわらず、これを行っておらず、被告市長が右損害賠償請求権の行使をしていないことについて何ら正当な事由は認められないから、これが財産の管理を違法に怠るものであることは明らかである。

七  よって、原告の請求は、被告甲野に対し、倉敷市に25万6,564円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成11年4月3日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、被告市長が、被告甲野に対し、右支払の請求を怠る事実が違法であることの確認を求める限度でいずれも理由があるから、その限度で認容し、その余の請求はいずれも理由がないから、棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、64条本文、65条1項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小野木等 裁判官 村田斉志 村上誠子)

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