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岡山地方裁判所 昭和57年(わ)197号 判決 1982年5月10日

被告人 鍋倉幸良

昭二四・一二・二二生 無職

主文

被告人を懲役四年に処する。

未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入する。

押収してある覚せい剤結晶九袋(昭和五七年押第一〇号の一ないし九)を没収する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  税関長の許可を得ないで覚せい剤を輸入し国内で販売して利を得ようと企て、昭和五六年一月下旬ころ、韓国在住の知人の曹泰国に覚せい剤の密売人の紹介を依頼し、同年三月一六日ころ、韓国釜山市内のホテルにおいて、右曹の紹介した釜山市内の民芸品販売経営者李・チヨン・ヨンと右曹と共に会い、被告人において右李に対し密輸入の計画を打ち明けて覚せい剤の売却を申し込んだところ、右李は税関での発覚を恐れて被告人が持ち帰ることに難色を示し、話し合いの末、覚せい剤は李の責任において本邦に送り、国内で被告人がこれを受け取ることなどを取り決めて右三者間で覚せい剤の無許可輸入を共謀し、次いで右李は韓国在住の覚せい剤密売人全某にその運搬を依頼し、さらに同年四月二四日ころ、釜山市内の旅館において、右全は韓国鮮魚運搬船第三一友成号の操機手李鉉周に対して、フエニルメチルアミノプロパン塩酸塩を含有する覚せい剤結晶二二一・二グラムを手渡して本邦への運搬と被告人への交付を依頼し、右李鉉周において、同月二五日韓国馬山港停泊中の前記第三一友成号船内に右覚せい剤結晶を持ち込み、同日午後一時三〇分ころ、右第三一友成号に乗り組んで本邦宇野港に向け馬山港を出港し、その後間もなく、右李鉉周の依頼により情を知つた同船機関長姜昌成が右覚せい剤結晶を同船機関室内の右舷油タンクと側壁間に隠匿し、ここにおいて、被告人、曹泰国、李・チヨン・ヨン、全某、李鉉周、姜昌成は、順次無許可で覚せい剤を輸入することの共謀を遂げ、李鉉周、姜昌成において、右覚せい剤結晶を隠匿所持して、同月二七日午前一〇時ころ、山口県下関市所在の門司検疫所六連連絡所付近の本邦領海内にはいり、瀬戸内海を経て宇野港に至り、同月二八日午前九時三〇分ころ、岡山県玉野市宇野一丁目七番地所在の宇野港県営第二桟橋に繋留中の前記第三一友成号の船内において、船上通関のため来船した神戸税関宇野税関支署係員に対し、前記の如く覚せい剤を隠匿所持していたにもかかわらず、同船船長黄漢一を介し、輸入申告すべきものとしては、右姜においてたばこ六〇本の右李鉉周においてたばこ一〇〇本のほか何も携帯していない旨申告し、税関長の許可を受けないで前記覚せい剤を輸入しようとしたが、そのころ、船内検査にあたつた同支署係員に右覚せい剤を発見領置されたため、その目的を遂げなかつた

第二法定の除外事由がないのに、営利の目的で、

一  別紙一覧表記載のとおり、昭和五六年九月一四日ころから同年一一月一〇日ころまでの間、前後一一回にわたり、名古屋市中村区則武一丁目二〇番一六号富美屋マンシヨン四階四〇五号室ほか一ヵ所において、金子順次に対し、フエニルメチルアミノプロパン塩酸塩を含有する覚せい剤結晶合計約四六・四グラムを代金合計五八万円で譲り渡した

二  同年一一月一四日ころ、同市中区東桜二丁目二三番二二号名古屋金谷ホテル付近路上を走行中の普通乗用車内において、金子澄子に対し、前同様の覚せい剤結晶約一・六グラムを代金二万円で譲り渡した

三  同月一六日ころ、同市中村区椿町六番九号エスカ地下街出入口付近において、同女に対し、前同様の覚せい剤結晶約二・四グラムを代金三万円で譲り渡した

四  同月一八日ころ、右同所付近において、同女に対し、前同様の覚せい剤結晶約二・四グラムを代金三万円で譲り渡した

第三  法廷の除外事由がないのに、同年一一月二五日午後四時ころ、静岡県内を走行中の同日午後三時二四分東京発岡山行の国鉄新幹線ひかり一五七号の七号車便所内において、フエニルメチルアミノプロパンを含有する覚せい剤結晶約〇・〇二グラムを溶解した水溶液を自己の身体に注射し、もつて覚せい剤を使用した

第四  法定の除外事由がないのに、営利の目的で、同年一一月二六日、名古屋市中村区名駅一丁目一番四号の国鉄新幹線名古屋駅構内のコインロツカー(番号・名弘新幹線北四一二三号)内に、フエニルメチルアミノプロパン塩酸塩を含有する覚せい剤結晶九袋約七・四三グラム(昭和五七年押第一〇号の一ないし九)を隠匿所持した

ものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為のうち覚せい剤の輸入未遂の点は刑法六〇条、覚せい剤取締法四一条三項、一項一号、二項、一三条に、無許可輸入未遂の点は刑法六〇条、関税法一一一条二項、一項に、判示第二の一の別紙一覧表1ないし11、及び、判示第二の二ないし四の各所為はいずれも覚せい剤取締法四一条の二第一項二号、二項、一七条三項に、判示第三の所為は同法四一条の二第一項三号、一九条に、判示第四の所為は同法四一条の二第一項一号、二項、一四条一項にそれぞれ該当するところ、判示第一の覚せい剤輸入未遂の所為と無許可輸入未遂の所為は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い覚せい剤輸入未遂罪の刑で処断することとし、判示第三の罪を除く各罪につきいずれも所定中有期懲役刑のみを選択し、以上は全て同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第一の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をし、その刑期の範囲内で被告人を懲役四年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数のうち一〇〇日を右の刑に算入することとし、押収してある覚せい剤結晶九袋(昭和五七年押第一〇号の一ないし九)は、判示第四の罪に係る覚せい剤で犯人の所有するものであるから、覚せい剤取締法四一条の六本文によりこれを没収し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。

(一部無罪の理由)

本件公訴事実中、昭和五七年二月四日付起訴状記載の公訴事実は、

被告人は、韓国釜山市内の民芸品販売店経営者李・チヨン・ヨン、韓国鮮魚運搬船第三一友成号の機関長姜昌成、同船の操機手李鉉周及び韓国在住の全某らと共謀のうえ、営利の目的をもつて、税関長の許可を受けないで、覚せい剤を本邦に輸入しようと企て、右姜及び右李において、昭和五六年四月二五日午後一時三〇分ころ、フエニルメチルアミノプロパン塩酸塩を含有する覚せい剤結晶二二一・二グラムを携帯して韓国馬山港から右第三一友成号に乗り組んで同港を出港し

第一  法定の除外事由がないのに、同月二七日午前一〇時ころから同月二八日午前九時三〇分ころまでの間、山口県下関市六連島大字船着所在の門司検疫所六連連絡所付近の本邦領海内に入り、瀬戸内海を経て岡山県玉野市宇野所在の宇野港に至り、同市宇野一丁目七番地所在の宇野港県営第二桟橋にけい留した前記第三一友成号の船内において、ビニール袋に収納した前記覚せい剤を同船機関室内の右舷油タンクと側壁間に隠匿して所持した

第二  同日午前九時三〇分ころ、前記宇野港県営第二桟橋にけい留中の前記第三一友成号の船内において、船上通関のため来船した神戸税関宇野税関支署係員に対し、前記の如く覚せい剤を隠匿所持していたにもかかわらず、同船船長黄漢一を介し、輸入申告すべきものとしては、右姜においてたばこ六〇本、右李鉉周においてたばこ一〇〇本のほか何も携帯していない旨申告し、税関長の許可を受けないで、前記覚せい剤を輸入しようとしたが、そのころ船内検査にあたつた同支署係員に右覚せい剤を発見領置されたため、その目的を遂けなかつた

ものである。

というものであり、右公訴事実によれば、検察官は、覚せい剤取締法一三条所定の「輸入」の所為の実行の着手時期を通関手続に入る等の陸揚げに密着した行為を開始した時点に求め、それ以前の本邦領海内における同一の覚せい剤所持は右の輸入とは全く別個の所為として捉え、右覚せい剤所持罪と輸入罪がそれぞれ別の時期に成立して両罪は併合罪となるとの見解の下に本件を起訴したものであることが明らかである。

しかしながら、同法一三条所定の「輸入」の意義は、同法の目的やその用語の通常の用法、実行行為の明確性等の諸点を勘案すると、右のように陸揚げ及びこれに密着した行為のみに限定するのは相当でなく、本邦内に搬入するための一連の行為を全体として捉え、本件のように船舶の乗組員が覚せい剤を隠匿所持して輸入する場合には、遅くとも本邦の港を目指して隠匿所持したまま本邦領海内に達した段階では実行の着手があるものと解すべきである。

そして、覚せい剤を輸入する場合においては、半ば必然的に覚せい剤を所持することとなるが、前述のように覚せい剤輸入罪を解すると、少なくとも、本邦領海内に至つた後のその所持は輸入罪の実行行為の一部を構成するものと考えられるので、覚せい剤輸入罪が成立するときは、そのための右の範囲における覚せい剤の所持は別個に覚せい剤所持罪を構成しないものと言わざるをえない。

従つて、前記公訴事実第一の、覚せい剤を輸入するため下関市付近から通関手続前の宇野港までの本邦領海内における覚せい剤所持の所為は、判示第一(前記公訴事実第二)の覚せい剤輸入罪の実行行為の一部であつて別罪を構成しないから、右公訴事実第一につき被告人は無罪であるが、右のように、右無罪の公訴事実が別の有罪の訴因の一部を構成しているので特に主文において無罪の言渡をしない。

(量刑の理由)

本件は主として営利目的による覚せい剤事犯であり、被告人は自己の事業資金を捻出するためなどの目的で判示第一の覚せい剤二〇〇グラム余りの輸入未遂の所為に及び、更に、その後の機会に入手した多量の覚せい剤を売り捌き(判示第二の所為)、その一部は自己も使用していた(判示第三の所為)というのであつて、しかも、前掲各証拠によれば、被告人の売り捌いた覚せい剤は、その大部分が末端の使用者によつて費消されていることが窺われ、覚せい剤使用の弊害は多言を要するまでもなく近時深刻な社会問題になつている折に、厳しく規制されているがゆえに暴利を貪れることに目をつけ、極めて安易な動機から覚せい剤の輸入を画策し、手に入れた覚せい剤を売り捌いていた被告人の刑事責任は極めて重大なものであると言わざるをえない。また、被告人は覚せい剤の輸入元で国内の密売グループの最上部に位置している者であるところ、覚せい剤事犯が跡を断たず、その源である輸入事犯の摘発が極めて困難である現下の状況に鑑みると、一般予防上も被告人に対し厳しく臨むことはやむをえないものと思料される。

しかしながら、被告人には、これまで前科前歴が全くないことや、本件が暴力団等の堅固な密売組織を背景にしたものではないこと、また度重なる渡韓等のために多額の費用がかかり、しかも、売掛残が多かつたため、覚せい剤密売の利得がさほど存しなかつたことなど被告人に有利な情状も存するので、右のような事情に鑑みて罰金刑は併料せず、かつ、主文程度の刑期にとどめるのを相当と思料した次第である。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 岩野寿雄 大濱惠弘 大島隆明)

別紙 一覧表(略)

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