岡山地方裁判所 平成4年(ワ)783号 判決 1993年6月24日
原告
山口夕希子
被告
光本博
主文
一 被告は、原告に対し、金四四五四万五四五二円及び内金四一〇四万五四五二円に対する平成四年二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを五分し、その二を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
但し、被告が金一五〇〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金七五九二万一五二〇円及び内金六九九二万一五二〇円に対する平成四年二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
3 仮執行免脱宣言
第二当事者の主張
一 請求原因
1 本件交通事故(本件事故)の発生
(一) 日時 平成四年二月一日午後九時五五分ころ
(二) 場所 岡山市東片岡一〇〇六番地先県道(本件道路)
(三) 事故態様 岩上登喜義(登喜義)が本件道路を歩行横断中、被告運転の普通乗用自動車(被告車)が衝突した結果、登喜義は、頭蓋骨骨折、脳挫傷、肋骨多発骨折、骨盤骨折の傷害を負い、同日午後一一時一八分、岡山赤十字病院において死亡した。
2 運行供用者
被告は、前記加害車たる普通乗用自動車の保有者である。
3 損害
(一) 逸失利益 七六五五万〇三三五円
登喜義は、本件事故当時、岡三証券株式会社に証券外務員として勤務し、同社から外務員報酬を得ていたもので、過去五年間の登喜義の外務員報酬は別表記載のとおりである。ところで、登喜義の右収入は、売上に歩合し一定したものではなく、近時はバブル経済の破綻という特殊事情により急激に減少しているから、別表記載の過去五年間の外務員報酬の平均である一〇三八万三八六一円をもつて、逸失利益算定の基礎となるのが相当である。
登喜義は、証券外務員であるから、その経費率を三割としてこれを控除すると、同人の平均年間収入は七二六万八七〇二円となる。
登喜義は、本件事故当時四四歳であつたから、六七歳まで二三年間稼働することができたものであり、右期間を通じて生活費として三割を控除し、新ホフマン係数(一五・〇四五)により年五分の中間利息を控除して、死亡時における逸失利益を計算すると七六五五万〇三三五円となる。
(二) 治療費 一〇万一九五〇円
(三) 葬儀費用 一三五万七〇〇〇円
登喜義の葬儀費用として、葬儀費八九万三五〇〇円、仏壇仏具購入代金四六万三五〇〇円を支出した。
(四) 慰謝料 二二〇〇万円
登喜義は、昭和五六年前妻と協議離婚し、その後は母である岩上ヒデコと同居し同人を扶養していたものであり、登喜義の死亡による精神的苦痛に対する慰謝料は二二〇〇万円が相当である。
(五) 相続
原告は、登喜義と前妻との間の子であり、他に相続人はいない。
(六) 損害の填補 三〇〇八万七七六五円
原告は、損害の填補として、被告から三〇万円、葬儀費用のうち八九万三五〇〇円の支払いを受け、自賠責保険金として二八八九万四二六五円を受領している(合計三〇〇八万七七六五円)。
(七) 原告の請求損害額 六九九二万一五二〇円
前記(一)ないし(四)の損害額から(六)の填補額を控除すると、六九九二万一五二〇円となる。
(八) 弁護士費用 六〇〇万円
従つて、原告の損害額の合計は七五九二万一五二〇円となる。
4 よつて、原告は、被告に対し、自賠法三条に基づく損害賠償請求として、金七五九二万一五二〇円及び内金六九九二万一五二〇円に対する本件事故の日である平成四年二月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否及び反論
1 請求原因1、2の各事実は認める。
2(一) 同3(一)は争う。
(1) 逸失利益の算定にあたつては、バブル経済そのものが特殊例外的なものであり、現在の低成長の経済状態が普通であるから、登喜義死亡前年度の平成三年の収入三八五万四二六九円を基礎とするのが相当である(この場合の経費率は三割)。
(2) 仮に、原告主張の年収を基礎とする場合には、同様の高額の収入を得ている損害保険外務員、生命保険外務員につき四割の経費控除が認められているから、登喜義の経費率は四割とするのが相当である。
(3) 登喜義は、離婚しており、その子(原告)は前妻が親権者となり扶養していて、登喜義は、子に対し扶養或は定期的な仕送りもしておらず、独身者として生活していたものである。従つて、登喜義の生活費の控除割合は四割が相当である。
(二) 同3(二)の事実は認める。
(三) 同3(三)の事実は不知。
(四) 同3(四)は争う。前記(一)の家族状況に鑑みると一八〇〇万円が相当である。
(五) 同3(五)、(六)の各事実は認める。
(六) 同3(七)、(八)は争う。
三 抗弁(過失相殺)
1 本件事故の態様
本件事故現場は、対向二車線の幹線道路で、当時夜間で、付近に街灯がないため暗かつた。当日、岩上家で法事がなされたため、登喜義らは黒つぽい服装をしていた上、相当酒を飲んでおり、道路上に佇立していた。
2 登喜義の過失
被告車から、登喜義らの発見は困難であつたのに対し、登喜義らにとり被告車が進行してくる南方の見通しはよく、登喜義ら歩行者はかなり離れていても、車の照明を認めることができたにも拘わらず、車の走行に全く注意を払うことなく、漫然と道路上に立つていたものであるから、登喜義ら被害者側の過失は重大であり、三割とするのが相当である。
四 抗弁に対する認否及び原告の反論
1 抗弁は争う。
2 本件事故の態様と被告の過失
被告は、制限速度時速四〇キロメートルを約二五キロメートル超える時速約六五キロメートルの高速で、見通しの良い直線道路を走行しているにも拘わらず、前照灯を下向きにしたまま走行し、右前方に駐車していた軽四輪に気を取られ、前方の注視を全く怠り、登喜義らに全く気が付かないまま、老人とともに道路を横断していた登喜義らに、ブレーキを踏むこともなく、高速で衝突させたものである。更に、被告は、道路中央線を超えて中央付近を走行し衝突したものである。従つて、被告の過失は著しく重大で一方的なものであり、登喜義に過失はない。
第三証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求原因1、2の各事実は、当事者間に争いがない。右事実によると、被告は、自己のために被告車を運行の用に供しており、その運行によつて、美千恵の生命を害したものであるから、自賠法三条に基づき、これにより生じた損害を賠償する義務を負う。
二 過失割合について
被告は、過失相殺の抗弁を主張しているので、以下検討する。
1 本件事故の具体的態様
前記一の争いのない事実と、証拠(乙一ないし一一、証人成本保)及び弁論の全趣旨によれば、本件事故の具体的態様は、以下のとおりである。
(一) 本件事故現場は、宝伝方面より宿毛方面に至る南北に走る車道幅約五・五メートルの歩車道の区別のない県道(アスフアルトの舗装道路、本件道路)であり、時速四〇キロメートルの速度制限がなされている。本件事故当時は夜間で、天候はくもり、現場は非市街地で、街灯等の照明はなく暗い状態であつたが、本件道路の直線部分であり、交通量は少なく、見通しは良かつた。なお、本件道路は、本件事故の時刻頃には、ときどきは車両の通行があるが、見通しが良いため、車両の照明は遠くからでも視認可能である。
(二) 被告は、被告車を運転し、宝伝方面から宿毛方面に向け北進中、夜間で交通量も少なく、歩行者も見られなかつたことから、時速約六五キロメートルの速度で、かつ被告車の前照灯を下向きにしたまま、本件事故現場にさしかかつた際、道路東側(被告にとり右側)に照明を点けて駐車していた後記車両がまもなく道路上に後退して出て来るものと考え、右車両に気を取られて右方を脇見したまま、前記速度のまま進行したところ、進路前方に居た登喜義ほか二名に全く気が付かず、登喜義を始め順次同人ら三名に被告車前部を衝突させ、登喜義を約二四・七メートルも跳ね飛ばした。
(三) 他方、登喜義は、当夜、本件現場の道路西側沿いにある自宅で、法事が営まれ、親族とともに飲酒した後、一足先に帰宅することになつた親族の者が、登喜義方の前の本件道路を隔てた東側の空き地に駐車していた軽四自動車の暖気運転を行い、出発の準備をしていたのを見送るため、姉の須田恵子、伯父の光本五市とともに自宅から出た。そして、登喜義は、同人が一番南側、その北側に五市、一番北側に恵子が並ぶ位置関係で、本件道路を西から東へゆつくりと渡り始めたが、途中道路上で少しの間、立ち止まつていた。登喜義らは、誰一人、南側から走行して来た被告車に気が付かないまま、同車に撥ねられた。
2 前記1の認定事実につき、若干補足説明を加える。
(一) 証拠(乙七、八)中の須田恵子の供述部分や、証人成本保の証言によつて窺われる登喜義らの本件道路上の歩行に要した時間等に徴すると、本件事故直前、登喜義らは、親族を見送るため、本件道路上にしばし佇立していたものとみざるを得ない。
(二) 一方、証人成本保の証言によつて認められる、本件事故の被害者須田恵子が当初倒れていた位置(本件道路中央線よりやや西側)と恵子の被害の状況(同女が転倒後二度轢きされた形跡がないこと)等に徴すると、被告は、車両の正常な走行位置である道路左側よりも右側寄りで、少なくとも道路中央付近を走行していた疑いが強い。
3 そこで、前記1、2の事実関係を前提に、被告と登喜義の過失につき検討する。
(一) 被告の過失
被告には、制限速度遵守はもとより、前照灯が下向きの状態も考慮に入れて速度を調節し、前方を注視して進路の安全を確認しつつ走行すべき義務があるのにこれを怠り、前方不注視の脇見運転をし、制限速度を約二五キロメートルも超過した高速で運転したこと(なお、前記2(二)の走行位置も含む)等の重大な過失が存したことは明らかである。
(二) 登喜義の過失
他方、登喜義には、夜間でも車両の走行が予想される本件道路を横断するに際し、進行して来る車両の有無及びその動静を確認しつつ横断する義務があるというべきところ、登喜義(ほか二名も含む)は、車両に対する注意を全くせず、しかも道路上にしばし佇立していた点に過失が認められる。
(三) 過失割合
被告と登喜義の前記各過失の態様や本件事故の起きた時刻等、諸般の事情を併せ考慮すると、本件事故発生についての過失割合は、登喜義が二割、被告が八割と認めるのが相当である。
三 損害
1 逸失利益
(一) 証拠(甲一ないし五、証人成本保)及び弁論の全趣旨によれば、登喜義は、本件事故当時、四四歳になる健康な男子(学歴は高校卒)であり、岡三証券株式会社に外務員として勤務して、証券売買の仲介の業務に従事し、売買取引高に応じた外務員報酬(歩合給)を受け取つていたこと、登喜義死亡前の最近五年間の右報酬額は別表記載のとおりであること、登喜義は、当時、前妻と離婚して、前妻との間の未成年子である原告の親権者を前妻とし、登喜義の方は、実母の扶養をしながら同女と二人で生活していたことが認められる。
(二) ところで、ちようど、登喜義の死亡前五年の期間には、いわゆるバブル経済が華やかなりし頃、証券業界が盛況を呈していた時期から、バブルがはじけて景気が急激に後退し、証券業界が急速に深刻な不況に陥つた時期まで含まれていることは公知の事実であるところ、証券外務員の歩合給は、その性質上、景気の変動に伴い相当の幅をもつて変化するものであることに鑑みると、登喜義の逸失利益算定の基礎とする収入金額は、前記過去五年間の報酬額の平均値を取るのが相当である。そうすると、右平均値は一〇三八万三八六一円となり、右収入を得るための経費率は三割が相当と認められるから、これを控除すると、登喜義が得べかりしものと推認できる平均年間収入は七二六万八七〇二円(円未満切り捨て)となる。ちなみに、平成三年賃金センサス第一巻第一表産業計、企業規模一〇〇〇人以上(岡三証券の規模)、旧中・新高卒の四〇歳から四四歳までの男子にきまつて支給する現金給与額が四三万一五〇〇円、年間賞与その他特別給与額が一九一万五四〇〇円であるから、その年収額は七〇九万三四〇〇円となり、右金額と対比しても、登喜義の前記平均年収額は不合理ではない。
(三) 前記(一)で認定した登喜義の生前の身上、家族状況(実母を扶養していたが、本件全証拠によつても、原告の扶養ないし原告のための定期的な仕送りをしていた事実は認められない。)等に鑑みると、収入額から控除すべき登喜義の生活費の割合は四割とするのが相当である。
(四) 登喜義は、本件事故により死亡しなければ、六七歳までの二三年間稼働可能であり、前記(一)ないし(三)の基礎数値のほか、中間利息の控除につき新ホフマン係数(一五・〇四五)を用いて、死亡時における登喜義の逸失利益の現価額を算定すると、六五六一万四五七二円(円未満切り捨て)となる。
七二六万八七〇二円×(一-〇・四)×一五・〇四五=六五六一万四五七二円
2 治療費
登喜義が、本件事故により傷害を負い、治療費として一〇万一九五〇円を要したことは、当事者間に争いがない。
3 葬儀費用
証拠(甲二の一、二)及び弁論の全趣旨によれば、登喜義の葬儀関係費用として、葬儀費八九万三五〇〇円と仏壇仏具購入代金四六万三五〇〇円が支出されたことが認められるところ、そのうち本件事故と相当因果関係を有する葬儀費用は、一二〇万円であると認めるのが相当である。
4 慰謝料
本件事故の態様、登喜義の年齢、家族状況等本件に現れた一切の事情を斟酌すると、登喜義の死亡慰謝料は二二〇〇万円が相当である。
5 過失相殺による減額と損害の填補、相続
(一) 原告が登喜義の子であり、他に相続人がいないことは、当事者間に争いがない。
(二) 前記1ないし4の損害額の合計金額は、八八九一万六五二二円となるところ、前記二の過失相殺により二割の減額を行うと、原告が被告に対して請求し得る金額は七一一三万三二一七円(円未満切り捨て)となる。そして、原告が自賠責保険や被告から合計三〇〇八万七七六五円の填補を受けたことは当事者間に争いがないから、右金額を差し引くと、被告が原告に賠償すべき損害額は四一〇四万五四五二円となる。
6 弁護士費用
本件事案の内容、審理経過、認容額等を考慮すると、本件事故と相当因果関係にある弁護士費用相当の損害額は、三五〇万円と認めるのが相当である。従つて、賠償額の合計金額は、前記5の金額に右三五〇万円を加えた四四五四万五四五二円となる。
四 結論
以上の次第で、原告の請求は、四四五四万五四五二円と内金四一〇四万五四五二円(弁護士費用を控除した金額)に対する本件事故の日である平成四年二月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項、仮執行免脱宣言につき同条三項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 徳岡由美子)
別表
<省略>