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岡山地方裁判所 平成3年(ワ)693号 判決 1992年6月18日

原告

高浪豊利

ほか一名

被告

小引克己

主文

一  被告は、原告らに対し、それぞれ金六八五万八二七二円及びこれに対する平成二年五月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を被告の負担とし、その二を原告らの負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告らに対し、それぞれ金二二〇五万九二八六円及びこれに対する平成二年五月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

1  被告は、平成二年五月一九日午前七時二〇分ごろ、岡山県総社市小寺二三三番地先市道において、同所の制限速度が時速五〇キロメートルであるところ、被告が所有し、自己のために運行の用に供する軽四輪貨物自動車(本件車両)を、時速六〇ないし七〇キロメートルで運転して南進中、前車を追い越そうと反対車線にでて走行し、折から右前車の前方道路を左から右に横断していた訴外高浪志保(訴外志保)に本件車両を衝突させ(本件事故)、訴外志保は、平成二年五月二〇日、本件事故による脳挫傷、頭蓋骨骨折、急性硬膜下血腫、肺挫傷、骨盤骨折のため死亡した(争いのない事実)。

2  被告は、原告らに対し、本件事故による損害賠償金二五五五万一〇六〇円を支払つた(争いのない事実)。

3  本件は、訴外志保の両親であり、相続人である原告ら(争いのない事実)が被告に対し、自賠法三条に基づき、本件事故による訴外志保の損害及び原告らの損害を請求するものである。

4  本件における争点は、原告らが主張する損害(治療費、入院雑費、医師への謝礼、交通費、逸失利益、慰謝料、葬祭費、墓地購入費、墓石購入費、仏壇・仏具購入費、証明書費用、弁護士費用)と訴外志保の過失(過失相殺)及び前掲のもの以外の弁済の存否である。

第二争点に対する判断

一  訴外志保の損害(慰謝料を除く)

1  治療費 五四万九三六〇円

証拠(甲五)により認められる。

被告は、一般診断書八通の費用のうち、二通分(警察、保険会社用)以外は、本件事故と相当因果関係がないと主張するが、右診断書は、高等学校の生徒であつた訴外志保の死亡に伴つて、遺体の火葬手続、戸籍の届出、学校への届出その他の手続に必要であるから、必ずしも相当因果関係がないものとはいえない。

2  入院雑費

訴外志保は、本件事故当日、川崎医科大学付属病院へ入院して翌日死亡し、従つて二日間右病院に入院した(甲三)。

ところで、入院雑費すなわち入院したものが通常支出を避けることのできない治療費以外の費用の内容は、概略、日用雑貨費用、栄養補給費、通信費、新聞・テレビ等の文化費であるということができるが、訴外志保は、検査の結果、右病院に入院時、急性硬膜下血腫と著しい脳腫脹が見られ、医師は、手術適用外と判断して、保存的に経過を見ていたところ、翌日死亡したもので(甲三、五)、即死に準ずる状態であるから、個別に要した費用と本件事故との相当因果関係の証明があるものは別として、右入院の事実のみをもつて、損害項目としての入院雑費を認めることはできない。

3  医師への謝礼

原告らは、謝礼として前記病院の医師に三万円、看護婦及び付添人に併せて一万四〇〇〇円を支払つた(原告高浪豊利)。しかし、右認定の訴外志保の入院期間、その間における状態及び治療の程度によると、右謝礼が本件事故と相当因果関係のあるものとはいえない。

4  交通費 一万八〇〇〇円

原告らは、家と病院の間を四回ほどタクシーを利用して往復し、その費用に一万八〇〇〇円を要した(原告高浪豊利)。

5  逸失利益 三六六五万一二六九円

訴外志保は、昭和四八年六月一五日生まれ、本件事故当時一六歳一一か月の女子で、岡山県立倉敷中央高等学校看護科に二年生として在学中で、将来は看護婦の職業に就くことを希望していた(甲一、原告ら)。訴外志保が正看護婦になるには、右高等学校を卒業後、同校の(衛生看護)専攻科又は看護系専門学校あるいは看護系短期大学に進学して二年間の勉学ののち、正看護婦試験に合格しなければならないが、右高等学校専攻科の昭和六三年度から平成二年度までの卒業生の受験率及びその合格率はともに一〇〇パーセントであり、そのうちの九四・九パーセントの者は各病院に看護婦として就職しており、その余の五・一パーセントの進学者も一年後には同種の就職をする予定である(右高校に対する調査嘱託)から、訴外志保は、平成六年四月(二〇歳)には希望の正看護婦として就職しえたものである。

ところで、現在、看護婦の数がその必要数に比して大きく不足し、そのためもあつて、看護婦の夜勤等を含めた労働が極端に過重となつていることは周知の事実であり、したがつて、女性が看護婦として就職しても、将来結婚、出産、育児等のため、離職することがありうること、その後看護婦として再就職するとしても、それまでの期間は看護婦として稼働することが事実上できないこと、本件においては、訴外志保が六七歳に達するまでの逸失利益が求められているが、現役看護婦の年齢構成は不明であるものの、ほぼ五〇歳以上の者の看護婦就労率は大きく減少しているものと予想されることは、本件逸失利益の算定に当たつて考慮すべき事情である。そして、平成二年の企業規模計における全年齢の看護婦(女)の年収は三九三万二七〇〇円、二〇歳から二四歳までの看護婦の年収は三一四万八八〇〇円であり(甲三二)、平成二年の賃金センサスの高専・短大卒業女子の全年齢の年収は三〇五万一〇〇〇円である。

右の事情を考慮すると、本件事故による訴外志保の逸失利益は、右全年齢の看護婦(女)の年収三九三万二七〇〇円を基に、生活費の控除率を四〇パーセントとし、ライプニツツ方式(一七歳から六七歳までの五〇年の係数一八・二五五九、一七歳から就職する二〇歳まで三年の係数二・七二三二)により中間利息を控除した本件事故時の現価である三六六五万一二六九円とすべきである。

3,932,700×(1-0.4)×(18.2559-2.7232)=36,651,269

二  原告らの損害(弁護士費用を除く)

1  葬祭費、墓地購入費、墓石購入費、仏壇・仏具購入費 一三〇万円

原告らは、右各費用として合計六五二万三六三二円(内訳、遺体搬送費二万六九〇〇円、葬儀費用六四万五六〇〇円、寺への謝礼五五万円、写真代三万三〇〇〇円、通夜の費用三二万五〇一円、墓地購入費七一万八五〇〇円、墓石購入費二四三万八〇一〇円、仏壇・仏具購入費一八〇万七一二一円)を支出したことが認められるが(甲六ないし八、一一ないし二〇、原告高浪豊利)、右のうち本件事故と相当因果関係のある費用の額は一括して一三〇万円と認められる。

2  証明書費用 六五二〇円

証拠(甲二一、二二、原告高浪豊利)により認められる。

三  被告の弁済

被告は、訴外志保の葬儀に出席し、原告らに対し、香典として一〇万円を交付したが(原告高浪智恵子)、右金額及び被告がこれを出捐し、原告らがこれを受領した各趣旨を総合すると、右一〇万円が本件事故による損害賠償金の一部として支払われたものとはいえない。

四  過失相殺

1  本件事故現場の道路は、各車線幅員二・八メートルの片側一車線の車道(幅員合計五・六メートル)とその両側に外側線を引かれた各幅員〇・六メートルの外縁部(いずれもアスフアルト舗装)であり、制限速度は時速五〇キロメートルで、追越し禁止区間ではなく、さらにその両側に高くなつた歩道(幅員二・四メートルと二・六メートル)があり、本件事故現場から本件車両及び訴外志保の進行方向にむかつてすぐのところは変形の三叉路になつているが、本件車両からの直進方向は平坦で、見通しは良好であり、当時、雨上がりで路面は湿潤の状態にあつた(甲三一の1、2、乙一、六)。

2  被告は、本件車両を運転して右道路を北から南に向かつて進行していたが、本件衝突地点から約一五四メートル手前で、本件車両の約三一メートル前にいる車両の追越しを開始し、右前車を追い越すころは、時速七〇キロメートルで走行し、本件衝突地点から約二四メートル手前の地点において、本件車両の左前方約二一メートルで右道路の中央破線寄りのところを、訴外志保が自転車に乗つて本件車両の進行方向の右斜め前方へ横断しているのを発見し、急制動をかけたが、本件衝突地点で、本件車両の前部左側が訴外志保の自転車に衝突した(乙一、四、六)。

3  被告が右追越しのため反対車線にでた地点からは、次に認定するような訴外志保が自転車に乗つて右道路左側を進行するのを十分認識できる(乙二)。

4  訴外志保は、本件事故時、通学途上であつたが、本件車両の進行方向に向かつて右道路の左側付近(歩道ではない)を、自転車に乗つて、暫く他の自転車一台と横に並んで南へ併進していた。そして、訴外志保は、ちよつと右後方に頭を振つた後、右斜め前方(前記三叉路方向)に横断を開始し、同所から約八メートル斜め前方で中央線を約一メートル過ぎた地点において、本件車両と衝突した(乙一、四、六)。

5  右事実によると、本件事故は、左前方の安全確認を怠り、制限速度を二〇キロメートルも超過する速度で本件車両を運転した被告の過失と、右後方の安全確認を怠り前記認定の態様で本件道路を横断した訴外志保の過失により発生したものということができ、右双方の過失を対比すると、本件事故による訴外志保と原告らの前記損害は、その三割を減額するのが相当である。

五  慰謝料 一一二〇万円

以上認定の諸般の事情を総合考慮すると、一一二〇万円が相当である。

六  損害額残金(弁護士費用を除く)

以上の認定及び判断の結果、弁護士費用を除く訴外志保及び原告らの損害の合計額は、前認定の治療費、交通費、葬祭費等、証明費用、逸失利益の合計額三八五二万五一四九円の七割である二六九六万七六〇四円に右慰謝料を加えた三八一六万七六〇四円であり、これから被告の既払額二五五五万一〇六〇円を控除するとその残額は一二六一万六五四四円となつて、原告らが相続した訴外志保の損害賠償債権額及び原告ら各自の損害額の合計は、それぞれ六三〇万八二七二円となる。

七  弁護士費用

原告らは、右費用についても本件事故の日からの遅延損害金を求めているから、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の原告らの損害から本件事故の日から本判決言渡しまでの中間利息を控除した額は、それぞれ五五万円と認めるのが相当である。

(裁判官 岩谷憲一)

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