岡山地方裁判所 昭和53年(ワ)427号 判決 1981年5月29日
原告
松本弘明
被告
中浜朝男
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金一八二万二七四九円及びこれに対する昭和五三年七月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の越旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 交通事故の発生
(一) 日時 昭和五二年一一月二二日午後一時一〇分頃
(二) 場所 大阪市都島区中野町四丁目一九番一二号地先道路上
(三) 加害車両 普通貨物自動車(大阪四四ふ九三三、以下、被告車という。)
(四) 右運転者 被告
(五) 被害車両 軽貨物自動車(大阪四〇い九五五九、以下、原告車という。)
(六) 右運転者 原告
(七) 態様 交差点における衝突
2 原告の負傷
原告は本件事故により顔面挫傷、頭部外傷、左肘・右膝・右足挫傷、頸椎捻挫の各傷害を負つた。
3 後遺症
原告は、右負傷の結果、後遺症として頭痛、頸部痛、左上肢のしびれが残存し(他覚所見として頸稚第三、第四骨不安定)、右は自賠法一四級該当の後遺症である。
4 治療経過
(一) 昭和五二年一一月二二日から昭和五三年二月二八日まで大阪市北区内の行岡病院に入院(九九日)
(二) 昭和五三年三月一〇日から同年五月一日まで津山市内の平野外科病院へ通院(実日数二四日)
5 損害
(一) 治療費 平野外科病院に対し金四万八五四〇円
(二) 逸失利益
(1) 休業損害 金四六万七四三一円
原告は、本件事故当時都島給食株式会社に勤務し、昭和五二年九、一〇月の平均給与手取額は金八万七〇九九円であつたところ、本件事故により昭和五二年一一月二二日から昭和五三年五月一日まで一六一日間の欠勤休業を余儀なくされ、その間金四六万七四三一円の賃金収入を失つた。
(2) 後遺症による逸失利益 金一五万六七七八円
原告は、前記後遺症により労働能力が五パーセント低下し、その状態は少くとも三年は継続するから、その間金一五万六七七八円の賃金を失うことになる。
(三) 慰謝料
(1) 傷害による入通院慰謝料 金一一〇万円
(2) 後遺症に対する慰謝料 金五六万円
(四) 弁護士費用 金一五万円
6 被告は、被告車を所有し、本件事故当時これを自己の運行の用に供していた。
よつて原告は、被告に対し、不法行為による損害賠償として既に支払を受けた金六六万円(但し、内金五六万円は自賠責保険による。)を控除した残金一八二万二七四九円とこれに対する不法行為後である昭和五三年七月二三日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払をなすことを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1は認める。
2 同2は、被告が本件事故により頸椎捻挫の傷害を負つたことは否認する。
3 同3は否認する。
4 同4は本件事故との因果関係を否認する。
5 同5は否認する。
6 同6は認める。
三 抗弁
1 過失相殺
本件事故は、幅員約八メートルの道路を東から西へ進行中の被告車と幅員約八メートルの道路を北から南へ進行中の原告車とが右両道路の交差点内で衝突したというものであるが、被告車は交差点手前二メートルの地点で標識に従い一時停止したうえ、制限速度二〇キロメートル以下で進行したのであるが、原告車が徐行の標識を無視して時速五〇キロメートルで右交差点に進入し、且つ、その際原告において前方注視を怠り、更に左側通行の原則に反して中央部分を進行した結果発生したものである。従つて原・被告の過失割合は原告七に対し被告三とみるべきものである。
2 被告は、原告に対し、損害賠償として金三四万円を支払つた。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁は、そのうち原告に過失があることを否認する。被告は最高速度が二〇キロメートルに制限されているにもかかわらず、時速三〇キロメートルで、しかも一時停止をしないで本件交差点に進入したものであり、本件事故の責任はすべて被告にある。
2 同2は、被告から金一〇万円の支払があつたとの限度で認める。
第三証拠〔略〕
理由
一 交通事故の発生
請求原因1の事実については当事者間に争いがない。
二 原告の負傷
次に同2の事実につき判断するに、原本の存在及び成立につき争いのない甲第三・第四号証、成立に争いのない乙第一三号証、原告本人尋問の結果によると、原告は本件事故により顔面挫傷、頭部外傷、左肘・右膝・右足挫傷の各傷害を負つたことが認められる。そこですすんで原告が本件事故により頸椎捻挫の傷害を負つたか否かにつき判断するに、甲第四号証、原本の存在及び成立につき争いのない甲第五・第六号証、乙第七・第八号証、証人平野仁之の証言、原告本人尋問の結果によると、原告は、昭和五三年二月一日、大阪市の行岡病院において初めて頸椎捻挫と診断され、右同日から同月二八日までその治療を受けた後、同年三月一〇日から津山市の平野外科病院に転医し、頸椎捻挫の症状と思われる頭痛、頸部痛、左上肢のしびれ等の治療を受け、同年五月一日、右各症状が固定したとの診断を受けたことが認められる。しかし、右各証拠によると、右頸椎捻挫の症状と思われるものはいずれも原告の主訴又は自覚症状に基づくものであり、これが真に頸椎捻挫に基づくものであることを推認するに足りる他覚症状及び検査結果は、本件全証拠によるもこれを認めることができない(もつとも、甲第六号証によると、昭和五三年五月一日段階において原告には頸椎第三・第四不安定椎の他覚症状があつたことが認められるが、証人平野仁之の証言によると、これと前記原告の自覚症状との間には因果関係のないことが認められる。)。しかも右症状は本件事故から二箇月余り後になつて初めて生じたものであり、甲第三・第四号証、被告本人尋問の結果とこれにより成立の認められる乙第六号証によると、原告が右症状を訴えた当時、他の傷害はほとんど治癒し、医師の判断では退院可能な状態となつていたことが認められる。そしてこれらの点を考慮すると、原告の訴えた右各症状は原告の自覚に基づくものではないか、原告の自覚に基づく場合でも本件事故とは相当因果関係のない心因的な症状である可能性が強いというべきである。従つて、原告が右各症状を訴えたことから直ちに原告において頸椎捻挫の傷害を負つたものとすることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない(なお、本件事故の態様は原告に頸椎捻挫の生ずる可能性を否定するものではないが、本件においては前示のように二箇月余り後になつて初めて症状が現われているのであつて、事故態様のみから原告の右症状の訴えを頸椎捻挫に基づくものとみることはできない。)。
三 後遺症
原告が後遺症として主張する頭痛、頸部痛、左上肢のしびれが本件事故によるものと認めることができないことは前款判示のとおりである。
四 療養経過
1 甲第三号証と原告本人尋問の結果とによると、原告は、本件事故による顔面挫傷、頭部外傷、左肘・右膝・右足挫傷の治療のため昭和五二年一一月二二日から昭和五三年一月三一日まで行岡病院に入院しなければならなかつたことが認められる。次に甲第四号証と原告本人尋問の結果とによると、原告は更に同年二月一日から同月二八日まで同病院に入院していたことが認められるが、右各証拠と乙第六号証、被告本人尋問の結果とによると、右入院は頸椎捻挫の治療のためであり、前記各傷害については通院治療で足りたことが認められる。
2 甲第五号証によると、原告は昭和五三年三月一〇日から同年五月一日まで平野外科病院に通院したことが認められるが、同号証によると、右通院は頸椎捻挫の治療のためのものと認められるから、右通院と本件事故との間には因果関係を認めることはできない。
五 損害 金九一万七一三八円
1 治療費 金五万四〇〇〇円
成立に争いのない乙第一号証の一ないし三によると、原告は、昭和五二年一二月一日までの間、行岡病院に対し治療費として金五万四〇〇〇円を支払つたことが認められる。なお平野病院に対する治療費の支払は本件事故との間に因果関係を認めることはできない。
2 入院雑費 金四万二六〇〇円
本件事故と相当因果関係のある入院日数は前示のとおり七一日であり、その間一日平均金六〇〇円の入院雑費を要したものと推認できるから、入院雑費として原告の要した費用は金四万二六〇〇円と認めることができる。
3 休業損害 金三二万〇五三八円
弁論の全趣旨により原本の存在及び成立の認められる甲第二号証によると、原告は本件事故前の三箇月間に月平均九万七一三三円の収入を得ていたことが認められるところ、弁論の全趣旨によると、入通院を要した前記昭和五二年一一月二二日から昭和五三年二月二八日までは就業ができなかつたものと認められるから、右期間(九九日)に原告の被つた休業損害は金三二万〇五三八円となる。
4 慰謝料 金五〇万円
前記入通院に要した期間その他諸般の事情を考慮すると金五〇万円が相当である。
六 過失相殺
いずれも成立に争いのない甲第七ないし第一〇号証、乙第九号証、第一〇号証の一ないし五、第一一・第一二号証によると、本件事故は、幅員六・五メートルの南北道路と幅員六・六メートルの東西道路の交差点内において発生したものであり、東西道路を西進していた被告において一時停止標識を見落し、制限最高速度時速二〇キロメートルを超える時速三〇キロメートルで一時停止することなく見通しの悪い交差点に進入し、他方南北道路を南進していた原告において徐行標識を無視して制限最高速度二〇キロメートルを超える時速三〇キロメートルで徐行することなく見通しの悪い交差点に進入した結果、右交差点の中央において被告車右前部と原告車左前部が衝突したものであることが認められ、右事故態様からして原告と被告との過失割合は、原告三に対し、被告七と認めるのが相当である。従つて被告が原告に賠償すべき額は金六四万一九九六円となる。
七 弁済
成立に争いのない乙第一号証の一ないし七、第四号証、第五号証の一ないし四、被告本人尋問の結果によると、被告は本訴提起前、原告に対し、損害賠償として、少くとも金三四万円を支払つたことが認められ、自賠責保険から金五六万円が支払われたことは原告の自認するところである。従つて被告の賠償すべき額である金六四万一九九六円は既に完済されたことになる。
八 よつて原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 岡久幸治)