岡山地方裁判所 平成9年(わ)220号 判決 1997年12月15日
主文
被告人Aを懲役一年に、被告人Bを懲役一年六か月にそれぞれ処する。
被告人両名に対し、この裁判が確定した日から三年間右各刑の執行を猶予する。
理由
(犯罪事実)
被告人両名は、わいせつな図画を不特定多数のインターネット利用者に有料で閲覧させようと考え、
第一 共謀の上、
一 平成八年一二月二一日ころから平成九年四月三日ころまでの間、<住所略>所在の被告人B方において、女性の性器などを露骨に撮影したわいせつ画像の性器部分に、「エフ・エル・マスク」と称するマスク付け外し機能を有する画像処理ソフトを使用すれば容易に取り外すことができるマスクを右ソフトを使用して付した上、同画像データ合計一六八画像分を、順次、<住所略>の株式会社○○インターネット事業部に設置されたサーバーコンピューター(略)に送信し、同コンピューターの記憶装置であるディスクアレイ内に記憶・蔵置させ、インターネットの設備を有する不特定多数のインターネット利用者が、電話回線を使用し、右データを受信した上、右ソフトを使用すればマスクを取り外した状態となるわいせつ画像を復元閲覧することが可能な状況を設定し、右各データにアクセスしてきた甲野太郎ら不特定多数の者に対して右データを送信して、右わいせつ画像のデータを再生閲覧させ、
二 平成九年三月一一日ころから同月一五日ころまでの間、前記被告人B方において、前同様のわいせつ画像の性器部分に前記画像処理ソフトを使用して前同様のマスクを付した上、同画像データ合計一一七画像分を、順次、<住所略>の株式会社××インターネット東京事業所に設置されたサーバーコンピューター(略)に送信し、同コンピューターの記憶装置であるディスクアレイ内に記憶・蔵置させ、インターネットの設備を有する不特定多数のインターネット利用者が、電話回線を使用し、右データを受信した上、右ソフトを使用すればマスクを取り外した状態となるわいせつ画像を復元閲覧することが可能な状況を設定し、右各データにアクセスしてきた乙山一郎ら不特定多数の者に対して右データを送信して、右わいせつ画像のデータを再生閲覧させ、
第二 被告人Bは、
一 平成九年一月二八日ころから同年四月一二日ころまでの間、前記被告人B方において、前同様のわいせつ画像の性器部分に前記画像処理ソフトを使用して前同様のマスクを付した上、同画像データ合計二八画像分を、順次、<住所略>所在の△△株式会社に設置されたサーバーコンピューター(略)に送信し、同コンピューターの記憶装置であるディスクアレイ内に記憶・蔵置させ、インターネットの設備を有する不特定多数のインターネット利用者が、電話回線を使用し、右データを受信した上、右ソフトを使用すればマスクを取り外した状態となるわいせつ画像を復元閲覧することが可能な状況を設定し、右各データにアクセスしてきた丙川二郎ら不特定多数の者に対して右データを送信して、右わいせつ画像のデータを再生閲覧させ、
二 平成九年三月一〇日ころから同年四月一二日ころまでの間、前記被告人B方において、前同様のわいせつ画像の性器部分に前記画像処理ソフトを使用して前同様のマスクを付した上、同画像データ合計二四画像分を、順次、<住所略>の株式会社××インターネット東京事業所に設置されたサーバーコンピューター(略)に送信し、同コンピューターの記憶装置であるディスクアレイ内に記憶・蔵置させ、インターネットの設備を有する不特定多数のインターネット利用者が、電話回線を使用し、右データを受信した上、右ソフトを使用すればマスクを取り外した状態となるわいせつ画像を復元閲覧することが可能な状況を設定し、右各データにアクセスしてきた丙川二郎ら不特定多数の者に対して右データを送信して、右わいせつ画像のデータを再生閲覧させ、
もって、わいせつな画像を公然と陳列したものである。
(証拠)<省略>
ところで、弁護人らは各事実についてその外形的事実は認めるものの、被告人らがサーバーコンピューターのディスクアレイ内に記憶・蔵置させた画像はいずれもその性器部分に画像処理ソフトであるエフ・エル・マスクのソフトによりマスク処理され、性器部分が見えないようにされたものであるから、わいせつ性はなく、かつ、被告人らが送信して記憶・蔵置させたものは情報である画像データであるから、有体物であるべきわいせつ図画は存在せず、従って陳列行為もないから、わいせつ図画陳列には当たらないとして、無罪であると主張する。
一 マスク処理した画像のわいせつ性
本件において被告人らが送信して記憶・蔵置させた画像データは、エフ・エル・マスクがかけられているため、これをそのままパソコンの画面に再生しても性器部分は見えないが、このマスクを取り外せば、男女の性器や性交の場面が露骨に撮影されたものであることは一見して明らかであり、これがわいせつ性を有することは十分認めることができ、弁護人らもこの点については認めている。そこで、エフ・エル・マスクについて検討する。
エフ・エル・マスクとは、画像処理ソフトの一つであり、このソフトを使用して、マウスポインタで囲った範囲をクリックすることによって、その部分の画像をネガポジ反転させてマスクをかけることができ、再度その部分をクリックすれば画像は元に戻ってマスクが外れるというソフトである。したがって、エフ・エル・マスクは、このソフトを持っている者にとっては、その場で、直ちに、容易に取り外すことができる、付け外し自在なマスクである。
エフ・エル・マスクのソフトは、インターネット上にホームページが開設されており、インターネットを利用する者は誰でもアクセスすることが可能であり、四五日間の試用期間中は無料で使用することができ、試用期間経過後は一五〇〇円を支払えば継続して使用することができる有料のソフトである。このソフトのホームページにアクセスした利用者は延べ一〇万人以上であり、このソフトの購入者は二万五〇〇〇人を超えている。また、このソフトは、パソコン専門雑誌である「お遊びインターネット完全マニュアル」誌上で、マスク付け外しソフトとして詳細に紹介されており、この雑誌は数万部が発行されている。したがって、エフ・エル・マスクは、インターネット利用者の間では、マスク付け外しソフトとして広く普及しており、インターネットでアダルトページにアクセスする者の常識となっている。
被告人Bは、インターネットでアダルトページを見るうち偶然エフ・エル・マスクのソフトを見つけ、以後このソフトを使用してアダルトページの画像にかけられているソフトを外してわいせつ画像を閲覧していたが、被告人Aから本件犯行の企画を持ちかけられた際、同被告人に対して、わいせつ画像にマスクを付け外して見せたことから、被告人Aもエフ・エル・マスクを知った。そして、本件の画像のマスクかけ作業については、当初は被告人Bが担当したが、その後被告人Aもこれをできるようになった。したがって、被告人らは、エフ・エル・マスクのソフトについて、その存在と効用を十分に知っていたものであって、このソフトを持っている者にとってマスクはあっても無きに等しいものであると考えていた。そして、被告人らは、被告人らのホームページにアクセスしてくる者はそのほとんどがエフ・エル・マスクのソフトを持っていることを予想していたし、画像を見るときには当然マスクを外して見ることを予想していた。また、被告人らは、自己のホームページに、「今では常識となっているマスク(モザイク)外し等のインターネットでは常識となっている事がたくさんあります」との文章を入れて、利用者に対してマスクを外して画像を見ることを示唆している。
さらに、被告人らは、エフ・エル・マスクのホームページ開設者から、そのホームページに被告人らのホームページをリンクすることの申し出を受けてこれを承諾し、これによってエフ・エル・マスクのホームページから被告人らのホームページへ直接行く事もできるようになっている。
以上のとおり、インターネットでアダルトページにアクセスする者は、ほとんどがエフ・エル・マスクのソフトを持っており、このソフトを使用すれば、マスクの付け外しは、その場で、直ちに、容易にできるものであり、被告人らはそのことを知っていたし、被告人らのホームページにアクセスしてくる者はマスクを外して画像を閲覧することを予想していたものである。
そして、画像にマスク処理が施されていても、マスクを外すことが、誰にでも、その場で、直ちに、容易にできる場合には、その画像はマスクがかけられていないものと同視することができると言うべきであり、この場合の基準となる人的範囲はインターネットでアダルトページにアクセスする者とすべきである。
よって、被告人らがサーバーコンピューターのディスクアレイ内に記憶・蔵置させた画像にはマスク処理が施されてはいるが、被告人らのホームページにアクセスしてくる者のほとんどにとっては、その場で、直ちに、容易にマスクを外すことができるのであるから、マスク処理が施された画像自体がわいせつであると認めることができる。そして、前記の事情から、被告人らは、これがわいせつであることの認識があったものと認めることができる。
二 わいせつ図画の存在について
刑法一七五条に言う「公然の陳列」とは不特定又は多数の者が観覧しうる状態に置くことと解するべきである。
本件において被告人らがサーバーコンピューターのディスクアレイ内に記憶・蔵置させた物は情報として画像データであり、有体物ではないが、インターネットにより、これをパソコンの画面で画像として見ることができる。そして、ここにおいて陳列されたわいせつ図画は、サーバーコンピューターではなく、情報としての画像データであると解するべきである。有体物としてのコンピューターはなんらわいせつ性のない物であり、これをわいせつ物であるということはあまりに不自然かつ技巧的である。また、わいせつな映像のビデオテープやわいせつな音声を録音した録音テープがわいせつ物であることは確定した判例であるが、これらの場合も、有体物としてのビデオテープや録音テープがわいせつであるわけではなく、それらに内蔵されている情報としての映像や音声がわいせつであるにすぎない。科学技術が飛躍的に進歩し、刑法制定当時には予想すらできなかった情報通信機器が次々と開発されている今日において、わいせつ図画を含むわいせつ物を有体物に限定する根拠はないばかりでなく、情報としてのデータをもわいせつ物の概念に含ませることは、刑法の解釈としても許されるものと解するべきである。
したがって、被告人らは、情報としてのわいせつ画像データをサーバーコンピューターのディスクアレイ内に記憶・蔵置させ、これをインターネット利用者がパソコンの画面上に画像として観覧できうる状態に置いたものであり、前記のとおり、エフ・エル・マスクのソフトを持っているインターネット利用者は二万五〇〇〇人以上いるのであるから、被告人らの本件行為は「わいせつ図画」を「公然と陳列」したものということができる。
なお、弁護人らは、インターネットは世界規模での情報通信であるから、我が国だけで規制しても効果はないと主張するが、これが我が国においてインターネットによるわいせつ情報の規制を否定する理由とならないことは明らかである。よって、弁護人らの主張は理由がない。
(法令の適用)
罰 条 刑法一七五条前段、第一の各事実につき更に刑法六〇条
刑種の選択 いずれについても懲役刑
併合罪加重 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(被告人両名につき第一の一の罪の刑に法定の加重)
刑の執行猶予 刑法二五条一項
(量刑の理由)
本件は、被告人らが、営利の目的で、インターネットを利用して、不特定多数の者にわいせつな画像多数を閲覧させたものであるが、その画像はほとんどが極めてわいせつ性の高いものである上、インターネットが家庭や学校においても広く利用され、小中学生もこれを多く利用している今日の状況を考えれば、被告人らの行為は家庭や年少者の中にわいせつ画像を持ち込む危険性のある悪質な犯行と言うべきである。
被告人Aは、インターネットにより多くのわいせつ画像が流されていることを知るや、自らもそれをして利益を上げることを思い立ち、収集していた多くのわいせつ写真を提供し、被告人Bを引き込んで本件を敢行した首謀者であり、規範意識が低下しているものと言わざるを得ず、その責任は重大である。
被告人Bは、被告人Aから本件犯行を持ちかけられるや、躊躇することなくこれに賛同し、スキャナーを使用してわいせつ写真をコンピューターに取り込み、被告人Aにパソコンの取り扱いを指導するなど、本件の根幹の部分を担当したばかりでなく、独自にわいせつ写真を入手するなどして、単独でアダルトページを開設しており、その責任は被告人Aより重いと言うべきである。
他方、被告人らが本件によって得た利得はそれほど多くはなく、本件がマスコミによって報道されたことにより、ある程度の社会的制裁を受けている。また、被告人Aには罰金刑の前科が一犯あるのみであり、被告人Bは前科が無く、被告人Aは従前の理髪業で、被告人Bは新たに就職してまじめに働いていること、被告人両名とも本件を反省し、過ちを繰り返さないことを誓っていることなど被告人らにとって斟酌できる事情もあるので、今回は刑の執行を猶予して自力による更生の機会を与えるのが相当である。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 山森茂生)