岡山地方裁判所 昭和43年(行ウ)6号 判決 1974年2月28日
岡山市門田屋敷一丁目四番一六号
原告
小林純
右訴訟代理人弁護士
近成寿之
同
奥津亘
同市天神町三の二三
被告
岡山税務署長
梶原茂
右指定代理人
清水利夫
同
門阪宗遠
同
土肥一之
同
岡田安央
同
和崎雅
主文
一、原告の請求をいずれも棄却する。
二、訴訟費用は原告の負担とする。
事実
一、当事者双方の求めた裁判並びに主張は、別紙要約調書のとおりである。
二、証拠
原告
1. 甲一号証ないし一四号証の各一、二、一五号証の一ないし三、一六号証、一七号証の一、二
2. 証人若林立二、同中桐善夫、同舛原利三次の各証言、原告本人尋問の結果
3. 乙号各証の成立(乙二号証の三、七号証ないし九号証、一〇号証の一ないし三は原本の存在とも)は認める。
被告
1. 乙一号証の一、二、二号証の一ないし三、三号証の一ないし一二、四号証の一、二、五号証ないし九号証、一〇号証の一ないし三、一一号証の一、二、一二号証
2. 証人若林立二、同安藤利夫、同藤井久寿生の各証言
3. 甲一六号証の成立は不知、その余の甲号各証の成立(甲一五号証の三、一七号証の一、二は原本の存在とも)は認める。
理由
一、原告主張一及び二の事実、被告主張(一)の事実(ただし、原告の行為が国税通則法七〇条二項四号にいう不正の行為により税額を免れた場合にあたるとする点を除く。)、同(二)の1ないし6の事実(ただし、2のうち調査中止は原告が海外渡航をすることとなつたためとする点、3のうち調査困難は原告が調査に協力しないためとする点は除く。)はいずれも当事者間に争いがない。
二、租税法律主義違反の主張(原告主張四)について。
所得税法(昭和三七年法六七号による改正所得税法。以下同じ。)六条六号イは、有価証券(有価証券取引税法二条に規定する有価証券その他命令で定めるこれに準ずるものをいう。以下同じ。)の譲渡による所得で、非課税所得とされない所得として、「継続して有価証券を売買することによる所得で命令で定めるもの」と規定し、右課税所得とされる有価証券の継続的取引から生ずる所得の範囲について所得税法施行規則(昭和三六年政令六二号による改正所得税法施行規則。以下同じ。)四条の三が「(一項)法第六条第六号イに掲げる命令で定める所得は、同号に規定する有価証券の売買を行なう者の最近における当該有価証券の売買の回数、数量又は金額、当該売買に係る取引の種類、当該売買に係る資金の調達方法、当該売買のための施設その他の状況に照らし、営利を目的とした継続的行為と認められる取引から生じた所得とする。(二項)前項の場合において、同項に規定する者のその年中における株式又は出資の売買の回数が五十回以上で、かつ、その売買に係る株数又は口数(額面金額又は出資一口の金額が五十円として表示されていないものについては、これを五十円として計算した場合の株数又は口数による。)の合計が二十万以上であるときは、その他の同項に規定する取引に関する状況がどうであるかを問わず、その者の有価証券の売買に係る所得は、同項の規定に該当する所得とする。」と規定しているところであるが、右所得税法規則四条の三の規定は、前記所得税法六条六号イの委任に基づいて、所得税法六条六号イの規定が同号ロ、ハの場合とともに租税負担の公平の見地から、有価証券の継続取引による所得のうち非課税措置の特典に値いしないものを、有価証券の譲渡による所得のうち非課税措置の対象としない旨を規定した立法趣旨に従つて、右非課税措置の対象とならない有価証券の取引による所得とは営利を目的とした継続的行為と認められる取引から生ずる所得とすることを明らかにし、かつ、これを変動の激しい実際の有価証券取引の情勢に即応して具体的に売買回数、株数等によりその範囲を明らかにしたものであつて、適正な所得税賦課の立法技術上、合理的な規定であると解されるのであつて、法律に基づく委任規定として委任の限度を逸脱したものとはいい難く、憲法三〇条、八四条の規定による、いわゆる租税法律主義に背反するとすることはできない。
従つて、以上に関する原告主張(四)は、たえず変動する経済界の状況に即応した適正な所得税賦課の立法技術を顧みない主張であつて、賛成し難い。
三、国税通則法七〇条二項四号該当の有無(原告主張五)について。
成立に争いのない甲一号証ないし一四号証の各一、二、乙一、二号証の各一、二、乙三号証の一ないし一二、乙四号証の一、二、乙五、六号証、乙一一号証の一、二、原本の存在並びに成立に争いのない乙二号証の三、乙七号証ないし九号証、一〇号証の一ないし三、証人若林立二、同中桐善夫(ただし、後記措信しない部分を除く。)、同安藤利夫、同藤井久寿生の各証言、原告本人尋問の結果(同右)を総合すれば、次の事実が認められる。
1. 原告は、もと大原農業研究所に勤務し、昭和二五年から右研究所の後身である岡山大学農業生物研究所の教授をしているが、戦後株式売買を始めるようになり、北田証券株式会社(以下単に北田証券という。)と取引を開始したのは昭和二四年頃からであるが、その後角丸証券株式会社他数社とも取引をするようになり、主として北田証券を中心として取引を行い、本件係争年度(昭和三七年度、同年一月一日ないし同年一二月三一日)ないしその前後頃は、北田証券に対し殆んど毎日、日によつては日に二回以上も株式売買の注文をし、その取引株数は多いときで年間四、五〇万株にも及んでいた。
2. 右株式の配当金について、当初原告は、一部自己名義で受領する分を除き、北田証券で取引した株式の名義を北田証券とし、その配当金は、北田証券に約一〇パーセントの手数料を支払つて北田証券に受領してもらつていた。
ところで、原告は前記北田証券との取引から知合つたその社長訴外亡北田久右衛門とは私生活上も親密な交際をする間柄になつていたが、新たに法定支払調書制度が採用された昭和三二年法律二七号改正所得税法施行(同年四月一日)に伴い、右北田社長の特別の計らいにより、対税策として、差し当つて自己が株式の配当金支払を受領することを隠すために北田証券の店員名簿或いは架空名義(以下、他人名義と架空名義等原告本人の名義でないものを総称して偽名という。)で配当金を受領し、名義や架空名義人の住所を貸与した右店員個人に対し配当金額の五パーセントの割合による金員を手数料として与える方法がとられるようになり、原告は毎年末に北田証券から当該年度の右配当金総額の報告を受けていた。
そして、その頃から株式売買取引にも偽名を使用し、本件係争年度ないしその前年度頃において配当金受領関係の偽名と合わせると、その数は約三〇〇に達しそのうち株式売買取引には少なくとも約四、五〇を使用していたが、当該株式売買にどのような偽名が使用されたかは、北田証券がその都度作成する売付又は買付の副報告書を原告が一週又は旬日に一度位北田証券に出向いて一括受領する等していたので、すべて北田証券より原告に明らかにされていた。
なお、原告は、このような偽名による株式の操作に関し倉敷税務署長から昭和三五年度贈与税の申告をさせられたが、税額約一六万円を出捐し、その納付がなされたことがあつた。
3. ところで、被告が昭和三六年度所得税について昭和三七年七、八月頃、若林事務官を担当者にして調査を実施した際には、もともと偽名による株式取引の真実の取引者を割り出す調査は容易なものではないうえ、原告が進んで自己の全取引を明らかにし、そのメモ類を提出する等して調査に協力するところではなく、又、北田証券からも積極的な協力を期待できない状態であつたため、若林事務官は、北田証券の当該年度(昭和三六年度)ないしその前後の有価証券取引日記帳(甲一号証ないし一四号証の各一、二)等帳簿類等の調査により原告の偽名による株式売買の状況の一端しか把握できず、到底その全ぼうを明らかにすることができなかつた。
右若林事務官の調査は主として偽名による配当所得の探知にあつたが、有価証券の継続的取引による所得が雑所得として課税する基準に達するか否かの点もこれに関連してくるので、その検討もしたが前記同事務官の把握した限度の原告の当該年度の株式取引は右基準に催かに達しないものとしか判断できず、この点に関しては、原告に対して、右基準は年間の売買回数が五〇回以上で、かつ、売買株式数が二〇万株以上に達するものと定められている旨の指導をするにとどめ、発覚した配当所得に関し修正申告だけをさせた。しかし、同事務官の原告に対する調査は、丁度、原告の海外旅行があり、同事務官において他に優先して処理すべき事案があつたので、そのままとなつていた。
4. なお、本件係争年度当時偽名による株式売買取引は極めて限られた者が行なつていた異常な取引形態で、原告も角丸証券では数箇の偽名を用いていたにすぎなかつた。
以上のとおり認められ、証人中桐善夫、同舛原利三次の各証言及び原告本人尋問の結果中右認定に反し原告主張にそう部分は容易に措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
以上の本件事実によれば、原告は、本件係争年度所得税の確定申告前、遅くとも昭和三七年七、八月頃には被告の調査担当者若林事務官から昭和三六年度配当所得の調査を受けた際、その偽名株式による配当所得の発覚に関連して、法令の定める基準に達する有価証券の継続的取引が非課税所得とされない旨の税務指導を受けて、右基準を知つていたのに、本件係争年度所得税確定申告に際し、前年度分について既に修正申告までさせられた偽名株式による多額の配当所得についても、その存在することを知りながら申告をしなかつたのであつて、この点原告において所得税の課税を免れようとする意思の存したことは明白であるところ、同時に本件偽名による株式の継続的取引より生じた所得の申告をなすべきことを知りながら、これをしなかつたものであるから、原告は、この点においても所得税の課税を免れようとする意思の存したことが明らかであるということができる。
原告は、昭和三八年度ないし昭和四〇年度所得税について株式の継続的取引による所得について損失の申告をしていなかつた点から右の結論が失当である旨の論拠を挙げるが、右申告をすれば従前年度における右所得の発覚を伴う本件の場合、右結論を左右するに足りる論拠とはなし難い。
ところで、右のように偽り、その他不正の行為により税額を免れようとした場合の国税の更正等の期限制限は、国税通則法七〇条二項四号により、当該国税の法定申告期限又は申告書提出期限から五年を経過する日までと規定されているので、本件更正等処分が、本件係争年度分の確定申告期限から五年以内である昭和四三年三月四日になされた本件更正等処分に右法条所定の期間制限違反の違法はなく、原告主張五は理由がない。
四、信義誠実則、禁反言法理違反の主張(原告主張六)について。
前記認定のとおり若林事務官が昭和三七年七、八月頃原告の所得についてなした調査では、原告の株式取引の一端を把握し得たに過ぎず、その全ぼうを明らかにすることは到底できなかつたところであつて、同事務官が原告に対し、原告の株式の継続的取引による所得が非課税所得の範囲内であると言明したにしても、右は同事務官の把握し得た限度内の原告の株式取引を前提とするものに過ぎず、本件更正等処分の妨げとなるものでないことは明らかである。
そして、原告が昭和三八年度ないし昭和四〇年度について株式の継続的取引による損失の申告をしなかつたのは右若林事務官の言明に基因するという原告主張は、これを認めるに足りる証拠がなく、原告主張六も理由がない。
五、国税通則法六八条一項違反の主張(原告主張七)について。
偽名を用いて株式の配当を受けること並びに偽名による株式取引による利益を受けることは、国税通則法六八条一項所定の課税標準等の基礎となるべき事実の隠ぺいに該当することは明らかであるところ、前記認定のとおり原告は偽名株式による配当を受け、偽名を用いて株式売買をし、これによる所得のあることを認識しながら右偽名により得た所得を申告しなかつたのであるから、右隠ぺいに基づき納税申告する故意があつたものというべきである。
原告主張七は、前記認定事実と異なる事実を前提とするものであつて、理由がない。
六、そうして、被告主張(二)の本件課税処分にかかる各税額の基礎となる各数額を基礎として総所得金額追徴確定納税額、追徴過少申告加算税、追徴重加算税を計算すると被告主張のとおりとなる。
七、よつて、原告の本訴請求は理由がないから、棄却すべく、行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 平田孝 裁判官 米澤敏雄 裁判官 鈴木敏之)
要約調書
第一 当事者の求める裁判
(原告)
被告が原告に対し、昭和三七年度の所得税につき、昭和四三年三月四日付でなした、総所得金額を二四三一万七六五円、追徴確定納税額を一〇五〇万二五〇〇円とする再更正処分ならびに追徴過少申告加算税を四万一六〇〇円、追徴重加算税を二九万〇七〇〇円とする賦課決定はこれを取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
第二 当事者の主張
(原告)
一、被告は、昭和四三年三月四日付で、原告の昭和三七年度の所得税について、課税総所得金額を二四三一万四七六五円、再更正前の納税額を控除した追徴確定納税額を一〇五〇万二五〇〇円とする再更正処分ならびに同じく再更正前の納税額を控除した追徴過少申告加算税を四万一六〇〇円、追徴重加算税を二九〇万〇七〇〇円とする賦課決定をなし、そのころ原告に通知した。
二、原告はこれを不服として、同月一九日被告に対し異議の申立をしたところ、同年五月二日右申立は審査請求とみなされて広島国税局長に送付され、同局長は同年六月一九日付の裁決書をもつてこれを棄却する旨裁決し、そのころ原告に通知した。
三、しかし、被告のした右再更正処分および賦課決定(以下、単に、本件課税処分という。)は、後記四ないし七の理由で違法であるから取消を求める。
(原告)
(一) 原告の行為が国税通則法第七〇条第二項第四号に該当するとの点は争う。
その余の事実は認める。
(二)
1. 認める。
2. 原告が海外渡航をすることとなつたため、との点を除き認める。
被告側が調査を中止したのは、原告の株式取引が損失であると判断したためである。
3. 原告が調査に協力しないためとの点を除き認める。
原告としてはできるだけ協力したが、調査目的がわからないため十分に協力しようがなかつた。
4. 認める。
5. 認める。
6. 認める。
(原告)
四、本件課税処分は、憲法第三〇条、第八四条に規定する租税法律主義に反する違法な処分である。
すなわち、有価証券の取引による所得は一応非課税とされ、ただ、取引が継続的な場合については除外されているが、この課税される場合について、所得税法第六条第六項イは、「継続して有価証券を売買することによる所得で命令で定めるもの」として、継続したものであることおよび命令で定めるものであることの二つの要件を必要としている。しかし、いかなる場合が継続したものといえるかについては法律上何ら規定がなく、その判断は行政庁の裁量的判断に委ねられている。
このように、課税要件の定め方が非常に不明確な右所得税法の規定は、憲法第三〇条、第八四条に規定する租税法律主義に反するものであり、かかる規定に基いてなされた本件課税処分は違法である。
五、本件課税処分は、国税通則法第七〇条第一項に規定する期間制限に反する違法な処分である。
すなわち、同条第二項により更正等の期間制限が五年間となるには、納税者に偽りその他の不正の行為によつて課税を免れようとする故意が必要であると考えられるが、原告には雑所得(有価証券の継続的取引による所得)、配当所得についても課税を免れようという意思はなく、これらの所得を隠ぺいしたこともないから、同条第二項を適用すべきではない。そうすると、確定申告書の提出期限後三年を経過した後になされた本件課税処分は違法といわなければならない。
その事情は次のとおりである。
1. 原告は、昭和三七年七月、八月ごろ、被告(調査担当者は若林事務官)より所得の調査を受けたが、その際、若林事務官は、その当時の原告の株式売買が年間五〇回以上かつ二〇万株以上であることを確認したにもかかわらず、原告に対し「貴殿の株式取引による損益は雑所得として通算されない」と指導説明した。そのため、原告はその旨信じ、昭和三七年ないし四〇年分の所得について株式取引による損益を通算しないで確定申告をなすにいたつたものであり、また、前記調査を受けた際、原告は若林事務官に対し、原告の自己名義、他人名義、架空名義による株式売買が北田証券等にあることを申述していたのであるから、原告に課税を免れる意思はなかつた。
2. また、原告が株式取引や株式名義書換に本名以外の名前を使用したのは、原告が積極的に指示したり要求したものではない。
長年取引のあつた北田証券より、小林という姓が他にもあり、株式売買の記帳は姓しか記入しないので紛らわしいし、偽名届さえ出しておけばかまわないからとの要求を受けたので、偽名の使用を任したのであり、従つて原告はどれが原告の偽名かも知らず、また、株式名簿の名義についても、配当金の受領は一切北田証券に任していたのを北田証券が従業員等の氏名を利用して名義変更していたものであり、原告は偽名であるかどうかも知らなかつた。
以上のことは次の事実によつても明らかである。
(1) 原告が株式の継続的取引による所得についての損益通算を知つていたならば、昭和三八、三九、四〇年分の損失を確定申告に計上することにより、過誤納をするようなことはなかつたはずである。
(2) 不正に課税を免れるために偽名を使用したのであるならば、利益勘定を売る場合にのみ偽名を使用すれば足りるはずであるが、原告の場合は損益と関係なく、特に昭和三八年ないし四〇年の株式の大暴落による多額の損失が生じた場合にも偽名を使用している。
(3) 原告が不正に偽名を使用していたというのであるならば、北田証券以外の証券会社においても使用するはずであるが、原告はその他の証券会社においては使用していない。
(4) 北田証券での偽名取引は北田が任意にはじめたもので、それも取引開始ごろよりなされており、原告が継続的取引の規定を知つてはじめられたものではなく、また、どの名義について取引するかを北田証券に指示したこともなく、売買報告書によりその振分けを知つたにすぎない。
(5) 原告は、株式取引によつて生活を維持しているものではないから、課税対象となることを知つていたならば容易に課税枠内に押えることができたし、また、本件課税対象年度の昭和三七年は株式の大暴落のはじまつた時であるから、損勘定の株式を売却することにより所得を零とすることもできた。
(6) 北田証券は、原告に対し、証券会社の偽名取引は全国多数の投資家によつて慣習的に行なわれており、広島財務局は偽名届を証券会社に備付けさせることにより容認していると説明し、原告が昭和三五年ごろから北田証券作成の偽名届を提出したことにしており、若林事務官は右の偽名届を見ている。
六、本件課税処分は、信義誠実の原則、禁反言の法理に反する違法な処分である。
およそ、納税者一般は、租税制度を理解して完全な申告納税をすることは困難であり、国の指導説明を信頼して確定申告をなすものである。しかるに、被告は後記のように、原告に対して誤つた指導をなしたにもかかわらず、それを反省することもなく数年後に再更正処分等をなしてきたものであり、これは明らかに信義誠実の原則、禁反言の法理に反するものである。
すなわち、原告は昭和三七年七、八月ごろ、被告の調査担当者である若林事務官により所得の調査を受けたが、その当時原告は、六カ月以上所有している株式は、売買しても継続的取引として所得に通算する必要はないものと単純に考えていた。このような原告に対し、前記若林事務官は、原告の株式売買が課税対象となること(当時取引回数および取引数が五〇回以上かつ二〇万株以上が課税対象となつていた。)を確認したにもかかわらず「貴殿の株式取引による損益は雑所得として通算されない」と指導説明し、しかも調査を打切つた。これは、北田証券での株式売買が損失であるため課税できないと判断し調査を打切つたものと思われる。
しかし、原告はそのために若林事務官の言を信じ、原告の株式取引は課税対象とならないと考えて、昭和三七年ないし四〇年分については株式売買による損益を通算しないで確定申告をなしたのである。
しかるに、被告は昭和四一年六月ごろ、再度原告の所得を調査し、その際にもその取引回数および取引数を確認しながらも損失を無視し、損失を通算しないで更正処分をなしてきているのである。
このような被告の態度および若林事務官の言を信じ不申告にいたつた原告の事情を考慮すると、被告は、もはや本件課税処分をなしえないものであると言わなければならない。
七、本件賦課決定中、重加算税に関する部分は国税通則法第六八条第一項の要件を具備していない。
すなわち、重加算税は刑罰にも匹敵する税法上の制裁であるから、その要件は厳格に解釈すべきであるが、本件の場合、偽名を使用したことと、配当所得について申告もれがあり雑所得についての申告がないこととの間には因果関係はない。法の不備と被告の指導の不適のため不申告の部分があるのみで、原告には課税を免れる意思はなかつた。
また、仮に、原告の配当所得の一部に仮装があつたとしても、総合課税方式の中で、所得の発生原因毎に所得を分類し、それぞれ適切な計算や取扱いをしようとする所得税法において、その仮装とは因果関係のない雑所得について重加算税を課するのは違法である。
(被告)
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
(被告)
一、認める。
二、認める。
三、争う。
(被告)
(一) 被告が原告の昭和三七年分の所得について調査したところ、原告には、確定申告書記載の所得のほか、他人および架空名義を使用した株式売買による所得が存し、右所得は、所得税法(昭和三七年法律第六七号による改正所得税法。以下、同じ。)第六条第六号イおよび同法施行規則(昭和三六年政令第六二号による改正同法施行規則。以下、同じ。)第四条の三に規定する有価証券の継続的取引から生ずる所得に該当することが判明した。
そこで、被告は、原告の右行為は架空名義等を使用して不正に税額を免れたということができるので、国税通則法第七〇条第二項第四号により、未だ期間制限の五年を経過していない昭和三七年分について、昭和四三年三月四日付で、右所得を雑所得とし、確定申告もれとなつていた他の所得とともに本件再更正処分をなし(その所得額および計算内容は別表一のとおり。)、それとともに、過少申告加算税および重加算税の本件賦課決定をなした(その計算内容は別表二のとおり。)。
(二) 本件課税処分にいたるまでの経緯は次のとおりである。
1. 原告は、昭和三六年分ないし同四〇年分所得税について、それぞれ確定申告書を提出しているが、その申告内容は給与所得、配当所得および不動産所得のみであつた。
2. 被告は、右のうち昭和三六年分所得税について昭和三七年七、八月ごろ調査を実施した(調査担当者は若林事務官)ところ、原告は倉敷市所在の北田証券株式会社等において、原告名義のほか他人および架空名義の株式取引をなしていることが判明したが、その全ぼうを明らかにすることができないまま当時原告が海外渡航をすることとなつたため調査を中止し、それまでの調査によつて判明した配当所得について修正申告をなさしめたのみに終つた。
3. その後被告は、昭和四〇年末ごろから昭和四一年八月ごろまでの間、原告の昭和三六年ないし四〇年分の所得を調査したが、原告が調査に協力しないため調査は困難を極め、ようやく昭和四一年九月に、判明した資料に基いて原告の配当所得および不動産所得についての更正処分をした。
4. 原告は右処分に対し、昭和三八年ないし四〇年分の所得税については株式売買による多額の損失があり、これは所得税法施行規則第四条の三に規定する有価証券の継続的取引に該当するから、この損失額を控除(損益通算)すべきであるとして被告に異議の申立をした。
そこで、被告は原告の配当所得、不動産所得について再調査するとともに、株式売買についても本格的調査に着手した。
5. しかし、容易にその内容を把握することができないまま三カ月を経過し、右申立は審査請求とみなされ、爾後広島国税局協議団岡山支部が調査を継続した。その結果、右各年分における原告の株式売買は所得税法施行規則第四条の三第二項の基準をこえており、その所得は雑所得に該当するが、その所得額は昭和三六年、三七年分は利益となり、昭和三八ないし四〇年分は損失となつていることが判明した。そのため、広島国税局長は、右株式売買の雑所得を損益通算して昭和三六、三七年分は審査請求を棄却、昭和三八ないし四〇年分は更正額の全部取消の各裁決を行つた。
6. 被告は、右調査結果に基き、昭和三八ないし四〇年分については納税額を零とする再更正を行つて納税額を還付するとともに、昭和三七年分について本件課税処分をなした。
なお、昭和三六年分については、当時すでにその確定申告期限(昭和三七年三月一五日)から五年を経過していたため再更正することができなかつた。
(被告)
四、憲法第三〇条、第八四条に規定する租税法律主義といつても、法律の委任によつて規律することを禁ずる趣旨のものではない。本件の場合、所得税法第六条第六項イにより委任を受け制定された所得税法施行規則第四条の三第一、二項が、課税の対象となる有価証券の継続的取引から生ずる所得の範囲を定めているが、同規則の規定の仕方、内容にかんがみると、同規則は、法が課税要件として継続して有価証券を売買することによる所得と規定したのを受けて、その所得の範囲を具体的基準をもつて画定し明確化したものであつて、同規則に規定する場合でなければ継続的有価証券の取引とされず課税されないのであるから、所得税法の規定は課税要件が不明確で租税法律主義に反するとの原告の主張は理由がない。
五、次の事実からすると、原告は所得税の課税を免れようと企図して株式を他人ないし架空名義にしたことが明らかであるから、国税通則法第七〇条第二項第四号に該当し、更正等の期間制限は五年間であり、本件課税処分は何ら違法ではない。
1. 原告は三〇〇以上にのぼる他人ないし架空名義を使用して株式の売買を行い、これによる多額の雑所得および配当所得があるにもかかわらず、確定申告に含めていない。
また、証券会社が他人ないし架空名義にしたのは原告の要求によるものである。
2. 原告は、自己名義の株式配当のみ申告し、他人ないし架空名義の株式の配当所得について申告していない。
仮に、原告主張のように若林事務官が指導説明したとしても、配当所得についてはそれと関係なく当然に申告すべきものであるのに、それをしていないのは課税調査を困難にする目的でなされたと言わなければならない。
また、被告は、申告していなかつた右の他人ないし架空の名義の配当所得について、昭和四一年九月五日付をもつて、これについての重加算税を賦課しているが、原告はこの決定についての取消を求めていない。これは原告自身仮装隠ぺいの事実を自認しているもの。
3. 仮に、原告の主張どおり証券会社が勝手に右のような架空名義等を使用したとしても、原告はその使用を了承し偽名届を提出しており、偽名の株式の保有ならびにその売買があることを知つていたのであるから、原告としては証券会社に依頼する等によりその仮装名義分も確定申告すべきところ、偽名株式の配当所得およびその売買による所得があることを原告は十分認識しながら全然確定申告をしていない。
なお、原告の主張事実中、原告は当初の若林事務官の調査の際に偽名について申述したと主張しているが、そのような事実はなく、また若林事務官が当初原告を調査したのは昭和三七年八月ごろであり、本件係争年度の確定申告時期たる昭和三八年三月より相当前であり、原告が若林事務官の指導説明により過少申告したというのは事実に反する。更に、全国多数の投資家において偽名取引が慣習的に行なわれているようなことはなく(少数の者の不正行為である。)、中国財務局が偽名届を備えつけさせて偽名取引を容認した事実はない。
六、本件課税処分は、信義誠実の原則、禁反言の法理に何ら反しない。
すなわち、若林事務官は当初原告の所得を調査した際、原告の株式取引が課税対象となるかどうかの確認もしておらず、また原告主張のような指導説明をしたこともない。
若林事務官が調査した際には、原告の株式売買が他人および架空名義の取引(売却株数の約八五ないし九〇パーセントが他人ないし架空名義)であつたため、その全ぼうを明らかにすることができないまま原告の海外渡航のため調査を中止したものである(その当時、原告の帰国をまつて調査を継続する予定であつたが、その予定は変更され、若林事務官が調査をしないまま経過。)。従つて、若林事務官が、原告の株式売買が非課税となるかどうかについての判断の結果を原告に示すはずがない。
仮に、原告の株式取引が課税の対象となることを確認していたならば、原告が北田証券で売却したもののほとんどは利益となつているのであるから、原告の雑所得として課税の対象としているはずである(被告昭和四四年五月一五日付準備書面別表一参照)。
また、有価証券の継続的取引による所得の範囲について、昭和三六年政令第六二号により追加規定された所得税法施行規則第四条の三は昭和三六年四月一日から施行されたが、若林事務官が調査担当したのは昭和三七年八月ごろであり、当時右のような所得についての調査担当者であつた若林事務官が改正後一年以上も経過して誤つた指導をするということは考えられない。
そして、被告らが原告の株式売買による所得の全ぼうについて本格的調査を実施したのは、被告が昭和四一年九月になした株式による所得以外の配当ないし不動産所得についての更正処分に対し、原告が株式売買による損失を控除すべきであるとして異議を申立ててからであり、右調査の結果、被告は昭和三八年ないし四〇年の株式売買が損失であることを確認したため減額再更正処分をし、利益のあつた昭和三七年について本件課税処分をなしたのであつて、被告の処分はいずれも首尾一貫しており、何ら信義誠実の原則ないし禁反言の法理に反しない。
七、偽名を用いて株式の配当を受け、またその取引による利益を受けていることは、国税通則法第六八条第一項の課税標準等の基礎となる事実の隠ぺいに該当する。しかして、原告は架空名義等の偽名を用いて株式取引をなし、偽名株式による配当をうけ、偽名取引による所得のあることを認識しながら右偽名分の所得を確定申告から除外していることは、右隠ぺいに基き納税申告する故意があつたものである。
このように、被告は、原告が仮装名義を用いてその所得の実態をくらまし、仮装名義に基く株式売買による所得を申告しなかつたので、ともにこれを故意に隠ぺいする意図に基いたものと認めて重加算税を賦課したものであり、右処分は適法である。
別表
再更正処分の計算表(昭和三七年分)
<省略>
<省略>
(注) 税額の端数計算について
再更正前の税額の端数計算は国税通則法(昭三七、法律第六六号)第九一条により一〇円未満を切捨てて計算しているが、再更正(昭和四三年二月二一日付)については同法(昭四二年法律第一四号による改正)九一条、同法附則第二条二項により一〇〇円未満を切捨てて計算した。
別表二 加算税額の計算表
(一) 過少申告加算税
隠ぺい、仮装されていない事実に基づく税額の計算
(国税通則法第六八条一項かっこ書)
<省略>
<省略>
(二) 重加算税額
隠ぺい、仮装した事実に基く税額の計算
(国税通則法第六八条一項)
<省略>