岡山地方裁判所 昭和46年(ワ)456号 判決 1973年8月09日
原告
文八門
被告
岡山石鹸株式会社
ほか一名
主文
1 被告らは原告に対し、各自一三八万三三五六円とうち一二八万三三五六円に対する昭和四五年五月五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを三分し、その一を被告らの、その余を原告の各負担とする。
4 この判決1項は仮に執行することができる。
事実
一 当事者の求めた裁判
原告
1 被告らは各自原告に対し四二〇万円とうち四〇八万円に対する昭和四五年五月五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行の宣言
被告ら
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
二 当事者の主張
原告
(一) 交通事故の発生
1 日時 昭和四五年五月四日午前九時三〇分ごろ
2 場所 岡山市高屋二九二番一先国道二号線
3 加害車 被告本倉が運転し、被告会社が所有する普通貨物自動車
4 被害車 原告が運転する自動二輪車
5 態様 被害車の右横へ進行してきた加害車が、突然、被害車の直前で左折したため衝突
6 傷害の部位程度 原告は左第四ないし第九肋骨骨折で昭和四五年五月四日から同月二七日まで入院治療し、その後現在まで通院治療
(二) 責任原因
被告本倉は前方不注視の過失により本件事故を発生させたから民法七〇九条により、被告会社は加害車を所有していたから運行供用者として自賠法三条により、それぞれ原告に生じた損害を賠償する責任がある。
(三) 損害
1 逸失利益 三七三万一八二二円
原告は本件事故当時満六九歳であつたから、事故後九・五三年の余命があり(厚生省第一二回生命表)、そのうち四年間は就労可能であつたところ、本件事故による肋骨骨折とこれに伴う喘息の増悪、体の衰弱により、それまでしていた養豚業を営むことが全く不可能となつた。
原告は昭和四四年五月から同四五年四月までの一年間に岡山県食肉荷受株式会社に豚七六頭の販売委託をして約二〇九万四〇〇〇円の収入を得ており、その間の諸経費として仔豚の仕入(一頭につき七〇〇〇円から一万四、五〇〇〇円)、県の屠殺料、取引所使用料、手数料(一頭につき一七〇〇円)、餌代(六〇〇〇円)注射代等を差引き、控え目にみても原告の年間純益は前記収入の半分である一〇四万七〇〇〇円はあつた。
そうすると、原告は本件事故に遭わなければ、なお四年間は養豚業を営み少なくとも年間一〇四万七〇〇〇円の収入を得られたはずであるから、これをホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して本件事故時の現価を算出すると、三七三万一八二二円となる(104万7000円×3.5643)。
2 入院雑費 七二〇〇円
入院二四日間につき一日当り三〇〇円の雑費を要した。
3 付添費 一〇〇〇円
入院初日だけ妻が付添つた。
4 慰謝料 三七万円
5 弁護士費用一二万円
原告は本件訴訟を弁護士に委任し、二万円を支払つたほか、一審判決後一〇万円を支払う約束をした。
(四) 損害の填補
原告は前記損害に対し被告会社から三万円を受領した。
(五) よつて、原告は被告らに対し、各自四二〇万円((三)の損害合計四二三万〇〇二二円から(四)の三万円を控除した四二〇万〇〇二二円のうち)およびうち弁護士費用一二万円を除いた四〇八万円に対する本件事故発生の翌日である昭和四五年五月五日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(六) 被告ら主張(五)の事実は否認する。本件事故は加害車が被害車に接触したため原告が転倒して発生したものである。
(七) 同主張(六)の事実は否認する。被害車は加害車の前方を進行中、突然右後方から追突されたのであるから、原告には何ら過失はない。
(八) 同主張(七)の事実中、2、3の金額および1の金額中二万二五四六円を被告会社が支払つたことは認めるが、これは本訴請求外の本件事故による原告の損害であり、1の金額中その余は不知。
被告ら
(一) 原告主張(一)事実中、1ないし4は認めるが、5は否認し、6は不知である。
(二) 同(二)の事実中、被告会社が加害車の運行供用者であることは認めるが、その余は争う。
(三) 同(三)の事実は否認する。
原告の体力、養豚設備の欠除等からして、原告主張のような多額の売上があつたとは考えられず、経費も原告主張以上に要する。
原告の症状は本件事故による受傷の後遺症ではなく、仮に因果関係があるとしても、事故前から発病していた喘息が主たる原因であり、またその程度は後遺症害等級一四級かせいぜい一二級と考えられるから、労働能力を全く喪失したとみるべきではない。
(四) 同(四)の事実は認める。
(五) 本件事故は原告の運転操作の誤まりを唯一の原因として発生した原告の自損行為であり、被告本倉運転の自動車とは接触もしていない。
(六) 本件事故の発生については、原告においても被告本倉運転の自動車の後方から進行中、同車が事故地点の二十数メートル手前から減速徐行して左にハンドルを切つて原告の進路をふさいでいたのに、原告はこれに追いつき無暴にも同車の左側を漫然進行しようとしたため同車を直前に発見し、あわてて転倒したという過失があるから、損害賠償額の算定にあたり、これを斟酌すべきである。
(七) 被告会社は、原告が自認する三万円のほか、本件事故による原告の治療費として
1 昭和四五年五月七日 岡山第一病院に 二万五一一〇円
2 同月二七日 岡山済生会総合病院に 一万五三五三円
3 同日 岡山赤十字病院に 九八二〇円
を支払つている。
三 証拠〔略〕
理由
一 原告主張(一)の事実中、1ないし4の事実は当事者間に争いがなく、〔証拠略〕を総合すれば、現場は直線で見とおしの良いコンクリート舗装の車道(一〇・五メートル)と歩道(一・五メートル)に区別された道路であること、被告本倉は加害車を運転し進路左側の歩道右端から約一・五メートル中央寄りを時速約三〇キロメートルで東進中、右歩道を越えた左側の日光モーター空地内に進入して方向転換するため事故地点から二十数メートル手前付近で左折合図の操作をし、バツクミラーとサイドミラーで左後方を見たが被害車を発見しなかつたので、ブレーキを踏んで時速約一二キロメートルに減速しながら徐々に車道左側に寄り事故地点付近で左折しようとしたこと、右のように、被告本倉は左折合図の操作をしブレーキをかけたが、当時故障により加害車の左側後部の方向指示器および制動灯はいずれも点灯せず、運転席の方向指示器表示ランプも左側は点灯していなかつたこと、原告は被害車を運転して進路左側の歩道右端から約一メートル中央寄りを東進中、それまで気付かなかつた加害車が事故地点付近で自車右側から左折しようとして自車の進路に進出して来たこと、このため歩道右端から約一メートル中央寄り付近で加害車左側面が右後方から原告に接触し、原告は左斜前方の歩道上に転倒したこと、その結果、原告は左第四ないし第九肋骨骨折の傷害を受け昭和四五年五月四日から同月二七日まで入院治療をしたことが認められ、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。
右認定事実によれば、被告本倉には、直線道路を進行中に交差点でもない場所で方向転換のため左折して歩道を越えようとするのであるから、左折の合図を確実になし、並進あるいは後続の車両の安全を確認すべき注意義務があるのに、これを怠り、方向指示器および制動灯の故障に気付かなかつたため、結局、左折の合図をせず、かつ左側ないし左後方の確認が不十分であつたため被害車にも気付かないまま左折しようとした過失があり、右過失により本件事故が発生したと認められる。
そうすると、被告本倉は不法行為者として民法七〇九条により、また被告会社は加害車の運行供用者として(この点は当事者間に争いがない)自賠法三条により、各自原告に生じた後記損害を賠償すべき責任がある。
よつて、被告ら主張(五)の抗弁は理由がない。
二 原告主張(三)の損害について検討する。
1 逸失利益 一〇〇万五一五六円
〔証拠略〕によれば、原告は本件事故前から肺結核、高血圧、気管支喘息、慢性胃炎等で協立病院に通院(昭和四三年度二一回、同四四年度二三回)していたこと、しかし肺結核は昭和四三年八月で治療を打切り経過観察となつており、気管支喘息も症状は軽く、原告は独りで養豚業を営むことができていたこと、ところが本件事故により左第四ないし第九肋骨骨折の傷害を受けて昭和四五年五月二七日まで二四日間入院治療、その後同年七月一六日まで通院治療(実日数八日間)して右骨折は治癒したが、右骨折による左胸部痛を残し、また骨折部分が変形接合した状態のままであること、右骨折部分の変形接合のため喘息発作時に胸部を圧迫し、発作時の痛みが強くそれが持続するため二、三日おき位に通院していること、そのため原告は、本件事故後、養豚業に従事できなくなつたこと、なお、原告は昭和四五年一二月から肺結核の投薬治療を再開し、その他の病名も付されて通院しているが、これらは本件事故との因果関係を認め難いことなどの事実が認められ、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。
右認定事実によれば、原告は本件事故以前から肺結核や気管支喘息の病気を有していたがその症状は軽く、独りで養豚業を営むことが可能であつたのに、本件事故後は前記受傷とその後遺症状のため養豚業に就くことが不可能となつたのであるから、これによる原告の損害はすべて本件事故と相当因果関係にあるというべきである。
しかし、就労可能年数については、原告が本件事故当時満六九才であつて、事故前から前記病気を有し、また昭和四五年一二月から肺結核の投薬治療を再開したこともある(本件事故と相当因果関係は認められない)などの事情を考慮すれば、原告主張の四年間は長きに失し、事故後二年間とみるのが相当である。
ところで、〔証拠略〕によれば、原告は昭和四四年六月一日から同四五年三月三一日までの一〇ケ月間に岡山県食肉荷受株式会社へ自己の養育した豚三七頭(昭和四四年六月五頭、同年七月一三頭、同年八月九頭、同四五年二月一〇頭)を出荷して販売委託し、手数料・と畜場使用料・解体料・と畜検査料・冷却料・格付手数料等右会社で控除される諸経費を差引いて九〇万六九九〇円の支払を受けていること、右収入を得るには右諸経費のほか仔豚の仕入れに一頭平均一万円余、餌代一ケ月約一〇〇〇円、消毒液一ケ月約一〇〇〇円、保健所による豚の注射代一頭一回につき約五〇〇円で年二回位、豚の運賃等の経費を要することが認められ、これらを差引くと純益は少なくとも前記売上収入九〇万六九九〇円の約二分の一である四五万円とみるのが相当であり、従つて一年間の純益は五四万円(一ケ月当り四万五〇〇〇円)となる。〔証拠略〕
そうすると、原告は本件事故に遭わなければなお二年間は養豚業を営み、少なくとも年間五四万円の純益を得られた筈であるから、これをホフマン式計算法により民法所定年五分の中間利息を控除して本件事故時の現価を算出すると一〇〇万五一五六円となる(54万円×1.8614)。
2 入院雑費 七二〇〇円
前記のとおり原告は本件受傷により二四日間入院したが、一日当りの雑費として三〇〇円を要したことは弁論の全趣旨から明らかである。
3 付添費 一〇〇〇円
〔証拠略〕によれば、原告の入院当初は付添を要し、その費用として一日一〇〇〇円を要することは弁論の全趣旨から明らかである。
4 慰謝料 三〇万円
本件受傷の部位・程度、入・通院期間、その後遺症状、本件事故の態様等諸般の事情を考慮すれば、原告の精神的苦痛を慰謝するには三〇万円が相当である。
5 弁護士費用 一〇万円
本件事案の内容、訴訟経過、認容額等を考慮すれば、被告らに負担させるべき弁護士費用は一〇万円が相当である。
三 次に被告ら主張(六)、(七)の抗弁について検討するに、前記一で認定したとおり、本件事故は被告本倉の重大な過失により発生したもので、直進車であつた原告に過失相殺をするのが相当である程の過失は認められず、従つて、被告会社がその主張(七)のとおり本件事故による原告の傷害の治療費を支払つているとしても、それは原告の本訴請求外の本件事故による損害に対して支払われたものであるから、前記二の損害の内入弁済として控除すべき限りではない。
よつて、被告らの右抗弁はいずれも理由がない。
四 以上の次第で、原告の本件事故による損害は合計一四一万三三五六円となるところ、原告がすでに被告会社から三万円を受領していることは当事者間に争いがないので、これを控除すると、結局、原告が被告ら各自に対して請求できる損害賠償額は一三八万三三五六円となる。
よつて、原告の本訴請求は被告ら各自に対し一三八万三三五六円とうち弁護士費用一〇万円を除いた一二八万三三五六円に対する本件事故発生の翌日である昭和四五年五月五日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があるからこれを認容することとし、その余は失当として棄却し、民訴法九二条、九三条、一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 米澤敏雄)