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岡山地方裁判所 昭和48年(ヨ)242号

申請人

奥津憲治

右訴訟代理人弁護士

浦部信児

被申請人

同和鉱業株式会社

右代表者代表取締役

小森英夫

右訴訟代理人弁護士

小野敬直

右当事者間の頭書事件につき、昭和五二年五月一八日終結した口頭弁論に基いて、次のとおり判決する。

主文

一、本件申請をいずれも棄却する。

二、訴訟費用は申請人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  申請人

1  申請人が被申請人との間に労働契約上の地位を有することを仮に定める。

2  被申請人は申請人に対し昭和四八年五月以降毎月末日限り金五万一六〇〇円を仮に支払え。

二  被申請人

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  申請人の申請理由

1  当事者

(一) 被申請人は、昭和一二年三月一一日に設立された株式会社(資本金一〇〇億円)であって、主として銅鉱の採掘・販売を営業目的とし、東京都に本社を置き、事業所として小坂鉱業所、花岡鉱業所、柵原鉱業所、片上鉄道事業所等を有している。

(二) 申請人は、昭和三九年一〇月一日、被申請人に臨時職員として雇用されたが、翌四〇年四月一日、正社員として採用され、以来、前記片上鉄道事業所に勤務していたものである。

2  解雇の意思表示

昭和四八年五月二日、被申請人は申請人を解雇する旨の意思表示(以下「本件解雇」という。)をした。

3  本件解雇の無効

(一) 不当労働行為

(1) 申請人の組合活動等

イ 申請人は、昭和四〇年四月、被申請人に正社員として採用されると同時に、同和鉱業労働組合連合会(以下「同和労連」という。)所属の単位組合である片上鉄道労働組合(以下「片鉄労組」という。)の組合員になった。

申請人は、昭和四一年末頃から片鉄労組の組織内に青年婦人部を結成するための準備活動に参加し、翌四二年六月一一日青年婦人部が結成されると、その副部長に選出された。

申請人は片鉄労組の職場委員のほかに、岡山県交通運輸労働組合協議会青年婦人会議幹事、日中友好協会岡山県本部理事、私鉄職場反戦会議議長を歴任した。

申請人は、片鉄労組青年婦人部の機関紙「いぶき」の発行、職場における権利点検闘争(労働時間、休日等に関する労働条件改善要求運動)、春闘の際の行動隊の編成、反戦平和運動への参加、各種レクリエーション活動を行ってきた。

ロ 昭和四七年六月二九日、被申請人は同和労連に対して、経営の合理化を図るため人員を一八三〇名削減する案を示した。同年八月二六日、申請人の所属する片鉄労組は、被申請人が提示した合理化案に対して全面的に反対する旨の決議をした。次いで、片鉄労組は、同年一〇月三日、同月四日の両日、合理化に反対して、四八時間の全面ストライキを行った。申請人は、被申請人による不況宣伝が誤っていることを指摘するなどして、積極的に合理化反対闘争を推進した。

(2) 被申請人による申請人に対する不利益取扱

イ 昭和四七年一一月六日、被申請人は申請人に対して、運転区整備部門から片上事業所勤務(片上事業所勤務のことを「所付き」ともいい、この「所付き」という職種は、従来、被申請人の内部機構上存在しなかった。)への配置転換(以下「配転」という)を命じた(以下右配転を「本件配転命令」若しくは単に「本件配転」という。)。

被申請人は申請人に対して本件配転による新たな職務内容として柵原駅と片上駅との間の全線三三・八キロメートルにわたる区間の鉄道沿線の草取り作業に従事すべきことを命じるとともに、申請人の新たな職場として片上駅構内にある旧資材倉庫(当時、廃材の置場として使用されていた)を指定した。本件配転によって申請人は降職され、賃金を月額二〇五〇円減じられることになったのみでなく、本件配転は、申請人を他の従業員から疎外された労働に従事させ、精神的苦痛を強制するものにほかならない。

ロ 本件配転の是非をめぐって労使の間で協議が行われていたにも拘わらず、昭和四八年三月五日、被申請人は申請人に対し、申請人が本件配転を拒否したことを理由として、出勤停止五日間の懲戒処分を行った。

ハ 昭和四八年三月一六日、被申請人は申請人に対して、申請人が前項の出勤停止命令に従わなかったという理由で、出勤停止七日間の懲戒処分を行った。

ニ 昭和四八年五月二日、被申請人は、数回にわたる懲戒処分にも拘らずなお改悛の見込みがないとして、本件解雇をした。

(3) 不当労働行為意思

イ 被申請人は、申請人の積極的な組合活動を嫌悪して、前項((2)イないしニ)記載の不利益取扱をしたものである。

ロ 本件配転が組合活動家である申請人に対する差別待遇意思に基いてなされたものであることは、本件配転と同時に、被申請人が片鉄労組の役員数名を異質の職場へ不当配転(執行委員長を動力車整備部門から片上駅勤務へ、副委員長を柵原駅から一人配置の駅勤務へ、調査部長を乗務から和気駅勤務へそれぞれ配転)したことからも明らかである。

ハ 更に、申請人は、昭和四八年四月二一日、岡山県地方労働委員会(以下「県地労委」という。)に対して前記(2)イ、ロ、ハの各処分を不当労働行為であるとして、救済の申立をしたのであるが、被申請人がそのことの故に申請人を一層嫌悪し報復的意図をもって本件解雇を行ったことは明らかである。

(二) 権利濫用

本件配転は、新たな職務内容が、雑役という、申請人の過去の職歴と関連性のない異質的なものであり、また、配転後の勤務場所が同僚の組合員と隔絶した作業場であるから、全く不当である。従って、申請人が本件配転を拒否した故になされた本件解雇も、合理的根拠がなく不純な動機に基くものであって、懲戒権の濫用として無効であるというべきである。

4  仮処分の必要性

申請人は被申請人から、本件解雇直前の六箇月間、月額平均五万一六〇〇円の給料の支払を受けていた。申請人は、被申請人から支払われていた給料で妻と老母を養って来ていたが、本件解雇により収入の道を断たれ、他に生活を維持するに足る財産等もない状態であるため、申請人の家族の生活がたちまち困窮し、本案判決の確定を待つ余裕がない。

5  結論

よって申請人は、被申請人との間に労働契約上の地位を有することを仮に定めること、および被申請人に対し昭和四八年五月以降本案判決確定に至るまで毎月末日限り五万一六〇〇円を仮に支払うことを求める。

二  申請理由に対する被申請人の答弁

1  申請理由1、2の事実はいずれも認める。

2(一)  同3(一)(1)イの事実のうち、申請人が片鉄労組の組合員であったことは認めるが(但し、申請人は、昭和四八年六月九日、片鉄労組から除籍されている。)、その余の事実は知らない。

(二)  同3(一)(2)イの事実のうち、昭和四七年一一月六日、被申請人が申請人に対して本件配転を命じたことは認める。

事業所勤務という所属名は、従前から会社機構上存在していた。

被申請人は申請人に対して、作業計画表を示して駅の環境整備をすることを命じたのであるが、申請人はこれを拒否し、客貨車整備工場の休憩室に居坐ったのである。被申請人は片上駅構内にある旧資材倉庫を申請人の詰所とするため、内部を整備、整頓して休憩所にしていたのである。

申請人は、本件配転によって賃金が減少したと主張しているが、被申請人と同和労連との間に締結された中央労使協定によって、九か月間は賃金が補償されることになっており、被申請人は申請人に対しても、本件解雇時まで本件配転前と同額の賃金の支払いをしていた。

(三)  同3(一)(2)ロのうち、被申請人が申請人に対して出勤停止五日間の懲戒処分をしたことは認める。

被申請人は本件配転の辞令を発した後、四箇月間にわたり、申請人に対して新しい職務に就くように説得を続けたのであるが、申請人は頑としてこれに応じなかった。申請人の態度に対して他の従業員からも非難の声が強くなり被申請人としてもこの問題を放置し得なくなり、被申請人は、就業規則第一一〇条第八号を適用して、昭和四八年三月一日付で前記懲戒処分を行ったのである。

(四)  同3(一)(2)ハのうち、被申請人が申請人に対して昭和四八年三月一六日付で出勤停止七日間の懲戒処分をしたことは認める。

(五)  同3(一)(2)ニのうち、被申請人が本件解雇をしたことは認める。

3(一)  同3(一)(3)イの事実は否認する。

(二)  同3(一)(3)ロについて

片鉄労組役員であった者の配転も、希望退職募集によって大幅に減少した駅務関係者の補充を図る、という業務上の必要に基いて行われたものである。

(三)  同3(一)(3)ハの事実のうち、昭和四八年四月二一日、申請人が県地労委に対して救済の申立をしたことは認める。

被申請人が県地労委から右の救済の申立があったことの通知を受けたのは同月二五日であり、一方、被申請人が本件解雇の意思決定をしたのは同月二四日であった。

4  同3(二)は争う。

5  同4は争う。

6  本件配転は、業務上の必要に基いてなされたものである。

(一) 本件配転は、昭和四七年一〇月五日に中央労使間で協定された経営合理化施策に基いて行われた人員整理実施後の、片上鉄道事業所における人員整備計画(「ならし配転」と呼ばれていた。)の一環として行われたものである。

(二) 申請人は、当時、客貨車整備部に勤務していたが、この部門は被申請人の関連会社として新たに発足した同和工営株式会社(以下「同和工営」という。)に移管された。そこで、客貨車整備部門に所属していた従業員は、退職を希望した者を除くほかはすべて、同和工営に移籍するか、若しくは片上鉄道事業所の他の部門に配転されるかの、いずれかとなった。

(三) 申請人は、同和工営に移籍することを希望せず、被申請人に残留したので、人員整理実施後の事業所内配転要員になった。しかしながら、申請人の駅勤務時代の勤務振りが、懲戒処分を受けるほどのものであったため、駅関係者は申請人の受入れをこぞって拒否した。そこで、被申請人は、やむなく、申請人に対して無人駅管理を主とする環境整備の職務を命じたのである(被申請人が申請人に対して命じた具体的な職務内容は、片上鉄道事業所の一七駅のうち、七つの無人駅の管理、三駅のポイント掃除および一〇駅と運転区周辺の環境整備であって、これらの業務は、従前、最寄駅の駅務員が交代で派遣されて行っていたものである。)。

7  本件解雇に至る経緯は次のとおりであって、被申請人に不当労働行為意思はない。

(一) 昭和四八年四月一三日、片鉄労組委員長から被申請人に対し、条件付きでもよいから、申請人を駅に配置して貰いたい旨の申入れがあった。そこで、昭和四八年四月一四日、労使委員会が開催されて、労使双方が意見交換をし、善処することとした。次いで、同月一七日、懲戒委員会が開催され、出席委員全員一致で、申請人を駅勤務に配転することとするが、右配転をするについて七項目の条件を付する、会社側委員代表と組合側委員代表が申請人と面談し、三者が前記七項目の条件を記載した確認書に署名捺印する。申請人が右確認書に署名捺印することを拒否した場合には、懲戒解雇もやむを得ない、との決定をした。翌一八日、申請人は右確認書に署名捺印することを拒否した。

(二) 申請人は、約六箇月間にわたり、本件配転命令を拒否し続け、被申請人の説得にも全く応じないで自己本位の行動をしていたものである。被申請人は、申請人のこのような行為について慎重に検討した結果、企業の秩序維持と円滑な企業運営を図るため、やむを得ず、申請人を服務上の義務違反者として、懲戒解雇したのである。

第三疎明関係(略)

理由

一  申請理由1(当事者)、2(解雇の意思表示)の各事実については当事者間に争いがない。

二1  申請人の、入社時から本件配転命令までの経歴

(証拠略)によると、申請人は、昭和三九年一〇月一日、被申請人に雇傭されて以来同四四年八月末日までは片上鉄道事業所の本和気、片上、備前矢田の各駅に順次駅務員として勤務していたが、同四四年九月一日、運転区客貨車整備部に配転されたこと、右の配転は、当時申請人が所属していた職場の上司(駅長等)の要望に基いてなされたもので、その理由は、申請人が駅勤務において超過勤務(所定労働時間外労働)を全くしないために、他の駅務員の超過勤務の負担が重くなるので、申請人を超過勤務を必要としない職場に配転する、ということであったこと、申請人は、右の配転命令が不当であるとしてこれに応じなかったが、片鉄労組の代議員会で右の配転命令に従うべきであるという決議がなされたため、申請人は同四四年九月一一日から運転区客貨車整備部に出勤し、以後、本件配転命令時(同四七年一一月)まで、同部に整備員として勤務していたこと、以上の事実が一応認められ、右認定を覆すに足りる疎明資料はない。

2  申請人の組合活動

(証拠略)によると、次の事実が一応認められる。

(一)  昭和四二年六月一二日、片鉄労組に加入している三〇歳以下の組合員三五名をもって片鉄労組青年婦人部が結成されたが、それに先立ち、申請人は結成準備委員の一人として、その組織づくりに尽力した。

青年婦人部が結成されると同事に、申請人は教宣担当幹事に選ばれ、同部の機関紙「いぶき」の発行責任者になった。申請人は本件解雇までの間に、同部の副部長を務めたこともある(その時期は明らかでない。)。

(二)  昭和四三年頃から片鉄労組青年婦人部は、各職場において、権利点検運動の名で、労働基準法や労働協約が実際に守られているかどうかを点検する運動を展開した。申請人もこの運動に積極的に参加したが、とりわけ、組合員は非番休を完全に取るべきであるということを強力に主張し、備前矢田駅において自らこれを実践した(申請人が備前矢田駅に勤務していた当時、片上鉄道事業所は、片鉄労組との間にいわゆる三六協定を締結し、片上、柵原両駅を除く各駅職場において、特殊日勤制度を採用していた。右特殊日勤制度においては、所定就業時間を超えて勤務する時間が所定就業時間と等しい時間に達することに、非番日を一日与えることになっていた。ところが、当時、駅区においては配置人員が不足で、慢性的に欠員の状態にあった。そこで片上鉄道事業所は、片鉄労組との間に、駅区全体の欠員分は、駅勤務者全員が均等に非番日に勤務することによって補填するという確認書を取り交わしていた。)。

(三)  申請人の所属する片鉄労組青年婦人部は、権利点検運動の一環として、昭和三七年から被申請人が主宰して行っていた無災害報告制度(「楽に働けて、ケガの無い、明るい職場を自分たちの手で造ろう。」とのスローガンを掲げた事故防止のための報告制度。)を、労務管理を強化するための手段であるとして、これに反対する運動を展開した。

(四)  昭和四六年、片上鉄道事業所は運輸省令の改正の趣旨に沿って、列車の点検作業に関する従来の取扱を変更(毎日実施を隔日実施に改める。)しようとした。同年三月頃、申請人は客貨車区職場委員として、この案件に関する職場団交に加わり、反対意見を述べ、後日、右団体交渉の模様を「いぶき」にのせ紙上報告した。

以上の事実が一応認められ、右認定を覆すに足りる疎明資料はない。

3  合理化とこれに対する組合の態度

(証拠略)によると、次の事実が一応認められる。

(一)  昭和四七年六月二九日、被申請人は、中央労使協議会の席上において、同和労連に対して企業合理化案を提示したが、その内容の骨子は、不採算事業所(部門)の縮小整理(このなかには片上鉄道事業所を縮小する案件が含まれていた。)、間接部門の合理化(このなかには被申請人の工作部門を新設の同和工営に移管する案件が含まれていた。)、人員整理(昭和五〇年三月末日までの要合理化人員合計約一八三〇名。片上鉄道事業所については一一八名。)等であった。

(二)  昭和四七年八月一日、同和労連は、被申請人の前記合理化計画に対して、修正案を提案するが、基本的にはこれを承認する、という運動方針案を職場討議にかけた。しかしながら、同月二一日、申請人の所属する片鉄労組検車支部は、合理化に絶対に反対し、前記合理化案の白紙撤回を迫る決議を行った。同月二六日に開かれた片鉄労組の臨時全員大会においても、同旨の決議がなされた。同年一〇月三日、四日の両日、片鉄労組は、合理化に反対する四八時間全面ストライキを行った。ところが、翌五日、同和労連は被申請人との間で、被申請人が提示した前記合理化案を基本的に了解する旨の協定を締結し、ここに合理化反対運動は終息した。

(三)  片上鉄道事業所は、昭和四七年一〇月五日に被申請人と同和労連との間で成立した協定に基き、同月一二日から同月三一日までの間、希望退職者の募集を行った。その結果、希望退職者数は、当初の予想を上回り、一三七名に達し、同月一一日現在二一四名(駅関係七五名)であった同事業所の従業員数は、同月三一日現在七七名(駅関係二七名)となり、かつ各職場の残留人員の間に不均衡が生じたので、片上鉄道事業所は、これを調整するための配置転換を実施しなければならなくなった。

以上の事実が一応認められ、右認定を覆すに足りる疎明資料はない。

4  本件配転命令から本件解雇に至る経緯

(証拠略)によると、次の事実が一応認められる。

(一)  運転区客貨車整備部における申請人の勤務状況。

申請人は、運転区客貨車整備部に勤務していた昭和四四年九月から一一月までの間に、九月(配転拒否をやめて出勤した一一日から三〇日まで)は二日、一〇月も二日、一一月は連続して一二日間、それぞれ欠勤した。

昭和四四年一一月二七日、片上鉄道事業所は、申請人が同年一一月に連続一二日間にわたって無届で或いは理由を明らかにしないまま欠勤したことについて、申請人を出勤停止五日間の懲戒処分に処した。

(二)  本件配転命令の発令

(1) 合理化計画の実施により、申請人が所属していた運転区客貨車整備部の業務は同和工営(昭和四七年六月二三日設立)に移管されることになったが、申請人が同和工営に移籍することを希望しなかったため、片上鉄道事業所としては、申請人の配転を考えなければならないこととなった。当時、片上鉄道事業所の事務全般(人事を含む。)の管理監督を担当していた佐々木喜夫事務課長は、申請人の経歴及び駅務員が著しく不足しているという当時の状況に基いて、申請人を駅勤務に配置換えすることを考え、これを同事業所の管理職会議に諮ったのであるが、運輸課長や運輸係長は、申請人が以前に駅勤務をしていた当時、超過勤務を拒否したこと、申請人には独断的な行動が多く、協同作業がしにくいことおよび申請人が客貨車整備部に配転された後も、その勤務状態は良くなかったことを理由として、反対の意見を表明した。佐々木課長は、その後、二、三名の駅長から、申請人を駅に配置することについて、直接意見を聴取したが、いずれも強い難色を示した。

(2) そこで、佐々木課長は、申請人を駅務員に配転することは困難であると判断し、また、申請人の経歴に照らして、事務或いは乗務の職場に配転することもできないため、やむなく、事業所勤務という配置につけることとし(これまで、事業所勤務という発令は、実務員すなわち日給制社員についてはなされたことがなかった。)、昭和四七年一一月六日、申請人に対してその旨の内示をした。内示を受けた申請人は直ちに、佐々木課長に対して右内示の趣旨を質し、併せて異議を述べた。その際、佐々木課長は、配転後の職務内容について、無人駅(一〇駅)の管理を含めた片上・柵原間全線三三・八キロメートルの環境整備といったものを考えているとのみ述べ、それ以上具体的な説明をすることを避けたが、一方、申請人に対し、右の配転は不自然であるという意味のことおよび右の配転は暫定的なものであるという意味のことも述べた。

(3) 同月一六日、片上鉄道事業所は、申請人に対し、片上事業所勤務を命ずる本件配転命令の辞令(同年同月一日付)と作業計画表(その作業内容は、運転区周辺の除草、無人駅の駅舎及びその周辺の清掃、ポイントの清掃であった。)とを交付しようとしたが、申請人は受領を拒否した。その頃、片上鉄道事業所は、申請人に対して、配転後の詰所(休憩所)として片上駅構内所在の旧資材倉庫を指定した。なお、本件配転に伴い、申請人は降職となり、賃金は、配転後九箇月間は据え置かれるが、それ以降月額二七五〇円減給となる予定であった。

(三)  佐々木課長は申請人に対して、本件配転命令に応じるように繰り返し説得したが、申請人は応じなかった。片上鉄道事業所は申請人に対して、昭和四八年三月五日、本件配転命令に応じないことを理由として出勤停止五日間の懲戒処分を、次いで、同月一六日、申請人が右懲戒処分に従わなかったことを理由として出勤停止七日間の懲戒処分をそれぞれ言渡した(申請人が、前記両日に、前記各懲戒処分を受けたことについては当事者間に争いがない。)。

(四)  同月二九日、片上鉄道事業所は、懲戒委員会に申請人を懲戒解雇する件を諮った。右懲戒委員会には、労使双方からそれぞれ四名宛の委員が出席して、意見を交換した。その結果、賛成意見が四名、反対意見が一名、申請人に対してもう一度だけ本件配転命令に応じるように説得を試みて、それでも申請人が拒否した場合には徴戒解雇もやむを得ない、という意見が三名となったが、最終的には、慎重を期し、申請人を再度説得し、なおも申請人がこれを拒否した場合には、懲戒解雇する旨の決定がなされた。右決定に従い、佐々木課長が申請人を説得したが、申請人は受け容れなかった。

(五)  片上鉄道事業所は、申請人を懲戒解雇するにしても、慎重に処理する方がよいとの判断に基いて、本社の了解を求めていたところ、同年四月一三日になって、片鉄労組から、申請人が組合に対して、駅配置になるように取り計らって貰いたいと申入れてきたので、条件付きでもよいから、申請人を駅に配転することを検討してほしい旨の申入れを受けた。翌一四日、片上鉄道事業所は、申請人の駅配置の件及び申請人を駅に配置する場合に付すべき条件について、会社側組合側双方の意見交換をするため、労使協議会を開いた。右協議会の席上において、会社側は、申請人を駅に配転する場合の条件として、八項目(<1>業務の都合により指示する所定の超労(残業・休日出勤)勤務は他の従業員が行なっている範囲で勤務に服すること。<2>無届欠勤はしないこと。<3>許可を得ないで遅刻、早退または外出しないこと。<4>所属上長の指示、命令には従うこと。<5>職場の規律を守り、融和をはかって気持ちよく働くこと。<6>就業時間中は無断で職場を離れないこと。<7>諸休暇をうけようとするときは、所属上長に届けでること。<8>駅務員へ配転になった経緯を正しく報道すること。)を提示した。労使協議会において、主として争点となったのは前記<8>の条件を付するかどうかということであった。労使協議会では、意見が一致せず、具体的な結論は懲戒委員会において出されることが確認された。同月一七日に開催された懲戒委員会において、全員一致で、イ、申請人に対して七項目の遵守事項(前記<1>から<7>までの条件)を示し、申請人が右事項を遵守することを承認した場合、駅配転を認める、ロ、右の場合には、申請人及び懲戒委員会を構成する労使双方の委員の各代表が、右の七項目の遵守事項を記載した確認書に署名捺印する、ハ、申請人が右確認書に署名捺印することを拒否した場合には、改めて懲戒委員会の諮問を経ることなく、被申請人は、申請人を懲戒解雇に処することができる、との決定がなされた。

(六)  同月一八日、佐々木課長は、片鉄労組の中野節治執行委員長を立会人として、申請人に対し、前記の七項目の遵守事項を読み上げ、これらを遵守することを予め確認するならば、駅に配転すると告げ、右遵守事項を記載した確認書に佐々木課長、中野執行委員長とともに署名捺印することを求めた。これに対して、申請人は、駅に配転されること自体は受諾する、しかし、条件付きの配転は断わる、と述べ、併せて、前記<1>の遵守事項は超過労働を強いるものであり、労働基準法違反の疑いがある、その余の遵守事項はいずれも就業規則に定められている事柄であって、改めて確認する必要はない、と主張して、確認書に署名捺印することを拒否した。

(七)  片上鉄道事業所は、同月二四日、申請人を懲戒解雇することについて本社の決裁を得たので、同年五月二日、就業規則第一一一条三号(数回懲戒をうけたにもかかわらずなお改悛の見込がないとき)及び同条一三号(同号は「前条第二ないし第一三号に該当してその情が重いとき」というものであり、同規則第一一〇条八号「不当に職務上の権限をこえる行為をし、または職務上の指示に不当に反抗し、そのほか職務遂行上秩序をみだす行為のあったとき」に該当するとしたものと解せられる。)を適用して(解雇の具体的な理由は、申請人が、本件配転命令を拒否し続けて、約六箇月間にわたり、被申請人の説得にも応ぜず、自分本位の独断的な行動をとり、社員の遵守義務を定めている就業規則の規定に違反したということであった。)、本件解雇を行った。

(八)  片鉄労組は、本件解雇が行われた昭和四八年五月二日直ちに執行委員会を開き、本件解雇については抗議行動を起さないことを確認し、次いで、同年六月九日、代議員会において、出席者全員一致の意見で申請人の除籍を決定した。

以上の事実が一応認められ、右認定を覆すに足りる疎明資料はない。

5  県地労委への救済申立

(証拠略)によると、申請人は、昭和四八年四月二一日、県地労委に対し、被申請人から受けた本件配転命令及び同年三月五日付、同月一六日付の出勤停止の各懲戒処分がいずれも不当労働行為であるとして、救済の申立をしたこと(昭和四八年四月二一日、申請人が県地労委に対して救済の申立をしたことについては当事者間に争いがない。)、片上鉄道事業所は、同年四月二五日、県地労委からの調査開始通知書を受取ったこと、以上の事実が一応認められ、右認定を覆すに足りる疎明資料はない。

三1(一) 前記二1、2(二)、4(二)(1)認定のとおり、申請人は、備前矢田駅勤務当時、他組合員に対して、各自が非番休を完全に消化すべきであるということを訴え、自らこれを実践していたこと、申請人が超過勤務を全くしないために、他の駅務員の超過勤務の負担が重くなるという理由で、申請人は駅務からはずされ、運転区客貨車整備部に配転されたこと、及び昭和四七年の合理化の際、佐々木事務課長は、申請人を駅に配転することを考えたが、運輸課長や駅長から反対を受け実現しなかったものであることからすれば、被申請人は、申請人が駅勤務において超過勤務を全くしなかったことに基いて、申請人を好ましからざる者と評価していたであろうと推測することはできる。しかしながら、片上鉄道事業所は、本件配転と同時に、相当数(二五名)の配転を行っていること(<証拠略>)、被申請人は、昭和四八年四月、片鉄労組からの要請に応じて、直ちに申請人を駅に配置することを検討したこと(前記二4(五))、他方、申請人は片鉄労組の主要な組合役員(執行委員長・執行委員等)に選出されたことがないこと、本件解雇に至る経緯(前記二4(四)(五)(六))及び本件解雇後の事情(前記二4(八))からすると、少なくとも本件解雇当時においては、申請人に対する他組合員の支持は少なく、申請人は組合から遊離した存在であったと推認されることなどに照らして考えると、被申請人が申請人について前記のような評価をする原因となった申請人が超過勤務を行わないということが、申請人の組合活動の一環としてなされたものであるということから直ちに、被申請人が申請人の組合活動を嫌悪しそれを理由に本件配転(ひいて本件解雇)を行ったということはできない。

(二) 申請人は、本件配転と同時に片鉄労組の役員三名が不利益配転されたのであるから、本件配転が被申請人の不当労働行為意思に基くものであることは明白であると主張するが、(証拠略)によれば、延本執行委員長については、申請人と同様、従来、整備部に勤務していたので、同和工営に就職することを希望しない限り、配転されなければならない事情にあったこと、然も配転先は、当時著しく人員が不足していた駅であったこと、中本副委員長については、駅間の人員不均衡を是正するために行われた配転であること、大岩執行委員については、昭和四七年八月のダイヤ改正の際に、機関士の職務を解かれ予備員となっていたものであり、人員不足の駅へ配転する必要があったこと、以上の事実が一応認められ、いずれも業務上の必要に基く配転であったといえるから、本件配転と同時に右三名の主要な組合役員が配転されたということから、本件配転が申請人の組合活動を嫌悪したことに因るものであるということはできない。

他に、本件配転が申請人の組合活動を嫌悪したことに因るものであることを窺わせるに足りる疎明資料はない。

(三) かえって、前記二3(一)(三)、二4(二)(1)認定の事実によると、本件配転は業務上の必要に基くものであったということができる。すなわち、被申請人には、合理化による客貨車整備部門の同和工営への移管に伴い、申請人を配転する必要があった。そして、一般に、使用者が、従業員の配転先を決定する際に、当人の過去の勤務状態を参酌するということは、当然是認されるべきである。本件の場合、前記二4(一)認定の事実からすると、申請人は、運転区客貨車整備部に勤務していた全期間を通じても勤務状態が良好であったとは推認できないばかりでなく、超過勤務をある程度恒常的に行わざるを得ない職場(駅については、前記二2(二)、3(三)認定の事実からこのことが推認される。)に、超過勤務に全く服しないことを建前としている申請人を配置することは、当該職場における従業員間の協調が乱される結果を生じ、適当でないと被申請人が判断したことについては相当な理由があるということができる。また、本件配転後の申請人の職務内容として予定されていたものは、従来、最寄りの駅の駅員が交代で行っていたものであるから(人証略)、本件配転によって、被申請人が申請人に対して、殊更に、申請人が従事するにふさわしくない業務に従事させようとしたものであるということはできない。してみると、本件配転命令は、業務上の必要に基づく有効なものであるということができる。

前記二4(二)(2)のとおり、佐々木課長が申請人に対して、本件配転は不自然なものであるという趣旨の発言をしたことが認められるが、これは、前記認定のとおり、従来申請人のような日給制社員である実務員に対して、その所属を「事業所勤務」として発令された例がなかったということとの関係を述べたに過ぎないものと認められるから、右判断を妨げるに足りない。

(四) 申請人は、右(一)、(二)認定のとおり本件配転命令が不当労働行為であるといえなかったにも拘わらず、これを不当労働行為であるとして拒否し、単にその効力を争うに止まらず、全く労務に従事せず、被申請人の再三の説得二度にわたる懲戒処分にもその態度を変えなかったのであるから、配転命令が企業における職務上の指示のうちで最も重要なものの一つであることに鑑み、企業における秩序を乱すものとして懲戒解雇処分を受けてもやむを得ないものである。

2 前記二4(七)、二5認定のとおり、被申請人が申請人を懲戒解雇することを決定したのは、昭和四八年四月二四日であり、一方、被申請人が、県地労委から調査開始通知書を受領することにより申請人が不当労働行為の申立をしたことを知ったのは、同月二五日であるから、本件解雇が労働組合法第七条四号の不当労働行為に該当し無効である、との申請人の主張は理由がなく採用することができない。

四  本件配転によって、申請人が新たに従事すべきものとされた職務内容(前記二4(二)(3))は、従前の申請人の職務に比して雑役的な要素が強く、かつ申請人が単独で就労することが原則となるものと推測されるから、本件配転命令に従うことは、申請人に多少の精神的苦痛を与えることになるであろうことは推測するに難くない。しかしながら、本件配転は、鉄道事業における安全確保の重要性、従業員の勤務形態の特殊性、さらに片上鉄道事業所の各駅の配置人員が極めて少数であること等の点から、駅務従業員相互間の精神的連帯協調が保持されることが特に必要であるとの考えに基いてなされたものと認められるから、被申請人が行った本件配転は被申請人が有する人事権の裁量の範囲内のこととして是認することができる。従って、本件配転命令を拒否したことに基いてなされた本件解雇を、権利の濫用ということはできない。

五  以上のとおり本件解雇は有効であって、その無効を前提とする申請人の本件仮処分申請は、その余の判断をするまでもなく、いずれも理由がないものといわなければならないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 寺井忠 裁判官 浅田登美子 裁判官 高山浩平)

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