岡山地方裁判所 昭和54年(行ク)6号 決定 1980年2月29日
申立人 笠岡湾漁業協同組合 外二二三名
被申立人 岡山県建築主事
参加人 笠岡マルセン開発株式会社
主文
一 本件申立をいずれも却下する。
二 申立費用は申立人らの負担とする。
理由
(当事者の申立)
一 申立人らの申立の趣旨及び理由は、別紙「建築確認処分効力執行停止申請書」、「申立補充書」及び「反論書」記載のとおりである。
二 被申立人の答弁及び主張並びに参加人の答弁及び主張は別紙「意見書」(昭和五四年六月二九日付)、「意見補充書(一)」及び「意見書」(昭和五四年八月一〇日付)記載のとおりである。
(当裁判所の判断)
一 本件建築確認処分に至る経緯
疎明によれば以下の各事実が一応認められる。(争いのない事実も含む。)
参加人笠岡マルセン開発株式会社(以下、単に参加人マルセンという。)は、敷島紡績株式会社笠岡工場の跡地にシヨツピングセンターを建築することを計画し、被申立人に対し、昭和五三年七月七日、建築確認申請をなし、同年八月三日受付けられた。被申立人は、確認申請にかかる建築計画が、建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定(以下、建築関係法規という。)の適合性を審査した結果、これらに適合すると判断したが、右建築計画中には水洗便所設置に伴う三〇〇〇人槽のし尿浄化槽設置計画がなされていたところ、「岡山県合併処理方式のし尿浄化槽の構造等に関する取扱要領」により要求されるし尿、雑排水の放流先の同意が得られなかつたため、建築確認通知を遷延していた。その後参加人マルセンは、本件建築区域は汲取り便所の設置が許容される区域であつたため、昭和五四年二月二四日、従前の建築計画のうち、し尿処理方式を汲み取り式便所に設計変更することとし、RC造・屋外汲取り便所四棟(一六〇平方メートル)の設計図面等を追加して笠岡市役所を経由して被申立人に対し再度確認申請した結果、被申立人は、変更部分の建築関係法規の適合性を審査し、これに適合すると判断したうえ、その他の部分に関する従前の判断結果とをあわせて、同日、同月二六日付で確認番号二二四三号をもつて建築確認処分をなし、そのころ、参加人マルセンにその旨通知した。(以下、本件確認処分という。)右確認にかかる建築物はシヨツピングセンター一棟(RC造・二階建、延べ面積二万二九四六・二三平方メートル)、プロパン庫一棟(RC造一階建、延べ面積四二・七五平方メートル)及び屋外便所四棟(RC造一階建、屋根葺材コンクリート上・アスフアルト露出材、外壁RC打放・リシン吹付、延べ面積一六〇平方メートル)からなるものである。
そこで申立人らは、昭和五四年五月二六日岡山地方裁判所に対し、本件申立とほぼ同旨の理由で本件確認処分の取消の訴(同裁判所昭和五四年(行ウ)第五号事件)を提起した。
二 当裁判所の判断
1 行政事件訴訟法二五条二項は執行停止の要件として処分取消の訴え(以下、本案訴訟という。)の提起を要求しているが、執行停止の制度は、本案訴訟に附随し、それと運命をともにすべき性質のものであるから、右訴えは、訴訟要件を具備した適法なものであることを要すると解される。
ところで、建築基準法九六条によれば建築確認処分の取消の訴えは、右処分についての審査請求に対する建築審査会の裁決を経た後でなければ提起することができないこととなつているが、申立人らは、右審査請求・裁決を経ていないことが明らかである。ただ行政事件訴訟法八条二項によれば、処分の執行又は手続の続行により生ずる著しい損害を避けるため緊急の必要があるとき、あるいはその他裁決を経ないことにつき正当な理由があるときには例外的に裁決を経ないで直ちに処分の取消しの訴えを提起できることにしているので、申立人らの本案訴訟の提起が、右の例外の場合に該当するか否かが問題となるが、この点についての判断はしばらくおき、申立人らが処分取消の理由として主張する本件確認処分の違法事由の有無の点からまず判断する。(なお、本案訴訟における申立人らの原告適格の点も前提として問題になるが、この点もひとまずおく。)
2 申立人らは、本件確認処分の取消理由として、次の違法事由を主張する。すなわち、
(一) 建築基準法施行事務市町村処理要領によれば、建築確認申請には建築敷地の所在地を管轄する市町村長(本件の場合は笠岡市長)の副申書の添附が必要であるのに、被申立人は、右添附のないことを黙認したまま本件確認処分をしたものであり違法である。
(二) 本件確認申請は、建築計画が水洗便所から汲取り便所に変更されているのに、被申立人は、水洗便所と汲取り便所両方を設置する建築計画として本件確認処分をしており、これは申請に基づかない確認処分であるから違法である。
(三) 本件建築物は、建築物における衛生的環境の確保に関する法律二条一項の特定建築物に該当するから、被申立人は、建築基準法九三条四項により、確認申請を受理した後遅滞なく建築物の工事施行地を管轄する保健所長(本件の場合は笠岡保健所長)に通知する義務があるのに、右義務を怠り本件確認処分をしたものであるから違法である。
(四) 被申立人は、本件確認申請が便宜上水洗便所を汲取り便所に設計変更して確認を得ようとする脱法的申請であることを知悉しながら、参加人マルセンの役員らの強迫行為により、あるいは右不正行為に協力する意図ないし他事考慮により裁量権を濫用して本件確認処分をしたものであるから、違法である。
(五) 本件確認処分は、海洋汚染及び海上災害防止に関する法律、廃棄物の処理及び清掃に関する法律、瀬戸内海環境保全臨時措置法、水質汚濁防止法、都市計画法、土地区画整理法の各立法目的ないし精神に反するもので違法である。
3 以下、右の違法事由を順次検討する。
(一) 笠岡市長の副申書欠缺
疎明によれば、参加人マルセンは、水洗便所から汲取り便所に計画変更した確認申請を笠岡市役所を経由して昭和五四年二月二四日被申立人に提出したが、その際笠岡市長渡邊嘉久は、審査のうえ、市長の意見は前回の副申書どおりという趣旨で昭和五三年八月四日付の「都市計画上支障なし。」とする副申書を再使用して、これを添附して被申立人に進達したことが一応認められ、これによれば申立人らの主張はその前提事実において理由がない。
なお、建築主事による確認の対象は、建築関係法規の具体的技術的基準に適合するかどうかという点に限定され、他の法令による許可、認可を受けたかどうか、あるいは建築基準法施行事務市町村処理要領等の行政指導の基準に従つたかどうかはその対象とならないので、市長の都市計画上の支障の有無に関する意見書の添附がなかつたとしても、確認処分の効力に消長を来たすとは言えないから、この点においても申立人らの主張は理由がない。
(二) 水洗便所と汲取り便所の併設
疎明によれば、参加人マルセンは、汲取り式屋外便所四棟の他に従来計画していた水洗便所のうち、し尿浄化槽を除き、便器、便器の設置される室、汚水管については従来のままにして確認申請していることが一応認められる。
建築主事の建築確認は、あくまで建築主の申請内容を前提とし、それが建築関係法規に適合しているかどうかを抽象的に判断し、適合している場合には、確認を拒否したり、留保したりすることが許されない覊束行為であるから、参加人マルセンが、将来放流先の同意が得られることを慮つて、従前の水洗便所を建築計画上そのまま残し、新たに汲取り便所の建築を追加的に申請した場合、建築主事としては、水洗便所、汲取り便所双方の建築基準関係法規の適合性を審査し、適合している場合には双方の便所を併設する建築物(ただし、水洗便所はし尿浄化槽がないから事実上使用ができない。)として建築確認すべき義務を負うものである。したがつて被申立人が、参加人マルセンの水洗便所と汲取り便所を併設する建築の確認申請に対し、水洗便所、汲取り便所とも建築基準関係法規の技術的規制に違反している点は見出せないとしてなした本件確認処分には、申立人ら主張の違法はなく、この点に関する申立人らの主張は、理由がない。
(三) 保健所長に対する通知の欠缺
建築物における衛生的環境の確保に関する法律二条一項に規定する特定建築物には、同法施行令一条により、百貨店、店舗等のうち売場面積延べ三〇〇〇平方メートル以上の建築物が含まれることになる。前認定のとおり、本件建築物は延べ面積約二万三〇〇〇平方メートルのシヨツピングセンターであり、その大部分が売場であるから右にいう特定建築物に該当し、建築主事は、建築基準法九三条四項により建築確認申請書の受理後遅滞なく当該申請にかかる建築物の工事施行地を管轄する保健所長に通知しなければならないところ、疎明によれば、本件処分以前に、被申立人から笠岡保健所長に対する右通知は行なわれなかつたことが一応認められる。
ところで、建築主事による保健所長に対する通知がなされなかつたことが建築確認処分の効力にどのように影響するかを検討するに、一方で、建築基準法九三条一項は、申請にかかる建築物が消防関係法規に適合するものかどうかの客観的判断を消防の専門家に検討させ、防火上十全を期する趣旨から確認にかかる建築物の工事施行地の消防長等の同意を得なければ確認をすることが出来ないと規定するのに対比し、同条四項は建築主事が特定建築物に該当する建築物に関して確認申請書を受理した場合、遅滞なく工事施行地を管轄する保健所長に通知しなければならないと規定し、同条五項は保健所長は必要があると認める場合においては確認について、建築主事に意見を述べることができると規定するのみである。
右に述べた消防長等の同意と保健所長への通知に関する規定を比較すると、消防長等の同意は建築確認の効力要件であるのに対し、保健所長に対する通知は、その効力要件でないことは明らかである。
従つて、右通知を欠いたからといつて本件確認処分の効力に消長を来たすものではないから、この点に関する申立人らの主張は理由がない。
(四) 強迫ないし裁量権濫用
疎明によれば、参加人マルセンは、し尿処理方式を水洗便所から汲取り便所に計画変更することとし、昭和五四年二月二〇日ころ、参加人マルセンの役員数名が岡山県土木部を訪れ、被申立人らから、『笠岡マルセン開発(株)の建築確認申請に係る建築設備の変更については、これが設計内容の変更事項(汲取方式に変更)であるので、当該変更設計図書が作成され、経由官庁である笠岡市(市長の意見を添付)を経由して、県へ提出された時は、内容を審査のうえ、直ちに確認いたします。』と記載した念書を取つていること、同月二四日(土曜日)には、汲取り便所に計画変更した確認申請を笠岡市を経由して岡山県土木部建築課に提出し、約二、三時間接渉の末、執務時間を過ぎた午後二時ころ、同月二六日付で先日付の本件確認通知書が作成されたことが一応認められる。
しかしながら、建築確認通知とは、既に述べているように行政庁たる建築主事が申請にかかる建築物の計画について、それが建築関係法規に適合する旨を宣言する準法律行為的行政行為であり、その裁量性はないものと解されるので、建築確認通知がなされる過程における瑕疵は、それが内容的に建築基準関係法規の適合性の判断を誤らせた場合には取消原因にあたるとしても、そうでない場合は確認通知の効力に何らの消長を来たすものではないといわざるをえない。そして申立人らは、被申立人が右法規適合性の判断を誤つた旨の主張はしないのであるから、この点に関する申立人らの主張は理由がない。
(五) 公害関係法規違反
建築基準法六条一項によれば、建築主事は建築計画が当該建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定に適合するかどうかを審査すべきものとされ、これはその反面建築主事は、これ以外の法令適合性の有無は審査する必要がないと解される。建築主事が審査すべき事項は、具体的には敷地、構造、設備の衛生、安全等の技術的基準に関するものであり、例えば、便所については採光・換気、便所の構造、便所と井戸との距離、し尿浄化槽の構造等である。
申立人らの主張する公害関係各法規違反の点は、敷地、構造、設備の衛生、安全に関する技術的基準に関するものとはいえず、建築主事の審査の対象にはならず、この点に関する申立人らの主張はそれ自体理由がない。
4 結局、申立人らが本件処分の取消理由として主張する違法事由はいずれも理由がなく、他に本件処分が具体的に建築基準関係法令の技術的基準に違反している旨の何らの主張、立証もない。
三 以上によれば、本件処分の取消を求める本案訴訟については、勝訴の見込がないというべきであるから、その余の判断をするまでもなく申立人らの本件申立はいずれも却下を免れず、申立費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 早瀬正剛 大内捷司 松本史郎)
当事者目録、申請書、申立補充書、反論書、意見書、意見補充書(一)及び意見書<省略>