岡山地方裁判所 昭和42年(ワ)238号 判決 1968年10月30日
原告
日産カクタス石油株式会社
代理人
松岡一章
外一名
被告
株式会社細川石油店
代理人
田淵洋海
外一名
主文
一、被告と訴外有限会社備南石油との間において、昭和四一年二月一日同訴外会社所有の別紙目録記載の営業資産についてなされた譲渡契約は、これを取消す。
二、被告は原告に対し、金一、〇三二、三一二円を支払え。
三、被告は原告に対し、別紙目録記載の訴外岡山県商工信用組合灘崎支店に対する金額三、二一七、四二五円の記載ある定期預金証書、残高金額五五、一六〇円の記載ある普通預金証書、現在高金額五六、〇七九円の記載ある歩積預金証書、出資金五〇、〇〇〇円の記載ある出資金証書、訴外岡山県石油組合に対する出資金一、〇〇〇円の記載ある出資金証書、訴外玉野ガス株式会社に対する株式金額五〇、〇〇〇円の記載ある株券及び什器備品、橋梁設備、ガソリンスタンド装置、電気設備を引渡せ。
四、原告のその余の請求を棄却する。
五訴訟費用は被告の負担とする。
六、この判決は第二項に限り仮に執行することができる。
事実
(請求の趣旨及びこれに対する答弁)
原告訴訟代理人は主文第一ないし第三項同旨および第三項記載の物件の引渡ができないときは金五、四八六、五六四円を支払えとの判決ならびに仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は「原告の請求はいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。
(請求原因)
一、原告は訴外有限会社備南石油(以下訴外会社という)に対し、次の各債権を有する
1、手形金債権
(イ) 原告は訴外会社の振出したいずれも振出地及び支払地岡山県児島郡灘崎町、支払場所岡山県商工信用組合灘崎支店、受取人原告の記載ある次の各約束手形を現に所持する
(金額)
(満期)
(振出日)
1
三〇〇、〇〇〇円
昭四〇・一〇・六
昭四〇・四・五
2
一〇〇、〇〇〇円
〃
〃四〇・一・三〇
3
二八九、三四〇円
昭四〇・一〇・六
〃四〇・六・五
4
四〇〇、〇〇〇円
〃
〃四〇・八・一〇
5
四五〇、〇〇〇円
昭四〇・一一・六
〃四〇・六・五
6
三三九、〇〇〇円
〃
〃四〇・九・六
7
一〇〇、〇〇〇円
〃
〃
8
四一五、五八五円
〃
〃四〇・九・一〇
9
二五〇、〇〇〇円
〃
〃四〇・八・一〇
10
四五〇、〇〇〇円
昭四〇・一二・六
〃四〇・五・五
11
二五六、七六〇円
〃
〃四〇・八・一〇
12
一四三、〇〇〇円
昭四〇・一二・六
〃四〇・八・一〇
13
四三〇、〇〇〇円
昭四一・一・六
〃四〇・七・五
14
一五〇、〇〇〇円
〃
〃四〇・一一・五
15
二七〇、〇〇〇円
昭四一・二・六
〃四〇・八・五
16
三一〇、〇〇〇円
〃四一・三・六
〃四〇・九・五
(ロ) 原告は訴外会社より、訴外広金豊の振出した
一、金額 一三二、五〇〇円
二、満期 昭和四一年一月四日
三、支払地及び振出地
岡山県児島郡灘崎町
四、支払場所
株式会社中国銀行迫川支店
五、受取人 訴外会社
六、振出日
昭和四〇年一〇月五日
の拒絶証書作成免除の記載ある約束手形一通の裏書譲渡をうけ、現に所持する。
原告は、右手形を満期に支払のため支払場所に呈示したが、支払を得られなかつた。
2、損害賠償債権
原告は訴外会社に対し、石油製品の容器であるドラム罐を三ケ月以内に返還する約束のもとに、昭和三八年七月頃から同四〇年一〇月までの間継続的に貸与し、同四一年一月現在二七一本の返還請求権を有するところ、訴外会社においてその返還が不能であるから、その履行に代る時価相当額金六一五、二〇〇円の損害の賠償を受ける権利がある。
3、貸付金債権
原告は訴外会社に対し、いずれも弁済期の定めなく
(1) 昭三六・四・二八 金八〇、〇〇〇円
(2) 同三六・五・二 金一二〇、〇〇〇円
(3) 同三六・七・一五 金一二〇、〇〇〇円
(4) 同三六・七・三一 金二四〇、〇〇〇円
(5) 同三六・八・九 金四八、〇〇〇円
(6) 同三六・一〇・一 金四八、〇〇〇円
(7) 同三七・四・一六 金三八〇、〇〇〇円
(8) 同三七・四・三〇 金二四一、〇〇〇円
をそれぞれ貸付けた。
二、しかるに訴外会社は、昭和四一年二月一日被告に対し、同年一月三一日現在の訴外会社の別紙目録記載の消極財産を含む営業財産(各財産欄下の数字は譲渡時の評価額である。)を譲渡した。
三、前記譲渡は、訴外会社の原告に対する前記債務額七、一五六、七三一円及び若干の動産を除き、ほとんど全部の営業財産につきなされたもので、右譲渡により訴外会社は全くの無資力となつた。
四、前記事実より明らかな如く、訴外会社は原告に対する債務を担保すべき資産がなくなるのを知りながら、営業財産の譲渡をなしたものであるから、訴外会社は右譲渡に際し、原告を害することを知つていた。
五、よつて、原告は被告と訴外会社との間になされた前記譲渡契約を取消し、且つこれに基づく原状回復を請求すべきところ、被告が右譲渡により譲受けた財産のうち別紙目録記載の一、三の1、四、五及び八の3の各財産については、被告は現にこれを保有していないので被告に対し営業譲渡時における右各財産の評価額合計金一、〇三二、三一二円の価格賠償と別紙目録記載の三の234567、七、八の124、九、一〇、一一の各財産の引渡を、右各財産に対する執行が不可能な場合は、右各財産の評価額(証書類については額面金額、その他については評価額)合計金五、四八六、五六四円の支払をそれぞれ求める。
(請求原因に対する認否)
一、請求原因第一項乃至第三項の各事実は認める。
二、請求原因第四項の事実は否認。
三、請求原因第五項中、別紙目録記載の譲受財産のうち被告がなお保有しているものとそうでないものとの現況が原告主張のとおりであることは認める。
(抗弁)
被告と訴外会社との間の前記営業財産の譲渡は昭和四一年二月一日になされたのであるが、訴外会社は右譲渡以前に既に債務超過の状態にあつたのであり、右譲渡は訴外会社の顧客、銀行等の信用回復乃至は維持のための方便的措置であつて将来被告の業績が向上し、余猶ができた際、改めて被告において原告の訴外会社に対する債務を引受けて支払うつもりであつたので、右譲渡が被告を害するものとは知らなかつた。
(抗弁に対する認否)
抗弁事実は否認する。
(証拠)<省略>
理由
一原告は訴外会社に対し、請求原因第一項記載の各手形金債権(合計金額四、七八六、五一〇円)、損害賠償債権(金六一五、二〇〇円)及び各貸付金債権(合計金額一、二七七、〇〇〇円)の各債権を有するところ、昭和四一年二月一日右訴外会社が被告に対し、同年一月三一日現在の右訴外会社の営業財産(消極財産も否む)のうち原告に対する右各債務(合計金額七、一五六、七三一円)及び若干の動産を除くほとんど全部である別紙目録記載の営業財産を譲渡したため、訴外会社は全くの無資力となつたことについては当事者間に争いはない。
二<証拠>によれば、訴外会社は既に昭和三八年ごろから債務超過の状態にあり、昭和四〇年九月倒産し、昭和四一年一一月一四日破産宣告をうけるに至つたが、財団不足のため昭和四二年四月六日破産廃止の決定のなされたことが認められ、右認定に反する証人宮崎視好の証言は右各証拠に照し信用しがたく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
ところで、民法四二四条一項本文にいう「債権者を害する」とは債務者がその法律行為により新たに無資力(債務超過)となる場合のみならず、既に陥つていた債務超過の程度を一層深め、そのため債権の十分な弁済を更に困難とする場合をも含むことは明らかであるから、右に認定したように既に債務超過の状態にあつた訴外会社が被告に対してなした前記営業財産の譲渡は、右譲渡契約から除かれた原告その他二、三の債権者を害することを知つてこれをなしたものと認めるのが相当である。
三次に被告の抗井について判断する。
<証拠>によれば、訴外会社は前記日時ごろ約一、〇〇〇万円の負債を抱えて倒産し破産状態に瀕したため同会社代表取締役社長であつた細川文七は、同人の妹婿である津組与八とその対策について協議した結果、同会社の窮状を脱するにはとりあえず金融機関に対する信用を回復することが先決問題であり、そのためには大口債権者たる原告他二名の債権者等に対する負債を除いて同会社の有する営業財産(消極財産も含む)をもつて新会社を設立し、後日新会社の営業が好転した場合には前記原告他二名に対する債務を引受けて支払うことも考慮することとし、右両名らが発起人となつて昭和四一年一月三一日被告会社が設立されたことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
そして、訴外会社より被告に対する前記営業財産の譲渡がなされたのは被告会社設立の翌日たる昭和四一年二月一日であることは前記の如くであるから、右認定事実とあわせて考えれば、債務者たる訴外会社と受益者たる被告会社は相謀り原告他二名の債権者等の犠牲の下に、訴外会社の再建をはかる意図をもつて前記営業財産の譲渡がなされたものと認めるに十分である。被告会社が後日訴外会社の原告に対する債務を引受けて支払う意図を有していたことは、被告の悪意の成否について何ら消長を及ぼすものではない。
したがつて被告が前記営業財産の譲渡をうけることにより、原告を害すべき事実を知らなかつたものとは到底認められないから、結局被告の抗弁は理由がない。
四すすんで詐害行為の取消の範囲について考えてみるのに、前記詐害行為は訴外会社の営業財産についてなされた譲渡契約であるから、右譲渡契約の取消により被告が被告に対し引渡すべきものは右譲渡契約の対象となつた別紙目録記載の積極財産全体であることは当然であるが、別紙目録記載の一、二(編者注。三の誤記か)の1、四、五及び八の3の各財産が既に被告の手許にないことは当事者間に争いがない。従つてその引渡義務の履行が全く不可能とはいえぬけれども、著しく困難であると認められるから、被告は原告に対し右各財産の返還に代えてその価格を賠償するのが相当である。
そして、右各財産の譲渡当時における評価額合計が一、〇三二、三一二円であることは当事者間に争いがない。
ところで債権者取消権制度は、債務者の財産状態を詐害行為以前の状態に引き戻そうとするものであるから、本件のように取消権行使時までに既に目的物件たる右各財産を受益者が保有せず、目的物件を現物によつて債権者に返還することができない場合には、受益者は現物の返還に代え、取消権行使時を基準として算定した目的物件の価額を賠償する義務があると解すべきである。本件においては、譲渡当時以降取消権行使時まで右各財産の価格が低下したことを認めるに足りる証拠はないから、原告が取消権の行使をなした本件第一回口頭弁論期日たる昭和四二年六月二二日当時の価格も同額であると認めるのが相当である。したがつて、被告は原告に対して一、〇三二、三一二円支払うべき義務がある。
五次に別紙目録記載の三の234567、七、八の124、九、一〇、一一の各財産を被告が現に保有していることは当事者間に争いがないから、被告は原告に対しこれを引渡すべき義務がある。ところで、原告は右財産に対する執行不能の場合における価格の賠償を併せ請求するので判断する。
物の給付請求に併せてその執行不能の場合における損害賠償(填補賠償)を求めるいわゆる予備的代償請求は、今日一般に認められているところであり、右二個の請求のうち前者は現在の給付請求、後者は将来の給付請求であるから、右の各請求は本来の意味における予備的請求ではなく、単純併合の形態に属するものであることについても異論がない。
しかし、我が国債権者取消権制度の目的は、前記の如く債務者の財産状態を詐害行為以前の状態に回復し、かつ、その効果は総債権者のために生ずるとされている点よりみれば、詐害行為を取消した結果債権者が取得するのは、原則として現物の返還請求権であつて、法律上または事実上その回復が不能もしくは著しく困難である場合にだけ、例外として価格の賠償を請求する権利を取得するものと解される。したがつて債権者は特段の事情がない限り物の返還を求めるべきであつて、みだりに価格賠償を請求することはできないというべきである。
本件についてみると、右各財産を被告が現に保有していることは当事者間に争いがなく、かつ原告が右価格賠償を求めうる特段の事情について何らの立証も存しないから、原告の右請求は許されないものといわなければならない。
六よつて原告の被告に対する本訴請求は、主文第一項ないし第三項の限度において理由があるのでこれを正当として認容し、その余の請求は失当として棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、仮執行の宣言については同法一九六条一項(物の引渡請求については相当でないからこれを付さない)を各適用して主文のとおり判決する。(五十部一夫 金田智行 大沼容之)