岡山地方裁判所 昭和37年(行)2号 判決 1964年1月28日
原告 黒田園逸
被告 津山税務署長
訴訟代理人 福島豊 外四名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は「被告が昭和三六年七月三一日附でなした原告の昭和三五年度分課税所得額を金一九万一、一〇〇円とする再更正決定はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として
一、原告は昭和三六年三月一五日被告に対し昭和三五年度分所得金額を金二一万八、六三六円、これから扶養控除等所得控除金二二万九、一九八円、課税所得金額なしとして確定申告したところ、被告は扶養控除の申告を認めず、同年四月一三日附で右所得金額を金二九万円、所得税額を金七、四〇〇円と更正決定してその頃原告にその旨通知した。
二、そこで原告は右更正決定に対し扶養控除を認めるよう要求して再調査の請求をしたところ、被告は右請求を棄却したうえ、同年七月三一日付でさらに
所得金額 金三〇万六、七五六円
所得控除額 金一一万五、五九九円
その内訳
医療費控除 金三、五二五円
社会保険料控除 金二、二二〇円
生命保険料控除 金一万九、八五四円
基礎控除 金九万円
差引課税所得額 金一九万一、一〇〇円
所得税額 金二万三、五〇〇円
と再更正決定してその頃原告にその旨通知した。
三、原告は右再更正決定につき広島国税局長に対して審査の請求をしたところ、同局長は昭和三七年一月三一日附で右請求を棄却した。
四、ところで原告は二〇数年前入砂サツキと事実上の婚姻をして以来ひきつづき同居同棲し、その間に昭和二一年五月二〇日長女和子が出生して、ともに原告の扶養をうけて原告とその生計を一にしていたものであつて右サツキおよび和子にはいずれも独自の所得がない。
五、そうすれば右両名は原告の扶養親族として扶養控除をうけうべきであるにもかかわらず、これを扶養親族と認めず扶養控除をしなかつた被告の前記再更正決定は違法であるからこれが取消を求めるため本訴請求におよぶ
と述べ、被告の主張に対し
内縁の妻およびその間に出生した子であつても、納税者が実質上妻子として扶養している場合には扶養親族として扶養控除を認むべきである
と反駁した。
(証拠省略)
被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、請求原因に対する答弁およびその主張として
請求原因第一ないし第四項の各事実は認めるが、被告の再更正決定には何らの違法もない。すなわち
所得税法第八条第一項(昭和三六年法律第三五号による改正以前のもの)によれば「この法律において扶養親族とは納税義務者と生計を一にする配偶者その他の親族………をいう」と規定されているが、右にいう配偶者にいわゆる内縁の配偶者をも含む趣旨であるならばその旨明示されているのが通常であるにかかわらず、これがないことからすれば、右にいう配偶者とは法律上の配偶者に限定して解すべきであるから、入砂サツキは原告の扶養親族ではなく、またその間に出生した入砂和子も原告においてこれを認知した事実はないから、法律上の親族ではなく、したがつて原告の扶養親族でないことは入砂サツキと同断である
と述べた。
(証拠省略)
理由
請求原因第一ないし第四項の各事実は当事者間に争いがない。
そこで事実上の婚姻により夫婦として共同生活をしてはいるが婚姻の届出をしていないいわゆる内縁の配偶者およびその間に出生した子について所得税法上扶養控除が認められるべきかどうかについて判断することとする。
所得税法(昭和三六年法律第三五号による改正前のもの)第八条第一項は、「この法律において扶養親族とは、納税義務者と生計を一にする配偶者その他の親族………をいう」と規定し、所得税法上扶養控除を受くべき者を定義している。ところで、わが国の実定法体系のもとにおいては、ある法律分野における法律用語は他の法律分野においても同一の意味内容を有しているのが原則であつて、かるがるしく分野を異にすることを理由に用語を異別に解釈することは許されないから、前記規定中の「配偶者」および「親族」という用語は、いずれも民法上の配偶者(届出をした配偶者)および親族を指しているものと解すべきである。また民法以外の法律分野において、民法上の配偶者のみならず、いわゆる内縁配偶者をも含めて規定する場合には、配偶者(届出をしていないが、事実上婚姻関係にある者を含む)(国税徴収法第七五条第一項)等の表現を用いてその趣旨を明確に規定しているのが通例である(たとえば、一般職の職員の給与に関する法律第一一条第二項第一号、国家公務員災害補償法第一六条第一項第一号、国家公務員等退職手当法第一一条第一項第一号、国家公務員共済組合法第二条第一項第二号イ、公共企業体職員等共済組合法第二四条第一号、市町村職員共済組合法第一六条、健康保険法第三条第二項第一号、日雇労働者健康保険法第三条第二項第一号、厚生年金保険法第三条第二項、失業保険法第二七条第一項、国民年金法第五条第三項、中小企業退職金共済法第一一条第一項第一号、優生保護法第三条第一項等)。また内縁配偶者との間にできた認知していない子についても、親族とはしないで(………の配偶者で届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にあるものの子………)(国家公務員共済組合法第二条第一項第二号ハ、公共企業体職員等共済組合法第二四条第三号、健康保険法第一条第二項第三号)等と規定している。しかして所得税法の前記定義規定のなかには、内縁配偶者やその間に生じたがまだ認知していない子について、右のような表現はとられていないのであるから、同法においては、内縁配偶者やまだ認知していない子は扶養控除すべき親族に含めてはいないものといわなければならない。
もちろん、所得税の扶養控除制度、わが国の内縁関係の本質等を考えると立法論としては議論の存するところであろうけれども現行法上においては、右のように解するほかはない。
そうすると、原告がその内縁の妻である入砂サツキおよびその間に出生したがまだ認知していない入砂和子を現実に生計を一にして扶養していたとしても、扶養控除の対象とはならないから、被告がこれと同一の見解にたつて原告に対してした本件再更正処分には、違法がなく、原告の本訴請求は理由がない。
よつて訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 柚木淳 井関浩 金野俊雄)