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岡山地方裁判所 平成7年(ワ)976号 判決 1999年1月26日

原告

長塩幸子

ほか二名

被告

石川清人

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告長塩幸子に対し、金一五九一万四四七九円、原告長塩義樹、原告楢柴ゆかりに対し、各金七九五万七二三九円及びこれらに対する平成五年五月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、次の交通事故(以下「本件事故」という。)により負傷した亡長塩俊之(以下「亡長塩」という。)の相続人である原告らが、自賠法三条又は民法七〇九条に基づき、後記損害金のうち請求欄記載の損害金及びこれに対する本件事故の日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

一  争いがない事実

1  本件事故の発生

日時 平成五年五月二二日午後八時三〇分ころ

場所 岡山市原尾島三丁目三番五号先路上のT字型交差点(以下「本件交差点」という。)

事故態様 亡長塩が原動機付自転車(以下「原告車」という。)を運転して本件交差点を西から東にかけて進行中、本件交差点を北側から進入してきた被告運転の普通乗用自動車(以下「被告車」という。)と衝突したもの

2  責任原因及び過失割合

(一) 被告は、被告車を自己のために運行の用に供していた者であり、自賠法三条の責任があり、また、本件交差点は、被告が進行していた道路から左右の見通しが悪かったのであるから、十分に前方の安全確認をして本件交差点に進行する注意義務があったにもかかわらず、同義務を怠って本件交差点に進入した過失がある。

(二) 亡長塩にも前方不注意の過失があり、亡長塩と被告との過失割合は一対九が相当である。

3  亡長塩の傷害の内容、治療の経過及び死亡に至る経緯

(一) 傷病名 脳挫傷、外傷性脳内出血、頭部打撲

(二) 治療状況

(1) 入院治療(合計五一七日間)

平成五年五月二二日から同年六月二八日までの間、岡山赤十字病院に、同月二九日から同年九月一七日まで、平成六年一月一〇日から同年四月五日まで及び同年七月一二日から平成七年五月一九日までの間、いずれも原尾島病院に入院

(2) 通院治療(合計二一一日間、うち実治療日数七七日)

原尾島病院に前記のとおり入院中、岡山赤十字病院に合計二七日通院治療に行ったほか、原尾島病院を退院中の平成五年九月一八日から平成六年一月九日まで(一一四日間、うち実治療日数四六日)及び平成六年四月六日から同年七月一一日まで(九七日間、うち実治療日数三一日)の間、原尾島病院で通院治療を受けた。

(三) 症状固定日 平成七年五月一九日(本件事故日から七二八日間)

(四) 後遺症の程度、等級 一級三号と認定されている。

(五) 死亡に至る経緯

亡長塩は、症状固定後も後遺症による入院治療を受けていたが、平成七年一一月二三日、死亡した。

4  相続

亡長塩の相続人は、妻である原告長塩幸子並びに子である原告長塩義樹及び原告楢柴ゆかりであり、法定相続分に応じて、亡長塩を相続した。

二  争点

原告ら主張の損害額及び被告主張の損害填補額が認められるか(便宜、争いのないものも記載する。)。

(原告ら主張分)

1 治療費(文書料・室料等を含む。)

一一一万七一四五円

2 近親者付添看護料 四二万円(一日当たり七〇〇〇円で六〇日間)

3 職業付添人料 三二八万二六五三円(平成六年一〇月二九日から平成七年八月一〇日まで)

4 入院雑費 七七万五五〇〇円(一日当たり一五〇〇円で五一七日間)

5 親族駆けつけ費用 一〇万〇三四〇円(争いがない。)

6 休業損害 七五二万九八〇四円

亡長塩の本件事故前三か月(平成五年二月から四月まで)の収入が七九万三七六〇円(争いがない。)であり、これを休日を含めた八九日で割ると一日当たり八九一八円であり、症状固定日までの七二八日間の休業損害は六四九万二三〇四円である。また、その間、支給を受けられなかった賞与減額分は一〇三万七五〇〇円(争いがない。)である。

7 逸失利益 二八七九万〇七六五円

(原告らの主張)

亡長塩の平成四年分の年収は三六二万三七五九円(争いがない。)、症状固定時の年齢が六〇歳で就労可能年数が一〇年(新ホフマン係数七・九四五)、労働能力喪失率一〇〇パーセント

亡長塩は、前記のとおり、平成七年一一月二三日に死亡しているが、本件事故の時点で、その死亡の原因となる具体的事由が存在し、近い将来における死亡が客観的に予測されていたわけではないから、右期間の後遺障害による逸失利益が認められるべきである。

(被告の主張)

亡長塩は、平成四年四月には既に肝硬変になっており、死亡原因も肝硬変であるから、亡長塩の後遺障害は、本件事故が直接の原因となっているとは考えられない。そうでなくても、亡長塩の肝硬変による死亡は避けられないものであったから、逸失利益や慰謝料は、亡長塩の実際の生存期間を基準にして判断されるべきである。

8 症状固定後の病院費用 七六万六二四九円

9 症状固定後の職業付添人料 一四七万一五六六円

10 傷害慰謝料 三五〇万円

11 後遺症慰謝料 二七〇〇万円

(被告主張分)

12 亡長塩に対する支払額 三七五二万〇一四〇円

(争いがない。)

13 病院に対する支払額 一三四万六六四五円

14 付添看護料の支払額 三二八万二六五三円

(原告ら主張分)

15 弁護士費用 二九〇万円

第三争点に対する判断

一  原告らの損害関係

1  治療費 一三七万一三六五円

証拠(甲四の1ないし10、乙四七ないし五八)によれば、治療費として一三七万一三六五円が認められる。なお、右認定の額は、原告の主張額を上回るが、これは原告が乙五六、五八分の治療費を加算して主張していないためであるところ、後記二2のとおり、右主張のない額を被告の治療費の既払額として控除することとの均衡上、同額についても主張があったものとみなすのが相当である。

2  近親者付添看護料 四二万円

証拠(甲三の1、2、原告長塩幸子本人)によれば、亡長塩は、本件事故による前記傷害のため、意識障害を来しており、近親者の付添看護が六〇日間は必要であったと認められるところ、一日当たりの看護料は七〇〇〇円が相当である。

3  職業付添人料 三二八万二六五三円

証拠(原告長塩幸子本人)によれば、亡長塩は、平成六年一〇月以降になって痙攣や発作を起こし出していたため、職業付添人による付添いが必要であったこと、同状態は、亡長塩の症状固定後も同様であったことが認められる。したがって、証拠(甲五の1ないし9)により平成六年一〇月二九日から平成七年八月一〇日までの付添料として三二八万二六五三円を認める(なお、便宜、同日までの付添料を本項で認定し、同月一一日以降の分については後記9で認定する。)。

4  入院雑費 六七万二一〇〇円

前記入院期間中の五一七日間の入院雑費は、一日当たり一三〇〇円の範囲で認めるのが相当である。

5  親族駆けつけ費用 一〇万〇三四〇円(争いがない。)

6  休業損害 七五二万九八〇四円

亡長塩の本件事故前三か月(平成五年二月から四月まで)の収入が七九万三七六〇円であったことは当事者間に争いがないところ、これを休日を含めた八九日で割ると一日当たり八九一八円であり、症状固定日までの七二八日間の休業損害として六四九万二三〇四円を認めるのが相当である。

また、その間、支給を受けられなかった賞与減額分が一〇三万七五〇〇円であることは当事者間に争いがない。

7  逸失利益

(一) 証拠(甲一八、二一、二二、乙四、五の1、八ないし一〇、鑑定)によれば、次の事実が認められる。

C型肝炎ウイルス感染症は、自然治癒はまれで、感染後二〇ないし二五年で多くは肝硬変になり、C型慢性肝炎からは一〇年以内に約四五パーセントが肝硬変へ進行し、ついには死亡に至る病気である。

亡長塩は、昭和五七年(亡長塩四八歳時)に寺尾内科で慢性肝炎の診断を受けており、平成三年一二月には原尾島病院でも慢性肝炎の診断を受けている。

また、亡長塩につき平成四年六月に原尾島病院で検査されたC型肝炎ウイルス抗体(HCV抗体―第一世代)は陰性であったが、平成七年六月五日の岡山赤十字病院での検査でC型肝炎ウイルス抗体(HCV抗体―第二世代)は陽性となり、同年九月一九日には、原尾島病院から岡山赤十字病院に転院したが、精神症状が増悪したため、同月二二日、山陽病院に転院したところ、同月二五日のHCV抗体のカットオフインデックスが一〇以上(陰性は一未満)と高値を示し、同月二九日には腹水が認められていた。なお、亡長塩は、同年一〇月五日、再び岡山赤十字病院に転院し、同月二〇日、再び山陽病院に転院し、同年一一月二三日、同病院においてC型肝炎による肝硬変により死亡した。

(二) 以上の事実及び証拠(鑑定)を総合すると、亡長塩がC型肝炎を発症した時期は昭和五七年、遅くとも平成三年一二月までの間であり、亡長塩の肝障害の原因は一貫してC型肝炎ウイルス感染による慢性肝炎であり、亡長塩が死亡したのはC型肝炎ウイルス感染症の自然な経過であると考えるのが相当であり、平成七年九月二五日のHCV抗体のカットオフインデックスの値からみて、これが単なる既往の感染にすぎないとみることは困難である。

なお、右の期間、亡長塩の血清トランスアミラーゼ値、膠質反応、ガンマグロブリン値、コリンエステラーゼ値、血清アルブミン値が正常値近くを保っていたが、肝硬変の代償期(健常者と日常ほとんど変わりのない生活ができ、症状もない状態)においては、血液検査も正常値を示すことがある(いずれも鑑定)ので、右の検査結果は前記判断を左右するに足りるものではなく、証拠(甲二四)も前記判断を覆すには足りない。

(三) そうすると、亡長塩は、本件事故当時、既にC型肝炎ウイルスに感染していたため、本件事故にかかわらず、平成七年一一月二三日ころには死亡するであろうことが客観的に予測されていたというべきであり、逸失利益の算定については、同日までを基準に判断するのが相当である。

(四) そこで、判断するに、亡長塩の平成四年分の年収は三六二万三七五九円であったことは当事者間に争いがないところ、症状固定日から死亡までの一八九日間の逸失利益(労働能力喪失率一〇〇パーセント)として、一八七万六四一二円(年収を三六五日で除した額の一八九日分)を認めるのが相当である。

8  症状固定後の病院費用 七六万六二四九円

亡長塩は、前記のとおり、症状固定後も入院を継続していたところ、前記のとおり、右入院はC型肝炎のためでもあったが、証拠(乙四、八、九)によれば、右入院についても亡長塩の前記後遺症の影響もあったと認められるので、証拠(甲九の1ないし16)により、その後の病院費用として七六万六二四九円を認める。

9  症状固定後の職業付添人料 五五万〇四一五円

亡長塩は、前記のとおり、症状固定後も、職業付添人による付添いを必要としていたと認められるところ、証拠(甲一〇の1ないし11)により、前記3認定以降の平成七年八月一一日から同年一〇月二〇日までの付添料として五五万〇四一五円を認める。

10  傷害慰謝料及び後遺症慰謝料 二六〇〇万円

亡長塩の受けた傷害及びこれによる後遺症の程度は甚大であるところ、亡長塩は不幸にして肝硬変で死亡したが、本件事故がなければ、右死亡に至るまで稼働するなり、有意義な生活を享受できたであろうことは想像に難くない。そこで、前記のとおりの亡長塩の症状固定日までの傷害の程度、入通院期間等を考慮し、かつ、亡長塩の後遺症の程度、死亡までの期間を考慮すると、本件事故による亡長塩の慰謝料としては、傷害及び後遺症を併せて二六〇〇万円を認めるのが相当である。

11  なお、以上合計は、四二五六万九三三八円であるが、過失相殺として前記のとおり一〇パーセントを相殺すると、三八三一万二四〇四円となる。

二  被告の支払関係

1  亡長塩に対する支払額 三七五二万〇一四〇円(争いがない。)

2  病院に対する支払額 一三四万六六四五円(乙四七ないし五八)

3  付添看護料の支払額 三二八万二六五三円(乙五九ないし六七)

三  以上、前記一11の金額から被告の支払額を控除すると、原告らの損害は既に填補されていることになる。

第四結論

よって、原告らの本件請求は理由がない。

(裁判官 塚本伊平)

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