広島地方裁判所 平成元年(行ウ)5号 判決 1997年3月04日
広島県福山市野上町二丁目八番一七号
原告
藤原正義
右訴訟代理人弁護士
服部融憲
同
木山潔
広島県福山市三吉町四丁目四番八号
被告
福山税務署長 黒瀬澄男
右指定代理人
榎戸道也
同
徳岡徹弥
同
伊奈垣光宏
同
清水利夫
同
小林重道
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が、昭和六一年一二月二六日付けで原告に対してなした原告の昭和五七年分の所得税の決定処分及び無申告加算税の賦課処分、昭和五八年分ないし同六〇年分の所得税の各更正処分及び各過少申告加算税賦課処分をいずれも取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告
原告は、中華そば屋を業とするいわゆる白色申告者である。
2 原告の確定申告
原告は、昭和五七年分の所得税について確定申告をせず、同五八年分ないし六〇年分の所得税については、別表1の各年分申告年月日欄記載の日に、同事業所得の金額(総所得金額)欄及び税額欄記載のとおりの確定申告をした。
3 被告の処分
被告は、昭和五七年分ないし同六〇年分(以下「本件各年分」という。)の所得税について、昭和六一年一二月二六日付けで、別表2の各年分決定処分及び更正処分の事業所得の金額(総所得金額)欄及び税額欄記載のとおりの決定(以下「本件決定」という。)及び更正(以下「本件各更正」という。)並びに無申告加算税額欄及び過少申告加算税額欄記載のとおりの賦課決定(以下「本件各賦課決定」という。)をした(以下、本件決定、本件各更正及び本件各賦課決定をあわせて「本件各処分」という。)
4 本件各処分の違法性
(一) 税務調査の違法性
税務調査をするには、申告に誤りがあることを推測させる相当な理由があるという客観的必要性があることが必要であるところ、被告の調査官が原告に対して行った税務調査(以下「本件税務調査」という。)は、漠然と原告の申告が正しいかどうかを確認することを理由とするものであって、右客観的な必要性を欠いており、違法である。
そして、税務調査が違法の場合、それに基づく更正等の処分も違法となると解すべきであるので、本件各処分は、違法な税務調査に基づく違法な処分として取り消されるべきである。
(二) 推計の違法性
本件各処分は、推計の必要性がないにもかかわらず、不合理な推計によって、原告の本件各年分の各事業所得の金額を過大に認定してなされている点で違法である。
5 不服申立て
原告は、本件各処分について、昭和六二年二月二五日、被告に対し異議申立てをしたが、被告は、同年六月一九日付けで、これを棄却する旨の決定をした。
そこで原告は、同年七月一八日、国税不服審判所長に対し審査請求をしたが、同所長は、同六三年一一月一七日付けで、これを棄却する旨の裁決をした。
6 よって、原告は、被告に対し、本件税務調査の違法又は原告の本件各年分の各事業所得の金額を過大に認定したことの違法を理由に、本件各処分の取消しを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1ないし3及び5の事実はいずれも認める。
2 同4(一)、(二)の事実は否認し、主張は争う。
三 被告の主張
1 税務調査の必要性
税務調査の客観的な必要性の有無については、当該調査の目的、調査すべき事項、申請、申告の体裁内容、帳簿等の記入保存状況、相手方の事業の形態等諸般の具体的事情にかんがみ判断されるべきものであるところ、本件の場合、昭和五七年分については原告の申告がなかったこと、また、原告が被告に提出した昭和五八年分ないし昭和五九年分の確定申告書裏面の所得金額の各欄には、事業専従者控除額及び所得金額の記載はあるものの収入金額及び必要経費の記載がなく、さらに、原告の業種からすれば一〇万円単位で所得が算出されることは通常あり得ないにもかかわらず、昭和五八年分の所得金額は一三〇万円であるなど、その内容が不明確でその基礎に疑問があることから、原告の申告した所得金額が正しいかどうかを確認する必要があったため、調査を実施したものである。また、昭和六〇年分については、昭和五八年分及び昭和五九年分と同様、確定申告書裏面の所得金額の各欄には、事業専従者控除額及び所得金額の記載はあるものの収入金額及び必要経費の記載がなく、事業所得の計算内容が不明確でその基礎に疑問があることから、昭和五九年分以前の調査と並行して調査することとしたものである。
以上の経緯からすれば、本件において、具体的事情にかんがみ税務調査の客観的な必要性があったことは明らかである。
しかも、所得税法二三四条に規定された税務調査の手続は、課税庁が課税要件を充足する具体的事実の存否を調査し確認するための手続にすぎず、調査手続自体が所得の存否又はその多寡を問題とする課税処分の要件となることはいかなる意味においてもあり得ないから、仮に調査手続に違法があったとしても、それに基づく課税処分を違法ならしめることはないというべきであって、原告の主張は失当である。
2 推計課税の必要性
原告の行った本件各年度の確定申告は、前記1のとおり、事業所得の計算内容が不明確でその基礎に疑問があるものであった。
被告の調査官藤原節夫(以下「藤原調査官」という。)は、原告から提出された本件各年分の各所得税の確定申告書に記載されていた事業所得の金額が正しいかどうかを確認するため、昭和六〇年一一月一九日から、延べ約七回に亘り、原告方へ赴き、原告及び原告の妻で原告の営業の経理を担当していた藤原鏡子(以下「鏡子」という。)に対し、再三にわたって、事業に関する帳簿書類等を提示するよう求め、電話により何度となく説得を試みるなどして、調査に対する協力を依頼したが、原告は、帳簿書類等を提示せず、調査に協力しなかった。
そこで、藤原調査官及び同人を引き継いだ被告の調査官安田学(以下「安田調査官」という。)は、原告の取引先に対する反面調査を行ったが、それによって、本件各年分の原告の事業所得の金額を算定することはできなかったので、原告に対して、それまでの調査の結果に基づき算定した本件各年分の売上金額等を概算で示し、あわせて修正申告をする意思があるかどうかの確認を行ったが、原告は右金額を否定するのみで、自己の売上金額等を説明し、又は帳簿書類等を提示することはせず、調査に協力しなかった。
以上のとおり、原告は調査に非協力的であり、かつ、原告の所得金額を実額で算定するに足りる帳簿書類等を提示せず、また、反面調査によっても右金額を実額で算定する資料の把握ができなかったのであるから、被告が、原告の本件各年分の事業所得の金額を算定するためには、推計課税の方法による必要性があった。
3 推計課税の合理性
以下のとおり、被告は、原告の取引先に対する反面調査によって、本件各年分の原告の麺の仕入金額を把握して、これを基礎数値として、これに原告と業種、業態及び事業規模の類似する同業者(以下「類似同業者」という。)の売上倍率(麺の仕入金額に対する売上金額の割合をいう。)の平均値を適用して原告の売上金額を算定し、右売上金額に類似同業者の所得率(売上金額に対する算出所得の金額(売上金額から事業主の妻に係る青色専従者給与額以外の経費の額を控除した後の金額)の割合をいう。)の平均値を乗じた上、これによって得た算出所得の金額から事業専従者控除額を控除する方法で原告の本件各係争年分の事業所得の金額を算出した。
(一) 類似同業者の選定
被告は、次の(1)ないし(7)のとおり、原告の業種、業態に合致することを主たる内容とする一定の条件(以下「本件抽出基準」という。)を設定して、類似同業者の抽出基準とした。
(1) 本件各年分を通じて中華そば屋を営んでおり、その中途において開廃業、休業又は業態の変更をしていない者
(2) 中華そば専門店(中華そばの売上が大部分を占める。)である者
(3) 本件各年分を通じて青色申告につき税務署長の承認を受けている者
(4) 事業に係る仕入金額のうち麺の仕入金額が次の<1>ないし<4>のいずれかに該当する者(この金額は、被告が把握している原告の本件各係争年分の麺の仕入金額のそれぞれ約二分の一以上かつ二倍以下の金額である。)
<1> 昭和五七年分 一四六万七〇〇〇円以上 五八七万七〇〇〇円以下
<2> 昭和五八年分 一五九万六〇〇〇円以上 六三八万五〇〇〇円以下
<3> 昭和五九年分 一六〇万六〇〇〇円以上 六四二万四〇〇〇円以下
<4> 昭和六〇年分 一五一万六〇〇〇円以上 六〇六万七〇〇〇円以下
(5) 従業員数(事業主を含む。)が各年分とも一名ないし四名の者
(6) 店舗の椅子数が八ないし三二の者
(7) 更正又は決定の処分を受けた者にあっては、国税通則法若しくは行政事件訴訟法の規定による不服申立期間若しくは出訴期間が経過している者又はこれらの訴訟が係属していない者
そして、被告は、近隣の広島県東部及び岡山県南部各税務署管内から右の条件に合致する個人をすべて抽出し、抽出された者すべてを類似同業者として採用したものであり、右方法により選定された類似同業者は、機械的に抽出され、そこに恣意の介在する余地はなく、また資料内容は正確であるから、被告の推計方法は客観的な合理性を有するものである。
(二) 類似同業者の所得率
被告が前記により選定した類似同業者(以下「本件類似同業者」という。)の本件各年分に係る売上金額、麺の仕入金額、算出所得の金額、売上倍率、算出所得率、平均売上倍率及び平均算出所得率は、別表3-1(昭和五七年分)ないし3-4(昭和六〇年分)記載のとおりである。
(三) 収入金額
被告が、原告の取引先等に対する反面調査等により把握した本件各年分の原告の麺の仕入金額は、別表4の各麺の仕入金額欄記載のとおりである。
(四) 事業所得の金額
被告は、前記原告の麺の仕入金額に、本件類似同業者の売上倍率の平均値を適用して、原告の本件各年分の売上金額を算定し、右売上金額に本件類似同業者の所得率の平均値を乗じた上、これによって得た算出所得の金額から事業専従者控除額を控除して、別表4の事業所得金額欄記載のとおり、本件各年分の原告の各事業所得の金額を算出した。
3 本件各処分の適法性
したがって、本件決定及び本件各更正において被告が認定した本件各年分の原告の各総所得金額は、それぞれ、合理的に推計された当該年分の原告の事業所得の金額を上回るものではないから、その範囲でなされた本件決定及び本件各更正は適法であり、また、これを前提とする本件各賦課決定も適法である。
四 被告の主張に対する認否及び原告の反論
1 被告の主張2(推計課税の必要性)のうち、原告が税務調査に協力しなかったという事実は否認し、本件において、推計課税の必要性が存在したとの主張は争う。
被告による推計課税が許されるのは、推計の必要性がある場合のみであり、推計の必要性が認められるのは、納税者が帳簿書類等の資料を備え付けていない場合あるいは整備していない場合、帳簿書類等の記載内容が不正確な場合又は納税者が税務調査に協力しない場合に限定される。
しかるに、本件は右のいかなる場合にも当たらず、推計課税の必要性は認められない。
2 被告の主張3(推計課税の合理性)の事実は不知ないし否認し、本件において推計課税の合理性が認められるとの主張は争う。
被告が行った本件各処分の基礎となる推計は、同業者の抽出基準、抽出過程及び選定した同業者の件数の内容については、以下のとおり、いずれも合理性が存在しない。
(一) 同業者の抽出基準について
推計課税における同業者の抽出基準については、類似性として、業種、業態の同一性、法人、個人の区別、事業所の近接性、規模の近似性が要求される。
しかし、本件において、被告が設定した抽出基準には、業種の同一性が認められるだけであり、業態、すなわち、麺がほとんどなのか、アルコールの割合はどうなのか、麺以外の商品の存在とその割合はどうなのかとの観点からの類似性が明らかにされておらず、法人、個人の区別もされていない。
事業所の近接性については、福山税務署管内に一〇〇軒近い中華そば業者が存在するにもかかわらず、同管内で類似同業者として抽出されたのは二軒の業者のみであり、他は、隣接税務署の管轄地域を飛び越えて、三原税務所管内及び岡山県内から抽出されている。これは抽出基準を逸脱した違法な方法である。
また、規模の近似性については、麺の仕入れ金額を要素とした、いわゆる倍半基準を用いているが、それには合理性がなく、むしろ売上金額に基づいて規模の近似性を確保すべきであるのに被告はそうしていない。現実に被告が抽出した業者の中には、原告と売上金額の点で一四〇〇万円以上の差が生じているものがあり、規模の近似性は認められない。
さらに、抽出基準を満たしているかどうかの判断資料は正確であることが必要であり、そのためには、一定期間同種事業を継続していることが必要であるが、被告が抽出した業者のうち、四年間通じて抽出されているのは二つの業者だけであり、このような状況では判断資料の正確性は期待できない。
以上により、被告の類似同業者抽出基準にはまったく合理性がない。
(二) 抽出過程について
同業者の抽出過程には、課税庁の思惑や恣意の介在する余地のないことが必要であるが、本件においては、次の事実から、同業者の抽出過程に被告の恣意が介在していたといわざるを得ない。
すなわち、広島国税局には、昭和六一年一二月二二日、安田調査官が原告店舗に赴き推計による税額の告知をした時点以前から、中華そば業者一般に対する更正決定を下すための恣意的な基準が存在しており、被告は、原告の業態などを考慮せず、右基準を原告に対して適用して本件処分を行ったものである。
右主張を裏付ける事実として次の事実を指摘することができる。
まず、前(一)に記載したように、被告が抽出した類似同業者については、事業所の近接性、資料の正確性を欠いており、これは恣意的に同業者を選んだことの証左というべきものである。
また、本件抽出作業に携わったと被告が主張する安田調査官は、証人として、本件類似同業者の抽出過程については古いことで記憶にない旨証言し、まったく不自然である。
さらに、昭和六二年二月二五日付け原告の異議申立てに対する異議却下決定の中で、被告が本件各年分の推計課税のために抽出した業者は、平成元年九月二八日付け広島国税局の本件に関する類似同業者抽出についての通達に対する回答によって抽出された業者(本件類似同業者)と同一である。このように、課税処分段階で抽出された業者とその後の課税処分取消請求訴訟段階で立証のために抽出された業者とが同一であることは、課税処分段階で抽出された業者が訴訟段階で被告が主張する抽出基準に合致する業者であることを推認させるものであるようにも見えるが、その反面、あらかじめ、中華そば業者一般に対する更正決定を下すための恣意的な基準が存在していれば、これを容易に合致させることができるのであってかえって、このように完全に合致したということは、中華そば業者一般に対する更正決定を下すための恣意的な基準が存在していたことを裏付けるものというべきである。
これらの事実を総合すると、被告の行った類似同業者の抽出が合理的なものであるとは到底言えない。
(三) 選定件数について
被告は、類似同業者として七つの業者を選定したと主張するが、資料の正確性を担保されているのは、そのうちの二つの業者にすぎず、さらにそのうちの一つの業者は三原税務所管内の業者であるので、結局、原告と同じ福山税務所管内で資料の正確性が担保された業者は一つだけであることになり、選定件数に合理性が存在するとは言えない。
(四) 同業者比率の内容の合理性について
被告は、麺の仕入れ金額をもとに同業者比率を算出しているが、その結果、麺一玉あたりの売上単価の金額について、選出された本件各年の類似同業者の間に、昭和五七年分では一五九円、昭和五八年分では一二四円、昭和五九年分では一四二円、昭和六〇年分では一五九円の格差が生じ、また、推計された原告の麺一玉あたりの売上単価の金額も昭和五七年では四七〇円、昭和五八年分では四六四円、昭和五九年分では五二三円、昭和六〇年分では五〇一円という金額になり、原告の販売するラーメンの価額が三〇〇円ないし三五〇円だったことに照らしてみると不合理性が明白である。
3 以上のように、被告が推計の方法により算定した原告の本件各年分の事業所得の金額は、原告の事業の実情を無視した不合理な方法による推計である。
五 原告の実額主張
1 昭和五八年分ないし同六〇年分の事業所得金額
原告の昭和五八年分ないし同六〇年分の売上金額、各必要経費の金額、事業所得の金額は、別表5記載のとおりである。
2 昭和五七年分の事業所得金額について
原告は昭和五七年分について伝票などの資料を失っているので、同年分の原告の事業所得の金額については、同年分のはせべからの麺の仕入玉数に基づき、次のとおり自己推計を行った。
(一) 自己推計の基礎
昭和五七年のはせべからの仕入玉数は五万八七〇〇個である。
昭和五八年から同六〇年分の売上金額、仕入金額、経費合計額、麺の仕入玉数の数値を基に、麺の仕入玉数に対する倍率とその平均を別表6-1のとおり算出した。
(二) (一)で求めた売上金額、仕入金額、経費の合計額に対する麺の仕入玉数の平均倍率を昭和五七年分の麺の仕入玉数に乗じて算出した昭和五七年分の事業専従者控除前の所得金額は別表6-2の事業専従者控除前の所得金額欄記載のとおりであり、さらに別表6-2の同年分事業専従者控除額欄記載の鏡子に係る専従者控除を差し引いた三六〇万四五一四円が原告の昭和五七年分の専従者控除後の事業所得の金額である。
六 原告の実額主張に対する認否及び被告の反論
納税者が推計課税取消訴訟において所得の実額を主張し、推計課税の方法により認定された額が右実額と異なるとして推計課税の違法性を立証するためには、その主張する実額が真実の所得に合致すること、すなわち、その主張する売上金額がすべての売上に係るものであってこれに漏れがないこと及び必要経費が実際に支出され、当該事業と関連性を有するものであることを合理的疑いを入れない程度に立証する必要があるというべきである。
これを本件についてみるに、売上について、原告は、売上及び仕入の日計(以下「日計メモ」という。)並びにメモ書きを売上金額算出の根拠とするが、これらは日々のすべての売上を記載しているものではないので、すべての売上に係る売上金額を漏れなく立証しているとはいえず、また、必要経費について、原告は領収書等を書証として提出するが、例えば、商店で購入した物品の明細すら明らかにしないなど事業との関連性の立証を十分に行っていない。
したがって、原告が主張している本件各年分の各事業所得の金額は、真実の所得金額に合致するとは認められない。
具体的には、原告の主張する実額計算には原告が主張する売上や売上に係る証拠書類の中に、以下のような不明確な部分が存在し、必要経費に関する問題点を指摘するまでもなく原告の実額主張は失当である。
1 昭和五七年分の売上金額
原告は、昭和五七年分について伝票などの資料を失っており実額計算ができないので、株式会社はせべからの麺の仕入玉数を基本に、原告が実額主張している昭和五七年分から昭和六〇年分の売上金額、仕入金額、経費合計額及び麺の仕入玉数を基に算出した麺の仕入玉数に対する各倍率を参考にして自己推計した結果、昭和五七年分の事業所得の金額は三六〇万四五一四円である旨主張する。
しかしながら、原告の右自己推計の方法は、正確でない売上金額等を基礎とするものであって、まったく合理性がないものといわざるを得ない。
2 日計メモ及びメモ書き
原告か実額主張の根拠とするるメモ書きは、その記載の体裁や記載方法からみて会計の準則に従って日々の取引の結果を正確に記載したものとは到底いえないから、その作成過程において売上の計上漏れなどが発生した場合の検証方法がなく、右メモ書きによって原告の主張する売上がそのすべてであることを証明することは到底できないものといわざるを得ない。
また、日計メモは、右メモ書きを転記したものにすぎないから、これによっても原告の主張する売上がそのすべてであることを証明することはできない。
原告の右メモ書きに記載された売上金額が、その正確性を担保し得るものであるか否かについては、以下に指摘するような具体的問題点が存する。
(一) 右メモ書きに記載する売上金額は、閉店時の現金有高に売上から支払った仕入代金を加算し開店時の現金有高を差し引いた差額で計算されているところ、右メモ書きには、開店前の現金有高が記載されていないことから右メモ書きに記載された売上金額の正確性は極めて疑わしいといわざるを得ない。
また、閉店後の現金有高についても、昭和五八年一月七日を例にとれば、鏡子は、メモの右下に記載されている「35000」、「4500」、「3000」金種ごとに分けて書いた当日の現金有高である旨証言しているが、原告の店舗で販売されている商品には一〇円単位のものも複数あることからすれば、残高に一〇円単位の端数がないのは極めて不自然である。そうすると、鏡子が閉店後の現金有高であると証言する部分が真に現金有高を記載しているとは考えられない。
いずれにしても、右メモ書きが、原告の売上金額のすべてを表わすとは到底いえず、その信ぴょう性が担保されていないことは明らかである。
(二) 新聞代、ガス代、水道代、福山繊維ビルの経費(電気代を含む。)などは売上の中から現金で支払われていたが、メモを付けていた鏡子自身が「抜けてるのもある。」と証言するように、メモ書きには売上から支払った現金が漏れなく記載されていないことから、正確な売上金額を算出するのは不可能である。
(三) 鏡子は、原告の一日の売上金額の計算方法として、その日の釣り銭の残りに、株式会社中山畜産及び株式会社はせべに対する支払いの合計額を足せば、売上金額が算出できる旨証言したが、その後、被告指定代理人が、実際に売上に計上された金額が右計算方法により算出された売上金額よりも一万円程度少ない日があること、支払いが多い日には売上からだけでは支払いができず右計算方法によって売上金額を算出することができない日があることなどを指摘するに至り、メモを見ただけでは他人が売上金額を計算することはできず、原告が見てもわからない旨前証言を覆し、さらに、右計算方法では売上金額の算出ができないことを自認した。
そうすると、もともとメモ書きを基にして売上金額を算定するのは不可能であるといわざるを得ない。
3 売上にかかる原告の供述
原告は、一日の概算の売上の計算方法として、「(麺の玉)数にラーメンの単価を掛けると、大体現金の売上に近い線がでる。」旨供述している。
右計算方法によれば、売上金額を麺の玉数で除せば普通ラーメンの単価に近似するはずであり、昭和五八年四月一日から普通ラーメンの単価が三〇〇円から三五〇円に値上げされたことからすると、同年一月から三月までは、売上金額を麺の玉数で除せば三〇〇円に近似し、同年四月から一二月までは、同様に三五〇円に近似するはずであるところ、同年一月から三月の各月の値は二九四円ないし三〇七円(平均三〇一円)となり三〇〇円に近似した数値が算出されるものの、同年四月以降の各月の値は二八二円ないし三一五円(平均三〇二円)となり、値上げをしているにもかかわらず数値にほとんど変化がなく三五〇円と乖離していることは不自然であるというほかない。特に、同年四月の場合、五〇円の値上げをしたにもかかわらず、それまでの三か月の平均三〇一円より逆に一九円も下がる(同年四月の平均は二八二円)ことなど通常考えられない。
また、月を前半と後半に分けて検討したところ、月の前半と後半で数値にバラツキがみられる。例えば、昭和五八年一月の場合、月の前半は二八三円となるが、後半は三三三円となり、同じ経営条件の下でこのような差が生じるのは極めて異常である。このような例が他の月(同年四月、五月、八月及び一〇月)にも認められることから、原告が売上の一部を除外した金額をメモ書きに記載して売上金額を調整していた(昭和五八年の場合は右計算方法による数値を三〇〇円に近づけようとしていた)ことは容易に推認できる。
右検討結果によれば、売上の計算方法にかかる原告の右供述が到底信用できないものであることは明らかであり、また、メモ書きに真実性も正確性もないことも明らかである。
第三証拠関係
本件訴訟記録中の書証目録、証人等目録の記録を引用する(理由中に引用する書証の成立は当事者間に争いがないか又は関係証拠によりこれを認めることができる。)。
理由
一 請求原因1ないし3及び5の事実はいずれも当事者間に争いがない。
二 本件税務調査の経緯
証拠(証人藤原節夫、証人安田学、証人堀本茂喜)及び弁論の全趣旨によれば、以下の各事実を認めることができる。
1 被告は、原告が、昭和五七年分については所得税についての申告がなく、さらに原告が被告に提出した同五八年文及び五九年分の確定申告書の裏面の所得金額の各欄には、事業専従者控除額及び所得金額の記載はあるが収入金額及び必要経費の記載がなく、内容不明確でその基礎に疑問があったことから、藤原調査官をして、原告の所得税の調査を実施させることとした。
2 昭和六〇年一一月一九日、藤原調査官は、原告の店舗に赴いたところ、当日は定休日となっていた。そのため、原告の自宅へ赴いたところ、原告は不在であったので、鏡子に対し、所得税の調査のため訪れた旨を告げるとともに、原告の所在を尋ねたところ、原告は翌日の準備のため店舗に行った旨申し立てた。そこで、藤原調査官は再度店舗に赴いたがやはり不在であり、しばらく待つこととしたが、原告が店舗へ来なかったため止むなく帰署した。
3 同月二一日、藤原調査官は、店舗へ赴き、原告に身分証明書を提示し、昭和五七年分、昭和五八年分及び昭和五九年分の所得税の調査のため訪れた旨伝え協力を求めたが、原告は、「どうしてうちのようなところに来るのかな。」「他にまだ相談せにゃいけんところがあるし。」と発言するのみで、調査に協力しなかった。藤原調査官は、原告が多忙の様子でもあり、このような状態では当日の調査への協力は得られないと判断して、定休日である同月二六日に原告の自宅へ調査に行く旨告げ、再度、帳簿書類を提示するなど、調査に協力するよう依頼して、同所を辞した。
4 同月二五日、藤原調査官は、鏡子から電話で、自宅では病人がいて都合が悪いから店舗に来てほしい旨の申し入れを受けたので、同月二六日原告の店舗において税務調査を行うこととした。
5 同月二六日、藤原調査官は、原告の店舗に臨場し、原告に対し、原告が申告した所得金額が正しいかどうかを確認する必要があること、さらに昭和五七年分の申告がなされていないことを明らかにして、帳簿書類の提示を行うなど所得税の調査に協力するように要請した。これに対し、原告は、福山民主商工会事務局員(以下「民商事務局員」という。)中川某ら七名を立ち会わせ、「別に見せるような資料はない。ラーメン店を開業して間がないし、まだうちのようなところへ調査に来てもらわんでもよい。」などと申し立てるのみで、調査に協力しようとはしなかった。
また、民商事務局員らは、藤原調査官が説明した調査理由に対し、申告の確認では調査理由にはならないから、原告の所得税の調査が必要な理由について具体的な説明を求めるとか、また特段の理由もないのにどうして原告を調査するのかとか、さらに隣にもラーメン屋はあり、福山にも数多くある中からどうして原告が調査対象になるのか説明せよなどと口々に申し立て、藤原調査官は、原告と思うように話もできない状態となり、原告は、記帳状況の質問についても、記帳書類はあるが、税務署に見せる資料はないと申し立て、何らの調査にも応じようとしなかった。そのため、藤原調査官はこのような状況では調査が進まないと判断し、同所を辞した。
6 同月二八日、藤原調査官は、原告の店舗に臨場し、原告に対し、この前のような状況では、調査が進まないから帳簿書類を提示するなどとして調査に協力するよう再度依頼したが、原告はまったく調査官に応答せず、背を向けて仕事を続けたため、協力が得られないのであれば税務署の方で調査を進めざるを得ない旨原告に伝えて同所を辞した。
7 藤原調査官は、原告から帳簿書類の提示がなく、調査の協力を得るに至らなかったことから、原告の取引先に対する反面調査に移行することとした。
8 藤原調査官は、同年一二月一一日に原告に架電し、先日より調査を進めているが一度会って調査に協力してほしい旨及び一七日の定休日に会いたいので都合を連絡してほしい旨伝えていたところ、前日になって原告から藤原調査官に電話があり、一七日は都合が悪く、次の定休日の二四日と三一日は稼ぎ時なので翌昭和六一年一月一五日以降にしてもらいたいとの申立を受けた。
また、藤原調査官は、同年一月七日にも原告に架電したが、応答した鏡子は、病院にも行かなければならないし、家には病人がいて忙しく都合が悪いと申し立て、さらに営業している日についてもとても無理なので休日にして欲しいなどと申し立てた。
さらに、藤原調査官は、同年一四日に福山市内のパン屋の前で偶然に鏡子と会った際にも、調査に協力するように要請したが、鏡子は、会う時間がない旨を申し立てるのみであった。
右のとおり、藤原調査官は、原告に対し、原告の店舗に赴きあるいは電話等により、繰り返し協力するよう要請したが、原告は、「多忙である。」と申し立てるのみで、原告の事業に関する何らかの帳簿及び証ひょう書類も提示せず、その協力を得ることはできなかった。
9 昭和六一年一月二八日、藤原調査官は、原告の店舗に臨場し、それまでの調査に基づいて算定した売上金額等を概算で示し、併せて原告に修正申告をする意思があるかどうかの確認を行った。
これに対し、原告は同調査官が概算で示した売上金額等について、「そういったことにはならない。話にならない。」と申し立てるのみで、帳簿書類を提示するなどして自己の売上金額等を説明することはしなかった。
また、当日もその場に民商事務局員ら四名が立ち会っており、「調査のやり方が間違っている。」「納税者に言い分をまったく聞いていない。」などと口々に申し立てて収拾がつかなくなったため、藤原調査官は、原告に対して、それまでの調査に基づいて算定した売上金額の概算金額を示し、それを次回までに検討しておくように伝えて同所を辞した。
10 同年二月四日、藤原調査官は、原告の店舗に臨場し、再度、原告に修正申告の意思があるかどうかの確認をした。
これに対し、原告は、前回と同様、藤原調査官が概算で示したような数字にはならない旨申し立て、また、その場に立ち会っていた五名の民商事務局員らも「納税者の言い分を聞いていない。」などと前回と同様の申立てを繰り返すばかりであった。
そこで、藤原調査官は、原告に対し「そういうふうにならないんであれば、本人さんが付けられてる帳面等を見せて下さい。」と、再度原告に帳簿書類の提示を求めたが、結局原告から帳簿書類の提示はなされなかった。
11 同年三月一三日に原告から昭和六〇年分所得税の確定申告書が提出されたが、右申告書裏面の所得金額の各欄には、昭和五八年分及び昭和五九年分と同様に事業専従者控除額及び所得金額の記載はあるものの収入金額及び必要経費の記載がなく、内容が不明確でその基礎に疑問があることから、藤原調査官は、昭和六〇年分についても昭和五九年分以前の調査と並行して調査することとしたが、それまでの調査経過からみて調査に対する原告の協力は得られないものと判断し、取引先等の調査を主体とした調査を継続した。
12 同年六月一三日、原告は、民商事務局員一名とともに福山税務署を訪れた。
この際にも、藤原調査官は、原告に帳簿書類を提示して調査に協力するよう求めたが、それに応ずるとの回答を得ることはできなかった。
その後、藤原調査官は同年七月に所属官署からの異動したため、その後の調査は、安田調査官が引き継いだ。
13 安田調査官は、藤原調査官から引き継いだ書類の調査経過からみて、調査に対する原告の協力は到底得られず、原告の所得を実額で計算するのは困難であり推計課税を行わざるを得ないと判断し、上司である被告所得税課統括国税調査官の堀本繁喜と協議の上、推計課税を念頭におき、取引先等を主体とした調査を継続することとした。
14 安田調査官は、昭和六一年一二月一八日、原告の店舗に赴き、藤原調査官から引き継いだ原告の調査が終了した旨告げるとともに、同調査官が行った昭和五七年分ないし昭和六〇年分の調査の結果に基づき算定した事業所得の金額等を説明し、その内容を検討して修正申告の意思があれば同月二二日までに連絡するよう告げて、同所を辞した。
15 同月二二日、原告が福山税務署を訪れ、安田調査官が同月一八日に説明した事業所得の金額等について再度確認したい旨を申し立てた。安田調査官は、再度本件各年分の調査結果を説明し修正申告を促したが、原告は、「こんなに所得はない。」旨申し立てるのみでこれを拒否し、さらに帳簿書類を提示して調査に応ずる姿勢を見せようとはしなかった。
16 右の経緯から、被告は、やむなく所得税法一五六条を適用して、推計の方法により算定した原告の本件各係争年分の事業所得の金額による本件各処分を行った。
三 本件税務調査の適否
原告は、本件税務調査が違法であることを理由に、本件各処分を違法としてその取消しを求めている。
しかし、税務調査は、納税義務確定のための具体的な事実の存否を調査するための事実行為であって、課税処分とは別個のものであり、税務調査が適法であることが課税処分の適法要件となるものではない。
したがって、本件税務調査が違法であったとしても、それにより当然に本件各処分が違法となるものではないのであるから、原告の主張は、その点で既に失当である。
なお、原告は税務調査が適法であるといい得るためには、それが具体的事情にかんがみ客観的な必要性があると判断される場合でなければならず、右客観的な必要性については、申告に誤りがあることを推測させる相当な理由があることが必要であるとした上で、本件税務調査は、漠然と原告の申告が正しいかどうかを確認することを理由とするものであって、右客観的な必要性を欠いており、違法である旨主張するが、そもそも税務調査は申告内容の正確性を疑うべき具体的な事由がある場合に限り行い得るというものではなく、一般的に申告内容の正確性を確認する必要がある場合に行い得るものであるところ、前記(二1、11)認定のとおり、原告の所得税の確定申告について、昭和五七年分については申告がなく、さらに同五八年分ないし同六〇年分の確定申告書類裏面の所得金額の各欄には、事業専従者控除額及び所得金額の記載はあるが収入金額及び必要経費の記載がなかったのであるから、その内容の正確性を疑うべき具体的な事由がなくとも被告において申告内容の正確性を調査すべきは当然のことであり、本件において質問検査の客観的必要性が存在したことは明らかであるので、本件税務調査に原告の主張する違法は存在しない。
四 推計の必要性
推計課税(所得税法一五六条)は、税負担公平の見地から、納税義務者の所得を実額によって把握するだけの十分な資料がない場合にも、その者に対する課税を放棄できないことから、実額課税に代替する手段として認められたものと解するのが相当である。したがって、実額調査を行うことができないこと、すなわち推計の必要性が、推計課税の要件となる。
これを本件についてみるに、本件税務調査において、藤原調査官及びその後任の安田調査官が、原告側の事情にも配慮しつつ、数回にわたって原告店舗に赴きあるいは架電等して、原告及び鏡子に対して、帳簿等を提出するなどして税務調査に協力するように要請し、また、反面調査等の調査によって得られた資料に基づき計算した原告の売上金額の概算を原告に対して提示して、修正申告をするように促しているにもかかわらず、原告は「こんなに所得はない。」旨申し立てるのみでこれを拒否し、さらに何らの帳簿書類も提示しようとはしなかったのであるから、被告において、それ以上、原告の協力の下に原告の営業に関する帳簿書類等を調査することは不可能であったと認められる。
したがって、被告は、帳簿書類に基づいて原告の本件各年分の各事業所得の金額を実額で把握することができないためにやむを得ず推計課税に及んだものであるということができるから、本件において推計の必要性が存在したことは明らかである。
五 推計課税の合理性
1 推計課税は税務署長の恣意的な課税を許すものではないから、そこで用いられる推計の方法は、客観的に合理的であると認められるものでなければならないことはいうまでもないが、推計課税が、納税義務者の所得を実額によって把握し得ない場合に実額課税に代替する手段として認められたものである以上、推計によって算出された所得額が実額に近似することが抽象的に推認できるならば、そのような推計は合理性を有するものと認めるのが相当である。
これを本件についてみるに、証拠(乙第一号証、第二号証の一ないし一六、第三号証、証人南本春二、証人藤原鏡子、原告本人)及び弁論の全趣旨によると、以下の各事実を認めることができる。
(一) 広島国税局直税部国税訟務官室国税実査官南本春二(以下「南本実査官」という。)は、実際に調査を担当した安田調査官から原告の業態等について聴取し、その結果、本件抽出基準を設定した。そして、南本実査官の設定した本件抽出基準に基づき、広島国税局長は、平成元年九月二八日付け通達によって、広島県内及び岡山県内の各税務署長に対して、本件抽出基準のすべてに該当する者の本件各年分に係る課税実績等の報告を求めた。
なお、その際、所得金額を算出するにあたっては、売上金額から事業主の妻に係る青色専従者給与以外の必要経費を控除した後の金額を算出し、減価償却費の計算については、定率法により計算し、また、租税特別措置法の規程による割増償却及び特別償却を選択している場合には、その減価償却費の額は定額法により計算し又は増額償却及び特別償却を適用しないで計算したところの金額を用いることとされていた。
(二) これに対して、被告及び岡山東税務署長は各二名、三原税務署長及び岡山西税務署長は各一名の該当者を報告し、それ以外の広島県内及び岡山県内の各税務署長は該当者がいない旨の報告をしたので、被告は、これらの者すべてを類似同業者として選定した。
(三) 本件類似同業者の本件各年分に係る売上金額、麺の仕入れ金額、算出所得の金額、売上倍率及び算出所得率は、別表3-1ないし3-4記載のとおりである。
2 右認定事実によれば、本件類似同業者の選定に当たって被告の恣意が介入する余地はなかったものと認められ、また、本件類似同業者の売上金額及び所得金額はいずれも青色申告書に基づくものであって、しかも、青色申告者ではない原告との間で必要経費の範囲を同一にするため必要な修正が加えられており、その正確性が担保されているものと認められる。
3 そして、原告が、昭和五七年ないし昭和六〇年当時、中華そば屋を営んでいたことは当事者間に争いがなく、また、証拠(証人藤原節夫、証人藤原鏡子、原告本人)によれば、原告は、中華そば専門店であって、中華そばの売上が大部分を占めていたことが認められるから、本件類似同業者と原告とは業種及び業態において共通性を有するものと認められる。
さらに、本件類似同業者の本件各年分の各麺の仕入金額、従業員数及び店舗の椅子数は、それぞれ、証拠(乙第三号証、証人藤原節夫、証人藤原鏡子、原告本人)によって認められる本件各年分の麺の仕入金額、従業員数及び店舗の椅子数の二分の一以上二倍以下の範囲内である(いわゆる倍半基準を充足している。)から、本件類似同業者と原告とは事業規模の点でも共通性を有するものと認められる。
4 これに対して、原告は前記(事実、第二、四、2、(一)ないし(四))のとおり、本件推計課税の合理性についての反論をするのでそれらについて判断する。
(一) 同業者の抽出基準について
原告は、本件抽出基準には、業態に関することとして麺がほとんどなのか、アルコールの割合、麺以外の商品の存在とその割合、個人と法人の区別が考慮されていないと主張する。
しかしながら、推計による課税は、納税者の所得金額を直接資料によって把握することができない場合に、やむを得ず間接資料によって推計した金額をもって真実の所得金額に近似するものとして認定し、課税するものであるところ、原告と類似同業者の類似性を過度に要請することは、推計の方法による課税自体を不可能にすることにもなりかねず、所得税法が推計による課税を認めている以上、業種及び業態、事業所の近似性、事業規模の基本的な要因において類似同業者の抽出が合理的であれば、類似同業者間に通常存在する程度の個別的な営業諸条件の差異は、それが推計を不合理ならしめる程度に顕著なものでない限り、その平均値を算出する過程で捨象されるものというべきである。
原告の右主張は、類似同業者間に通常存在する程度の個別的な営業諸条件の差異に関するものに他ならず、推計を不合理ならしめるものではないので、理由がない。
原告は、原告の存在する福山税務署管内には一〇〇軒近い中華そば業者が存在するにもかかわらず、同管内から抽出された業者が二件のみであり、他は、隣接税務署の管轄地域を飛び越えて、三原税務署管内及び岡山県内から抽出されていることをもって、事業所の近接性が認められない旨主張する。
被告は、本件類似同業者を、広島県内及び岡山県内から抽出しているが、原告の存在する場所が広島県東部の福山市であることからして、事業所の近接性の観点からその抽出地域に不合理な点はなく、また、被告は、業種、業態、事業規模等の類似性を確保するために、本件抽出基準を設けて、相当程度の絞りをかけているのであるから、福山税務署管内に一〇〇軒近い中華そば業者が存在しても、そのうち青色申告者で、本件抽出基準を充たすものが二件しかなく、隣接する税務署管内には存在しないという事態となることもあり得ないこととはいえず、その場合に、ある程度の数の類似同業者を確保するために、隣接しない税務署管内から類似同業者を抽出することもやむを得ないものといわざるを得ず、そのことをもって事業所の近接性を欠く不合理な抽出方法であるということはできない。したがって、原告のこの点の主張は理由がない。
原告は、規模の近似性に関し、被告の設定した麺の仕入れ金額に基づくいわゆる倍半基準には合理性はなく、売上金額による規模の近似性を確保すべきである旨主張するが、被告は原告の売上金額を確知できなかったので、反面調査等によって知り得た麺の仕入れ金額を基礎にいわゆる倍半基準を設定したものであって、そのこと自体責められるべき点ではなく、結果として抽出された同業者間に売上金額についての相当程度の差異が生じていたとしても、そのことから被告の設定した本件抽出基準が不合理なものであるということにはならず、原告のこの点の主張は理由がない。
さらに原告は、被告が抽出した業者のうち、四年間通じて抽出されているのは二つの業者だけであり、このような状況では判断資料の正確性は期待できない旨主張するが、本件抽出基準によれば、本件類似同業者は、本件各年分を通じて中華そば業を営んでおり、その中途において開廃業、休業又は業態の変更をしていない者であることが認められるのであるから、本件各年分を通じて、本件抽出基準を充たす業者が二件だけあったとしても、資料の正確性は確保されており、原告のこの点に関する主張は理由がない。
(二) 抽出過程について
原告は、被告は事前に、原告の業態などを考慮せずに中華そば業者一般に対する更正決定を下すために、恣意的に基準を設けていたのであって、被告による同業者の抽出過程に被告の恣意が介在していた旨主張する。
しかし、原告の右主張はあくまでも推測の域を出ないものであり、何ら理由がない。また、被告が本件決定において使用した類似同業者と本訴において主張する類似同業者が同一であることについては、むしろ、被告の本件処分に恣意のないことを推認させるものであって、これを非難する旨の原告の主張は理由がない。
(三) 選定件数について
原告は、福山税務所管内で資料の正確性が担保された業者は一つだけであり、選定件数に合理性がない旨主張する。原告は、四年間継続して抽出されなければその資料の正確性は認められないということを、右主張の前提とするものであるが、その点については、前記のとおり、理由がなく、したがって、それを前提とする右原告の主張も理由がない。
(四) 同業者比率の内容の合理性について
原告は、推計された原告の麺一玉あたりの売上単価の金額が昭和五七年分では四七〇円、昭和五八年分では四六四円、昭和五九年分では五二三円、昭和六〇年分では五〇一円という金額になり、実際には原告の販売するラーメンの価額が三〇〇円ないし三五〇円だったことに照らしてみると、被告の推計は不合理性が明白である旨主張するが、右原告の麺一玉あたりの売上単価の金額を算出するための計算は、被告が推計した原告の一年分の売上金額を、その年の麺の仕入玉数で除したものであるところ、右売上金額の中には原告が販売していたむすび、卵等の売上金額も含まれていると理解すべきものであり、推計された原告の麺一玉あたりの売上単価の金額が、原告が実際に販売していたラーメンの価額よりも若干高くなったとしても、そのことが被告の推計を不合理とするものではない。
なお、原告がビールを販売していたか否かについては争いがあるが、証人安田は原告の営業がラーメンを中心としながらもビールの売上がある旨の証言をしており、原告はビールについて「置いてますけど販売してません。」と曖昧な供述をし、証人鏡子もビールを酒店から購入していたことを認める証言をしていることからして、量の多寡は別にしても、原告がビールを販売していたことは認められ、それが右売上の一部となっていることは否定できない。
5 以上によれば、本件類似同業者の平均所得率に基づいて推計された原告の本件各年分の各事業所得の金額(推計の過程及び結果は、別表4記載のとおりである。)は、客観的にみて実額に近似することが抽象的に推認できるから、本件推計は合理性を有するものと認めることができる。
六 原告の実額の主張について
1 税務署長を被告とする課税処分の取消訴訟において、被告が推計課税の必要性及び合理性を主張、立証した場合であっても、現実の所得の額が推計に係る所得の額より少ないことが明らかになったときには、実額課税の原則に従い、推計による課税処分は取り消されることになると解すべきである。
もっとも、推計課税は、税負担の公平の観点から、実額課税の代替手段として認められたものであるから、右の場合において、現実の所得金額に関する主張、立証責任は納税者である原告が負担し、原告が、自らの主張する収入金額が収入のすべてであること及び自らの主張する必要経費が営業のために必要な支出であり、その年に費用として発生確定したものであることを立証しなければならないと解するのが相当であるので、以下、このような見地から原告の主張について検討することとする。
2 証拠(証人鏡子、原告本人)によれば、原告の売上に係る金額の主張は、鏡子が毎日作成したメモ書き(甲第五号証の一ないし第四八号証の七九)に基づいているものであることを認めることができる(甲第二号証の一ないし甲第四号証の一二のカレンダーに記載した日計メモは右メモ書きの記載を転記したものである。)。
その他に売上の証拠となる帳簿書類等は提出されていない。
ところで、原告が昭和五八年分ないし六〇年分の各確定申告書に記載した事業所得の金額と本訴において主張する右各年分の事業所得の額とは大幅な相違(特に昭和六〇年分においては約二二六万円増加しているが、これは確定申告書に記載された事業所得の額の約一三八パーセントに相当する。)があり、これらは単なる経理事務処理上の過誤として見過ごすことができない程の大幅な相違であるが、原告は、右相違がいかにして生じたかその理由を一切明らかにしない。
原告の営業の内容及び規模からすると、事業所得を計算するための経理方法は比較的単純なもので賄えると考えられ、収入や費用の認識に格別困難なものがあるとも考えられないので、売上、仕入れ等を正確に記録さえすれば、事業所得を正確に算出することができるはずである。
そして、真実、メモ書き(証人鏡子の証言によれば、これには、仕入れの大きな割合を麺や肉類の仕入れ額も記載されているとする。)により売上が正確に計算できるのであれば、前述のような事業所得の額に大幅な相違がでるはずはないと思われる。
したがって、その点で既に原告の実額の主張には疑問があるが、個別的に検討しても、メモ書きには以下のような大きな疑問がある。
証人鏡子は、閉店時の現金有高にメモ書きに記載されたはせべ及び中山畜産等に対する支払額を加えれば、その日の売上額を算出することができる旨証言するが、同証人は、同時に、売上から支払った新聞代、ガス代、水道代等がすべてもれなく記載されているものではなく、記載漏れがあることを認める証言をしているのである。
また、証人鏡子の証言及び原告の供述によれば、原告方では、むすびや卵等一〇〇円未満の値段のものも販売していたことが認められる(ラーメンも三五〇円等一〇〇円未満の端数がありうる。)ところ、メモ書きから売上を転記したという日計メモ(甲第二号証の一ないし甲第四号証の一二)をみてみると、例えば、昭和五八年二月は九日が九万円、一三日が六万円、一八日が五万円、一九日が七万円、同年三月は二日が四万円、一四日が六万円、同年四月八日が六万円、同年五月二九日が六万円、同年六月は四日が四万円、七日が五万円、同年七月は五日、一五日、一七日、二〇日及び二一日が各五万円等一万円未満の端数がない場合がかなり多いことが認められる(一〇〇〇円未満の端数の記載がない場合を含めると相当の割合になる。)。
しかし、値段に一〇〇円未満の端数のある物を販売しているとき、その売上の合計が金五万円等一万円未満の端数のない金額となる確率は極めて小さく、一〇〇〇円未満の端数のない金額となる確率でもそれほど大きくないものであり、前記の売上の記載は極めて不自然であり、メモ書きによる売上の算出の結果の正確性には疑問がある。事実、証人鏡子は、端数を落として記載した場合もあることを認めている。
そして、メモ書きにより事後的に売上の正確性を検証することができるかも疑問である。
例えば、昭和五八年一月五日の売上に係る甲第五号証の四九のメモ書きや同月一〇日の売上に係る甲第五号証の五四のメモ書き及び同月三一日の売上に係る甲第五号証の八二のメモ書きについて、被告代理人から約一万円ほど計算が合わないと指摘されても、鏡子はその理由を答えられないでいる。
鏡子が、一定の方針のもとにメモ書きを作成してきているのであれば、メモ書きにある数字の意味を明確に答え、そこから売上の算出される所以を明確に説明できるはずであるが、鏡子の証言内容は極めて曖昧である。
以上のことからすると、メモ書きの記載内容の正確性については疑問を抱かざるをえない。
したがって、メモ書き及びそれを転記した日計メモから昭和五八年分から昭和六〇年分の原告主張の売上が正確であり、それ以上の売上がないものと認定することはできず、右年度分の事業所得の実額が証明されたとは到底いうことはできない。
また、昭和五七年分は、昭和五八年分から昭和六〇年分の不正確な売上等を基礎に自己推計したものであるから、この正確性が証明されたとすることができないことは明らかである。
3 以上検討してきたところによると、本件各年分について、原告の主張する収入金額が収入のすべてであるとは認められないので、原告の主張する必要経費の額の正確性等を検討するまでもなく、原告の実額の主張は、現実の事業所得の金額を明らかにするものとしては、失当であるといわざるを得ない。
また、原告は、実額の主張は、被告のした推計の合理性に対する反証であり、推計課税の合理性に疑いを持たせる程度に立証すれば足りる旨主張しているが、この見解を採用するとしても、以上の認定、判断に照らせば、本件推計の合理性が揺らぐことはあり得ないというべきである。
七 結論
よって、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 佐藤修市 裁判官 白井幸夫 裁判官 植田智彦)
別表1
<省略>
別表2
<省略>
別表3-1(昭和57年分)
<省略>
別表3-2(昭和58年分)
<省略>
別表3-3(昭和59年分)
<省略>
別表3-4(昭和60年分)
<省略>
別表4
<省略>
別表5
<省略>
別表6-1
<省略>
別表6-2
<省略>
別表7
<省略>