岡山地方裁判所 平成9年(ワ)402号 判決 1998年3月30日
主文
一 本件訴えを却下する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
原被告の母訴外亡大崎富喜子を被相続人、原被告を共同相続人とする、別紙遺産目録記載の同被相続人の遺産の分割における、民法九〇三条一項に基づく、被告の具体的相続分の価額は金二億〇一六九万八五〇〇円、同相続分率は〇・五〇二六七九(四億〇一二四万七〇〇〇分の二億〇一六九万八五〇〇)を超えないことを確認する。
第二 事案の概要
一 争いのない事実
1 被相続人亡大崎富喜子(以下「富喜子」という。)は平成四年一一月一〇日死亡し、相続が開始した。富喜子の相続人は長女である被告と長男である原告であり、その法定相続分は各二分の一である。
2 岡山家庭裁判所は、平成七年二月二三日、被告が富喜子の遺産について原告を相手方として申し立てた遺産分割申立事件(同裁判所平成五年(家)第二二二二号事件)について、次のとおりの主文内容の審判(以下「本件審判」という。)をした。
「1 被相続人大崎富喜子の遺産を次のとおり分割する。
(1) 別紙遺産目録記載の1、2、8、9の物件は申立人(被告)の取得とし、同目録記載の3ないし7の物件は相手方(原告)の取得とする。
(2) 相手方(原告)は申立人(被告)に対し、二億二三一二万円を本審判確定後六月以内に支払え。
2 本件手続費用中、鑑定人石田正美に支給した費用は当事者双方の平等負担とする。」
本件審判の理由(甲第一号証〔本件審判書〕の理由の2項以下)の概要は次のとおりである。
「2 遺産の範囲
本件遺産分割の対象となる被相続人(富喜子)の遺産は、別紙遺産目録記載の各物件と認める。なお、本件の遺産であった岡山市駅元町四三七番宅地の借地権の一部が、岡山市の施行する都市計画事業のため、岡山市土地開発公社に買収(遺産目録記載の4がその残借地権)されたが、上記買収による補償金(建物移転補償金等を含む)については、本件遺産分割の対象から除外する旨当事者間に合意が成立している。
3 遺産の評価額
本件遺産の相続開始時及び分割時における各評価額は、遺産目録の評価額欄記載のとおり認定する。なお申立人(被告)は、岡山市駅元町四三九番の土地と同所四三七番の土地は地続きであって一体として利用しうる状況にあるから、両土地は一体評価すべきである旨主張するが、四三七番の土地は借地であって所有地の四三九番の土地と併せて処分することは実際上難しく、また現実に異った目的で使用されているため、両土地とも別個に処分の対象とされる可能性が高いから、これらは単独評価によるものとする。
4 特別受益
(1) 申立人(被告)
申立人(被告)は、昭和六二年一〇月三一日、別紙物件目録記載の2の建物を被相続人(富喜子)より贈与されているから、これは特別受益に該当し、持戻し財産とみられる。その評価額は、相続開始時において四〇〇万円と認定する。
(2) 相手方(原告)
相手方(原告)は、上記物件目録記載の1の土地の借地権者であった被相続人(富喜子)に同地(底地)の購入を勧められ、同人より贈与された九〇〇万円と自己資金三〇〇万円とを併せた一二〇〇万円で前権利者(持分権者)から、昭和五七年三月、同地の持分二分の一を買い受けたことが認められる。相手方(原告)は、被相続人(富喜子)から贈与された金員が特別受益に該当する旨主張するが、被相続人(富喜子)の援助がなければ相手方(原告)が上記物件を購入することができなかったことは明らかであるから、同物件を持戻しの対象とみるのが当事者間の衡平を図るうえで相当と思料されるところ、その特別受益額は上記物件評価額に被相続人(富喜子)の援助割合である一二〇〇分の九〇〇を乗じた額とするのが相当である。それによれば、相続開始時の額が一億六一七九万円(一万円未満切捨て)となる。
5 具体的相続分の算定
申立人(被告)の具体的相続分は三億七五一九万五〇〇〇円、相手方(原告)の具体的相続分は二億一七四〇万五〇〇〇円、また、申立人(被告)の具体的取得分は三億〇〇一六万八六六二円、相手方(原告)の具体的取得分は一億七三九三万一三三八円となる。
6 当裁判所の定める分割方法
当事者双方の遺産に対する使用管理状況や遺産の内容その他一切の事情を考慮すれば、本件は現物分割の方法によるべきであり、申立人(被告)に遺産目録記載の1、2、8、9の物件を取得させ、相手方(原告)に同目録記載の3ないし7の物件を取得させるのが相当である。そして相手方(原告)に対しては、現実の取得額と上記取得分との差額である二億二三一二万円(一万円未満切捨て)を本審判確定の日から六月以内に支払わせるのが相当と思料される。なお、鑑定費用は当事者双方に平等負担させることとする。」
3 原告は、本件審判を不服として、広島高等裁判所岡山支部に抗告し(同支部平成七年(ラ)第一五号事件)、抗告理由として、<1>相手方(被告)の特別受益について、原審判(本件審判)が認定した別紙物件目録記載の2の建物だけでなく、その敷地利用権も相手方(被告)の特別受益にあたる、<2>抗告人(原告)の特別受益について、別紙物件目録記載の1の土地を購入したのは抗告人(原告)であり、被相続人(富喜子)からは土地購入資金の一部として九〇〇万円の贈与を受けたに過ぎず、また、その金員贈与は、婚姻・養子縁組のための贈与でも、生計の資本としての贈与でもないから抗告人(原告)に特別受益はないし、仮に特別受益があると認められるとしても、その対象は贈与を受けた金員であって、土地ではない、<3>遺産の評価について、別紙遺産目録記載の4の土地の借地権の価額は、抗告人(原告)が同土地(底地)の持分権二分の一を有すること及び借地権の残存期間が僅かであることを考慮し、相続開始時三三五二万五〇〇〇円、分割時一七二〇万円と算定すべきである旨主張した。
一方、被告も本件審判について附帯抗告し(同支部平成七年(ラ)第一八号事件)、<1>抗告人(原告)は別紙物件目録記載の1の土地の購入資金全額の援助を被相続人(富喜子)から受けているとして、同土地の価額全額が抗告人(原告)の特別受益にあたる、<2>遺産の評価について、別紙遺産目録記載の3、4の土地は、一体評価すべきものである、原審判(本件審判)は別紙物件目録記載の1の土地の特別受益を具体的相続分に算入するに際し、その半分が既に岡山市によって買収されたこと及びその買収価格を参酌しておらず、その分割時の価額の評価が異常に低くなっている旨主張した。
しかし、同支部は、平成八年九月二七日、当事者双方の主張をいずれも排斥し、各抗告を棄却する旨の決定をした。
4 これに対し、原告は、更に抗告を申立てたが(最高裁判所平成八年(ク)第五九四号)、最高裁判所第一小法廷は、平成八年一二月一六日、右抗告を不適法として却下し、本件審判は確定した。
二 争点
原告の本件訴えは、本件審判は、原被告双方の特別受益の有無とその評価に関する判断及び別紙遺産目録4記載の土地の借地権の評価に関する判断を誤っており、<1>原告が持戻すべき特別受益財産は別紙物件目録記載の1の土地の持分二分の一の購入資金として被相続人富喜子から出捐を受けた一〇〇〇万円とすべきであり、<2>被告が持戻すべき特別受益財産は本件審判で認められた四〇〇万円のほかに別紙遺産目録記載の8の区分建物及びその敷地権の共有持分五分の一の買受代金五〇〇万円が加えられるべきであり、<3>別紙遺産目録記載の4の土地の借地権の価額は六四二九万五〇〇〇円と評価されるべきであり、右<1>ないし<3>の事項はいずれも訴訟事項であって、これを前提とした被相続人富喜子の総遺産に対する具体的相続分の確認の訴えも許される旨主張し、第一(請求)に記載のとおり、被告に対し、その具体的相続分の価額と同相続分率が一定限度を超えないことの確認を求めるものである。
これに対し、被告は、原告主張の右<1>ないし<3>の事項はいずれも審判事項であり、総遺産に対する具体的相続分の確認の訴えは許されず、原告の本件訴えは不適法である旨主張し、訴えの却下を求めた。
これらの点に関する当事者双方の主張は別紙に記載のとおりである。
第三 争点に対する判断
まず、具体的相続分の法的性質について検討するに、この点に関しては次の見解(大阪地裁平成二年五月二八日判決・判例タイムズ七三一号二一八頁、乙第一号証)があり、当裁判所もこれを正当と考える。
「民法九〇三条一項は、共同相続人中に、被相続人から遺贈又は婚姻、養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与(特別受益)を受けた者があるときは、被相続人が相続開始時に有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、法定相続分又は指定相続分から特別受益の価額を控除してその者の相続分を算定すべきことを定め、また、同法九〇四条の二第一項は、共同相続人中に、被相続人の財産の維持又は増加につき特別の寄与をした者があるときは、被相続人が相続開始時に有した財産の価額から寄与分を控除したものを相続財産とみなし、法定相続分又は指定相続分に寄与分を加えてその者の相続分を算定すべきことを定め、この寄与分については、共同相続人の協議によって定まらないときは、遺産分割審判と同時にされる家庭裁判所の審判によって定めることとされている。このような特別受益の持戻しあるいは寄与分による法定相続分又は指定相続分の修正は、遺産分割手続の一環として行われるものであって、その結果算出されるいわゆる具体的相続分は、遺産分割における分配基準としての割合にすぎず、遺産分割の過程においてのみ機能する観念的性質のものであって、遺産分割前の段階で具体的相続分(あるいはこれに基づく共有持分)が独立に処分の対象となるなどこれについて具体的な権利義務関係が成立する余地はないというべきである。」そうすると、総遺産に対する具体的相続分の価額と同相続分率が一定限度を超えないことの確認を求める訴えは訴えの利益を欠き、許されないものというべきである。
これと見解を異にする原告の主張は採用できない。
もっとも、右裁判例の見解は、遺産分割未了の段階における相続財産を構成する個々の財産に対する具体的相続分に基づく共有持分の有無の確認の訴えに関するものであるのに対し、本件は、遺産分割審判確定後の段階において総遺産に対する具体的相続分の価額と同相続分率の確認を求める訴えである点で両者は事案を異にするけれども、その点は具体的相続分の法的性質に関する前記判断を左右するものとは解されない。
また、原告は、本訴請求の前提問題として第二の二で述べたように原被告双方の特別受益の有無とその評価及び遺産の評価について訴訟裁判所の審判権が及ぶとの立場に立って本件審判の誤りである所以を縷々論難し、当裁判所にその当否の判断を求めている。しかしながら、本来、特別受益の有無とその評価及び遺産の評価等具体的相続分算出の前提となる事項はそれ自体で独立して実体的権利関係を構成するものではなく、遺産分割申立事件の前提問題としてのみ主張できる事柄であって、家庭裁判所が後見的立場から、合目的の見地に立って、裁量権を行使してその具体的内容を形成することが必要であり、訴訟裁判所が遺産分割申立事件を離れて、その点のみを別個独立に訴訟手続によって審理判断し得る事柄ではないと解するのが相当である。
そうすると、原告の本件訴えは訴訟裁判所が審判権を有しない事項について判断を求めるものであって、許されないものというべきである。
これと見解を異にする原告の主張は採用できない。
したがって、原告の本件訴えは以上いずれの観点から考えても不適法であるといわねばならない。
第四 結論
以上の次第で、原告の本件訴えは不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担について民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(岡山地方裁判所第二民事部)
(別紙)
一 争点に関する被告の主張
1 総遺産に対する具体的相続分確認の訴えの不適法性
(一) 原告は、本件で総遺産に対する具体的相続分の有無及びその価額を確認の訴えの対象としている。しかしながら、特別受益の持戻しあるいは寄与分による法定相続分又は指定相続分の修正は、遺産分割手続の一環として行われるものであって、その結果算出されるいわゆる具体的相続分は、遺産分割における分配基準としての割合にすぎず、遺産分割の過程においてのみ機能する観念的性質のものであって、それ自体について具体的な権利義務関係が成立する余地はない。
すなわち、特別受益の持戻し義務は、未分割の状態にある相続開始時に存在した個々の相続財産及び相続の前渡的財産(特別受益財産)を集合して観念的な相続財産を構成し、この観念的な相続財産を前提に法定相続分を特別受益と寄与分によって修正したものを各相続人の具体的相続分としてその取得額を算出する過程で作用する事項であって、遺産分割においては、こうして導き出された具体的相続分を基準として現存する相続財産を分割した上ではじめて各相続人の具体的な取得財産が現実化する。このように、具体的相続分は遺産分割審判において分割の基準となるものであるから、それを適用して遺産分割をする裁判所によって判断されるべき事項であり、この一連の過程を訴訟事項と審判事項に分断することは許されず、持戻し計算によって算出された具体的相続分を遺産分割前に確定されるべき独立の権利又は法律関係とすることは許されない。その意味で、具体的相続分は、遺産分割における前提問題である遺産の範囲、相続人、遺言の効力等の事項とは本質的に異なるものである。
(二) また、具体的相続分が訴訟で確認されたとしても、これによって各相続人が具体的に取得すべき財産が自ずから決まるわけではないから、各相続人の具体的取得分を確定させて共同相続人間の遺産分割に関する紛争を終局的に解決するためには、当該訴訟の裁判確定後、再度遺産分割の調停ないし審判手続を経なければならない。すなわち、本件における特別受益財産について仮にその適否等が訴訟で審理判断されたとしても、それだけでは共同相続人間の遺産分割に関する紛争という具体的な紛争が抜本的に即時に解決されることには到底ならないのであって、このような訴えは確認の利益を欠くものといわざるを得ない。
(三) さらに、本件は、審判の段階で上告審まで争われ、ようやく本件審判が確定したものであるが、仮に具体的相続分が判決で確認され、右判決のみをもって何らかの事由で共同相続人間の遺産分割に関する紛争が終局的に解決される場合があり得るとしても、既に審判手続において具体的相続分について判断がなされた上で各相続人の具体的取得分を決定した本件審判が確定しているにもかかわらず、そのような判決のみによって本件審判の結論が覆されることになるならば、遺産分割事件について、これが本質的な非訟事件であり、またその紛争が親族間に生ずるものであるが故に、「個人の尊厳と両性の本質的平等を基本として、家庭の平和と健全な親族共同生活の維持を図る」(家事審判法一条)との目的に従った適切な解決を企図し、家庭紛争を適切に解決する任務を負う家庭裁判所の審判事項とした家事審判法の趣旨が没却されることになろう。したがって、そのような訴訟が適法であるとは到底いえない。
(四) 原告主張の論拠に対する反論
(1) 登記実務について
登記実務上、いわゆる特別受益証明書によって法定相続分と異なる持分割合による相続登記が行われているのは事実である。しかし、その性質は各共同相続人による任意処分といえるから、具体的相続分による遺産共有の登記ではなく、当該財産について遺産の一部分割の協議成立による持分移転登記と見るのが実体に即しているものというべきであって、このような登記実務が存在することをもって具体的相続分に具体的な権利性があることの根拠とすることはできない。
(2) 遺留分減殺請求に関する訴訟と遺産分割申立事件との対比に関する原告の主張について
具体的相続分それ自体について具体的な権利義務関係が成立する余地がないとする根拠は、前述したように具体的相続分が遺産分割手続の一環として行われる特別受益の持戻しあるいは寄与分による法定相続分の修正の結果算出される分配基準としての割合にすぎず、遺産分割の過程においてのみ機能する観念的性質のものであるからである。つまり、具体的相続分は、遺産分割審判における分割の基準の一つであるから、それを適用して遺産分割をする家庭裁判所によってのみ判断されるべき事項だということである。
したがって、遺産分割手続とは無関係の遺留分確定が訴訟事項であるからといって、具体的相続分が審判事項であることに何ら変わりはない。
そもそも、遺留分減殺請求と遺産分割とではその概念が全く異なるのに、遺留分算定の基礎財産に特別受益財産が加えられるとされているから遺留分算定と具体的相続分算定の法的性質が同じであるなどというのは論理の飛躍としかいえず、これをもって具体的相続分が訴訟事項であると根拠づけることには全く理由がなく理解できない。
(3) 原告援用の最高裁判決について
原告は、最高裁判所昭和六一年三月一三日第一小法廷判決・民集四〇巻二号三八九頁を根拠として具体的相続分確認の訴えが許されると主張するようであるが、右判例は、共同相続人間において各法定相続分の割合について実質的な争いがない事案に関するものであって、本件とは事案を全く異にする。また、その判示内容からしても明らかなように、右判例は相続人に自己の法定相続分に応じた共有持分を有することの確認を求める訴えを許容しているにすぎず、具体的相続分について判示していないのはもとよりのこと、抽象的に相続分一般について判示したものでもない。
また、最高裁判所平成七年三月七日第三小法廷判決・民集四九巻三号八九三頁は、「ある財産が特別受益財産に当たるかどうかは、遺産分割申立事件、遺留分減殺請求に関する訴訟など具体的な相続分又は遺留分の確定を必要とする審判事件又は訴訟事件における前提問題として審理判断される」と説示しているが、右説示中「具体的な相続分」が「審判事件」に、「遺留分」が「訴訟事件」にそれぞれ掛かっていることは文脈上明らかであって、右説示は、ある財産が特別受益財産に当たるかどうかは遺産分割の前提問題として審判事件で審理判断されることを示しているにすぎないものといわねばならない。
さらに、原告は、被告の主張は、最高裁判所昭和四一年三月二日大法廷決定・民集二〇巻三号三六〇頁を無視するものであると主張するが謬見である。何故なら、右判決は、相続権、相続財産等の訴訟事項である遺産分割の前提問題について、たとえ民事訴訟の対象になるものであってもこれを遺産分割審判手続において審理判断することは差し支えない旨判断したものにすぎず、被告は、本件で前述したように「具体的相続分は遺産分割手続の一環として行われる特別受益の持戻しあるいは寄与分による法定相続分の修正の結果算出される分配基準としての割合にすぎず、そもそも訴訟事項となる余地はない」と主張しているにすぎないからである。
2 原告主張事項の審判事項性
(一) 本訴請求の趣旨だけを見ると、原告は、総遺産に対する具体的相続分の有無とその価額の確認を求めているように見える。しかしながら、実質的に見れば、原告は、本件で<1>原告の持戻すべき特別受益財産は、本件審判で決定された別紙物件目録記載の1の土地の持分の二分の一ではなく、一〇〇〇万円であること、<2>被告の持戻すべき特別受益財産は、本件審判で決定されたもののほかに五〇〇万円があること、<3>別紙遺産目録記載の4の土地の借地権について、本件審判で決定されたその評価額が誤りであること、以上の三点を主張するものであるが、これらはいずれも審判事項であって、その点からしても原告の本件訴えは不適法である。以下のその理由について述べる。
(二) <1>及び<2>の主張について
右主張は、特定の財産が特別受益財産であることないしは特別受益財産でないこと、すなわち、みなし相続財産に該当するか否かを訴訟上争おうとするものである。
しかし、遺産分割手続が家庭裁判所の専権事項であることを考えると、ある財産がみなし相続財産に該当するか否かの判断は、遺産分割審判において家庭裁判所が具体的相続分を確定するためにする観念的操作であって、これを私人間の独立した権利義務の客体として捉えることはできない。すなわち、共同相続人の具体的相続分を確定するためには、各相続人の特別受益及び寄与分の双方の確定が必要であるところ、寄与分は、当事者の協議ができないときは家庭裁判所が審判において遺産分割と同時に定めるものとされている(民法九〇四条の二、家事審判法九条一項乙類九の二、家事審判規則一〇三条の三)。このような法の趣旨に照らせば、寄与分と同様に法定相続分又は指定相続分を修正する要素として位置づけられている特別受益の有無及びその価額についても、法は、家庭裁判所が遺産分割手続の中で審理判断すべきものであり、弁論主義が適用される民事訴訟においてこれを確定することを予定していないものというべきである。
また、民法九〇三条一項によって特別受益財産の遺贈又は贈与を受けた共同相続人に特別受益財産を相続財産に持戻すべき義務が生ずるものでもないから、ある財産が特別受益財産にあたることの確認を求める訴えは、現在の権利又は法律関係の確認を求めるものということはできないし、ある財産が特別受益財産にあたることが確定しても、その価額と被相続人が相続開始の時において有した財産の全範囲及びその価額等が定まらなければ、具体的相続分が定まることはないから、これを民事訴訟裁判所が確認してみても、相続分をめぐる紛争を直接かつ抜本的に解決することにはならず、過去の法律関係にほかならないから確認の利益を認めることはできない。さらに、ある財産が特別受益財産にあたるかどうかは、遺産分割申立事件など具体的相続分の確定を必要とする審判事件における前提問題としてのみ審理判断されるのであり、右のような事件を離れて、その点のみを別個独立に判決によって確認する必要もない。
なお、特別受益の有無及びその価額を判断するにあたっては、単に贈与の事実の有無にとどまらず、婚姻、養子縁組及び生計の資本に関しての贈与であるか否かの判断を要するが、そのためには、被相続人の生前の資産、収人及び家庭状況並びに当時の社会状況等一切の事情を総合的に考慮しなければならないのであって、みなし相続財産の確定は本来的に非訟事件の性質を有するのであり、したがって、訴訟事項ではなくて審判事項であるといわねばならない。その意味において、みなし相続財産の確定は、同じく遺産分割の前提問題であるとはいえ、遺産の範囲、相続人の確定及び遺言の効力等の事項とは本質的に異なるものであって、みなし相続財産の確定を審判事項とすることは遺産の範囲についての確認訴訟を肯定する判例の立場と何ら矛盾するものではない。
(三) <3>の主張について
右主張は、本件審判で確定された遺産の評価について再度訴訟で争おうとするものであるが、遺産分割審判においては、被相続人のすべての遺産を各相続人が有する具体的な相続分に応じて公平かつ適切に分配するために、遺産の客観的価額を把握することが求められていることからしても、遺産の評価は当然に審判事項となるものと解すべきである。また、いったん審判によって確定した評価額を、後になって訴訟で争うことを認めるならば、遺産分割審判の意義は全く没却されることになる。
3 具体的相続分に関する従来の裁判例について
具体的相続分の法的性質について遺産分割説と相続分説の争いがあり、これに付随して総遺産に対する具体的相続分の確認が訴訟事項であるか否かについても争いがあるのは事実である。
しかしながら、具体的相続分の確定にかかわる民法九〇三条に規定する特別受益財産について、東京地裁昭和三九年二月二〇日判決・下民集一五巻二号三〇〇頁が特定の特別受益財産の価額の確認の訴えを否定し、東京高裁平成二年一〇月三〇日判決が特定の財産が特別受益財産であることの確認を求める訴えについて審判事項であるとし、右事件の上告審判決である最高裁判所平成七年三月七日第三小法廷判決・民集四九巻三号八九三頁も確認の利益を欠くものとして上告を棄却している。また、大阪地裁平成二年五月二八日判決・判例タイムズ七三一号二一八頁は、特定の遺産に対する具体的相続分に基づく共有持分確認の訴えについて確認の利益がないとして訴えを却下した。
このような具体的相続分に関する従来の裁判例の流れからすると、総遺産に対する具体的相続分確認の訴えについても、審判事項であることないし訴えの利益がないことを理由として不適法却下さるべきである。
4 まとめ
以上のとおり、原告の本件訴えは、総遺産に対する具体的相続分確認の訴えであるが、具体的相続分には実体的権利性がないためその確定は審判事項であり、仮に具体的相続分には実体的権利性があるとしても、総遺産に対する具体的相続分確認の訴えには確認の利益がなく、いずれにしても却下を免れない。
のみならず、本件訴訟は、先行する遺産分割審判事件で最高裁まで争い十二分に審理判断が尽くされたにもかかわらず、再度これを蒸し返すために提起されたものであって、訴権の濫用であり違法である。
二 争点に関する原告の主張
1 被告の主張1について
(一) 被告の主張(一)について
具体的相続分に関しては、これを法定相続分又は指定相続分を修正した相続分(遺産の承継による実体的権利の割合)として、遺産分割の前提問題とする相続分説と、遺産分割における分割基準であって、権利義務ないし法律関係の実体を有しないものとする遺産分割分説が対立している。
しかし、以下の理由から考えて相続分説を採るべきである。
(1) 具体的相続分について定める民法九〇三条、九〇四条は、民法相続編(第五編)第三章第二節相続分に関する規定として、法定相続分、代襲相続分、指定相続分に関する、九〇一条、九〇二条、九〇三条に次いで定められていて、これらの相続分と法的性質を同じくするものと解すべきである。
(2) 民法九〇三条は、具体的相続分が前三か条の規定する相続分を修正する相続分であることを定めている。
(3) 登記実務において、特別受益証明書による具体的相続分に基づく(相続)持分についての登記(権利に関する登記)が頻繁に行われている。
(4) 具体的相続分と殆ど同一の要件をもって成立する遺留分との対比がなされねばならない。すなわち、民法一〇四四条によって同法九〇三条、九〇四条が準用されるので、遺留分は、共同相続人のある者に特別受益のあった場合、被相続人の相続開始時の財産に特別受益財産を加えた財産(みなし相続財産)について、債務を控除したうえ、共同相続人の他の者が留保することを保護された割合ないし価額であるから、具体的相続分と同じ法的性質を持っている。
そして、遺留分を害する特別受益財産の贈与又は遺贈に対する減殺請求を訴訟をもって行うことができるのであるから、遺留分の保全は訴訟事項であることが明らかである。
そうすると、具体的相続分の確認も訴訟事項というべきである。
(二) 被告の主張(二)について
被告の主張は、最高裁判所平成七年三月七日第三小法廷判決・民集四九巻三号八九三頁を根拠とするものであり、確かに、同判決は、特定の財産がいわゆる特別受益財産であることの確認を求める訴えは、確認の利益を欠くものとして不適法であるとしている。
しかしながら、本訴は、特別受益財産であることの確認を求める訴えではなくて、具体的相続分の確認を求める訴えであるから、被告の主張は的外れである。
(三) 被告の主張(三)について
被告の主張は、最高裁判所昭和四一年三月二日大法廷決定・民集二〇巻三号三六〇頁を無視するものである。
すなわち、同決定は、「遺産分割の請求、したがって、これに関する審判は、相続権、相続財産等の存在を前提としてなされるものであり、それらはいずれも実体法上の権利関係であるから、その存否を終局的に確定するには、訴訟事項として対審公開の判決手続によらなければならない。しかし、それであるからといって、家庭裁判所は、かかる前提たる法律関係につき当事者間に争があるときは、常に民事訴訟による判決の確定をまってはじめて遺産分割の審判をなすべきものであるというのではなく、審判手続において右前提事項の存否を審理判断したうえで分割の処分を行うことは少しも差支えないというべきである。けだし、審判手続においてした右前提事項に関する判断には既判力が生じないから、これを争う当事者は、別に民事訴訟を提起して右前提たる権利関係の確定を求めることをなんら妨げられるものではなく、そして、その結果、判決によって右前提たる権利の存在が否定されれば、分割の審判もその限度において効力を失うに至るものと解されるからである。」と判示している。
したがって、判決によって審判の効力が否定されることがあっても、家事審判法の趣旨が没却されることにはならない。
2 被告の主張2について
右主張は、審判事項と訴訟事項の意味を取り違えた主張である。
審判事項は、家事審判法九条一、二項に規定されている事項であって、家庭裁判所によって審判が行われる事項である。これに対し、訴訟事項は、既存の権利義務を確定する訴訟事件手続で裁判される事項であり、法律関係の変動が裁判によってはじめて起こる形成的裁判によって形成される審判事項を含む非訟事項とは区別される。
原告主張の「特別受益財産に当たることの確定」及び「遺産の借地権の評価」はいずれも家事審判法九条には規定されておらず、民事訴訟において審理判断の対象とされることに何ら妨げはない。
原被告の各具体的相続分の確定は、<1>原被告双方にとって特別受益となる被相続人(富喜子)からの生前贈与があったこと、<2>被相続人(富喜子)の相続財産として別紙遺産目録記載の財産が存在したこと、<3>原被告双方に共に二分の一ずつの法定相続分があること、<4>右特別受益の額を右相続財産に加えた額の各二分の一の額からそれぞれの特別受益の額を控除した残額があることに関して、法規(民法九〇三条一項)を適用し原被告間の遺産分割に関する紛争を解決する国家作用であるから、これは訴訟事件であって、国家が端的に私人間の生活関係に介入するために命令したり、処分する国家作用である非訟事件でないことは明らかである。
最高裁判所昭和四一年三月二日大法廷決定・民集二〇巻三号三六〇頁は、「相続権」は「実体法上の権利関係であるから、その存否を終局的に確定するには、訴訟事項として対審公開の判決手続によらなければならない。」と判示しており、そこでいう「相続権」とは、相続分の割合に応じて、相続人が相続財産に対して有する包括的な権利であると解される。
また、最高裁判所昭和六一年三月一三日第一小法廷判決・民集四〇巻二号三八九頁は、「当該財産が被相続人の遺産に属することの確定を求めて当該財産につき自己の法定相続分に応じた共有持分を有することの確認を求める訴えを提起することは、もとより許されるものであり、」と判示しており、そこでいう「相続分」とは、民法九〇〇条ないし九〇五条に定められている共同相続人が有する積極的及び消極的共同相続財産に対する分け前(通常はその割合をいうが数額を指す場合もある。)ないしは共同相続財産全体に対する包括的権利義務であると解されるところ、「具体的相続分」は右の「相続分」の一つであって「法定相続分」又は「指定相続分」の修正された「相続分」である。
したがって、具体的相続分は、相続権ないしその権利関係を構成するものというべきであり、実体法上の権利関係であるから、その存否の確定は訴訟事項である。
また、相続分に応じた共有持分確認の訴えが許されることからすると、共有持分の基本となる権利(ないしその割合)としての具体的相続分を有することの確認を求める訴えを提起することも当然許されるものといわねばならない。
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