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岡山地方裁判所 昭和44年(行ウ)59号 判決 1977年12月27日

原告 小山公基

被告 岡山県知事 加藤武徳 外二名

主文

一、原告の被告岡山県知事に対する怠つた事実の違法確認の請求の訴えを却下する。

二、原告の被告岡山県知事に対するその余の請求ならびに原告の被告加藤武徳、被告株式会社クラレおよび被告三菱重工業株式会社に対する各請求をいずれも棄却する。

三、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告岡山県知事が

(1) 昭和三五年七月三〇日岡山県と株式会社クラレとの間で締結された別紙物件目録記載の土地の売買契約につき、岡山県のために、株式会社クラレに対し、解除又は取消の意思表示をなして右土地を取戻すべきであつたのにこれを怠つたこと

(2) 昭和四四年二月頃前記土地が株式会社クラレから三菱重工株式会社に転売され、同年九月所有権移転登記がなされたため、岡山県が同土地を取戻し得なくなつた結果被つた損害につき、加藤武徳、株式会社クラレおよび三菱重工株式会社に対し損害賠償請求権を行使すべきであるのにこれを怠つていることがいずれも違法であることを確認する。

2  被告加藤武徳、同株式会社クラレおよび同三菱重工株式会社は各自岡山県に対し二二億三三九四万九六〇〇円ならびにこれに対する被告加藤武徳および同株式会社クラレは昭和四四年八月二三日から、被告三菱重工業株式会社は同月二四日からいずれも完済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに2項につき仮執行宣言。

二  被告ら

(本案前の申立)

1 本件訴を却下する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

(本案に対する申立)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二当事者の主張

別紙(「当事者の主張」)記載のとおり。

第三証拠関係<省略>

理由

第一本件各訴の適法性について

一1  原告が岡山県の住民であることは全当事者間に争いがない。

2  真正に作成されたことに争いのない乙第一号証によれば次の事実が認められる。

(一) 昭和四四年五月二日、原告は岡山県監査委員(以下単に「県監査委員」という。)に対して、後述する岡山県と被告株式会社クラレ(被告株式会社クラレは商号変更前倉敷レイヨン株式会社と称していた。以下「被告クラレ」という。)との間に、昭和三五年七月三〇日締結された別紙物件目録記載の土地(以下一括して「本件土地」という。)を目的とする売買契約に関して<1>右売買契約においては、本件土地を工場敷地として使用するという一定の用途と、その用途に供しなければならない期日が定められていたにも拘らず被告クラレは指定期日が経過してもなお工場を建設しなかつたのであるから、被告岡山県知事(以下「被告県知事」という。)は地方自治法(以下単に「法」という。)第二三八条の五第五項、第四項に基いて、右売買契約を解除すべきであるのに、これをしないことは、違法に財産の管理を怠る事実に該当する、(2)昭和四〇年二月一二日、被告県知事が被告クラレに対する本件土地所有権移転の登記手続をしたことは、違法若しくは不当な財産の管理・処分、契約の履行のいずれかに該当する、(3)被告県知事は、被告クラレが岡山県に一億円を寄付するのみで、時価(昭和四四年当時)二〇数億円の本件土地を、被告三菱重工業株式会社(以下「被告三菱重工」という。)に一六億余円で転売することを、積極的に仲介しようとしているが、契約解除権の行使によつて被告クラレから岡山県に取戻すべき本件土地を、被告クラレをして右のように転売させることは、被告クラレに一二億円、被告三菱重工に一〇億円の不当な利得をさせ、岡山県に右と同額の損害を与えることになる、として監査を求め、右<1>の怠る事実を改めるための措置および右<2>の行為の是正並びに右<1><2><3>によつて岡山県が被つた損害を補填するための措置を講ずることを請求した(以下右監査請求を「本件監査請求」という。)。

(二) 本件監査請求に対して県監査委員は、前項<1>の点については、岡山県と被告クラレ間の本件土地の売買契約は、法第二三八条の五第五項、第四項が施行される前に締結されたものであるところ、同条項をその施行前に締結された売買契約にも適用する旨の経過措置の規定がないので、被告県知事は、同条項に規定されている解除権を有しない、前項<2>の点については、本件監査請求は法第二四二条第二項本文に規定する監査請求期間経過後になされたものであり、且つ、同項但書きによつて、請求期間経過後の請求が適法なものとされる正当な理由も認められない、前項<3>の点については、被告県知事が、その行政判断に基いて、県経済の発展を図り、ひいては県民の福祉向上を目的とした妥当な措置である、として、本件監査請求には理由がないものと認めた。

二  原告の請求の趣旨1(1)について

原告は、被告県知事が解除権または取消権を行使しなかつたことを「怠つた事実」として、その違法確認を請求しているのであるが、法二四二条の二第一項第三号は違法確認の対象を「怠る事実」と規定しているのであるから、違法確認の対象に「怠つた事実」も含まれると解するのは文理に沿わないのみならず、右条項の立法趣旨が、地方公共団体の執行機関または職員の職務懈怠の責任を追及することを目的としたものではなく、職務懈怠の違法を確認することによつて、その違法状態を除去させ(法第二四二条の二第六項、行政事件訴訟法第四三条第三項、同法第四一条第一項、同法第三三条参照。)、もつて地方公共団体の財務会計上の公益(住民一般の利益)を擁護することを目的としたものであると考えられるところ、執行機関または職員に、過去に職務懈怠があつたとしても、もはやその不作為の違法状態を除去するための作為義務を履行する余地がなくなつた場合に、単に過去の職務懈怠の違法を確認しても、右の目的を達することはできないのであるから、法第二四二条の二第一項第三号にいう「怠る事実」には「怠つた事実」も含まれると解することは相当でない。そして、右の点は、訴の提起当時においては作為義務を履行することが可能であつたが、その後、その履行の余地がなくなつた場合(本件訴が提起された昭和四四年七月二九日より後である同年九月四日に、被告クラレから被告三菱重工に対する本件土地所有権移転登記が行われたことによつて、岡山県と被告クラレ間の本件土地の売買契約を解除又は取消す余地がなくなつた)においても、別異に解すべき理由はないものと考える。

したがつて、原告の請求の趣旨1(1)の訴は、被告らの他の点についての主張について判断するまでもなく、不適法な訴であるといわなければならない。

三  被告三菱重工の、原告の請求の趣旨1(2)、2はいずれも監査請求を経ていない訴であるから、不適法であるとの主張について

1  原告は、本件監査請求において前記一2(一)の<1><2><3>の各事項について監査を求めたものであり、原告の請求の趣旨1(2)の、被告県知事の損害賠償請求権の不行使が、怠る事実に該当する旨の主張およびその是正の請求はしていない。しかしながら、本件監査請求において原告が監査を求めた、被告県知事が岡山県と被告クラレ間の本件土地の売買契約の解除権の行使を怠つているということ、被告県知事が本件土地についての岡山県から被告クラレに対する所有権移転登記を行つたということ、被告県知事が被告クラレから被告三菱重工に対する本件土地の転売を仲介しようとしているということからすれば、被告クラレが被告三菱重工に対して本件土地を転売した場合においても、右の転売によつて岡山県が損害を被つたとして、被告県知事が被告クラレ、被告三菱重工に対して右損害の賠償請求を行うことはない、ということは当然予測されることであるということができるうえ、本件監査請求について県監査委員は、被告県知事が被告クラレから被告三菱重工に対する本件土地の転売を仲介することは、被告県知事の行政判断に基く妥当な措置と認める旨の判断を示したのであり、右判断は、実質的には、被告クラレから被告三菱重工に対して本件土地が転売された場合に、被告県知事が右被告らに対して岡山県の損害の賠償請求を行わないとしても、それは被告県知事の違法な不作為(怠る事実)にはならない、との判断を含んでいるということができる。

2  ところで、住民訴訟は、監査委員の監査の結果そのものの当否を争うための訴訟ではなく、地方公共団体の財務会計上の違法状態を除去し、もつて地方公共団体が損害を被ることを防止し若しくは被つた損害を回復させることを目的とするものであることから考えると、住民訴訟の対象となる行為または事実は、監査請求に係る行為または事実と同一のものに限定されることを要せず、これから派生し、またはこれを前提として後続することが当然に予測される行為または事実を含むものと解するのが相当である。右のように解することは、まず地方公共団体の内部機関である監査委員に監査の機会を与えることによつて、できる限り、地方公共団体に自主的に違法状態を除去させようとする監査請求前置主義の建前から形式的にははずれることになるが、さりとて、住民訴訟の対象となる行為又は事実は、監査請求の対象とされたものと同一であることを要すると解することは、差止請求、怠る事実の違法確認請求等の訴えが提起された後、訴訟係属中に違法な後続行為がなされ、または事実が発生した場合に、住民訴訟を提起した住民に、再度監査請求から出直すべきことを要求することになつて、多大の犠牲を強い、住民の正当な出訴権の行使を事実上制限する結果となるおそれがあり、また実質的には同一内容の監査請求の繰り返えしを要することになるので、妥当でないと考える。してみると、原告の請求の趣旨1(2)の訴については、本件監査請求のほかにあらためて監査請求を経ることを要しないものというべきである。

3  したがつて、被告三菱重工の、原告の請求の趣旨1(2)およびその代位請求である同2の各訴は、監査請求を経ていないから不適法であるという主張は採用できない。

四  被告加藤の、同被告は法第二四二条の二第一項第四号にいう職員に含まれないから、原告の被告加藤に対する訴は不適法である、との主張、被告三菱重工の、同被告は被告県知事が怠つたとされる解除若しくは取消の意思表示の相手方となるべき者ではないから、法第二四二条の二第一項第四号に基く訴の被告としての適格を欠く旨の主張について

法第二四二条の二第一項第四号によるいわゆる代位請求訴訟は、法第二四二条第一項所定の地方公共団体の執行機関又は職員による同項所定の一定の財務会計上の違法な行為又は怠る事実によつて、地方公共団体が被り、又は被るおそれのある損害の回復又は予防を目的とするものであり、地方公共団体が実体法上有する請求権を住民が地方公共団体に代位して訴訟上行使することを認めたものである。右のような代位請求訴訟の目的および構造に照らして考えると、条文の文言に拘泥して、法第二四二条の二第一項第四号の「当該職員」が、法第二四二条の二第一項第一号、第三号にいう職員たる地位にあり、またはあつた個人のみを指し、執行機関たる地位にあり、またはあつた個人は排除する趣旨であると解するのは相当でなく、執行機関たる地位にあり、またはあつた個人を含むと解すべきであり、また、地方公共団体が前記違法な行為または怠る事実に基づいて取得した実体法上の請求権の相手方である以上、違法な行為または怠る事実の直接の相手方でなくても代位請求訴訟の被告適格を有すると解するのが相当である。したがつて、被告加藤および同三菱重工の前記主張はいずれも採用できない。

五  被告クラレ、同三菱重工の、法第二四二条の二第一項第四号前段の当該職員に対する請求と後段の当該行為または怠る事実に係る相手方に対する請求とは異質なものであるから、被告加藤、同クラレおよび同三菱重工による共同不法行為を理由とする損害賠償請求を右条項によつてすることはできず、従つて原告の被告クラレ、同三菱重工に対する訴は不適法である、との主張について

法第二四二条の二第一項第四号の代位請求訴訟のうちの損害賠償請求、不当利得返還請求の訴訟について、当該職員に対するものと当該行為または怠る事実に係る相手方に対する請求とで性質を異にすると考えるべき理由はないから、被告クラレ、同三菱重工業の前記の主張は採用できない。

第二本案について

一  原告と被告県知事、同加藤および同クラレとの間では真正に作成されたことに争いがなく、原告と被告三菱重工との間では証人斉藤静治の証言によつて真正に作成されたと認められる甲第一号証、原告と被告県知事、同加藤および同クラレとの間では真正に作成されたことに争いがなく、原告と被告三菱重工との間では証人細川恭夫の証言によつて真正に作成されたと認められる甲第二号証、原告と被告県知事、同加藤および同クラレとの間では真正に作成されたことに争いがなく、原告と被告三菱重工との間ではその記載形式、内容によつて真正に作成されたと認められる甲第八号証、原告と被告県知事、同加藤および同クラレとの間では真正に作成されたことに争いがなく、原告と被告三菱重工との間ではその方式および趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第一〇号証、原告と被告県知事および同加藤との間では原本が存在し、右原本が真正に作成されたことに争いがなく、原告と被告クラレおよび同三菱重工との間では証人細川恭夫の証言によつて原本が存在し、右原本が真正に作成されたと認められる甲第一七号証、いずれも真正に作成されたことに争いのない乙第三号証、同第六号証の一、同第九号証、丁第一号証の一、その記載の形式、内容によつて真正に作成されたと認められる丁第一号証の四、証人柴田健治、同細川恭夫、同加藤哲弥、同富野正一良、同原田正昭、同石田九郎、同島田秀夫、同斉藤静治、同荒木栄悦の各証言、被告加藤本人尋問の結果および弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

1  昭和二七年九月一五日、岡山県は企業を誘致して工場用地とするという名目で国から本件土地の払下げを受けた。

2  昭和三三年頃、当時の岡山県知事三木行治(以下「三木知事」という)は県勢振興計画なるものを提唱し、岡山県の産業構造を高度化して農業県から重化学工業中心の工業県へ脱皮させることおよび昭和四〇年を目標として県民の所得を倍増することを唱えた。岡山県は、右の計画を具体的に実施する事業資金を調達するために、民間資金の導入が可能な組織を設置する必要にせまられ、昭和三五年三月、従来からあつた基本金の額二九五万円の財団法人岡山県住宅公社を改組して、財団法人岡山県開発公社(以下「開発公社」という。)とし、開発公社が工場用地造成事業、都市郊外再開発整備事業、観光施設整備事業、都市再開発建築環境整備事業、住宅建設事業を行うこととしたが、右事業の遂行には年間一〇数億円の事業資金の必要が見込まれたので、岡山県は開発公社の基本金として新たに三億円を出資することになつた。

3  昭和三四年四月、被告クラレは会社内部に企画室を新設したが、右企画室ではプラント輸出、ポリエステル系合成繊維の企業化、石油化学部門への進出の三つを柱として新規事業の企画立案をしてゆくこととなつた。被告クラレが企てていた石油化学事業というのは、石油からアセチレンを製造するというものであつて、昭和三四年頃、ほぼその基礎的な実験は完了していたのであるが、石油からアセチレンを製造するのみではコストが高くつくという問題点が残つており、右の方法を企業化してゆくためには、計画を拡充して、より総合的な石油化学事業にする必要があつた。そこで被告クラレは、水島において、三菱石油株式会社(以下「三菱石油」という。)と連携して石油コンビナートを形成して石油化学事業を行うとともに、合成繊維の製造も行なおうと構想を練つていた。そして、被告クラレは、水島に進出する場合には位置的にも(三菱石油に近接している。)面積的にも本件土地が好適であると考えていた。

4  三木知事は、前記のような財団法人岡山県住宅公社の開発公社への改組計画によつて岡山県の出資が必要とされる基本金を捻出するため、水島港周辺の工業開発推進論者であつた被告クラレの当時の社長大原總一郎に対して、本件土地を被告クラレが買受けるよう申入れ、大原もこれを了承した。被告クラレは、右申入れを受けた当時、前記のような構想を有していたが、未だ具体的な計画はできておらず、本件土地の取得を急がなければならない状態にはなかつた。

5  岡山県と被告クラレとが本件土地の売買契約を締結するに先立ち、倉敷市をも加え、右三者の間で、昭和三五年二月二四日、協定が結ばれたが、右協定書(甲第二号証)の前文には「倉敷レイヨン株式会社(以下「甲」という。)は、倉敷市水島地内において、石油化学関連工場(以下「工場」という。)の建設を計画し、岡山県(以下「乙」という。)及び倉敷市(以下「丙」という。)は、右工場の建設及び操業に協力するものとし、三者間において次のとおり協定する。」と、更に第一条には「甲は、別紙の工場設立計画書に基づき工場を建設するものとする。」(右の「別紙の工場設立計画書」の内容については後述する。)と、第二条には「乙は、甲の工場の敷地として別図の土地を譲渡し又はあつ旋するものとする。2乙は、前項の土地のうち乙の所有にかかる土地(約十二万坪)を別に定めるところにより甲に有償で譲渡するものとする。3乙は、第一項の土地のうち国有地(約五千坪)を甲が買収できるようあつ旋するものとする。」(右2の、乙の所有にかかる土地とは本件土地のことを指していると解される。)と記載されている。そして、右協定書の調印に至るまでの岡山県と被告クラレとの交渉過程において、被告クラレは岡山県から、協定書に工場の建設計画書を添付するようにしたいとの申入れを受けたのに対して、被告クラレの水島における事業は未だ構想段階で、具体的計画は定まつていないので、計画書の提出は不可能である旨を回答したところ、岡山県は、計画書の添付は不要とする方向で検討するが、少なくとも事業内容を協定書に明記したい旨の意向を示したけれども、数日後、岡山県から被告クラレに対して、協定書の形式を整えるため、現在の構想をもとにしたものでよいから計画書を提出して欲しいとの要望があつた。そこで被告クラレは、企画室勤務の原田正昭が別紙記載のとおりの内容の工場建設計画書を作成して、これを協定書添付用のものとして岡山県に提出した。右計画書は、原田が、合成繊維製造の方が早く企業化を達成できる、石油化学事業の開始は遅れるが、これも将来水島で行なうことになるとの見通しを立て、これに基いて作成したものである。岡山県は、前記のような右計画書提出の経緯から、右計画書の内容について、被告クラレの社内事情および経済情勢の変動等によつて、工場建設時期、事業内容、事業規模等に変更が生じることがあることを承認していた。

6  昭和三五年七月三〇日、岡山県と被告クラレとの間で、本件土地を、代金は三億二二五六万五〇〇〇円とし、そのうち一億円は同日、その余は翌三六年三月三一日支払う、本件土地所有権は、代金完済と同時に被告クラレに移転する、所有権移転登記は、被告クラレが請求した時に岡山県が嘱託する等の定めで、被告クラレに譲渡するという売買契約(以下「本件売買契約」という。)が結ばれた(昭和三五年七月三〇日、被告クラレが岡山県から本件土地を代金三億二二五六万五〇〇〇円で買受けたことについては全当事者間に争いがない。)。本件売買契約の契約書(甲第一号証)には、冒頭に「昭和三五年二月二四日付協定書及び細目協定書に基づき、県有土地を売買するにつき、売払人(以下「甲」という。)は、買受人倉敷レイヨン株式会社(以下「乙」という。)と次の条項により売買契約を締結する。」との記載がある(右の細目協定書がどのようなものであるかを認めるべき証拠はない。)。

本件売買契約に基づいて、売買代金が被告クラレから岡山県に対して所定の期日に支払われた。一方、昭和三五年三月二三日から開発公社が発足し、これに対して、岡山県から合計三億円が三回に分けて出資された。

7  被告クラレは、本件売買契約締結当時、本件土地に合成繊維の製造と石油化学事業を行うための工場を建設する構想を有していたが、昭和三六年六月になつて川崎製鉄株式会社(以下「川崎製鉄」という。)が本件土地の西隣りに進出することが決まつた。当時、被告クラレはポリエステル系合成繊維の企業化を目指してモンサント社(米国)から技術導入をするための準備をしていたが、調査の結果、繊維工場を製鉄所に近接して立地することは好ましくないということ(製鉄所から排出される鉄粉や粉塵が合成繊維の生産工程に混入すると、繊維製品の品質に悪影響を及ぼすが、その混入を防止することが至難である。)がわかり、本件土地に繊維工場を建設することを断念せざるを得なくなつた。そこで被告クラレは、ポリエステル工場を本件土地ではなく玉島(岡山県)に建設することになり、昭和三九年四月から同地においてポリエステルの生産を開始した。

前記3のとおり、石油化学事業については、これを企業化するためには、石油からアセチレンを製造するのみでは無駄が多く、更に進んでアセチレン製造の際出てくる廃ガスからエチレンをとり出してこれから誘導品の生産をしなければ採算に合わないことが判明した。ところで被告クラレは、アセチレンからボバールを製造する技術は開発していたが、エチレンから塩化ビニールを製造する技術は未開発であつた。そこで被告クラレは、エチレンから塩化ビニールを製造する技術を開発するため、他社との間に提携交渉を進めていたのであるが、相手方会社の業績不振等により実現しなかつた。更にこれに加えて昭和三九年頃から、通産省は、国内産業の国際競争力を強化するという見地から、生産能力が年産三〇万トン以下の規模のエチレン製造工場の建設は認可しないという行政指導を打出し、昭和四一年にはこれを明文で定めるに至つた。以上のような、他社との提携交渉の不奏功、通産省の行政指導等の事情により、被告クラレは石油化学事業についても当初計画していたような総合的な石油化学事業は断念せざるを得なくなり、アセチレンとかエチレンを自社で生産するのではなく、他社から購入し、これからボバールを製造して最終製品をつくるという方向に転換を余儀なくされた。

8  昭和四〇年一月六日、被告クラレは岡山県に対して、本件土地について被告クラレに対する所有権移転登記手続をすることを請求し、これに基づき、昭和四〇年二月一二日、岡山県は登記を嘱託した(昭和四〇年二月一二日、本件土地につき岡山県から被告クラレに対する所有権移転登記がなされたことは原告と被告県知事、同加藤および同クラレとの間では争いがない。)。

9(一)  被告クラレは、昭和四二年、バイエル社(西独)から技術導入によつてエチレンからボバールを製造することが可能となり、ボバール工場を建設することになつたが、四日市の方がエチレンを安価に入手することができるという理由で、同地に工場を建設すべきであるとの意見も会社内部では有力に主張されていた。一方、岡山県は被告クラレに対してボバール工場を県内に建設することを強く要請していた。

被告クラレがボバール工場を本件土地に建設すべきか四日市に建設すべきか検討していた矢先、昭和四二年秋頃、本件土地に隣接して自動車製造工場を有していた被告三菱重工から製造能力増加のために本件土地を譲受けたい旨の申し入れを受けた(被告クラレは、岡山県の了解を得たうえで、昭和四一年九月頃から被告三菱重工に対して、本件土地のうち三万坪を製品(自動車)置場として、被告クラレが工場建設に着手するばあいには返還するという約束で賃貸していた。)。

被告クラレは、被告三菱重工からの申入れについて検討を重ねた結果、被告三菱重工とは従来から取引があつたことも考慮して、本件土地を譲渡することとし、一方、ボバール工場については岡山県の要請に従い岡山県内に建設することに決定した。そして、被告三菱重工は昭和四二年一一月二日に、被告クラレは同月一〇日に、それぞれ岡山県に対して本件土地の譲渡につき正式に了承を求めた。これに対して、岡山県は、同年一二月末頃、被告クラレが本件土地を被告三菱重工に譲渡することを一応了承する旨の回答をした。その後、被告クラレは、岡山市内にボバール工場を建設し、昭和四三年一〇月から生産を開始した。被告クラレと被告三菱重工は、岡山県から前記の回答を得た後、主として売買代金額の点について岡山県から示唆・助言を受けながら、交渉を重ねた結果、昭和四三年一二月三日、本件土地を代金一六億九八九〇万円(後に減額されて一六億九五三〇万円になつた。)で被告三菱重工に売渡す旨の売買契約が成立した(被告三菱重工が被告クラレから本件土地を代金一六億九五三〇万円で買受けたことについては全当事者間に争いがない。)。右売買契約に基づき、昭和四四年九月四日、本件土地につき被告クラレから被告三菱重工に対する所有権移転登記がなされた(この点については、原告と被告クラレおよび同三菱重工との間には争いがない。)。

(二)  被告クラレが、本件土地を被告三菱重工に売渡すにつき、岡山県に対して了承を求めたのは、本件土地は工場建設用地として岡山県から買受けたものであるということに照らして、岡山県の了承を得ることが道義的に好ましいという考に基づくものであり、被告三菱重工が岡山県に対して、本件土地の買受けについて了承を求めたのは、本件土地が水島を中心とする岡山県の新産業都市計画の中核に位置し、且つ将来被告三菱重工が本件土地に工場を建設する場合に、岡山県に対して工業用水の供給等種々の協力を求めなければならなくなるという考に基づくものであつた。

10  被告加藤は、昭和三九年一一月から同四七年一一月まで岡山県知事の職にあつた(この点については原告と被告県知事および同加藤との間に争いがない。)。

以上のように認められ、以上の認定事実を覆すに足りる証拠はない。

二1  原告は、本件売買契約においては工場建設という一定の用途とその用途に供しなければならない期日とが定められているにかかわらず、被告クラレは指定期日までに工場を建設しなかつたのであるから、被告県知事は法第二三八条の五第五項(第四項)所定の法定解除権を行使することができたと主張する。しかしながら同条は昭和三九年四月一日から施行された(昭和三八年法律第九九号地方自治法改正附則第一条)ものであること、右改正附則第一〇条第二項で「新法第二三八条の五第二項から第五項までの規定は、この法律の施行の際現に貸し付け、又は貸付以外の方法により使用させている新法第二三八条第三項に規定する普通財産についても適用する。」と規定しているが、昭和三九年四月一日より前に売り払いまたは譲与された普通財産については、右のような規定がないことからすれば、昭和三五年七月三〇日に締結された本件売買契約については、法第二三八条の五第五項(第四項)は適用されないものというべきであるから、原告の右主張は、他の点について判断するまでもなく、採用できない。

2  原告は、被告県知事は被告クラレの本件売買契約上の工場建設債務の不履行を理由として本件売買契約を解除することができたものである、と主張するのでこの点について検討する。

(一) 前記一56認定事実によると、本件売買契約は、被告クラレが本件土地に工場を建設することを目的として結ばれたものであり、被告クラレが本件土地を工場敷地とし使用するということは、同被告の本件売買契約上の要素たる債務とされたものというべきであるが、前記一5認定の、別紙工場設立計画書が作成され、協定書に添付されるに至つた経緯からすれば、被告クラレが右債務の履行として本件土地に建設すべき工場の種類、規模および右債務の履行期については、いずれも確定的な定めはなかつたものと解するのが相当である。

前記一24認定のとおり、岡山県にとつて、開発公社の基本金として出資すべき三億円の金員を入手することが、本件売買契約を結ぶ目的の一つであつたということ、前記一5認定のとおり、昭和三五年二月二四日に結ばれた協定が、岡山県と被告クラレのみでなく、倉敷市も当事者として加わつているものであり、かつ岡山県、倉敷市が被告クラレのためになすべき事項をも定めているということは、いずれも右のように解することを妨げるに足りない。

(二) 前記一9(一)認定事実によると、遅くとも昭和四二年一一月上旬には、被告クラレが本件土地に工場を建設することを断念して、本件土地を被告三菱重工に売渡す方針を確定したことによつて、本件土地を工場敷地として使用するという被告クラレの本件売買契約上の債務は、履行不能となつたものということができ、したがつて、これによつて岡山県に本件売買契約の解除権が生じたということができる。

3  原告は、被告クラレは本件土地に工場を建設する意思、能力がないのに、工場を建設すると称して岡山県を欺罔して本件売買契約を結んだのであるから、被告県知事は本件売買契約を取消すことができた、と主張するが、本件売買契約が原告の右主張のような被告クラレの詐欺に因つて結ばれたものであることを認めるに足りる証拠はないから、原告の右主張は採用できない。

三  被告県知事が右二2の本件売買契約の解除権を行使しなかつたことが違法な怠る事実に当るか否かについて検討する。

法第二三八条の五第五項、第四項が直接本件売買契約に適用されないものであることは前記のとおりであるが、右法条は、普通地方公共団体の普通財産の売払い、譲与についてなされた用途指定等が履行されなかつた場合に、一般の契約法上の契約解除権の発生の有無とは別に、右法条による特別の契約解除権を当該普通地方公共団体の長に認めたものであるけれども、右法条の文理上、地方公共団体の長は右解除権を行使すべく羈束されるものではなく、右解除権を行使するか否かについて、長に裁量権が与えられているものと解されることも考え合わせると、前記二2の本件売買契約の解除権についても、被告県知事はこれを行使すべく羈束されていたものではなく、右解除権の行使によつて岡山県について生じる法律上のみでなく経済上その他諸般の利害得失を総合判断して、右解除権を行使するか否かを決する裁量権を有していたものと解するのが相当である。してみると、被告県知事が右解除権を行使しなかつたことは、右の裁量権の行使としての当、不当が問題となり得るけれども、岡山県からの受任者としての善管義務を怠つた違法な不作為であるということはできない。

四  したがつて、原告の、岡山県が法第二三八条の五第五項(第四項)に基く本件売買契約の解除権、被告クラレの詐欺を理由とする本件売買契約の取消権を有していたこと、岡山県知事の職に在つた被告加藤が、被告クラレの債務不履行に基く岡山県の本件売買契約の解除権を行使しなかつたことが、違法な不作為であることを前提として、被告県知事が被告加藤、同クラレおよび同三菱重工に対して損害賠償請求権を行使すべきであるのにこれを怠つていることの違法の確認を求める請求、並びに岡山県に代位して被告加藤、同クラレおよび同三菱重工に対して損害賠償を求める請求は、他の点について判断するまでもなく、全部失当であるといわなければならない。

第三結論

以上のとおりで、原告の、被告県知事が本件売買契約の解除権又は取消権の行使を怠つたことの違法確認を求める訴は不適法であるから、これを却下することとし、原告の、被告県知事に対するその余の請求および被告加藤、同クラレ、同三菱重工に対する請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 寺井忠 竹原俊一 高山浩平)

当事者の主張

一 本案前の主張

(原告)

(被告ら)

(一) 原告は岡山県の住民である。

(一) 認める。

(被告ら)

(二)1 原告は昭和四四年五月二日岡山県監査委員に対し被告岡山県知事(以下「被告県知事」という。)が請求の趣旨1項(1)記載の怠る事実を改め、これによつて岡山県の被つた損害を補填するために必要な措置を講ずべきことを請求した。

(二)1 認める。

2 これに対し監査委員は同年六月三〇日右監査請求が別紙物件目録記載の土地(以下一括して「本件土地」という。)の所有権移転登記が岡山県より被告株式会社クラレ(以下「被告クラレ」という。)になされた昭和四〇年二月一二日から監査請求期間である一年を経過したのちになされており、かつ右所有権移転登記については同年一二月の定例県議会において論議されたことでもあり、一般に周知されていると認められるので、右期間徒過後の監査請求に正当な理由があるとは認められないとしてこれを却下した。

2 認める。

3 しかし原告は監査委員に対し本件土地の所有権移転登記をなしたことの是正およびこれによる損害を補填するために必要な措置を講ずべきことのみを請求したのではなく、本件土地の売買契約につき解除権、取消権を行使しないことの是正およびこれによる損害を補填するために必要な措置を講ずべきことも請求したものであり、これを前提として請求の趣旨1項(1)の請求をなしているのであるから、被告らの主張は理由がない。しかもかかる怠る事実についてはそれが継続している限りいつでも監査請求をなすことができ、監査請求期間ということは考えられないのであるから、監査委員の前記決定そのものが違法であり、従つて監査請求が却下されたからといつてこれがため本訴提起は何らの影響を受けるものではない。

ところで請求の趣旨1項(1)は、過去の事実の違法確認請求の形式をとつているが、地方自治法二四二条の二・一項三号が宣言的な訴訟形態を認めた趣旨にかんがみれば、少なくとも訴提起時に怠る事実が現存していた場合にはそれが審理中に怠つた事実に変化したとしてもなお訴の利益はあるというべきである。

3 争う。

監査の結果明らかにされたとおり原告のなした監査請求は不適法であるからこれを前提とする本訴も不適法として却下されるべきである。

(被告三菱重工業株式会社)

原告は監査請求にあたり被告県知事が地方自治法二三八条の五による解除をしないことが怠る事実にあたると主張したのみで、他の債務不履行による解除、詐欺による取消の主張をしていないから、右の点については監査請求を経ていないこととなり不適法として却下されるべきである。

原告の請求の趣旨1項(2)について監査請求を経ていないので、これについての代位請求である同2項の請求は不適法として却下されるべきである。

(被告県知事、同加藤武徳および同三菱重工業株式会社)

(三) 争う。

本件土地の如く既に売却され、所有権を有しない場合であつても売買契約に伴う解除権、取消権を有する結果所有権が復帰する可能性が残つている以上かかる土地を「財産」から除外すべき理由はない。

(三) 地方自治法二三七条一項はこの法律において「財産」とは公有財産、物品及び債権並びに基金をいうと定めており、売買契約に伴う解除権、取消権は形成権であつて右のいずれにも該当しないから、その不行使という事実は同法二四二条一項後段の「財産の管理を怠る事実」に含まれるものでない。従つて原告のなした監査請求は右法条に該当しない無効なものであり、これを前提とする本訴は不適法として却下されるべきである。

(被告加藤武徳)

(四) 争う。

地方自治法二四二条の二・一項四号は財産上の権利義務の主体を対象とする訴訟を予定していることから、執行機関なる用語を用いなかつたものであり、執行機関の地位にある職員をその対象から除外したものではない。

(四) 地方自治法二四二条の二・一項四号は同項三号と異なり、執行機関である者に対する代位請求をその対象から除外しているから、原告の被告加藤武徳(以下「被告加藤」という。)に対する訴は不適法として却下されるべきである。

(被告クラレおよび同三菱重工業株式会社)

(五)1 争う。

前記(四)のとおり地方自治法二四二条の二・一項四号は執行機関の地位にある職員をその対象から除外したものではない。

(五)1 地方自治法二四二条の二・一項四号は職員に対する代位請求を規定しているが、被告加藤は岡山県と委任関係にたつ執行機関であつて職員ではないから同号によつては被告加藤、同クラレおよび同三菱重工業株式会社(以下「被告三菱重工」という。)の共同不法行為による損害賠償請求をすることは許されず、従つて原告の被告クラレおよび同三菱重工に対する訴は不適法として却下されるべきである。

2 争う。

地方自治法二四二条の二・一項四号は同法二四二条を実効性あるものとするために設けられたもので、当該職員に対する請求と怠る事実の相手方に対する請求との間に何ら異質なものは存しない。

2 仮に被告加藤が右条項にいう職員にあたるとしても、当該職員に対する請求と怠る事実に係る相手方に対する請求とは同条項において別個に規定された異質なものであるから、被告加藤、同クラレおよび同三菱重工の共同不法行為による損害賠償請求は同条項によつてはなしえず、従つて原告の被告クラレおよび同三菱重工に対する訴は不適法として却下されるべきである。

(被告三菱重工)

(六) 争う。

被告三菱重工は被告クラレとともに被告加藤が県知事として岡山県と被告クラレとの本件土地の売買契約を解除又は取消して本件土地を取戻すことを怠つたことに積極的に加担し、被告クラレから右土地を買い受けて岡山県が本件土地を取戻すことを不可能にしたものであるから、怠る事実に係る相手方にあたる。

(六) 原告主張の怠る事実が被告県知事が岡山県と被告クラレとの間で締結された本件土地の売買契約を解除又は取消して本件土地を岡山県に取戻すことを怠つたことにあるというのであれば、被告三菱重工は右売買契約の当事者でないし、解除又は取消の相手方でないから、被告適格を欠き、従つて原告の被告三菱重工に対する訴は不適法として却下されるべきである。

二 本案についての主張

請求原因に対する答弁

請求原因

(被告県知事および同加藤)

(一)1イ 岡山県は昭和三五年二月二四日企業誘致の目的で被告クラレとの間で次の協定(以下企業誘致協定という。)を締結した。

<1> 被告クラレは本件土地に合成繊維製造工場を建設する。

<2> 右建設は第一期昭和三八年一二月までと第二期昭和四〇年一二月までの二期に分けてそれぞれ約三〇億円ずつ投下して完成させる。

<3> 岡山県は被告クラレに本件土地を譲渡する。

<4> 岡山県は工業用水、飲料水を確保し、港湾および貯水の施設等の確保に努力する。

<5> 岡山県は電力、電信、電話の確保建設に努力する。

<6> 岡山県は被告クラレが操業を開始したときは企業誘致条例に基づき奨励金を交付する。

(一)1イ 認める。

ただし、企業誘致協定は、岡山県、倉敷市および被告クラレの三者間で締結されたものであり、その内容も<1>は被告クラレは合成繊維製造工場だけでなく、同原料、化学製品製造工場も建設する、<4>は岡山県および倉敷市は工業用水、飲料水を確保し、被告クラレが取水、送水、貯水の施設を設置する場合はその用地の確保を斡旋し、岡山県は港湾施設の整備を行なうというものである。

ロ 岡山県は右協定に基づき昭和三五年七月三〇日被告クラレに対し本件土地を総額三億二二五六万五〇〇〇円(三・三平方米あたり二五〇〇円)で売渡した。

ロ 本件土地の売却が企業誘致協定に基づくとの点を否認し、その余を認める。

右協定は倉敷市を加えた三者間で締結されたものであり、しかも岡山県と倉敷市が一つには各地方公共団体の間の激しい企業誘致競争のなかで被告クラレを誘致したという立場から、他の一つには岡山県が倉敷市水島地区を中心とした工業開発を推進するための組織として発足させた岡山県開発公社の事業資金を捻出するために本件土地を売却することとなつたという立場から被告クラレに対し岡山県と倉敷市の協力方法を明示することを主目的として締結されたものであるから、そのまま本件土地売買契約の内容となるものでない。

2 イ この結果被告クラレは前記企業誘致協定に定める工場建設の義務を負うこととなつた。

ロ 本件土地の売却は被告県知事が被告クラレに対し工場建設という一定の用途とその用途に供しなければならない期日および期間を定めてなされたものである。

2 イロ否認する。

岡山県は被告クラレが企業誘致協定に定めるとおり工場建設をすることを期待していたが、倉敷市水島地区の工業開発という大目的に合致する限りその計画を変更することを許容する含みであつたのであり、前記1のとおり岡山県としては被告クラレに対し協定に定めるとおりの工場を建設することを義務づけるような立場にはなかつた。当時岡山県は被告クラレが協定どおりの工場を建設することが技術的にまた時期的にみて困難であるかもしれぬことは予測していた。

3 被告クラレは地価の値上りを待ち転売益を利得するため昭和三五年当時に生産過剰の状態にあつて敷地四二万六五三三・二五平方米からの大工場を建設する意思も能力もなかつたのに工場を建設すると称して岡山県を欺罔して本件土地を買い受けたものである。

3 否認する。

昭和三五年当時合成繊維業界は好況下にあり、その装置産業的性格から高い成長率が見込まれていた。

4 その後被告クラレは岡山県からの再三の催告にもかかわらず企業誘致協定に定める期日までに工場建設をせず、期日到来後においても着手すらしなかつた。

4 認める。

(被告県知事および同加藤)

(二)1 従つて被告県知事は岡山県のために被告クラレに対し地方自治法二三八条の五・五、四項により本件土地の売買契約を解除することができた。なお右条項の立法趣旨に徴すると地方公共団体が何ら用途および用途に供すべき期間を指定しないで普通財産を売払つた場合ならばともかく、本件土地の売買契約におけるが如く用途および用途に供すべき期間を指定して売却した場合には同条項の施行前になされたものであつてもなお改正法付則一〇条二項により同条項の適用があるべきである。

(二)1 争う。

地方自治法二三八条の五・五、四項は昭和三八年法律第九九号によつて新設され、昭和三九年四月一日から施行されたもので、しかも右改正法付則一〇条二項はこの法律施行の際現に貸付け又は貸付け以外の方法により普通財産を使用させている場合に新法二三八条の五・二項から五項までの規定の適用がある旨規定したにとどまり、新法施行前普通財産を売り払い、又は譲与した場合については何ら規定するところがないから、本件土地の売買契約には地方自治法二三八条の五・五、四項の適用はない。

2 被告県知事は岡山県のために被告クラレに対し詐欺を理由として本件土地売却の意思表示を取消すことができた。

2 争う。

3 被告県知事は岡山県のために被告クラレに対し企業誘致協定に定める工場建設義務の不履行を理由として(適法な催告がなされていなければこれをなしたうえで)本件土地の売買契約を解除することができた。

3 争う。

(被告県知事)

(三) 被告県知事は岡山県から委任を受けて県有財産を管理する者として、県民の意思である企業誘致の目的を達成できない以上岡山県のために速やかに被告クラレに対し前記解除権、取消権を行使して本件土地を取戻し、県民福祉その他公益のため活用すべき善管注意義務があるのにこれを怠つた違法がある。

(三) 争う。

仮に被告県知事に本件土地売買契約の解除権、取消権があるとしても、その行使は被告県知事の合理的な判断に委ねられるべきであり、本件土地を被告クラレに売却して誘致するに至つた経緯、これによつて岡山県の受けた利益、被告三菱重工が本件土地を被告クラレから買い受けて利用することによつて岡山県が受けるであろう利益、殊にこれによつて公害の少ない迂回生産度の高い機械工業を中心として県工業構造の高度化を実現しうること、これに反し解除権、取消権を行使して被告クラレとの紛争が長期化した場合に本件土地が遊休化することにより倉敷市水島地区の工業開発が停滞するであろうことなどを総合考慮するならば被告県知事が解除権、取消権を行使しなかつたことはきわめて妥当な措置であつた。

(被告県知事および同加藤)

(四)1 被告加藤は昭和三九年一一月から昭和四七年一一月まで県知事の職にあつたものであるが、前記善管注意義務に違反し、解除権、取消権を行使しなかつた。

(四)1 被告加藤が昭和三九年一一月から昭和四七年一一月まで県知事の職にあつたことを認め、その余を争う。

仮に本件土地売買契約につき解除権、取消権があつたとしてもこれを行使しなかつたことがきわめて妥当な措置であつたことは前記(三)のとおりである。

2 のみならず被告加藤は被告クラレが企業誘致協定に定める工場建設義務を履行しないため県議会から被告クラレに対し、適切な措置をとるよう要求されていたのに、かえつて県知事に就任後間もない昭和四〇年二月一二日これまで前県知事が被告クラレの工場建設義務不履行に対してとつてきた所有権移転登記拒絶の措置を覆し、県議会に諮ることなく、隠密裡に被告クラレに対し本件土地の所有権移転登記をなし、その結果岡山県が本件土地を取戻すことを困難にした。

2 県議会から被告クラレの工場建設義務不履行に対し適切な措置をとるよう要求されていたこと、昭和四〇年二月一二日に本件土地の所有権移転登記をしたこと、登記手続を行うにあたつて県議会に諮らなかつたことを認め、その余を否認する。

所有権移転登記をなすことは県議会の議決事項でないし、また前県知事が所有権移転登記をしなかつたのは本件土地の一部の耕作者が離作補償を要求し、離作しなかつたなどの事情によるものである。

3 さらに被告加藤は被告クラレがかねて岡山県に対し昭和四〇年一二月までに本件土地利用計画を明らかにし、もし工場建設をやめる場合にはその後の用地処分は岡山県の指示に従う旨約しており、県知事として本件土地の処分につき主動的な立場にあつて自由に措置することができたのを利用し、昭和四二年一一月以降本件土地を被告クラレから被告三菱重工に転売させるべく斡旋工作を続けたうえ、昭和四四年二月頃被告三菱重工からは工場建設計画も提出させることのないまま時価をはるかに下まわる総額一六億九五三〇万円で本件土地(一部分を除外したため総転売面積は四二万一八二四・九〇九平方米である。)を転売させた。しかも被告加藤は右転売契約を成立させるため、これと同時に被告クラレに対し岡山市東島田所在の県有地一四八五平方米を地方自治法二三四条、同法施行令一六七条の二に違反して随意契約により不当な廉価五四〇〇万円(三・三平方米あたり一二万円)で売却した。すなわち被告加藤は本件土地の被告クラレから被告三菱重工への転売と岡山市東島田所在の県有地の岡山県から被告クラレへの売却とが一体となつて構成する前記三面的総合契約の当事者の一人であり、右契約において県知事として岡山県と被告クラレとの本件土地売買契約につき有した解除権、取消権の放棄又は不行使の合意をなしたということができる。

しかもその後昭和四四年九月四日被告クラレから被告三菱重工に対し本件土地の所有権移転登記がなされた。この結果岡山県が本件土地を取戻すことは不可能となり、岡山県は後記(七)の損害を受けた。

3 被告クラレから被告三菱重工へ本件土地が原告主張の額で転売されたこと、岡山県が被告クラレに岡山市東島田所在の県有地(一四九二平方米が正しい。)を随意契約により五四〇〇万円(三・三平方米あたり一二万円)で売却したことを認め、その余は否認する。

被告加藤は右転売を県議会商工警察委員会、総務委員会へ報告のうえ了承したことはある。

また右県有地の売却は本件土地の転売契約とは全く関係のないことであり、随意契約によつたのも単価が鑑定価格の約五割高であつて、地方自治法施行令一六七条の二・一項四号に定める「時価に比して著しく有利な価格」であつたからである。

4 被告加藤の前記1ないし3の行為は第一次的には岡山県に対する債務不履行であり、第二次的には被告クラレ及び同三菱重工の行為とともに共同不法行為であるから、被告加藤は同クラレおよび同三菱重工と連帯して岡山県に対し後記(七)の損害を賠償する義務がある。

4 争う。

(被告クラレ)

(五)1 前記(一)1ないし3のとおり被告クラレは昭和三五年当時既に生産過剰の状態にあつて工場建設の意思も能力もないのに転売益を利得するため岡山県に対し工場を建設すると称して昭和三五年二月二四日企業誘致協定を締結し、これに基づき同年七月三〇日本件土地を買受けた。

(五)1 昭和三五年二月一二日岡山県、倉敷市との間で原告主張の企業誘致協定を締結し、同年七月三〇日本件土地を原告主張の金額で買受けたことを認め、その余を否認する。

被告クラレは昭和三三年三月当時ビニロンの原料となるボバールを石油、アセチレンから製造するため、石油化学部門への進出計画を策定検討中、岡山県から工場誘致の申込みを受けて倉敷市水島地区への進出を決定し、昭和三五年二月岡山県および倉敷市との間で企業誘致協定を締結することとなり、工場建設について必ず実現する方針を固めながらも具体的な計画ができていなかつたが、岡山県からの要望に応じ将来変更もありうるとの含みで一応工場建設計画書を提出したものである。

当時繊維産業は紡績、レーヨンについては生産過剰のため操短等の措置がとられていたが、合成繊維は旺盛な需要があつて好調裡に推移していた。

2 のみならずその後被告クラレは岡山県から再三にわたる催告にもかかわらず企業誘致協定に定める工場建設義務を履行せず、このため県議会において被告クラレの右義務違反が問題となり、被告加藤は被告クラレに対し適切な措置をとるように要求されていること、従つて被告加藤が県議会の議決を経ることなく所有権移転登記をなすときは岡山県に対する善管注意義務違反となることを知りながら、昭和四〇年二月一二日本件土地の所有権移転登記を受けた。

2 岡山県から被告クラレに対し工場建設の要請があつたが、工場建設するに至らなかつたこと、昭和四〇年二月一二日本件土地の所有権移転登記を受けたことを認め、県議会から被告クラレに対し適切な措置をとるように要求されていたことは知らない、その余は否認する。

被告クラレは企業誘致協定締結後総合石油化学事業への進出、ポリエステルの企業化を計画推進してきたが、その後川崎製鉄の水島進出に伴う環境変化のためポリエステルの企業化を断念し、総合石油化学事業への進出に専念することとしたが、これも通産省の方針からエチレンから酢酸ビニール、更にボバールを製造する方向で具体化することとなつたところ、昭和四二年一〇月頃被告三菱重工より水島自動車製作所(現三菱自動車工業)拡張のため本件土地の譲渡方の申入れがあり、本件土地に工場を建設することのないまま転売することとなつたものである。

3 さらに前記(二)、(四)のとおり被告クラレは岡山県が本件土地売買契約につき解除権、取消権を有しており、被告加藤が県知事として右解除権、取消権を行使して右土地を取戻すべき義務を負つていながらこれを怠つていること、被告三菱重工に本件土地を転売するならば右解除権、取消権の行使によつて岡山県が右土地を取戻すことが不可能となることを知りながら、被告加藤の斡旋を受け入れて昭和四四年二月頃本件土地を被告三菱重工に対し総額一六億九五三〇万円で転売し、差引き一三億七二七三万五〇〇〇円を利得するとともに、これと同時に法令に反し、随意契約によつて岡山県から県有地の払下げを受けた(被告クラレは本件土地の処分につき工場建設をしないときは岡山県の指示に従う旨約していたものでる。)。両契約は三面的複合契約であり、被告加藤は県知事として右契約において本件土地売買につき有した解除権、取消権の放棄又は不行使の合意をしたということができる。そしてその後被告クラレは同年九月四日被告三菱重工に対し本件土地の所有権移転登記をなした。この結果岡山県がこれを取戻すことは不可能となり、岡山県は後記(七)の損害を受けた。

3 被告三菱重工に本件土地を原告主張金額で転売したこと(右売買契約は昭和四三年一二月三日締結された。)、岡山県から岡山市東島田所在の県有地を原告主張金額で随意契約により払下げを受けたこと、昭和四四年九月四日被告三菱重工に対し本件土地の所有権移転登記をしたことを認め、その余を否認する。

被告クラレの工場建設義務が本件土地売買契約の内容をなすものでないこと、地方自治法二三八条の五・五、四項の適用のないことは被告県知事および同加藤の主張するとおりである。本件土地の転売につき被告加藤が県知事として主動的立場にあつたことはないが、その了承は得てなされた。また県有地の払い下げは工業試験場の移転充実を図るために必要な資金を捻出するためになされたものである。さらに被告加藤が県知事として本件土地の売買契約において解除権、取消権の放棄又は不行使の合意をしたのであれば原告主張の如き損害は発生しない。

4 被告クラレの前記1ないし3の行為は第一次的には被告三菱重工とともに被告加藤の債務不履行に加担するものとして、第二次的には被告加藤、同三菱重工の行為とともに共同不法行為であるから、被告クラレは同加藤および同三菱重工と連帯して岡山県に対し後記(七)の損害を賠償する義務がある。

4 争う。

(被告三菱重工)

(六)1イ 被告三菱重工は、被告クラレが岡山県から本件土地を買受けた経緯に加え、その後被告クラレが工場建設義務を履行しないため被告加藤は県議会から被告クラレに対し適切な措置をとるように要求されていたこと、にもかかわらず被告加藤は県知事として解除権、取消権を行使して本件土地を取戻すことをせず、善良な管理者の注意義務を尽さないこと、被告クラレから本件土地を買受けるときは岡山県が本件土地を取戻しえなくなることなどの前記諸事情を知りながら、自ら本件土地を使用する必要もないのに被告加藤および同クラレの転売意図を利用し、昭和四四年二月頃同土地を総額一六億九五三〇万円というきわめて廉価で買受け、八億六一二一万四六〇〇円を利得するとともに、同年九月四日所有権移転登記を受けた。

右契約が三面的複合契約であり被告加藤が県知事として右契約において解除権、取消権の放棄又は不行使の合意をしたといえることは前同様である。この結果岡山県は本件土地を取戻すことが不可能となり、後記(七)の損害を受けた。

(六)1イ 被告クラレが本件土地を岡山県から買受けたこと、被告三菱重工が被告クラレから本件土地を一六億九五三〇万円で買受けて昭和四四年九月四日所有権移転登記を受けたことを認め(売買契約年月日は被告クラレの主張するとおりである。)、その余を否認する。

被告三菱重工は水島自動車製作所の生産増強のため本件土地を買受けたもので、この買受けにあたつては被告県知事の了承を得ている。また被告加藤が県知事として解除権、取消権の放棄又は不行使の合意をしたというのであれば、原告主張の損害が発生しないこと前記(五)3と同様である。

ロ 仮に被告三菱重工が前記諸事情を知らないで本件土地を買受けたとすれば、買主として当然尽くすべき調査を怠つた過失がある。

ロ 争う。

2 被告三菱重工の前記1の行為は第一次的には被告クラレとともに被告加藤の債務不履行に加担するものとして、第二次的には被告加藤および同クラレの行為とともに共同不法行為であるから、被告三菱重工は同加藤および同クラレと連帯して岡山県に対し後記(七)の損害を賠償する義務がある。

2 争う。

(被告ら)

(七) 岡山県が受けた損害は、昭和四四年二月頃の本件土地の時価が三・三平方米あたり二万円を下らず、従つてこれによつて転売総面積四二万一八二四・九〇九平方米の価格を算出すると二五億五六五一万四六〇〇円となるから、これより被告クラレが昭和三五年七月三〇日本件土地を買受けるに際して岡山県に支払つた三億二二五六万五〇〇〇円を差引いた二二億三三九四万九六〇〇円である。

(七) 否認する。

(被告県知事)

(八) 被告県知事は岡山県のために被告加藤、同クラレおよび同三菱重工に対し前記損害賠償請求権を行使すべき善管注意義務があるのにこれを怠つている違法がある。

(八) 争う。

(被告ら)

(九) よつて原告は、

1 被告県知事に対し、請求の趣旨1項記載の怠る事実の違法確認を

2 被告加藤、同クラレおよび同三菱重工に対し、各自岡山県に対し請求の趣旨2項記載の二二億三三九四万九六〇〇円およびこれに対する訴状送達の翌日である被告加藤および同クラレについては昭和四四年八月二三日から、被告三菱重工については同月二四日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を

それぞれ求める。

(九) 争う。

別紙<省略>

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