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岡山地方裁判所 昭和43年(わ)347号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕検察官主張の訴因は「被告人は、判示日時・場所において、福島鉅(当三六年)から不意に突き倒されたことに憤慨し、いきなり両手で同人の肩付近を強く押して仰向けに突き倒し同人の後頭部を路面に強打させ、よつて判示日時・場所において頭蓋骨骨折を伴う脳挫傷により同人を死亡させたものである。」というにあるけれども、以下述べる理由により傷害致死罪の成立を認めることはできない。

(一) 前掲各証拠によれば、前示のとおり、被告人は福島鉅外一名とともに、スタンドバー「あき」において清酒1.8リットル位及びビール中瓶三本位を飲酒し、福島及び被告人は相当程度酩酊していたこと、帰宅する際、被告人は、同店内及びその前の路上において福島から何等理由もなく断続的に三回に亘つて顔面等を殴られ、最後には路上に尻餅をついたこと、そこで、被告人は立ち上がり際に、いきなり手で福島の肩付近を押したところ同人は路上に仰向けに転倒し、後頭部を路面で強打し、頭蓋骨骨折を伴う脳挫傷により死亡するに至つたものであることは明らかである。

(二) 被告人は検察官に対し福島から右暴行を受けた際の心情につき、いささか腹を据えかねたと供述している上、<証拠>により認めうる、被告人が福島を押した際に発した声は普通より多少大きかつた事実に徴すれば、被告人が福島の暴力沙汰に立腹していたことは否定し得ないところである。しかしながら、被告人が福島に対し平素から恨みとか敵意を抱いていたと認めるに足る証拠はなく、却つて<証拠>によれば、被告人と福島は同僚として仲良く交際していたし、被告人が最初店内において福島から殴られた際においてさえも、同人が飲酒酩酊すれば他人に多少暴力を振う性癖があることを知悉していたので、別段立腹した様子を見せなかつた事実が認められる上、被告人が福島を押した際に発した言葉は、<証拠>によれば「何をするんなら」「やめえ、やめえ」とか「無茶をするな」というのであつて、供述は区区に岐れ、正確な言葉自体を確定し得ないけれども、右言辞の趣旨は、いずれも概ね福島の暴力沙汰をたしなめるとか制止するものであると解される。そうだとすると、被告人が福島を押した動機乃至意図は、被告人が福島の理由のない再三に亘る暴力沙汰に多少立腹していたことは否定できないとしても、主として右暴力沙汰をたしなめ制止するにあつたものと認めるを相当とする。

(三) <証拠>によれば、通常強く押し倒さなければ、後頭部の頭蓋骨骨折を伴う脳挫傷により死の結果を招来することはないことが認められ、前示福島の死亡原因に照らせは、被告人が同人の肩付近を強く押したのではないかとの疑念を否定することはできない。しかしながら、右尋問調書によれば、背の高い者が飲酒酩酊し、精神的にも肉体的にも弛緩状態にあるとき、不意に上半身を軽く押されても、頭部から先に棒倒状に落下転倒し、衝突地点が堅ければ前同様の原因で死に至ることもあり得ることが認められる。しかして被告人のみならず、証人……は当裁判所に対し、いずれも、被告人は、立ち上がり際に、不意に福島の肩付近を手で軽く押したに過ぎないと弁解或は供述しているものであるが、三上芳雄作成の鑑定書によれば、福島の身長は約一六七センチであつて、背は高いとはいえないけれども、<証拠>によれば、福島は、足をすくわれ宙に浮いたような姿勢(又はスケートで倒れるように棒倒状に)で頭部から仰向けに落下転倒し、雨で湿つたアスファルト舗装の路面でその後頭部を強打した事実が認められ、これに前示福島の飲酒酩酊の程度を併せ考えれば、被告人並びに証人………の右弁解或は供述は信用に価するものと認められるので、被告人が福島の肩付近を手で軽く押したため、同人が仰向けに路上に転倒した蓋然性もまた多分にあるというべきである。

(四) 以上認定の如き、福島の飲酒酩酊の程度、被告人が福島を押した動機乃至意図及びその方法、程度、福島の転倒状況、福島が転倒したのは、被告人が同人の肩付近を手で強く押したものか、或は軽く押したものかの蓋然性の程度、その他諸般の事情を彼此綜合すれば、被告人は、福島から理由もなく再三に亘つて暴力を振われたことに立腹し、同人の肩付近を手で強く押したものと認めるよりも、むしろ、福島の暴力に多少立腹したものの、主として同人の暴力をたしなめ制止するため、不意に同人の肩付近を手で軽く押したところ、たまたま同人が相当程度飲酒酩酊していたので、足をすくわれ宙に浮いたような姿勢で頭からアスファルト舗装の路面に仰向けに転倒し、前示原因により死亡するに至つたものであると認めるのが相当である。ところで、本件被告人の行為は、その動機、意図、方法、程度等諸般の事情に徴すれば、通常の社会生活関係において正当な行為として認容される域に止る程度のものと認められ、いまだ刑法二〇八条にいう不法な有形力の行使としての暴行には該当せず、したがつて、被告人には暴行の故意をも認められないので、傷害致死罪は成立しないものといわねばならない。

(五) 以上のとおりであつて、検察官主張の訴因たる傷害致死罪については、その証明がないことになるが、当裁判所の認定した判示過失致死罪とは公訴事実が同一であるから、主文において特に無罪の言渡をしない。(黒川四海 大下倉保四朗 古性明)

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