岡山地方裁判所 昭和47年(ワ)161号 判決 1974年6月25日
原告 岡崎千代子
右訴訟代理人弁護士 河原太郎
河原昭文
被告 株式会社山陽相互銀行
右代表者代表取締役 前田勇
右訴訟代理人弁護士 笠原房夫
主文
被告は原告に対し、金三一万六五〇〇円及び内金三〇万円に対する昭和四二年一二月八日から完済まで年二分二厘五毛の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は、一項にかぎり、仮りに執行することができる。
事実
第一申立
一 原告
1 被告は原告に対し、三一万六五〇〇円及びこれに対する昭和四二年一二月七日から完済まで年二分二厘五毛の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二主張
一 請求原因
原告は、昭和四一年一二月七日、太田一二三という架空名義によって、被告銀行(昭和四四年四月一日旧商号株式会社三和相互銀行を現商号に変更)片上支店に対し、記名式定期預金として、三〇万円を、満期日昭和四二年一二月七日、利率年五分五厘、期日後の利率年二分二厘五毛との定めにより預け入れた。
よって、原告は被告に対し、本件定期預金元本三〇万円及び満期前の約定利率による利息一万六五〇〇円の合計三一万六五〇〇円並びにこれに対する満期の日から完済まで約定利率年二分二厘五毛の割合による利息の支払いを求める。
二 請求原因に対する答弁
預金者が原告であるとの点のみを除き、原告主張のとおりの定期預金の預入れを受けたことは認める。右預金者は、訴外備前マツダ自動車株式会社(以下、訴外会社という。)である。
三 抗弁
預金証書と届出印鑑とをもってする払戻請求に対し善意無過失で預金を支払った場合、民法四七八条により免責されるが、預金証書と届出印鑑とによる払戻請求でない限り預金払戻しができないものではなく、いわゆる無証書払出しとして便宜扱いをすることもあるところ、被告は昭和四二年一二月二九日訴外会社代表取締役高畠祥一に対し、右扱いにより元利金三一万四八二七円(税引)を支払ずみである。
四 抗弁に対する答弁
抗弁事実は争う。被告は、悪意である。
第三証拠≪省略≫
理由
一 預金者が何人であるかの点を除き、原告主張のとおりの定期預金の預入れがなされたことは、当事者間に争いがない。
二 ≪証拠省略≫によると、
1 原告(大正一一年生)の夫訴外高畠祥一(大正九年生)は、岡山県備前市(旧和気郡備前町)で昭和三〇年頃から自動車販売修理業をしていたが、昭和三六年資本の額一〇〇万円をもって訴外会社を設立し、その代表取締役となって実質的には従前の個人営業を右会社組織で続け、本件定期預金預入れの頃は、従業員数名を使用し、月商二〇〇万円近くであったこと、
2 原告は、右祥一から訴外会社の会計事務全部をまかせられ、訴外会社の通常の銀行関係預入れ払出し事務をするとともに、主婦として、家族の者個人の銀行預金の預入れ払出しの一切もしており、これらの預金等の出し入れは、原告みずからが、掛金集金等のため、しばしば自宅に来る被告銀行片上支店の得意先係行員に直接預入金を交付し、又は同支店に電話連絡し、或いは原告夫婦の娘訴外高畠朋子(昭和一八年生)を同支店にまで使いに出す等して取り仕切っていたこと、なお、朋子も訴外会社の集金販売等の業務に専従し、本件定期預金預入れの頃、訴外会社従業員給料として原告は月額三、四万円、朋子はこれに準ずる金員を取得していたこと、
3 右のようにして原告が被告銀行片上支店に対して個人名義により預金行為をしていた銀行預金としては、本件定期預金のほかに、本件定期預金預入れ前、少くとも次の預金があったこと、
① 預入日不詳、前記高畠朋子名義期日指定定期預金五万円、満期日昭和四一年一一月一七日。同日、一ヶ年定期預金二〇万円に書替え、満期日昭和四二年一一月一七日に払戻し。
② 昭和四一年五月二五日預入れ、徳永美佐子名義(架空名義)六ヶ月定期預金二〇万円、満期日同年一一月二五日に払戻し。
③ 同年六月六日開始、太田明美名義(架空名義)普通預金口座。同年一二月一日まで預入れ七回、同日残高五二万五〇円、右の間に払出し一回もなし。昭和四二年五月三〇日解約。届出印章は、後記⑤及び本件定期預金と同一。元帳には、連絡先として備前マツダと記載(但し、乙一〇号証の平均残高五万円の普通預金と同一かは不明)。
④ 昭和四一年六月八日預入れ、前記高畠祥一名義一ヶ年定期預金一五万三九五一円、満期日昭和四二年六月八日に払戻し。
⑤ 昭和四一年一〇月一七日預入れ、太田英泰名義(架空名義)一ヶ年定期預金八〇万円、満期日昭和四二年一〇月一七日に払戻し。
4 本件定期預金は、原告が前記のように自宅に来た被告銀行片上支店得意先係行員に対して現金三〇万円と印章とを交付し、何人が預金者であるかを明示ないし黙示せずに預け入れたのであるが、原告は、③及び⑤の架空名義預金と同一印章を使用したので預金名義人の姓を太田とし、覚えやすい名として「一二三」の名を用いたこと、このように架空名義を用いたのは、③及び⑤の預金と同様に専ら夫祥一に内密にするためであったこと、
そして、祥一は、これらの架空名義の預金のあったことは、③の口座が解約され、⑤の定期預金が満期日に払い戻された後、本件定期預金の満期日から間もない頃、被告銀行の者から知らされて、はじめて、これを知ったこと、
5 又、被告銀行片上支店行員らも、当時、新規に預金を獲得して成績を挙げることにのみ気をとられ、架空名義の記名式預金について何人が預金者であるかの点は全く意に介していなかったこと、
6 他方、訴外会社の預金等としては、少くとも次の預金等があったこと、
被告銀行片上支店、訴外会社名義掛金、昭和三九年開始、月掛金一万二五〇〇円、四〇回掛け、総額五〇万円、昭和四二年八月満了により給付。
被告銀行片上支店、訴外会社名義、中小企業金融公庫借入金二〇〇万円分「別口」(「本口」)が前記③であるのか、それとも他にあるのか否かは不明)普通預金口座、昭和四一年一一月二八日開始、同年一二月六日一四〇万五五〇〇円払出し、同月一〇日残額五九万四五〇〇円払出し。
その他、昭和四一年一一月当時、株式会社中国銀行片上支店、片上信用金庫、商工組合中央金庫との預掛金等取引。
取引銀行不明の訴外会社の取引上の当座預金口座。
7 の借入金は、三ヶ月据置、その後毎月五万円ずつ返済の定めであったが、①ないし⑤の預金ないしの掛金の払戻金の一部がの借入金の返済その他訴外会社の用に充てられたか否かは不明であるが、昭和四二年一二月七日原告が朋子とともに祥一方を出て別居するようになった直後、原告が一括返済を約していたとの事由により、祥一は、右借入につき中小企業金融公庫の代行店をした被告銀行から一五五万円の一括返済を求められたときには、①ないし⑤の預金ないしの掛金の払戻金とは全く別途資金をもって訴外会社の債務を弁済したこと、
8 原告は、その後昭和四三年一二月二〇日祥一と協議離婚をしたが、本件定期預金証書、その届出印章は、現在まで終始原告が所持してきたこと
が認められ(る。)≪証拠判断省略≫
なお、≪証拠省略≫によれば、本件定期預金は原告と朋子との前記各給料を合わせて預け入れたとし、他方、≪証拠省略≫によると、右は訴外会社の金員を預け入れたとするようであるが、以上の各供述は、いずれも充分に首肯させるだけの根拠に乏しいため、にわかに、本件定期預金の出捐者を断定する証拠とはできず、ほかに、右出捐者を認定するに足りる証拠はない。
三 以上のように夫の経営する小規模の個人会社の会計事務一切を担当し、会社の日常の銀行関係預入れ払出し事務をするとともに、家族の者個人の銀行預金の預入れ払出しの一切もしていた主婦である原告が、何人が預金者であるかを明示または黙示せずに預け入れた架空名義の記名式定期預金であって、原告が訴外会社会計係として、又は原告個人として、或いは家族の者を代理して預金行為をしたのか断定し難く、かつ、何人が出捐者であるかという預金者を知る手がかりともなるべき事情も判然しない場合は、外観上、何人が当該定期預金を事実上支配していたかということによって預金者を判定するのが相当と解せられるところ、前記認定事実によれば、本件定期預金は、原告が前記他の架空名義の記名式定期預金ないし普通預金と同様に夫に内密にし、訴外会社の預金等とは一応区別して、自己の意思によって預入行為をし、かつ、その証書並びに届出印章を所持するなど事実上これを支配していた者と認められるから、原告をもって本件定期預金の預金者となすべきである。
四 被告は、訴外会社に対する無証書払出しをもって債権の準占有者への弁済をしたかのように抗弁するが、≪証拠省略≫中、訴外会社代表取締役高畠祥一が債権の準占有者であるようにいう部分は、いずれも信用の限りでなく、かえって、≪証拠省略≫によれば、被告銀行片上支店が右訴外会社代表取締役高畠祥一に対し本件定期預金の無証書払出しをする前に、原告が昭和四二年一二月二三日頃被告銀行奉還町支店に本件定期預金証書を所持してその払戻しを求めたことが認められ、又、≪証拠省略≫によれば、被告銀行は前記高畠祥一に対し前記中小企業金融公庫借入残額の一括返済を求めた際、右高畠が違算であるといったのにもかかわらず、被告銀行において計算違いから五万円少なく返済を受け、改めて右高畠に不足金五万円の追加返済を求めたところ、容易に応じるところでなかったため、同人に対し、本件定期預金のあること並びに無証書払出しの方法を教え、払戻金の中から右五万円を回収するに至った事情が窺われるのであって、取引観念上、到底、訴外会社代表取締役高畠祥一に真実の本件定期預金債権者であると信じさせるような外観があったということはできない。
従って、右高畠が準占有者であることを前提とする被告の抗弁は、その他の判断をするまでもなく、採用できない。
五 以上の次第であるから、原告の本訴請求中、本件定期預金元本三〇万円及びこれに対する満期日昭和四二年一二月七日の翌日から約定利率年二分二厘五毛の割合による期日後利息の支払いを求める部分は、正当であるので、これを認容すべく、満期当日分の右利息並びに期間内利息一万六五〇〇円に対する約定期日後利息の支払いを求める部分は、失当であるから、これを棄却することとし、民訴法八九条、九二条、一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 平田孝)