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広島地方裁判所 平成4年(ワ)704号 判決 1995年11月13日

原告

定者吉人

右訴訟代理人弁護士

古田隆規

生田博通

岩垣雄司

胡田敢

小田清和

金尾哲也

倉田治

坂本彰男

島方時夫

髙岡優

田中千秋

土澤公治

中田憲悟

西原秀治

原垣内美陽

前川英雄

馬渕顕

山田延廣

山本英雄

石口俊一

阿佐美信義

板根富規

上田勝義

大国和江

桂秀次郎

河村康男

高面治美

坂本宏一

新川登茂宣

高村是懿

谷口玲爾

津村健太郎

長尾俊明

西本克命

廣島敦隆

松永克彦

溝手康史

山田慶昭

渡部邦昭

阿波弘夫

今井光

鵜野一郎

大迫唯志

加藤公敏

久保豊年

小山雅男

椎木タカ

関元隆

武井康年

為末和政

外山佳昌

二國則昭

野曽原悦子

本田兆司

松村和明

山口格之

山本一志

我妻正規

被告

右代表者法務大臣

宮澤弘

右指定代理人

村瀬正明

外一名

主文

一  被告は、原告に対し、金一〇万円及びこれに対する平成四年三月一八日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、一〇〇万円及びこれに対する平成四年三月一八日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、検察庁に押送されていた被疑者と検察庁内での接見を申し出た弁護士が、検察官によって接見設備がない理由で接見を違法に拒否され、接見交通権を侵害されたとして、国を相手に、国家賠償法一条一項に基づき慰謝料を求めた事案である。

一  事実経過(以下、事実の認定に供した証拠は、原則として当該事実の末尾に記載する。証拠の記載のない部分は、当事者間に争いのない事実である。)

1  当事者

(一) 原告は、広島弁護士会所属の弁護士であり、平成四年二月二七日、被疑者甲野太郎(当時一七歳、以下「被疑者甲野」という。)の非現住建造物等放火被疑事件(以下「第一被疑事件」という。)について、被疑者甲野から弁護人に選任され、さらに、同年三月一八日、別件の現住建造物等放火被疑事件(以下「第二被疑事件」という。)について、被疑者甲野から弁護人に選任された者である。

(二) 被告は、右当時、広島地方検察庁(以下「広島地検」という。)所属の検察官検事青山裕(以下「青山検事」という。)を使用し、第一被疑事件及び第二被疑事件の捜査及び勾留に関する職務に従事させ、もって、青山検事に国の公権力を行使させていた。

2  接見拒否に至る経緯

(一) 被疑者甲野は、平成四年二月二四日、可部警察署(以下「可部署」という。)において、第一被疑事件で逮捕された。

(二) 同月二五日、広島地検は、可部署から第一被疑事件の送致を受け、青山検事が主任検察官として右事件を担当することになった。

(三) 同月二六日、被疑者甲野は、広島簡易裁判所裁判官が発付した勾留状に基づいて、代用監獄可部署留置場に勾留された。

(四) 同月二七日、原告は、被疑者甲野から、弁護人に選任された。

(五) 同年三月四日、原告は、広島地方裁判所に対し、前記勾留の裁判の取消等を求める準抗告の申立てをし、同月五日、同裁判所は、原裁判のうち勾留場所を代用監獄可部署留置場と指定した部分を取り消して、被疑者甲野の勾留場所を広島少年鑑別所(以下「少年鑑別所」という。)と指定するとともに、その余の準抗告申立てを棄却した。

3  三月五日の接見拒否

(一) 原告は、平成四年三月五日午後二時二〇分頃、青山検事の執務室である広島地検第八検事室(以下「第八検事室」という。)に電話をかけ、応対した事務官竹森一利(以下「竹森事務官」という。)に対し、被疑者甲野の身柄の所在を確認し、被疑者甲野が広島地検で取調べのため待機中であることが分かった(時刻について甲一)。

そこで、原告は、竹森事務官に対し「取調べ前に接見したいので、検事に伝えて下さい。」と申し入れ、竹森事務官が同庁舎内にいる検事に連絡する旨答えたので、原告は、いったん電話を切った。

(二) 原告は、被疑者甲野に対し、勾留場所が少年鑑別所に変更されたことをできるだけ早く伝えようと思い、右接見を急いでいた(第一、二回原告本人)。

(三) 青山検事は、被疑者甲野を半日程度取り調べ、勾留延長請求をする予定であったところ、勾留場所を少年鑑別所に変更する旨の前記決定があったことを同日午後に知り、刑事部長室で上司である刑事部長検事佐藤俊司に報告するなどしていたが、これを終えた直後、刑事事務課において竹森事務官から、原告の右接見申出を知らされた(乙二三、弁論の全趣旨)。

(四) 青山検事は、第八検事室に戻り、同日午後二時三〇分頃、原告に電話をかけ「当検察庁内での接見は、接見のための設備がないので一切できません。被疑者には接見指定しておらず、接見設備のある場所での接見はいつでも自由にできるので、被疑者の接見交通権には何らの支障がありません。」旨述べて、接見を拒否した。これに対し、原告は「検事の取調べ時間以外は、弁護人はいつでもどこでも被疑者と接見できる権利がある。」旨主張して、異議を述べたところ、青山検事は、「忙しいから。」と言って電話を切った(時刻について甲一)。

(五) 原告は、同日午後二時三五分頃、第八検事室入口に至り、ノックしてドアを開け、廊下からドア越しに、被疑者甲野の事件記録を検討していた青山検事に対し、被疑者甲野との接見を申し入れた。これに対し、青山検事は「検察庁には接見室がないので、接見できません。」、「この用件のことについては、もうお話しすることがない。」などと答え、他所から電話がかかって来たので、竹森事務官に部屋のドアを閉めるよう指示した(甲一、乙二三)。

(六) 原告は、ドアを閉めて廊下に出てきた竹森事務官に対し、「記録を検討するなら、取調べまで時間があるはずなので、今直ぐ会わせて欲しい。少年が今待機中の部屋でもいいし、検事の部屋でもいい。戒護の点で問題があるなら、裁判所の勾留質問室を借りて、そこで会わせてほしい。」旨申し入れた。これに対し、竹森事務官は、原告に二階待合室で待機するように言って、青山検事に取り次ぐため第八検事室に戻ったところ、青山検事は、まだ電話しているところであった。

(七) 原告は、待合室で待っていたものの、右事務官がなかなか出て来ないので、同日午後二時五五分頃、第八検事室のドアをノックし、応対に出た事務官に対し「用事を済ませてから後にまた来るので、その時には必ず少年に会わせてほしい。」と告げて、広島地検を出た。

(八) 青山検事は、被疑者甲野の取調べを第八検事室で実施すると、原告が無理やり廊下などで被疑者甲野と接見し、会話を交わす等の行為に及ぶおそれがあると考え、被疑者甲野を庁舎三階の第一一検事室に押送させ、同所において、同日午後三時一五分頃から午後五時四五分頃までの間、被疑者甲野の取調べをした(乙二三)。

(九) 原告は、広島地方裁判所における午後三時からの証人調べを終えて(第一回原告本人)、午後四時四〇分頃、広島地検の刑事事務課を訪れ、青山検事に面会させるよう求めたが、同課の事務官らから「青山検事は、既に用事が済んでいるから弁護士と会うつもりはないと言っています。」、「青山検事は捜査中で会えない。」旨告げられたので、午後五時頃広島地検を去った(時刻について甲一)。

(一〇) 同日、被疑者甲野が可部署の留置場を出房した時刻は午前九時二九分であり、取調べ後少年鑑別所に押送され、同所に身柄が引き渡された時刻は午後六時二五分であった(乙二)。

(一一) 原告は、同日午後七時三〇分から約三〇分間少年鑑別所で被疑者甲野と接見した。

4  三月一八日の接見拒否

(一) 被疑者甲野は、平成四年三月一六日、処分保留のまま釈放されたが、同日、別件の現住建造物等放火容疑である第二被疑事件で再逮捕された。

(二) 同月一七日午前九時頃、原告は、可部署に赴き、被疑者甲野と接見した。原告は、同日午前一〇時から広島地方裁判所で公判が予定されていたことから明日再度接見するということで(第一回原告本人)、この接見を約六分間で終えた。

(三) 原告は、翌一八日午前九時頃、可部署に赴き、被疑者甲野との接見を申し入れたところ、被疑者甲野は、既に広島地検に押送されていた。

(四) そこで、原告は、同日午前一〇時頃、広島地検一階の令状係に行き、応対に出た令状係長吉村全(以下、「吉村係長」という。)に対し、「検事の取調べ前に被疑者と接見したいので、検事に取り次いで下さい。」と申し入れたところ、同係長から「事件は現在配点中なので、二階の待合室で待機していて下さい。」と言われたので、二階の待合室で返答を待っていた。吉村係長は、事件配点決裁終了後、一件記録を持参して第八検事室に赴き、青山検事に原告の右申出を伝えた。(乙二三、弁論の全趣旨)。

(五) 青山検事は、同日午後一時から広島地検管内の検察官会議が予定されていたことから、午前中に被疑者の弁解を録取し、勾留請求手続を済まさなければならず、広島地検庁舎内には接見室がなく、接見を認めるためには被疑者甲野を可部署に戻さなければならないが、その時間的余裕はないと考え、吉村係長に対し、接見の設備がないので接見を認めない旨を原告に伝えるよう指示した(乙二三)。

同日午前一〇時二〇分頃、吉村係長は、原告に対し、「青山検事に配点となりました。青山検事は、『検察庁には接見のための設備がないので、会わせることはできない。一審協議会で決まったことなので、了承しているはずだ。』と言われています。」旨申し伝えた。

(六) 原告は、吉村係長に対し、「納得できない。青山検事に再度連絡をとって下さい。」と申し入れ、同係長に付いて第八検事室まで行き、廊下で待っていると、部屋から出てきた同係長から、「青山検事は先程と同じことを言われています。」と告げられたので、「納得できない。まだ弁護人選任届をもらっていないし、検事調べの前に黙秘権等の注意をするためにも、是非少年と会う必要がある。もし、会わせてもらえないと大きな問題になるかもしれませんと言っていると、検事に伝えて下さい。」と申し入れた。これを受けて、同係長は、再度、青山検事に対し、原告の意向を伝えたが、青山検事の態度に変更はなかった。

(七) 同日午前一〇時五〇分頃、原告は、広島弁護士会所属の足立修一弁護士とともに第八検事室を訪れ、被疑者らの弁解録取手続を行うため一件記録を検討していた(乙二三)青山検事に対し、広島地検内での即時の接見を申し入れた。これに対し、青山検事は、「検察庁には設備がないので接見は認められない。一審協議会でも弁護士会はそのことを了承しているはずです。」などと述べて、接見の申出を断ったが、このやりとりの途中、テープレコーダーを携帯した広島弁護士会所属の大澤久志弁護士が合流した。

(八) 同日午前一〇時五五分頃、原告らは、青山検事に対し、「今日はずっと外で待っている。」と言って、第八検事室を出た後、同日午前一一時四五分頃まで第八検事室の隣の待合室に留まっていた(時刻について甲二)。

(九) 青山検事は、第八検事室で被疑者甲野の取調べを行えば、これに気付いた原告らが同検事室に至り、無用の混乱を来すおそれがあると判断し、これを避けるため、被疑者甲野を庁舎五階の衛生診断室に押送させ、同所において、同日午前一一時四五分頃から同日午後零時五分頃までの間、被疑者甲野から弁解を録取し、同日午後一時一一分、広島地方裁判所に対し、勾留場所を代用監獄可部署留置場とする勾留請求をした(乙二三)。

(一〇) 同日午後四時頃、被疑者甲野が勾留質問のため同裁判所に押送された際、原告は、同裁判所接見室において同被疑者と接見し、第二被疑事件につき同被疑者の弁護人に選任された。

(一一) 同日、広島地方裁判所裁判官は、勾留場所を少年鑑別所とする勾留状を発付し、同日午後五時五一分右勾留の執行がなされた。一方、青山検事は、右決定の勾留場所が少年鑑別所とされたのを不服として、同日午後九時三〇分、広島地方裁判所に準抗告の申立てを行ったが、翌一九日右申立ては棄却された。なお、青山検事は、右申立ての日に被疑者甲野の身柄を勾留決定どおり少年鑑別所に移すよう指示した(乙一九ないし二一、二三)。

(一二) 同月一八日、被疑者甲野が可部署の留置場を出房した時刻は、午前八時三四分であり、少年鑑別所に身柄が移された時刻は、午後八時四〇分であった(乙二)。

二  争点

(原告の主張)

1 接見交通権に内在的制約はないこと及びその理由

(一) 憲法三四条前段は「何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。」と規定している。ここにいう弁護人依頼権が、被疑者が自己の防御のために実質的権利として弁護人との自由な接見交通を行う権利を含んでいることはいうまでもない。この規定は、直ちに理由を告げること及び自由な接見交通権を被疑者に与えることと引換えに、国が被疑者の身柄を抑留または拘禁することを認めたものである。言い換えれば、国は、自由な接見を保障することで初めて被疑者に拘束という不自由を強いることができるのである。したがって、弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者(以下「弁護人等」という。)と被疑者との接見には、何らの制約を課すことができない。刑訴法三九条一項は、この憲法三四条前段に基づき規定されたものであるから、当然何らの制約のない接見交通権を認めたものである。

また、接見交通権とは、身柄拘束中に被疑者と弁護人等が秘密に会うという事実行為にほかならない。このような単なる事実行為である接見交通権は、すでにその内容が明らかであり、憲法三四条以外の他の法律や規則の存在をまって初めて具体化、明確化されるような権利ではない。したがって、接見交通権は、憲法三四条前段の規定を根拠に主張することのできる具体的な憲法上の権利であって、刑訴法三九条一項はこれを確認したにすぎない。

他方、憲法は国の刑罰権の存在及びその行使を予定しているものの、憲法においてはその枠組みが規定されているにすぎず、刑罰権の行使として市民に対しどのような権能を有するか、また、市民の権利を侵害する処分をどのような手続きで行うことができるかは、法律の規定によって初めて具体化されるものである。すなわち、捜査機関の刑罰権の行使に基づく身柄拘束及びそれに伴なう戒護の具体的内容は、法律の規定をまって具体化された法律上の権能にすぎない。したがって、憲法上の具体的権利が法律上の権利によって制限を受けることが法体系の矛盾となるように、接見交通権は、刑罰権の行使はもちろんのこと、これに基づく身柄拘束及びこれに伴う戒護の必要性によって何らの制限を受けるものではない。

(二) 刑訴法三九条二項は、接見の機会に逃亡や証拠隠滅を図ることを防ぐために必要な措置を法令で定めることを認めた規定であり、接見を認めることを前提として権利の濫用を防ぐ措置をとることを明らかにした規定である。この規定は、刑罰権の実現に基づく身柄拘束及びこれを前提とする戒護の必要性を理由に接見交通権を制限できる限度が、法令を根拠とし、かつ、接見交通権の本質を阻害しない範囲であることを明らかにした規定であるとともに、法令の根拠に基づき接見交通権を制約するとしてもこの限度でしかないことを明らかにした規定である。したがって、刑訴法三九条二項に基づいて規定された法令は、接見交通権の本質を阻害しない範囲での適用が予定されている。ましてや、法令の根拠なく刑罰権の実現に基づく身柄拘束及びこれを前提とする戒護の必要性を理由に接見そのものを認めないことは、憲法三四条に違反し、また憲法三一条の強制処分法定主義の大原則にも違反することとなるばかりか、刑訴法三九条二項の趣旨にも反する。

2 接見場所提供義務について

(一) 刑訴法三九条二項の意味は前記のとおりであるから、「同項に予定する法令の規定がなく、かつ接見室のない」検察庁における接見の申出を受けた検察官は、被疑者の身柄拘束及び戒護の必要性を理由に、弁護人等からの接見の申出を拒否することはできず、弁護人等に対し、接見室に代わる接見場所を提供しなければならない義務を負っている。

(二) 広島地検庁舎には、地下一階の警察官同行室(以下「同行室」という。)、検察官執務室(取調室)及び精神衛生診断室等の接見に使用可能な場所があり、また、広島地方裁判所、広島中央警察署又は広島拘置所内に設けられた接見室の使用も可能であったのである。

同行室は、五つの大小の房が用意されているのであるから、接見のために、一つの房を空けたり、被接見者以外の被疑者の居房を変更したりすることが不可能であるとは到底考えられない。また、例えば大きい房においては、鉄格子の傍で接見し、他の被疑者は会話の聞こえない房内の離れた場所で待機させる、あるいは監視台の一方の端で接見し、他方の端において押送警察官が戒護をする等、いくらでも戒護に支障のない方法での接見は可能である。

検察官執務室等の接見場所は、ガラス窓付近やドア入口に押送警察官を配置することによって逃亡等を防止することは可能であり、何ら戒護に支障をきたすことはない。

3 被告の指定権行使の主張について

刑訴法三九条三項の指定権を行使したというためには、指定権者が、指定権を行使するという認識をもって、捜査のために必要であるかどうかを慎重に検討したうえで、指定するか、指定しないかを判断し、指定すべきと判断した場合には、弁護人等に対し、接見の日時及び場所を告知する必要がある。しかるに、青山検事は、前記各接見拒否の際、刑訴法三九条三項の指定権を行使するという認識がなく、指定要件の存否について判断する意識も全くなく、接見の日時、場所の告知もしていないのであるから、前記各接見拒否が刑訴法三九条三項に基づくとの被告の主張は、指定要件の存否を判断するまでもなく失当である。

4 青山検事の行為の違法性

青山検事は、接見室のないことを理由とし、そのことのみに拘泥し、その他の場所を全く考慮することなく、故意に、平成四年三月五日と同月一八日の二回にわたって原告からの接見の申出を拒否したのであり、これらは、いずれも原告の接見交通権を侵害する違法な公権力の行使である。

5 原告の損害

原告は、青山検事の右違法行為により、被疑者甲野との接見を妨害されたため、弁護活動に著しい支障を受け、精神的苦痛を被ったものであり、これに対する慰謝料は、一〇〇万円を下らない。

(被告の主張)

1 接見交通権が無制約でないことについて

弁護人等と被疑者との接見交通権が憲法上の保障に由来するものであるとしても、憲法三四条前段が「何人も、……直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。」と規定しているにすぎないことからすると、憲法は、いつ、いかなるときでも、弁護人等が被疑者と接見できる権利までも保障したものではなく、接見交通の方法等その他具体的内容については、これを法律の規定するところに委ね、被疑者が弁護人等の援助を受ける権利を没却するような制限をしてはならないとするにとどまるものと解するのが相当である。

そして、接見交通権は、無制約なものではなく、身柄を拘束されている被疑者と弁護人等が立会人なくして接見する(刑訴法三九条一項)という権利の性質上、被疑者の逃亡及び罪証隠滅を防止し、その戒護に遺憾なきを期しつつ(同条二項)、事案の真相解明と刑罰権の適正な実現を図ることを目的とする刑訴法の基本的要請(同法一条)との間で、適正な均衡と調和を図る必要があると解すべきである。すなわち、接見交通権の行使が、被疑者の身柄の拘束・確保、事案の真相解明、適正な裁判の実現及び施設の適正な管理運営等に支障をもたらすような場合にあっては、その行使も一定の制約を受けることがあり得ることが当然予定されているのであって、この理は、一定の場合に接見交通権が制約されることを是認する刑訴法三九条二項、三項の各規定によって明白に裏付けられているところである。

2 接見の場所に関する制約について

このような見地から、接見場所に関する制約についてみると、被疑者の逃亡を十分に防止できる設備がなく、被疑者の戒護上問題のある場所や、物等の授受が無制限に行われるおそれのある場所において、被疑者と弁護人等との接見を認めることは、被疑者の身柄拘束等の目的に照らして相当でなく、右のような場所における接見を認めないことは、刑訴法三九条一項の法意に照らし、当然の事理というべきで、何ら違法ではない。

そして、被疑者が接見設備のない場所に現在するときに、弁護人等から同所における接見の申出があった場合、検察官としては、接見設備がないことを理由に同場所における接見を拒絶した上、可能な限り速やかに、被疑者を接見設備の設けられている勾留場所である監獄等に押送し、弁護人等が同所において被疑者と接見できるよう措置すれば足りると解するのが相当である。

3 広島地検庁舎の実情について

(一) 同行室における接見の可否

広島高等検察庁検事長の管理に係る広島地検庁舎地下一階の同行室には、押送された被疑者を収容する居房及び警察官詰所があるのみで、接見室は設置されていないところ、平成五年中でみると、平日において、一日当たり平均一五ないし二〇人の被疑者らが同庁舎内の同行室に収容されており、戒護の警察官を含めると四〇人程度が、連日、同行室に出入りしていること、同行室に収容された被疑者には、共犯関係にある者や暴力団関係者、さらには少年等のごとく様々な境遇の者が存在するため、例えば共犯者同士は互いに別房に収容する必要があり、また、暴力団関係者についても、組織の別、敵・味方の関係等に応じて別房に収容する必要が認められることなどから、接見のため一つの房を空けたり、被接見者以外の被疑者の居房を自在に変更したりすることは、到底不可能というべきである。

(二) 検察官執務室等における接見の可否

検察官執務室及び精神衛生診断室等の窓に格子等の設備が施されていないことから、同室等で立会人なしに弁護人等との接見を認めるとすれば、逃走、自殺を図るおそれ等その設備構造に由来する保安上の問題が存するのみならず、凶器として使用可能な文具類も置かれていることなどから、被疑者の戒護に十全を期し難く、また、検察官執務室内に保管されている多数の捜査関係書類等の散逸や物品等の授受が無制約に行われる事態が容易に予想されることなどから、同室等において接見を認めることは、相当でなく、他に、広島地検庁舎内に接見に適する設備は存在しない。

4 接見場所提供義務について

原告は、接見室のない検察庁の検察官は接見場所の提供義務を負っていると主張するが、これは接見交通権が無制約な権利であるとの原告独自の見解を前提とするものであって、右主張は失当である。

これに関連して、原告は、広島地方裁判所、広島中央警察署又は広島拘置所内に設けられた接見室の使用が可能であったと主張する。

しかしながら、検察官の司法警察職員に対する指揮権の範囲が捜査のみに限定されている(刑訴法一九三条)ことからすると、検察官には、被疑者を護送してきた警察官に対し、近隣施設である裁判所、警察署又は拘置所の接見室に被疑者を押送して弁護人等と接見させるよう指揮する権限はないのみならず、右各施設にはそれぞれ固有の利用目的が存在し、接見室のない検察庁に護送された被疑者と弁護人等との接見のために、これを利用することは予定されていないのであって、これらの点に鑑みると、本件において、青山検事が、原告の接見のため右各施設の利用を図るべく、その管理責任者に照会あるいは依頼しなかったことをもって、違法の評価を受けるいわれはないというべきである。

5 刑訴法三九条三項による指定権の行使について

青山検事は、原告から広島地検庁舎内での検察官の取調べや弁解録取前の即時の接見申出がなされた時点で、間近い時に被疑者甲野の取調べをする確実な予定があり、即時接見を認めると捜査の中断による支障が顕著であったことから、刑訴法三九条三項に基づき指定権を行使して、地検庁舎内での即時の接見を拒否し、かつ、原告に対し、勾留場所での接見を制限するつもりはなく、地検における取調べ又は勾留手続終了後直ちに被疑者甲野の身柄を接見設備のある勾留場所に押送の上、同所で接見できる旨を告知し、被疑者甲野と原告が防御の準備をすることができるような措置をとったものであって、そこには何らの違法も認められないことは明らかである。

6 損害の不発生

原告は、精神的苦痛の内容を明らかにしないばかりか、いずれの接見申出時においても、その前日に接見し、あるいは当日中に、少年鑑別所又は広島地方裁判所において被疑者甲野との接見を了していること等に照らせば、原告主張のごとき損害が生じたものと認められないことは明らかである。

第三  争点に対する判断

一  接見交通権の意義とその制約

弁護人等と被疑者との接見交通権は、憲法上の保障に由来するものであり、この趣旨を受けた刑訴法三九条一項は、身柄拘束中の被疑者が弁護人等と立会人なしに自由に接見できる旨を定めている。この弁護人等との接見交通権は、身体を拘束された被疑者が弁護人の援助を受けることができるための刑事手続上最も重要な基本的権利に属するものであるとともに、弁護人からいえばその固有権の最も重要なものの一つである。

他方、接見交通権は、逮捕および勾留等による被疑者の身柄拘束を前提としているものであり、その身柄拘束は、被疑者の逃亡を防止するため、あるいは被疑者による罪証隠滅を防止するため法律上認められたものであり、このような身柄拘束の目的を阻害するような接見交通権の行使を認めることは法の許容するところではないといわなければならない。そうすると、立会人なしの接見交通の実現と身柄の拘束・確保との妥当な調和と均衡を図る必要があり、刑訴法三九条一項が規定する接見交通権もその限りにおいて制約を受けるものと解すべきである。

このような観点から、接見の場所に関する制約についてみると、身柄を拘束された被疑者の現在する施設において、弁護人等から被疑者との接見の申出があったとき、立会人なしの接見を認めても戒護上現実的、具体的な支障が生じるおそれのない場所が同施設内に存在しない場合には、捜査機関は、接見設備がないことを理由に同施設における接見を拒否することができるものと解するのが相当である。そして、この場合、捜査機関は、単に接見を拒否しただけでは足りず、可能な限り速やかに、被疑者を接見設備の設けられている勾留場所である監獄等に押送し、弁護人等が同所において被疑者と接見できるような措置を講じなければならないものというべきである。

二  青山検事の行為の違法性等

1  接見設備がないことを理由とする接見拒否について

広島地検庁舎内に接見室がないことは当事者間に争いがない。そこで、原告の前記各接見申出当時、広島地検庁舎内に、立会人のない接見を認めても戒護上現実的、具体的な支障が生じるおそれのない場所が存在しなかったかどうかについて、さらに検討することとする。

証拠(乙二四の一ないし五、三〇、三一の一ないし九、証人青山裕)及び弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。

(一) 広島地検庁舎は、地下一階、地上五階からなるが、本件当時接見をさせる場所として一応考えられる部屋は、青山検事の執務室である二階の第八検事室等の検察官執務室(取調室)、五階にある精神衛生診断室及び地下一階にある同行室であり、その余の事務室等の場所はいずれも接見をさせる場所としては、およそ不適切な場所であった。

(二) 第八検事室は、間口約3.55メートル、奥行き5.83メートルの部屋で、廊下側に出入口のドアがあり、その反対の外側壁に引き違いガラス窓が二か所設置されている。その窓はいずれも、床面から九〇センチメートルの高さにあって、横約二メートル(一枚のガラス面の幅約一メートル)、縦約1.77メートルである。その外側には幅約1.33メートルのベランダがある。広島地検の検察官執務室(取調室)は他に一〇室あるが、ほぼ同様の構造である。

(三) 精神衛生診断室は、間口約3.55メートル、奥行き約5.83メートルの部屋で、廊下側に出入口があり、その反対側の外側壁に引き違いガラス窓及びはめ込みガラスが、床面から九〇センチメートルの高さに設置されており、横約3.55メートル、縦1.77メートルである。その外側には幅約1.33メートルのベランダがある。

(四) 第八検事室等の検察官執務室(取調室)及び精神衛生診断室のガラス戸のいずれにも鉄格子等の逃亡等を防止するための設備はなかった。

(五) 同行室は、室内に監視台と被疑者等が収容される五つの房があり、大きい房が三室、小さい房が二室ある。いずれの房も、房の出入口側は内外が金網の張られた鉄格子で仕切られており、その余の三面は、壁になっており、窓等は設置されていない。

大きい三つの房は監視台の前方にあり、左前方の房の間口は約3.3メートル、正面の房の間口は約4.2メートル、右前方の房の間口は約1.9メートルで、奥行きはいずれの房も約3.5メートルである。そして、正面の房の出入口から監視台までの距離は約二メートルである。

小さい二つの房は、監視台の左側にあり、間口は約一メートル、奥行きは約1.6メートルである。その出入口から監視台までの距離は約1.9メートルである。

(六) 平成五年中の平日において同行室を使用した被留置者の一日当たりの平均人数は一五ないし二〇人であり、護送に従事した護送要員の一日当たりの平均人数は二五人であった。

以上の認定事実をもとに検討するに、第八検事室等の検察官執務室(取調室)及び精神衛生診断室は、いずれもベランダ側に引き違いガラス窓があって、鉄格子等の逃亡等を防止するための設備はなかったのであるから、このような場所において被疑者と弁護士等との立会人なしの接見を認めた場合、戒護上現実的、具体的な支障が生じるおそれがあるというべきである。

進んで、同行室について検討する。同行室は、右認定のとおりの構造であり、被疑者等の逃亡、自殺等の防止という点からは特に問題はないと認められる。

ところで、留置施設は同時に多数の被留置者を収容し、一定の秩序のもとに整然と管理運営されるべき施設であり、その秩序が保持されなければ、戒護に支障をきたす結果となるから、接見を認めた場合の戒護上の現実的、具体的な支障のおそれの有無を判断するに当たっては、留置施設の管理運営上の支障の面から検討を加える必要がある。そこで、同行室について、立会人なしの接見を認めた場合、その管理運営に現実的、具体的な支障が生じるおそれがあったかどうか検討する。

(一) まず、同行室の構造、各房の広さ等をみるに、証拠(乙三一の一ないし三)によれば、前記認定のとおり同行室には監視台と大小五つの房があって、全体の面積は約七三平方メートルであること、監視台の正面の房は、内部の面積が約一四平方メートルで、長さ約2ないし3.5メートルのベンチが三個設置されており、監視台の左前方の房は、内部の面積が約11.3平方メートルで、右同様三個のベンチが設置されていること、監視台の右前方の房は、内部の面積が約6.8平方メートルで、長さ約1.8メートルと約2.6メートルのベンチが二個設置されており、小さい二つの房は、いずれも内部の面積が約1.6平方メートルで、ベンチがそれぞれ一個設置されていることが認められる。

(二) 同行室の一日当たりの使用状況は、前記認定のとおり、平成五年中の平日において同行室を使用した一日当たりの平均人数でみると、被留置者が一五ないし二〇人であり、護送要員を含めると、一日当たり四〇ないし四五人である。しかしながら、被留置者の入房、出房時刻は、一様でないと考えられること、検察官による取調べ等の間は被留置者は同行室から検察官執務室(取調室)へ移されること、広島地検の使用する右執務室は一一室あること等からして、時間帯でみた場合の同行室の使用人数が右人数より少ないことは容易に推認しうるところであり、本件について前記各接見申出時にどの程度の人数が同行室に留置されていたかは定かでない。

以上の事実に、通常考えられる所要接見時間等を併せ考えると、被告が主張するような、共犯者や暴力団関係者等の被留置者について関係者をそれぞれ別房に収容する必要がある場合等の事情を考慮に入れても、五つの房のうち一つの房において立会人なしの接見を認めた場合に、同行室の管理運営に現実的、具体的な支障が生じるおそれがあったとは認め難い。

また、房内に被疑者を入れ、房外から弁護人が接見する場合、房の内外は金網の張られた鉄格子で遮断されており、物の授受は困難であるから、物の授受が行われるおそれがあったということもできない。

なお、同行室での接見の秘密性についてみるに、監視台側は鉄格子で仕切られている上、護送に従事している警察官が監視台付近で監視しており、他の被疑者の戒護のため右監視を解くことはできないことからすると、監視している警察官が弁護人等と被疑者との接見の状況を見ることができないようにすることは不可能である。しかしながら、房の出入口と監視台の位置関係からすると、被疑者と弁護人等との会話が例えば小声で行われたような場合には、監視台の警察官等に漏れ聞こえるおそれはないと認められるから、接見の秘密性を保持するのが困難な場所であるということはできない。

以上説示したところを総合勘案すると、原告の前記各接見申出当時、同行室において、原告と被疑者甲野が立会人なしに接見することを認めた場合に、戒護上現実的、具体的な支障が生じるおそれがあったということはできない。

被告は、接見室のない広島地検庁舎内での接見申出の場合、即時の接見の必要性及び緊急性が認めなければ、捜査機関が接見を拒否しても違法ではない旨主張するが、接見の場所に関する制約についての見解は前記第三の一に説示したとおりであって、身柄を拘束された被疑者の現在する施設内に、接見室はないが、戒護上現実的、具体的な支障が生じるおそれのない場所が存在する場合、捜査機関は弁護人等から被疑者との接見の申出があったときは、原則としていつでも接見の機会を与えなければならないものと解すべきであるから、本件において即時の接見の必要性及び緊急性は接見の要件にならないというべきである。したがって、被告の右主張は採用できない。

2  指定権行使について

被告は、前記のとおり、青山検事は刑訴法三九条三項による指定権を行使して接見を拒否したと主張するので、この点について検討する。

証拠(乙二三、証人青山裕)及び前記第二の一の3、4の各事実によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告の三月五日の接見申出に対し、青山検事は、任官以来これまで弁護人から検察庁内での接見の申出を受けた経験はなく、極めて意外という印象を受け、直ちに「当検察庁内での接見は、接見のための設備がないので一切できません。」と言って、接見を拒否するとともに、接見禁止の請求をしておらず、接見指定処分もしていなかったことが念頭にあったため、原告に対し、「いつでも接見して下さい。接見指定処分は一切されていません。」と述べた。

(二) これに対して、原告が「自分の解釈とすれば、憲法上の弁護人の接見交通権というものを基本とする。被疑者の調べがなされていない以上は、いつでもどこでも接見できる筈だ。したがって検察庁においてもできる筈だ。」と言って異議を述べるので、青山検事は、「先生そうおっしゃらずに、要は被疑者の勾留場所でできますから、それでよいのではありませんか。要求をそう鋭く主張されなくてもよいのではありませんか。」と言ったが、原告が引き下がらなかったので、職務多忙である旨を告げて電話を切った。

(三) その数分後に第八検事室入口に来た原告とのやりとりの際も、青山検事の発言は、前同様「検察庁には接見室がないので、接見できない。」というものであった。

(四) 三月一八日の接見申出に対しても、青山検事は、原告に対し、「検察庁では接見のための設備がないので、会わせることはできない。一審協議会で決まったことなので、了承しているはずだ。」との発言を繰り返した。

(五) 右各接見拒否の理由について、青山検事は、「端的に言えば検察庁に接見室がないからという理由一点である。」と思っている。

(六) 右各接見を拒否した法的根拠について、青山検事としては、被疑者と弁護人等の接見交通権を保障した刑訴法三九条一項の規定の内在的制約から拒否しうるものと考えていた。

右認定事実によれば、青山検事は、原告の前記各接見申出に対し、広島地検に接見設備がないとの理由のみで接見を拒否したものであることが認められ、刑訴法三九条三項の指定権を行使したとは到底認めることができない。したがって、即時の接見を認めると捜査の中断による支障が顕著であったかどうかについて判断するまでもなく、被告の右主張は採用できない。

3 以上によれば、青山検事は、原告の前記各接見申出に対し、同行室において直ちに接見をさせなければならなかったものというべきであり、接見設備がないことを理由に右各接見を拒否した青山検事の措置は、違法であり、捜査機関として遵守すべき注意義務に違反するものとして青山検事に過失があったものといわなければならない。

三  原告の損害について

証拠(甲一、二、第一、二回原告本人)によれば、弁護士である原告は、青山検事の前記各接見拒否により、前記認定のとおり接見交通権を侵害され、このため弁護活動を十分に行うことができなかったことについて、精神的苦痛を被ったことが認められるところ、その慰謝料は、前記各接見拒否の経緯、状況等一切の事情を斟酌して、一〇万円と認めるのが相当である。

第四  結論

よって、原告の本訴請求は、一〇万円及びこれに対する平成四年三月一八日から支払い済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、仮執行の宣言は、その必要性が認められないから、これを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官池田克俊 裁判官能勢顯男 裁判官髙橋善久)

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