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岡山地方裁判所 昭和49年(む)135号 決定 1974年4月25日

被告人 松下昇

主文

原裁判を取消す。

理由

一  本件準抗告理由の要旨は、別紙A記載のとおりである。

二  本件被疑事実は別紙B記載のとおりであるところ、一件記録によれば、被疑者が右罪を犯したことを疑うに足る相当な理由がある。

三  被疑者に逃亡のおそれがあるか否か以下検討する。

1  一件記録及び坂本守信外二名に対する当庁昭和四八年(わ)第二八三号不退去被告事件記録によれば次の事実を認めることができる。

(一)  被疑者は、昭和三八年以降神戸大学教養部講師となり、神戸市内にその家族とともに居住しているものであるが、同四四年ころより全国的に続発激化したいわゆる大学紛争に関連した行動を理由として同四五年一〇月免職処分を受けるとともに、同四五年五月から同四七年三月までの間前後四回にわたり建造物侵入・威力業務妨害・公務執行妨害等により神戸地方裁判所に起訴され、目下係属中であるところ、被疑者は、自らに対する免職処分につき民事訴訟を提起するなどしてその効力を争う一方右大学紛争に関連してそのころ免職処分を受けた元岡山大学講師坂本守信、元徳島大学助手某とも連絡をとりながら、一部大学教官等とともに処分に対する抗議・反対活動を活発に行つていたものである。

(二)  ところで、右坂本守信は、右免職処分に不満をいだき昭和四八年五月一二日岡山大学教養部教室に坐り込んだ際退去要求を受けたにもかかわらず応じなかつたとして、不退去罪により勾留のうえ昭和四八年五月二三日起訴され、その直後勾留を請求により取消されたところ、正当な理由がないのに第五回公判期日に至るまでいずれもそれに出頭せず、そのころ勾引状が発付されたが、居所不分明のため、その執行が不能に終り、翌四九年二月一日に至つてはじめて勾引状の執行を受けて引致されたうえ、即日勾留され、以後身柄拘束のまま公判審理を重ねていたのであるが、本件犯行は、右坂本守信に対する同年四月一日の公判期日に同人を支援するため傍聴中に敢行されたものである。

(三)  一方前記神戸地方裁判所に係属中の被疑者に対する被告事件のうち昭和四六年九月一八日付起訴にかかる建造物侵入・威力業務妨害被告事件については、同四七年四月二七日から同四八年九月一四日までの間の前後一〇回の公判期日のうち勾引により出頭を確保した同年八月八日以外は、いずれも出頭せず、また同四七年三月九日付起訴にかかる建造物侵入・公務執行妨害・暴力行為等処罰ニ関スル法律違反被告事件については、同四八年五月九日から同年九月一四日までの間の前後五回の公判期日のうち勾引状により出頭を確保された同年八月八日以外はいずれも出頭しておらないものであるところ、被疑者は、頭書住所に常時在住するわけでなく、相当期間そこを不在にして所在不明になることがあり、その従事する著述業についてその性質上からも一定の勤務場所に拘束されるものではなく、住所地に限られず他の不特定の場所においても可能である。

2  そもそも「逃亡のおそれ」があることを理由とする被疑者の勾留は、起訴された場合その出頭を要すべき将来の審判期日に出頭を確保する目的で設けられたものの一であつて、右「逃亡のおそれ」があると認められる場合とは、出頭を要すべき審理の全期間継続的にその居所が裁判所にとつて不分明となるおそれがある場合のみならず、各期日の中間においては、その居所が判明していても、個々の期日の出頭確保手段である勾引の執行に着手すべき時点(当該審判期日の朝方又はその前日)において、一時的にその所在が不分明となり、勾引による出頭確保が不可能又は著しく困難となるおそれがある場合をも含むものというべきであり、右事由の存否は、本人の言動その他諸般の情況を総合して、判断すべきである。

右見解に立つて、被疑者に逃亡のおそれがあるか否か検討するに本件は、その法定刑よりして、刑事訴訟法第二九一条の手続を行なう公判期日は、被告人が出頭しなければ開廷できないものであるところ、その事案内容は、公判審理中裁判官に対して暴行を加えるという未曽有の不祥事であり、その罪質・犯情は悪質・重大であるといわざるをえず、かかる事情に、前記認定の坂本守信に対する被告事件の経過及び同人等と被疑者の関係、神戸地方裁判所に係属する被疑者に対する事件についての不出頭状況等を総合すれば、被疑者が神戸大学元講師として神戸市内に妻子とともに一家をかまえているとはいえ、なお出頭を要すべき各公判期日に出頭しないおそれが濃厚であるのみならず、当日又は前日に一時その居所を不分明ならしめて勾引を免れ、公判開廷を阻止しようとするおそれがあるといわざるを得ず、この限りで被疑者には刑事訴訟法第六〇条第一項第三号にいう逃亡のおそれがあると認められ、前記本件事案内容等よりして勾留の必要性があることも否定できない。

四  以上検討したところによれば、検察官の本件準抗告は、その理由があるから、原裁判を取消すこととし、刑事訴訟法第四三二条、第四二六条第二項により、主文のとおり決定する。

別紙A・B(略)

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