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岡山地方裁判所 平成8年(行ウ)9号 判決 1998年12月02日

岡山県倉敷市連島三丁目六番三三号

甲・乙事件原告

末金辰一

(以下「原告」という。)

右訴訟代理人弁護士

藤本徹

院去嘉晴

東京都千代田区霞が関一丁目一番一号

甲事件被告

(以下「被告国」という。)

右代表者法務大臣

中村正三郎

右指定代理人

勝山浩嗣

山崎保彦

岡垣利幸

山形美喜雄

大原邦夫

下方宏展

岡山県倉敷市西中新田六四〇番地

乙事件被告

倉敷市

(以下「被告市」)という。)

右代表者市長

中田武志

右訴訟代理人弁護士

石井辰彦

右指定代理人

林通保

平岡將史

滝口卓志

清水和喜

主文

一  原告の甲事件請求及び乙事件請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(甲事件)

1 被告国は、原告に対し、金五億二八一三万〇三〇〇円及び内金三億三二八九万四〇〇〇円に対する平成三年四月三日から、内金一億九五二三万六三〇〇円に対する平成三年六月一一日から各支払済みまで年七・三パーセントの割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告国の負担とする。

3 仮執行宣言

(乙事件)

1 被告市は、原告に対し、金八七九九万七九四〇円及びこれに対する平成三年九月一日から支払済みまで年七・三パーセントの割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告市の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(甲事件)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 担保を条件とする仮執行逸脱宣言

(乙事件)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

(甲事件)

一  請求原因

1 原告は、昭和六一年分の所得税につき、総所得金額一四〇一万八六二〇円、これに対する納付すべき税額一二万八九〇〇円、昭和六二年分の所得税につき、総所得金額一四〇一万八六二〇円、これに対する納付すべき税額五万七三〇〇円とする確定申告書を、それぞれ法定の申告期限までに倉敷税務署長に提出した。

2 原告は、平成三年四月一日、倉敷税務署長に対し、昭和六一年分の所得税につき、総所得金額四億四七五七万八二三八円、これに対する納付すべき税額二億九六七〇万一三〇〇円、昭和六二年分の所得税につき、総所得金額三億四六九三万三〇一四円、これに対する納付すべき税額一億九六七三万二六〇〇円とする修正申告書を提出した(以下「本件修正申告」という。)。

3 本件修正申告に伴い、所得税につき、確定申告に基づく税額と納付すべき税額との差額が、昭和六一年分につき二億九六五七万二四〇〇円、昭和六二年分につき一億九六六七万五三〇〇円それぞれ生じたため、原告は、平成三年四月二日、右各金額を、倉敷税務署長に対し納付した。

4 原告は、平成三年六月一〇日、倉敷税務署長に対し、本件修正申告に伴い、昭和六一年分の所得税について、重加算税八八九七万一〇〇〇円、延滞税八七六六万六〇〇〇円、昭和六二年分の所得税について、重加算税六八八三万四五〇〇円、延滞税四三七七万八七〇〇円をそれぞれ納付した。

5 しかしながら、本件修正申告に基づく納税は、以下の理由により、納税義務がないのに誤ってなされたものであるから、国税通則法五六条にいう過誤納金に該当し、被告国は原告に対しこれを返還すべき義務がある。

(一) 本件修正申告に至る経緯

(1) 広島国税局は、昭和六三年九月二九日、原告に対し、所得税の申告に際し、株式の売買等による利益について、脱税があったとして査察に着手し、調査を進めていた。

(2) 原告は、有価証券の売買を行っていたが、これは、原告の父末金壽滿(以下「壽滿」という。)が会社経営で残した裏金(簿外資産)を壽滿の死亡後の昭和五三年八月ころ、原告の母末金節子(以下「節子」という。)、原告の兄末金利夫(以下「利夫」という。)及び原告の三名で遺産分割する協議をしたものの、現実にはその実行をせず、金額を原告が預かって運用し有価証券の売買をして利益を上げたものであって、右利益は、右三名の共同出資資産による所得であり、各自の出資金に応じて三分割すべきものであり(以下「三分割税」という。)、また、当時の税制では一人当たりの年間株式売買回数が五〇回以内であれば譲渡益に課税されないと考えていたので、三人分で年間株式売買回数が合計一五〇回以内であれば問題ないと判断し、またそのように売買していたことから、本件について、当初から脱税事件として立件されるとは考えていなかった。

(3) ところが、広島国税局は、平成元年二月、原告に対し、三分割税に従った場合の分配比率を明らかにするよう指導し、原告は、同年八月、分配確認書を作成して、同年一二月一一日には分配を完了し、右分配確認書を同国税局に送付した。しかし、同国税局は、原告に何の連絡もせずに、平成二年三月二三日、原告を所得税法違反容疑で岡山地方検察庁に告発した。同検察庁は、当初任意捜査していたが、平成三年三月一日、原告を逮捕、勾留のうえ取り調べ、同月二〇日、岡山地方裁判所へ身柄拘束のまま公訴を提起した。

(4) 右捜査、取調べにおいて、岡山地方検察庁の検察官は、広島国税局の見解と同じく株式等の売買につき、原告が自らの資金を使って個人で行っていた原告単独の脱税行為であるとの前提で捜査していたが、原告は、広島国税局の査察段階から検察庁の取調べに至るまで、(2)で述べたような見解から、終始、所得の帰属について、節子、利夫及び原告の三名が共同出資して株式等を売買していたもので、これによる売買益等の所得は出資割合に応じて三人に分割して帰属すべきものであり、また、非課税対象の売買回数の範囲についても一人について年間五〇回以内であればよく、三人分年間合計一五〇回までは非課税である旨主張していた。

(5) しかし、原告を取り調べた岡山地方検察庁の検察官検事水沼祐治(以下「水沼検事」という。)は、逮捕直後の平成二年三月一日から同月一二日ころまでの間、毎日のように原告を取り調べ、前記所得が原告一人の所得であることを認めるよう強要し、この間度々、「このままだったら間違いなく実刑になる。認めれば脱税額を総額で五億円未満にして執行猶予が付くようにする。このままでは二、三年は外へ出られん。保釈にもならん。子供にも会えん。おっさん、いい加減にあきらめて頭を下げろ、下の子供は学校をずっと休んでいるぞ。とことん頭を下げないと執行猶予は難しい。」などと、ある時は語気鋭く責めたてて原告に自白を強要した。また、水沼検事を指揮していた主任検事の大木丈史検事(以下「大木検事という。)は、原告の弁護人であった岡野新弁護士(以下「岡野弁護人」という。)と通謀のうえ、原告が自白するよう同弁護人に活動させ、執行猶予になるように起訴する、脱税額を総額で五億円未満にすると言って、架空の借入金利息を計算して所得から控除する工作をし、更には岡野弁護人において、原告の知人で弁護人にもなっていない山上東一郎弁護士(以下「山上弁護士」という。)を、同年三月一一日、原告に面会させ、三分割説の主張を撤回するよう原告を説得させた。

水沼検事は、原告が、このころ気弱になっていたのを見て、「とことん頭を下げれば執行猶予が付く。とことん頭を下げるということは修正申告書を書いてもらわんといかん。修正申告書を書かないと保釈にもならない。」などと言って、修正申告をするよう強要した。

また、水沼検事は、取調べ中、分別管理していない事例に関する所得税法違反事件の判例を示して、分別管理していない場合、行為者一人の所得として全額課税する判例になっていると、あたかも本件と同様の事例で一人に対する課税の判断を示した判例があるかのように装い、原告の主張が通用しない旨説明した。

(6) 原告は、初めて逮捕された精神的ショックと慣れない拘置所での生活や家族に対する心配から、勾留が心身ともに大きな負担となっており、このまま拘置されることに対する不安は日に日に増していた。

原告は、このように検事や弁護士らに説得されて、自分の主張が通らないのではないかと不安になり、もし、主張を貫いて実刑になるのであれば、自分の主張を曲げてでも検事らの言うとおりにするしかないと考えるに至り、同月一二日、遂に水沼検事の言うとおり修正申告書を提出することを決意し、最初の自白調書が作成された。

(7) その結果、原告は、同日、面会に来た木津恒良弁護士(以下「木津弁護人」という。)に修正申告を依頼した。しかし、原告は、当時勾留中で手元に資料が全くなく、相談相手もいなかったので、その内容を自ら確認することはできず、検事に任せていた。原告の依頼を受けた柴田元隆税理士(以下「柴田税理士」という。)は、広島国税局の本件担当者小川隆則と連絡をとり、その時点で確定している所得明細及び申告に必要な資料を送って貰いたい旨依頼したところ、同人が資料を送ってくれたことから、その内容に従い、修正申告書を作成して同年四月一日提出した。

(二) 無効

以上のとおり、本件修正申告は、原告が自主的にしたものではなく、原告は、取調べに際し事実関係を争っていたが、検察官に自白を強要され、修正申告を求められたため、本件修正申告に及んだものであって、そもそも本件修正申告は原告の自由な意思でなされたものではないから、真の意味での修正申告とは言えない。したがって、本件修正申告を有効として原告に対し納税義務を負わせることは、著しく正義に反し許されず、本件修正申告自体を無効とすべきである。

(三) 錯誤無効

(1) 本件修正申告は、検察官が原告の見解とは反対の判例を示すなどしてその法律解釈が正しく、原告の三分割説に基づく主張は誤りであり、右主張を貫けば、保釈も認められないし、実刑になって二、三年は外へ出られないと、全面的に容疑を認めるよう嘘をまじえて強要し、これに協力した岡野弁護人の行動が原告の判断を誤らせた結果なされたものであり、その要素に重大な錯誤があった。

(2) 一旦確定申告がされた後にこれを修正する修正申告においては、税務当局は、単にこれを機械的に受け付けることはせず、その理由を質して受け付けるのが通常であり、本件でも、前述したように、柴田税理士から広島国税局の小川隆則に申告資料の提供依頼があり、同人がこれに応じて資料を送付し、紫田税理士はこれによって修正申告をした。そして、その資料の根拠となった三分割説には、差戻前の控訴審である広島高等裁判所岡山支部(同支部平成三年(う)第一三六号所得税法違反被告事件。以下「第一次二審」という。)が平成七年一〇月二五日言渡した判決も指摘するとおりの誤りがあったのであるから、右錯誤は客観的にも明白となったものである。

(3) 原告は、右錯誤の結果、多額の税額を誤納するに至ったのであるから、その程度は重大であり、所得税法所定の過誤是正以外の方法による是正を許さないとすれば、納税義務者の利益を著しく害することになる。

(四) 強迫、詐欺による取消

(1) 本件修正申告は原告の真意によるものではなく、真実は、第一次二審判決の判示するとおり、原告が当初から主張していた三分割説が正しいのに、検察官が原告一人に対する課税が正しいとして、原告に誤った自白を強要し、原告自身も実刑判決を恐れる余り、心にもない修正申告をするに至ったものである。

(2) 原告は、平成九年五月二一日の本件第六回口頭弁論期日において、検察官の右強迫及び詐欺を理由に本件修正申告を取り消す旨の意思表示をした。

(五) 原告の三分割説の主張が正当であることについては、第一次二審判決において認められ、さらに、差戻後の第一審である岡山地方裁判所(同裁判所平成七年(わ)第五四六号所得税法違反被告事件。以下「第二次一審」という。)も、平成八年一〇月一八日、三分割説に従った判決を言渡している。

6 三分割説に従った場合、昭和六一年分の原告の実際の総所得金額は一億六〇一七万六五四二円、これに対する納付すべき税額は九五六七万八九〇〇円、同じく昭和六二年分の総所得金額は一億二六九六万三六一八円、これに対する納付すべき税額は六四八六万一〇〇〇円である。

したがって、原告は、昭和六一年分につき二億〇一〇二万二四〇〇円、昭和六二年分につき一億三一八七万一六〇〇円の各所得税を誤って過分に納付しており、これに伴い、昭和六一年分につき六〇三〇万六〇〇〇円、昭和六二年分につき四六一五万四五〇〇円の各重加算税を、昭和六一年分につき五九四二万一五〇〇円、昭和六二年分につき二九三五万四三〇〇円の各延滞税を誤って過分に納付している。

7 仮に、右過誤納金返還請求が認められないとしても、本件修正申告がなされた経緯は、前記請求原因5(一)記載のとおりであり、原告は、検察官の故意又は過失によって、違法に、前記納付済みの過誤納金合計五億二八一三万〇三〇〇円と同額の損害を受けたのであるから、被告国は、原告に対し、国家賠償法一条一項に基づき、右損害を賠償すべき義務がある(予備的請求1)。

すなわち、水沼検事は、被告国の公権力の行使に当たる公務員であって、その職務の執行に関しては、いやしくも違法な職務執行によって国民に対し不測の損害を被らしめることのないように十分に注意してその職務を遂行すべき職責を負っている。

しかるに、水沼検事は、本件捜査に当たり、本件事案を三分割説によって処理することを念頭に置くべきであったのに、本件所得が原告一人に帰属すると思いこみ、三分割説は考慮の対象に非ずとして、平成二年三月一日、本件強制捜査に着手した。

そのため、水沼検事は、取調べに際し原告が否認したことから、前述したとおり、自白を強要し、さらに主任検事の大木検事は、岡野弁護人と通謀して、原告が自白するように同弁護人に活動させた。また、水沼検事は、本件には適切でない判例を原告に示して、原告一人に課税するのを相当とする判例が存在する旨誤った説明をした。

その結果、同年三月一二日から、虚偽の自白調書が作成され、同月二〇日、公訴が提起され、さらに、原告は、誤った修正申告までさせられるに至ったものであるが、原告の自白内容が真実でないことを、水沼検事と大木検事は十分に知悉していながら、両検事は敢えて原告一人に本件所得が帰属するとして公訴を提起し、原告に誤った修正申告をさせたものである。本件の捜査及び公訴提起において、三分割説は採用に値しないとした検察官の判断は明らかに誤っており、経験則と論理則に照らしても到底その合理性を肯認できず、それにもかかわらず原告に対し本件修正申告を承諾させたことは、検察官の権限を著しく逸脱した違法な行為であり、その結果、原告は、前記過誤納付金合計五億二八一三万〇三〇〇円と同額の損害を被ったものである。

8 仮に、以上の請求がいずれも認められないとしても、課税処分が正義公平の原則に反する場合には、その反する限度で、課税庁又は国は当該課税処分の効力を主張できず、その意味において右課税処分は法律上の原因を欠くものと解すべきであるところ、本件修正申告がなされた経緯は、前記5(一)記載のとおりであり、本件修正申告時点で、原告に対する所得税法違反被告事件が岡山地方裁判所に起訴され、その後、第一次二審判決において三分割説が採用されて、結果的に所得なきところに課税したものとして当然にこれに対する何らかの是正措置が講ぜられるべき事態が生じ、多額の過誤納が生じているのであるから、本件過誤納金については民法上の不当利得の規定が適用されるべきであって、被告国は、前記納付済みの過誤納金合計五億二八一三万〇三〇〇円を法律上の原因なくして原告の損失において不当に利得したものであるから、原告に対し、これを返還すべき義務がある(予備的請求2)。

そして、前述したとおり、検察官が本件修正申告を強要しているのであるから、被告国は悪意の受益者である。

9 よって、原告は、被告国に対し、主位的に過誤納金返還請求権に基づき、予備的に国家賠償法一条一項又は民法七〇三条及び七〇四条に基づき、合計五億二八一三万〇三〇〇円及び内金三億三二八九万四〇〇〇円に対する納付日又は利益を受けた日の翌日である平成三年四月三日から、内金一億九五二三万六三〇〇円に対する納付日又は利益を受けた日の翌日である平成三年六月一一月から各支払済みまで国税通則法所定の年七・三パーセントの割合による還付加算金、遅延損害金又は法定利息の支払を求める。

二  請求原因に対する被告国の認否及び反論

(認否)

1  請求原因1ないし4はいずれも認める。

2(一)  同5(一)の(1)は認める。

(二)  同5(一)の(2)は知らない。

(三)  同5(一)の(3)のうち、広島国税局が、平成二年三月一日、原告が作成した同年一月三一日付報告書を受理したこと、同国税局は右報告書について原告に何の連絡もしなかったこと、同国税局が、同年三月二三日、原告を所得税法違反容疑で岡山地方検察庁に告発したこと、同検察庁が任意捜査をしていたこと、同検察庁が、平成三年三月一日、原告を逮捕し、勾留のうえ、同月二〇日、岡山地方裁判所に公訴を提起したことは認め、その余は否認する。

(四)  同5(一)の(4)のうち、原告が当初、取調べに対し、事実関係を争っていたことは認め、その余は否認する。

(五)  同5(一)の(5)のうち、原告を水沼検事が取り調べたこと、大木検事が主任検事であったこと、原告の知人で弁護人にもなっていない山上弁護士が平成三年三月一一日に原告に面会に来たこと、水沼検事が取調べ中原告に分別管理をしていなかった事例を含めて判例を示したことは認め、原告がこのころ気弱になっていたことは知らず、その余は否認する。水沼検事は、原告から、「どうしたらいいんだろうか。」と聞かれたので、「一般的に言うならば、脱税事件の場合はきちっと修正申告をして、後は頭を下げないと、情状は良くならない。」と話したにすぎない。

(六)  同5(一)の(6)のうち、原告が修正申告を決断したこと、平成三年三月一二日以後、被疑事実を認める旨の原告の供述調書が作成されたことは認め、その余は知らない。

(七)  同5(一)の(7)のうち、平成三年三月一二日に木津弁護人が面会に来たこと、その時原告が勾留中であったこと、柴田税理士が、広島国税局の小川隆則と連絡をとり、その時点で確定している所得明細及び申告に必要な資料を送って貰いたいと依頼したため、同人が資料を送り、柴田税理士が、その内容に従って修正申告書を作成したことは認め、その余は知らない。

(八)  同5(二)ないし(四)はいずれも否認する。

(九)  同5(五)のうち、原告主張の各判決がそれぞれ言渡されたことは認め、原告の主張が正当であることが右判決において認められているとの主張は争う。

3  同6ないし8は否認する。

(反論)

1  (錯誤無効の主張に対し)

原告は、重大な要素の錯誤があれば、民法九五条の適用により、直ちに誤納金の返還が求め得ると主張するようであるが、納税申告の過誤の是正については、民法の意思表示の瑕疵に関する規定は適用されないのであって、原告の右主張は失当である。

すなわち、所得税確定申告書の記載内容の錯誤の主張は、その錯誤が客観的に明白かつ重大であって、所得税法の定めた過誤是正以外の方法による是正を許さないとすれば、納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合でなければ許されない。

このように、納税申告書に瑕疵があっただけでは直ちにその取消や無効の主張はできず、これができるためには客観的に明白かつ重大な過誤の存在を要するのであり、さらに、納税申告行為の過誤が重大であるというためには、その過誤が当該事案の下において申告者にとって極めて酷な結果をもたらし、著しく課税の公平を害する程度のものであることを要し、また、客観的に明白であるとは、誤記、違算等のように申告書の記載自体から、何人の判断によってもほぼ同一の結論に到達しうる程度に過誤が客観的、外形的に明らかであることを要し、処分関係人の主観的事情は右判断とは無関係である。

本件において、仮に原告主張の錯誤やそれに至る一連の事実が存在したとしても、それらはいずれも本件修正申告をする上での動機にすぎず、本件修正申告書の記載自体からは全く分からないものであって、明示的にも黙示的にもその点は何ら示されていなかったのであるから、客観的に明日な瑕疵が存したといえないことは明らかである。

2  (不当利得返還請求に対し)

国税として納付された金員が還付される場合の過誤納金は、対応する確定した租税債務が存在しない場合に生じ、その返還請求権はいわゆる公法上の不当利得返還請求権である。そして、右のような性格の過誤納金返還請求権は、被告国の国税徴収手続という権力的公法的手続過程において生じたものであって、いわゆる公法上の不当利得返還請求権たる性質を有する(この意味において、過納税金は私人間の経済的利害の調整を目的とする民法上の不当利得の性質を有するものではない。)のである。この点は国税通則法五六条の過誤納金に関する民法の不当利得の規定の適用を明快に否定した東京高等裁判所昭和五〇年四月一六日判決(訟務月報二一巻六号一三四五頁)からも明らかなとおりである。

したがって、本件においても民法上の不当利得を根拠として、過誤納金の返還を求めることはできない。

三 抗弁(国家賠償請求に対し)

1  国家賠償法に基づく国の損害賠償責任については、同法四条により民法の規定が補充的に適用され、民法七二四条の損害賠償請求権の短期消滅時効の規定により、国家賠償請求権は、被害者又はその法定代理人が「損害及ヒ加害者ヲ知リタル時」から三年で時効消滅する。

2  ここに「加害者ヲ知リタル時」とは、加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとに、その可能な程度にこれを知った時を意味し、「損害」を知るとは、損害の程度を数額で知る必要はなく、損害の発生自体を了知すれば足りるものと解されている。また、不法行為であることについては、被害者が加害行為の行われた状況から、通常「不法」行為と認識しうることをもって可とすべきであって、その点に関する裁判所の判断を常に要するものではないと解されている。

3  原告は、本件修正申告に当たり、検察官の誤った指導と強要があった旨主張するが、主張のとおりであるとすると、原告は、複数の税理士や弁護士ら専門家の助力を受け、三分割説が相当と考えていたにもかかわらず、検察官の誤った指導と強要が不法行為に当たることを認識しながら、本件修正申告に応じたということになる。

その後、原告は、昭和六一年分及び昭和六二年分の修正申告に基づく本税を平成三年四月二日に納付したが、同年一〇月一五日言渡された差戻前の第一審である岡山地方裁判所における所得税法違反被告事件(同裁判所平成三年(わ)第一三八号。以下「第一次一審」という。)の判決により、懲役一年六月の実刑(罰金一億二〇〇〇万円を併科)を宣告されると、直ちに控訴し、平成四年三月二五日、倉敷税務署に対し、右昭和六一年分及び昭和六二年分の修正申告について更正請求を行い、これが同年五月二二日棄却されると、同年七月一三日異議申立を行い、これが同年一〇月一二日棄却されると、同年一一月一一日審査請求を行い、これが平成五年一二月二一日棄却されると、岡山地方裁判所に修正申告無効確認の訴えを提起するなどの一連の行動に出ていたのである。

4  右3のような事実経過を前提とすると、本訴は、平成八年三月一四日に提起されたが、原告が主張する国家賠償請求権は、本税分の誤納金相当額の損害については、これを納付した日から三年を経過した平成六年四月二日に、重加算税及び延滞税分の誤納金相当額の損害については、これを納付した日から三年を経過した同年六月一〇日に、それぞれ消滅時効が完成していると考えられるし、また、本税、重加算税及び延滞税を納付した日を消滅時効の起算点とすることが妥当でないとしても、原告は、第一次一審の実刑判決後倉敷税務署に対し更正請求を行っているのであるから、右請求の日には損害及び加害者を知っていたということができ、遅くとも、右請求の日から三年を経過した平成七年三月二五日に消滅時効が完成していることは明らかである。

5  被告国は、平成一〇年一月一四日の本件第九回口頭弁論期日において右時効を援用する旨の意思表示をした。

四 抗弁に対する認否

否認する。時効の起算点は、損害賠償の請求をすれば、ほぼ確実勝訴できると原告が考えた時期とすべきであり、本件の場合、水沼検事と岡野弁護人との交渉経過等が明らかとなった第一次二審判決の言渡日である平成七年一〇月二五日を起算点と考えるべきである。そうすると、本訴において、原告が予備的に国家賠償を請求した時点においては未だ消滅時効は完成していない。

五 再抗弁

仮に、消滅時効が完成しているとしても、被告国が本件で消滅時効を援用することは社会正義に反し権利の濫用として許されない。

六 再抗弁に対する認否

否認する。

(乙事件)

一  請求原因

1 甲事件における請求原因1及び2記載のとおり。

2 岡山県から委任を受けた被告市は、原告に対する県民税と市民税の賦課手続をし、原告は、納税通知書の送付を受けて、平成三年七月三一日、昭和六二年度分の県民税・市民税合計七七三七万七七〇〇円と昭和六三年度分の県民税・市民税合計五三一〇万七二〇〇円をそれぞれ納付した。

3 しかしながら、甲事件の請求原因5記載のとおり、本件修正申告は、納税義務がないのに誤ってなされたものであるから無効である。

4 原告の被告市に対する過誤納金返還請求権は、岡山地方裁判所が平成八年一〇月一八日言渡した第二次一審判決により本件修正申告の無効が明白となったことによって具体化し、その行使が可能となった。

5 原告は、県民税につき、昭和六二年度分一一四九万二七〇〇円、昭和六三年度分八八五万六五九〇円の合計二〇三四万九二九〇円、市民税につき、昭和六二年度分四〇二三万二二九〇円、昭和六三年度分二七四一万六三六〇円の合計六七六四万八六五〇円をそれぞれ誤って過分に納付している。

6 岡山県は、被告市に対し、県民税について税金の賦課徴収に関する権限を委譲しており、被告市がこれを賦課徴収している。

したがって、その誤納金についても、被告市が返還決定及び返還手続の権限を有しているのであるから、被告市が、原告に対し、返還すべき義務がある。

7 仮に、右過誤納金返還請求が認められないとしても、被告国が、国家賠償法、一条、一項により、本件過誤納金につき、原告に賠償すべき義務を負うことについては、甲事件の請求原因7に記載のとおりである。

我が国では、所得税の申告あるいは修正申告が国税当局に対しなされると、税法の規定によりその内容が地方自治体に通知され、自治体ではその内容に従い、所定の算式で地方税(県市民税)を算出して納税義務者に通知している。

したがって、所得税の徴収は、県市民税の徴収に連動することになるから、地方自治体は県市民税の賦課手続の一部を国に委任しているものと解される。

そこで、本件の場合、委任を受けている被告国が、所得税法違反被疑事件の捜査過程で不法行為を犯し、その一環として検察官が誤った所得税の修正申告を原告に強要したため、原告は実刑判決を恐れてやむを得ず本件修正申告をし、その結果、県市民税が賦課されるに至ったのであるから、被告市は、受任者である被告国の行為につき、国家賠償法三条、民法七一五条一項の法意に照らし、不法行為責任を負うものと解すべきである(予備的請求1)。

8 仮に、以上の請求がいずれも認められないとしても、本件修正申告がなされた経緯は、甲事件における請求原因5 (一)記載のとおりであり、甲事件の請求原因8記載のとおり、本件では民法上の不当利得の規定が適用されるべきであって、被告市は、前記納付済みの過誤納金合計八七九九万七九四〇円について、法律上の原因なくして、原告の損失において不当に利得したものであって、原告に対し、右利得金員と同額の合計八七九九万七九四〇円を返還すべき義務がある(予備的請求2)。

前記請求原因3記載の委任関係に照らすと、被告市は被告国と同様悪意の受益者というべきである。

9 よって、原告は、被告市に対し、主位的に過誤納金返還請求権に基づき、予備的に不法行為による損害賠償又は不当利得返還請求権に基づき、八七九九万七九四〇円及びこれに対する納付日又は利益を受けた日の一か月後の日の翌日又は不法行為後の日である平成三年九月一日から支払済みまで地方税法所定年七・三パーセントの割合による還付付加金又は遅延損害金又は法定利息の支払を求める。

二  請求原因に対する被告市の認否及び反論

(認否)

1  請求原因1及び2は認める。

2  同3は否認する。

3  同4のうち、原告主張のとおり、岡山地方裁判所において、原告に対する所得税法違反被告事件(第二次一審)の判決が言渡されたことは認め、右事件の審理経過及び右判決における事実認定の内容等については知らない。

4  同5及び6は否認する。

個人の市民税の所得割課税の基礎となるべき所得金額については、地方税法三一五条により、所得税に係る申告書が提出された場合、当該申告書に記載された金額を基準として算定することとされている。したがって、所得税に係る申告書が提出された場合、そこに記載された金額を基準として市民税を算定することとなるにすぎないのであって、地方自治体が県市民税の賦課手続の一部を国に委任しているものではない。

5  同7は否認する。仮に、被告国が前記所得税法違反被疑事件の捜査過程で不法行為を犯したとしても、被告市は、右不法行為について責任を負うべき立場にない。

6  同8は否認する。

(反論)

1  県民税の返還請求について

(一) 個人の県民税は、県が課すものであるが(地方税法四条二項一号)、その賦課徴収は、当該県の区域内の市町村が、当該市町村の個人の市町村民税の賦課徴収の例により当該市町村の個人の市町村民税の賦課徴収と併せて行うものとされ(同法四一条一項、三一九条二項)、個人の県民税の納税義務者は、その県民税を個人の市町村民税の納付の例により、これと併せて納付しなければならず(同法四二条一項)、右により納付がなされた場合、その納付額から督促手数料及び滞納処分費を控除した額を県民税及び市町村民税の額に按分した額に相当する県民税又は市町村民税の納付があったものとされ(同条二項)、市町村は、個人の県民税の納付があった場合は、当該納付があった月の翌月一〇日までにこれを県に払い込むものとされている(同条三項)。

(二) 原告が本件において返還を求めている個人の県民税は、被告市が原告に対し個人の市民税と併せて賦課し、原告から平成三年七月三一日に個人の市民税と併せて納付を受け、控除すべき督促手数料及び滞納処分費はなかったので、右納付された個人の県民税を同年八月一五日に同年七月中に納付を受けた他の個人の県民税と併せて一括して岡山県に払い込んでいる。

(三) 原告は、被告市に対して、修正申告が無効であるとして納付済みの市県民税を過誤納金として返還請求しているが、その実質は、不当利得の返還請求であり、原告の請求にかかる県民税は、被告市が、右に述べたとおり岡山県に払い込んでいるのであるから、被告市には何らの利得はない。

したがって、原告の本件修正申告の無効等の主張の当否如何にかかわらず、原告の被告市に対する県民税の返還請求は失当である。

2  本件市県民税の賦課処分について

(一) 本件市県民税の賦課は、所得税における申告納付(納税者がその納付すべき税の課税標準額及び税額を申告し、及びその申告した税金を納付すること)と異なり、普通徴収(徴税吏員が納税通知費を当該納税者に交付することによって税を徴収すること)の方法によりなされており(同法三一九条)、同法三一五条一号、三二一条の二第一項の規定により、原告が提出した修正申告書記載の金額を基準として、個人の市県民税の所得割の課税標準である総所得金額を算定し、賦課税額を変更し、納税通知書を原告に交付し、不足総額を追徴したものである。

なお、本件市県民税の賦課処分について、原告において不服があるときは六〇日以内に異議申立をして、その取消を求めることができるが、原告は異議申立をしていない。

(二) 右のとおり、本件市県民税は納税通知書の交付という賦課処分により賦課されたものであるから、本件市県民税賦課処分が当然無効となるのは、右処分に重大かつ明白な瑕疵が存する場合に限られ、ここに瑕疵が明白とは、処分要件の存在を肯定する処分庁の認定が誤認であることが処分成立の当初から外形上客観的に明白である場合を指し、客観的に明白とは、処分関係人の知、不知とは無関係に、また、権限ある国家機関の判断を待つまでもなく、何人の判断によってもほぼ同一の結論に到達しうる程度に明らかであることを指すと解されている。

(三) 修正申告の錯誤無効の主張が許されるのは、所得税法が申告納税方式を採用し、確定申告書の記載内容の過誤の是正につき特別の規定を設けた趣旨に鑑み、錯誤が客観的に明白かつ重大であって、所得税法の定めた方法以外にその是正を許さないとすれば納税者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合でなければならない。

そして、ここに錯誤が客観的に明白であるとは、誤記、違算等のように申告書の記載内容自体から、何人の判断によってもほぼ同一の結論に到達しうる程度に客観的、外形的に明らかであることを要し、処分関係人の主観的事情とは無関係である。

(四) 前記所得税法違反被告事件において、原告の主張が正当であったことが認められ、三分割説に従った事実認定がなされたとしても、右事実認定は右被告事件における判断にすぎず、右判決により原告の所得税額が確定されるものではなく、また、そのことにより直ちに原告に錯誤があったとすることはできない。

仮に、右判決における事実認定を前提にして、本件修正申告の内容に錯誤があるとしても、その無効を主張するには、錯誤が申告書の記載内容自体から、何人の判断によってもほぼ同一の結論に到達し得る程度に客観的、外形的に明らかであることを要するところ、右判決は、判決理由にもあるように詳細に事実関係を検討した結果、三分割説によったものであり、その点が当初から客観的、外形的に明らかであったとはいえない。

したがって、仮に、本件修正申告に至る過程で原告に錯誤があるとしても、原告は、その無効を主張することはできない。

(五) 右のとおり、仮に、本件修正申告に錯誤があったとしても、原告はその無効を主張できず、本件市県民税賦課処分には重大かつ明白な瑕疵はなく、適法かつ有効であり、被告市が納付を受けた本件市県民税は過誤納金とはならない。

三 抗弁

仮に、被告市の本件市県民税賦課処分が無効であるとしても、地方公共団体の徴収金の過誤納により生じた返還請求権は、その請求をすることができる日から五年を経過したときは時効により消滅し(地方税法一八条の三)、時効の援用を要しないものとされている(同法一八条の三第二項による一八条二項の準用)。

そして、ここに請求をすることができる日とはその納付日である。

したがって、原告が被告市に対して過誤納金として返還を求めている市県民税は平成三年七月三一日に納付されているのであるから、被告市に対する過誤納金の返還請求権は、同日から五年を経過した平成八年七月三一日に時効消滅している。

四 抗弁に対する原告の認否及び反論

(認否)

否認する。

(反論)

本件事案の特殊性から考えると、時効の起算日は原告において過誤納金の返還請求が可能であると認識した日とすべきである。そうだとすると、少なくとも広島高等裁判所岡山支部における刑事事件(第一次二審)判決のあった平成七年一〇月二五日まで時効は進行しないものと考えるべきである。

また、地方税法一七条の五第二項、一七条の六第二項、三項の規定によれば、県市民税の減額賦課決定の時効期間については原則として納期限の翌日から起算して五年を経過するまでとなっているが、所得税に関し裁判があった場合は五年を経過していても判決日の翌日から起算して二年間時効期間が延長されている。

したがって、本件の場合、時効期間の五年経過前に訴えが提起されているので、未だ時効は完成していない。

五 再抗弁

仮に、本件で形式的に時効期間が経過しているとしても、被告市は、時効完成日以前は、時効援用はしない旨明言しておきながら、時効期間経過とともにこれを主張するに至ったものであって、かような被告市の行動は極めて信義に反する。したがって、被告市の時効の援用は権利の濫用として許されない。

六 再抗弁に対する認否

否認する。

第三証拠関係

本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一甲事件について

一  過誤納金返還請求(主位的請求)について

1  請求原因1ないし4はいずれも当事者間に争いがない。

2  本件修正申告の有効性

(一) 原告の有価証券売買の概況

甲第一号証、第一二号証、第一七号証ないし第五九号証、第六一号証、乙第一号証の1・2、第七号証、第八号証に原告本人尋問の結果を総合すれば、以下の各事実が認められる(一部争いのない事実を含む。)。

(1) 裏金(簿外資産)が作られた経緯

原告の父壽滿は、昭和三二年ころ、大阪市で大正電機商会の屋号で電機材料等の販売業を営み、長男の利夫は、そのころ大学を中退して壽滿の営業を手伝い、利夫と昭和三五年に結婚した末金美恵子も事務員として働き、同年ころ、岡山県倉敷市の水島コンビナートの関連会社に対する販売を行う中国営業所を開設し、利夫がその責任者となって営業を続け、原告も、昭和四二年三月、大学卒業と同時に大正電機商会に入り、利夫と共に中国営業所で働いていたが、壽滿は、昭和四二年七月、大阪市に本店を置く有限会社矢島電機商会(以下「会社」という。)を設立して、大正電機商会の営業を引き継ぎ、壽滿が代表取締役、利夫及び原告は取締役となり、会社の本店で電機材料等を仕入れ、中国営業所でこれを販売していた。壽滿は、昭和四四年ころ、会社の経営危機に備えて、中国営業所の数か所の販売先に対する売上金の一部を裏金(簿外資産)として別に預金することを利夫らに指示し、経理事務を担当していた利夫の妻美恵子がこれを管理することになり、同女は岡山県外に本店を有する銀行の支店に会社の隠れた預金口座を設けて、売上金の一部を預金していた。しかし、昭和四七年ころ、壽滿の指示で、原告が美恵子に代わって裏金(簿外資産)を管理するようになり、当初仮名で証券会社や信託銀行に取引口座を設けて投資信託、金銭信託、定期預金等として管理していたが、翌年になって、野村証券神戸支店に利夫名義及び原告名義で取引口座を設けて、裏金(簿外資産)を用いて利夫名義及び原告名義で割引債を購入したほか、原告は、裏金(簿外資産)で利夫名義及び原告名義でかねてから関心を持っていた株式の取引を始め、あるいは貸付信託を設定し、昭和五二年には知人楠戸鉄造の名義を借りて、岡三証券及び山一証券の各岡山支店に取引口座を開設して、右口座で引き続きかなり大規模に株式取引をするようになった。

(2) 裏金(簿外資座)の分配合意

昭和五三年二月一四日、壽滿が死亡し、その後は裏金(簿外資産)作りは中止されたが、裏金(簿外資産)の額は、既に当時の概算で約一億五〇〇〇万円、本件発覚後の国税局の調査結果では約一億七三三一万円もの多額に達していた。

節子、利夫及び原告は、同年三月ころ、右裏金(簿外資産)について利夫が八〇〇〇万円、原告が四〇〇〇万円、節子が残り全部を分配取得する旨の合意(以下「裏金分配合意」という。)をしたが、現実に分配は実行されず、他の者も全額を原告に預託したまま原告がこれを運用することとなった。

裏金分配合意の実質は各自の取得分の割合を決めただけで、その際、利夫、節子及び原告の三者間で、裏金(簿外資産)が預金、債権、株式等のどのような形で具体的にいくら存在するのか確認したり、また、将来これをどのような方法で運用するか、運用に伴う利益や損失をいつどのようにして配分又は清算するか、運用費用の負担はどうするか、適用経過の報告はどうするか、運用に期限はいつまでとするかなどの詳細について話し合われた形跡は窺われない。

(3) 裏金分配合意前後の裏金(簿外資産)の実際の運用状況

昭和五三年三月当時、裏金(簿外資産)の管理運用のため、野村証券神戸支店の利夫名義及び原告名義の口座、岡三証券岡山支店及び山一証券岡山支店の楠戸鉄造名義の口座、住友信託岡山支店の無記名の口座があり、原告がこれらの口座を使用して割引債や株式の取引等を行っていた。なお、その他にも、岡三証券岡山支店に原告の個人資金による取引口座があった。そして、原告は、昭和五四年から昭和五六年にかけ、日興証券岡山支店、野村証券大阪支店に利夫名義及び節子名義の口座を設け、そこに従前の利夫名義及び原告名義の割引債取引を振り替え、利夫名義及び節子名義で割引債の取引を行い、岡三証券静岡支店に原告名義の口座を設けて原告名義で割引債や株式の取引を行った。その間、節子から原告個人の普通預金口座に送金された五五〇万円のうち五二七万四〇〇〇円が裏金(簿外資産)の運用口座に入金されて株式取引資金とされ、同じく節子から原告個人の普通預金口座に送金された五〇〇万円が節子名義の岡三証券岡山支店の取引口座で株式取引に回された後、当該株式が原告の個人資金の取引口座に入り、節子名義の貸付信託の解約金を用いて節子名義の野村証券天王寺駅前支店の取引口座で購入した日本石油株式三〇〇〇株が原告の個人資金の取引口座に入り、節子の持ち株である東芝鋼管株式三〇〇〇株が裏金(簿外資産)の運用口座に入り、裏金(簿外資産)の運用口座で運用されていた割引債の償還金が原告の個人資金の取引口座に入るなど、裏金(簿外資産)とその他の資金が混淆し、株式取引によって運用されている。

そして、右裏金(簿外資産)の運用について、適用対象の割引債や株式の銘柄選定、代金決済等について利夫や節子の事前事後の了解はなく、すべて原告独自の才覚と裁量により行われ、利益が出ても年度毎に利夫らに報告、配分されるなどしたこともなく、専ら新たな株式取引の投資資金として追加投入され、外形的に見ると、原告が自己固有の資金を投資運用しているのと同じ様相を呈していた。

すなわち、裏金(簿外資産)の取引と個人資金取引が相互に入り混じっているというのが実情であるが、この点は裏金分配合意の前後でほとんど変化はない。

以上の各事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二) 本件修正申告に至る経緯

請求原因5のうち、広島国税局が、昭和六三年九月二九日、原告に対し、所得税申告に際し、株式の売買益等について脱税があったとして査察に着手し、調査を進めていたこと、同国税局が、平成二年三月一日、原告が作成した同年一月三一日付報告書を受理したこと、右国税局が、右報告書について原告に何の連絡もしなかったこと、右国税局が、同年三月二三日、原告を所得税法違反容疑で岡山地方検察庁に告発したこと、同検察庁が当初任意捜査していたこと、同検察庁は、平成三年三月一日、原告を逮捕し、勾留のうえ、同月二〇日、岡山地方裁判所に公訴を提起したこと、原告が当初、取調べに対し、事実関係を争っていたこと、原告を水沼検事が取り調べたこと、大木検事が原告の事件の主任検事であったこと、原告の知人で弁護人にもなっていない山上弁護士が同月一一日原告に面会に来たこと、水沼検事が取調べ中に原告に分別管理をしていなかった事例を含めて判例を示したこと、原告が修正申告の決断をしたこと、同月一二日以後、被疑事実を認める原告の供述調書が作成されていること、同日、木津弁護人が勾留中の原告に面会に来たこと、柴田税理士が、広島国税局の小川隆則と連絡をとり、その時点で確定している所得明細及び申告に必要な資料を送って貰いたいと依頼したため、同人が資料を送り、柴田税理士が、その内容に従って修正申告書を作成したこと、原告主張の各刑事判決がそれぞれ言渡されたことは、いずれも当事者間に争いがない。

右の争いのない事実に、甲第一号証ないし第三号証、第一七号証ないし第四五号証、第四七号証ないし第五九号証、第六一号証ないし第六三号証、乙第一号証の1・2、第二号証、第六号証ないし第八号証、第一五号証ないし第二四号証に原告本人尋問を総合すれば、以下の各事実が認められる。

(1) 確定申告

原告は、倉敷税務署長に対し、所得税の確定申告書を、昭和六一年分については昭和六二年三月四日に、昭和六二年分については昭和六三年三月一四日にそれぞれ提出した(但し、原告自身は、確定申告書を作成しておらず、壽滿死亡後、節子が会社の代表取締役に就任し、当時、同女が賃金台帳等を管理していた関係から、原告は、すべて節子に任せていたもので、節子は、税理士に依頼して作成した原告名義の確定申告書を、倉敷税務署長宛郵便提出した。原告は、当時、有価証券の売買益にかかる所得を申告する意図がなかったため、あえて節子には有価証券の売買益や配当等については説明をしなかったのであり、節子作成の確定申告書にその点についての記載がないことは認識していた。)。

(2) 査察

原告は、昭和六三年五月ころ、倉敷税務署から問い合わせの通知を受け、当初、差し障りのないことだけを報告しておこうと考え、書面で返答したが、脱税が発覚したのではないかと思い、さらに、同税務署から、原告の回答がおかしい旨指摘を受けて、いよいよ脱税が発覚したのではないかと不安になったため、同年八月ころ、高校時代の同級生で公認会計士兼税理士の山之内章晃に、原告と利夫及び節子の関係で株の売買益が出たが、どうすればよいかと相談したところ、同人は、利益を出資割合で分配すべきであるとの見解であった。原告は、山之内から、資金の流れを調べて出資割合に応じて分割するよう指導され、その作業に取りかかった。また、原告は、同年八月末か九月初めころ、山一証券岡山支店の楠戸鉄造名義の口座の書類や印鑑等を査察の際に見つからないようにインスタントコーヒーの瓶に入れて原告の妻の実家の裏庭の畑の中に埋めた。

広島国税局は、昭和六三年九月二九日、原告に対し、所得税申告に際し、有価証券売買益及び配当所得についての脱税容疑で強制調査(一部任意調査を含む。)に着手し(原告は、当初は、コーヒー瓶のことを隠していたが、その後査察官の追及により隠しきれなくなり認めている。)、平成元年三月ころまで調査を続けた。原告は、昭和六三年一〇月、高校時代の同級生であった山上弁護士に相談したが、同人からは多忙のため回答を得ることができず、同年一一月、山之内の紹介により、岡野弁護土に相談した。

一方、原告は、同年一〇月ころ、京都市内で公認会計士兼税理士をしている藤田博に相談し、さらに、同年一一月ころ、柴田税理士にも相談し、柴田税理士は国税局と交渉した。第一次二審判決(甲第一号証)の摘示するところによれば、右調査段階での原告の供述の要旨は次のとおりである。すなわち、原告は、昭和六三年九月二九日、当時存在した原告名義の岡三証券静岡支店・岡山支店、山洋証券岡山支店及び野村証券・大阪支店の取引口座、楠戸鉄造名義の山一証券岡山支店の取引口座はいずれも原告個人のものであると供述し、同年一〇月五日、右供述を一部変更し、原告名義の岡三証券静岡支店の取引口座による株式取引は節子の取引であると供述していたが、同年一〇月六日に至って、初めて裏金(簿外資産)の分配について供述し、壽滿が死亡した当時、裏金(簿外資産)が約一億五000万円あり、昭和五三年三月か四月ころ、節子、利夫及び原告の三名で裏金(簿外資産)を分配する相談をし、利夫が八〇〇〇万円、原告が四〇〇〇万円、節子が残りの約三〇〇〇万円を取得することに決まり、割引電々債が償還期限前であったので、分配は実行しなかったが、昭和五五年九月二六日、利夫名義及び節子名義で割引債を買い、右両名にそれぞれの取り分(相続分)を分配した、山一証券岡山支店の楠戸鉄造名義の取引口座の株式取引資金は右の裏金(簿外資産)のうち原告の取り分を当てたと供述し、昭和六三年一一月一一日、岡三証券静岡支店の取引口座はあくまで節子のものであると強調し、口座間に資金の流用があり、裏金(簿外資産)と正規の資金が区分されていないことを指摘されて、自分としては区分しているものと思っている旨供述し、同月二四日においても、裏金(簿外資産)の節子の取り分は節子のものとして岡三証券静岡支店の取引口座で管理することを決めていたと供述したが、最後になって思い違いがあって、金の出入りその他の状況から右の取引口座が一〇〇パーセント節子のものとはいえない気持ちになったと供述し、裏金(簿外資産)の分配基準は、単に利夫が半分、原告と節子が残りの半分宛と分けたにすぎないと供述し、同月二五日には裏金(簿外資産)の分配は未だ完了しておらず、利夫に同人の取り分の一部として割引国債を渡しているが、これはやかましく分配を迫られたからで、確定的に分配したものではなく、また、節子には全く分配しておらず、節子からはその他に約二〇〇〇万円と東芝鋼管株を預かって運用しており、山一証券岡山支店の楠戸鉄造名義の取引口座、岡三証券静岡支店・岡山支店、三洋証券岡山支店の原告名義の取引口座は裏金(簿外資産)の節子、利夫及び原告に対する分配分や節子から預かりった資金等で運用してきており、岡三証券静岡支店の取引口座には他の取引口座から移し替えた金が入っており、右の取引口座は三人のものだと思うが、自分がその管理運用を任され、他の二人には知らせず、自分独自の判断で株式取引をしたもので、利益についても二人には報告していない、税金は当然自分が申告し、納入しなければならないものであると供述していた。しかしながら、原告は、平成元年一月一二日、税理士に相談したとして、裏金(簿外資産)の分配合意については先の供述を維持し、昭和五五年九月二六日、利夫名義で額面一億〇四〇〇万円、節子名義で二二〇〇万円の割引債を買った理由は分からないと供述し、平成元年一月二〇日において、裏金(簿外資産)の分配は行っておらず、山一証券岡山支店の楠戸鉄造名義の取引口座及び岡三証券静岡支店の原告名義の取引口座は裏金(簿外資産)で取引を始めた口座であるので、節子、利夫及び原告三名の取引口座であり、岡三証券岡山支店の原告名義の取引口座は、原告個人の資金で取引を始めたものであるが、裏金(簿外資産)が混入したので、同じく三名のものであり、野村証券大阪支店の利夫名義の取引口座岡三証券岡山支店の楠戸鉄造名義の取引口座(昭和五五年九月二二日取引終了)及び岡三証券岡山支店の黒川京藏名義の取引口座(昭和五四年一〇月二二日取引終了)も同様であり、三洋証券岡山支店の原告名義の取引口座は岡三証券岡山支店の原告名義の取引口座から引き出した株式をもとに取引を始めたので、三名分の裏金(簿外資産)及び原告の個人資金が混入しており、三名の取引口座であると、これまでの供述を翻し、裏金(簿外資産)の分配はなく、三分割説の主張を明確にし、岡三証券静岡支店の取引を節子のものと主張したのは、同取引口座の取引だけでは株の売買回数が課税要件に当たらず、自分の主張が通りそうで、節子にも迷惑を掛けないと思ったからであり、その余の取引口座の取引を原告の取引であると主張したのは、節子及び利夫が助かるだろうと思ったためであると供述し、平成元年二月三日には、会社の裏金(簿外資産)を三名の個人のものにすること及び従来と同様に原告が管理運用する話ができただけであると供述している。右のような原告の供述の変遷については、甲第五七号証及び第五八号証(第一次一審における証人小川隆則の供述調書)においても、原告は、当初すべての有価証券取引の効果が自らに帰属する旨供述していたが、調査の三ないし四日目から、岡三証券静岡支店分だけが節子のものである旨主張し、昭和六三年末から平成元年一月にかけてのある時点から三分割説を主張するようになったこと、右供述変更の理由について原告は単に勘違いと説明し、小川証人としては原告の最初の段階における供述が正しいと判断したことが認められる。

他方、原告は、査察後、証券会社から顧客勘定元帳等を取り寄せ、自分なりに資金の流れ等を分析確認するなどしていたが、広島国税局は、調査段階で原告がいわゆる三分割説を主張したことから、平成元年二月ころ、原告に対し、昭和五八年から昭和六二年の間の各人の申告所得額を、それが不可能なら昭和六〇年から昭和六二年の申告所得額を、それも不可能なら各人の出資比率だけでも明らかにするよう指導した。そのため、原告、利夫及び節子の三名は、平成元年八月一三日付で前示の裏金分配合意を基礎とし、裏金(簿外資産)の運用によって形成された資産を出資割合に応じて清算する旨合意して、党書(甲第四五号証)を作成した。右覚書によると、出資割合は、節子が三一パーセント、利夫が三六パーセント、原告が三三パーセントとなっており、具体的配分方法については、基本的には、売却可能な銘柄については売却のうえ現金化して各人の預金口座に入金配分し、売却困難な銘柄については時価評価して株券等を現物交付する、売却及び現金化の時期については、遅くとも平成元年一二月までとするとされている(右覚書記載の出資比率については、原告が、証券会社や銀行から必要書類を取り寄せ、これに基づき、藤田税理士が計算したもので、原告は、藤田税理士と相談して一人で決め、節子や利夫は話には加わっておらず、ただ右覚書に署名押印しただけであった。)。さらに、原告は、同年一二月二五日付で右分配を完了した旨の分配確認書を作成し、三分割の主張を裏付けるものとして岡野弁護士の指示で、右覚書及び右分配確認書を、それぞれ広島国税局に提出した。平成二年二月には、原告と節子、利夫、山之内、藤田両税理士が集まって、山之内と藤田が、節予や利夫に裏金(簿外資産)について質問している。

広島国税局は、同年三月一日、原告が作成した同年一月三一日付報告書(右覚書を添付)を受理したが、右報告書について原告に何の連絡もしなかった。

(3) 告発、逮捕

広島国税局は、平成二年三月二三日、原告を所得税法違反容疑で岡山地方検察庁に告発し、同検察庁は、大木検事が主任検事として担当し当初任意捜査し、同月末ころ、節子と利夫が取り調べられた。原告は、同月以降になって、柴田税理士から、国税局の方針が、原告一人に所得が帰属しないといけない雰囲気であることを知らされた。原告は、同年四月ころ、岡野弁護士から告発の事実を知らされ、岡野、木津両弁護士を弁護人に選任した。岡野弁護人は、告発後、大木検事に会い、話し合いの結果、原告は、岡野弁護士から、国税当局としては三分割説は絶対に認められない、節子と原告の出資割合で二分して、脱税額を三億円前後に下げて、在宅起訴とし執行猶予の判決でどうかと言われた。原告は、右のような岡野弁護人の話を聞いて、その後、同年四月七日ころ、木津弁護人、山之内、藤田、柴田の税理士らの意見を聞くため、これらの者が一堂に会して話し合いがもたれている。原告は、二分割説に納得できなかったため、同年五月、利夫が知人を介して知った弁護士院去嘉晴を紹介され、同人を弁護人に選任した。そして、同人に、大木検事や冨村次席検事に会って貰い、まだ捜査中で、二分割説についても検討中であるとの報告を受けた。平成三年二月、節子、利夫及び原告の順で検察官の取調べが始まり、同年三月一日、原告方、有限会社矢島電機商会外計六か所が一斉に家宅捜索を受けるとともに、同検察庁は、同日、原告を逮捕し、翌二日、勾留、接見禁止の決定を得たうえ取調べを開始した。

(4) 取調べ状況

本件の捜査に関与した検察官は、主任検事が大木検事で、その指揮下で水沼検事が主として原告を取り調べ、他に検事がもう一名と副検事が二名であった。本件の捜査及び取調べの段階において、検察官は、広島国税局の意見と同じく有価証券の売買益等につき、原告が自らの資金を用い一人で行った単独の脱税行為であるとの前提で捜査に着手したが、原告は、当初事実関係を争い、原告が行った有価証券の売買資金は、原告の父壽滿が会社経営で残した裏金(簿外資産)を壽滿の死亡後、節子、利夫及び原告の三名で分割する協議をしたものの、現実にはその実行をせず、その全額を原告が預かって運用して有価証券の売買に当てて利益を上げたものであって、有価証券の売買益及び配当所得は右三名の共同出資の資産による所得であって、出資割合に応じて三人に分割帰属するものであり、また、非課税範囲の売買回数についても一人について年間五〇回以内であれば非課税なので、三人分年間合計一五〇回までは非課税である旨主張し抗争していた。

水沼検事は、本件における所得帰属について大木検事らと勉強会を持ちながら、本件は、三人の資金が混入してはいるものの、株取引は原告だけが行っており、節子も利夫も全く関与しておらず、もともとの資金も区別していないし、そのことを窺わせるメモ等も全く存在しなかったため、分別管理が全くなされておらず、原告の三分割説の主張についてはこれを裏付ける実態はなく、所得税法上、有価証券の売買益は原告一人に帰属すると解するのが相当であると判断し、原告の供述態度は基本的には犯行を否認するものであるとの理解のもと、取調べ中、原告に対し、分別管理をしていなかった事例を含めた裁判例を示して、原告主張の外形的事実にはこれを裏付ける実態がないこと、本件の事案では原告一人に課税されるのが一般的な取扱いであることなどについて説得し、あるいは原告と議論して、原告の方からも、弁護士らと相談したことに基づいて、本件は検察官の指摘の事案とは異なると主張した。

原告は、山上弁護士が割にものをはっきり言う人物であったことから、同人の意見を聞きたいと思い、接見に来てくれるよう要請し、平成三年三月一一日、面会に来てもらったが、山上弁護士に、「三分割説は裁判をしてみないと結果は分からないし、事件が長引いた上に、実刑になるかもしれないから、やめたほうがいい。」と言われ、同人の意見を聞いて五億二〇〇〇万円余の脱税額を全面的に受け入れる決心をした。翌一二日、岡野弁護人が、原告が三分割説の主張を撤回することを山上弁護士から聞いて面会に訪れた。

原告の捜査段階の供述調書は、検察官に対するもの(以下「検察官調書」という。)が、平成三年二月二五日付から同年三月一九日付まで一六通(甲第一七号証ないし第三二号証)あるが、同月一二日付の供述調書(甲第二二号証)では、当初、本件の有価証券売買は節子、利夫及び原告の三名の裏金(簿外資産)の取得分を資金とするもので、その利益も三名に帰属するとのいわゆる三分割説に従った供述をしていたが、これは、査察後、数人の税理士と相談して三分割説に自信を持ち、約五億二〇〇〇万円余の脱税を全面的に認めた場合、実刑判決を受けることが恐ろしくなり、三分割説によれば脱税額が約三億円弱となって、執行猶予の判決が受けられるのではないかと期待したからであったが、岡野弁護人と山上弁護士から三分割説は通用しないと指摘されたうえ、検察官からも、「三分割の主張は通らない。三分割の主張はいわばむだな抵抗であって、裁判を長引かせるだけであり、一文の得にもならない。三分割の主張は脱税の責任を節子や利夫の責任に転嫁するだけである。」として、時には怒られながら再々にわたって説得を受けて観念し、五億二〇〇〇万円余の脱税を全面的に受け入れる決心をした旨供述している。そして、同日付検察官調書(甲第二四号証)では、昭和五三年三月、三人で裏金(簿外資産)の分配の話をしたが、取り分を確認しただけで、分割実行の時期、その間の管理運用方法、利益分配、損失分担の基準や方法等は定めなかったと供述し、平成三年三月一三日付検察官調書(甲第二五号証)では、資金を出し合って事業を行い、利益を出資者に分離するということで他の二人から預かったものではなく、信託銀行と同様でもないと供述しているものの、「今まで通りに資金を運用管理すれば良いと考えており」と供述している。

(5) 修正申告

証拠(甲第四証、第五号証、第四二号証、第五九号証、原告本人尋問の結果)によれば、以下の各事実が認められる。

原告は、平成三年三月一二日、前述したとおり、修正申告を行うことを決断し、同日、面会に来た木津弁護人に、至急修正申告の手続を取りたいので、その旨柴田税理士に伝えるよう依頼した。原告は、同日、岡野弁護人が面会に来た際、修正申告について相談したが、同人は、仕方がない旨返事した。

柴田税理士は、原告に面会し、全部申告することに異議がないことを確認したうえで、申告手続を取ることにした。そこで、柴田税理士は、広島国税局の本件担当者小川隆則と連絡をとり、その時点で確定している所得明細及び申告に必要な資料を送って貰いたいと依頼し、同人が資料を送り、柴田税理士がその内容に従って修正申告書を作成し、同年四月一日、これを提出した。

(6) 起訴

検察官は、平成三年三月二〇日、原告が分別管理をしておらず、有価証券の売買益及び配当所得はすべて原告個人に帰属するとして、所得税法違反の罪で身柄拘束のまま原告を岡山地方裁判所に起訴した。

(7) 保釈

第一次一審での一回目の保釈請求は、平成三年三月二五日、岡野、木津両弁護人が協議して木津弁護人からなされたが、これに対し、検察官は、「不相当であり却下されるべきものと思料する。」との意見を述べ、翌二六日、請求は却下された。

同年四月九日、院去、岡野、木津弁護人により、二回目の保釈請求がなされ、これに対し、検察官は、「不相当と思料する。」との意見を述べたが、同日、保証金額五〇〇〇万円で保釈が許可され、原告は、同月一〇日、釈放された。

以上の各事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(三) その後の原告の本件修正申告の無効主張の経過

甲第一号証、第一二号証、第一七号証ないし第四三号証、第五二号証ないし第五九号証、第六一号証、第六四号証、第六五号証、乙第一号証ないし第八号証、第九号証の1ないし4、第一三号証、第一四号証、第二五号証に原告本人尋問の結果を総合すれば、以下の各事実が認められる(一部争いのない事実を含む。)。

(1) 第一次一審

岡山地方裁判所は、平成三年一〇月一五日、原告に対し、次の事実を認定し、懲役一年六月(罰金一億二〇〇〇万円を併科)の実刑判決を言渡した。

(罪となるべき事実)

被告人(原告)は、有限会社矢島電機商会の取締役であるかたわら、営利の目的で継続的に有価証券の売買を行っていたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、右有価証券の売買を被告人名義のほか他人名義で行うなどの方法により所得を秘匿した上、

第一  昭和六一年分の実際総所得金額が四億四七五七万八二三八円であったにもかかわらず、昭和六二年三月四日、岡山県倉敷市幸町二番三七号所在の所轄倉敷税務署において、同税務署長に対し、昭和六一年分の総所得金額が一四〇一万八六二〇円であり、これに対する源泉徴収税額等を控除した差引所得税額が一二万八九〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま決定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の正規の差引所得税額二億九六七〇万一三〇〇円と右申告税額との差額二億九六五七万二四〇〇円を免れ、

第二  昭和六二年分の実際総所得金額が三億四六九三万三〇一四円であったにもかかわらず、昭和六三年三月一四日、前記倉敷税務署において、同税務署長に対し、昭和六二年分の総所得金額が一四〇一万八六二〇円であり、これに対する源泉徴収税額等を控除した差引所得税額が五万七三〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の正規の差引所得税額一億九六七三万二六〇〇円と右申告税額との差額一億九六六七万五三〇〇円を免れたものである。

これに対し、原告は、広島高等裁判所岡山支部に控訴した。

(2) 第一次二審

広島高等裁判所岡山支部は、平成七年一〇月二五日、裏金(簿外資産)の運用によって得た収益は、裏金(簿外資産)の分配が実行されるまでは、原則としてその裏金(簿外資産)の持分権者である節子、利夫及び原告の三名に各持分の割合で帰属し、利夫に対する裏金(簿外資産)の取得分の分配は昭和六一年前後ころ、その所得分の一部について実行されたにすぎないので、本件有価証券売買益が全て原告の所得であるということはできず、数人が共同で出資した資産によって生じた収益は、原則としてその出資の割合ないし持分に応じて数人の者に帰属すると解すべきであるが、出資の割合ないし持分が明確に区分できない場合、数人の権利者において協議して収益の帰属を定めることができることは私的自治の原則から明らかであり、本件では、原告と利夫及び節子の三名は、平成元年八月一三日付で前示の裏金分配合意を基礎とし、裏金(簿外資産)の運用による資産を出資割合に応じて清算する旨合意し、同年一二月二五日付で右の分配を完了した旨の分配確認書を作成していることが認められるので、本件有価証券売買に関連する収益も右の合意による分配割合に従って三名に帰属したものというべきであり、原判決は、判示第一において、昭和六一年の実際総所得金額は四億四七五七万八二三八円、判示第二において、昭和六二年の実際総所得金額は三億四六九三万三〇一四円であると認定したが、右の各総所得金額のうち、雑所得及び配当所得は原告と利夫及び節子の資産に基因して生じた収益であると認められ、原告の収益はその一部であり、原判決はこの点で事実を誤認したものであり、右の誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかであるとして、原判決を破棄し、岡山地方裁判所に差し戻した。

(3) 第二次一審

平成八年九月一二日、原告を被告人とする所得税法違反被告事件の岡山地方裁判所における差戻審において、平成三年三月二〇日付起訴状記載の公訴事実について訴因変更がなされ、同裁判所は、平成八年一〇月一八日、次の事実を認定し、求刑懲役一年六月、罰金五〇〇〇万円に対し、懲役一年二月、執行猶予三年(罰金四〇〇〇万円を併科)の判決を言渡した。

(犯罪事実)

被告人は、個人で継続して有価証券を売買するなどして多額の所得を得ていたものであるが、自己の所得税を免れようと考え、借名口座を利用して有価証券売買を行うなどの不正な方法により所得を秘匿した上、

第一  昭和六一年分の総所得金額が一億六〇一七万六五四二円で、これに対する所得税額が九五六七万八九〇〇円であったにもかかわらず、昭和六二年三月四日、岡山県倉敷市幸町二番三七号所在の倉敷税務署において、同税務署長に対し、昭和六一年の総所得金額が一四〇一万八六二〇円で、これに対する所得税額が一二万八九〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、同年分の正規の所得税額と右申告税額との差額九五五五万円を免れ

第二  昭和六二年分の総所得金額が一億二六九六万三六一八円で、これに対する所得税額が六四八六万一〇〇〇円であったにもかかわらず、昭和六三年三月一四日、前記倉敷税務署において、同税務署長に対し、昭和六二年の総所得金額が一四〇一万八六二〇円で、これに対する所得税額が五万七三〇〇円である旨の虚偽所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、同年分の正規の所得税額と右申告税額との差額六四八〇万三七〇〇円を免れたものである。

(4) 控訴、上告

これに対し、原告は、量刑不当を理由に、広島高等裁判所岡山支部に控訴したが、同裁判所は、平成九年三月二一日、控訴を棄却し、これに対し、原告は、最高裁判所に上告したが、平成九年一一月二一日、上告棄却により、右判決が確定した。

(5) 更正の請求、異議申立、修正申告無効確認の訴え

原告は、平成四年三月二五日、倉敷税務署に対し、昭和六二年分及び昭和六二年分の申告について更正の請求を行い(乙第九号証の1ないし6)、これが同年五月二二日棄却されると、同年七月一三日異議申立を行い、これが同年一〇月一二日棄却されると、同年一一月一一日審査請求を行い、これが平成五年一二月二一日棄却されると、岡山地方裁判所に修正申告無効確認の訴えを提起し、平成七年一一月二一日、無効確認及び更正決定を求める部分については却下、更正の請求について更正をすべき理由がない旨の通知処分の取消については、請求棄却の判決が言渡された。

以上の各事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(四) そこで、以下右認定事実に基づき、原告の主張について順次判断する。

原告は、本件修正申告は、検察官に強要ないし利益誘導された結果なされたもので、原告の自由な意思に基づいてなされたものではないから、無効とすべきである旨主張する。しかし、本件修正申告に至る経緯は、前記2で認定したとおりであり、原告は、昭和六三年九月末の広島国税局による査察開始前既に山之内公認会計士から三分割説を教示されていたにもかかわらず、査察当初は、問題とされた取引による売買益等の所得はすべて原告個人に帰属する旨供述している。その後、原告の供述は、取引対象の有価証券の帰属ないし裏金(簿外資産)の一部分配の有無については変遷を見せたが、同年一一月二五日の段階でも、取引口座は節子、利夫及び原告の三名のものとしつつも、当該取引口座における有価証券売買益及び配当所得については、その運用実態からして原告が個人で申告及び納税義務を負うべき旨述べ、三分割説による主張を明確に表明したのは同年末から平成元年一月にかけてのころであったことが窺われる。

また、検察官の取調べに対し、原告は、当初から三分割説を主張しており、水沼検事から右主張を撤回するよう説得を受けながらも、それなりに反論をしている。確かに、原告は、平成三年三月一一日に至って三分割説の主張を撤回しているけれども、それは、水沼検事による説得もさることながら、高校時代の同級生でもある山上弁護士の助言が大きく寄与しているものと認められる。このように、原告が本訴において強く主張する三分割説自体、原告が必ずしも当初から一貫して主張したものではなく、種々変遷を重ねてきたものであって、原告は、本件修正申告前に複数の弁護士や税理士等の専門家に度々相談し、十分な助言を得ていたことは原告も自認するところであって、水沼検事から修正申告を慫慂された際にも、自らこれら専門家のアドバイスを受け、修正申告をすべきか否か決断し得るだけの情報とその利害得失を分析検討する機会があったものといわねばならず、現実にも、原告は、そうした専門家の意見も十分に踏まえ、自らも熟慮を重ね、その結果として、本件修正申告に至ったものと認めるのが相当である。

したがって、原告が、柴田税理士を通じて昭和六一年分及び昭和六二年分についてした本件修正申告は、いずれも検察官の強要や利益誘導等に基づくものではなく、原告の自由な意思に基づいてなされたものと認められるから、原告のこの点に関する主張は失当である。

(五) 原告は、本件修正申告は、三分割税を貫けば、保釈も認められず、実刑も免れないと誤信してなされたものであるから、錯誤により無効であると主張する。

しかしながら、納税義務者の確定申告、修正申告は、いわゆる私人の公法行為であり、民法九五条はそのまま適用されず、「その錯誤が客観的に明白且つ重大であって、所得税法の定めた方法以外にその是正を許さないならば、納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合」に限り、納税義務者は錯誤による無効を主張できると解される(最高裁第一小法廷昭和三九年一〇月二二日判決・民集一八巻八号一七六二頁)。そして、右の最高裁判決にいう「客観的に明白」とは、税務署長にとって、申告の時点において、職権で減額更正すべき事情が客観的に明らかに認められるような場合をいうものと解されるが、本件については、原告主張の所得帰属に関する事実認定や法律解釈は、第一次一審と同二審で裁判所の判断も分かれ、弁護士、公認会計士、税理士ら専門家が原告に与えた助言も場面場面で異なるというように、非常に微妙な判断を要するところであって、原告は、査察、捜査の段階においても自説(三分割説)を口頭で述べるのみで、これを裏付ける客観的資料を提出していなかったことをも勘案すると、必ずしも客観的に明白ということはできない。また、前記認定の事実関係のもとにおいては未だ所得税法の定めた過誤是正以外の方法による是正を許さないとすれば原告の利益を著しく害すると認められる特段の事情があるものということはできない。したがって、この点に関する原告の主張は採用できない。

なお、原告の強調する検察官の修正申告の勧奨の点についても、その当否はともかくとして、原告主張の強要や利益誘導等がなされたことまで認めるに足りる的確な証拠はなく、国税当局の見解が当初から三分割説に否定的であったことは前記認定の事実関係から明らかであり、その方向で原告の関係税理士等に事実上の指導がなされた節も全く窺われないではないけれども、いわゆる納税指導は行政指導にほかならず、何らの拘束力をもつものではないから、右の程度の指導があったとしても、本件修正申告の効力に影響するとまでは考えられない。

(六) 原告は、本件修正申告は検察官の強迫あるいは詐欺によるものであるから、これを取り消す旨主張する。しかし、前示のとおり、所得税確定申告書の記載内容の過誤の是正はその過誤が客観的に重大かつ明白であって、所得税法の定める方法以外にその是正を許さないとすれば、納税義務著の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合でなければ、修正申告の取消も許されないと解すべきところ、本件において右特段の事情の認められないことは前判示のとおりであるから、この点に関する原告の主張は失当である。

(七) よって、本件修正申告の無効ないし取消をいう原告の主張は、すべて理由がない。

3 以上の次第で、右主張を前提とする原告の過誤納金返還請求(主位的請求)は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

二 国家賠償請求(予備的請求1)について

1 原告は、検察官の誤った指導と強要により本件修正申告をし、損害を被ったとして、国家賠償を請求しており、前記認定の事実関係からすると、原告に対する脱税にかかる刑事事件において、捜査官、公訴官が前提とした本件における原告の所得帰属に関する事実認定や法律解釈は、最終的には裁判所の判断と食い違って是認されるところとはならなかったし、それをもって原告主張の強要と評するのが適当かどうかはともかくとして、捜査官、公訴官によって、原告に対し、本件修正申告に向けてのある程度の指導がなされたであろうことは推認するに難くない。

しかし、仮に右刑事事件における捜査官、公訴官の行為が、(当裁判所はそのような評価に与するものではないが)事実認定や法律解釈を間違った(裁判所の判断と食い違った)、点を捉えて客観的には違法であると評価する余地があるとしても、捜査官、公訴官も常に裁判所が考えるように考えなければならなかったということになるわけではない。裁判官とは異なる立場に立ちつつ、人的、物的、時間的制約の下で、職務を遂行しなければならない捜査官、公訴官に対し、あらゆる場合に、裁判所と同じ判断をするよう要求していたのでは、事実上、刑事訴訟制度そのものが成り立たなくなる。だから、捜査官、公訴官の判断が裁判所の判断と食い違った場合でも、その食い違いがある範囲内にとどまっている限りは、それは、結局のところ、法が予想し、是認しているところとして許さなければならない。すなわち、国家による賠償は、捜査官、公訴官の間違い(裁判所の判断との食い違い)がそのある範囲を越えたときに限り行われることになる。そして、その「ある範囲」の線をどこに引くかということは、最終的には、刑事訴訟の目的、捜査官、公訴官の役割と責任、一般社会常識などを考慮しつつ決定されるべき問題である。

そこで、そのような見地から本件につき、検察官の故意・過失の有無について考えると、本件における原告の所得の帰属については、前示のとおり、弁護士、公認会計士、税理士ら専門家の間だけでなく、後に第一次一審と同二審において裁判所の判断も分かれたように、非常に微妙な事実認定や法的判断を要する事柄であり、原告の取調べに当たった検察官が三分割説と異なる見地から原告に対し取調べあるいは説得をしたとしても、類似事案において所得が個人に帰属するとする裁判例が少なくないことも考え併せれば誠にやむを得ないところであったといわねばならない。したがって、後に第一次二審判決で三分割説が採用されたからといって、そのことだけから直ちに検察官が原告個人に本件所得が帰属するとする見解が誤りであることを知悉していたにもかかわらずあえてそうした誤った見解を採用して原告の取調べあるいは説得に当たった事実を推認することはできないし、右見解に従って本件を処理すべき注意義務があったとも認められず、かえって、原告は、検察官の説得はあったにせよ、結局は、自らの判断と責任で任意に本件修正申告に及んでいるのであって、検察官の行為につき故意又は過失があったとは認められない。

よって、検察官の右行為を理由に被告国に対して損害賠償を求める原告の予備的請求1は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

三 不当利得返還請求(予備的請求2)について

1 原告は、本件修正申告が、法律上当然に無効である、あるいは被告国がその有効性を主張しえないから、かかる修正申告に基づき納付した税額の一部は被告国が法律上の原因なくして不当に利得したものである旨主張する。しかしながら、本件修正申告が有効であることは、前記一の2で判示したとおりであるし、納付税額が過払いであり真実の税額がそれより低いときは、国税通則法二三条の更正請求及び同法二四条の更正によって過納金の返還請求権が発生すること、本来不当利得返還制度は他の制度で救済されない場合の補完的なものであることからすれば、右過納金の返還請求権以外に民法上の不当利得返還請求権を認めるべきではない。

また、課税後の事情の変化により、課税庁において何らかの是正措置をとるべき事実が発生し、なお課税庁が是正義務を尽くさないことが著しく不当であるような場合には、課税処分の効力の主張が制限され、結果として課税処分が法律上の原因たり得なくなることがあり得ることは否定できないけれども、本件では、税務手続とは異なる刑事手続の判決(第一次二審)において、原告の修正申告後、修正申告の基礎となった見解とは異なる解釈がとられたにすぎず、修正申告後、何ら新たな事実が生じたわけではなく、課税庁が右判決の解釈に拘束されるものではないし、本件修正申告は原告が自主的に行ったものであり、その後の事情の変化により課税庁が何らかの是正措置をとるべき場合に当たるとは言えないから、原告の主張はその前提を欠くものであって失当と言わざるを得ない。

したがって、被告国に対し、不当利得の返還を求める原告の予備的請求2は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

第二乙事件について

一  誤納金返還請求(主位的請求)について

本件修正申告が有効であることは、前記一の2で判示したとおりであるから、本件修正申告の無効を前提とする原告の被告市に対する過誤納金返還請求(主位的請求)は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

二  国家賠償請求(予備的請求1)について

本件修正申告の経緯は、前記一の2の(二)で認定したとおりである。

原告は、検察官が、刑事事件の捜査過程で行った行為を問題として、被告市に対し、損害賠償を求めているが、検察官の刑事事件の捜査における取調べあるいはそれに基づく処理において、仮に何らかの不法行為があった場合、当該刑事事件が税法違反事件であっても、右不法行為は刑事司法手続における行為であり、原告主張の所得税申告額を国税当局が地方自治体に通知するとの関係によっては、刑事司法手続における国家公務員の行為につき、被告市に指揮監督関係ないしは費用負担関係から生ずるような不法行為の責任原因を見出すことはできないから、被告市が何ら責任を負うべき立場にはない。

したがって、原告の国家賠償請求(予備的請求1)はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

三  不当利得返還請求(予備的請求2)について

本件修正申告が有効であることは、前記一の2で判示したとおりであり、被告市に対し、不当利得の返還を求める原告の請求(予備的請求2)は、前提を欠き、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

第三結語

以上の次第で、原告の甲事件論求及び乙事件請求は、その余の点を判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小澤一郎 裁判官 村田斉志 裁判官 山田真由美)

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