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広島地方裁判所 平成5年(ワ)483号の1 判決 1996年2月15日

広島市<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

足立修一

飯岡久美

板根富規

今井光

池上忍

坂本宏一

津村健太郎

山口格之

大澤久志

小田清和

武井康年

小野裕伸

久笠信雄

坂本彰男

田中千秋

中田憲悟

二國則昭

松永克彦

三浦和一

山田延廣

山本一志

我妻正規

笹木和義

広島市<以下省略>

被告

八幡証券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

高州昭孝

主文

一  被告は、原告に対し、二四〇万円及びこれに対する平成五年五月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その三を被告の、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項について、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告に対し、四〇二万八八六六円及びこれに対する平成五年五月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、被告会社の営業担当者の勧誘により、外貨建ワラントのリスクについて何の説明も受けず、買い付けさせられ、買付け代金相当額の損害を受けた、として、不法行為(民法七〇九条、七一五条)に基づく損害賠償を求める事案である。

一  争いのない事実

1  被告は、有価証券の委託売買、自己売買、株式や社公債の引受け、募集、売出し等の業務を行っている会社である。

2  原告は、被告会社との間で、昭和六一年から、株式の現物取引を始め、平成元年三月末、名義書換中の株式売却を機に信用取引口座を開設し、信用取引を始めた。

3  被告会社の従業員B(以下「B」という)は、昭和六二年から、原告の担当になった。

4  原告は、Bの勧誘に応じて、被告から、平成元年一〇月二五日、ブリジストン外貨建ワラント一〇ワラント(以下「本件ワラント」という)を、三六六万二六〇六円で、購入し(以下「本件取引」という)、平成元年一一月一日、右代金を支払った。

本件ワラントの権利行使期間は、平成四年一〇月であった。

二  争点

1  本件取引の経緯(Bの原告に対する本件取引における勧誘及びワラントについての説明態様)

2  本件取引の違法性

3  原告の損害額(過失相殺を含む)

三  原告の主張

(本件取引の経緯について)

1 原告は、被告会社との株取引において、多少の利益を得てきたが、平成元年一〇月下旬ころ、信用取引の収支は、含み損も加えて、かなり悪化していた。

2 Bは、平成元年一〇月二五日ころ、原告に対し、何度も電話し、「ワラントは儲けが多い。損を取り戻すことができる」「割り当てが少ないので、これまでの有力なお客や損をした人に特別に紹介している」「一週間だけでよいからお金を用意してくれ」などと述べてワラントの購入を勧めた。原告は、申込みの期限があるから早くしてくれとせかされたこともあり、Bから、ワラントについて、短期的に少ない資金で株式より利益がでる商品という以上の説明を受けないまま、ワラントの購入を約束させられた。

原告は、本件取引に際し、Bから、「国内ワラント取引説明書」(乙一)及び「外貨建ワラント取引説明書」(乙二)の交付を受けていない。「外国証券取引口座設定約諾書」(乙九)及び「外国新株引受権証券の取引に関する確認書」(乙一〇)に署名押印したのは一〇月二五日以降のことである。また、その署名押印は、書類の内容を確認して行ったものではない。

原告は、平成元年一一月一日、被告会社を訪れ、本件ワラントの代金を支払った。

3 被告会社及びBは、本件取引の以後も、原告に対し、ワラントについて、何も説明しなかった。平成四年の初め(本件ワラントの行使期限まで一年未満となった)になって、Bとその上司であるC課長が、原告に対し、本件ワラントの価格の回復見込みがないことを伝えた。

原告は、ワラントが危険な商品であることを知ってから、被告会社に対し、苦情を述べ、本件ワラントの購入資金の返還を求めた。

(本件取引の違法性について)

1 ワラント取引の危険性

ワラント取引には、次のような危険性がある。

(一) ハイリスク・ハイリターン(価格変動の大きさ)

ワラントの価格は、株価に連動して決まるが、株価の変動率の何倍もの変動を生じる(ギヤリング効果)から、ワラントは、ハイリターンであると同時にハイリスクをともなう商品である。

(二) 権利行使期間の存在

ワラントには、権利行使期間が予め定められている。株価がワラントの権利行使価格を上回らず(この場合には、ワラントを行使するメリットがない)、権利行使期間を経過した場合には、ワラントを行使して新株を購入する機会がないまま、権利が失効消滅する。また、株価が権利行使価格を下回るとワラントの実質的価値がなく、売却が困難となり(あるいは、権利行使期間のうち最後の一定期間は残存期間が短いため取引されないことがある)、権利行使期間内に転売できない場合には、ワラント取引に投資した金額の全額を失うことになる。

このように、権利行使期間を過ぎるとワラントは無価値となり、投資金額の全額を失う危険性がある。

しかも、外貨建ワラントは一〇枚から五〇枚を一売買単位として取引されており、個人投資家としては取引高も高額になる(証券会社の利ざやは大きい)。

(三) 価格決定・流通過程の不明朗さ

ワラントの取引価格は、ワラントの理論価値であるパリティ(現在の株価と権利行使価格の差額に一ワラントあたりの引受株式数を乗じた額)に将来の株価上昇の期待値であるプレミアムを加えたものになる。外貨建ワラントの場合は、株価のほか売買時の為替レートによる円換算が必要になる。ワラントの取引価額は、価格構造が複雑で理解しにくい。

そして、外貨建ワラントは、国内の証券取引所には上場されておらず、国内の証券会社と店頭で相対取引となる(証券会社が、手持ちないし他から調達したワラントを客に売り、また自ら買主となって顧客のワラントを買う)ため、価格形成過程は極めて不透明である。

しかも、ユーロドル・ワラントの気配値は、平成元年五月一日から、特定銘柄に限って、日本証券業協会によって発表され、平成二年九月二五日から、日本相互証券で行われる外貨建ワラントの業者間取引の気配値一覧(前日取引分中値)が日本経済新聞等の専門紙に掲載されるようになっただけである。ワラントの取引価額は、株価のように一般紙に掲載されず、価格情報に欠陥がある。一般投資家のワラントの価格に対する理解・判断が困難であり、ワラント取引の危険性を増幅させている。

また、外貨建ワラントは、原証券自体はユーロ債権集中振替決済機構に保管され、顧客には証券会社発行の預かり証が交付されるだけである。この預かり証には銘柄等の記載があるのみで、当該証券の権利内容がほとんど明記されていない(パリティの計算も不可能であり、権利行使期間があることも知りえない)。金融証券としての明確性に欠ける。この点でも投資家に対し情報が十分に与えられていない。

こうした外貨建ワラントは、買入れ先の証券会社に引き取ってもらうしか投下資本の回収の道はない。

2 適合性の原則違反

(一) 証券取引は、その性質上、ある程度の投資の危険をともなうものであり、投資家が自由な判断と責任において行った証券取引の結果については投資家自身が引き受けるべきものである(いわゆる自己責任の原則)。これは、証券取引にともなうリスクの範囲を判断しうる地位にある投資家が、その判断に基づいて行った取引の責任を負担する、ということである。その前提として、投資家に十分な質と量の情報が与えられること、及び投資家が適切な情報が与えられさえすれば自ら投資判断をなしうる者であることが必要である。

(二) 証券会社は、顧客を勧誘して証券取引を行わせるにあたって、顧客の属性、資産状態、資金の性格、投資の目的や趣旨、投資経験の有無や内容等に照らし、顧客に最も適合した取引への投資勧誘のみをなすべき義務を負う(適合性の原則)。

外貨建ワラントに関しては、前記問題点に照らし、一般投資家が適合性を持たないことは明白である。一般投資家にワラント取引を勧誘すべきではない。

仮に、一般投資家にワラント取引を勧め得るとしても、次のとおり、株取引とは異なる厳格な取引開始基準によるべきである。

① ワラント取引のメリット、デメリットを理解し、リスクヘッジを行うことのできる判断能力と資金力があること

② ワラントの適正価格が判断できる能力があること

③ 取引の最適なタイミングを見極められること(価格情報開示の状況を理解し、価格情報を入手できる能力があること)

④ 権利行使に必要な資金調達能力があること

⑤ 投資全額損失の覚悟とこれに耐えられる資金力のあること

(三) 原告のワラント取引適合性

これを本件についてみるに、被告会社及び被告担当者Bは、ワラント取引開始基準を設定すべきであるという意識がなく、本件ワラントの勧誘においても、原告の属性を調査・検討することなく、ワラント取引を勧誘した。

そして、原告は、以下のとおり、ワラント取引について不適格者である。

(1) 経歴

原告は、広島銀行に勤務し、定年前は検査部に所属していた。しかし、検査部は、各支店の業務が適正に行われているか否かを検査する部門であり、すでになされた融資の額と担保価値のバランスをみることはあっても、担保物件のほとんどは不動産であるし、有価証券が担保の場合でも、前日の株価をみて検査するだけで、今後の値動きなどは考慮しない。株式等の値動きに精通する部署ではない。

(2) 取引経験

原告が株式の取引を始めたのは、昭和六一年に母親から株式を相続したことが契機であり、自ら株式を購入したものではない。平成元年一〇月のワラント取引開始までの期間は三年に過ぎない。信用取引も日興證券株式会社において昭和六二年から約一年間行い、被告会社においては名義書換中の株の売却のために平成元年三月末から始めたが、同年一〇月のワラント取引まで七か月足らず行ったに過ぎない。

原告は、投機性の高いものを好むことなく、比較的長期に保有する取引をしていた。株取引に関しては、ほとんど担当者の勧めや判断に従っていた。自ら積極的に株取引を研究することもなかった。

また、年間取引額が一億四、五〇〇〇万円あるといっても、買入れと売却とを取引額に算入するのであるから、実質取引額は約二分の一である。

(3) 資産状況

原告の平成元年一〇月ころの信用取引の収支は、含み損も含めて悪化していた。原告は、広島銀行を退職し、無職となっていたから、今後の収入が見込める状態ではなかった。

したがって、原告は、平成元年一〇月当時、大きなリスクを覚悟して危険な商品に手を出せる状態ではなく、むしろ安全な商品を求めている状況にあった。この点は、担当者であれば十分に知っていたはずである。

以上のような原告の取引状況・傾向からすれば、原告は、株取引に精通し、株価の変動に熟知していたとはいえず、ワラントのような複雑かつ危険な商品を扱うだけの知識を有していたとはいえないし、ワラントのリスクに耐え得るだけの資金力を有していたとも認められない。原告に対する本件ワラント取引勧誘は、適合性原則違反であって、違法な勧誘行為である。

3 説明義務違反

(一) 投資家が証券取引につき自己責任を負う前提として、投資家に十分な質と量の情報が与えられることが不可欠である。ワラントは、周知性もなく、商品構造・取引形態が複雑で、リスクが非常に高い商品であり、その投資に関与するためには高度の専門的知識が必要である。他方、証券会社は、証券取引について、その人的・物的基盤、知識・経験・情報・ノウハウ等の蓄積において、一般投資家に対して、絶対的な優越した地位に立っていること、外貨建ワラントが相対取引であること、流通や価格形成のメカニズムは証券会社に握られ、情報も証券会社側に偏在していること、一般投資家は証券会社の勧誘及び情報を頼りにこれを信頼して取引していることからすれば、証券会社は、信義則上、商品について説明する義務、投資家の判断を誤らせるような情報を提供しない義務を負う。

(二) 被告の担当者Bは、原告に対し、「一週間だけお金を用意してほしい」「限られた客に紹介している」「今までの損を少しでも取り戻せる」と言って本件取引を勧誘した。一週間で確実に利益があがる旨の、断定的判断の提供であって、違法性は高い。少なくとも、値上がりが確実で安全な商品であるかのような誤解を招く表現であり、判断を誤らせる勧誘方法であった。

(三) 被告会社は、信義則上、ワラント取引に際し、顧客に対し、所定の説明書を交付するとともに、ワラント証券等の取引の内容・ワラント証券取引等に伴う危険性について十分に説明し、顧客の判断と責任において当該取引を行うものであることの確認書を徴求すべきである。

説明義務の内容は、ワラント商品の構造、ワラント取引の仕組み、ワラントの価格情報、ワラントの危険性の程度及び内容等全般に及ぶ必要がある。

すなわち、次の点を説明すべきである。

① ワラントが、一定期間内に、一定価格で、一定株数の新株を購入できる権利を有する証券であること

② 外貨建ワラントの権利行使価格と権利行使による取得株式数、権利行使期間

③ 外貨建ワラントは、価格変動が激しく、紙屑になることすらあり得るリスクの高い商品であること

④ 外貨建ワラントが非上場商品であり外国証券であること、特定銘柄の業者間の前日気配値が一部専門紙にポイントにて発表されているに過ぎないこと、購入時期によっては気配値すらなく証券会社以外からは情報が一切得られないことなどの価格に関する情報についての説明

⑤ 購入、売却ともに証券会社との相対取引になること

(四) 原告に対する説明義務・確認義務の履行について

原告は、本件取引が最初で最後のワラント取引であった。本件取引当時、ワラントについての商品知識はなかった。ところが、Bは、原告に対し、外貨建ワラントに関する説明書を交付したり(平成元年一〇月ころには、取引説明書は、存在していなかった)、原告の自宅を訪問したりするなどして、ワラントについて、その商品構造・権利内容等を説明することはなかった。電話で「短期的に少ない資金で株式より利益がでる商品」と説明しただけで、本件取引を勧誘した。

これでは、原告には、株取引ではないことは分かるものの、株取引の仕組みとどのように異なり、どのような危険がどの程度であるかはまったく分からない。

また、Bは、平成元年一〇月二五日以降、本件ワラントの動向について原告に何の説明もせず、売りの時期についてのアドバイスもしなかった。本件ワラントを売りつけた後も、原告の判断の誤りを持続させ、損失を少なくする機会を失わせた。

(損害額について)

1 原告は、本件ワラントを購入するために三六六万二六〇六円を出捐した。被告がワラントの説明を十分にしていれば、原告はワラントを購入しなかったはずであるから、右出損額が損害となる。

2 原告は、本件訴訟の弁護士費用として、損害額の一割に相当する三六万六二六〇円を支払う必要がある。本件の事案の内容に鑑み、原告が被告に対し損害賠償を請求するためには、法律の専門家たる弁護士への訴訟委任が不可欠であるから、右弁護士費用は、被告の不法行為と相当因果関係のある損害である。

四  被告の主張

(本件取引の経緯について)

Bは、平成元年一〇月二五日昼ころ、原告に対し、電話で、ワラントについて説明し、その購入を勧誘した。更に、同日夕方、原告宅を訪問し、説明書(乙一、二)を交付し、ワラントについて説明して、約諾書(乙九)、確認書(乙一〇)に同人の署名・押印をもらった。

Bは、平成元年一一月一日、原告の自宅を訪問し、本件ワラントの代金を受領した。

(本件取引の違法性について)

1 自己責任の原則

およそ証券取引は、本来的に危険をともなう取引である。証券業者が顧客に提供する情報等も、不確定な要素を含む予測や見通しの域を出ないことが多いのが通常である。投資家自身において、当該取引の危険性とその危険に耐えるだけの相当の財産的基礎を有するかどうかを自らの責任で判断すべきである(いわゆる自己責任の原則)。

2 適合性の原則違反について

原告は、昭和六一年秋から平成元年八月末の定年退職まで広島銀行の検査部に勤め、融資額と担保物件(有価証券を含む)を調査する仕事をしていた。有価証券の担保価値を前日の新聞で判断することを知悉していた。被告会社との間において、平成元年三月末から同年九月末までの間に二一件もの信用取引をし、日興證券株式会社との間においても、昭和六二年から昭和六三年までの一年間に数千万円の信用取引をしていた。

原告は、株取引に精通しており、株式を含めた「投資」がハイリスク・ハイリターンであることを熟知していた。原告は、本件ワラント取引について十分に適合性を有する。

3 説明義務違反について

(一) 被告会社の従業員Bは、原告に対し、平成元年一〇月二五日、電話でワラント購入の勧誘をした際、ワラントについて十分説明し、同日、「外国新株引受権証券の取引に関する説明書」を交付した。原告は、右説明を了解したからこそ「外国新株引受権証券の取引に関する確認書」及び「外国証券取引口座設定約諾書」に署名・押印して、被告に交付した。原告は、これらの説明を十分了解して、同年一一月一日、Bに対し、ワラント購入代金を渡した。

したがって、被告は、説明義務・確認義務を尽くしている。

(二) 原告は、これまでの投資経験を生かして自己の判断と責任により本件ワラントを購入した。損金の発生について、その責任を被告に転嫁することは許されない。

仮に、原告が、説明書を十分に読まず、外国証券取引口座設定約諾書の内容を十分に読まなかったとしても、原告は、理解できない点があれば質問する機会を十分に与えられていたから、自己責任の範囲である。

(三) ダウ平均株価は、平成元年一二月二九日以後、一本調子で下落に転じている。本件取引の損害は、バブル崩壊による証券市場の継続的な低迷によるものである。このような株式の低迷は誰も予測できなかった。

かかる状況のもとでは、ワラントの行使期間が現在まで継続していたとしても、ワラント自体の行使はできない。ワラントの行使期間を問題にすることは、無意味である。

(損害額―過失相殺について)

1 原告は、本件ワラントを五一・七五ポイントで購入した(被告が、チェースマンハッタン証券株式会社から五一・五〇ポイントで買い付けし(平成元年一〇月二五日の本件ワラントの値段は、ロンドン市場の終値で四九・一三ポイントであり、これに外国証券会社の利ざやが上乗せされる)、〇・二五ポイントの手数料を上乗せした)。その後の本件ワラントの値動きをみれば、平成元年一二月六日までに売却していれば、原告は損失を被ることはなかった。また、同月一八日までであれば、手数料程度の損失で売却することができた。

原告は、当時のダウ平均株価が上昇過程にあったため、更に株価が上昇すると信じて、この期間に売却を依頼せず、損失を被ったものである。原告の判断の誤りに原因がある。

2 仮に、原告が説明書や外国証券取引口座設定約定書の内容を十分に読まなかったとしても、原告は、理解できない点があれば質問する機会を十分に与えられていたから、原告にもワラントについての調査不足等の重大な過失がある。

第三当裁判所の認定した事実

一  本件取引の経過について

本件証拠(甲四〇、四二の一ないし五、四三の一ないし三、四四ないし四六、乙三、四、五の一ないし四、六の一ないし一二、九ないし一一、証人Bの証言、原告本人尋問の結果)並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

1  原告(昭和八年○月○日生)は、広島銀行に勤めていた。昭和六一年秋から定年退職する平成元年八月まで、検査部で勤務した。検査部では、各支店の事務管理の検査を行っていた。有価証券を含む担保物件を検査することもあったが、株式を含む有価証券の運用に携わるものではない。有価証券の取引に精通する部署ではなかった。

2  原告は、昭和六一年、母親が日興證券と取り引きしていた株式を相続したことから、株の取引を始めた。約一年間、日興證券と株の信用取引をした。

昭和六一年ころ、娘の友人の勧めで、被告会社と株の現物取引を始めた。昭和六二年春ころから、被告会社の従業員Bが、原告の担当者になった。原告の現物取引の年間取引量は、金額にして一〇〇〇万円から一五〇〇万円位(一回一〇〇万円から二〇〇万円程度の取引が多かった)、回数にして一〇回を越える程度であった。

平成元年三月末、原告は、名義書換中の株の取引(売却)をするため、被告会社に信用取引口座を開設した。被告会社と株の信用取引を始めた。原告の信用取引の年間取引量は、金額にして一億四、五〇〇〇万円位(一回五〇〇万円前後の取引が多かった)、回数にして二五回前後であった。

原告は、被告会社と株の取引をするに当たって、自ら相場や会社の業績を調べて注文することはなく、新日鉄の株取引以外はBの勧める株の中から取引していた。

3  原告は、平成元年四月三日から同年九月一八日までの間に、被告会社と二一件の株の信用取引をした。購入して一か月から二、三か月後に売却し、多少の利益を得ていた。しかし、平成元年六月一日に購入した三洋電機の株が売却できず、同年九月二八日、現物を引き取った。この取引で六〇三万四九三三円の損失を被った。右取引以外にも売れば損がでる含み損の取引があった。

4  平成元年一〇月二〇日過ぎころから、Bが、原告に対し、数日間にわたり、電話で、本件ワラントの購入を勧誘した。原告は、資金の余裕がないので、一応これを断わった。Bは、何度も「一週間だけお金を用意してほしい」「限られた客に紹介している」「短期間で利益が出る」「今までの損を少しでも取り戻せる」等勧誘した。申込みの期限がある、とも言った(なお、被告会社がワラント取引を取り扱うようになったのは、平成元年八月ころからである)。

被告は、一週間で損が取り戻せるなら資金の都合をつけてBの勧めに従ってもよい、と考え、電話で本件ワラントの売買を承諾した。

Bからは、ワラントについて、右認定した以上の特別の説明はなかった。

この点、証人Bは、平成元年一〇月二五日夕方ころ、原告宅を訪れ、原告と会って、説明書等を渡し、ワラントについて説明したうえ、確認書等に署名・押印をもらった旨証言する。しかし、右日時に原告が自宅にいなかったことは、甲四三の一ないし三の日記の記載から明らかであるし、国内新株引受権証券(国内ワラント)取引説明書(乙一)及び外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書(乙二)には「平2.4」との記載があり、右説明書を当日渡した、とは認められないことからして、右証言は信用できない。

5  原告は、平成元年一一月一日、被告会社広島支店を訪れ、本件ワラント代金三六六万二六〇六円(被告会社への預け金と退職金を引き下ろした二〇七万円とをもって用意した)を被告会社に渡した。このとき、外国証券取引口座設定約諾書(乙九)及び外国新株引受権証券の取引に関する確認書(乙一〇)に署名・押印した(右書面の作成年月日は、平成元年一〇月二五日になっているが、右年月日は原告が記入したものでないし、右年月日に原告とBとが会った事実がないことからすれば、平成元年一〇月二五日に作成された、と認めることはできない。原告が被告会社の従業員と接触した平成元年一一月一日に作成された、と推認できる)。

この日、被告会社の方から、ワラントに関する説明は何もなかった(なお、右確認書に署名・押印した際に確認書に記載されている「外国新株引受権証券の取引に関する説明書」が交付された、としても、右説明書について口頭で説明された事実は認められないし、原告がこれを読んで理解した事実も認められない)。

6  一週間ほどして、原告は、Bに電話し、ワラントはどうなったか、尋ねた。Bは、今処分しても儲からないので待つように答えた。原告は、その後も、何度かワラントについて尋ねた。Bは、損をするので待つように答えるのみであった。

原告は、損をしてまでワラントを処分することはない、と思い、Bの指示に従って、本件ワラントを保有した(Bから、ワラントに権利行使期間があり、その期間内に処分しなければワラントが無価値になる旨の説明はなかった)。

7  原告は、平成四年一一月ころ、ワラントが無価値になる旨の報道に接した。Bに対し、ワラントについての説明がなかった、と文句を言った。平成四年一二月七日、Bと上司のC課長が原告宅を訪れた。原告は、一週間だけ預からせてほしい旨の説明があっただけで、商品説明はなかった、危険なものと分かっていれば買わなかった、代金を返してほしい、と要求した。Bらは、勉強不足であった等答えるだけであった。

二  ワラントについて

本件証拠(甲一ないし三七、四七の一、二)並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

1  ワラントとは、昭和五六年の商法改正によって発行を認められた新株引受権付社債(別名ワラント債という。新株引受権(ワラント)部分と社債部分とからなる)のうち新株引受権のみを分離した証券である。発行会社の新株を、ワラント発行時に予め決められた一定の期間(権利行使期間、通常は新株引受権付社債の発行後数年間)内に、一定の価格(権利行使価格)で、一定量(社債額面(ただし、外貨建ての場合、ワラント発行条件決定時の為替レートで換算したもの)÷権利行使価格)購入することのできる権利を表章している。

ワラントは、株価がワラントの権利行使価格とワラント購入コストとを加算した額を上回る場合であれば、投資者に新株引受権を行使して割安なコストで新株を取得する機会を与えることになるが、株価がワラントの権利行使価格とワラント購入コストとを加算した額を下回る場合は、新株引受権を行使するメリットがなくなる(権利行使価格より安い値段で株が取得できるから)。したがって、株価がワラントの権利行使価格を上回らないまま権利行使期間を経過した場合、ワラントの新株引受権は行使されず、その権利は消滅し、ワラントは無価値となる。

ワラントの価格は、ワラントの理論価格(新株引受権を行使して得られる利益相当額である。「パリティ」という)である「(株価-権利行使価格)×当該ワラントが引き受けることのできる新株の数」として計算された価格に、株価上昇期待値(プレミアム)が加算されたものになる。ワラントの価格は、市場の株価の上下にともなって上下し、株価が権利行使価格を上回ればワラント証券の価格も上昇し、株価が権利行使価格を下回ればワラント証券の価格も下落する関係にある。

2  我が国では、昭和六〇年一一月一日、社債と分離したワラントの発行が解禁され、昭和六一年一月一日、外貨建ワラント債の分離ワラントを国内に持ち込むことが解禁された。

日本企業がユーロ・ドル市場において起債して、専ら同市場において取引されていたワラントが、国内の証券会社の店頭・相対取引の対象となるようになった。

昭和六三年ころから、機関投資家を中心としてワラント取引が行われるようになり、平成元年ころから、個人投資家にもワラント取引が拡大していった。

ユーロドル・ワラントの気配値は、平成元年五月一日から、特定銘柄に限り、日本証券業協会によって発表されていた。平成二年九月二五日から、日本相互証券で行われる外貨建ワラントの業者間取引の気配値一覧(前日取引分中値)が日本経済新聞等の専門紙に掲載されるようになったが、株価のように一般紙には掲載されていない。

平成元年当時、一般の個人投資家にとって、ワラント自体馴染みのない商品であり、その値動きも証券会社に問い合せるしか情報がなかった。

3  ワラントの特質(危険性)

以上のような性質をもつワラントには、次の特質(危険性)がある。

(一) ワラントの価格は、株価に連動して値動きするが、株価以上にその変動率が大きく(ギヤリング効果)、その売買はハイリターンであるとともにハイリスクである。

(二) 権利行使期間が定まっているため、その期間を経過すると、ワラントを行使することも売却することも不可能になり、投資金額全額を失う危険性がある。

(三) 価格決定過程が複雑であり、店頭における相対取引であるため、外貨建ワラントの取引価格の公開性がない。平成二年九月二五日までは一般投資家は、証券会社に問い合せるしか、ワラントの取引価格を知り得なかった。

第四当裁判所の判断

前項認定の事実関係を前提に、被告会社の不法行為責任について、判断する。

一  適合性の原則違反について

1  有価証券取引のもつ危険性、証券会社と一般投資家との専門知識の違い、とくに一般投資家の投資判断は専門家である証券会社ないしその従業員の勧誘・助言によるところが大きいとの実態に照らせば、証券会社及びその従業員は、信義則上、投資勧誘の際には、投資者の意向、投資経験及び資力等を考慮し、顧客に最も適した投資が行われるよう配慮すべき義務(適合性の原則)がある、と解すべきである。

2  これを本件についてみるに

(一) ワラントの発行・取引自体は法律上禁止されておらず、ハイリスクはあるが、他方ハイリターンの期待もあるのであり、外貨建ワラント自体の内在的欠陥は認められないから、外貨建ワラントであっても、適切な説明がされたうえ、投資者の意向・経験・資産に応じた取引をすることは可能である、と認められる。

したがって、外貨建ワラントの取引が一般的に許されない、と解することはできない。

(二) また、原告は、長年銀行に勤務していたもので、説明を受ければワラント取引を理解する能力はあった、と認められるし、ある程度の株の信用取引の経験もあり、本件取引の代金額は三六六万円余りであって、原告にはその資力があった、と認められることからすれば、原告に対する本件ワラントの勧誘が適合性の原則に違反する、とまで認めることはできない。

3  したがって、本件取引が適合性の原則に違反する違法な取引である旨の原告の主張は失当である。

二  説明義務違反について

1  有価証券取引のもつ危険性と専門性、証券会社と一般投資家との有価証券に対する専門知識の違い、とくに一般投資家の投資判断は専門家である証券会社ないしその従業員の勧誘・助言によるところが大きいとの実態、更に証券取引法・省令・通達・財団法人日本証券業協会規則といった法令等の規定を総合すれば、証券会社及びその従業員は、信義則上、投資勧誘の際には、投資者の職業、年齢、投資目的、投資経験及び資力等を考慮したうえ、投資者に対し、勧誘する商品の有利性のみならず、その危険性についても投資者が理解できるように説明する義務(説明義務)があると、解すべきである。

有価証券取引は、その性質上、危険をともなうものであり、投資者がその判断と責任において行った有価証券取引の結果については投資者自身が引き受けるべきものである(自己責任の原則)が、投資者に自己責任を求める前提として、証券会社及びその従業員に商品である有価証券について説明する義務を要求することは、自己責任の原則と矛盾するものではない。

2  これを本件についてみるに、(一)原告は、銀行に勤めていたが、職務上、有価証券の取引に精通することはなかったし、株取引の経験はあったものの、被告会社従業員の勧誘する取引を選択していただけで、自ら積極的に株取引を行うことはなかった、(二)ワラント取引は、平成元年当時、一般投資家にとって公知のものではなかったし、一般投資家がその内容及び価格を知り得る情報源はなかった(証券会社から得る以外には)、(三)ワラント取引には、ハイリターンの可能性があるとともにハイリスクの危険性もあるほか、権利行使期間があり、新株引受権を行使しないまま期間を経過すると、無価値になる危険性があった、(四)ところが、被告会社従業員Bは、原告に対し、一週間すれば利益が上がる旨の勧誘をしただけで、ワラントの商品説明をしていない、とくにワラントのもつ危険性を原告にまったく説明していない、と認められるから、Bの本件取引の勧誘には説明義務を尽くしていない過失があり、被告会社は、使用人Bの業務執行につき原告に加えた損害を賠償する使用者責任がある、と認めるのが相当である。

3  被告は、原告は、説明書を読む機会を与えられており、自己の判断と責任において本件ワラントを購入したのであり、被告会社に責任転嫁はできない、本件取引による結果は、自己責任の範囲内である旨主張する。

しかし、本件取引が成立した際に、原告に説明書が交付された事実が認められないことはすでに説示したとおりであり、被告主張はその前提事実を欠くし(本件取引が成立後、説明書が原告に交付された、としても、それのみで説明義務を尽くしたことにならない)、投資者に自己責任の原則を求める前提として証券会社が投資者に対して説明義務の履行を尽くすべきことは前記説示のとおりであるから、被告の右主張をもって、前記2の認定を妨げることはできない(原告がワラントについて説明を求めなかった点は、過失相殺として考慮すべき事情としてはともかく、被告の説明義務違反は免れる事情とは認められない)。

4  また、被告は、ダウ平均株価が下落している状況でワラントの行使はできないから、ワラントの行使期間を問題にすることは意味がない旨主張する。

確かに、株価が下落している状況でワラントの新株引受権を行使することは事実上考えられないが、前記認定の事実関係を総合すれば、ワラントを購入する際に、原告に対し、ワラントの行使期間があること及びそれまでにワラントの新株引受権が行使できなければワラントは無価値になることの説明があれば、原告は、本件ワラントを購入しなかった可能性がある、と認められるから、本件ワラントの購入を勧誘するに際して、ワラントの行使期間を説明しなかった点に過失を認めることができる。

被告の右主張は、失当である。

三  損害額について

1  原告は、ワラント取引の危険性の説明を受けていれば、本件取引をしなかった、と認められるから、原告が出捐した本件ワラントの売買代金三六六万二六〇六円が、Bの説明義務違反行為により生じた損害と認められる。

2  被告は、平成元年一二月六日までに本件ワラントを処分しておけば、損失を被ることはなかったし、同月一八日までに本件ワラントを処分しておけば、手数料程度の損失で終わっていたのに、原告は、ダウ平均株価が上昇過程にあったため、更に株価が上昇すると信じて、ワラントの売却を依頼せず、損失を被ったものであり、原告の判断の誤りが原因となって損害が生じた旨主張する。

しかし、当時ワラントの価格を一般的に知り得る手段のなかったことは前記認定のとおりであるし、原告は、Bからも本件ワラントの価格やその算定方法の説明を受けなかったことも前記認定のとおりであり、原告は、Bが損が生じる、との説明を信じて、本件ワラントを処分することなく保有していたのであるから、被告の右主張は失当である(原告が本件取引後もワラントについて説明を求めず、処分時期を逸したことは、過失相殺で考慮すべきである)。

3  ところで、前記認定の事実によれば、原告は、長年銀行に勤務していたのであって、ワラントを理解する能力はあった、と認められるし、株の現物取引及び信用取引の経験もあったにもかかわらず、Bの勧めるまま、ワラントがどのような商品であるかの説明を受けず、また自らも質問することなく、本件ワラントの購入を決定し、更に、一週間後に利益がでる趣旨の説明を受けながら、一週間経過後もBの説明を信じたまま、ワラントがどのような商品であるか、損失を少なくする手段があるか否か等について尋ねることはなかった、と認められるから、本件取引によって前記損害が生じたことに関し、原告にも相応の過失があった、と認めるのが相当である。

したがって、原告の右過失を斟酌し、右認定の損害のほぼ六割に相当する二二〇万円が損害賠償の額と定める。

4  被告の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は、二〇万円と認める。

五  まとめ

原告は、被告に対し、使用者責任による損害賠償請求権に基づき、損害賠償金合計二四〇万円及びこれに対する不法行為の日以後で訴状送達の日の翌日である平成五年五月一三日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。

第五結論

よって、原告の本訴請求は、二四〇万円及びこれに対する平成五年五月一三日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林正明 裁判官 喜多村勝德 裁判官 鬼頭容子)

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