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岡山地方裁判所 平成8年(ワ)515号 判決 1998年10月06日

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

河田英正

加瀬野忠吉

旧商号ワールド交易株式会社

被告

ゼネコム株式会社

右代表者代表取締役

牧野隆介

右訴訟代理人弁護士

平井康博

山本恵一

主文

一  被告は、原告に対し、金一七二八万〇〇〇〇円及びうち金一五七八万〇〇〇〇円に対する平成七年一二月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その三を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決の一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

本件は、原告が、商品先物取引に関し、被告の従業員から、違法な勧誘を受け、あるいはその後の取引の過程において違法な取扱を受け、右の一連の不法行為によって、被告を介して行ったコーン及び輸入大豆の売買取引において委託証拠金出捐分二〇一八万〇〇〇〇円、慰藉料二〇〇万〇〇〇〇円、弁護士費用二二〇万〇〇〇〇円合計二四三八万〇〇〇〇円の損害を受けたとして、その使用者である被告に対し、民法七一五条に基づき、損害賠償金二四三八万〇〇〇〇円及びこれに対する不法行為終了の日である平成七年一二月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求めるものである。

第二  事案の概要

一  争いのない事実及び証拠によって容易に認められる事実

1  当事者

(一) 原告は、本件商品先物取引を始めた平成七年七月当時六二歳(昭和八年六月一八日出生)であり、高校卒業後、しばらく農業などに従事した後、四〇年近く町役場に勤務し、その間各種の行政事務に従事した経歴を有し、その当時は、嘱託の身分ではあるが、△△中央公民館長の職にあった者である(なお、現在は、△△議会議員の職にある。)。原告は、その当時、年収約八〇〇万円であり、資産として宅地建物(自宅)、田畑、山林及び退職金約二〇〇〇万円を原資とする預貯金を保有していたが、負債はなかった。また、原告は、それまで商品先物取引はもちろん、証券取引の経験もなかった。

(甲第四号証、乙第八号証の一及び二、第九号証、第一二号証、原告本人の尋問結果)

(二) 被告は、関門商品取引所及び関西農産商品取引所等の会員である商品取引員であって、コーン、輸入大豆、その他の商品の先物取引につき顧客の委託を受けて売買取引を行うことを業とする会社であり、登録外務員である畑中美寛(以下「畑中」という。)(当時二三歳)及び福見伸一(以下「福見」という。)(当時二八歳)を雇用し、被告の岡山支店における右の義務に従事させていたものである。

2  商品先物取引に対する法的規制

商品先物取引は、将来の一定時期(納会期日)に商品(現物)の受渡しをすることを条件に、その受渡し価格を現時点で取り決めることによって成立する売買取引であり、約束の期日の到来前に当初の形式と反対の形式による取引をすることによって約定価格との差額決済のみで取引を終了させることができるため、実際に商品を保有していなくとも取引が可能である上、取引額の一〇パーセント程度の資産があれば、これを委託証拠金として預託することにより商品取引員を介して商品取引所が開設する先物市場で取引を行うことができることから、資金量に比して規模の大きな取引が可能であるという特質を有する結果、商品の値動きいかんによって、大きな利益を得ることがあれば、反対に大きな損失を被ることがあり、極めて投機的性質の強いものである。

そして、商品取引員である会社やその使用人である登録外務員の中には、顧客から取引の委託を受けるため、商品先物取引にふさわしくない客層に対してまで欺岡的手段で勧誘するなど不当・違法な勧誘を行い、あるいは、顧客から取引の委託を受けた後、取引の過程で、顧客の意思と無関係に、さらには顧客の意思に反して売買取引を行うなど、顧客の犠牲の下に会社や自己の利益を図る者があることから、商品取引所法(昭和二五年法律第二三九号。平成九年法律第七二号による改正前のもの。)(以下「法」という。)以下の関係法令において委託者保護の見地から諸種の措置を講じているところである。すなわち、法は、九四条で、①顧客に利益を生じることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供して取引の委託を勧誘すること、②顧客に損失の全部又は一部を負担することを約して又は利益を保証して取引の委託を勧誘すること、③顧客から数量、対価の額又は約定価格等その他の主務省令で定める事項(上場商品の種類、又は上場商品指数の種類等)につき指示を受けないで取引の委託を受けること、④そのほか、商品市場における取引又はその受託等に関する行為であって、委託者の保護に欠けるもの又は取引の公正を害するものとして主務省令で定める行為をすること(委託証拠金の返還、委託者の指示の遵守、その他の委託者に対する債務の全部又は一部の履行を拒否し、又は不当に遅延させること、もっぱら投機的利益の追求を目的として、受託に係る取引と対当させて、過大な数量の取引をすること、顧客の指示を受けないで顧客の計算によるべきものとして取引することなど)を禁止し、また、九四条の二で、商品取引員が顧客との間に商品市場における取引の受託等を内容とする契約を締結しようとするときは、主務省令で定めるところにより、あらかじめ顧客に対し右契約の概要その他主務省令の定める事項(商品取引員の商号、住所及び代表者の氏名など)を記載した書面を交付することを義務付け、さらに、九六条では、商品取引員に対し、顧客との間で商品先物市場における取引の受託契約を締結するに当たっては、商品取引所の定める受託契約準則によることを求め、これを受け、受託契約準則は、商品取引所における取引の手続及び内容に関して基本的な事項を定めるとともに、法と同じく、あるいは、さらに範囲を拡張して、不当な勧誘や一任売買を禁止しているところである。

こうした法的規制に加え、商品取引所の全国組織である社団法人全国商品取引所連合会では、受託業務指導基準及び商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項を定めることにより、また、商品取引員の全国組織である社団法人日本商品取引員協会では、受託業務に関する規則等を定めることにより、さらに、個々の商品取引所でも、受託契約準則等を定めることにより、それぞれ、前記法令で定める委託者保護の趣旨を徹底する方向で、広範囲にわたる自主規制を実施している。例えば、前記商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項では、商品取引員に対し、勧誘行為に関し、商品先物取引を行うのにふさわしくない客層に対しての勧誘をすること、社会通念上、相手方の迷惑となる非常識な勧誘をすること、及び商品先物取引の有する投機的本質を説明しない勧誘等をすること、また、売買取引行為に関し、委託者の十分な理解を得ないで、短期間に頻繁な売買取引を勧めること、及び委託者の手仕舞い指示を即時に履行することなく新たな売買取引(不適切な両建を含む。)を勧めるなど、委託者の意思に反する売買取引を勧めることをいずれも厳に慎むことを求めているところである。また、前記受託業務に関する規則でも、右の取引所指示事項と同じく、商品取引員に対し、経済的知識、資金能力及び過去の取引経験等からみて商品市場における取引の参加に適さないと判断される者を勧誘すること、取引の仕組み及びその投機的本質について顧客に十分な説明をしないで勧誘すること、顧客の意向を無視した早朝又は深夜の訪問、面接の強請等行き過ぎと認められる外務行為を行うこと、及び委託者の意思に反する取引を勧め、又はこれを行うことなどをいずれも禁止するとともに、商品先物取引の経験のない委託者又は商品先物取引の経験の浅い委託者並びにこれと同等と判断される者については、三か月の習熟期間を設けた上、取引に当たっては、特に委託追証拠金及び損失の発生についての理解を求め、余裕資金を保持した取引を励行させるとともに、当該委託者の資金力、取引経験等からみて明らかに不相応と判断される取引についてはこれを抑制する等の措置を講じること、及び商品先物取引の経験のない新たな委託者からの取引の受諾に当たっては、当該委託者の資質・資力等を考慮の上、相応の建玉枚数の範囲においてこれを行うなどを内容とする受託者保護育成措置を規定した受託業務管理規則の制定を求めているところである。

(甲第二号証、第三号証、第五号証、乙第七号証の一)

3  原告による商品先物取引の内容

(一) 原告と被告間で平成七年七月二一日から同年一二月一九日までの間に福見ら被告従業員を通じてコーン(関門商品取引所)と輸入大豆(関西農産商品取引所)の先物取引が行われたが、このうち、コーンの取引内容は別紙(一)のとおりであり、輸入大豆の取引内容は別紙(二)のとおりである。同年七月二一日から同年一一月二二日までの間に行われたコーンの取引の場合は、取引枚数は合計八〇枚であるところ、売買差益が合計三五万〇〇〇〇円、委託手数料(取引所税・消費税を含む。以下同じ。)が合計五六万四九一一円であるため、差引二一万四九一一円の損失であった。また、同年一〇月四日から同年一二月一九日までの間に行われた輸入大豆の取引の売買、取引枚数は合計九五〇枚であるところ、売買差損が合計一三二五万八五〇〇円、委託手数料が合計六五八万三九〇〇円であるため、差引一九八四万二四〇〇円の損失であった。

(二) 原告は、被告に対し、右(一)の先物取引に伴う委託証拠金として預託するため、別紙(三)のとおり平成七年七月二一日から同年一一月七日までの間に合計二〇一八万〇〇〇〇円を交付し、その返還を受けていない。その資金源は、退職金を原資とする預貯金であった。

(甲第四号証、乙第一ないし第五号証、原告本人の尋問結果)

二  争点

本件争点は、

1  畑中及び福見を始めとする被告従業員が商品先物取引の勧誘及びその後の取引過程における取扱に関し、次の不法行為を行ったか否か、

(一) 原告に対し、①取引の意思も能力もなく、資金的にも余裕のない原告を無差別に勧誘対象として選択した上、電話及び訪問によって執拗かつ強引な取引委託の勧誘を繰り返すこと、②利益が生じることが確実であると誤解させる断定的判断を提供して取引委託の勧誘をすること、③取引による利益の発生のみを強調し、商品先物取引のもつ投機的危険性等を十分告知説明することなく取引委託の勧誘をすること

(二) 原告に対し、①原告が新規委託者であるのに、当初の約二か月間に建玉制限枚数二〇枚を超える八〇枚の建玉を建てさせること、②原告が先物取引を拡大する意思も能力もないのに、一任売買を勧め、被告従業員の指示するがままに取引をさせること、③手仕舞いを求める原告の指示に従わないで取引を継続させること、④損失が発生すると、確実に損失を取り戻すことができるかのごとく強調して新規に建玉を建てさせ、あるいは原告の無知に乗じて無意味な両建をさせるなど、過当な取引をさせること

2  原告が被告従業員による右1の一連の不法行為によって以下のとおり損害を受けたか否か、

(一) 委託証拠金出捐分

二〇一八万〇〇〇〇円

(二) 慰藉料二〇〇万〇〇〇〇円

(三) 弁護士費用

二二〇万〇〇〇〇円

(四) 合計

二四三八万〇〇〇〇円

の二点である。

第三  争点に対する判断

一  被告従業員による不法行為の存否

1  被告従業員による商品先物取引の勧誘につき、甲第四号証、乙第六号証、第七号証の一及び二、第八号証の一及び二、第九号証、第一〇号証、第一三号証の一及び五、証人畑中美寛及び同福見伸一の各証言、原告本人の尋問結果(ただし、前掲各証拠中、後記認定に反する部分は採用しない。)によれば、以下の事実が認められる。なお、以下の事実には争いのない事実も含む。

(1) 畑中は、平成七年七月中下旬、電話帳で知った原告の勤務先に数回にわたり架電し、あるいは訪問した上、原告に対し、コーン相場の状況のほか、商品先物取引の仕組み、委託証拠金、損金の計算方法等を説明し、コーンが値上がりしている今が買い時である旨述べてコーンの先物取引を始めるよう勧誘した。畑中の上司である福見も、中途から、畑中と連係して、原告に対し、架電し、あるいは訪問した上、繰り返しコーンの先物取引を始めるように勧誘を続けた。これに対し、原告は、その都度、商品先物取引に興味はなく、始めるつもりはないとしながらも、電話を途中で切る、あるいは面会を断るなど、畑中及び福見の勧誘に対する明確かつ強い拒絶をせず、かえって、畑中が原告の了解を得ないで初めて訪問した際、勤務中であったのにかかわらず、畑中と会い、他の職員が居合わせる事務室で、その話に二、三〇分にわたり耳を傾けるなどした。

(2) そして、畑中と福見は、同年七月二一日、先に架電の際における原告の応答態度をみて、勧誘の仕方次第では商品先物取引を承諾してもらえる見込みがあるとみて、架電後、原告の勤務先訪問を再び試み、勤務中であった原告と面談した上、前回と同様に、他の職員も居合わせる事務室で、このときは福見が主体となって、原告にコーンの相場表を示してコーンが値上がり傾向にあることや値動き要因にはコーンの収穫高のほか為替相場の変動もあることなどを説明しながら、「今が絶対にとうもろこしは買い時で、このチャンスを逃す方法はない。必ず、館長さんに喜んでもらえる。我々も一生懸命努力するから、ぜひ買ってほしい。」「とうもろこし一枚につき上がった価格の一〇〇倍儲かる。委託証拠金は一枚につき八万円である。」などと持ちかけ、銀行金利との比較の話も交え、おおむね一時間くらいかけてコーンの先物取引を始めるように勧誘した結果、原告からその承諾を得た。福見は、その際、持参した「商品先物取引委託のガイド」二冊(本冊及び別冊)のうち、本冊に記載されている商品先物取引の危険性、委託証拠金、取引の決済などに関する箇所を読み上げて説明をした後、原告に交付し、原告は、先物取引の危険性を了知した上、商品取引所(関西農産商品取引所及び関門商品取引所)の定める受託契約準則に従って自己の判断と責任において取引を行うことを承諾した旨の記載のある約諾書に署名捺印をした。原告は、取引開始を承諾すると、直ちに、金融機関に行き、預金を解約して八〇万〇〇〇〇円を用意して福見に交付し、福見は、コーン一〇枚分の取引における委託証拠金としてこれを預かり、原告の指示で、コーン一〇枚の買玉を建てた。もっとも、約定値段については、原告から指値がなく、同日、一万四〇〇〇円の成行注文となった。

(3) 原告は、同月二六日、委託証拠金預かり証及び残高照合通知書をもって勤務先を訪れた立石正志(以下「立石」という。)からも、先物取引における利益損失の計算法と委託追証拠金の説明を受けた。なお、原告は、立石から、同年九月二一日にも委託追証拠金の説明を受けた。

右の(1)ないし(3)に認定した事実関係に基づき検討するに、畑中及び福見の原告に対する電話による勧誘は四回程度行われ、また、訪問による勧誘も三回行われ、その間原告が少なくとも表面的には拒絶する態度をとり続けていたことからすれば、かなり強引かつ執拗であったといえなくもないが、他方、原告は、当時六二歳であり、多年にわたる公務員生活を経ており、いずれも当時二〇歳台であった畑中及び福見に比べると、年齢はもちろん、知識・経験、社会的地位の面でも原告がはるかに優位にあり、その勧誘も、原告の勤務先で勤務時間中に行われたものであり、特に、面談による勧誘はその場に他の職員が居合わせる中でなされたものであり、その勧誘が不当に強引かつ執拗なものであれば、原告としても勤務中であることを理由に容易に勧誘を拒絶することができたのに、そうした対応をとることなく、委託契約時点では少なくとも表面的にはおおむね一時間程度その勧誘に耳を傾けた上、結局先物取引を行うことを承諾したものであり、当時原告においてそのために困惑していたとは認め難いところであるから、右の勧誘行為に態様が営業活動上許される限度を超えた不当なものであるとまでいうことはできないし、原告の職業・経歴並びに資産・収入等からすると、原告にそれまで証券取引及び商品先物取引の経験がないからといって、およそ商品先物取引の対象とすべきでない者を無差別に勧誘の対象としたということもできない。また、畑中及び福見は、勧誘に当たり、商品コーンの値上がりが確実であることを強調することによって利益を生じることが確実であるというにほとんど等しい意味合いをもつ言辞を使用したとみられるけれども、原告のように知識・経験、社会的地位を有する者にとって商品相場に変動のあることは社会常識であることに加え、原告が福見らから「商品先物取引委託のガイド」(二冊)を用いて説明を受けた商品先物取引の仕組みからすればこれが投機的危険性をもつものであることは容易に看取できる事柄であり、これまでに商品先物取引はもちろん証券取引といった投機的取引の経験を有しない原告としても、その言辞どおり利益が確保される取引でないことは、当時十分に認識していたというべきであるから(原告としても、初めてまとまった資金を投じて商品先物取引を行う以上、当然にその内容につき関心をもち、前掲冊子を閲読したとみるのが自然であり、また、そうであるからこそ、先物取引の危険性を了知した旨明記する約諾書に署名捺印したものと認められる。)、右言辞による勧誘行為がなされたからといって、福見らにおいて利益を生じることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供して取引の委託を勧誘した結果、原告においてその旨誤信したことにより取引を始めることを承諾したものであると認めることはできない。したがって、福見らの前記勧誘行為をもって、社会通念上許される営業活動の範囲を逸脱するものであるため、あるいは、委託者の保護のための法的規制に違反するものであるため、不法行為を構成すると断じることはできない。

2  被告従業員による取引過程における取扱につき、甲第四号証、乙第一ないし第五号証、第一三号証の一ないし一四、証人福見伸一の証言、原告本人の尋問結果(ただし、前掲各証拠中、後記認定に反する部分は採用しない。)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。なお、以下の事実には争いのない事実も含む。

(1) 原告が、取引開始後、コーンが値上がりし、値洗い差益の出ていることを知って手仕舞いするように求めたのに対し、福見は、同年九月一九日、コーンがさらに値上がり傾向にあるとして、手仕舞いよりも買い増しをするように強く勧めたことから、原告も、値洗い差益分一〇〇万〇〇〇〇円の支払いを受けることを条件に、買い増しに応じた。その結果、同日、コーンの一〇枚売り、四〇枚買いが行われ、コーンの買玉数は、全部で三〇枚となった(なお、福見は、被告社内手続として、同日建玉二〇枚を超えるため制限建玉超過申請と許可の手続をしている。)。その時点で、委託証拠金の額は二四〇万〇〇〇〇円となり、差引益金は一〇〇万〇〇〇〇円であった。しかし、その後、値下がりしたことにより、同年九月二一日には二〇七万〇〇〇〇円の値洗差損が生じ、委託追証拠金一二〇万〇〇〇〇円を必要とする事態となり、さらに、同月二五日には値洗差損は二四三万〇〇〇〇円となり、委託追証拠金も二四〇万〇〇〇〇円となり、このため前記一〇〇万〇〇〇〇円の支払いはなされなかった。福見が電話でこの事実を伝えたのに対し、原告において委託追証拠金を必要とする事態など想定していなかったと苦情を述べたため、福見は、委託追証拠金の増大を防ぐ保険的な効果があるとして、反対の売玉三〇枚を建て、模様をみるように勧め、原告も、これに応じた。さらに、原告は、福見の勧めに従い、売玉一〇枚を追加した。その結果、同月二九日時点で、コーンの買玉三〇枚、売玉四〇枚となった。同日時点での値洗差損は三三三万〇〇〇〇円、委託証拠金は五六〇万〇〇〇〇円であった。原告は、同月二五日勤務先を訪れた立石に委託追証拠金として一二〇万〇〇〇〇円を渡した。また、原告は、同月二九日勤務先を訪れた福見に委託追証拠金として二四〇万〇〇〇〇円を渡した。その結果、同日までに原告が被告に交付した金員の額は四四〇万〇〇〇〇円となった。なお、売買取引の都度、被告から原告に売買報告書や残高照合通知書が送られ、これに対し、原告は、内容確認の上、被告に残高照合回答書を送付している。

(2) 福見は、同年九月二八日、原告に対し、電話で、輸入大豆が豊作のため値下がりしているとして、コーンの買玉一〇枚、売玉四〇枚を仕切った上、新たに輸入大豆の売玉六〇枚を建てるように勧めるとともに、委託追証拠金として二四〇万〇〇〇〇円を用意するように求めた。福見は、前記のとおり、同月二九日、原告の勤務先を訪れ、二四〇万〇〇〇〇円を受け取った上、原告から承諾を得て、同年一〇月四日輸入大豆六〇枚の売玉を建て、コーンの買玉一〇枚、売玉四〇枚を仕切った。その後、福見は、同月五日売玉六〇枚(同日、前日に建てた売玉六〇枚を仕切って再度売玉六〇枚を建てたもの)、同月九日売玉二〇枚、同月一一日売玉二〇枚、同月二〇日売玉五〇枚、同月二五日売玉二〇枚、同月三〇日売玉二〇枚と次々に原告に輸入大豆の売玉を建てさせた。その間、福見は、他方で、同月一九日買玉四五枚、同月三〇日買玉一五〇枚と、原告に輸入大豆の買玉を建てさせた。原告は、同月三〇日までに原告に委託証拠金として合計九六八万〇〇〇〇円を交付しており、福見や立石に商品先物取引に充てる資金は尽きた旨告知したが、福見は、同月三一日にも前記のとおり原告に輸入大豆の買玉一五〇枚を建てさせ、その結果、同日には、値洗差損は六八〇万七〇〇〇円、委託証拠金は二二〇〇万〇〇〇〇円まで拡大し、すべての建玉を手仕舞いしても、多額の損失が発生することとなった。その後も、輸入大豆につき同年一一月一三日までに売玉合計二〇五枚、買玉合計三〇〇枚が建てられたが、以後は新規の取引はなく、同年一二月一九日すべての建玉が仕切られたことにより、全取引が終了した。なお、コーンについては、同年九月三〇日以降新規分の取引を行っていない。

(3) 福見は、原告が平成七年一〇月四日輸入大豆の先物取引を始めてからその新規分の取引が終わる同年一一月一三日までの間に別紙(三)のとおり原告に委託証拠金として合計一五七八万〇〇〇〇円を交付させたが、その額は、原告の年収額をはるかに超え、預貯金の大半を占めるものであった。なお、コーンについては、同月二二日全取引を終わっているが、前記のとおり三五万〇〇〇〇円の売買差益であった。

(4) 原告は、売買取引の全過程を通じて、自己の自主的な判断に基づき積極的に福見に買い又は売りを指示したことはなく、取引は、すべて福見の提案に対して原告が諾否を決めるというやり方で行われた。福見が原告に輸入大豆の先物取引を勧めた同年九月二八日ころには、既に予想と反したコーンの値動きにより値洗差損が発生し、委託追証拠金が増大したことにより、その時点で建玉をすべて手仕舞いしても、損失が発生する事態になっていたが、原告は、このようなコーンの値動きにどのように対処すべきか、的確に判断することができず、もっぱら福見の判断に任せるほかない状態にあった。このため、原告は、福見が、同月二五日、コーンの値下げに対処するため、委託追証拠金の増大を防ぐ保険的な効果があるとして、反対の売玉三〇枚を建て、模様をみるように勧めた際も、両建がどのような意味をもつのか十分に理解することができないまま、コーンが値下がりすることは間違いないとする福見の相場観を信じ、取引を継続した。このため、原告は、翌二六日立石から改めて委託追証拠金と両建について説明を受けた。原告は、同年一〇月三一日にも、輸入大豆につき買玉合計一五〇枚を建て、それまでに建てた売玉合計一五〇枚に対する両建としているが、このときも、輸入大豆がさらに上昇することによって既に投下した資金を失うだけでなく、さらに委託追証拠金が増えることによって損失が拡大することを恐れ、福見のいうままに両建をすることに応じた。

右の(1)ないし(4)に認定した事実関係に基づき検討するに、福見は、原告をして、平成七年七月二一日から同年九月二九日までの間前後九回にわたりコーンにつき合計枚数八〇枚の建玉を建てさせ、その間合計四四〇万〇〇〇〇円の委託証拠金を交付させたものであるが、取引の期間、回数、規模及び態様、さらには委託証拠金の額及び原告の資金規模のほか、取引終了時における売買差損益金及び委託手数料の額にも注目すると、結局売買取引上二一万四九一一円の損失が発生しているけれども、前述した商品先物取引に対する法的規制等の内容に照らし、いまだ商品先物取引の性格上許される営業活動の範囲内にあるといってよく、福見の右取扱をもって不法行為を構成するものということはできない。付言すると、福見は、コーン取引の過程で、原告が手仕舞いするように求めたのに対し、手仕舞いよりも買い増しをするように強く勧めているが、原告も結局条件付き買い増しに応じたものであって、右の勧めが原告に対して強要にわたるものであったとは認め難いことからすると、直ちに手仕舞い拒否に当たるとはいえないし、福見がコーンの値下がりに対処するとして原告に両建を行わせた点も、原告の両建に対する理解の程度からすると、問題がないではないけれども、自主規制の一環である前記商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項上も両建が一切禁止されているというわけではなく、その規模及び態様からすると、もっぱら委託手数料稼ぎを目的としたものであって、違法であると断じるだけの根拠はなく、同様に、福見が原告に自主規制枚数を超える枚数の建玉をさせているからといって、それだけでその取扱を違法視するのも相当でない。また、当初の成行注文についても、原告は取引開始に当たりコーン相場の説明を受けた上取引を委託したものであり、法の禁じる一任売買に当たるということはできない。

しかしながら、福見が、原告をして、コーンの先物取引だけでなく、新たに輸入大豆の先物取引を始めさせ、同年一〇月四日から同年一一月一三日までの間前後一七回にわたり合計九五〇枚に上る建玉を建てさせたことにより、合計一三二五万八五〇〇円の売買差損を生じさせる一方、その間合計一五七八万〇〇〇〇円の委託証拠金を交付させたことは、商品市場における取引の委託者の保護に資することを目的の一つとする法(一条)に内在する誠実かつ公正の原則(平成一〇年法律第四二号による改正後の一三六条の一七参照)を受けて先に述べた各種の自主規制が実施されている商品先物取引の実情に照らし、社会通念上許された営業活動の範囲を明らかに逸脱するものであって、違法であることを免れず、かつ、右の結果を引き起こしたことにつき福見に少なくとも重大な過失があったと認められるから、不法行為を構成するというべきである。すなわち、原告がそれまでに証券取引や商品先物取引のように投機的性質の強い取引経験を有しない者であり、コーンの先物取引を始めて以来二か月余を経過した時点でも、取引が原告の自主的な判断に基づいて行われたことはなく、すべて福見の相場判断に従う形で取引が行われてきたものであることに加え、福見において知り得た原告の主要な資産・収入が不動産(自宅)及び預貯金のほか年収八〇〇万円程度であったことからしても、原告に輸入大豆相場につき十分な知識がなく、いまだ先物取引自体に対する理解も深まっていない段階で、右商品につき新たに先物取引を始めさせ、僅か二か月余の短期間における頻繁かつ大量の売買取引によって委託手数料の負担だけでも年収の大半を占めるような取引を行わせることは、前述の取引の委託者の保護の見地からみて違法であるといってよく、登録外務員としては、このような取引の結果予測と反した値動きによりその収入規模を大幅に超える損失を被らせるような事態を回避すべき注意義務を負担していたというべきところ、先に認定したとおり、福見は、その都度原告の承諾を得ていたとはいうものの、原告の輸入大豆相場に対する知識の程度及び商品先物取引に対する理解の進捗度や資産収入等の状況につき何ら配慮を加えないまま、僅か一か月余の短期間に、原告をして大量の輸入大豆の建玉を建てさせ、その結果、売買差損合計一三二五万八五〇〇円、委託手数料合計六五八万三九〇〇円、総額一九八四万二四〇〇円の実質損失を負担させるに至らしめたものであり、この取引によって被告において多額の委託手数料を得た反面、原告において委託証拠金の交付によって当時の原告の年収をはるかに超え、その保有していた退職金を原資とする預貯金の大半を失ったことからすると、福見には個々の相場判断の当否いかんにかかわらず少なくとも前記注意義務を怠った重大な過失があるというべきであり、福見は、原告に右の一連の先物取引を行わせたことにつき、不法行為責任を免れない。

なお、一連の先物取引に含まれる個々の取引内容をみても、例えば、福見は、同年一〇月五日には前日建てた売玉六〇枚を仕切って再度売玉六〇枚を建てさせているが、この取引の結果、原告において売買差益五二万二〇〇〇円から委託手数料四〇万九二三九円を差し引いた一一万二七六一円の利益を得たものの、将来的には再度売玉を建てたことによって新規分及び仕切分の委託手数料を負担しなければならなくなったものであり、かえって損失を被ったものということができるし(同年一一月二二日の仕切りによって負担した新規分及び仕切分の委託手数料は四二万一六四九円であり、差引三〇万八八八八円の損失を被ったこととなる。別紙(二)参照。)、また、福見は、同年一〇月三一日には一五〇枚の反対玉を建てる両建をさせているが、既に同月三〇日時点で原告から取引に充てる資金は尽きた旨告知されていたにもかかわらず、あえて原告に新規分の委託手数料だけでも多額に上る負担をさせたものであるから(同年一一月九日の仕切りによって負担した新規分及び仕切り分の委託手数料は合計一〇五万四一七七円である。別紙(二)参照。)(なお、原告が右の両建につき十分理解した上でこれを承諾したものでないことは既に述べたとおりである。)、いずれも委託手数料稼ぎを目的とした違法な取扱と評されてもいたし方ないものである。

3  以上の次第で、福見が原告をして平成七年一〇月四日から同年一一月一三日までの間前後一七回にわたり新たに輸入大豆の先物取引を行わせたことは不法行為を構成するものであり、被告は、被用者である福見が自己の事業の執行に当たり行った不法行為によって原告に加えて損害につき民法七一五条に定める損害賠償責任を免れない。

二  原告の受けた損害

1  委託証拠金出捐分

一五七八万〇〇〇〇円

原告は、被告に対し、平成七年一〇月四日に輸入大豆の先物取引を開始してから同年一二月一九日にその先物取引を終了するまでの間に合計一五七八万〇〇〇〇円を委託証拠金として交付し、その返還を受けていないところ、輸入大豆の取引開始後におけるコーンの取引の状況からして、右の委託証拠金出捐分は少なくとも本件不法行為と相当因果関係にある損害というべきである。

2  慰藉料

原告がコーンだけでなく、輸入大豆の先物取引を始めたことにより日夜相場に一喜一憂するに止まらず、取引上の損失が次第に拡大する事態となったのを受けて深く思い悩んだであろうことは推認するに難くないが、その苦痛は、原告において承知の上で始めたこの種商品先物取引に大なり小なり当然に随伴する性質のものであることに加え、福見による前述の取引過程における違法な取扱を通じてそれが一層強められた面があるとはいえ、他面、原告においては、現に二か月余にわたるコーンの取引によって商品先物取引が文字通り投機的危険性を有することを実体験していながら、取引の中止によって苦痛から解放される方途を選択することなく、新たに輸入大豆を対象とした先物取引を始めたものであり、その後の取引の過程でも取引上の損失が次第に拡大していったのに、取引の中止を決断しなかったことにより、ついに多額の金銭的損害の発生を見るに至ったものであり、右の被害の内容とりわけ発生及び拡大の経緯に照らすならば、本件不法行為の結果原告において委託証拠金出捐分にかかる損害の填補のほかに慰藉料の支払いも受けるのでなければ回復し難いといえる程度の精神的苦痛を被ったとは認め難いところである。したがって、慰藷料請求は理由がない。

3  弁護士費用

一五〇万〇〇〇〇円

原告が弁護士に依頼して本件訴訟を提起追行したことは当裁判所に顕著な事実であり、請求額及び認容額のほか事案の性質内容等の事情にかんがみると、弁護士費用一五〇万〇〇〇〇円をもって本件不法行為と相当因果関係にある損害と認めるのが相当である。

4  合計

以上、原告の受けた損害額の合計は、一七二八万〇〇〇〇円である。

第四  結論

原告の請求は、被告に対し、損害賠償金一七二八万〇〇〇〇円及び弁護士費用分一五〇万〇〇〇〇円を除く損害賠償金一五七八万〇〇〇〇円に対する不法行為終了後の日である平成七年一二月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるので、これを認容し、その余の部分につき理由がないので、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項を各適用して(なお、訴訟費用の負担にかかる仮執行の宣言については、その必要を認めない。)、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官渡邉温 裁判官酒井良介 裁判官石村智)

別紙(一)〜(二) 売買取引一覧表1・2<省略>

別紙(三) 委託証拠金目録<省略>

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