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岡山地方裁判所 昭和51年(わ)300号 判決 1983年6月07日

主文

被告人両名をそれぞれ懲役三月に処する。

この裁判確定の日から、被告人両名に対し二年間、それぞれその刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人山下光治(以下被告人山下という。)は革労協と、被告人大口こと佐藤薫(以下被告人佐藤という。)は反戦馬天嶺と呼ばれる組織にそれぞれ所属し、同調者約六〇名とともに、昭和五一年五月一七日午前八時より同日午後五時にかけて岡山県勝田郡奈義町高円陸上自衛隊日本原演習場において行なわれる八一ミリ迫撃砲実弾射撃訓練に反対・抗議していたものであるが、同日午前七時二〇分ころ、右日本原演習場内の立入禁止区域南縁線に町道小滝線の突当たる地点である通称S15地点付近において、右実弾射撃訓練を実施するに当たり、陸上自衛隊日本原駐屯地業務隊長奥江尚徳が同所地上に設置した立入禁止標示坂(昭和五六年押第七〇号の六及び七)を、被告人山下において、同標示板上に貼布された立入禁止時間等を示す紙札を引き破つたうえ、両手で同標示板をゆすり、所携の長さ約二メートルの青竹を同標示板のベニヤ板の下に差し込んで持ち上げるなどし、更にこれに被告人佐藤が加わり、被告人両名が共同して、同標示板の支柱を手で押し、遂には被告人佐藤において、右支柱を片足で踏み倒し、もつて公務所の用に供する文書を共同して毀棄したものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人両名の判示各所為はいずれも刑法六〇条、二五八条に各該当するので、その所定刑期の範囲内で被告人両名をそれぞれ懲役三月に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から、被告人両名に対し二年間、それぞれその刑の執行を猶予することとし、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条を適用して被告人両名に連帯して負担させることとする。

(弁護人の主張に対する判断)

一  まず弁護人は、陸上自衛隊日本原駐屯地隊は憲法九条に違反する存在であるから刑法二五八条にいう「公務所」に当たらないと主張するので、この点につき判断する。

自衛隊は、我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対し我が国を防衛することを主たる任務として自衛隊法等に基づき設置され、同法所定の組織、編成のもとに武器を保有しているものであるが、一国の防衛問題は、国家統治の基本にかかわる高度の政治性を有する政策決定の問題であり、自衛隊が違憲か否かの法的判断は、司法的機能をその使命とし、訴訟手続上の制約を受ける裁判所の審査には原則としてなじまない性質のものであり、一見極めて明白に違憲と認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外のものであつて、第一次的には立法権を有する国会の判断に、終局的には主権を有する国民の政治的批判に委ねられるべきものと解せられる。

しかして、自衛隊が一見極めて明白に違憲のものであるか否かについて検討するに、自衛のための戦力の保持に関する憲法九条の解釈については、積極、消極に見解が分かれ、各見解はいずれもそれなりに一応の合理性を有しており、結局同条は一義的に明確な規定と解することはできないものといわねばならない。

しかしながら、憲法九条は、いかなる見解によつても、侵略戦争遂行のための戦力の保持については、一義的且つ明確にこれを禁じているものと解せられるところ、自衛隊法は、前叙のように、自衛隊の主たる任務を我が国の防衛におき、自衛隊設定の目的をもつぱら自衛においていることが明らかであるから、一見極めて明白に違憲のものとはいゝ難い。また、自衛隊の戦力が現実に他国を侵略するに足る程度に至つているか否かは、その組織、編成装備のみならず、我が国の経済力、地理的条件、他の諸国の戦争遂行能力等各種要素を将来の展望を含め、広く、高度の専門技術的見地から相関的に検討評価しなければならず、右評価は現状において客観的、一義的に確定しているものとはいえないから、自衛隊の戦力が一見極めて明白に侵略的なものであるとはにわかに断定し難い。

よつて、弁護人の右主張は、前提を欠くから採用できない。

二  次に弁護人は、本件立入禁止標示板は、自衛隊に管理権のない町道小滝線に対して立入禁止措置をとるべく設置されたものであるから、違法なものというべく刑法上の保護に値しないと主張するので、この点につき判断する。

前掲関係各証拠を総合すれば以下の事実が認められる。

1  陸上自衛隊日本原演習場は、呉防衛施設局長所管の国有財産(行政財産)であり、陸上自衛隊日本原駐屯地業務隊長(以下業務隊長という。)が共用事務担当官としてこれを維持管理しているものであるが、昭和五一年五月一七日午前八時より同日午後五時にかけて行なわれる八一ミリ迫撃砲実弾射撃訓練(以下本件射撃訓練という。)に際しては、当時の業務隊長奥江尚徳において、先に業務隊長と奈義町長との間で締結されていた日本原演習場使用協定及び同協定の細部事項に基づき、同協定所定の手続を経たうえ、民間人に危害が及ぶことを防止する等の目的から、日本原演習場内の別紙図面の赤色で表示した部分を立入禁止区域(以下本件立入禁止区域という。)とし、同区域の周囲に、鉄線を張り巡らせ、これに沿つて本件同様の立入禁止標示板を約五〇本設置し、また場内道路の入口を閉鎖する等の方法により立入禁止措置を講じた。

2  本件立入禁止標示板は、高さ約二メートルの二本のたる木よう角材を支柱とし、(その上部付近を長さ約五〇センチメートルの同様角材でH型に接続)その上部に取付けられたベニヤ板(横約九一センチメートル、縦約四六センチメートル)の表面を白ペンキで塗り、これに朱色で「立入禁止」と、黒字で「禁止時間」・「日本原駐屯地業務隊長」とそれぞれ不動文字で横書きに記載し、右「禁止時間」の右側余白部分に、立入禁止時間と射撃訓練実施部隊名とを表示した青焼きコピー紙札を貼付したものであり、これを本件立入禁止区域の南縁線に、南方から延びてくる町道小滝線の突当たる地点である通称S15地点付近に設置(支柱の下部を地中に約五〇センチメートル埋めこみ)したものであるが、右道路は同地点からやや幅員を広くして更に北方に向かつて延びており、日本原演習場々内道路(以下本件場内道路という。)として利用されている。

3  本件場内道路は、日本原演習場の一部として業務隊長の管理に属するか否か証拠上明らかでないものの、前記奥江は、本件射撃訓練に際し、本件立入禁止区域内に含まれるものとして入口に当たる前記S15地点付近において、木製バリケードによつてこれを閉鎖した。

右認定事実によれば、本件立入禁止標示板は、立入禁止とその時間等を表示しており、その設置場所や周辺に張り巡らされた鉄線或いは常設の立入禁止告知板(本件立入禁止標示板の西北方数メートルの地点にあるもの)等と相まつて、本件立入禁止区域内への立入りを禁ずる趣旨であることを自ずと示しているから、文書としての形状、意味内容を備え、現に公務所たる陸上自衛隊日本原駐屯地業務隊の使用に供されていたことも明らかというべきである。

そして、本件立入禁止区域内には業務隊長の管理に属するか否か明らかでない本件場内道路が含まれているけれども、同区域内のほとんど大部分は業務隊長が管理権を有する日本原演習場がこれを占めているのであるから、本件立入禁止措置は、少くとも本件場内道路を除く日本原演習場内への立入りを禁ずる限りにおいて適法になされたものというべく、従つて本件立入禁止標示板は刑法二五八条にいう「公務所の用に供する文書」として刑法上の保護に値するというべきである。

よつて、弁護人の右主張も採用できない。

(量刑の理由)

本件は、被告人両名が、陸上自衛隊日本原演習場において行なわれる実弾射撃訓練に抗議するに際し、共同して自衛隊側が設置した立入禁止標示板を路み倒すなどして毀棄したというものであるが、自らの主義主張のためには実力をもつて違法行為に出ることも敢えて辞さないとする被告人らの態度は法治国家のもとでは到底是認され得ず、相応の法的非難を受けねばならないところである。

しかしながら、本件犯行による実害は軽微なものと認められること、被告人佐藤については、昭和五二年に傷害罪で罰金一万円に処せられたことがあるにとどまり、被告人両名とも、これまで禁錮刑以上の刑に処せられたことがないこと等の事情が存するので、被告人両名を主文の刑に処し、その執行を猶予するのを相当と認めた。

よつて、主文のとおり判決する。

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