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岡山地方裁判所 昭和24年(行)34号 判決

原告 共栄土地株式会社

被告 国

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、請求の趣旨

被告は原告に対し金五万四千九百八拾七円弐銭及び之に対する本件訴状が被告に送達せられた日の翌日より右支拂済に至る迄年五分の割合による金員を支拂うべし。訴訟費用は被告の負担とする。

三、事  実

原告訴訟代理人は、其の原因として、原告所有の別紙目録記載の土地(宅地四筆計四百四十九坪六合六勺)は昭和二十四年七月二日自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する。)第十五條により買收され、其の買收令書は同月十八日原告に送達された。しかして右買收対價は合計参千四百四拾五円七拾八銭と定められ、一率に各宅地賃貸價格を五十八倍(財産税法所定の評價倍率を採用したもの。)した額によつて居るが、右算定は不当であり買收当時の時價により対價を決定すべきものである。即ち右時價は別紙目録記載の如く坪八拾円乃至弐百円であるから合計五万八千四百参拾弐円八拾銭となるので、之と前記買收対價との差引不足額五万四千九百八拾七円弐銭及び之に対する本件訴状が被告に送達された日の翌日より右支拂済に至る迄年五分の割合による金員の支拂を求める爲本訴請求に及んだ次第である、と陳述し、被告の本件買收対價が自創法施行令(以下自創令と略称する。)第十一條昭和二十二年農林省告示第七十一号により正当であるとの主張に対し、

一、自創法第六條(原告提出の昭和二十五年一月二十日附準備書面に第五條とあるのは第六條の誤記と認める。)は農地の買收対價に付き田にあつては賃貸價格の四十倍、畑にあつては四十八倍した額の範囲内で定める旨規定してあるに対し、宅地等の買收対價に付いては同法第十五條に於いて、時價を参酌して定める旨規定して居り、右時價参酌の趣旨は、買收当時の一般取引價格を参酌して定める、との意味であること明白であり右は宅地等は農地と異なり買收対價を一率に賃貸價格の何倍と規定することが妥当でないので時價を参酌して適正な対價を決定することを要求して居るものであるから前記告示が一率に各宅地賃貸價格に財産税法所定の倍率を乘じた範囲内で対價を定める、としたことは不当である。

二、自創法第十五條は單に時價を参酌して定める、とのみ規定し、其の具体的方法の規定を自創令に委任して居ないから、法律の委任なく規定された命令は国民に対し強制力がないものである。

自創法の趣旨から自創令の具体的規定を予期して居るものである、との被告主張は独断的であり前記法の趣旨を誤解して居るものである。自創法が命令に委任して居る場合は各本條に夫々明記してあるところである。

自創法の制定、農地調整法の改正による所謂第二次農地改革は小作人の地位の徹底的強化を図つたものであることは認めるが、土地所有者の立場も無視せられるべきものではなく、此の意味から自創法の規定は飽迄嚴格に狹義に解釈すべきものである。

三、農地等所有者は農地改革に伴う農地等の強制買收を認受して居るものであるが、買收対價迄不当に損失を忍受する必要はなく、正当な補償は当然受くべきものであり、時價参酌も此の趣旨で解すべきものである。

以上要するに本件買收対價は不当に廉價で毫も時價を参酌して定められたものではない。と述べた。(立証省略)

被告指定代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求め、

答弁として、原告主張事実中本件宅地の時價が原告主張の價額であることは否認するが他は総て認める。宅地買收に当つて、其の対價は原告主張の如き自由取引價格によるべきものではなく本件買收に付いては藤戸町農地委員会が正規の手続により対價に付いては自創令第十一條昭和二十二年農林省告示第七十一号に從つて各宅地の賃貸價格に財産税法に定める倍率(本件に於いては五十八倍)に乘じて定めたもので時價に比し著しく低廉なものではなく正当な対價と言うべきである。即ち、

一、農地改革に於いて買收農地の対價を農地賃貸價格の四十倍及び四十八倍と法定し、未墾地牧野の買收対價は近傍類似の農地の價格の四十五%の範囲内と定め其の支拂方法に付いても農地証券の発行と言う特別な制度を考案し、耕作農民の負担の軽減、民主主義日本の復活強化、経済的混乱の救済を其の精神として居る以上宅地に付いてのみ高價な自由價格が買收対價として認められるべきものではなく、自創法第十五條第三項に所謂時價参酌の意義に付いても一定の制限が置かれることは当然である。

二、自創法第十五條第三項は時價参酌とのみ規定して参酌の方法に基いて触れて居ないが、之は右参酌の基準を命令を以て定めることを許したものと解すべきであり、自創令第十一條等は右基準を具体的に示したものである。

又憲法第七十三條第六号によると内閣は法律を施行する爲に政令を制定することを認められて居る。自創令第十一條等は国民の権利を制限したものではなく法の具体化を規定したものであるから、此の点からしても有効適法なものである。

三、前記農林省告示に所謂財産税法に定める倍率とは同法第二十五條第一項の倍数を指し、右倍数は同法第二十六條及び同法施行規則第二十條により一定区域毎に標準となるべき土地に付いて取引價格も参酌して政府が算定する價格の調査時期に於ける賃貸價格に対する倍率に比準して定めたものであり所轄財務局長が不動産評價委員会の諮問を経て定めたものである。而して財産税法は其の目的からして個々の財産に対する正確な評價をなすことが必要前提であり前記法定手続により明かな如く時價を評價の基準として居る。從つて右倍数を採用した前記告示による本件買收價格は時價を参酌したものと言うべきである。

もつとも右倍数決定は調査時期である昭和二十一年三月三日の事実を基礎として定めたものであり、本件買收時期との間に相当の時間的間隔があるが、右調査時期後の物價変動は買收対價決定に付き参酌する必要がない。蓋し、

(1)  物價変動は変轉極まりないもので、宅地買收を農地改革の一環として全国的に急速廣汎に行う際、右変動を考慮して行うことは農地委員会の構成等からしても行政技術的に不可能である。

(2)  宅地等の取引價格は統制されて居ないので、高騰した時價其物で買收するとすれば賣渡價格も之に伴つて増加し農業経営の採算を惡化させることとなり健全な自作農創設と言う自創法の目的は到達し得ない。

(3)  買收当初の時價を標準として定めた劃一的基準は農地改革が一段落を見る迄の間維持しない場合は、買收時期の前後により被買收者間に不均衡を生ずる。

(4)  元來自創法第十五條により買收対象となる宅地は同法施行と共に一種の負担が課せられたものと言うべきで、他の買收の対象とならぬ自由な宅地と同一に評價することは不適当であり被買收者は同法施行時である昭和二十年末の時價を参酌して定められた買收対價に相当する額の農地証券を受領すべきである。

等の事由を綜合すれば前記物價変動は考慮すべきではないからである。

四、而して、時價を参酌するとは、時價による、とは明らかに相違し時價其物によることなく時價より低額であつても買收の基本制度の趣旨、被害法益の性質、当時の社会情勢等から見て権利者が損失を受忍すべき場合に該当せば損失の一部補償を以てしても合理的に正当な補償と言うべきであり、自創法による本件宅地買收等は行政事務手続上又は社会の経済事情等から見て正当な補償である。

更に自創法は農地調整法と共に国内法であると同時に占領軍による日本管理令としての性格を有するものであることは同法が屡次の連合軍最高司令部の覚書、マツクアーサー元師の声明によつても明白であり、其の嚴正果断な実施は至上命令であり原告主張の如き坪当り八拾円乃至弐百円と買收対價を決定するが如きは自創法の精神にもとるものである。と述べた。(立証省略)

四、理  由

原告所有に属して居た本件宅地四筆が昭和二十四年七月二日自創法第十五條により計参千四百四拾五円七拾八銭で買收され、同月十八日右買收令書が原告に送達されたことは当事者間に爭いがなく、右対價が自創令第十一條昭和二十二年農林省告示第七十一号により告示された「宅地等の対價算定基準に関する件」により昭和二十二年五月十日中央農地委員会が決定した宅地買收基準である該当宅地賃貸價格に財産税法に定めた倍率(本件の場合は兒島郡の平均倍率五十八倍。)を乘じて得た額によつたことは原告の明に爭わないところである。

しかして当事者間に於ける係爭の焦点は本件買收の対價が自創法第十五條第四項(被告の同條第三項と言うのは昭和二十四年法律第二百十五号による改正前のものであり、本件買收は右改正法施行日である同年六月二十日以後のものであるから改正後の第四項とするべきものである。)に所謂時價を参酌して定められたものであるか否かに付いてであり、原告は自創令第十一條等の規定は法律の委任なくして定められたものであるから拘束力のないものであり(形式的理由)又本件対價は正当の補償にも適合せず到底時價を参酌したものとは認められない(実質的理由)として之を否定し被告は之を爭うので以下自創令第十一條等の規定の効力及び時價参酌の意義に付いて考察するが、其の前に先づ自創法の性格が根本的な問題であるので此の点に付いて論ずることとする。

一、自創法の性格

自創法等農地改革諸法は他の一般法規とは異つた特殊性を有して居る。即ち其等は国内法であると同時にポツダム宣言に所謂、日本国国民の間に於ける民主主義的傾向の復活強化に対する障碍を除去する目的に於いて、終戰後農村に於ける封建的土地所有制度を廃止して土地の再分配を行い農村を民主化しようとの連合国の政策を実施する爲昭和二十年十二月以降屡次の最高司令官覚書及び声明が発せられた結果、制定或いは改正せられて成立したもので、自創法は其の目的として耕作者の地位の安定及び自作農の急速廣汎な創設による農村の民主的傾向の促進を図ることを掲げて居る。從つて自創法は唯狹義に嚴格に解すべきものではなく其の解釈運用は右法の目的を貫徹しひいては連合国の至上命令に副う様努めるべきことが絶対的要件であり此の点を卒直に認めて論を進めなければならない。

二、自創令第十一條等と自創法第十五條との関係。

元來自創法第十五條(昭和二十一年法律第四十三号)は其の第三項に於いて買收農地に附帶し関連ある農業用施設或いは土地建物の買收の対價に付き「採草地(後牧野と改正。以下同じ。)にあつては命令の定めるところにより当該採草地の近傍類似の農地の時價を参酌し採草地以外のものにあつては時價を参酌してこれを定める。」と規定して居り之に基き自創令第十一條が第二項に於いて採草地の対價決定基準を定めると共に第一項に於いて農業用施設宅地(後土地と改正。)又は建物の対價決定基準をも定めて居る。從つて宅地買收対價決定基準に関する自創令の定めは自創法に命令への委任規定がなく規定されたものとして其の形式的適法性が問題となり得る余地があつた。ところが自創法は前記の如く昭和二十四年法律第二百十五号により改正され右対價に関する規定は第四項になると共に「命令の定めるところにより牧野にあつては当該牧野の近傍類似の農地の時價を参酌し牧野以外のものにあつては時價を参酌してこれを定める。」と改正され宅地の買收対價決定基準に付いても命令に委任するところとなつた。從つて前記自創令第十一條第一項の形式的瑕疵は之によつて治癒されたものと認むべきである。

しかして本件宅地買收が右改正法施行後の買收であることは前記の如くであるから自創令第十一條以下の形式的適法と否とに付いては此以上論ずる必要はなく適法となつたものと認める。

三、自創法第十五條第四項に所謂時價を参酌するとの意義。

次に前記農林省告示による中央農地委員会の決定基準が自創法第十五條第四項に所謂時價を参酌したものと認め得るか否かの実質的適法性に付き審究する。

前記中央農地委員会決定に所謂倍率とは財産税法第二十五條の倍数を指称するもので、右倍数決定は全国的に亘り速かに財産税を賦課する前提として不動産の評價を出來る丈正確にする爲採られた方法と解せられ同法第二十六條同法施行規則第二十條によれば倍数は一定区域毎に標準となるべき土地に付き取引價額を参酌して政府に於いて算定する價額の調査時期(昭和二十一年三月三日)に於ける賃貸價格に対する割合により所轄財務局長が不動産評價委員会の諮問を経て定めたもので各不動産の評價は一率に賃貸價格に右倍数を乘じたものを以てしたのである。從つて右評價方法は当時の不動産の時價を参酌したものと言うことが出來る。然し乍ら本件買收は昭和二十四年七月二日に行われたものであり前記調査時期より三年以上を経過して居り、其の間の物價騰貴は極めて著しいものであつたことは顕著な事実であるので若し時價を買收時期の一般取引價格と解するならば右倍数を基準として採用した前記決定は到底時價を参酌したものとは言えない。

そこで右時價の標準時期に付いて考察する。

凡そ農地改革の如き大事業を急速に実現する爲には一定の明確な具体的基準が必要不可欠であり、しかも右基準を調査決定する爲にも相当の期間を要し、基準によること其れ自体が通常は其の定められた具体的基準を或る期間継続して使用すると言う結果を伴う。財産税法が昭和二十一年三月三日を調査時期として倍数を決し乍ら同法は同年十一月二十日から施行されて居る事実も右事情の一端を物語るものである。從つて買收時期毎の時價によるべし、との方法は到底言うべくして行われ難いことである。更に又、

(1)  物價騰貴の著しく然も事業の性質上急速な実現を努めても尚相当な長期間を要する農地改革に於いて偶然的原因に基く買收の前後により被買收者間に不均衡を生ずること必然で之を避ける爲には買收対價を一定時期を以て抑えるより他に方法のないこと。

(2)  農地改革が連合国の至上命令に根本的基礎を置き、農地改革諸法が制定施行された場合に買收対象となる宅地を爾余の宅地と同視し、自創法施行後の物價騰貴を買收宅地に付いても及ぼし同一標準で評價し対價の基準とすることは必ずしも適当でなく又農地買收は昭和二十年十一月二十三日現在の事実に遡つた買收を認め、宅地買收は右買收農地に関係ある宅地に付き行われて居ること。

を綜合考察するとき前記中央農地委員会の決定が時價参酌に付き一定基準を與えしかも其の内容が当時施行されて居た財産税法に規定してある倍数を採用したことは、其の倍数が遡つた昭和二十一年三月三日の事実を基礎として居るにも拘わらず自創法第十五條第四項に所謂時價を参酌したものであり從つて本件対價も適法なものと認むべきである。

勿論右基準によれば買收対價は基準決定当時の時價よりも廉價であることは前記の如き事情下にあつては明かであるが、所謂正当の補償も各種の事情を考慮した合理的補償であれば足り既に述べた如き自創法の趣旨及びインフレ防止と言う当時の社会的経済的事情の下に於いては不当なものとは認められず、鑑定人の鑑定も本件買收時期の本件宅地の取引價格を自創法による何等の拘束ないものとして鑑定したものと認められるので本件買收対價の当、不当を断ずる根拠とすることは出來ない。

以上要するに原告の全主張、立証を以てしても本件買收價格が自創法に所謂時價を参酌して居らない不当なものであるとは認められず之を前提とする本件請求は認容すべきものではないので之を棄却し、訴訟費用に付き民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 菅納新太郎 林歓一 辻川利正)

(目録省略)

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