岡山地方裁判所 昭和41年(わ)437号・昭41年(わ)395号 判決
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〔判決理由〕(詐欺につき一部無罪の理由)
本件詐欺の公訴事実中、被告人が浅野靖隆より昭和四〇年八月一日より同年九月二一日までの間別表(二)記載のとおり合計四五回に亘りプロパンガス・ブタンガスの交付を受け、これを騙取したとの事実については当裁判所は次のとおり判断する。
(一) 被告人の司法警察員に対する昭和四一年五月二六日付供述調書、浅野靖隆の司法警察員に対する同年四月一三日付供述調書によれば、公訴事実記載のとおりの交付の事実は認め得られる。
(二)(1)しかし、<証拠>を綜合すると次の事実が認められる。すなわち昭和四〇年はプロパンガスの値動きが特に激しく、同年五月頃までは一キロ当り四〇円前後であつたが、六月に入るや供給不足が緩和し、かつ夏期の不需要期に入つたため価格が低下し、八月以降は一キロあたり二一円前後でしか取引がなされなかつたのがプロパンガス卸業界の実情であつた。またそのような価格でしか売れないとしても冬場の需要期になつた場合の価格騰貴を予想してその時期まで得意先を失わないために夏期には原価を割つて取引されることも業者間では普通に行なわれていた。従つて上記の如き昭和四〇年における市場の動きをみれば被告人が岡山から一キロ当り二七円で仕入れてタンクローリー車で東京方面まで運搬し、運搬費をかけたうえ一キロ当り二一円程度で売却した事実があつたからといつてそれはいわゆるダンビングではなく、当時の市況からはやむを得ない行為であつて、かようにして取引先を確保して冬場を迎え、価格騰貴により挙げ得た利益で欠損を補填することができる可能性の存在を考えれば原価を割つて販売した事実のみをもつて被告人に詐欺の犯意ありとは断ずることができず、寧ろ被告人は取引の当初は不渡手形を出さぬよう努力しており、また売却先には再三にわたつて価格の値上げを申入れているのであり、更に欠損を少くするためプロパンガスより単価の安いブタンガスの取引を主として行つているようでもあり、これら一連の事実を綜合して考えると被告人の犯意を疑わしめるに十分であるというべきである。
(2) 尤も<証拠>を綜合すれば被告人は昭和四〇年七月末取引を開始するに当り、浅野嘉夫に対し自己の親族関係、知人関係等につき若干の詐言を用いている事実が認められるが、しかし被告人が自己の信用をかちとるため、多少誇張された表現を用いたとしてもその言葉が約七〇〇万円を限度とする大規模な取引について、果して何程の影響を及ぼすかは疑わしく、また多少の誇張がありがちな商取引であつてみれば直接関係のない被告人の親族、知人関係についての誇張は何等本質的な影響を及ぼさず、さればこそ被告人との間にタンクローリー車五台を譲渡担保とする契約を締結しているのである。従つて右の如き詐言の行われたことを以て本件取引行為全体を詐欺と考えることは早計と言わねばならない。
(3) <証拠>を綜合すれば被告人は浅野との取引の当初から仕入れたプロパンガスをダンビングして換金処分してしまう計画であつたような供述があるが、前記の事情よりすれば右自白の信用性は疑わしく、また相手方である浅野も岡山では最も大規模なプロパン業者であるから、業界紙等によつて東京におけるプロパンガスの市況等は当然承知していたものと思われるから、被告人が仕入原価より安く売つていることを知らず、その点につき錯誤があつたとの供述も措信し難い。
(4) 以上のとおり、被告人が昭和四〇年七月末ごろ、浅野と取引するに当り、代金支払の意思も能力もなかつたとする証拠は乏しく、この段階ではいわゆる自転車操業に過ぎず、当裁判所としては昭和四〇年九月に至り、被告人の営業上の欠損があまりにも著しく多大となり、取引の相手方に交付した手形をその相手方からの借入金でまかなうといつた事態となり、銀行取引停止寸前となつたにも拘らず、運賃さえ支払える見込がないのに、他の運送会社からタンクローリー車をチャーターして契約限度の七〇〇万円を超えて取引量を増大せしめ、しかも高価なプロパンガスを主として仕入れることを開始した同年九月二二日頃被告人は浅野に対する欺罔の確定的な故意を抱蔵するに至つたと判断する次第である。
従つて冒頭に掲げた公訴事実は犯意の証明がないが、判示詐欺の事実と包括一罪の関係にあるものとして起訴されたものと認められるから主文において無罪の言渡をしない。
(横領の点の無罪理由)
本件公訴事実中、横領の点は
被告人は東京都練馬区練馬二丁目三番一八号において、太洋商運株式会社名義でプロパンガスの販売並に輸送業をしていたものであるが、昭和三九年七月九日頃岡山市西長瀬二二八番地岡山日野自動車株式会社代表取締役合田佳辰より自動車を購入するに際し代金完済まではその所有権を売主の右会社に留保し、その間買主たる被告人において使用する旨のいわゆる月賦購入の方法で同社よりタンクローリ車三台(六四年式TO三〇型、三九年式TO三〇型二台)を価格および金利諸費用を含め合計一七、五五六、三六二円で引取り保管中、未だ右月賦金を完済しない昭和四〇年七月下旬ごろ、岡山市桜町五九番地株式会社浅野靖隆商店において擅に同会社代表取締役浅野靖隆に対し金七〇〇万円の譲渡担保としてこれを提供して横領したものである。
というにある。
よつて審究するに、先ず公訴事実記載の日時場所において被告人が所有権留保特約付で購入していたタンクローリー車三台を月賦完済前であるに拘らず譲渡担保とした事実は証拠上認め得られるし被告人も敢えて争わないところである。
弁護人は右譲渡担保は自動車所有権の変動の第三者に対する対抗要件たる登録をしていないから、法律上有効完全な処分行為とは言えない。従つて被告人の右所為は横領の意思の確定的な発現と言えず横領行為に該当しないと主張する。しかし、横領行為として評価し得るためには不法領得の意思の確定的発現と見られる行為であれば足り、登記、登録等の対抗要件の具備を必ず要するものとは考えられない。勿論、自己の占有する他人の土地にほしいままに自己または他人のために、抵当権設定登記をする如きは登記の完成を待たなければ単なる内心の意思でしかあり得ないが、本件のように登録がなくとも譲渡担保設定の当事者が了解しておれば一定の担保価値が生ずるものについては、契約のみで金融の利益を受ける可能性を取得するもので、目的物が自己の占有する他人の物であれば対抗要件を経ずとも契約のみで不法領得の意思の実現行為として十分評価できるから弁護人の右主張は採用し難い。
よつて進んで被告人の犯意について検討する。被告人の当公判廷における供述、同人の司法警察員に対する昭和四一年三月一九日付、同年六月二八日付各供述調書、証人長安堅、同浅野嘉夫の証言を綜合すると被告人は所有権留保の約款は説明を受けて知るには知つていたが、右各自動車はいずれ自分のものになるのだから割賦金さえ滞りなく支払つておれば担保に供しても差支えないと思つていたという事実が窺える。勿論これは被告人の誤信であるには相違ない。しかし被告人のこのような誤信は一般に行なわれている割賦購入の場合における所有権留保約款の実質に鑑みるとあながち単なる軽信と葬り去れないものが存する。すなわち、一般に右の所有権留保の特約が如何なる法律的性質を有するものかについては民事上争いのあるところであるが、その社会的経済的な実質が自動車抵当権に類する担保権であることには争いがない。従つて通常の取引においては買主はあくまで売買と同時に、或は割賦金支払いの程度に応じて自動車の所有権が自己に移るものであつて唯、割賦金を完済しないときは売主から所有権を追奪されるに過ぎないものと考えているようであり、本件の如く、被告人が割賦金未済であつても相手方にその旨了承を得た上で担保に供することができるという意識を持つたとしても必ずしも異とは致しかねるのである。自分の物ではないから、担保に供することもできないと考えると割賦金完済まで(本件では予定どおり入金しても完済までには二カ年を要する)本件タンクローリー車は物理的な効用は有しても経済的な作用は全く果さいことになり、かかる事態は商取引の実情にそぐわないと被告人が思つたとしてもそれがあながち一般取引上の通念から懸絶遊離したものとも言い切れないのである。
従つて民事上の見解はともかく、法律的専門家でない一般人を標準としなければならない刑事上の責任にあつては被告人は本件タンクローリー車三台分の代金約一七五〇万円のうち昭和四〇年七月当時約五四〇万円程度支払つているのであるから担保権付の自己の物を処分したと考え、もつて犯罪行為自体の構成要件要素に対する認識を欠くに至つたものと認めることができるのである。
たしかに被告人は前記証拠によれば、悪いと知りつつタンクローリー車三台を担保に供した旨の供述も存するが前述の取引界の実態に即して考えれば単に債務不履行の事実を認識しているのみで犯意の証拠としてはたやすく措信し難いものがある。
さらに被告人は日野自動車株式会社との割賦購入契約の際割賦金完済まで買主は自動車につき一切の処分をしてはならないとの特約条項があり、これを認識していたものと考えられるが、前記のような所有権留保特約の実態および被告人が右会社と締結した契約の内容が実質的に所有権を総て被告人に移転したと同様の関係になつている事情(すなわち、公租、公課、危険負担等すべて買受人たる被告人の負担である)を合せ考えると右の特約内容の不履行をもつて民事上の責任を超えて横領の犯意を認めることにはかなりの疑問を存する。
蓋し右所有権留保の特約の違反に対して刑事上の責任を問い得るためには通常の割賦販売に見られぬ悪質な事案(例えば大審院昭和九年七月一九日判決刑集一三巻一、〇四三頁の如く七人の異る売主から次々と自動車一一台を所有権留保付の割賦払で買受け、次々に売渡担保に供するといつた通常の割賦販売には見られぬ事案がこれに該当する)でなければならないと思料するが故である。
以上のとおり被告人は横領の点については他人の物であるとの認識を欠き、犯意を認めるに足る証拠がなく、本件横領の公訴事実は結局犯罪の証明なきに帰するので刑事訴訟法三三六条に則り主文において無罪の言渡をなすべきものとする。(牛尾守三)