岡山地方裁判所 平成9年(ワ)753号 判決 1998年8月28日
原告
大森和子
被告
小橋啓子
ほか一名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告小橋啓子は原告に対し、金五七二七万四九七四円及びこれに対する平成七年一二月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告日本火災海上保険株式会社は原告に対し、金四〇一万八〇〇〇円及び内金二四万円に対する平成八年一二月一六日から、内金三七七万八〇〇〇円に対する平成九年六月六日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 争いがない事実
1 次の交通事故(以下「本件事故」という。)の発生
(一) 日時 平成七年一二月一七日午後九時一五分ころ
(二) 場所 岡山市野殿西町三三二番地の二先県道交差点(以下「本件交差点」という。)
(三) 加害車 普通乗用自動車
運転者 被告小橋啓子
(四) 被害車 自動二輪車
運転者 原告
(五) 態様 本件交差点を直進中の被害車と本件交差点を右折中の加害車が衝突した。
(六) 結果 原告は、本件事故により、脳挫傷、脳幹損傷、左第四・五中手骨頸部骨折、左橈骨末端骨折の傷害を負った(以下「本件傷害」という。)。
2(一) 被告小橋は、加害車の運行供用者である。
(二) 被告日本火災海上保険株式会社(以下「被告日本火災」という。)との間で、加害車につき、自賠法五条による損害賠償責任保険契約が締結されていた。
3 原告の治療経過
(一) 原告は、本件事故後、総合病院岡山赤十字病院(以下「赤十字病院」という。)に運ばれ、脳神経外科で保存的治療及び整形外科での施術を受けたが、本件事故日から約一四日間、意識障害があった。原告は、本件事故日から平成八年四月一七日まで同病院に入院し(入院期間一二二日間)、左手の骨折については、同年一月一一日に観血的整復固定術を、同年四月一一日に抜釘術を受けた。
(二) 原告は、平成八年四月一七日、吉備高原医療リハビリテーションセンター(以下「リハビリテーションセンター」という。)に入院し、系統的なリハビリテーション訓練を受け、同年六月二八日、退院した(入院期間七三日)。
(三) その後、原告は、赤十字病院に次のとおり通院した。
整形外科 平成八年七月一日から同年九月三〇日まで
(実通院三日)
脳神経外科 平成八年七月一日から同年九月三〇日まで
(実通院一九日)
眼科 平成八年一月一六日から同年九月二六日まで
(実通院六日)
(四) 症状固定日 平成八年一〇月二日
4 被告日本火災は、自賠法一三条一項、同法施行令二条に基づき、本件傷害による損害を一二〇万円、後遺障害等級を四級相当で後遺障害による損害を一八八九万円と認定したが、原告の本件交差点前方の信号機が赤色表示であったとの前提で、自動車損害賠償責任保険損害査定要綱(被害者に重大な過失がある場合の減額措置)に基づき、右各損害金から二割を減額し、原告に対し、平成八年一二月一五日に九六万円(本件傷害分)、平成九年六月五日に一五一一万二〇〇〇円(後遺障害分)を支払った。
二 本件請求
1 被告小橋に対して
自賠法三条に基づき、後記三1の(三)ないし(九)の損害から填補金一六〇七万二〇〇〇円を控除した損害賠償五七二七万四九七四円及びこれに対する本件事故の日である平成七年一二月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2 被告日本火災に対して
自賠法一六条一項に基づき、被告日本火災の損害認定額から既払額を控除した差額合計四〇一万八〇〇〇円及び各支払があった日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
三 争点
1 原告主張の次の損害が認められるか。
(一) 治療費(ただし、被告小橋主張) 六七六万三五七〇円
(二) 装具料(ただし、被告小橋主張) 四万七五三四円
(三) 入院付添費 一一七万円
原告の母大森洋子分。一日六〇〇〇円、赤十字病院入院中の一二二日及びリハビリテーションセンター入院中の七三日の合計一九五日分
(四) 通院付添費 一七万七〇〇〇円
洋子分。一日三〇〇〇円、リハビリテーションセンター四一日、赤十字病院一八日の合計五九日分
(五) 付添者交通費 一八万七一四〇円
洋子分。平成七年一二月から平成八年八月までのタクシー・バス代
(六) 入院雑費 二五万三五〇〇円
一日一三〇〇円、前記赤十字病院及びリハビリテーションセンターに入院合計一九五日分
(七) 入通院慰謝料 二一三万円
入院一九五日、通院合計五九日分
(八) 後遺障害逸失利益 五〇九二万九三三四円
平成七年度高校卒業女子一八歳から一九歳の平均年収二〇八万五九〇〇円を基礎に労働能力喪失率一〇〇パーセントとして、六七歳まで四九年就労可能としてホフマン係数二四・四一六を乗じた額
(九) 後遺障害慰謝料 一八五〇万円
後遺障害等級三級相当額
2 過失相殺ないし被告日本火災の自賠責保険給付の二割減額の相当性
(一) 被告らの主張
本件交差点に加害車は前方信号機の表示が右折矢印で進入し、被害車は赤色表示で進入したものであり、過失割合は原告九五パーセント、被告小橋五パーセントが相当である。
右に基づく被告日本火災の重過失減額二〇パーセントは相当である。
(二) 原告の主張
本件交差点に被害車及び加害車は、いずれも前方信号機の表示が青色で進入したものであり、過失割合は原告二〇パーセント、被告小橋八〇パーセントが相当である。そうでなくても、被告小橋には前方不注意の過失責任は免れない。
右に基づく被告日本火災の重過失減額は失当である。
3 損害の填補
被告日本火災から一六〇七万二〇〇〇円の損害填補がなされたことは争いがないが、その他に労働者災害補償保険給付金六八一万一一〇四円が原告の損害の填補として認められるか。
第三争点に対する判断
一 争点1(損害額)について
1 治療費・六四四万七二七九円
岡山労働基準監督署長に対する調査嘱託の結果によれば、原告の本件事故日から本件傷害の症状固定日までの原告の赤十字病院及びリハビリテーションセンターでの治療費は六四四万七二七九円であると認められる(その後の治療費は本件傷害と相当因果関係がないというべきである。)。
2 装具料・四万七五三四円
証拠(甲一二、岡山労働基準監督署長に対する調査嘱託)及び弁論の全趣旨によれば、原告は本件傷害のために下肢に装具を必要としたが、その装具料は四万七五三四円であると認められる。
3 入院付添費・六三万円
赤十字病院及びリハビリテーションセンターに対する各調査嘱託の結果によれば、原告は赤十字病院に入院中であった本件事故日から平成八年三月三一日までの一〇五日間について付添看護が必要であったが、その後はその必要性がなかったことが認められる。入院付添は原告の母大森洋子であったと認められる(甲九)から、付添費用は一日六〇〇〇円が相当であり、入院付添費として六三万円を認める。
4 通院付添費・五万四〇〇〇円
原告が赤十字病院に通院中の一八日間、洋子が原告の付添いをし、その必要性があったと認められる(甲九、弁論の全趣旨)ところ、付添費用は一日三〇〇〇円が相当であり、通院付添費として五万四〇〇〇円を認める(リハビリテーションセンターに入院中の付添の必要性がなかったことは前記のとおり)。
5 付添者交通費・一一万六一九〇円
原告の請求のうち、前記のとおり、原告の入院期間中に付添が必要であった期間である本件事故日から平成八年三月分までの分及び原告の赤十字病院への通院付添のための同年七、八月分の洋子のタクシー代として一一万六一九〇円を認める(甲一〇)。
6 入院雑費・二五万三五〇〇円
赤十字病院及びリハビリテーションセンターに原告が入院中の合計一九五日間の入院雑費として一日一三〇〇円の割合で合計二五万三五〇〇円を認める。
7 入通院慰謝料・二五〇万円
前記のとおり、入院一九五日(六月半)、通院三月(実通院日数二八日)であり、原告が意識障害の期間もあったことを考慮すると、入通院慰謝料として二五〇万円を認めるのが相当である。
8 後遺障害逸失利益・四六八五万四九八七円
(一) 原告の後遺障害の程度
証拠(甲一一ないし一五、三五、原告本人)によれば、原告の後遺障害は、右半身麻痺、歩行障害、左動眼神経麻痺、右眼同名半盲であること、具体的には歩行が困難であり、家では歩けるが、坂道の昇り降りやバスに乗ることは極めて困難であること、右半分は見えないこと、右手で字を書いたり、箸を持ったりすることは一応でき、また、料理をしたり、ワープロを打ったりすることもできるが、いずれも時間がかかること、入浴や着替えにも困難が伴うことが認められる。
原告の右後遺障害は、神経系統の機能に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができない(等級五級)し、両眼に視野狭窄を残すもの(等級九級)であるから、併合四級の後遺障害を残しており、その労働能力喪失率は九二パーセントであると認めるのが相当である。
原告は、労働能力喪失率は一〇〇パーセントであると主張するが、右認定の事実に照らして、一〇〇パーセントの労働能力喪失率を認めることはできない。
(二) 原告は高校卒業目前の女子であったから、平成七年度高校卒業女子一八歳から一九歳の平均年収二〇八万五九〇〇円を基礎に、労働能力喪失率九二パーセントとして、六七歳まで四九年就労可能としてホフマン係数二四・四一六を乗じた結果、後遺障害による逸失利益は四六八五万四九八七円と認める。
9 後遺障害慰謝料・一五五〇万円
右8のとおり原告の後遺障害を慰謝するには併合四級相当の一五五〇万円が相当である。
10 以上の損害合計は七二四〇万三四九〇円である。
二 争点2(過失相殺等)について
1 証拠(甲一八、乙一、岡山県警察本部交通部交通規制課交通管理センターに対する調査嘱託、証人佐藤、被告小橋本人、原告本人)によれば、次の事実が認められる。
(一) 本件交差点は、東西道路と南北道路が交差する交差点であり、相互に信号機による交通整理が行われていた。
東西道路の片道は東行き、西行きとも二車線であったが、本件交差点の手前で東行き、西行きとも右折レーンが設けられていた。南北道路の南行きは片道一車線であったが、本件交差点の手前で右折レーンが設けられていた。
本件交差点の信号機の一周期は一一〇秒であり、東西方向は六一秒の青色表示の後、三秒間黄色表示となり、その後三秒間赤色表示兼右折矢印表示となった後、更に三秒間黄色表示となり、その後赤色表示となっていた。
(二) 被告小橋は、東西道路を東から西に向けて進行し、本件交差点の手前で右折レーンに進入し、本件事故地点の手前約三六・二メートルの地点で時速約三〇キロメートルに減速し、更に本件事故地点の手前約二一・四メートルの地点で時速約二〇キロメートル程度に減速し、本件交差点に右折進入していた。
(三) 原告は、東西道路を西から東に向けて時速五〇ないし六〇キロメートルで進行し、本件交差点に直進進入していた。
(四) 佐藤は、本件交差点の北側の直進左折レーンの一番手前で前方の信号の赤色表示に従い停止していた。
(五) 実況見分調書中には、本件事故地点は被害車の進行車線のうち中央寄りの地点と記載されている。
2 そこで、本件事故時の本件交差点の信号表示について判断する。
(一) 証人佐藤の証言内容
佐藤の停止していた場所からは、東西道路の両方の信号機が見通せたところ、東西道路の信号機が黄色表示となり、次に赤色表示兼右折矢印表示となった(ただし、東西道路の信号機のうちのいずれを見て確認したかは定かではない。)ところで、車のチェンジを入れ、サイドブレーキを下ろし、発進の準備をしていたところ、被告小橋運転の加害車が右折するのが見え、その瞬間に原告運転の被害車が西側から直進してきて本件事故が発生した。
(二) 被告小橋本人の供述内容
本件交差点の右折レーンに入って本件事故地点の手前約三六・二メートルの地点で前方の信号機が黄色表示となり、本件事故地点の手前約二一・四メートルの地点で前方の信号機が赤色表示兼右折矢印表示となったので本件交差点に右折進入し、本件事故地点の直前で前方の信号機が黄色表示になったが、原告の被害車には全く気づかなかった。
(三) 原告本人の供述内容
原告は被害車を片道二車線の北側の車線を走行していたところ、その直前を小型車が走行していた。原告は、前方の信号機が青色表示であることを確認して本件交差点に進入したが、前方の加害車が本件交差点中央部まで進入した上、右折のウィンカーを出して停止していたため、直進車(被害車)をやり過ごして右折するものと思っていたところ、ゆっくり前方に動き始め出したため、本件事故が発生した。本件事故の後のことは記憶がなく、平成八年五月になって本件事故のことを思い出した。
(四) 判断
佐藤証言と被告小橋供述とは、その内容がおおむね一致しているし、信号機の表示周期との関係を始めとする1認定の各事実との関係で不自然な点は見受けられない。これに対して、原告供述は、前方の信号機の表示の点は別としても、まず、加害車が本件交差点に進入して停止していたという点が佐藤証言及び被告小橋供述と根本的に異なっているし(佐藤証言及び被告小橋供述がこの点につき記憶違いということは考え難い。)、被害車の進行していた車線と実況見分調書中の本件事故地点の記載とも一致しないなど不自然な点がある上、その記憶喚起の経緯をも総合すると疑問が多く、到底措信することができない。
したがって、佐藤証言及び被告小橋供述により、本件事故時の信号機の表示は、原告側が赤色表示兼右折矢印ないしその後の黄色表示であり、被告小橋側が赤色表示兼右折矢印ないしその後の黄色表示であったと認められる。
3 過失相殺割合等
右1(一)及び2(四)認定事実によれば、原告は、本件交差点の信号機が赤色表示兼右折矢印となった後に本件交差点に進入したものであり、その過失は大きいといわざるを得ない。もっとも、被告小橋供述によれば、被告小橋は原告の被害車に全く気づいていなかったことが認められ、被告小橋にも前方の安全確認を怠った過失があると認められる。しかし、被告小橋の前方の信号機が赤色表示兼右折矢印であったことからすると、そのような状態で本件交差点に直進進入してくる車両はないと信頼するのが通常であり、その過失の程度は低く、過失割合は、被告小橋が一、原告が九と判断するのが相当であり、原告に本件事故につき重過失があったというべきである。
4 原告の損害請求額について
前記一認定の原告の損害額から右過失相殺をすると、原告の請求できる損害額は七二四万〇三四九円となる。
5 また、被告日本火災は、自動車損害賠償責任保険損害査定要綱(被害者に重大な過失がある場合の減額措置)に基づき、原告の傷害及び後遺障害に基づく保険金として、損害認定額から二割を減額して原告に一六〇七万二〇〇〇円を支給しているところ、原告は、そもそも右4の損害額の七二四万〇三四九円を超える部分を被告小橋に請求することができないのであるから、右減額措置を取ったことにより原告の損害が填補されないということはできない。そして、原告に本件事故につき重過失があったことは前記認定のとおりであり、このような場合には、原告の傷害及び後遺障害による損害額が過失相殺により減少することは明らかであるから、被告日本火災が原告の重過失を原因として、前記減額措置を取ったことには合理性があるというべきである。したがって、原告は右減額分の保険金請求をすることができず、原告の被告日本火災に対する請求は理由がない。
三 争点3(損害填補)について
被告日本火災から一六〇七万二〇〇〇円の損害填補がなされたことは争いがない。
そして、岡山労働基準監督署長に対する調査嘱託の結果によれば、前記のとおり、原告の損害として認定した治療費、装具料を含めて合計六八一万一一〇四円が原告に給付されたことが認められ、右額も損害の填補となると認められる。
したがって、損害の填補額は合計二二八八万三一〇四円である。
四 以上のとおり、原告の被告小橋に請求できる損害額は既に填補されていることが明らかであるから、原告の被告小橋に対する請求は理由がない。
第四結論
よって、原告の請求を棄却する。
(裁判官 塚本伊平)