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岡山地方裁判所 昭和62年(ワ)91号 判決 1991年9月03日

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

平松敏男

木津恒良

林俊夫

森脇正

長谷川修

火矢悦治

河村英紀

被告

株式会社新潮社

右代表者代表取締役

佐藤亮一

被告

後藤章夫

高澤恒夫

土屋守

右四名訴訟代理人弁護士

多賀健次郎

島谷武志

中村幾一

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金五五〇万円及びこれに対する昭和六一年一二月一八日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告株式会社新潮社は、原告に対し、別紙一記載の謝罪広告を同被告発行の写真週刊誌フォーカスに別紙二記載の条件で一回掲載せよ。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  第一項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、昭和五一年一二月二三日不動産鑑定士第三次試験に合格し、同五二年三月一〇日不動産鑑定士の登録を受け、同五四年四月一日岡山市内に甲野不動産鑑定士事務所を開設して、不動産鑑定士の業務を営んでいる者である。

(二) 被告株式会社新潮社(以下「被告新潮社」という。)は、書籍雑誌の出版等を目的とする株式会社であって、写真週刊誌フォーカス(以下「フォーカス」という。)を発行している者である。

被告後藤章夫(以下「被告後藤」という。)は、フォーカスの編集長であり、被告高澤恒夫及び同土屋守(以下「被告高澤」、「被告土屋」という。)は、フォーカスの記者であって、共同して後記の本件記事を取材した者である。

2  記事及び写真の掲載

被告新潮社は、昭和六一年一二月一八日発売のフォーカス(一二月二六日号)において、表紙に「ワイド特集『師走の疑惑』」との表題を付し、目次に「不動産鑑定士の詐術が支える『黒い抵当証券』」との見出しを付けて、その八頁に原告の写真(以下「本件写真」という。)を付した別紙三記載の記事(以下「本件記事」という。)を掲載した。

3  名誉毀損

本件記事は、原告が、真実は不動産抵当證券株式会社から依頼されて岡山市内の土地を鑑定評価したものであるのにもかかわらず、株式会社丸和モーゲージ(以下「丸和モーゲージ」という。)から依頼され、あるいは丸和モーゲージと結託して、故意に岡山市内の土地を不当に高く鑑定評価したとの印象を一般読者に与えるものであり、原告の社会的評価及び不動産鑑定士としての社会的信用を著しく低下させ、原告の名誉を毀損するものである。

4  肖像権侵害

本件写真は、原告に無断で撮影、掲載されたものであって、原告の肖像権を侵害するものである。

5  被告らの責任

(一) 被告高澤及び同土屋は、本件記事を取材するにあたり、本件記事が真実でないことを知っていたか、または、その真実性について充分に調査すべきであるのにこれを怠った。

(二) 被告後藤は、編集長として、本件記事を編集するにあたり、被告高澤及び同土屋の取材による本件記事の真実性について充分に調査すべきであるのにこれを怠った。

(三) 被告新潮社は、被告後藤、同高澤及び同土屋の使用者として使用者責任を負うものである。

6  損害

(一) 原告は、被告らの名誉毀損及び肖像権侵害によって精神的苦痛を被ったところ、これに対する慰藉料は五〇〇万円が相当である。

(二) 原告の名誉を回復するには、被告株式会社新潮社に対し、請求の趣旨第二項記載の謝罪広告を命ずるのが適当である。

(三) 原告は、原告訴訟代理人に対し、本訴の提起及び追行を委任し、報酬として五〇万円の支払いを約した。

よって、原告は、被告らに対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、それぞれ損害金五五〇万円及びこれに対する不法行為の日である昭和六一年一二月一八日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めるとともに、被告新潮社に対し、民法七二三条に基づき、謝罪広告の掲載を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)及び(二)の各事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実は否認する。

4  同4は争う。

5  同5(一)ないし(三)は争う。

6  同6(一)及び(二)は争う。

同6(三)の事実は知らない。

三  抗弁

1  事実の公共性

本件記事の掲載の当時、昭和六一年一〇月に倒産した丸和モーゲージが発行していた岡山市郡三〇〇六番他五筆の土地(以下「本件土地」という。)の抵当証券に関し、本件土地は、抵当証券の交付申請に添付されていた原告作成の鑑定評価書によれば約三六億円と評価されているが、実際には、同年二月ころまでに約一〇億円で売買されたものにすぎず、原告が本件土地を不当に水増し評価した疑いがもたれており、国土庁も原告を不動産鑑定評価法違反の疑いで調査していた。

本件記事は、右の事実に関するものであるところ、不動産鑑定士の公共的性格、抵当証券における鑑定評価書の重要性及び抵当証券の社会的問題化などに鑑みれば、本件記事の対象が、社会一般の関心事すなわち公共の利害に関する事実であることは明らかである。

2  目的の公益性

本件記事は、原告の私生活の暴露及び個人攻撃を内容とするものではなく、原告の不動産鑑定士としての業務に関する事実を内容とするものであって、本件記事の掲載は、公益を図る目的に出たものである。

3  記事内容の真実性

(一) 本件記事の主要な部分は、原告が時価の三倍を上回って不当に土地を鑑定評価したことにより、丸和モーゲージを手助けしたことになり、その結果、国土庁長官から懲戒処分を受ける見込みであるというものである。

(二) 原告が土地を不当に高価に鑑定評価したことは、被告高澤らの取材の結果、国土庁長官が昭和六一年一二月一七日本件土地の鑑定評価に関し相当な注意を怠り不動産の不当な鑑定評価を行ったことを理由にして原告を一〇か月の業務禁止の懲戒処分に処したことなどからすれば明らかである。

(三) 本件記事は、原告に土地の鑑定評価を依頼したのが誰であるかについては全く事実を摘示していない。なぜなら、不動産鑑定評価書は依頼者のみならず広く取引上の第三者の利害に影響を及ぼすものであって、依頼者が誰であるかは重要ではないからである。また、被告高澤らも、取材の結果、原告の作成した土地の鑑定評価書の依頼者が丸和モーゲージではなく不動産抵当證券株式会社であることを充分に了知していたところである。

原告の不当な鑑定評価が丸和モーゲージの商法を支えたことからすれば、原告がその社会的責任を厳しく追求されることは当然であり、「詐術」、「片棒担ぎ」、「手助けをした」、「深ーく関わっていた」などといった表現は、原告の丸和モーゲージ事件に対する関わり方の表現として公正な批評といいうるものである。

4  記事内容が真実であると信じるについての理由の相当性

(一) 昭和六一年一二月一三日、フォーカスの編集会議において、ワイド特集「師走の疑惑」企画の一つとして、「丸和モーゲージの不動産鑑定士」を取り上げることになり、被告高澤及び同土屋が取材の担当者となった。

(二) 被告高澤らは、当時すでに報道されていた新聞記事を調査したところ、原告の鑑定評価は時価の三倍にも及ぶ不当な水増し鑑定であること、国土庁は不動産鑑定士に対する処分を考えていること及び丸和モーゲージが発行した担保価値の低い抵当証券によって多数の被害者が出ていること等が判った。

(三) 被告高澤らは、同月一四日、カメラマンの小平尚典(以下「小平」という。)と共に岡山市に赴き、まず、原告の鑑定評価した本件土地の価格を調査した河田英正弁護士に面会して、原告の鑑定評価が不当なものであることなどの説明を受けた。そして、被告高澤らは、同日、原告の自宅を訪問して、原告に取材を申し入れたが、原告が拒絶したため取材することはできなかった。その際、被告高澤らが、応対に出た原告の妻の甲野花子に対して威圧的な態度を示したことはない。

(四) 翌一五日、被告高澤らは、再度、取材のため原告の事務所に赴いたが、原告が不在であったので、やむなく原告本人に対する取材を断念した。そして、被告高澤らは、岡山地方法務局において、本件土地の登記簿謄本の交付を受けると共に、原告の作成した本件土地の鑑定評価書を閲覧した。

その後、被告高澤は、同日午前、岡山市を発って帰京し、国土庁及び日本不動産鑑定協会を取材した。また、被告土屋は、岡山市内で原告の代理人である平松敏男弁護士から取材をしようと試みたが、同弁護士の不在等のため面会することができず、同日午後、岡山を発って帰京した。

被告高澤らは、同日夕刻、丸和モーゲージ被害者の会の米川長平弁護士から、丸和モーゲージによる被害状況、原告の鑑定評価の不当性などについて取材した。

(五) 被告高澤らの以上の取材に基づいて、編集部員である多賀龍介が本件記事を執筆したものである。

5  写真の撮影及び掲載の相当性

本件写真は公道で歩行中の原告の姿を撮影したものであるから、本件写真の撮影方法は、社会的相当性の範囲内にとどまるものである。本件写真は、本件記事を補充しこれと一体となるものであって、本件記事と同様に、これを掲載することは公共性及び公益性を有するものである。また、本件記事の事実が社会一般の重大な関心事であることからすれば、原告はこれに関しては公的な存在というべきである。したがって、本件写真の撮影及び掲載は違法ではない。

四  抗弁に対する認否及び主張

1  抗弁1及び同2は争う。

フォーカスは商業主義的なスキャンダル雑誌であり、本件記事を含む「ワイド特集『師走の疑惑』」自体も、その内容から見れば、専ら読者の娯楽的興味に答えようとするものであることは明らかである。本件記事は、他の報道機関に先がけて、原告の実名及び写真を暴露することに主眼を置いたものであって、公共性もなく、また、もっぱら公益を計る目的に出たものではない。

2  同3は争う。

(一) 本件記事は、目次の「不動産鑑定士の詐術が支える『黒い抵当証券』」などといった表現により、原告が「故意」に「不当鑑定」を行ったとの理解を一般読者に与えるものである。また、本件記事の「支える」、「片棒担ぎ」、「深ーく関わっていた」などといった表現は、原告と丸和モーゲージとの関係について、原告が丸和モーゲージと結託ないし共謀したとみられる深い関係を持ち、丸和モーゲージの依頼により水増し鑑定を行ったなどといった印象を与えるものである。

(二) しかしながら、原告が「故意」に「不当鑑定」を行った事実はない。国土庁長官の原告に対する懲戒処分も、原告に不動産鑑定評価をする際に過失があったことを理由とするものであり、また、原告が時価の三倍を上回る不当な鑑定をしたとはいっていない。

(三) また、原告と丸和モーゲージとの関係についての事実関係は、不動産抵当證券株式会社の依頼によって原告が作成した鑑定評価書が、原告の全く関知しないままに丸和モーゲージの抵当証券の発行に流用されたものであって、本件記事を読んだ一般読者が読み取るであろう事実関係とは大きく異なっているものである。

3  同4は争う。

被告高澤らは、原告と丸和モーゲージとの関係を記事にするのならば、丸和モーゲージの関係者にも取材をすべきであるのにこれをしなかった。被告高澤らは、その取材によっても、原告が丸和モーゲージと直接に何らかの関係にあったことは明らかにならず、しかも、原告の妻らに対する取材によって、鑑定評価の依頼者は不動産抵当證券株式会社であって、原告は丸和モーゲージとは全く関係がないことがわかっていたにもかかわらず、推測で「原告と丸和モーゲージは深い関係がある。」などといった内容の記事を掲載したものであって、本件記事の事実関係を真実であると信じる相当性はない。

4  同5は争う。

本件においては、原告の写真を掲載することによって記事の内容である事実が明確になるものでも補強するものではなく、そもそも本件記事に原告の写真を掲載する必要性はなかったものである。

第三  証拠<略>

理由

一請求原因1(当事者)及び同2(記事及び写真の掲載)の各事実は、当事者間に争いがない。

二請求原因3(名誉毀損)及び抗弁1ないし4(違法性阻却事由)について

1  請求原因3(名誉毀損)について

本件記事の内容は当事者間に争いがないところ、本件記事の摘示する事実が原告に対する社会的評価を低下させるに足りるものであることは明らかであり、本件記事の掲載は原告の名誉を毀損するものであるということができる。

2  抗弁1(事実の公共性)について

本件記事の摘示する事実は、原告が丸和モーゲージの販売した抵当証券が化体する抵当権の目的物である本件土地を鑑定評価したこと、原告の本件土地の鑑定評価は不当に高額なものであること及び国土庁がこれにつき原告を不動産鑑定評価法違反で調査していることなどを主要な部分とするものであるところ、右事実は、丸和モーゲージの販売した抵当証券が実際には販売価格の価値がないことにより多数の被害者が出ることが予想されたこと及び原告の私生活上の行状ではなく不動産鑑定士としての業務活動に関するものであることからすれば、前記事実を社会に公表して、これを世に問うことは相当なものというべく、公共の利害に関する事項にあたるものというべきである。

3  同2(目的の公益性)について

本件記事は、丸和モーゲージの販売した抵当証券に関連して、原告の土地の鑑定評価に関する事実の報道、論評を内容とするものであって、原告に対する個人的な人身攻撃を含むものではなく、また、原告の実名を公表したことも、原告の鑑定評価が抵当証券の購入者に与える影響及び不動産鑑定士の公共的性格に鑑みれば、必ずしも著しく妥当性を欠くものとはいえない。本件記事は、併せて読者の娯楽的興味に応えようとする側面があることは否定できないが、そうだからといって、同時に、公共の利害に関する事実を公表して、一般社会の注意を喚起する目的のあったことを否定することはできず、本件記事の掲載は、専ら公益を図る目的にでたものというべきである。

4  同3(記事内容の真実性)及び同4(記事内容が真実であると信じるについての理由の相当性)について

(一)  <証拠略>並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

(1) 原告による土地の鑑定評価

原告は、昭和六〇年九月から同六一年三月までの間に、五回に分けて、本件土地(岡山市郡三〇〇九番、三〇一〇番、三〇〇六番、三〇一五番、三〇一一番及び三〇一六番、総面積約五万四二七九平方メートル)を合計三五億九五六九万円と鑑定評価した。

原告の鑑定評価書によれば、本件土地の近隣地域は将来的には観光、レジャー関連の商業地域として発展するものと予測し、土地に対する有効需要は根強いものがあることなどを考慮して、本件土地の最有効使用は観光、レジャー関連の店舗及び業務用地であるなどとしている。

(2) 原告が本件土地を鑑定評価するに到った経緯

本件土地は、昭和四二年二月ころに公有水面を埋め立てたものであり、もと、岡山県木材工業団地協同組合及び同組合員の木材業者らが所有していたものであるが、株式会社レブコジャパン(以下「レブコジャパン」という。)が昭和六〇年七月末ころから同六一年二月末ころまでの間に代金合計一〇億二一七五万円で売買により取得したものである。

原告は、昭和六〇年八月一六日、不動産抵当證券株式会社の代表取締役である鈴木俊彬(以下「鈴木」という。)から、不動産抵当證券株式会社がレブコジャパンに対し本件土地をレジャー商業用地として開発するための資金を融資し、本件土地に抵当権を設定したうえ抵当証券を発行するので、本件土地の鑑定評価をして欲しい旨依頼された。原告は、同日、鈴木らに案内されて、本件土地を実地に見分するなどし、その際、鈴木から、本件土地は現在は工業専用地域であるが、近々に準工業地域に用途変更される見込みであること、本件土地はレジャー商業用地として有望であり、本件土地全体を一体として開発する予定であることなどといった説明を受けた。

原告は、同年九月一四日、鈴木らとともに、岡山県土木部都市計画課を訪れ、担当職員から、本件土地の工業専用地域から準工業地域への用途変更が確実に行われる旨の説明を受け、また、鈴木から、不動産抵当證券株式会社はレブコジャパンから本件土地の造成等の業務を委託されていること、レブコジャパンは現在は本件土地を含む一帯の土地のうち一部を所有しているのにすぎないが、残りの部分も買収する予定なので、その全体を一体としてレジャー店舗用地として開発するなどといった説明を受けた。

このようにして、原告は、依頼者を不動産抵当證券株式会社として、本件土地の鑑定評価書を作成し、これを鈴木に提出した。

(3) 丸和モーゲージによる抵当証券の交付申請及び販売

丸和モーゲージは、昭和六〇年六月二四日、レブコジャパンの関係者らにより、抵当証券の発行申請、資金の貸付等を目的としてナショナル抵当証券株式会社の商号で設立された株式会社であり、その後、同六一年一〇月一日、現在の商号に変更された。

丸和モーゲージは、レブコジャパンから、同六〇年九月一八日ないし同六一年三月一三日までの間に、五回に分けて、本件土地につき、抵当証券を発行することができることを特約して、被担保債権を総額二八億七〇〇〇万円とする各抵当権の設定を受け、さらに、同六〇年一〇月一五日から同六一年四月一五日までの間に、五回に分けて、岡山法務局から、合計七通、額面総額二八億七〇〇〇万円の抵当証券の発行を受けた。

ところで、丸和モーゲージの右抵当証券の交付申請には、原告作成の本件土地の鑑定評価書が添付されていた。

丸和モーゲージは、右各抵当証券に基づいてモーゲージ証書を発行、販売していたが、同六一年九月ころ以降、マスコミなどから同社の商法の危険性などが報道されるようになって、購入者の解約が相次ぐようになり、経営状態が悪化し、同年一〇月二四日、営業所を閉鎖し、同月三〇日、債権者から同社に対する破産宣告が申し立てられ、同年一一月二六日、東京地方裁判所において破産宣告がなされた。

(4) 原告の鑑定評価に関する新聞等の報道

昭和六一年一〇月三〇日、丸和モーゲージは、本件土地を目的物とする抵当権を化体する抵当証券のモーゲージ証書を三〇億円近く販売しているが、実際には本件土地の時価は約一〇億円にすぎないこと、本件土地の鑑定評価書は不当に水増しされている疑いが強く、国土庁も事実関係の調査に乗り出したことなどの記事が新聞に掲載された。また、同年一一月一日にも、国土庁が、係官二名を岡山市に派遣して、鑑定評価の経緯について不動産鑑定士から事情を聴取するなど不動産鑑定評価法違反で調査を始めたことなどが、新聞に報道された。

さらに、同年一二月一二日、国土庁が衆議院決算委員会で、丸和モーゲージの本件土地の抵当証券について鑑定評価が水増しされており、不動産鑑定士を懲戒処分する旨答弁したことが新聞で報道された。

(5) 被告高澤らの取材

昭和六一年一二月一二日、被告新潮社のフォーカスの編集会議において、ワイド特集「師走の疑惑」企画の一つとして、丸和モーゲージの抵当証券記載の土地を鑑定評価した不動産鑑定士のことを記事として取り上げることになり、被告高澤及び同土屋が取材を担当することになった。

被告高澤らは、当時すでに報道されていた新聞記事を調査し、翌一四日、カメラマンの小平と共に岡山市に赴き、まず、原告の自宅前の路上に待機して、原告の写真を隠し取りする機会を窺っていたところ、午後一時ころから午後二時ころまでの間に、原告が外出先から帰宅してきたところを気付かれずに本件写真を撮影した。

その後、被告高澤らは、午後七時ころ、本件土地の価格を調査した河田英正弁護士に面会し、同弁護士から、本件土地の鑑定評価額はレブコジャパンが取得した代金額の約三倍になっていること、本件土地は地盤沈下の著しい土地でレブコジャパンの取得代金額のほうが妥当であること、原告の鑑定評価書の依頼者は不動産抵当證券株式会社となっていることなどの説明を受け、同弁護士の作成した調査報告書を受け取った。

被告高澤らは、午後八時三〇分ころ、原告の自宅を訪れて、原告に取材を申し入れたが、原告に拒絶され、応対に出た原告の妻の花子との間で約一時間ほど押し問答をしたが、結局、原告から直接に取材することはできなかった。その際、原告の妻の花子から、本件土地の鑑定評価を原告に依頼したのは不動産抵当證券株式会社であって丸和モーゲージではないこと、原告は本件土地をレジャー開発をする予定ということで鑑定評価したこと、本件については平松敏男弁護士に依頼してあることなどの説明を受けた。

被告高澤らは、翌一六日、原告及び平松敏男弁護士の事務所を訪れたが、いずれも不在のため取材することができなかった。そして、被告高澤らは、岡山地方法務局に行き、本件土地の不動産登記簿謄本の交付を受け、本件土地のうち三〇〇九番の土地の抵当証券発行申請書に添付された原告の作成した鑑定評価書を閲覧した。その後、被告高澤は、岡山を発って東京に戻り、国土庁及び日本不動産鑑定協会を取材したところ、いずれも、本件土地の鑑定評価に関し原告の懲戒処分を検討しているということであった。他方、被告土屋は、平松敏男弁護士から取材しようと試みたが、結局、同弁護士に会うことができず、午後一時ころ、岡山を発って帰京した。

被告高澤と同土屋は、東京で合流して、同日午後六時三〇分ころ、丸和モーゲージ被害者の会に所属する米川長平弁護士から取材し、同弁護士から、抵当証券の仕組み、丸和モーゲージの商法の問題点、不動産抵当證券株式会社が丸和モーゲージの指南役であることなどの説明を受けた。

このようにして、被告高澤及び同土屋の以上の取材に基づいて、編集部員である多賀龍介が本件記事を執筆した。

(6) 原告に対する懲戒処分

国土庁長官は、本件記事掲載の前日である昭和六一年一二月一七日、原告の本件土地の鑑定評価について、本件土地の周辺の土地利用状況、本件土地の条件等からすると、本件土地は全面積を商業地として効率的に利用できるとは認めがたい土地であること、評価書記載の最有効使用のような成否の不確かな使用方法については、成否の帰すうが明らかになるまでは価格形成力を有するに至らないのが一般的であること、このようなことなどからすると、路線商業地あるいは沿道サービス施設用地としての価格が形成されているとみられる取引事例等から単純に標準画地の価格を算定し、それに基づいて対象不動産の鑑定評価額を求めたことは誤りであったと認められること、また、仮に標準画地について路線商業地あるいは沿道サービス施設用地としての利用を前提としたとしても、標準画地の価格の算定にあたって、調査検討の不充分性が認められること、さらに、本件土地の鑑定評価書は、対象不動産ごとに別個に作成されたものであるにもかかわらず、本件土地等の一体的利用を前提として鑑定評価を行っていることは、対象不動産の正常価格を求める場合の基本的手法を誤っているものと認められることなどが、不動産の鑑定評価に関する法律四〇条二項の相当な注意を怠り、不当な鑑定評価を行ったことにあたるとして、原告を業務禁止一〇か月の懲戒処分にした。

原告の右懲戒処分については、翌一八日、新聞等で原告の実名入りで報道された。

原告は、国土庁長官に対し、右懲戒処分について異議を申し立てたが、棄却された。

(二)  ところで、本件記事の摘示する事実は、原告の作成した鑑定評価書が丸和モーゲージの本件土地の抵当証券の交付申請に添付されていたこと、不動産鑑定士が不正をすれば実際の価値以上の抵当証券が発行される可能性があること、丸和モーゲージの本件土地の抵当証券がこれにあたるようであること、原告は本件土地を総額約三六億円に鑑定評価したが本件土地は直前に約一〇億円で売買されたものであること、国土庁が本件土地の鑑定評価に関して原告を不動産鑑定評価法違反の疑いで調査を始めていることなどであって、本件記事は、原告が丸和モーゲージの抵当証券の土地を不当に高額に鑑定評価したことを読者に訴えることに主眼があるものということができ、また、通常の注意力を有する読者が本件記事を読んだ場合にも本件記事をかような内容のものとして理解するものということができる。

なるほど、本件記事の目次の「不動産鑑定士の詐術が支える『黒い抵当証券』」、本件記事の見出しの「片棒担ぎ」、本文の中の「深ーく関わっていた」、「その手助けをしたことになる」、「故意でないとすると、甲野センセイの『お見立て』はずいぶんと狂っているのだ」などといった表現は、これだけを取ってみれば、原告が丸和モーゲージからの求めに応じてあるいは丸和モーゲージと共謀して本件土地を不当に高額に鑑定評価したかのような印象を読者に与えるおそれが全くないということはできないものであるが、これらの表現はいずれも抽象的なものにとどまっており、これを読んだ読者に漠然とそのような印象を与えることがあっても、原告が丸和モーゲージと結託して不当に高額な鑑定評価をしたとの事実を確定的に印象づけるには不充分なものであって、本件記事の本文が、原告と丸和モーゲージとの密接な関係を窺わせるに足りる具体的な事実を含んでいないことからすれば、読者が本件記事全体を通じて読んだ場合には、原告と丸和モーゲージとの関係はどうであれ、本件記事は原告の土地の鑑定評価が不当であったことを報道するものであると理解するというべきである。

したがって、本件記事の主要な部分は、丸和モーゲージの抵当証券につき原告が行った土地の鑑定評価が不当であったとの事実であって、右事実が真実であることが証明されるか、またはこれを真実であると信じたことについて相当の理由があれば、本件記事の掲載による名誉毀損は違法性を阻却されるものというべきであって、本件記事のうち前記の「不動産鑑定士の詐術が支える『黒い抵当証券』」などといった表現は、右事実に対する単なる論評にすぎないものというべきである。

そこで、右事実の真実性の証明及び相当性について判断するに、右(一)に認定した事実関係によれば、原告が作成した本件土地の鑑定評価書が丸和モーゲージの抵当証券発行申請の添付書類として利用されたことは真実であり、また、原告の鑑定評価に関する当時の新聞等の報道、被告高澤らの弁護士等に対する取材の内容、とりわけ、国土庁長官が本件土地の鑑定評価に関し相当な注意を怠り不当な不動産の鑑定を行ったとして原告を懲戒処分に付したことなどからすれば、原告の本件土地の鑑定評価が不相当な手法により行われ、実際の価格よりも不当に高額なものであったとの事実は、右事実が真実であったかどうかはさておき、被告高澤らが取材によりこれを真実であると信じるについて相当な理由があったものということができる。なお、本件記事は、本件土地の当時の適正な評価額がいくらであったかどうかについては全く触れるところではないから、この点に関する事実の真実性及び真実であると信じるについての理由の相当性については判断する必要がない。また、本件記事は、その重要な部分は原告の鑑定評価の不当性という点にあって、丸和モーゲージが原告に水増しの鑑定評価を依頼したなどといった原告と丸和モーゲージとの関係についての具体的な事実を含むものではないから、被告高澤らが丸和モーゲージ及び不動産抵当證券株式会社の関係者らから取材をしていないからといって、本件記事のための取材として不充分であったということはできない。

さらに、本件記事のうち前記の「不動産鑑定士の詐術が支える『黒い抵当証券』」などといった論評は、なるほど表現としてかなり辛辣なものかもしれないが、原告に対する人身攻撃に及ぶものではなく、原告の不当な鑑定評価が丸和モーゲージの抵当証券の商法に客観的に果たした役割に対する論評の範囲にとどまるものというべきである。また、被告高澤らは取材を通じて原告に本件土地の鑑定評価を依頼したのが不動産抵当證券株式会社であって丸和モーゲージではないことを知っていたにもかかわらず、本件記事は右事実に全くふれていないものであるが、本件記事の主要な部分が原告の鑑定評価自体の不当性にあることからすれば、右事実に全くふれなかったからといって、本件記事が報道として著しく公平を欠き原告について読者に不当な予断を与えるものということはできない。

したがって、本件記事は、これにより公表された事実の主要な部分について、真実であることの証明があるか、これを真実であると信じたことについて相当の理由があり、また、これについての批評も公正な論評の範囲内にとどまるものであるから、本件記事の掲載は名誉毀損の違法性を欠くものというべきである。

三請求原因4(肖像権侵害)及び抗弁5(写真の撮影及び掲載の相当性)について

1  請求原因4(肖像権侵害)について

前記二(一)(5)において認定した事実関係によれば、本件写真は、被告高澤らの取材に同行したカメラマンが、自宅前の路上を歩行中の原告を承諾なく撮影したものというのであるから、一応、本件写真を撮影、掲載したことは原告の肖像権を侵害したものということができる。

2  抗弁5(写真の撮影及び掲載の相当性)について

<証拠>(本件記事の本文部分)によれば、本件写真は路上を歩行中の原告の上半身を撮影したものであり、本件記事の本文のほぼ上半分に掲載されたものであることが認められる。

前記二において説示したところによれば、本件記事の掲載は公共の利害にかかる事実に関して公益を計る目的に出たものであり、本件写真の撮影、掲載も、本件記事と一体となるものとして同様の目的に出たものと認められ、とりわけ原告の肖像自体を一般公衆にさらすことだけが目的であったものとは認めることはできない。本件写真の撮影の態様は、原告の私的な生活をのぞき込むようなものではなく、公道を歩行中の原告を撮影したものであり、また、本件写真の内容も、公道を歩行中の原告の上半身を撮影したものであることからすれば、本件写真の撮影及び掲載は、本件記事の取材及び掲載の目的に照らして、社会的に許容できる範囲内にとどまるものであって違法性を欠くものといわなければならない。

四叙上のとおりであれば、前出の「フォーカス」の記事及び撮影した本件写真の掲載によって、原告の名誉が毀損され、肖像権が侵害されたことに基づく本件損害賠償の請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官梶本俊明 裁判官岩谷憲一 裁判官芦髙源)

別紙一

お詫び

当社は、昭和六一年一二月二六日の本誌において、「不動産鑑定士の詐術が支える『黒い抵当証券』」の目次及び「抵当証券『丸和モーゲージ』事件、“片棒担ぎ”で処分を待つ『不動産鑑定士』」の見出しで、抵当証券『丸和モーゲージ』事件にからんで、不動産鑑定士甲野太郎氏が破産会社丸和モーゲージの依頼により故意に岡山市内の土地を高く評価したとの印象を与える内容の記事を掲載しましたが、右記事はさしたる根拠もなく掲載したもので、当社の報道により甲野氏の名誉を著しく毀損し多大の御迷惑をおかけしました。

よって、ここに深くお詫び申し上げるとともに、今後このような行為のないよう努力いたします。

株式会社新潮社

代表取締役 佐藤亮一

別紙二

(掲載場所)

紙面最終ページに横四分の一段抜き、縦5.3センチメートル、横9.3センチメートル

(字格)

見出し部分三号ゴシック活字、末尾会社名部分五号ゴシック活字、代表取締役部分九ポイント扁平活字、代表者名部分四号活字

本文は九ポイント扁平活字

別紙三

(見出し)

抵当証券「丸和モーゲージ」事件、“片棒担ぎ”で処分を待つ「不動産鑑定士」

(本文)

写真の御仁は、岡山市内に事務所を構える不動産鑑定士の甲野太郎センセイ(38)。センセイは今、資格剥奪の瀬戸際、ちょっとヤバイことになっている。というのも「抵当証券」をもとに、約1000人の投資家から20億円を集めまくってこの10月会社ごとドロンしちゃった「丸和モーゲージ」、これに深ーく関わっていたからなのだ。

そも「抵当証券」の商売、なかなかクセモノで素人には分かりにくい。不動産を担保に融資をした者が、その債権を法務局に申請、発行してもらうのが「抵当証券」。これを一口50万円ぐらいに分けて一般投資家に販売、利ざやを稼ぐというものなのだ。

ここで大切なのは不動産が十分な担保価値を持ち、いざとなれば競売して換金できること。そこで、「抵当証券」の発行申請する際担保価値を証明するため、不動産鑑定士の作成した鑑定評価書を添付することになっている。しかし、法務局は、書類が揃ってさえいれば、鑑定評価書の内容そのものには審査をしないという。だから、不動産鑑定士が不正をすれば、実際の担保価値以上の「抵当証券」が発行される可能性がある。

「丸和」のケースがまさにコレだったようなのだ。同社が、金集めに使ったのは、岡山市内の埋立地5万4277平方メートルを対象に発行された「抵当証券」。この申請のために土地の鑑定をしたのが、甲野センセイ。総額約36億円の評価。この土地は今年2月までに、数度に分け、計10億円で売買されたものだったのに、である。

もともと「丸和」は、あの「豊田商事」の残党グループが始めたといわれる会社。金のインチキ商法で鍛えた腕前を今度は、水増しで価値のない「抵当証券」を売りまくることで発揮したわけだが、甲野センセイはその手助けをしたことになるのである。

この件について、監督官庁である国土庁は、不動産鑑定評価法違反の疑いで調査を始めている。調べに対しセンセイは「あくまでも公正な評価をしたつもり。3倍もの評価をしたのは用途が工業地から準工業地になり、観光・レジャー関連や業務用地としての将来性を考えてのこと」とおっしゃっているらしい。だが、抵当証券申請の際に作成する鑑定評価書は、「安全第一、現状で書くべき」、それに、「あの土地は地盤沈下がひどくてとても使い物にならない」(地元の不動産鑑定士)。故意でないとすると、甲野センセイの「お見立ては」ずいぶんと狂っているのだ。年明け早々にも、センセイの処分が発表される見込みだという。

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