岡山地方裁判所 昭和53年(行ウ)5号 判決 1981年7月30日
原告
竹内孝士
外二名
右訴訟代理人
奥津亘
外三名
被告
光嶋虎夫
右訴訟代理人
竺原巍
外一名
主文
一 被告は岡山県勝田郡勝央町に対し、金一七一〇万〇六一六円及びこれに対する昭和四九年七月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実《省略》
理由
第一本案前の申立について
右主張1(被告適格の欠缺)及び2(監査請求期間の徒過)は、いずれも本件の差戻前の事件である昭和五〇年(行ウ)第八号事件において、すでに被告の主張するところであり、同事件の第一審裁判所は右1と同様の見解に立つて、原告らの訴は被告適格を欠き不適法であるとしてこれを却下したこと、右却下判決に対する控訴審裁判所は、右各主張につき検討のうえ、その主張はいずれも失当であり本件訴を不適法とする事由はないとして原判決を取消し、事件を原裁判所に差戻す旨の判決をしたこと、さらに、これに対する上告審裁判所は、右控訴審の判断は結論において正当であるとして上告を棄却し、これによつて右控訴審判決は確定したこと、以上の事実は本件記録によつて明らかである。
右のとおり、本件における本案前の主張については、すでに上級審の判断を経たところであり、右判断は下級審を拘束する(裁判所法四条)のであるから、当裁判所は本件訴が適法であることを前提として、進んで原告らの請求の当否につき判断すべきものである。
第二本案の申立について
一請求原因1(当事者)及び2(本件の事実経過)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。
二<証拠>を総合すると、以下の事実が認められる。
1 被告は、昭和三三年四月から同四五年四月まで、約一二年間にわたり勝央町長の職にあつた者、訴外亡高務柳一は、昭和三三年六月、被告によつて同町収入役に任命され、以来、同四五年六月までの約一二年間その職にあつた者である。
訴外日本原建設株式会社(代表者植月寛)は、岡山県勝田郡勝北町日本原に営業の本拠を有し、かねて勝央町が公共事業として行う建築工事の入札等に参加し、その一部を請負い施工していたものであり、昭和四一年頃からは、右植月の女婿にあたる訴外花谷重行(以下、花谷という。)が、専務取締役としてその経営を主宰していた。
2 被告は、昭和三七年頃、町営の事業を通じて花谷と知り合つて後、親交をもつようになり、同四〇年頃から、同人の懇請を容れて日本原建設に対し時々個人的に融資をしたり、また、後述のとおり、昭和四三年には、同町の行う公共事業に関し花谷から賄賂を収受するなど、いわば密着した関係をもつに至つた。
3 一方、高務は、収入役として花谷と知り合つたが、昭和四〇年頃から、日本原建設の経営資金の融資方を懇請されてこれに応ずるようになり、その貸付金調達の手段として、勝央町の金融機関からの一時借入れの方法を利用することを案出し、町長職印を冒用して町長たる被告名義の借入申込書を偽造し、勝央町農協などの関係金融機関から一時借入金の名目で金員を入手し、これを花谷ないし日本原建設に貸付けることを反覆実行するに至つた。右借入れ及び貸付は、勝央町の会計帳簿に記載しないままで行われ、必要に応じ一時借入れと償還とを繰り返していた。
4 このような不正の借入れ及び貸付を可能にした背景として、次のような事情がある。すなわち、一時借入金の借入れは、本来地方公共団体の長の権限に属する(地方自治法二三五条の三)ところ、関係金融機関、例えば勝央町農協の貸付規程によれば、「市町村長及び助役の各役職名義と併せ個人保証の証書と、当該市町村議会の借入れに関する議事録抄本を添付させる」取扱いが定められており、一方、勝央町においては、町長印の管理等につき、「勝央町公印に関する規程」が設けられ、町長印については同町総務課長が管守者としてその保管・使用等の責に任じ、公印を使用する者は、押捺する書類に起案文書その他証拠書類を添えて管守者(またはその定める公印取扱者)に提示すべきものと定められていた。しかし、多年収入役の職にあつた高務への信頼からか、一時借入金の借入れについては、その都度町長たる被告の指示を受けることなく高務が自ら判断、処理することが容認され、町長印の使用についても、同人が前記規程にかかわらず、かなり自由にこれを使用し得る状況にあつた。また、勝央町農協の貸付実務においても、前記貸付規程は厳格に運用されず、多くの場合、借入手続にあたる収入役高務の個人保証をとるに止めるのが実情であつた。
5 昭和四三年一月末頃、高務の叔父高務右一と、当時日本原建設役員の内藤五郎が被告方を訪れて、高務が勝央町の公金一一〇〇万円を無断で日本原建設に貸付け、その返済が得られず苦慮している旨報告した。被告は、直ちに高務を入院先から呼びつけて事情を問いただし、右が事実であることを確認し、かつ、右貸付の資金を、上記のような不正借入れによつて入手したことについても、その概要を了知した。
6 しかし、被告は、多年自己のもとで収入役を勤めてきた高務をかばいたいとの心情から(なお、加えて、自己の監督責任追及を恐れる気持もあつたであろうことは推察に難くない。)、高務の右不正借入れ及び貸付を隠密のうちに処理しようと考え、右高務右一及び内藤には、自分が責任をもつて解決するとして高務の右不正行為を口外せぬよう指示する一方、高務に対しては、勝央町が昭和四三年度事業として計画中の同町立勝間田小学校改築工事(総工費約五六六六万円)を日本原建設に請負わせ、その請負代金のうちから前記一一〇〇万円を回収する方法をとる旨を告げ、また、花谷に対しても、その頃、日本原建設に右工事を請負わせるよう取り計らうので、請負代金中から必ず返済するようにと指示した。
7 右勝間田小学校改築工事に関して、花谷は被告に対し、日本原建設がこれを受注できるよう有利な取り計らいをして貰いたいとの趣旨で、同年六月中旬頃現金三〇万円、七月中旬頃現金四〇万円を供与し、被告はその情を知りながらこれらを受領した。なお、被告は後に右の所為が収賄罪にあたるとして他の訴因と併せて起訴され、岡山地方裁判所津山支部において、昭和四七年三月三〇日、右各金銭授受についても有罪の認定のうえ、懲役一年六月に処する旨の判決を受け、右判決は確定した。
8 右のような策動にもかかわらず、右工事は指名競争入札の結果、他の業者が落札、受注する結果となり、次いで被告は、町営の水道工事を日本原建設に請負わせることを企図したが、これまた他の業者の受注に帰し、日本原建設に勝央町の公共事業を請負わせてその代金から前記不正貸付金の回収を図るという被告の目論見は、容易に成功しないまま推移した。
9 ところで、日本原建設は、勝田郡勝北町農業協同組合(以下、勝北町農協という)からも金六〇〇〇万円の融資を受けていたが、昭和四三年度末の会計監査が行われるまでにぜひとも返済しておかなければならない事情があつたため、昭和四四年三月頃、花谷は高務に対し、右返済資金の一部としてさらに二〇〇〇万円の融資方を懇請し、右融資が得られれば、その返済と同時に前記一一〇〇万円の借入金も清算する旨を申し出た。そこで、高務はこれを容れて、従前と同様、勝央町長の一時借入金の名目で同町農協から資金を入手することを企て、同年三月二八日頃、同農協所定の貸付決定通知書(借入申込書を兼ねるもの)の借入者氏名欄に勝手に「勝央町長光嶋虎夫」と記名し、その名下に同町長の職印を無断で押捺し、保証人欄に自己の署名押印をし、申込金額欄に二〇〇〇万円、所要時期欄に昭和四四年三月二九日、返済期日欄に同年五月三一日、用途欄に「勝間田小学校改築工事請負金」等と記入し、これに同町の昭和四四年度一般会計予算書(一時借入金の最高額を四〇〇〇万円と定めている。)を添付して、勝央町農協貸付担当者に提出し、もつて、勝央町長が予算に基づき権限内の一時借入金として、同農協に借入れの申込をするものであるように装い、右貸付担当者及び担当理事らをそのように誤信させ、同月三一日、右申込通り貸付ける旨の決定をさせた。そして、貸付担当者からその旨の連絡を受けた高務は、同日、同農協所定の借用証書の債務者欄に前同様勝手に町長の記名押印をし、保証人欄に自己の署名押印をして貸付担当者に提出するのと引換えに金二〇〇〇万円を小切手で受領し、これを町の会計帳簿に登載することなく、直ちに花谷を介して日本原建設に貸付けた。
10 昭和四五年三月頃、日本原建設は事実上倒産し、花谷は事業を放棄して愛知県方面に出奔し、貸付金の回収は不可能であることが明らかとなつた。しかも、同年四月五日に行われた勝央町長選挙において被告は落選し、高務も同年六月六日をもつて収入役の職を退くこととなり、放置すれば、前記一一〇〇万円の件が公になることが必至の情勢となつた。そこで、被告と高務は協議の上、同人がその退職金を主体に三〇〇万円を調達し、同人の所有地を担保に被告が一時五〇〇万円を同人に貸付け(後に同人から返済を受けた)、更に、不足分は被告が知人から融資を得て合計一一〇〇万円を調達し、同年六月五日頃、高務が右金員を町に納付して一応隠密裡に処理することを得た。なお、右の時点では、高務は前記二〇〇〇万円の不正借入れ及び貸付の事実を秘匿しており、被告には未だその認識はなかつた。
11 ところが、同月一六、七日頃、被告は、当時の勝央町農協組合長杉原義男から、同農協の前記二〇〇〇万円の貸付金が未だ返済されていないとの連絡を受け、直ちに右杉原らとともに、高務に事情を問いただしたところ、同人ははじめて右二〇〇〇万円の不正借入の事実を告白して謝罪したが、翌日自殺を遂げるに至つた。
12 右事件発覚後、勝央町議会の請求により、同町監査委員において、一時借入金の状況等について監査を行つたところ、監査対象期間たる昭和四一年四月一日から同四五年六月一五日までの間に、町の会計帳簿に登載された正当な借入れが一五件合計六八〇七万円であるのに対し、右登載のない違法な借入れが、勝央町農協から一四件金一億四三六〇万六〇〇〇円、株式会社中国銀行勝間田支店から三五件金二億一八四四万円、株式会社山陽相互銀行林野支店から一九件金二億一五〇〇万円、合計六八件金五億七七〇四万六〇〇〇円にのぼる(もつとも、その大部分は償還ずみとなつている)ことが判明した。
以上のとおり認められる。
三そこで、上記の事実関係に基づき、被告に不法行為責任があるとの原告らの主張の当否について検討する。
1 被告は、その勝央町長としての在職期間中、予算を調整及び執行し(地方自治法一四九条二号)、会計を監督し(同条五号)、収入役等を含む補助機関を指揮監督する(同法一五四条)等の権限と職責を有し、また、一時借入金の借入れも、予算の定める限度内において、その専権に属していたものである(同法二三五条の三。なお、同町の規則・規程等において、右借入れの権限の一部にせよ、収入役にこれを委任していたことを認めるべき証拠はない。)。
そして、町長をはじめとする執行機関は、予算その他の議会の議決に基く事務並びに法令等に基づく町の事務を、自らの判断と責任において、誠実に管理し及び執行する義務を負う(同法一三八条の二)が、右は各執行機関が、自己の職務権限を誠実に行使すべきことを明らかにしたものにほかならない。
2 町長の右のような職責に照らして考えると、町長たる被告としては、収入役高務が前記のような不正借入れ及び貸付の所為を敢てすることのないよう、平素適切・十分な監督をすべきであつたことはもちろんであるが、このことを暫く措くとしても、遅くとも前記一一〇〇万円の不正借入れ及び貸付の事実を知つた昭和四三年一月末頃において、最少限次のような処置をとるべき義務があつたというべきである(日本原建設及び高務に対し即時全額の返還を命じ、確実に実行させるべきことは勿論であるが、ことを同種不正行為の再発防止の面に限つて考える。)。
すなわち、(一)先ず、高務の不正借入れの実態(その手段や借入れ先、実行の回数、累計金額等)を究明し、その結果に基づいて再発防止の確実な方策を見定め、実行すべきであつた。(二)既知の情報のみを前提としても、勝央町農協等の関係金融機関に対し、以後、一時借入金の借入れは町長たる被告が自らその意思を直接明らかにして行う旨を告げ、かつそれを実行すべきであつた(申込書類提出の手続は他に委ねるとしても、被告自身が電話連絡等によつて借入れの意思を伝達することは、極めて容易であろう。)。(三)また、不正借入れが町長印の冒用によつてはじめて可能であるところから、その保管・使用を厳重にするよう関係職員に指示し、かつ、自ら監督を強化すべきであつた。以上は、被告に要求さるべき最低限の措置と考えられる。
もとより、事柄の重大性に鑑みると、進んで監査委員による特別監査を要求し(地方自治法二三五条の二第二項)、町議会に事実を報告して高務の責任を追及し、場合により告訴の手続をとるなどの処置も当然に考えられるところであり、むしろ、このようなより厳正な措置をこそとるべきであつたとも言い得るであろう。この点、被告としては、多年信頼して会計事務をつかさどらせてきた高務から、その地位と名誉を奪うことは忍びないとの心情が強く、事実の公開またはこれにつながる処置は考え及ばなかつたことが窺われるのであるが、事案の究明を尽くしていれば、そのような人情論は妥当しないことを認識したであろうし、また、仮に一歩を譲つて右のような立場を一応の前提として考えるとしても、前述した各措置は、最低限のものとして当然にとるべきであり(直ちに事実の公開を招くものでもない)、また、被告としてさほどの困難もなく実行することができたと考えられる。特に、被告が一一〇〇万円の不正借入れを確知してから二〇〇〇万円の不正借入れに至るまでは、一年余の期間があつたのであるから、これらを実行する時間的余裕は十分にあつたと言うべきである。
3 ところが、被告はこれら最低限の措置すら講ずることなく、かえつて前記のように、日本原建設(その経営の基盤が危く信用性も乏しいことは、一一〇〇万円の件のみによつても明らかであつた筈である。)に対し、町の公共事業を請負わすことによつて回収をはかろうとしたものであるが、そのこと自体、被告が同会社に対し、入札等において有利な取計らいをするのでなければ期待し得ないことであり、それが双方の暗黙の前提となつていたものと解される。事実、当該公共事業に関し、花谷と被告の間に賄賂の授受がなされたことは前述のとおりである。このように、日本原建設の経営状態が危いにもかかわらず、被告が何らの方策を講ぜず、むしろ花谷との癒着の度を進めているような状況のもとでは、同人がさらに高務から不正の貸付を受けることを企図し、高務がこれに応じて前記手段による不正借入れを反覆する危険は甚だ高く、このことは被告にとつても容易に予測し得たところと判断される。
判旨4 上記諸点を総合考慮すると、被告が不正行為再発防止の最少の措置を怠つたことは、町長としてその職務を誠実に行うべき義務に著しく反したものと言うべく、かつその懈怠は、被告の重大な過失によるものと言うほかはない。右は、被告の主張するような、裁量の当・不当の問題に止まらず、違法の評価を受けるべきものであつて、被告は勝央町に対し、右過失による不法行為責任を免れない(なお、原告らは債務不履行責任をも主張するが、右は不法行為の主張と択一的になす趣旨と解されるから、立ち入つて判断を加えない。)。
5 もとより、勝央町の損害発生につき、その直接の原因をなしたのは高務の二〇〇〇万円不正借入れの行為であつて、被告の前記過失が、その原因として間接的なものであることは否定できない。しかしながら、被告がもしその義務を尽くし、前記の措置を講じていたならば、高務の右借入れは実行不能となり、これによる損害発生を未然に防止し得たことが明らかであるから、被告の前記過失は、損害発生の有力な原因をなしたものと認められ、両者の間には相当因果関係があると言うべきである。また、被告は、勝央町農協の貸付事務の怠慢にその原因を求めようとするが、右が一部肯定されるとしても、もし被告が前記の義務を尽くしていれば、高務において不正な借入れ申込み自体なし得なかつた筈である(貸付の有無はその後のことに属する。)から、被告の義務懈怠が原因をなしていないかのような主張は、到底採ることができない。
四勝央町が岡山地方裁判所津山支部の判決に基づき、昭和四九年七月九日勝央町農協に対し、金一四〇〇万円及びこれに対する右同日までの遅延損害金三一〇万〇六一六円の合計一七一〇万〇六一六円を支払つたことは、前記のとおり当事者間に争いがなく、右金額の一部にせよ填補されたことの主張・立証はないから、これが同町の被つた損害額にあたる。そして、右損害発生の直接の原因が高務の不正行為にあることは前述のとおりであるけれども、本件は職員の賠償責任に関する地方自治法二四三条の二第一、二項が適用される場合にあたらないことが明らかであり、その賠償については民法七一九条が適用さるべきであるから、被告は右損害の全額につき賠償の義務を免れない(なお、本件審理にあらわれた全資料によつても、被告の賠償額を一部に限定すべき事由は見出し難い。)。よつて、被告は勝央町に対し、前記金額及びこれに対する右損害発生の日(同町の勝央町農協に対する支払日)の翌日以降完済までの、民法所定年五分の割合による遅延損害金支払の義務がある。
五<証拠>によれば、原告らは、被告が同町に対し損害を被らせその賠償義務を負うところ、同町はその請求を怠つているので、損害賠償請求等適当な措置を求めるとして、昭和五〇年七月五日に監査請求をしたが、同町監査委員は何らの勧告を行わず現在に至つていることが認められる(なお、監査期間徒過の主張を採り得ないことは既述のとおりである。)。
六以上の次第で、原告らが地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、勝央町に代位して被告に対し損害賠償を求める本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用し、仮執行の宣言は相当でないと認めこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。
(田川雄三 岡久幸治 佐藤拓)