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岡山地方裁判所津山支部 平成2年(ワ)41号 判決 1992年7月15日

原告

矢萩元英

ほか三名

被告

協同組合落合シヨツピングセンター

ほか二名

主文

1  被告らは、各自、原告矢萩元英に対し、金二六三万九九九二円、原告矢萩晃久、原告矢萩早苗、原告矢萩裕子それぞれに対し、各金一四一万三三三〇円、及び右各金員に対する昭和六三年一二月二九日から完済まで各年五分の割合による金員を支払え。

2  原告らのその余の各請求を棄却する。

3  訴訟費用は、これを三分し、その一を被告らの、その余を原告らの、各負担とする。

4  この判決の第1項は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告らは、各自、原告元英に対し、金一九〇〇万円、原告晃久、原告早苗、原告裕子それぞれに対し、各金七〇〇万円、及び右各金員に対する昭和六三年一二月二九日から完済まで、年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  被告ら

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者ら

原告元英は亡矢萩頼子(昭和一五年一月二八日生。以下「頼子」という。)の夫であり、その余の原告らは原告元英と頼子との間に生まれた子である。

被告組合は、肩書所在地において組合員の取り扱う商品の共同販売等を業とする協同組合で、「サンプラザ」との名称で事業を営んでいるものであり、被告谷本は被告組合の代表者、被告黒田は被告組合の従業員である。

2  本件事故の発生

昭和六三年一二月二九日午前八時五分ころ、被告組合肩書地に隣接するサンプラザ駐車場内において、通勤のため自動二輪車に乗つて通行中の頼子が、無断駐車排除のために同所に張られたロープ(以下「本件ロープ」という。)に頸部を掛けて転倒するという事故(以下「本件事故」という。)が発生し、頼子は、右事故のために肺損傷、下顎部裂創の傷害を受け、同日午前九時一五分、落合病院で死亡した。

3  本件事故発生の状況

(一) サンプラザ駐車場は概略別紙図面一ないし三表示の形をしており、本件ロープは、同図面二、三のイ点とロ点を結んで張られていたもので、イ点では鉄柱、ロ点では樹木に結び付けられ、駐車場内通路を直接、物理的に遮断する形となつていた。

本件ロープの存在に注意を促すものとしては、ロードコン三個が置かれていたのみである。

(二) 右サンプラザ駐車場内の通路部分は、昭和四八年の同店開店以来、近隣の者らが、交通混雑を避けるため、あるいは近道として、乗用車、自動二輪車、自転車等で、又は歩行して、これを通り抜けていたものであり、被告らも右状態を黙認していた。

(三) しかるに、本件ロープは、本件事故当日の早朝に張られたものであるところ、これについては、近隣の者らにも事前になんらの予告、連絡等もなかつた。

(四) 頼子は、当日朝、国道三一三号線を通つて勤務先の落合病院に通勤する途中、サンプラザ駐車場を通過しようとして本件事故にあつたものである。

本件事故当時は早朝で、気温も低く、霧も出ていたことから、視界も悪く、頼子は、自動二輪車の運転者として、寒さを防ぐために体を丸くし、首をすくめていたことが推測される。

このような状況下で、頼子は、本件ロープの存在を全く予期せず、これに気付くことなく、衝突したものである。

4  被告らの責任原因

(一) 被告組合

被告組合は、サンプラザ駐車場を賃借、占有し、その管理、運営にあたつていた。

前記3の(二)のサンプラザ駐車場の使用状況によれば、同駐車場内の通路部分は、道路交通法、道路法にいう道路に該当する。

しかるに、被告組合は、前記状態で本件ロープを張つて、右部分の交通を阻害したものであり、本件ロープ、あるいは本件ロープの張られた駐車場そのもの、ないし本件ロープの張られた駐車場通路部分は、土地の工作物に該当し、これに前記のとおりの瑕疵があつたから、被告組合には、民法七一七条一項による責任がある。

また、後記のとおり、本件ロープは、被告谷本の指示によつて被告黒田が設置したものであり、被告谷本は被告組合の代表者、被告黒田は被告組合の従業員であるところ、本件ロープ設置について、右被告らに過失があるから、被告組合には、代表者が業務執行について加えた不法行為、ないしその従業員が業務執行について加えた不法行為につき、民法七〇九条ないし同法七一五条による責任がある。

(二) 被告谷本

被告谷本は、被告組合の代表者として、被告黒田に命じて本件ロープを設置させた。

その際、被告谷本としては、いやしくも通行人に事故の生じないよう適切な措置をこうずるか、こうずるように指示すべき義務があるのに、これを怠り、漫然、前記のごとき危険な態様での本件ロープ設置を命じたものである。

よつて、被告谷本には、民法七〇九条による責任がある。

(三) 被告黒田

被告黒田は、被告谷本の指示により本件ロープを設置したが、本件ロープ設置の状態は、前記のとおり極めて危険なものであり、ロードコン三個の設置のみでは通路の安全を確保するに足りなかつた。

また、仮に、被告黒田において、現場に立ち、交通整理に当たつていたとしても、頼子に対してなんら適切な制止行動をとつていない。

よつて、被告黒田についても、民法七〇九条による責任がある。

5  損害

(一) 頼子の損害

(1) 逸失利益 二三七一万五一九八円

頼子は、本件事故当時、落合病院に勤務し、二七八万一七一一円の年収を得ていた。

頼子は、本件事故による死亡当時四八歳であつたから、以後一九年間稼働可能であつた。

右事実を基礎に算定すると、その逸失利益は、二三七一万五一九八円となる(中間利息は五パーセントの新ホフマン方式で控除。生活費は三五パーセントを控除。)。

二七八万一七一一円×一三・一一六×〇・六五=二三七一万五一九八円

(2) 頼子の慰謝料 一五〇〇万円

(二) 原告らの各固有の慰謝料 各三〇〇万円(計一二〇〇万円)

(三) 葬儀費 一四三万八四〇二円

原告元英が負担。

(四) 弁護士費用 原告各自につき、各五〇万円(計二〇〇万円)

6  損害の填補と相続、並びに請求

(一) 頼子の逸失利益について、労災保険から五七一万七〇〇〇円の給付があり、葬儀費についても、同保険から四一万一五一〇円の給付があつたので、これらは、それぞれ前記損害から控除する。

(二) 頼子の損害(前記控除後の逸失利益一七九九万八一九八円と慰謝料一五〇〇万円の合計三二九九万八一九八円)につき、原告元英が二分の一(一六四九万九〇九九円)、その余の原告らが各六分の一(五四九万九六九九円)の割合でこれを相続した。

(三) 以上により、原告らの損害は次のとおりになるところ、その内金として次のとおり請求する。

(1) 原告元英

相続分一六四九万九〇九九円、固有慰謝料三〇〇万円、前記控除後の葬儀費用一〇二万六八九二円、弁護士費用五〇万円の計二一〇二万五九九一円。

内金一九〇〇万円を請求する。

(2) その余の原告ら

それぞれ相続分五四九万九六九九円と固有慰謝料三〇〇万円、弁護士費用五〇万円の計八九九万九六九九円。

内金各七〇〇万円を請求する。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実も概略認める。

3  同3については次のとおり(詳細は後記被告らの主張1のとおり。)。

(一) 請求原因3の(一)のうち、本件ロープの設置状況及びロードコン三個が置かれていたことは認めるが、その余は否認する。

(二) 同(二)の事実は否認する。

(三) 同(三)のうち、本件ロープが当日朝張られたことは認める。

(四) 同(四)のうち、頼子が本件ロープの存在に気付かずに本件事故にあつたことは認める。なお、当日朝は、霧は発生していなかつた。

4  請求原因4の(一)ないし(三)のうち、被告組合がサンプラザ駐車場を賃借して占有し、これを管理、運営していたこと、被告組合の代表者である被告谷本がその従業員である被告黒田に指示して本件ロープを設置させたことは認めるが、その余の主張は争う。

5  請求原因5の損害関係の主張事実は知らない。

6  同6については、労災保険からの給付関係の事実及び原告らの頼子の権利義務相続関係は認める。

三  被告らの主張及び抗弁

1  本件事故の状況(主張)

(一) 被告組合の営業時間は午前一〇時から午後七時までであり、被告組合は、右営業時間内は、顧客のためにサンプラザ駐車場への出入りとその利用を認めているが、その余の時間帯については、これを認めていない。

なお、被告組合の営業時間外においては、サンプラザ駐車場は、無断駐車に利用する者及び一部の落合高校の生徒が徒歩通行するほかは、一般の通行者等はいない。

(二) 被告組合は、本件事故以前の一〇年来、年末や盆の繁忙期には、営業時間以前からの無断駐車を排除するため、本件同様にロープやロードコンを設置しての規制をしていた。

(三) 本件ロープは、黄色地に黒色縞の入つたいわゆるトラロープで、その前に赤白のロードコン三個も置かれていた。

のみならず、被告組合は、紺色の制服を着た被告黒田を現場に配置し、車両の誘導に当たらせていた。

被告黒田は、現に本件事故直前、頼子に対して「オーイ」等と声をかけ、注意している。

(四) 頼子は、国道三一三号線を通つて落合病院に通勤するのが通常であるのに、あえて道路ではないサンプラザ駐車場を通り抜けようとして本件事故にあつたものであるが、本件事故当日、午前八時三〇分の始業時間に遅れないように急いでいたと思われ、そのため、時速二〇キロメートルの速度制限のあるサンプラザ駐車場において、時速二〇ないし二五キロメートルから三〇ないし四〇キロメートルに加速し、被告黒田の「オーイ」という制止にも気付かず、本件ロープに衝突した。被告黒田は、頼子の自動二輪車の速度が出ていたため、近づいて制止をすることができなかつたものである。

また、頼子は、風防付ヘルメツトを被り、眼鏡を着用し、風防ガラスのある自動二輪車に乗つていたが、右風防ガラスは大部痛んで曇りがあり、前方の視認性に欠けるところがあつた。

(五) 以上のとおり、本件事故は、前方を注視していれば当然に気付くはずの本件ロープに全く気付かなかつた頼子の一方的過失によつて発生したものであつて、本件ロープの設置等につき被告らに過失はなく、サンプラザ駐車場に瑕疵があつたということもできない。

2  過失相殺

仮に、被告らに何らかの過失(したがつて駐車場の瑕疵)があつたとしても、前記事実関係によれば、本件事故の原因の九割以上は頼子の過失にあるから、過失相殺がなされるべきである。

3  損害の填補

原告らは、労災保険から、原告らの自認する遺族年金前払一時金五七一万七〇〇〇万円、葬儀給付金四一万一五一〇円のほか、遺族特別支給金三〇〇万円を受領している。

右遺族特別支給金も、本来的給付と支給事由を同じくし、損害填補の性質を有するから、損害額から控除されるべきである。

四  被告らの主張及び抗弁に対する認否

1  右1は争う。

2  同2も争う。頼子に過失があつたとしても、それはせいぜい一割程度である。

3  同3については、金員受領の事実は認めるが、主張は争う。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録、証人等目録記載のとおりであるから引用する。

理由

一  前提事実

請求原因1(当事者ら)、同2(本件事故の発生)の各事実については、当事者間に争いがない(ただし、甲六、一〇号証によれば、本件事故の発生時間は午前八時一五分ころと認められる。)。

二  サンプラザ駐車場、本件ロープ設置状況及び本件事故発生の模様

甲一〇ないし一四号証、被告黒田、同谷本(第一、二回)各本人の供述及び以下に掲記の各証拠、並びに弁論の全趣旨によれば、以下のとおり認めることができる。

1  サンプラザの店舗、駐車場等の所在、本件ロープ等の配置は、概略別紙図面一ないし三表示のとおりである。

サンプラザ駐車場への出入口は、別紙図面二のA、B、Cの三か所にあり、Aの出入口が主要なもので、Bの出入口は四輪車は出入りできず、C出入口も狭い。なお、図示の落合病院駐車場は、段差があつてサンプラザ駐車場内からの直接出入りはできない形となつている。

(乙一四、七号証、甲七、八号証、乙四号証の一〇ないし一二、同一四)

2  サンプラザの営業時間は午前一〇時から午後七時までであり、被告組合は、右営業時間外については、サンプラザ駐車場の自由使用を認めていない。

もつとも、従前から、右営業時間前に右駐車場に車両を置き、同所を昼間の駐車場として利用する者(被告らのいう無断駐車)が後を絶たず、とりわけ盆や年末の繁忙期に、右無断駐車車両のため顧客の利用に影響がでていたことから、被告組合においては、昭和五七年以来、盆及び年末の時期、予め無断駐車中の車両に張り紙で注意したうえ、本件同様ロープ等で早朝の駐車場への出入りを規制する措置をこうじていた(被告谷本の供述(第二回)により真正に成立したと認める乙九号証の一ないし一四)。

なお、サンプラザ前の国道三一三号線の渋滞のため、落合高校への通学生徒や、落合病院駐車場へ向かう者等がサンプラザ駐車場内を通ることもあつたが、本件事故当時、落合高校は冬休みに入つていた。

3  被告組合では、組合員による全員協議会で、昭和六三年の年末についても、例年のように無断駐車を締め出すため、一二月二六日から二八日にかけ、無断駐車中の車両に駐車禁止の張り紙をしたうえで、一二月二九日早朝からロープを張つて早朝の進入車両を規制することとし、被告谷本の指示により、被告黒田が、本件事故当日の午前七時ころ、本件ロープを設置した。

4  本件ロープは、黒地に黄の縞の入つたいわゆるトラロープであり、その設置状況は、別紙図面二、三表示のとおりであつて、右各図面のイ点では鉄柱、ロ点では樹木に直接結びつけられ、幅約一三メートル、亡頼子衝突地点での地上高〇・七七メートルで、サンプラザ第一駐車場と同第二駐車場の出入りを北側で直接遮断する形となつていた(甲七号証)。

5  被告黒田は、本件ロープに注意を促すものとして赤地に白線の入つたロードコン三個を略等間隔に置いたが、ロードコンを置いた場所は、本件ロープの直下付近であつた(別紙図面三表示のとおり。甲七号証)。

なお、当時被告組合の持つていたロードコンは三個のみであつた。

6  また、被告黒田は、本件ロープ設置後、サンプラザ駐車場内で、進入車両の規制に当たつていた(もつとも、本来の任務は、むしろ停止車両の誘導にあつた。)が、本件当日は、本件ロープの他に別紙図面二のC出入口にもロープを張つており、C出入口での車両との応対の必要もあつて、必ずしも常時本件ロープ付近にいた訳ではなかつた。被告黒田は、本件当日、本件事故前に、一二~一三台の車両(いずれも四輪車)に無断駐車を注意してこれを誘導している。

7  本件ロープ及びロードコンは、その前方四二メートルの位置(別紙図面二のA出入口から進入し、左折した地点)からの見通しが可能であり(甲八号証)、前方を注視しておれば、ロードコンの存在に気付かないことはあり得ないし、少なくとも間近に到れば、本来ロープに気付かないことも考え難い状態にあつた(甲七号証、甲四号証の四ないし八、同一四)。

8  頼子は、本件事故直前、別紙図面二のAの出入口からサンプラザ駐車場に入り、駐車場内を左折したうえ、最後まで本件ロープには全く気付くことなく、これに衝突した。衝突地点は、三個のロードコン中、北側から二個目と三個目の中間点付近である(別紙図面三。甲七号証)。

9  頼子運転の自動二輪車は、排気量八〇シーシーで、前面に風防と前かごがついており、本件ロープは全面のかご及び風防を破損し、亡頼子は、その衝撃で本件ロープ上を飛び越え、転倒した。

なお、亡頼子がかねてからサンプラザ駐車場内を通行して通勤していたものか、あるいは本件当日なぜ右駐車場を通り抜けようとしたのか等は不明である。

10  被告黒田は、本件ロープの南端付近で、頼子が駐車場内に進入してきたこと、左折して本件ロープに向かつてきたことを現認しており、衝突直前には、「オーイ」と声をかけたが、左折後速度を上げていた頼子は、これにも気付くことなく本件ロープに衝突している(甲八号証によれば、被告黒田は頼子の進路直近で声をかけたかにみえるが、実際は亡頼子の進路からかなり離れた地点から声をかけている。被告黒田の供述一四項、乙四号証の五ないし七)。

なお、サンプラザ駐車場内は時速二〇キロとの規制が表示されている(乙四号証の四、一二)が、亡頼子の事故直前の速度は三〇ないし四〇キロメートル程度であつた。

三  本件事故についての責任

右に認めた事実関係に基づいて以下順次検討する。

1  原告らは、サンプラザ駐車場は道路法、道路交通法にいう道路にあたり、交通の妨げとなる本件ロープを設置したことがそもそも許されないと主張するようであるが、右駐車場は、被告組合が、その顧客の利用に供するために設置しているものであつて、被告組合の判断でその利用を規制することが許されるのはいうまでもない。被告組合は、年末の混雑期にあたり、無断駐車を規制、排除するために本件ロープ設置等の措置をこうずることとしたのであつて、もとより右措置自体にはなんらの違法性もない。

もつとも、前記のとおり、サンプラザ駐車場は、被告組合の営業時間外にあつても、無断駐車ないし通り抜けのために通行する人、車があつたのであるから、これらの通行者に不測の被害を与えることのないような方法で、右規制をする必要があつたこともまた、当然といわなければならない。

2  被告組合が無断駐車排除のために取つた具体的措置は前記二の3ないし7のとおりであつて、これによれば、被告組合は、本件ロープの他、三個のロードコンを置いて注意を促し、被告黒田を現場に置いて、注意、誘導させることとしたものであつて、一応の事故予防措置はこうぜられていたといえる。

原告らは、近隣の者等に対する事前の予告、警告等なしにいきなり通行遮断の措置をしたことを攻撃するが、もともとサンプラザ駐車場は、被告組合の営業時間外での利用が予定されているものではなく、落合高校も冬休みに入つており、人車の通行の可能性があつたとはいうものの、近隣の者らが日常的に早朝の時間帯にこれを通り抜け通行していたとまでは認められず、特別に近隣の者らに予告をする必要があつたということもできない(前記二の3のおとり、無断駐車中の車両には予め無断駐車禁止等の張り紙をしていた。また、頼子の住居地からみて、頼子をサンプラザの近隣住民ということもできない。)。

3  ところで、前記二の7でみたとおり、自動車等の運転者が通常の注意義務を払つて前方を注視しておれば、ロードコンを見落とすとは考えられないし、本件ロープ自体についても、最後までこれに気付かないことは考え難い状態にあつたものであり(なお、甲一四号証の六項参照)、右事実に、前記二の8ないし10でみた本件事故の発生状況を併せ考えれば、頼子は、なんらかの事情で前方注視不充分の状態で自動二輪車を運転し、そのためにロードコン、本件ロープに気付かず、さらには前記被告黒田の注意にも気付くことなく、本件事故にあつたものと推認せざるを得ない。

原告らは、本件事故時、早朝で、霧も出ていたと主張するが、霧が発生し、その為にロードコンや本件ロープが視認不能ないし著しく困難な状態にあつたと認める証拠はない。

4  右のとおり、本件事故については、頼子が通常の前方注視義務を尽くしておれば、その発生が未然に防止できたと認めることはできる。

しかし、本件ロープは、早朝、人車のいない駐車場内の、しかも幅約一三メートルもの開かれた通路状の場所に設置されていたものであるから、常に他の人車の通行が予想される一般公道上とは異なり、かかる場所を通行する者が、障害物の存在を予期せず、つい漫然と通行する事態も予想されるところというべきである(現に本件事故当日の朝、脇見運転であつたにせよ、本件ロープの直前で初めてこれに気付いた者もいた。甲一六号証、乙五号証)。

そして、前記のとおり、本件ロープは鉄柱と樹木に結びつけられており、車両等を物理的に阻止するものとなつていたから、万が一の衝突の際、取り分けこれが自動二輪車等である場合には、重大な事故に発展する恐れも高く、そうすると、被告らに対しては、かかる不注意な通行者をも予想し、これに対処できる態勢をとることが要請されていたといわなければならない。

5  右の観点に立つて本件ロープの設置状況を検討すれば、以下のとおり、被告らのした措置は、通常考えられる危険を防止するものとして充分なものであつたとはいうことができない。

すなわち、本件ロープは、視認性の高いトラロープではあつたが、通行者にとつて、いわば「いやでも気付く」程のものとは認められない。

これを補う趣旨で置かれたロードコンについてみると、その個数は三個であつて、約一三メートルの間隔の通行阻止を視覚的に表示するものとして数的に不足といわざるを得ないし、置かれた場所も、本件ロープの直下付近であつて、ロードコンの存在に続いて本件ロープの存在に気付くまでの余裕に欠けるものといわざるを得ない。

更に、被告黒田は、現場にあつて車両への注意、誘導に当たつていたが、前記のとおり、必ずしも、不測の事態に即応できる態勢にあつたとはいえない(現に同被告は、本件事故前に本件ロープのところを通りかかつた森田にも気付いていない。乙五号証、被告黒田の供述)し、本件事故時、被告黒田が本件ロープの前面でなく、その端に立つていたことも、配慮に欠けるものといわなければならない。

そうすると、被告らとしては、本件ロープの如き物理的、直接的な遮断方法以外の方法を取るか、ないしはロードコン数個の増設、ロープへの札下等、交通の遮断が視覚的に見落とされる余地のない措置等をこうずるべきであつて、そのことはさほど困難でもなかつたといえ、この点で、安全配慮に対する落ち度があつたといわざるを得ない。

6  以上のとおり、本件事故発生の直接の原因は頼子の前方不注視にあると一応はいえるものの、被告らにおいても、かかる前方不注視の車両が通行する可能性をも考慮したうえでの、安全確保のための措置に不充分な点があつたというべきであり、この点の過誤が、本件事故の原因となつていることもまた、否定することができない。

7  被告組合がサンプラザ駐車場を賃借し、これを管理、運営していたことは当事者間に争いがなく、そうすると、被告組合には、同所に設置された本件ロープの設置、管理の瑕疵による本件事故につき、賠償の責任があるというべきである。

また、被告谷本が被告組合の代表者として被告黒田に本件ロープの設置を命じ、被告黒田において本件ロープを設置したことも当事者間に争いがなく、右被告らには、前記配慮を尽くさなかつた過誤があつたものとして、同様の責任を免れない(右責任を阻却すべき事情は認められない。)。

四  過失相殺

前認定の本件事故についての被告ら、頼子双方の過誤の程度を勘案すれば、本件事故についての頼子の過失割合は三分の二と評価するのが相当であり、従つて、本件事故による損害については、その三分の一を被告らに負担させるのが相当である(本件では、被告らの過誤も著しいものとまではいえず、また、頼子の過誤も、前記サンプラザ駐車場の状況からすれば、特に著しいものということも難しいが、過失相殺の場面では、右双方の過誤の程度を比較勘案する他はない。)。

五  損害とその填補

1  頼子の逸失利益

(一)  甲三号証の一ないし三、原告早苗、原告元英の各供述によれば、頼子は、落合病院の看護助手として勤務し、昭和六三年には二七八万一七一一円の年収を得ていたと認められる。頼子が昭和一五年一月二八日生の女子であることは当事者間に争いがなく、原告早苗の供述によれば、頼子は、本件事故当時、夫である原告元英、長男原告晃久(二一歳の会社員)、長女早苗(一九歳の信用組合職員)、二女裕子(一六歳の高校生)及び夫の祖母と生活していたと認められる。

右認定の事実に基づき、頼子の逸失利益を計算すると、次のとおり金二一八九万〇九五二円と計算される。

二七八万一七一一円×一三・一一六×〇・六=二一八九万〇九五二円

中間利息は年五分の新ホフマン方式により、生活費控除は四割によるのが相当である。

(二)  前記頼子の過失割合により過失相殺すれば、右逸失利益中被告らに賠償責任のある額は、その三分の一の金七二九万六九八四円となるところ、逸失利益の関係で労災保険給付金五七一万七〇〇〇円が支給されたことに当事者間で争いがなく、右額を控除すれば、結局、未填補の頼子の逸失利益額は、一五七万九九八四円となる(被告ら主張の遺族特別支給金については後述。)。

(三)  原告元英が二分の一、その余の原告らが各六分の一の割合で頼子を相続したことは当事者間に争いがないから、右逸失利益につき、右割合で計算すれば、原告元英について七八万九九九二円、その余の原告らについて各二六万三三三〇円となる。

2  葬儀費

本件事故と相当因果関係にある葬儀費としては、金一〇〇万円をもつて相当と認められるところ、前記過失割合によれば、そのうち三分の一の三三万三三三三円が被告らの賠償の対象となるが、葬儀費として、労災保険から四一万一五一〇円の給付がなされていることに当事者間に争いがないから、結局未賠償の葬儀費用は存在しない。

3  慰謝料

前認定の本件事故の態様、過失割合、頼子の生活関係等諸般の事情を勘案すれば、頼子死亡による慰謝料額は、原告元英について金一七〇万円、その余の原告らについて各金一〇〇万円(以上の合計四七〇万円)をもつて相当と認める(原告らは、原告ら固有の慰謝料と頼子の慰謝料の相続分とに分けて主張するところ、右慰謝料額はその両者を含めたものである。)。

4  弁護士費用

以上の認容額、本件審理の経過等によれば、本件事故と相当因果関係を持つ弁護士費用としては、原告各自につき金一五万円(合計六〇万円)をもつて相当と認める。

5  以上によれば、本件で認容すべき被告らに対する損害賠償額は、原告元英につき金二六三万九九九二円、その余の原告らにつき各金一四一万三三三〇円(以上の合計六八七万九九八二円)となる。

六  遺族特別支給金控除について

労災保険から、遺族特別支給金として三〇〇万円が支給されたこと(ただし、甲五号証によれば、受給者は原告裕子であると認められる。)は当事者間に争いがないところ、被告らは、右特別支給金も賠償額から控除されるべきであると主張する。

右遺族特別支給金は、本来的保険給付(遺族補償給付)に付加して支給されるものであるが、右本来的保険給付と支給事由を同じくし、その給付率を引き上げたのと同様の作用を果たし、現実には所得補償的機能を有しているということはでき、この観点からすれば、本件事故による損害中、逸失利益分からこれを控除するとの見解も考えられるところである(被告ら引用の東京地方裁判所平成二年三月二七日判決参照)。

しかしながら、右遺族特別支給金は、労災保険法一二条の八によるものではなく、同法二三条の規定に基づき労災保険の適用事業にかかる被罹災者の遺族の福祉増進を図る事業のひとつとして給付されるもので(労働者災害補償保険特別支給金支給規則一条、二条)、本来的に損害の填補を目的とするものとはいえず(支給額も被災者の所得にかかわらず一律三〇〇万円とされている。右規則五条三項)、更には労災保険法一二条の四による代位の対象ともならないと解されていることからすれば、むしろ遺族に対する見舞金の性格を持つものとみるのが相当で、これを逸失利益から控除するべきものと解するのは相当でない。

七  まとめ

以上の次第で、本訴請求中、前記五の5で認定した部分及びこれに対する本件事故の日である昭和六三年一二月二九日から完済まで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分を認容することとし、その余の部分を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 小島正夫)

別紙一及び二 〔略〕

別紙3

<省略>

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