岡山家庭裁判所 平成2年(家)198号・平2年(家)199号 審判
主文
相手方は、申立人との別居解消又は離婚成立に至るまで、事件本人両名の学校の夏期休暇期間中の7日間並びに春季休暇及び冬季休暇期間中の各3日間、事件本人両名を申立人肩書住所地に宿泊させて、申立人と面接させよ。
理由
1 申立ての趣旨及び理由
申立ての理由及びその趣旨の要旨は次のとおりである。すなわち、申立人と相手方は、昭和55年5月1日に婚姻した夫婦であり、事件本人安田弘行(昭和56年1月31日生、以下弘行という。)及び事件本人安田由美子(昭和57年3月28日生、以下由美子という。)の二人の子をもうけた。しかし、相手方の養母安田聖子(以下、聖子という。)は、申立人の事件本人らの養育方法を非難し、聖子に理解を示す相手方とともに、申立人を聖子、相手方及び事件本人らが居住する住居から追い出し、申立人が事件本人を養育する機会及び面接する機会を奪っている。聖子は親権者でないうえ、事件本人らに申立人を誹謗する言動を繰り返しており、事件本人らの事実上の監護者としても不適当である。また、相手方は、聖子に同調するだけで、事件本人らの監護はほぼ聖子にまかせている状態にあり、事件本人らの監護者として不適当である。そこで、申立人と相手方が別居を解消するまで又は離婚するまでの間、事件本人らの監護者を申立人と定めること、及び相手方に対し事件本人らを申立人に引き渡すことを命じる審判を求めるというものである。
2 当裁判所の判断
(1) 事件の経過
家裁調査官の3回にわたる調査結果を含む一件記録によると、本件につき次の経過が認められる。
ア 申立人と相手方は、昭和55年5月1日に婚姻した夫婦であり、両名には弘行(昭和56年1月31日生)及び由美子(昭和57年3月28日生)の2人の子が生まれた。相手方は、安田晴男(以下、晴男という。)及び聖子の養子であり、幼いころから養父母に育てられたものであり、申立人と相手方も、婚姻後聖子らの住居の隣に居住していたが、弘行の出生したころから、聖子が弘行の育て方について申立人にいろいろ口を出すようになり、意見の対立から聖子と申立人との間で軋轢が生じるようになった。昭和56年末ころに、弘行にアレルギーの症状が出始めるや、その対立はますます激しくなり、聖子は、弘行のアレルギーの原因は申立人が腐った卵を食べさせたことにあるとして申立人を非難し、申立人には弘行の養育を任せられないとまで主張し、専ら弘行の養育を聖子がみるようになった。そして、聖子及び晴男は、昭和57年10月に相手方が下関市へ転勤すると、自分達も下関市へ転居して相手方ら家族と同居するようになり、昭和61年8月に相手方が岡山市(相手方が勤務する会社の社宅に入居)へ転勤になると、今度は岡山市へ転居して相手方ら家族と同居した。
イ 申立人と聖子の弘行の養育をめぐる争いは次第に拡大し、申立人は、聖子に同調する相手方に不信の念を抱くようになり、その後夫婦の関係も悪化するようになった。そこで、申立人は、平成元年5月ころ、事件本人らを連れて一旦北九州市の実家に移ったが、同年6月ころ事件本人らを連れて岡山市の住居(前掲の社宅)に戻るや、同年7月ころ相手方から離婚調停の申立てがなされ、そのころ相手方及び聖子らは事件本人らの学校に赴き、事件本人らを北九州市内の養父母方へ連れ去った。そして、相手方及び聖子らは、同年8月に岡山市内に住居を借受け、事件本人らをそこへ移し、相手方、晴男、聖子及び事件本人らと同所で生活を始めた。申立人は、当時岡山市の社宅に一人で居住していたが、相手方からの申し出を受け、社宅を相手方らに明渡し、北九州市の実家に転居し、それ以後、相手方、晴男及び聖子が事件本人とともに前記社宅で生活をするようになった。なお、相手方は、平成2年11月に富山市へ転勤となり、晴男、聖子及び事件本人らを連れて富山市へ転居し現在に至っている。
ウ 申立人は、現在北九州市の肩書住所地の実父所有の家屋に実父母とともに居住し、薬剤師として月額約20万円の収入を得ている。申立人の父は65歳、母は59歳であり、ともに健康であり、年金により生活している。その住居は、事件本人らと同居する十分な広さがある。相手方は、製薬会社に勤務しており、平成2年11月に富山市に転勤した。晴男は78歳、聖子は70歳であり、ともに健康である。事件本人らの世話は、主として聖子が行っている。
エ 弘行は、小学校4年生であり、岡山市居住時には小学校によくなじみ、勉学、友人との交遊等の面では、特に問題は見られなかった。弘行は、聖子から、自分がアレルギーになったのは、申立人が腐った卵を食べさせたからであるし、申立人は聖子に毒を飲ませた等と聞かされ、それを信じて、申立人に対して強い反感をもち、申立人のことは嫌いであり、一緒に住むことはもちろん、会うことも嫌であるし、相手方が申立人と離婚したうえで再婚し、自分に新しい母親ができればよい旨述べている。弘行のこのような気持ちは、平成元年7月末ころの申立人と別居を始めた当時には見られなかったもので、申立人と別居後、すなわち申立人と離れて相手方、晴男及び聖子との生活を始めて以後に生じ、時がたつにつれて強固なものになってきている。他方、弘行は、現在では聖子に対して強い親和の感情を有しており、アレルギーのことを心配してくれたのも聖子だし、喘息がでたときに親身に看病してくれたのも聖子であり、聖子の方が申立人より自分のことを心配してくれており、相手方や聖子と生活したい旨述べている。
オ 由美子は、小学校3年年であり、岡山市居住時には小学校によくなじみ、勉学、友人との交遊等の面では、特に問題は見られなかった。また、概ねエに記載した弘行と同様の状況にあるが、由美子は、特に兄である弘行を信頼する姿勢が強く、由美子の考え方は相当程度弘行の影響を受けている。
カ 前掲離婚調停は、当裁判所平成元年(家イ)第285号事件として調停が行われたが、平成元年12月不成立となった。同調停においては、調停委員会及びその意向を受けた家裁調査官は、事件本人の福祉のためにも申立人と事件本人の面接交渉を実現することが重要と考え、相手方に申立人と事件本人らの面接をさせるよう強力に働き掛け、相手方も数回の面接を了解したが、結局、事件本人らが申立人との面接を拒否しているといった理由を付けて約束を違え、1回の面接をさせたにすぎない。また、本件においても、調停に付された後に、調停委員会及びその意向を受けた家裁調査官が、強力に申立人と事件本人らの面接を実現すべく働き掛けたが、結局、事件本人らの拒否の姿勢が強く、相手方及び聖子も面接交渉に消極的であったため、申立人と事件本人らの面接交渉は実現しなかった。そして、相手方は、事件本人の気持ちをたてに、申立人と事件本人らとの面接交渉はもちろん、申立人を事件本人らの監護者にしたり、事件本人を申立人に引き渡すことは考えられないとして、調停期日への出席にも消極的な姿勢を示すようになったので、調停委員会は調停の成立の見込みがないとして、調停を不成立とした。
(2) 以上の経過を踏まえて検討した結果、当裁判所は次のとおり判断する。
ア まず、夫婦が離婚していない状態で、家庭裁判所が子の監護者の指定等の処分をなしうるかどうかについては、見解の分かれているところである。しかし、夫婦は互いに協力する義務を有するのであるから、子の監護、養育についても協力する義務を有するのであって、その協力の内容等について協議ができないときは、家庭裁判所が、民法752条、家事審判法9条1項乙類1号により、子の監護に関する事項を定めることができると考える。本件においては、事件本人らの監護をめぐって、申立人と相手方の間に深刻な紛争が存し、子の監護者を誰にするか、子との面接交渉をどうするか等について、当事者間に協議ができない状態にあるので、家庭裁判所においてこれを定めることが可能である。また、家庭裁判所の定める内容については、家庭裁判所は申立ての趣旨に拘束されることなく、子の福祉のために最も望ましい内容を定めれば足りると考える。
イ そこで、事件本人らの監護の在り方について考えるに、前記の紛争の経過を見るに、本件は、そもそも、事件本人らの親権者であり実の母親である申立人の養育方法について、何らの権限ももたない聖子が強引に介入し、あたかも自己が母親であるかのごとき態度をとったことに起因している。事件本人らが聖子に対して強い信頼をよせていることからして、申立人のとった養育方法が必ずしもすべて適切であったかどうかについては疑問の余地がないわけではないが、親権者である申立人を事件本人らの監護から排除しなければならないほどの問題があったとは認められない。したがって、聖子の態度が相当でないことは明らかである。また、事件本人らが、現在申立人に対して強い拒否反応を示し、聖子及び相手方らとの生活を望んでいるについては、聖子が申立人を誹謗し、事件本人らがこれを信じたために生じた結果である面が強いが、このような聖子の態度は、長い眼で見た場合、事件本人らの真に健全な心身発達を阻害するものであり、問題があると思われる。聖子のこのような監護態度を容認し、聖子に事件本人らの養育を委ねている相手方の態度が相当でないことも明白である。現に、特に弘行には、聖子の影響を受けた人格の歪みの現れと思われる発言や行動がみられる。
しかし、他方、現状では、弘行及び由美子とも、申立人に対する反発が極めて強く、しかも、相手方及び聖子らとの生活の中で安定し、かつ、その生活の継続を強く希望しているのも疑いのない事実である。このような状況下で、敢えて事件本人らの監護者を申立人と定め、申立人との生活を命じることは、未だ十分な判断能力を有しているわけではない事件本人らに対し、大きな動揺を与え、混乱をもたらすことになり、事件本人らに与える負の影響が懸念される。したがって、少なくとも、当面は、事件本人らの監護者を申立人と定め、事件本人らに申立人の下で生活することを命じることは、相当ではないといわざるをえない。
ウ 次に、申立人は事件本人らの親権者であり、原則として事件本人らと自由に面接できる立場にある。したがって、事件本人らを現に監護している相手方及び聖子らは、申立人が事件本人らの福祉を害さない範囲で面接するについては、これを妨害することが許されないことは当然であるが、事件本人らは、前記のとおり申立人との面接を拒否しているのが現状である。現状のままでは、申立人と事件本人らが面接をすることは極めて困難な状況にある。
しかし、事件本人らが、今後長期的に見て、真に健全な心身発達を遂げ、年齢に応じた健全な人格形成を図っていくためには、事件本人らと実の母親である申立人の間の心的な信頼関係を回復することが不可欠である。そのためには、当面、事件本人らと申立人との間の面接交渉を実施し、これを通して意思の疎通を図っていくことが肝要である。本件においては、事件本人らの時間的、物理的及び心理的負担を少なくし、かつ、事件本人らが実の母親との心的信頼関係を回復していくという面接交渉の趣旨を実現するためには、当面、事件本人らが学校の長期休暇期間中に一定期間申立人方に宿泊し、特に聖子が立ち会わない形で面接を重ねていくことが適当であると考えられる。そして、この面接交渉を実現するためには、相手方及び聖子において、事件本人らに対し実の母親を敵視するような言動をとってはならないことはもちろん、事件本人らの申立人に対する誤解をとかせ、事件本人らが申立人との面接に応じていくように、事件本人らに働き掛けていく必要がある。この働き掛けは、現に事件本人らを監護している相手方にとっては、事件本人らの健全な発育を図るために実行しなければならない責務である。
そこで、上記面接交渉の実行を相手方にその義務として命じることとし、主文のとおり審判する。
(家事審判官 山名学)