岡山地方裁判所 昭和61年(行ウ)11号 判決 1991年4月24日
岡山市学南町二丁目四番七二号
原告
株式会社貝原商店
右代表者代表取締役
貝原恒世
右訴訟代理人弁護人
平松掟
岡山市伊福町四丁目五番三八号
被告
岡山東税務署長事務承継者 岡山西税務署長 佐藤信久
右指定代理人
大西嘉彦
同
長安正司
同
菊間徹
同
井上繁正
同
景山高資
同
小坂田英一
同
米田満
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の請求
岡山東税務署長が原告に対し、昭和五九年九月二九日付けでした原告の昭和五六年七月一日から昭和五七年六月三〇日までの事業年度の法人税の更正処分及び重加算税賦課決定処分並びに右事業年度以後の青色申告の承認の取消処分をいずれも取り消す。
第二事案の概要
一 (争いのない事実)
1 原告は、婦人服の卸、贈答品の販売を業とし青色申告の承認を受けた会社であるところ、原告は、訴外安部光代(以下単に「光代」という)から別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という)の一部を賃借し、福山支店として使用していたが、光代の要請を受け昭和五七年一月一二日付けで右賃貸借契約を合意解約するとともに、光代から立退料を受け取って本件建物から立ち退き、同店を現所在地に移転した。
2 原告は、岡山東税務署長に対し、昭和五六年七月一日から昭和五七年六月三〇日までの事業年度における法人税につき、右立退料は六〇〇万円であるとしてこれを雑収入として益金の額に算入し、所得金額六七一万八三四二円、納付税額一六六万二七〇〇円の確定申告をした。ところが、右税務署長は、右申告所得金額中、原告の福山支店が実際には二六〇〇万円の立退料を受領しているのに、六〇〇万円しか受領していない旨の虚偽の確定申告をしているとして、原告に対する青色申告の承認を取り消したうえ、右申告所得金額に右立退料の差額二〇〇〇万円を加え、また青色申告の承認を受けた法人のみに損金算入が認められていた価格変動準備金の積立額二一万三〇〇〇円の損金算入を否認し、所得金額を二六九三万一三四二円、納付税額を九九九万八三〇〇円とする法人税の更正処分及び二四八万一〇〇〇円の重加算税の賦課決定処分を行った。原告は、本訴提起後、右税務署長の管内から被告の管内に住所を移したので、被告が右税務署長から本件に係る事務を承継した。
二 (争点)
原告が受領した右立退料は六〇〇万円か、それとも二六〇〇万円か。
第三争点に対する判断
一 証拠(乙四、五、九、一五、一六の1、2、一七の1、2、一八の1ないし3、一九の1ないし5、二〇の1ないし6、二四の1、2、二六、二七の1ないし3、二八の1ないし4、三〇の1ないし4、三七ないし三九、証人安部光代、同安部龍夫、同宮本良二、弁論の全趣旨)並びに争いのない事実を綜合すれば、次の事実を認めることができる。
1 本件建物は、昭和三三年頃新築されたが、本件建物の一階は、中央部分が土足で歩ける通路になっており、通路の両側が合計一一区画に区分された貸店舗となっていた。原告は、本件建物が建築されてから間もなく、その一階の一区画を賃借し、原告の福山支店として婦人服の販売を始めた。その後、除々に賃借の範囲を拡げ、昭和五六年頃には一階の五区画以上を賃料月額七万八〇〇〇円で賃借していた。
2 昭和五六年当時、本件建物一階の他の区画には、衣料品店の縄稚恵美子(以下「縄稚」という。)、子供服販売店の本郷正良(以下「本郷」という。)がそれぞれ賃借人として入居しており、残りの区画は空き店舗となっていた。
3 ところで、光代の夫である、安部毅の友人であった宮本良二(以下「良二」という。)は、昭和五五年に光代から、相続税等の多額の税金を滞納していることについて相談を受けた。そこで、良二は、光代の所有する不動産のうち、一部の土地を残し、本件建物とその敷地を含む残りの不動産を売却処分して得た資金の一部を右税金の支払に充てるとともに、売却処分しない土地上に残りの資金の一部でビジネスホテルを建設してホテル営業をすることを提案し、光代は、右提案に賛成した。そこで、右計画を実行するため、本件建物内の前記賃借人らを立ち退かせることが必要になり、良二が右立退き交渉を担当することになった。
4 原告との立退き交渉は、良二とその息子の宮本真平(以下「真平」という。)が、当初は、被告福山支店の店長である石原四郎(以下「石原」という。)との間で行ったが、その交渉過程で、石原は、一億円もらっても立ち退かない旨話していた。右交渉は一時中断され、その後、真平と原告代表者の貝原恒世(以下「貝原」という。)との間で交渉を重ねた結果、昭和五六年一二月頃、原告が立退料二六〇〇万円で本件建物から立ち退く旨の合意が成立した。その際、税金対策のため、右立退料二六〇〇万円のうち、六〇〇万円だけは税務署等に知られてもよい表の取引分とし、残りの二〇〇〇万円は税務署等に知られないように裏金とすることに合意し、光代側もこれを了承した。
5 右合意に基づき、右二六〇〇万円の立退料を三回に分けて原告に支払うこととし、第一回目は、昭和五七年一月一二日、JR福山駅近くの喫茶店に光代、真平、貝原らが集まり、光代振出しの額面一〇〇万円の小切手を貝原に交付し、貝原は光代宛の一〇〇万円の領収証を交付した。また、第二回目は、同月三〇日、真平の経営する会社の事務所に第一回目と同様の者が集まり、表の取引分として三〇〇万円、裏金として一〇〇〇万円の合計一三〇〇万円を現金で貝原に手渡し、貝原は、このうち表の取引分三〇〇万円のみについて光代宛の領収証を交付した。さらに、第三回目は、同年二月一二日、右事務所に前二回と同様の者が集まり、表の取引分として二〇〇万円、裏金として一〇〇〇万円の合計一二〇〇万円を現金で貝原に手渡し、貝原は、このうち表の取引分二〇〇万円のみについて光代宛の領収証を交付した。また、良二は、光代から預っていた安部毅名義の広島信用金庫福山光南支店の普通預金口座から、第二回目の支払日である同年一月三〇日に一〇〇〇万円と一六〇〇万円の各払戻しを受け、第三回目の支払日である同年二月一二日に一二〇〇万円の払戻しを受けている。
6 貝原は、右立退料を全額受領した後、光代方を訪れて同女の息子である安部龍夫に対し、右裏金の二〇〇〇万円について光代側が修正申告すれば税金が半分で済むのでその税金を双方折半で負担しよう、と持ち掛けたことがあった。
7 昭和五六年頃の原告の本件建物における売上高は年間一億円位であった。また、原告は、本件建物を立ち退かなければならないため、昭和五七年二月一二日に同じ福山市内の建物を代替店舗用に賃借したが、その敷金は六〇〇万円であり、右敷金を同年一月一二日一〇〇万円、同月三〇日三〇〇万円、同年二月一二日二〇〇万円の三回にわたりいずれも石原振出の小切手で賃借人に支払った。さらに、原告は店舗移転に二日間程度を要してその間休業するとともに、右移転費用、移転先の店舗の改装費用を支出し、また、良二に対しても手数料として二〇万円を支払った。
8 原告とほぼ同じ時期に本件建物から立ち退いた子供服販売店を営む本郷は、本件建物の一番奥の一区画半を賃借していたが、その立退きのための交渉は二回行われ、その間に本郷の側から立退料の具体的金額を提示して要求したことはなく、二回目の交渉で立退料を三二〇万円とする合意に達した。右立退料については、表の立退料として一五〇万円、裏金を一七〇万円とし、その際作成された賃貸借解約契約書と領収証には、いずれも表の立退料一五〇万円のみが記載された。また、本件建物のすぐ近くにある光代外数名の共有土地の借地人である後藤定に対しても、原告とほぼ同じ時期に真平らが明渡交渉をしたが、その際も、表の明渡料として三〇〇〇万円、裏金として一〇〇〇万円が支払われた。
二 右認定事実によれば、原告が受領した右立退料は表の取引分六〇〇万円と裏金二〇〇〇万円とを合計した二六〇〇万円であると解するのが相当である。
尤も、原告は右立退料が六〇〇万円であると主張し、右主張に副う証拠(乙二一、二三、二五、原告代表者)が存するが、原告代表者の供述は、本件立退料に対する基本的な点について曖昧、不自然なところが数多く存在するのみならず、原告が相当長期間にわたって本件建物のかなりの範囲(昭和五六年当時は一一区画中の五区画以上で、本件建物の表道路側の区画を含む。)を賃借してきた実績があるうえ、本件当時、原告の賃借権自体について本件建物からの立退きを余儀なくされるような法的な問題点があったわけでもなく、その当時の原告の本件建物における年間売上は約一億円にも達していたのであり、しかも、第三回目の立退料の支払日に、原告は移転先の店舗に関する賃貸借契約を締結しているが、右契約では、敷金だけでも六〇〇万円が必要で、その他にも店舗移転に伴って休業損害、移転費用、新店舗の改装費用等のかなりの負担、出費を要したことは明らかであり、これらの諸事情にもかかわらず、原告が六〇〇万円の立退料で了承したというのは不自然である。しかも右敷金については、本件立退料を受領した日である昭和五七年一月一二日、同月三〇日、同年二月一二日の三回にわたり、貝原が作成した領収書の金額と同一の金額が支払われているのであり、このことからすると、本件立退料のうち、敷金に充てられた金額を表の取引として領収書を作成し、後は裏金として処理したと推認できる。さらに、第二回目、第三回目の立退料の各支払日と同じ日に安部毅名義の普通預金口座から多額の出金がされており、原告と同時期に立退料を受け取って立ち退いた他の二名の賃借人に対しても、それぞれ表の立退料の他に裏金が交付されているうえ、右賃借人のうち、賃借範囲が本件建物の一区画半で、しかも、商売上不利であると思われる本件建物の一番奥を賃借していた本郷については、比較的短期間の交渉で立退料を三二〇万円とする合意に達しているのに対し、原告の賃借範囲は本郷よりも相当広く、その賃借部分も商売上有利な本件建物の表道路側部分を含んでおり、しかも、立退きの交渉についても本郷とは異なり、交渉を重ねた結果、立退料の合意に達していることを併せ考えると、原告の立退料が六〇〇万円であったとするのは相当でなく、二六〇〇万円であったというべきである。
三 してみると、原告は二六〇〇万円の立退料を受領しながら、これを六〇〇万円であると虚偽の確定申告をなしたものであるから、被告のなした本件各処分は有効であり、原告の請求は理由がない。
(裁判長裁判官 將積良子 裁判官 安原清蔵 裁判官太田尚成は退官のため、署名、押印ができない。裁判長裁判官 將積良子)
物件目録
福山市伏見町六二番地
家屋番号 六二番七
木造スレート葺二階建店舗
床面積 一階 一三八・八四平方メートル
二階 三九・六六平方メートル