岡山地方裁判所勝山支部 事件番号不詳 判決
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告代理人は、被告は原告に対し別紙目録記載の山林原野につき贈与による所有権移転の登記手続をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、請求の原因として
原告は昭和八年六月一三日被告と結婚し、昭和一三年七月二一日婚姻の届出をした夫婦であるところ、結婚当時頃被告の生計は極めて苦しい状況で、宅地建物も借財の担保となつていたほどであつたそこで原告は実兄から牛一頭を貰い受け、借財の支払に充てたこともあつたが、被告の営む自転車修理販売業と、原告の営む田四反五畝歩(当時は小作地)の耕作とによつて、夫婦の協力により多少の産をなすまでにいたつた。
ところが昭和二六年頃から原告と被告とは円満を欠ぐにいたり、被告は原告に対し暴力を振うようなこともあつた。そこで昭和二七年頃訴外藤久虎一が立会の上、両者の和合を期するため、被告は(1)真庭郡湯原町大字下湯原字鍜治屋三六七番の一原野九歩、(2)同所字雨乞仙六〇三番の五山林七反六畝歩を原告に贈与した。しかしながら被告はその後も原告に対し暴力を振るい虐待を続けるので、原告は昭和三〇年六月二二日頃やむなく実家へ帰つたのであるが、同年八月四日親族知人の勧説があつて被告のもとへ帰来し、そのとき原告と被告との間に親族知人の者が立会の上で「夫婦相互協約覚書」なる書面が作成された。そして被告は初め原告に対し田二筆、畑一筆のほか山林三筆(雨乞仙六〇三番の一八山林二反一畝二〇歩、森原の上三二四番の五山林六反五畝五歩、トビノコ一二九二番山林二反八畝二四歩)を贈与することを約し、右覚書の草案には右贈与すべき山林として「外山林三筆」と記載し、前記昭和二七年に贈与を受けた山林二筆を包含しない趣旨を明確にするため(鍜治屋及び雨乞仙)と付記されたのである。ところが覚書草案を清書して署名するにあたり、被告から雨乞仙六〇三番の一八、森原の上三二四番の五の二筆山林を留保し、他の山林に変更したいとの申出があり、双方話合の結果右二筆山林の代りに大字豊栄字トビノコヒラ一二九一番山林六反一八歩を贈与物件と定め、結局贈与山林はこれとトビノコ一二九二番山林との二筆となり「外山林三筆」という記載を「外山林二筆」と訂正されたのである。
すなわち被告が原告に贈与した山林は、昭和二七年中に贈与したもの二筆と、昭和三〇年八月四日に贈与したもの二筆との合計四筆であるが、被告は昭和二七年に贈与した山林の内雨乞仙六〇三番の五、山林七反六畝歩については昭和三〇年六月一〇日全地二分の一同年一二月一日全地二分の一の各原告に対する所有権移転の登記手続をしたが、鍜治屋三六七番の一原野九歩については未だ原告に対する所有権移転の登記手続をしない。また被告は昭和三〇年八月四日贈与した山林の内トビノコヒラ一二九一番山林六反一八歩については、昭和三一年一一月一四日一二九一番の二山林八畝歩と、一二九一番の一山林五反二畝一八歩とに分筆し、右の内一二九一番の二山林八畝歩はトビノコ一二九二番山林二反八畝二四歩と共に他へ売却処分してしまつた。したがつて昭和三〇年八月四日に原告が受贈した山林中被告の所有名義に残存するのはトビノコヒラ一二九一番の一山林五反二畝一八歩のみとなつたが、被告はこれについて原告に対し所有権移転の登記手続をしない。
よつて原告は被告に対し、別紙目録記載の右二筆山林につき贈与による所有権移転の登記手続をなすことを求める。と述べた。
証拠(省略)
被告代理人は原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、答弁として
原告主張事実中、被告が原告と原告主張の頃結婚した夫婦であること、被告が自転車修理販売業を営み、原告と協力して蓄財に努めてきたこと、原告が昭和三〇年六月二二日頃被告のもとを去つたことがあり同年八月四日親族知人の勧説に従つて被告のもとへ帰来したこと、そのとき「夫婦相互協約覚書」なる書面が作成され、被告が原告に対し田二筆、畑一筆、山林二筆(内容は原告主張と相違する)を贈与したこと、覚書の「外山林参筆」の参の字が弐と訂正されたこと、雨乞仙六〇三番の五山林七反六畝歩につき、原告主張のとおり原告に対し二回に所有権移転の登記手続をしたこと、トビノコヒラ一二九一番山林およびトビノコ一二九二番山林につき原告主張のとおり分割手続および売買をなし、その登記を経由したことはいずれもこれを認めるが、その余の事実を否認する。
原告の姉の夫訴外藤久虎一は、原告に少しでも多くの財産を取得させようと画策したのであるが、乙第一号証の夫婦相互協約の覚書に(鍜治屋及雨乞仙)と付記されているのは、藤久が浜子司法書士のところへ覚書草案の清書を依頼に赴いたとき記載させたものである。藤久は昭和三〇年六月頃被告に対し原告に財産を与えるよう要求し、被告は雨乞仙六〇三番の五山林七反六畝歩の二分の一を原告に贈与したが、そのときも藤久は鍜治屋三六七番の一の原野九歩を原告に与えるよう要求し、被告は鍜治屋三六七番の一の原野が被告方の墓地予定地であるところからこれに応じなかつたのである。昭和三〇年八月四日の協議の際、原告側は雨乞仙六〇三番の五山林の残り二分の一と、林ベリの畑に続く山林のほか鍜治屋の原野をも要求したが、被告は右原野については前記理由でこれを拒否したのである。しかるに藤久は覚書に(鍜治屋及雨乞仙)と傍書して同年六月にこれが贈与を受け、同年八月四日にはこれ以外の山林三筆の贈与を受けたことにしようと画策したのである。ところが乙第一号証の覚書が清書されて後も、被告が鍜治屋三六七番の一の原野は贈与できないと拒否したため、三筆が二筆に訂正されたのである。そのとき「鍜治屋」なる文字は削除さるべきであつたが、当時深更までの協議で疲労が甚しく、かつ右覚書は原告が被告方へ円満に帰来し右贈与は老後の楽しみのため原告の所有名義とする趣旨であつたため、右の点について関係者の十分なる注意が払われなかつたのである。すなわち乙第一号証覚書記載の外山林二筆とは雨乞仙六〇三番の五の残り二分の一と、林ベリ三七四番の四山林二九歩(現在三七四番の四山林一四歩、同番の五山林一五歩とに分筆されており、原告に贈与した同番の三畑三畝二八歩に接続する)を意味するのである。もし被告が原告主張のとおり原告に対し山林の贈与をしたとすると、被告は特別の事情もないのに、自己に保有するよりも多くの山林を原告に贈与したこととなり、不合理不自然である。
仮に被告が原告主張のとおり、本件山林および原野を原告に贈与することを約した事実がありとすれば、被告は民法七五四条に則りこれを取り消す。と述べた。
証拠(省略)
理由
原告と被告とが昭和一三年七月二一日婚姻の届出をした夫婦であることは当事者間に争がない。
しかして原告は別紙目録記載の物件中、字鍜治屋三六七番の一、原野九歩は昭和二七年頃、字トビノコヒラ一二九一番の一山林五反二畝一八歩は昭和三〇年八月四日いずれも被告から贈与を受けたと主張して、右山林原野につき所有権移転の登記手続を請求し、被告はこれを抗争して、仮に右贈与契約の成立が認められる場合は民法七五四条によりこれが取り消しをなす旨を主張する。したがつて被告の右取り消しの意思表示が有効である場合は、原告主張の贈与契約が成立していても結局無効に帰する理であるから、まず右取り消しの意思表示の効果について検討する。
民法七五四条によれば夫婦間の契約は婚姻中何時でも夫婦の一方からこれを取り消しうる旨を規定しているのであるが、これは通常の夫婦間の契約について法律的拘束を認める必要がないことに基くものであろう。ところが原告と被告間には本訴反訴の離婚訴訟が係属(当裁判所昭和三一年(タ)第三号、昭和三二年(タ)第一号)していることが当裁判所に顕著な事実であり、原告と被告との夫婦関係は全く破綻していると認められるのであるから、このように破綻した夫婦間においても民法七五四条により契約の取り消しをなしうるかは問題であるが、この場合においても婚姻中である限り同条の適用があり、ただ取り消し権を行使する夫婦の一方に社会通念および信義則からみて取消権の行使を許すことが不当と認むべき特段の事情がある場合に限りこれを許さないと解すべきである。
原告が本件贈与を受けたと主張する書面上の証拠は、夫婦相互協約覚書(甲第一号証、乙第一号証)のみであるところ、右覚書は原告と被告とが円満なる夫婦関係を継続することを前提とし、昭和三〇年八月四日に作成されたものであるが、田畑については地番地積が明確に記載されているにかかわらず、山林については「外参筆」を「外二筆」と訂正し(鍜治屋及雨乞山)なる付記があるのみで、贈与物件の特定としては明確を欠ぎ、本件紛争の原因をなしたものであり、いわゆる書面贈与としての効果はないともいえるのであるしかるに右覚書が作成されて後僅か一カ年にして原告は被告のもとを去り、前記離婚訴訟を提起し、被告は同様反訴を提起して抗争するにいたつたことは当裁判所に顕著な事実であるが、右離婚訴訟の経過によれば、離婚の責は原告が負うべきものが多いと認められること、右覚書は前記事由によつて作成されたものであること、その他弁論の全趣旨を総合して考えると、被告が取消権を行使することを以て不当とはいえないのである。
しかして本件記録によれば、被告代理人は昭和三六年四月一三日付準備書面に前記取り消しをなす旨の主張を記載し、同年四月一四日の本件口頭弁論において、右準備書面に基き陳述していることが明らかであるから、被告は同日原告に対し本件贈与取り消しの意思表示をなし、同日これが原告に到達し、右取り消しの効果を生じたものと解すべきである。
前記離婚事件の記録によれば、原告は初め別紙目録記載の物件中トビノコヒラ一二九一番の一山林五反二畝一八歩に該当する分筆前の同所一二九一番山林六反一八歩を外二筆の山林、現金二〇万円と共に離婚に伴う財産分与として請求していたことが明らかであるが右事件の昭和三三年八月二一日付準備書面に基きトビノコヒラ一二九一番の山林外二筆の山林を昭和三〇年八月四日の覚書によつて贈与を受けたと主張するに至り、この請求が離婚事件と分離されて、結局本件贈与に基く山林所有権移転登記手続請求事件となつたことは当裁判所に顕著な事実であつて、右経緯および弁論の全趣旨から考えると、被告が原告に対し本件山林原野を贈与したことには当裁判所として多大の疑惑を抱かざるをえないのである。しかしながら成立に争のない甲第二号証によれば甲第一号証覚書の趣旨に関し、すでに上訴審において仮処分事件における一応の認定としてではあるが、判断がなされているのであるから、当裁判所としてはこれに反するこの点についての判断を差し控えることとしたが仮に被告が原告主張のとおり本件山林原野を原告に贈与したとしても、被告の右取り消しによつて右贈与は失効したのであるから、当裁判所としての結論に差異はない。
以上の次第であるから、原告は本件山林原野の所有権を取得するに由なく、原告がこれが所有権を取得したことを前提とする、本件所有権移転の登記手続請求は失当と認めこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴八九条を適用して、主文のとおり判決をする。
(別紙)目録
真庭郡湯原町大字下湯原字鍜治屋三六七番の一
一、原野 九歩
同所大字豊栄字トビノコヒラ一二九一番の一
一、山林 五反二畝一八歩