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岡山地方裁判所 昭和45年(わ)707号 判決 1971年10月22日

本籍ならびに住居

御津郡御津町大字中牧一、五三〇番地

無職

入江卯一郎

大正元年八月二四日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は検察官吉川寿純出席のうえ審理をし、次のように判決する。

主文

被告人を懲役四月および罰金八〇万円に処する。

この裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

右罰金を完納することができないときは金二千円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は岡山県御津郡御津町大字中牧一、五三〇番地に居住し、御津町収入役として勤務するかたわら、酒類の販売農業を営んでいたものであるが、所得税を免れようと企て、昭和四三年一月一日から同年一二月三一日までの昭和四三年度中における総所得金額は一六、二二九、四三九円で、これに対する所得税額は七、一六三、六〇〇円であるのにかかわらず、取引の相手方に対し故意に領収書を発行せず、あるいは所得の一部を他人名義で預金するなどして所得の一部を秘匿したうえ、昭和四四年三月一一日岡山市天神町三番二三号岡山税務署において、同税務署長に対し、自己の総所得金額は一、一〇九、四三九円で、これに対する所得税額は六〇、二〇〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、もつて不正の行為により所得税七、一〇三、四〇〇円をほ脱したものである。

(証拠の標目)

一、被告人の当公判廷における供述

一、証人川村秀雄、同常長重忠、同大山泰雄の当公判廷における各供述

一、安信彦次郎の検察官に対する供述調書

一、曹吉沢、北村勝美(昭和四五年五月二八日付、六月一九日付)、鈴木熊八(二通)、安信彦次郎(同年五月二九日付)、常長鶴夫の司法警察員に対する供述調書

一、岡山税務署長作成の捜査関係事項照会について、と題する書面

(法令の適用)

所得税法二三八条一項(懲役および罰金を併科する。)、刑法二五条一項(懲役刑についてのみ)、一八条、刑事訴訟法一八一条一項本文

なお、弁護人は、1.「偽りその他不正の行為」の証明がなかつた、2.ほ脱の故意がなかつた、3.検察官認定以外に、合計七四〇万円が第三者に分配されているから、控除されるべきである、と主張される。

しかし、前掲証拠によれば、1.被告人は、本件により取得した金員が、正規にあらわになしえない、いわゆる裏金であつて、領収証が要求されない性質の金員であることを十分認識しており、そのことが被告人自身にとつても好都合であつたから進んで領収証を発行するまでのことをしなかつたこと、さらに、取得した金員を第三者である川村秀雄名義で預金して取得の事実を秘匿しており、これらの行為が所得税法二三八条にいう「偽りその他不正の行為」にあたるこというまでもない。また、2.被告人が当法廷において述べるように、かりに、申告当時本件取得金員を申告すべきことが全く念頭になかつたとしても、少くとも申告書記載の金額が、自己の該年度の所得の実相をそのまま現示しているものでないことの認識は存していたものと認められるから、かかる認識の存した以上、ほ脱の故意なしとなすことはできないし、そもそも、被告人の前掲のような供述自体、税務課長をしたこともある被告人の経歴に鑑み、たやすく信用できるものではない。最後に、第三者に分配した金員の点は、被告人の当法廷での供述のほかにこれを認めるに足る証拠はないのみか、関係者のうちには明確にその授受を否定する証言をしており、弁護人主張の金員を損金として控除することはできない。

そして、判示のように被告人がほ脱した税額は七〇〇万円をこえる多額であるけれども、その後被告人は本税一、二五〇万円余(本件訴因より遙かに多い。)延滞税一一五万円余、加算税三七五万円余を税務当局の指示のままに納付しており、経済的にはかなりきびしい制裁を受けたのに等しいものがあり、当然のことながら社会的にもきびしい指弾制裁を受けたことが認められるので、刑の量定にあたつてはこれらを考慮するのが相当である。

よつて、主文のとおり判決する。

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