岡山地方裁判所 平成4年(行ウ)9号 判決 1996年2月27日
原告
石村英子
同
石井淳平
同
高田雅之
同
福武彦三
原告ら訴訟代理人弁護士
山崎博幸
同
嘉松喜佐夫
同
石田正也
同
近藤幸夫
同
谷和子
同
清水善朗
原告ら訴訟復代理人弁護士
水谷賢
同
山本勝敏
同
大熊裕司
同
近藤剛
被告
岡山県知事
長野士郎
右指定代理人
土井宏輔
外五名
被告
長野士郎
同
チボリ・ジャパン株式会社
右代表者代表取締役
河合昭
被告ら訴訟代理人弁護士
片山邦宏
主文
被告チボリ・ジャパン株式会社は、岡山県に対し、金一億七八九二万二六六二円及びこれに対する平成七年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
原告らの被告岡山県知事長野士郎に対する訴えを却下する。
原告らの被告長野士郎及びチボリ・ジャパン株式会社に対する訴えのうち、各自金三八七五万八九七八円及びこれに対する平成七年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める部分を却下する。
原告らの被告長野士郎に対するその余の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告らに生じた費用の三分の一と被告チボリ・ジャパン株式会社に生じた費用を六分し、その五を同被告の、その余を原告らの負担とし、原告らに生じたその余の費用と被告岡山県知事長野士郎及び被告長野士郎に生じた費用を原告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
被告岡山県知事長野士郎(以下「被告知事」という)は、岡山県と被告チボリ・ジャパン株式会社(以下「被告会社」という)との間の職員派遣協定に基づいて被告知事が被告会社に派遣した岡山県職員に対し、給与等を支払ってはならない。
被告長野士郎(以下「被告長野」という)及び被告会社は、岡山県に対し、各自金二億一七六八万一六四〇円及びこれに対する平成七年一〇月一日から支払済みまでの年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は、被告らの負担とする。
第二段について、仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
原告らの被告知事に対する訴えを却下する。
原告らの被告長野及び被告会社に対する訴えのうち、各自金一億一四一三万〇八四八円及びこれに対する平成七年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める部分を却下する(予備的に、原告らの被告長野及び被告会社に対する右請求部分を棄却する)。
原告らの被告長野及び被告会社に対するその余の請求(各自金一億〇三五五万〇七九二円及びこれに対する平成七年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める部分)を棄却する。
訴訟費用は、原告らの負担とする。
担保を条件とする仮執行免脱宣言
第二 当事者の主張
(原告ら)
一 請求原因
1 当事者
原告らは、岡山県の住民である。
被告長野は、被告知事の地位にある。
被告会社は、遊園地の運営及び設計並びに運営のコンサルティング等を業とし、岡山県が資本金の一部を出資するいわゆる第三セクター方式の株式会社である。
2 公金支出
岡山県は、被告会社との間において、岡山県職員を被告会社に派遣してその業務に従事させる旨の協定を締結し、これに基づいて、被告知事は、別表の「派遣職員」欄の岡山県職員A乃至Mについて、職員に専念する義務の特例に関する条例(昭和二八年一一月二四日岡山県条例第四九号、以下「職専免条例」という)二条三号及び同規則(同年一二月九日岡山県人事委員会規則第一〇号、以下「職専免規則」という)二条二号により、地方公務員法三五条の職務専念義務を免除する旨の措置をとった上で、別表の「派遣期間」欄のとおり平成二年二月二〇日から平成七年九月三〇日まで、被告会社に派遣して專らその業務に従事させ、岡山県の職務に従事させなかったのに、右職員に対する給与等の支給として、岡山県の公金から総額二億一七六八万一六四〇円を支出した。
被告知事は、平成七年一〇月一日以降も、従前同様岡山県職員を被告会社に派遣して専らその業務に従事させ、岡山県の職務に従事させないのに、右職員に対する給与等の支給として、岡山県の公金からの支出を続けており、将来にわたって右職員に対する給与等支給による公金支出を継続する予定でいる。
3 違法性
前項の公金支出は、次のとおり違法である。
職専免条例二条三号は、岡山県職員が職務専念義務を免除される場合として「前二号に規定する場合を除く外、人事委員会が定める場合」と定め、職専免規則二条は、同条例の「人事委員会が定める場合」を一乃至五号に具体的に定め、その二号に「県の行政の運営上、その地位を兼ねることが特に必要と認められる団体の役員、職員等の地位を兼ね、その事務を行う場合」と定めているところ、これら規定の内容、体裁等に加えて、地方公務員法三五条の定める職務専念義務が地方公共団体の職員の負うべき基本的かつ重要な義務の一つとされている趣旨を合わせ考慮すると、同規則二条二号により職務専念義務を免除し得るのは、同条例二条三号に先立つ同条一、二号及び同規則二条二号の前後の一、三、四号の各規定内容との比較において、これらと同視し得る場合に限られるものと解すべきである。
被告会社は営利を目的とする私企業であり、いわゆる第三セクターとはいえ、岡山県の出資比率は一六パーセント弱にとどまり、その事業内容は地方自治法二条に定める地方公共団体の事務とは全く性質を異にし、公共性を欠き、地方公務員である岡山県職員を派遣して営利事業に従事させなければならないような公益上の必要性も全くなく、その業務も右職員でなければなし得ない性質のものではないから、職専免条例二条一、二号及び職専免規則二条一、三、四号の各規定との比較においても、被告会社への職員派遣は、「県の行政の運営上、その地位を兼ねることが特に必要と認められる団体の役員、職員等の地位を兼ね、その事務を行う場合」には明らかに該当しない。
したがって、被告知事による被告会社への派遣を目的とする岡山県職員に対する職務専念義務免除の措置は、職専免規則二条二号に該当する場合でないのに、地方公務員法三五条に違反してなされた違法なものというべきであるから、被告知事による派遣職員に対する派遣期間中の給与等支給は、職務に従事していない職員に対する法令上の根拠を欠く公金支出であり、地方自治法二〇四条の二に違反しており、同法二四二条一項、二四二条の二第一項の「違法な公金の支出」に該当する。
4 不法行為
被告知事の地位にある被告長野及び被告長野が取締役に就任している被告会社は、被告会社への岡山県職員の派遣及び派遣職員に対する給与等支給による公金支出が法令上の根拠を欠き、地方公共団体の職員の職務専念義務や給与支給規定に反する違法な措置であることを知りながら、共謀の上、敢えて前記2の職員派遣協定を結び、岡山県の公金支出に至らせたものである。
したがって、被告長野及び被告会社は、岡山県に対し、共同不法行為責任を負う。
5 不当利得
被告会社は、前記2の岡山県との間の職員派遣協定により、岡山県からの派遣職員の労務の提供を受け、労務の対価の支払を免れたものであるところ、右協定は、前記3のとおり公共の利益にかかる行政法規に反する違法な事項を内容とするものであり、強行法規乃至公序良俗に反するものとして無効であるから、被告会社は、法律上の原因に基づかないで、派遣職員の労務による利益を受け、岡山県に対して派遣職員の給与等支給額に相当する損失を及ぼしたものである。
したがって、被告会社は、岡山県に対し、不当利得の返還義務を負う。
6 損失又は損害
岡山県は、別表のとおり、平成二年二月二〇日から平成七年九月三〇日までの間に、被告会社への派遣職員に対する給与等として岡山県の公金から総額二億一七六八万一六四〇円を支出したため、同額の損害又は損失を被った。
二 本案前の要件
1 回復の困難な損害を生ずるおそれ
地方自治法二四二条の二第一項一号の差止請求は「地方公共団体に回復の困難な損害を生ずるおそれがある場合に限る」ものと規定されているが、被告知事による被告会社への岡山県職員の派遣に伴う給与等支給のための公金支出は既に二億円を超えており、今後更に累積し莫大な額に膨れあがることが予測され、仮に被告長野及び被告会社に対する右支出額相当の損害賠償又は不当利得返還請求が可能であるとしても、被告長野の資産状況は不明であり、また、被告会社はいまだ営業利益を全くあげておらず、資本金を食いつぶしながらかろうじて存続している赤字累積中の会社であり、公表されている資料を信用するとしても、その黒字転換は開業一〇年後で、累積赤字一掃は更に二三年後であることなどからすると、岡山県に「回復の困難な損害が生ずるおそれがある」ことが明らかであるから、原告らの被告知事に対する本訴差止請求は許されるものというべきである。
2 監査請求
原告らは、岡山県監査委員に対し、平成四年六月二四日、地方自治法二四二条一項により、被告知事が被告会社に岡山県職員を派遣して専らその業務に従事させ岡山県の職務に従事させていないのに、岡山県の公金から右職員の給与等を支給していることについて、右職員に対する給与等の支払停止、職員派遣の停止、支出済みの給与等相当額の返還要求等を内容とする住民監査請求をしたところ、岡山県監査委員は、原告らに対し、同年八月一八日、右監査請求を棄却する旨の監査結果を通知した。
① 期間遵守
別表のとおり、被告会社への岡山県職員の派遣に伴う給与等支給は平成二年二月二〇日から現在まで一体性をもって継続して行われているため、地方自治法二四二条二項の「当該行為のあった日又は終わった日」に該当する特定の期日が存在しないから、前項の監査請求の日の一年前の平成三年六月二四日より前の職員派遣に伴う給与等支給についても、監査の請求をすることができ、監査請求期間の徒過はないものというべきである。
② 正当な理由
仮に平成二年二月二〇日から平成三年六月二三日までの職員派遣に伴う給与等支給について監査請求期間が徒過しているとしても、右職員派遣及び給与等支給は当初全くの秘密裡に行われ、原告らはもとより岡山県民が知り得る状況にはなく、平成四年二月岡山県議会で問題とされ報道されて初めて明らかとなったものであるから、右徒過については、地方自治法二四二条二項但書の「正当な理由」があるものというべきである。
③ 変更後の訴えについて監査請求前置
前記監査請求を経て本訴が係属した後も、被告知事は職員派遣に伴う給与等支給を継続し、派遣職員を追加変更するなどしたため、原告らは、当初における派遣職員に対する給与等支払の差止請求のうちの支払済み部分を金銭支払請求に変更するなどして、「請求の趣旨」のとおりに訴えを変更したが、変更後の訴えの対象となった事実は、右変更の内容、経緯からして、右監査請求の対象となった事実から派生し又はこれを前提として後に続くことが当然予定されていたものとして、右監査請求の対象に含まれる事実と評価すべきであるから、変更後の訴えには、監査請求前置に関する遺漏はない。
三 まとめ
よって、原告らは、地方自治法二四二条の二第一項一号に基づき、被告知事に対し、今後被告会社へ派遣する岡山県職員に対する給与等の支払の差止を求め、同項四号に基づき、岡山県に代位して、被告長野及び被告会社に対し、連帯して不法行為に基づく損害賠償金(被告会社については選択的に不当利得返還金)二億一七六八万一六四〇円及びこれに対する平成七年一〇月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を岡山県に支払うことを求める。
(被告ら)
一 本案前の主張
1 回復の困難な損害を生ずるおそれ
原告らの被告知事に対する請求は、地方自治法二四二条の二第一項一号の差止請求であり、右差止請求ができるのは、「地方公共団体に回復の困難な損害を生ずるおそれがある場合に限る」ところ、仮に、本訴において、被告知事の被告会社への岡山県職員の派遣及び給与等支給が違法であると判断された場合には、岡山県は、被告長野乃至被告会社に対し、不当利得返還請求権乃至損害賠償請求権を行使することができ、右被告両名は弁済資力を十分に有するから、岡山県に「回復の困難な損害を生ずるおそれ」はない。
したがって、原告らの被告知事に対する差止請求の訴えは、不適法である。
2 監査請求
「本案前の要件」2の冒頭の事実は認める。
① 期間徒過
原告らは、平成四年六月二四日に本件の監査請求をしたものであるところ、地方自治法二四二条二項本文によれば、監査請求は「当該行為のあった日又は終わった日から一年を経過したときは、これをすることはできない」から、原告らの監査請求のうち、右請求の日の一年前である平成三年六月二四日より前の職員派遣に基づく給与等支給(別表「給与支給額」欄のうちの「平成二年二月二〇日乃至平成三年六月二三日」欄の合計三八七五万八九七八円)の部分については、監査請求期間を徒過している。
② 正当な理由
被告会社への岡山県職員の派遣は別段秘密裡に行われたわけではなく、派遣職員に対する給与等支給も給与規定に従い所定の支給日に公然と行われていたものであるから、前項の原告らの監査請求の期間徒過について、地方自治法二四二条二項但書の「正当な理由」は存在しない。
したがって、①、②により、原告らの被告長野及び被告会社に対する代位請求に関する訴えのうち、平成二年二月二〇日から平成三年六月二三日までの職員派遣に伴う給与等支給額に相当する三八七五万八九七八円及びこれに対する平成七年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員の連帯支払を求める部分は不適法である。
③ 変更後の訴えについて監査請求不前置
本訴提起後に派遣された職員(別表「派遣職員」欄H乃至M)に対する給与等支給について、原告らは監査請求を経ていない。
したがって、原告らの被告長野及び被告会社に対する代位請求に関する訴えのうち、別表の「派遣職員」欄H乃至Mの職員に対する給与等支給額に相当する七五三七万一八七〇円及びこれに対する平成七年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員の連帯支払を求める部分は不適法である。
二 請求原因に対する認否
請求原因1、2は認める。
請求原因3乃至6は争う。
請求原因2の公金支出は次のとおり適法である。
岡山県は、JR山陽本線倉敷駅に隣接する倉敷市寿町の紡績工場跡地約一二ヘクタールに一五〇年の歴史と伝統を誇るデンマークのチボリ公園を模範とした都市型公園を建設するための事業をチボリ公園事業として推進中であるが、右事業は、昨今の社会情勢の変化や住民の価値観の多様化等を踏まえて、岡山県の都市施策、余暇施策、高齢化施策及び文化施策の一環として行われる県民共通の利益となるものであるとともに、投資による波及効果、雇用の創出、滞留型観光資源の創造、豊かなライフスタイルの拠点の整備、国際交流の振興、岡山県の活性化、イメージアップ、魅力ある地域づくりなどの目的をも有しており、極めて公共性の高い事業である。右事業は、岡山県の行政施策として実施されるものであるが、岡山県の経費負担を可能な限り抑制するとともに、民間の活力及び経営手法を活用するために、いわゆる第三セクター方式が採用され、そのために被告会社が設立され、被告会社により右事業が推進されることとなり、岡山県からは被告会社に対して事業費負担や助成金等の公的支援がなされることとなった。
このように、チボリ公園事業は、本来は岡山県が直接行政施策として行うべき事務である地方自治法二条三項の「公園、緑地、劇場、音楽堂その他文化に関する施設」等を融合した拠点の設置という公共性の高い事業を、いわば被告会社に代行させるということになる関係上、岡山県としては、事業の推進に当たって同被告と密接な連絡調整等を維持する必要があると同時に、被告会社が設立後日が浅く、経営収入もなく、十分な人材も確保できていないなどの事情から、被告会社に対する公的支援の一環として、その事業が軌道に乗るまでの措置として、岡山県の職員を派遣し、専ら被告会社の業務に従事させるとともに、その給与等を岡山県において支給し、負担することとした。これにより、岡山県と被告会社との間において、平成二年二月以降の岡山県職員の派遣に関する協定が締結され、以後毎年更新されて、別表のとおり職員派遣が行われている。
右職員派遣に際しては、職専免条例二条三号、職専免規則二条二号の規定に基づいて、派遣される職員に予め職務専念義務の免除申請をさせ、被告知事がそれを承認する方法により、手続に則った処理がなされている。
右職員派遣は、チボリ公園事業の公共性並びに職員派遣の必要性及び目的等からすると、職専免条例二条三号、職専免規則二条二号の職務専念義務の免除事由に該当するものというべきである。また、右各規定の文言は時代の要請にそぐわない観があり、昨今地方行政において需要を増しつつある第三セクターへの職員派遣を対象とする法制度の整備が遅れている現状にあっては、被告会社に対する派遣のための職務専念義務の免除措置は違法とまではいえない。
したがって、被告会社への岡山県の職員派遣は、地方公務員法三五条には抵触せず、適法である。また、右職員派遣が適法である以上、派遣職員に対する給与等支給も適法である。派遣職員に対する給与等は、地方自治法二〇四条一項、岡山県職員給与条例一条、一四条に則って支給されており、何等の違法もない。
第三 証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録のとおりであるから、これを引用する。
理由
(本案前)
一 回復の困難な損害を生ずるおそれ
地方自治法二四二条の二第一項但書の「回復の困難な損害を生じるおそれ」とは、当該財務会計行為等を直ちに差し止めなければ、地方公共団体の財政全体に重大な悪影響が生じるため、その回復が事後的に困難な場合をいうものと解されるところ、被告知事による被告会社への岡山県職員の派遣は、後記のとおり、既に平成二年二月二〇日以来五年余に及び、その間の給与等支給総額は二億円を超え、被告知事が今後も職員派遣に伴う給与等支給を継続する予定でおり、被告会社が現在営業利益をあげておらず、黒字転換の予想時期も相当年月が経過した先であることなどからすると、原告らの「本案前の要件」1における主張は、一概には排斥し難いところではあるが、他方、過去の支出済みの金額はともかく、差止の対象となる今後の支出予想額は、別表の既に派遣された職員の人数や給与等支給の額等に鑑みると、岡山県全体の財政規模に比べて、それに占める割合がかなり小さいものと推定される上に、右支出後であっても、原告らが本訴において請求しているように、事後的に損害賠償又は不当利得返還の代位請求をするなどの方法により回復を図ることが可能であり、また、被告長野及び被告会社が無資力であるとは直ちには認め難いことなどに照らすと、未だ岡山県に「回復の困難な損害を生ずるおそれがある」とまではいえない。
したがって、原告らの被告知事に対する差止請求の訴えは、右の点において適法要件を欠く。
二 監査請求
本案前の要件2の冒頭の事実は当事者間に争いがなく、甲第一、第二号証並びに弁論の全趣旨によれば、右事実が認められる。
1 期間徒過
原告らの本件の監査請求は平成四年六月二四日になされたが、その対象となるべき派遣職員に対する給与等支給は、別表のとおり平成二年二月二〇日に開始されて以来継続しているところ、地方自治法二四二条二項本文によれば、監査請求は「当該行為のあった日又は終わった日から一年を経過したときは、これをすることはできない」から、原告らの監査請求の対象のうち、右請求の日の一年前である平成三年六月二四日より前の職員派遣に伴う給与等支給、すなわち、別表の「給与支給額」欄のうちの「平成二年二月二〇日乃至平成三年六月二三日」欄の合計三八七五万八九七八円の部分については、監査請求期間を徒過しているものというべきである。
原告らは、「本案前の要件」2①のとおり、職員派遣に伴う給与等支給が一体性をもった継続行為であり、「当該行為のあった日又は終わった日」が存在しないとして、平成三年六月二四日より前の給与等支給についても、監査請求期間の徒過はない旨主張するが、地方自治法二四二条二項の監査請求期間の制限規定の趣旨は、法的安定性の見地から、地方公共団体の機関、職員の行為をいつまでも争い得る状態にしておくことを避けることにあるものと解されるから、給与等支給が継続的になされているからといって、右規定の適用を受けないものとすることはできない。
2 正当な理由
原告らは、「本案前の要件」2②のとおり、仮に平成二年二月二〇日から平成三年六月二三日までの職員派遣に対する給与等支給について監査請求期間が徒過しているとしても、職員派遣及び公金支出が当初全くの秘密裡に行われ、原告らはもとより岡山県民が知り得る状況にはなかったとして、右徒過については、「正当な理由」がある旨主張するけれども、甲第一、第二号証、第一二乃至第一四号証、乙第三、第四号証並びに弁論の全趣旨によれば、岡山県は、被告会社との間において、平成二年以降毎年、岡山県職員を被告会社に派遣してその業務に従事させる旨の同一内容の協定を締結し続け、これに従い、被告知事が職員を派遣し、その給与等を支給してきているが、当初の派遣職員に対する給与等支給(平成二年二月二〇日から平成三年六月二四日までの分を含む)については、平成元年乃至平成三年度の予算案乃至補正予算案に盛り込まれ、岡山県議会で可決されて施行されたことが認められ、右事実によれば、職員派遣及びその給与等支給は公然となされたものと認められ、ことさらこれを隠蔽しようとした形跡もないから、職員派遣及び公金支出が当初全くの秘密裡に行われ、原告らはもとより岡山県民が知り得る状況にはなかったとすることはできないところであり、監査請求期間の徒過について「正当な理由」を認めることはできない。
したがって、原告らの被告長野及び被告会社に対する代位請求の訴えのうち、監査請求期間を徒過した平成二年二月二〇日から平成三年六月二三日までの岡山県職員派遣による給与等支給額に相当する三八七五万八九七八円及びこれに対する平成七年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員の連帯支払を求める部分は不適法である。
3 変更後の訴えについて監査請求前置
原告らによる本件監査請求の後の本訴提起後も、被告知事は別紙のとおり職員派遣及び公金支出を継続し、派遣職員を追加変更するなどし、原告らは、平成七年一一月二八日、当初における派遣職員に対する給与支払の差止請求のうちの支払済み部分を金銭支払請求に変更するなどして、「請求の趣旨」のとおりに訴えを変更したことは当裁判所に顕著である。
ところで、地方自治法二四二条の二第一項の住民訴訟における監査請求前置の制度趣旨からすると、監査請求の対象と住民訴訟の対象とが必ずしも完全に一致する必要はなく、例えば、対象となる財務会計行為が、厳密に言えば別個のものであっても、同一の契約に基づいて繰り返され、相互に共通性乃至一貫性を有し、主張されている違法事由も共通であるような場合には、監査請求後の行為についても、当初の監査請求の対象となった事実から派生し又はこれを前提として後に続くことが当然予定されていたものとして、監査請求の対象に含まれるべき事実と解するのが相当である(そうでないと、被告側は個別の行為毎に同一の争点で繰り返し応訴を強いられることになり、不合理である)。
甲第一、第二号証、乙第三、第四号証並びに弁論の全趣旨によれば、原告らの本件の監査請求は、被告知事による被告会社への岡山県職員の派遣それ自体を違法であると主張し、それを前提に派遣職員に対する給与等支給を違法な財務会計上の行為に当たると主張して、派遣職員に対する給与等の支給停止、職員派遣の停止、支出済みの給与等相当額の返還等を求めたものであったこと、右監査請求を受けて、監査委員も、被告会社への職員派遣の違法不当性の有無及び派遣職員に対する給与等支給の違法不当性の有無について判断したこと、被告会社への職員派遣についての取決めは、年度毎に岡山県と被告会社との間で協定書を締結する形で行われているが、その内容は、派遣期間及び派遣人数に変更がある程度で、その他に変更はなく、いわば契約の更新であること、派遣職員に対する給与等支給は、派遣がなされている限り継続的に行われることが予定されていること、原告らは、職員派遣そのものの違法を主張しており、個々の職員毎の派遣の適否を問題とするものではないこと、以上のとおり認められる。
右認定事実によれば、原告らの監査請求後の職員派遣に伴う給与等支給(変更後に訴えの対象となった事実)も、当初の監査請求の対象と同一の契約の継続更新による共通性乃至一貫性を有する事態であり、主張されている違法事由も共通であることが明らかであるから、当初の監査請求の対象事実から派生し又はこれを前提として後に続くことが当然予定されていたものとして、当初の監査請求の対象に含まれるべき事実と解するのが相当である。
したがって、本件の変更後の訴えは、監査請求の前置に欠けることはないものというべきである。
(本案)
本案前の説示一、二1、2により、不適法と判断された訴えの部分を除いたその余の訴えの部分について、次のとおり判断する。
一 当事者
請求原因1は当事者間に争いがない。
二 公金支出
請求原因2は当事者間に争いがない。
三 違法性
1 経緯
甲第一、第二号証、第五乃至第七号証、第一二乃至第一四号証、第五七、第五九、第六〇、第六二号証、乙第三、第四号証、第一五乃至第一七号証、第二一号証、証人牧原茂、同鷲坂長美及び同森義郎の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
a チボリ公園事業
岡山県は、JR山陽本線倉敷駅に隣接する倉敷市寿町の紡績工場跡地約一二ヘクタールにデンマークのチボリ公園を模範とした公園を建設する計画を有し、これをチボリ公園事業と称して推進中である。
右事業は、昭和六一年頃岡山市が市制百周年記念事業の一環としてデンマークのチボリ公園を誘致しようとしたことに端を発し、岡山県や岡山県財界の支援の下に岡山市内に建設候補地を得るなどしていたところ、その後、岡山市が右計画から撤退したことにより、新たに岡山県の主導の下に、倉敷市が参画し、建設候補地も倉敷市内の前記工場跡地に変更され、岡山県の公的支援が拡充されるなどの紆余曲折の末、現在に至っている。
岡山県では、チボリ公園事業が、昨今の社会情勢の変化や住民の価値観の多様化等の下において、岡山県の都市施策、余暇施策、高齢化施策及び文化施策の一環として行われる県民共通の利益となる事業であり、あわせて、投資による波及効果、雇用の創出、滞留型観光資源の創造、豊かなライフスタイルの拠点の整備、国際交流の振興、岡山県の活性化、イメージアップ、魅力ある地域づくりなどにも資する極めて公共性の高い事業であると位置づけている。
b 被告会社
被告会社は、平成二年二月二〇日、岡山県、岡山商工会議所、地元民間企業の共同出資(岡山市は追加出資の予定であったが撤退し、後に倉敷市が追加出資)により、チボリ公園の建設、管理運営のためのいわゆる第三セクター方式による営利企業として設立され、商業登記簿上、その目的として、1遊園地の経営及び設計並びに運営のコンサルティング、2スポーツ施設、遊技場、興行場等レジャー施設の運営管理、3宿泊施設、飲食店の経営、4土産品店、遊園地内での売店の経営、5診療所の経営、6芸能、スポーツその他の催事の企画に関する事業、7美術館、博物館、図書館、展示場、多目的ホールの経営、8外国語、芸能、美術、服装、音楽等の講座の主催及び運営、9陸上運送事業及び湖沼水運業、10索道による旅客輸送、11不動産の賃貸借、斡旋及び管理、損害保険代理業、12旅行斡旋業、広告代理業、両替業、13酒、煙草、切手、収入印紙、医薬品、塩、米穀類、古美術品、衣料品、食料品及び日用品雑貨等の販売並びに輸出入業、14前各号に附帯関連する一切の事業を掲げている。
現在、被告会社は、資本金が一二七億円であり、うち二〇億円を筆頭株主である岡山県が出資し、その他は倉敷市、岡山商工会議所、地元民間企業が出資しており、役員として被告知事である被告長野、岡山県職員、倉敷市長、地元出資企業代表者ら二〇数名が就任し、三〇名の職員が勤務している。
c 職員派遣
岡山県は、チボリ公園事業を、本来は岡山県が直接行政施策として行うべき事務である地方自治法二条三項の「公園、緑地、劇場、音楽堂その他文化に関する施設」等を融合した拠点の設置を目的とした公共性の高い事業であるとし、被告会社については、営利企業ではあるものの、岡山県がなすべき公共的事業をいわば代行させるため岡山県の経費負担の節減並びに民間活力及び経営手法の導入の必要上設立したものとして、右事業の推進に当たっては、岡山県からの被告会社に対する事業費負担や助成金等の公的支援を惜しまない方針であり、その一環として、岡山県が同被告と密接な連絡調整等を維持する必要があることや、被告会社が設立後日が浅く、経営収入もなく、十分な人材も確保できていないことなどを理由に挙げ、右事業が軌道に乗るまでの措置として、被告会社へ岡山県職員を派遣して専らその業務に従事させるとともに、派遣職員の給与等を岡山県において支給し負担することとし、被告会社との間において、右趣旨の職員派遣協定を締結し、以後これを毎年更新し、別表のとおり平成二年二月二〇日から平成七年九月三〇日まで職員派遣及び給与等支給を継続してきた。
右職員派遣に際しては、手続上、職専免条例二条三号、職専免規則二条二号に基づいて、派遣を命ずる職員に予め職務専念義務の免除申請を提出させ、被告知事がそれを承認する方法がとられてきた。
派遣職員は、岡山県の指揮監督を離れ、県職員としての職務に従事することはなく、被告会社の指揮監督下において専らその業務(派遣職員の各職名は別表の「ジャパン社での職名」欄のとおり)に従事し、岡山県に対しては、随時、派遣先での勤務状況を報告する程度であるが、岡山県の給与条例に従い、岡山県の公金から給与等の支給を受けてきた。現在、岡山県からの派遣職員は五名であり、そのうち二名が役員に就任し、三名が職員として勤務している。将来についても、被告知事は、チボリ公園事業に関しては、その公共的使命を理解し、かつ公園設置のための関係法令の許認可や技術面の知識を要する様々な工事等の実施に対応できる人材として、幅広い知識経験を有する派遣職員が最適であるとの考えの下に、従前同様に派遣を継続していく予定である。
以上のとおり認められる。
2 職務専念義務違反
前項認定の事実によれば、被告知事は、チボリ公園事業が、地方自治法二条三項に規定する地方公共団体の事務である「公園、緑地、劇場、音楽堂その他文化に関する施設」等を融合した拠点の設置という極めて公共性の高い事業であるとし、右事業を推進する被告会社が、本来ならば岡山県の行うべき事業を代行する立場にあるとする認識の下に、その支援の一環として、無償の人材派遣のため、被告会社へ岡山県職員を派遣し、その給与等を岡山県の公金から支出する措置をとり、そのための手続上の処理として、派遣を命ずる職員に予め職務専念義務の免除申請を提出させ、職専免条例二条三号、職専免規則二条二号の免除事由があるとして、申請を承認する形をとったものであること、これに従い、派遣職員は、被告知事の指揮監督下を離れ、県職員としての職務に従事しないのに、岡山県の公金から給与等の支給を受けてきていることか明らかである。
結論からいえば、次に説示するとおり、被告知事の被告会社への岡山県職員の派遣のための職務専念義務の免除は違法であり、これにより派遣職員に対する岡山県の公金からの給与等支給も違法である。
地方公務員三五条は、「職員は、法律又は条例に特別の定がある場合を除く外、その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職責遂行のために用い、当該地方公共団体がなすべき責を有する職務にのみ従事しなければならない」と定めているところ、右は、職員に対し、地方公共団体の本来の業務に従事すべきことを内容とする義務を課し、これを職員の基本的な行為規範とする趣旨を明記したものである。それと同時に、同条は、職員を使用する地方公共団体に対しても、職員に職務専念義務に違反するような行為をさせてはならないとの拘束を課し、行政の運営を制約する重要な原理としての公務秩序の保持義務を定めたものと解され、職員が地方公共団体の本来の職務以外の職務に従事するようなことに対しては、厳格な態度を示しているものというべきである。
このことは、地方自治法二五二条の一七第一項が「普通地方公共団体の長又は委員会若しくは委員は、法律に特別の定があるものを除く外、当該普通地方公共団体の事務の処理又は当該普通地方公共団体の長又は委員会若しくは委員若しくはこれらの管理に属する機関の権限に属する事務の管理及び執行のため特別の必要があると認めるときは、他の普通地方公共団体の長又は委員会若しくは委員に対し、当該普通地方公共団体の職員の派遣を求めることができる」と定め、地方公務員災害補償法一三条一項が「地方公共団体の機関は、基金の運営に必要な範囲内において、その所属の職員その他地方公共団体に使用される者をして基金の業務に従事させることができる」と定め、地方公務員等共済組合法一八条一項が「地方公共団体の機関は、組合の運営に必要な範囲内において、その所属の職員その他地方公共団体に使用される者をして組合の業務に従事させることができる」と定めるなど、法律が、地方公共団体から他の地方公共団体又は特定の公共的団体に職員を派遣することができる場合について、個別具体的に規定していることからもうかがえる。また、これらの法律が、いずれも派遣先を地方公共団体又は特定の公共的団体に限定し、その派遣先の「管理及び執行のため特別の必要」や「業務の運営の必要な範囲内」等の一定の条件付きで派遣が許されるとしているのに対し、派遣先を地方公共団体及び特定の公共的団体以外の団体とする場合について、派遣先や派遣の要件等を具体的に明記して規律した法律は見当たらない。
ところで、地方公務員法三五条は、職務専念義務を免れる場合として「条例に特別の定がある場合」と規定するのみで、格別の限定を付していないため、「特別の定」の内容については、条例制定権を有する地方公共団体に広範な裁量権が与えられていると解し得る余地もないではないが、前記のとおりの職務専念義務の趣旨や、公務員は公務に就いているからこそ公務員なのであるといった原則、その給与等が地方公共団体の住民の税負担等により賄われている事実等に照らすと、法律が定めた公務員の基本的規範である職務専念義務を条例により無限定に免除し得るとすることは不合理であるから、職員を地方公共団体以外(特に地方公共団体及び特定の公共的団体以外の団体)に派遣することを目的として、無限定に職務専念義務の免除規定を条例で制定し、或いは条例を解釈運用することは許されないものというべきである。
したがって、職務専念義務の免除措置を伴う職員派遣、特に地方公共団体及び特定の公共的団体以外の団体への派遣が許されるのは、当該職員が本来の公務を離れるとしても、公務員の基本的な規範である職務専念義務に反しないと見られるような特別の事情がある場合、例えば、職員の本来の職務上の資質及び環境等の向上等を目的とする場合、派遣先の業務そのものが地方公共団体の事務と同視し得る場合(土地開発公社等)等に限られるものというべきである(なお、地方自治法二四四条の二第三項にいう公の施設の管理の委託先とすることができる「普通地方公共団体が出資している法人で政令で定めるもの」について具体的に規定した同法施行令一七三条の三及び同法施行規則一七条中には「職員の派遣の状況等」との文言が存するが、これらはいずれも委託先とすることができる法人の要件の一つとして掲げられたもので、職員を地方公共団体及び特定の公共的団体以外の団体に派遣する場合の根拠規定そのものでないことは明らかであるほか、右「職員の派遣」は適法なもの(職務専念義務の免除を伴うならば免除措置に違法はないもの)であることが当然の前提とされているものと理解すべきであるから、右規定の存在をもって、地方公共団体の職員を地方公共団体及び特定の公共的団体以外の団体に派遣することが何等の限定もなく広く許容されているとは見るべきではない)。
右のような観点から、本件を見るに、岡山県の職専免条例二条は、「職員は、左の各号の一に該当する場合においては、あらかじめ任命権者又はその委任を受けた者の承認を得て、その職務に専念する義務を免除されることができる」と定め、各号として「一 研修を受ける場合、二 厚生に関する計画の実施に参加する場合、三 前二号に規定する場合を除く外、人事委員会が定める場合」を掲げ、職専免規則二条は、「条例第二条第三号の規定に基き人事委員会が定める場合とは、左の各号に掲げる場合をいう」と定め、各号として「一 職務に関連がある国家公務員又は他の地方公共団体の公務員としての職を兼ね、その事務を行う場合、二県の行政の運営上、その地位を兼ねることが特に必要と認められる団体の役員、職員等の地位を兼ね、その事務を行う場合、三 国又は他の地方公共団体の機関、学校その他団体等から委嘱を受けて講演、講義等を行う場合、四 職務に関係のある試験又は選考を受ける場合、五 前各号に掲げるものの外、人事委員会が必要と認める場合」と定めているところ、同規則二条一、三号は、派遣先が地方公共団体又は特定の公共的団体である場合に該当し、同条例二条一、二号及び同規則二条四号は、職員の本来の職務上の資質及び環境等の向上等を目的とする場合に該当し、いずれも職務専念義務に反しないと見られるような特別の事情がある場合と見られるのに対し、同条例二条三号、同規則二条五号は、「人事委員会」が「定め」、「必要と認める」内容如何、同条二条二号は「団体」の内容如何についてそれぞれ具体的な限定がなく、解釈上問題となり得る余地があるが、その場合、前記職務専念義務の趣旨に照らすと、右各内容如何については、解釈上、同条例二条一、二号、同規則二条一、三、四号に例示されている場合と同視し得る場合、換言すれば、職員の本来の職務上の資質及び職務環境の向上等を目的とする場合、派遣先の業務そのものが地方公共団体の事務と同視し得る場合等の特別の事情がある場合でなければならないものというべきである。
ところで、前項認定の事実から明らかなように、被告会社は遊園地経営事業等を目的とする営利企業であり、いわゆる第三セクターとはいえ、その資本金に占める岡山県の出資比率は一六パーセント弱程度にとどまっており、地方自治法二四四条の二第三項、同法施行令一七三条の三、同法施行規則一七条により地方公共団体が公の施設の管理を委託することができる法人の要件にも該当しない。岡山県では、チボリ公園事業を、岡山県の都市施策、余暇施策、高齢化施策及び文化施策の一環として行われる県民共通の利益となる事業であり、その他の地域振興等の公の利益に資する極めて公共性の高い事業であると位置づけ、右事業が地方自治法二条三項の「公園、緑地、劇場、音楽堂その他文化に関する施設」等に関わる事業であるとし、被告会社に岡山県のなすべき公共的事業をいわば代行させているなどの理由を構えて、右事業を推進する被告会社に対し、岡山県からの事業費負担や助成金等の公的支援を惜しまない方針であるが、被告会社の事業は、同法条項の一部に関係するとはいえ、営利目的であることにかわりはなく、出資金額を見るだけでも岡山県の支配関与の度合いがさほど高いとはいえないものであり、いずれ結果として地域振興その他の公の利益に関わってくる余地があるとしても、右事業内容そのものが、地方公共団体のなすべき事務と同視し得るといえるようなものでないことは明らかである。また被告会社に岡山県職員を派遣することによって、当該職員の本来の職務上の資質及び環境等が向上するような性質のものとも考えられない。さらに、岡山県は、職員派遣の理由として、被告会社と密接な連絡調整等を維持する必要があることや、被告会社が設立後日が浅く、経営収入もなく、十分な人材も確保できていないことなどを挙げているが、これらは、被告会社の事業内容が遊園地経営事業等であることからして、職員派遣以外の方法により容易に代替できる性質のものと認められ、職員を派遺しなければならないような特別の事情とは到底いえない。
なお、被告らは、職専免条例及び職専免規則の職務専念義務の免除事由に関する規定の文言が時代の要請にそぐわない観があり、昨今地方行政において需要を増しつつある第三セクターへの職員派遣を対象とする法制度の整備が遅れている現状にあっては、被告会社に対する派遣のための職務専念義務の免除措置は違法とまではいえないなどとも主張するが、地方公務員法上の職務専念義務は、公務員制度における基本的規範であり、目先の行政運営上の需要があるからといって、安易に揺るがせにすることはできない。
以上の次第であるから、被告知事による被告会社への岡山県職員の派遣に伴う職務専念義務の免除措置は、解釈上、職専免条例二条三号、職専免規則二条二号、五号のいずれにも該当しないものというべきであり、地方公務員法三五条に反し違法である。そして、職務専念義務の免除措置が違法である以上、これを取り消すなどの是正措置を講じた上でなければ、派遣職員に対する給与等支給は、法令上の根拠を欠くから許されないものと解すべきであり、右是正措置がない限り、右給与等支給のための公金支出は違法というべきである。
四 不法行為
原告らは、請求原因4のとおり主張し、その論点は、結局、被告長野及び被告会社による職務専念義務規定及び給与支給規定の解釈の当否の問題に帰着するところ、法令の解釈の当否は、元来不法行為の有無とは次元を異にするものであり、解釈において一定の立場をとることが不法行為となるためには、客観的にはその違法性が明白で、主観的にはその点について悪意であるなどの特別な場合に限られるものというべきであるが、本件がそのような場合であるとまでは認め難い。
五 不当利得
被告会社と岡山県との間の職員派遣協定によって、被告知事は、被告会社に対して職務専念義務の免除を伴う職員派遣を行い、派遣職員の給与等支給のため岡山県の公金を支出し、被告会社は、派遣職員の労務の提供を受けてその対価の支払を免れたものであるところ、右派遣に伴う職務専念義務の免除措置が違法であり、派遣職員に対する給与等支給のための公金支出も違法であることは、前記説示のとおりである。
これによれば、右職員派遣協定は、結果として、地方公共団体の職員に課せられた公務員としての基本的な義務を定めた行政法規に反する違法な事柄を内容とするものであると同時に、一私企業の利益のため、公の人材である公務員を本来の職務と無関係の業務に従事させ、公の利益のために有効に使われるべき岡山県の公金を私的に費消させ、公の財産に損失を生じさせるものであるから、民法九〇条の場合に該当し、無効というべきである。
したがって、被告会社は、法律上の原因なくして、無償で派遣職員の労務の提供を受け、派遣職員に対する岡山県の公金からの給与等支給額(別表のとおり、平成三年六月二四日から平成七年九月三〇日までの合計一億七八九二万二六六二円)相当の利得をし、これにより、岡山県に対し、同額の損失を及ぼしたものというべきである。
(まとめ)
よって、原告らの被告知事に対する差止請求の訴えは不適法として却下し、被告長野及び被告会社に対する代位請求の訴えのうち、平成二年二月二〇日から平成三年六月二三日までの派遣職員に対する給与等支給総額相当の三八七五万八九七八円及びこれに対する右支給後の平成七年一〇月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める部分は不適法として却下し、被告会社に対するその余の請求(岡山県に対して平成三年六月二四日から平成七年九月三〇日までの派遣職員に対する給与等支給額相当の一億七八九二万二六六二円及びこれに対する右支給後の平成七年一〇月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める部分)は理由があるから認容し、被告長野に対するその余の請求(同部分)は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条を適用し、仮執行の宣言については相当ではないから付さないこととして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官矢延正平 裁判官白井俊美 裁判官種村好子)
別表
派遣職員
ジャパン社での職名
派遣期間
給与支給額(単位:円)
H2.2.20~
H3.6.23
H3.6.24~
H4.3.31
H4.4.1~
H4.6.15
H4.6.16~
H4.8.31
H4.9.1~
H7.9.30
合計
企画課参事
A
建設本部参与
H2.2.20~H3.3.31
9,791,947
――
――
――
――
9,791,947
〃 主幹
B
総務部次長
(総務・経理部次長)
H2.2.20~H3.4.31
11,726,992
7,387,415
――
――
――
19,114,407
〃 主幹
C
建設本部次長
H2.6.1~H5.3.31
7,957,076
6,977,761
1,564,152
1,950,664
5,364,828
23,814,481
〃 主査
(主幹)
D
建設本部課長
(健設本部建築課長)
H2.4.1~H6.3.31
9,282,963
6,711,476
1,519,471
1,906,118
13,355,995
32,776,023
〃 参事
E
建設本部部長
H4.4.1~H6.3.31
――
――
1,577,589
2,220,080
15,467,807
19,265,476
〃 主幹
F
総務・経理部次長
H4.4.1~H6.3.31
――
――
1,607,352
2,039,388
14,257,155
17,903,895
〃 主幹
G
建設本部土木課長
(施設部土木課長)
H4.4.1~H6.9.30
――
――
1,355,996
1,828,248
16,459,297
19,643,541
〃 主幹
H
建設本部次長
(施設部次長)
H5.4.1~
――
――
――
――
21,221,428
21,221,428
〃 主幹
I
建設本部建築課長
(施設部建築課長)
H6.4.1~
――
――
――
――
11,869,325
11,869,325
〃 主幹
J
総務・経理部課長
(総務部課長)
H6.4.1~H7.3.31
――
――
――
――
8,389,689
8,389,689
企画部参与
K
常務取締役
H6.4.20~
――
――
――
――
15,923,458
15,923,458
企画課主査
L
総合企画部課長
(総合企画部次長)
H6.6.1~
――
――
――
――
12,082,502
12,082,502
企画部参与
M
施設部部長
(常務取締役)
H7.4.1~
――
――
――
――
5,885,468
5,885,468
合計
38,758,978
21,076,652
7,624,560
9,944,498
140,276,952
217,681,640
注:( )書きについては、派遣期間中に職名の異動があった場合の当該異動後の職名である。