岡山地方裁判所 昭和25年(ヨ)164号 決定
申請人 橋本直人 外一名
被申請人 小野田セメント阿哲工場労働組合
右代表者 組合長
被申請人 小野田セメント製造株式会社
一、主 文
本件申請は却下する。
申請費用は申請人等の負担とする。
二、理 由
申請人両名代理人等は「一、本案判決確定に至る迄イ、被申請人組合が昭和二十五年六月中申請人両名を除名した処分の効力を停止する。ロ、被申請人会社が同月中申請人両名に対してなした解雇の効力を停止する。二、被申請人会社は右解雇の日から本案判決確定に至る迄申請人両名に対し従来通りの賃金を支払わなければならない。」との仮処分を求め、其の理由として、
一、申請人両名は被申請人会社(以下単に会社と略称する)に雇われ(阿哲工場勤務)被申請人組合(以下単に組合と略称する)の組合員であつたものであるが組合長柴崎以下九名の執行部は昭和二十五年六月三日の月例総会に於いて組合内の統制違反取締強化の名目の下に賞罰委員会設置の動議を提出して出席組合員に之を確認させ、同月五日組合の賞罰機関である職場委員会を開催させて賞罰委員を選出させ、次いで同月六日右賞罰委員会はいきなり申請人橋本及び組合員三谷慈心外三名を喚問し、組合の統制を紊している旨の投書があつたとの名目下に「共産党員だろう。何年何月入党したか。入党の動機は如何。細胞会議は何日何処で開き誰が参加したか。細胞機関紙発行に付き組合の承認を得たか。其の内容に関する資料はどうして出したか。」等の訊問をした。尚申請人橋本は訊問が統制違反該当の様な事実に触れないので答弁を拒絶し、申請人畝尾は同委員会に喚問もされなかつた。
次いで職場委員会は申請人等の除名を決した後執行部は同月八日臨時総会を何等の議題もなく召集した上申請人等の除名動議を提出し、明確な説明もなく又発言も全然封じて投票裁決したところ予期に反し除名に必要な定数に達しなかつたので執行部は憤慨して総辞職を仄めかし白紙投票は組合に対する侮辱と称する等再決定方を強要して退場した。執行部の腹心は申請人等も退場させた上やり直しと称して討論もなく挙手による採決をした結果状況が急転し前記職場委員会の除名議決は組合の処分として確定した次第である。
二、しかしながら右除名処分は次の諸点に於いて著しく不当であり法律上無効なものである。
1.本件除名は理由不明確であり、組合執行部は組合の統制に違反したと言うが通告された理由には具体的事実なく、執行部の口頭の説明によれば共産党細胞会議を開催し、細胞新聞を発行した事実を挙げているところから結局政治的信条の故に行われたものであると認められ、組合規約第七条(組合員の信条の保障)第十三条第五号(組合員の政治活動の自由)に違反する。
2.申請人両名は組合員として総会に出席し発言の機会を与えられるべきは明白であるに拘わらず総会に於いて発言を許されず更に退場せしめられ、申請人畝尾の如きは賞罰委員会にも呼ばれず組合員たる権利行使を不当に奪つた手続上の違法がある。
3.組合規約第二十五条によれば組合員除名決議は組合員の直接無記名投票によるべきであるに拘わらず之に反し挙手により申請人両名の除名を決定した。
4.本件除名は基本的人権を擁護する憲法第十四条及び第十九条に違反する。
三、会社は組合所属の小野田セメント労働組合連合会との間に締結されている基本労働協約第三条(組合より除名された者は組合と協議し組合が已むを得ないと認めた者のほかは解雇する。)により申請人両名を解雇したが右解雇処分は前提たる除名処分が無効であるから当然無効なものである。
四、申請人両名は本件除名無効解雇無効確認の訴を提起準備中であるが、本案判決確定には数年を要し、之を待つては其の日暮しの申請人両名は生活に困窮し償うべからざる損害を受けるので本件仮処分申請に及んだ。
と謂い、疏甲第一、二号証を提出した。
疏明書類及び審訊の結果を綜合すれば、申請人両名が元会社に雇われて同会社阿哲工場に勤務し、組合の組合員であつたが、昭和二十五年六月中組合の賞罰委員会職場委員会及び臨時総会の手続を経て、結局組合は同月八日申請人等を組合から除名し、会社は同月十六日労働協約第三条により、申請人等を解雇するに至つたことが認められる。
しかして申請人両名が本件除名処分を無効であるとする点に付いては次の如く認められる。即ち
1.除名の理由
本件除名は組合員が組合内部に於いて政治的活動を行うことを禁止する旨の決議に反して申請人両名が共産党細胞機関紙「コンペア」の発行組合員に対する配付等の行動をなしたことを理由とするものであり、右は単に政治的信条の範囲に止まるものではない。又規約第十三条第五号には組合員の政治活動の自由を保証して居るが、規約第十四条第二号は組合員に組合決議を尊重し、統制に服する義務があることを明定して居り組合は個々の組合員が組合を離れて一般大衆を相手として政治活動を行うことを禁止することは出来ないが組合員の勤務する工場の内部或いは其の附近で細胞機関紙を組合員に頒布する如き行為を制限乃至禁止することは組合が其の団結を維持し、統制を確立する為可能であり組合員の之に反する行為は許されないもので、組合の前記決議及び申請人両名の之に反する行動があつたことは疏明十分である。
2.弁明権の無視の点
総会に於いて申請人両名の弁明権が不当に制限されたものとは認められず却つて申請人等も相当活溌に発言をして居る。もつとも申請人畝尾が賞罰委員会に喚問せられず従つて出席弁明の機会がなかつたことは認められるが本件除名は申請人等がグループとして種々なした行動に付いて責任を問うて居るものであり申請人畝尾に関する特別の理由もないので申請人橋本等に対する調査により、申請人畝尾に関する事実も調査が可能であるとみられ、又規約第十三条第四号に制裁処分に対し組合員に弁明弁護する権利が保証されて居るが同規定は除名決定機関である総会の議事以前の手続の各段階の総てに於いて当該組合員に釈明させることを要求して居ると迄は認められない。更に総会に於いて申請人等が退場させられた事も認められるが右は一時的のものであつて申請人等の権利を不当に制限したものと解せられない。
3.除名決議の方法
除名処分の議決は総会にいて組合員の直接無記名投票によるべきものであることは規約第二十五条により明白であるが本件除名が右以外の方法によつて行われたとの疏明なく却つて直接無記名投票によつたものと認められる。
4.憲法違反の点
憲法第十四条及び第十九条に違反するとの点は何人も信条により差別待遇を受けない、思想の自由を侵してはならない、との趣旨に反するとの意であろうが、1.に記載の如く申請人等の責任を問われたのは既に信条の範囲を踰越して居るものであり、又思想の自由も単に内部的思想の範囲に止まらず外的行動に現われた場合組合が其の団結を維持する為組合員の行動に統制を加えることは組合員の私生活の全分野に亘ることは不可であるが或る限度に於いて許されること、本件は1.記載の如く組合員の行動を正当な範囲内で制限した決議に違反するところから制裁を課したもので右憲法の条文と背戻しないものである。
以上の理由により本件除名処分従つて亦解雇処分も申請人等主張の如く違法無効と認められず、右を何れも無効とする前提の下に行われた本件仮処分申請は何れも理由がないので却下し、申請費用に付いては民事訴訟法第八十九条、第九十五条を適用し主文の通り決定する。
(裁判官 菅納新太郎 多田義雄 辻川利正)