広島地方裁判所 平成5年(行ウ)9号 判決 1997年6月26日
原告 中尾孝治
被告 地方公務員災害補償基金広島市支部長
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が原告に対し平成二年九月四日にした地方公務員災害補償法に基づく公務外災害認定処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二事案の概要
一 原告は、広島市職員であるが、中区役所収納課第二収納係に勤務していた昭和六〇年一月に深部・下大静脈血栓症(以下「血栓症」という。)を発症したこと、及び安佐南区役所地域振興課広報公聴係に所属していた昭和六一年一〇月に肝炎を発症し、昭和六二年九月頃から増悪したこと(以下「肝炎の発症・増悪」という。血栓症と肝炎の発症・増悪を併せて「本件疾病」という。)が公務に起因するとして、地方公務員災害補償法に基づき公務災害の認定請求をしたところ、被告は公務外の災害と認定したため、原告が右処分の取消を求めた事案である。
二 争点
原告の本件疾病は公務に起因するか。
第三当事者の主張
一 原告の主張
1 因果関係の一般論
労災認定においては、柔軟に当該被災労働者の具体的な生活環境や基礎疾病、長期間にわたる公務の質的・量的内容等を総合的に判断して、公務の過重性の有無を判断し、必ずしも医学的見解に拘泥することなく経験則に照らして公務と発症との因果関係を判断すべきである。
最高裁判決でも被災者個人の個別・具体的な特殊事情を十分考慮に入れて「可能性を否定できない」との表現で高度の蓋然性を認めており、公務が疾病の誘因である可能性を否定できない本件では因果関係が認められるべきである。
2 安全配慮義務違反がある場合の因果関係の立証責任
(一) 労働関連法規に違反して発生した災害については、立証責任は転換され、被告側に明確な反証がない限り当然公務起因性は認められるべきである。そうでなければ、主治医でもその発症機序が明解に分からない精神的ストレス疾患の一種である血栓症や、高度の免疫学的知識を要し、現在でも全世界の学者により研究中の肝炎の発症・増悪について、一介の患者にすぎない災害治療中の被災者に医学的メカニズムによる発症機序の完全解明された立証を求めることは酷であり、公務災害補償制度を実質的に有名無実・形骸化することとなる。
人道上も、緊急かつ安静な治療が必要な不法行為の被害者たる被災者に、その治療を中断してまで証拠収集活動をせねばならぬ程の立証責任を課し、それが不十分であると公務災害認定を行わないというのは、原告にあまりに酷である。後記(二)のとおり、広島市の安全配慮義務違反がある本件においては、立証責任の公平な分配の原則からすれば、被告に立証責任を転換することは何ら不合理はなく、被告において明確な特段の反証が立証できない場合は、公務災害として認めるべきである。
(二) 本件における広島市の安全配慮義務違反
原告が血栓症発生当時従事していた収納課の税金徴収業務は、広島市の条例で特殊勤務手当の支給が認められている困難業務で精神的ストレスを伴うものであった。原告の当時の体調は、副腎皮質ホルモン(ステロイド剤)を服薬しており、かつ高血圧症も呈する状態であった。原告の主治医からはストレスを避ける必要がある旨の指導を受けており、原告は、広島市に何度も配置転換を含めた改善措置を申し立てていた。それにもかかわらず、広島市は血栓症発症まで原告に徴税業務を続けさせた。
肝炎については、原告の主治医、市の産業医、診療審査会(復職審査)のすべてが「内勤・軽作業に限る」と勤務条件をつけていたにもかかわらず、広島市がこれを無視し、原告を常時外勤業務に就労させたため肝炎が発症したのであり、労働安全衛生法、広島市職員安全衛生管理規則違反である。
3 公務過重性の判断基準
公務過重性を判断する場合に、原告のごとく身体障害者一級に認定され素因・基礎疾病がある者と、健康な同僚職員と比較して論じるべきではない。
被告は、原告には税金徴収職員に支給されていた特殊勤務手当が支給されていなかったのに、これが支給される職員を同僚職員として公務過重性を比較較量しているが、原告は、昭和六一年五月頃になって採用後初めて常時外勤業務を経験し僅か半年弱の外勤業務経験しかなかったのに対し、比較の対象となった同僚は、一〇年以上の住居表示付定経験を有し、しかも健康体であったのであるから、審査方法に誤りがある。原告は病気療養中の身であり、かつ身体障害者一級認定者であり、主治医・産業医ともに「就労は内勤・軽作業」を指示していたのであるから、この原告の個別・具体的な特殊事情を考慮すべきである。
4 本件疾病と公務との因果関係
(一) 血栓症の発症と公務との因果関係
(1) 中区役所収納課における徴税業務の公務過重性
原告が血栓症を発症した昭和六〇年一月に従事していた収納課の徴税業務は、条例によって特殊勤務手当が支給される業務であり、困難業務とされている。
原告は外勤が免除されていたため専ら電話による折衝を行ったが、電話による納付折衝とはいえ、催告をしてすぐに納税する滞納者は僅かで、大半が納付を渋り、中には罵詈雑言を浴びせる者もいた。また、他の外勤職員は移動中は折衝をしないが、原告は内勤のため常時折衝を行っていた。
原告は管外分の担当であったが、管外分とはある区役所管内にかつて住居していた者が、市・県民税滞納のまま市外転出したためになお広島市の滞納処分を受ける場合をいい、当時の中区役所の管外担当者は他区役所の担当者と異なり、これ以外にも、広島市が政令指定都市になる前に周辺町を合併したときに引き継いだ税金、合併前の旧広島市の市税債権等を特別に取り扱っていた。
特に旧市税債権は、時効の中断が繰返されるいわゆる不良債権でありこの中には一〇年以上も紛争が続いているものもあった。
そのため、原告は他の職員の二から三倍の滞納整理票が与えられ、事務が滞ったときには最大四から五倍になったこともある。
昭和五九年八月三一日には、収納課第一収納係職員の訪問徴収に関して納税者から苦情があった際の原告の電話での対応に対する処分について解決するまで約一ケ月を要する紛争があった。
このように、収納課での徴税業務は原告にとってストレスの連続であった。
(2) 医学的因果関係
原告に血栓症が発症した最大の原因は収納課で過重な業務に従事したことによって生じた精神的ストレスである。
精神的ストレスは大脳皮質から自律神経、内分泌の中枢に伝えられ交感神経を興奮させ、また副腎髄質を刺激し血管作動物質であるカテコールアミンの分泌を促進させる。
体内でカテコールアミンの分泌が亢進すれば血小板凝集能が亢進し、凝集した血小板にフィブリンなどの凝集素が沈着すれば血栓ができ血管を閉塞し、心筋梗塞や脳梗塞を発症させる。そしてこの精神的ストレスは動脈系ばかりでなく静脈系の血栓も誘発する。加えて、精神的ストレスが血栓症の主要な発症原因たり得ることは、今や常識となり、広島市衛生局健康管理課が平成七年二月に作成発行した一般市民向け「健康づくりテキスト」にも採用掲載され、保健所に来庁する市民に広く配布して、一般市民に精神的ストレスによる血栓症発症を注意喚起し、仕事はマイペースで行い適当な休養を取るよう指導している。
また、血栓症の発症原因は副腎皮質ステロイド剤や免疫抑制剤などによる血管壁の硬化が原告の年齢相応以上に進展していたことが主原因ではない。その理由は次のとおりである。
<1> 副腎皮質ステロイド剤等の副作用が直接の原因とすれば、それは全身の血管を侵すものであり、脳血栓や心筋梗塞に見られるように静脈より動脈の方が血圧が高く血管壁の損傷程度も大きいので、動脈側に発生するのが自然である。
<2> 薬の副作用であれば全身の血管に起こりうるはずであり、下肢の深部・下大静脈に限局して発症したことが説明できない。
<3> ステロイドの副作用であれば、手術直後の大量投与時に血栓症が発症するはずである。
<4> 腎移植術以前の慢性腎不全病態や透析療法及び腎移植術により血管壁の損傷が有ったとしても、腎移植の成功により血液生化学検査の異常値は速やかに正常に復し、血管壁の脆弱性も格段に改善し、その後四年も良好に経過した時期に発症している。
<5> 原告の年齢相応以上に血管壁の硬化が進展していたことを発症原因とするならば、当時と比して高年齢でかつ高血圧も長期継続している現在は、常に血栓症が再発しなければ説明がつかないが、現在は血栓症の治療は全く行っていないし、副腎皮質ステロイド剤も同量服薬中であるのにこれまで一度も再発していない。
収納課での税金徴収業務従事中に滞納者と電話折衝していた時は頻繁に起こっていた頭痛・腰背部痛が、人事異動で配置転換となってからは止まり、下肢の血流障害は残ったものの再発の兆候はない。
<6> 被告の主張のとおり、血栓症が腎移植後の免疫抑制剤、ステロイド剤使用下ではよく起こりうる合併症の一つとして知られているものであれば、原告の主治医が血液凝固防止剤や血小板機能抑制剤等の予防薬を投与したはずである。
(二) 公務と肝炎の発症・増悪との因果関係
(1) 安佐南区役所地域振興課振興係での住居表示付定作業等の公務過重性
原告が、肝炎を発症した当時の昭和六一年一〇月に従事した住居表示付定作業は外勤作業であった。健康な者でも異常を招きやすい夏場の炎天下での外勤作業は、身体障害者一級の原告には重い負担であった。
作業に三〇分以上かかったこともあり、市民から再調査の依頼があり帰庁後再調査に出かけたこともあった。
街区調査の時は、崖の急斜面を登ったり、車の侵入できない地域には歩いて行くこともあり、建築基準法四二条二項の道路は現地で炎天下で図面に道路を作図して、その後建築物の平面図を記入したこともあった。
このように、住居表示付定作業は常時外勤業務を強いられる作業であった。
更に付定作業にミスがあると損害賠償を請求されるおそれもあり、精神的負担もあった。
原告の日常業務は「内勤・軽作業」に限るよう主治医から指導され、任命権者にも伝えていたのであるから、原告が外勤業務に従事したことは、日常は肉体労働を行わない職員が、特別な事態が発生したことにより、特に過重な肉体労働を必要とする業務を命ぜられ、当該業務を遂行した場合等、特に過重な業務の遂行を余儀なくされた場合に該当し、公務過重性は認められるべきである。
(2) 医学的因果関係
免疫抑制剤服用患者は体内に侵入した病原体に対し通常の免疫応答が起こりにくく、抵抗力も落ちているのでウイルスの持続感染を起こしやすく、かつ、慢性化しがちである。そのために原告の主治医が、急性肝炎発症時最善の治療を施した上で「就労は内勤・軽作業に限る。」と厳命したにもかかわらず、広島市人事当局はこれを無視し、急性肝炎発症後も原告に常時外勤業務を命じた。
健康人でも夏バテを起こし体調を崩しやすい夏場の炎天下で、原告は終日常時外勤業務を行うことを余儀なくされた。体力的疲労に加え、腎移植後の免疫抑制剤服用患者が強烈な紫外線に晒された。強烈な紫外線を終日浴びれば過重労働の疲労と競合し、健康人と言えども体力低下に陥ることがある。免疫低下による疾患である感染症に紫外線が及ぼす影響は、マウス等を使った実験で既に明らかになっており、HIVウイルス感染者が紫外線暴露によりエイズを発症するという最近の研究報告もある。
それまで肝機能検査異常は告知されず、腎移植術直後の免疫抑制剤大量投与時でさえ発症しなかった肝炎が、常時外勤業務に就労した途端、直ちに発症したのであり、公務起因性は明らかである。
免疫抑制剤を服薬していた患者に就労等による「過重負荷」が加わり、更なる免疫機能の低下を来たし不顕性であった肝炎が発症したものである。
(三) 肝炎の増悪と公務との因果関係
医学文献には「HCV感染の特徴は、慢性化のリスクが五〇%」との記載があるが、これは、HCV肝炎を発症しても半数は治癒し慢性化しないということである。慢性化のメカニズムは現代医学でも完全解明されておらず、従って完全に慢性化をくい止めることはできないが、医学経験則上、急性期に適切な治療を施せば完全治癒する可能性は五〇%有るということである。原告の主治医も急性期の時、慢性化防止のための最善の治療を行ったが、広島市が原告の嘆願を無視し、一旦内勤業務に移っていた原告を肝炎発症後半年も経過していない時期、再度日曜出勤を含む常時外勤業務を命じたため完全に慢性化するに至った。
二 被告の主張
1 安全配慮義務違反と公務起因性との関係
地方公務員災害補償制度は、地方公務員である者の身の上に生じた一切の災害を対象とするものではなく、公務により生じたいわゆる公務起因性のあるものを公務上の災害と認定し、地方公共団体の負担金により補償に要する財源措置を講じ、職員が安心して職務に従事できるように補償する制度である。
したがって、公務と発生した災害との間に相当因果関係があれば、地方公共団体が安全配慮義務を十分尽くしたか否かにかかわらず、公務災害と認定されるものであり、安全配慮義務違反と公務起因性とは直接関連しないものである。
2 立証責任について
災害と公務との間に相当因果関係があることは、補償を請求する側にあり、これは災害補償制度における確立された判例理論であり、原告の主張は独自の見解である。
3 本件疾病と公務との因果関係
地方公務員災害補償制度において、災害補償の対象にできるのは、公務と相当因果関係がある災害に限られる。この相当因果関係が認められるためには、当該公務が災害発生との間に条件関係を有するその他の原因と比較した場合同等以上に寄与するなど、当該災害との関係で相対的に有力な比重を占めていることが必要である。
公務が相対的有力原因かどうかを判断する際に、誰を基準に考えるべきかは、労災補償が公務に内在する危険の現実化に対する補償という制度趣旨からすると、被用者の被った災害が当該公務に内在する危険性が現実化したものであることが必要である。すなわち、同種公務を担当する他の職員が当該公務を行った場合でも、やはり疾病発生の原因となったであろうと評価できる普遍妥当性が認められる場合に限り、当該公務が当該事案においても疾病発生の相対的な有力原因と判断される。したがって、当該公務に従事する一般職員を基準として考えるべきである。
原告が本件疾病の発症又は増悪したとき従事していた公務は、他の職員に比較して軽減されていたもので過重なものではなかった。
本件疾病は、原告が腎臓移植手術を受け、拒絶反応を抑制するための免疫抑制剤等を服用する中で発症あるいは増悪したもので、原告の有する基礎疾病が自然経過により増悪したものであり、公務との相当因果関係は認められない。
第四争点に対する判断
一 争いのない事実及び証拠によって認定した前提事実
1 原告の経歴(甲四五、四七、五七、五八の1、原告本人及び弁論の全趣旨)
昭和五三年四月一日 広島市職員に採用。安佐北税務事務所市民税課市民税係
昭和五四年四月一日 安佐北総合支所課税課市民税係
昭和五五年三月 慢性腎不全発症。人工透析実施。
昭和五五年四月一日 安佐北区役所課税課市民税係
昭和五五年五月 身体障害者一級(腎臓の機能の障害により自己の身辺の日常生活活動が極度に制限されるもの。身体障害者福祉法施行規則七条別表五号)に認定。
昭和五五年五月一五日 中区役所収納課第一収納係
昭和五六年四月 腎臓移植実施。以後、免疫抑制剤及び副腎皮質ステロイド剤を服用。
昭和五六年六月二二日 休職
昭和五六年九月 腎機能は良好。
昭和五六年一一月一日 中区役所収納課第一収納係に復職。
昭和五七年一月 以後、血圧降下剤を服用(中断の時期あり)。
昭和五八年一〇月 肝機能は良好。
昭和五九年一二月 移植腎から蛋白が漏出(この時期を除き腎機能は良好)。
昭和六〇年一月 血栓症発症。
昭和六〇年四月一日 安佐南区役所地域振興課広報公聴係
昭和六〇年八月一日
から一〇月三一日まで 安佐南区役所収納課兼務
昭和六一年四月一日 安佐南区役所地域振興課振興係
昭和六一年七月 唾液腺炎。親不知歯の炎症。
昭和六一年八月 肝機能障害出現。
昭和六一年一〇月 肝炎発症。以後慢性化。
昭和六二年一月 帯状疱疹発症。
昭和六二年八月 血栓症様の症状が出現。
昭和六二年九月 肝機能の増悪(翌年一月まで継続)
昭和六三年四月一日 安佐南区役所祇園出張所
昭和六三年四月 肝機能が更に増悪。
平成元年四月一日 西区役所厚生課年金係
平成四年四月一日 衛生局環境保全課環境管理係
2 本件処分等(争いがない)
原告は、昭和六三年五月二五日、被告に対し右血栓症及び肝炎の発症・増悪(本件疾病)は公務に起因するとして地方公務員災害補償法に基づき公務災害の認定請求をしたところ、被告は平成二年九月四日、公務外の災害と認定した(以下「本件処分」という。)
原告は、同年九月一四日、右認定を不服として地方公務員災害補償基金広島市支部審査会に審査請求をしたが、右審査会は、平成四年二月一八日、右請求を棄却した。原告は、同年三月二日、地方公務員災害補償基金審査会に対し再審査請求をしたが、同審査会は、平成五年一月一三日、再審査請求棄却の裁決をし、平成五年二月二五日、原告は右裁決の送達を受けた。
二 原告の公務内容(甲四五ないし四七、五七、五八の1、六三の1、乙一、原告本人、弁論の全趣旨)
1 昭和五六年一一月から昭和五九年三月まで
原告は、昭和五六年四月一四日、腎臓移植手術を受け、同年一〇月三一日まで療養を続け、同年一一月一日から中区役所収納課に職務復帰した。職務復帰後は、外勤及び時間外勤務を免除され、内勤により管外(中区以外)分にかかる市・県民税、国民健康保健料等の滞納整理のため専ら電話による納付折衝を同僚職員と二人で担当した。
なお、右同僚職員も内勤が主であったが、原告とは異なり、外勤及び時間外勤務も行っていた。
昭和五八年度(昭和五八年四月から同五九年三月まで)までは、同人らの担当業務について、税目等による分担が決められているわけではなく、二人で適宜共同処理していた。
原告の昭和五八年度の納付折衝件数は別表1のとおりであった。
2 昭和五九年四月から昭和六〇年一月まで
(一) 昭和五九年度に入り、原告が上司に申し出て、従前の業務分担を整理し、法人担当と個人担当に二分して、主として原告が前者を、同僚係員が後者をそれぞれ担当するようになった。
(二) 原告及び右同僚は、上司の係長とともに内勤者として、一般市民・法人等から窓口に電話で寄せられる市民税等についての問い合わせ・相談・苦情等に対応した。これらの問い合わせにあたっては、自分の担当するもののみならず、外出している職員の担当する業務についても一般的なものは内勤者が対応した。
(三) 原告が主に担当した管外分の徴収にかかる業務は次のとおりであった。
(1) 納付期限の概ね五〇日後に電算機により処分命令票が出力される。
(2) 処分命令票に基づき、滞納者との折衝を記録する滞納整理事績票を手書きで作成する。
(3) さらに、端末機により滞納者ごとの年間の調定額・収納額等の最新情報を有する滞納整理票を出力する。
(4) その資料をもとに、担当者が自ら端末機により催告書を出力し、あるいは端末機から出力した資料に基づき手書きで催告書を作成し、滞納者に送付する。
(5) 催告書を送付したにもかかわらず納付されないものについては随時電話により納付折衝を行う。
(6) 前記のとおり、昭和五八年度までは、原告ともう一人の内勤職員で法人相手と個人相手を分けずに分担していたが、昭和五九年度になり原告は法人担当、もう一人は個人担当と一応の区分分けをした。
(7) 原告の昭和五九年度の納付折衝件数は別表2のとおりである。
(8) その他関連業務としては次のような業務があった。
<1> 滞納整理状況調
滞納整理事績票に記載された調定・収納・未納のデータに基づき、滞納者の人員・件数・金額等の状況を調査。
<2> 整理票照合
債権確保のため、五月の出納閉鎖後、翌年度への繰越額(前年度の残)を滞納整理票と確認。
<3> 管外出張準備
年に二度、一・二次に分けて一斉に管外出張を行うが、そのための資料作成。
(四) 納付折衝時の紛争
(1) 特別徴収にかかる一般的なもの
管外へ移転した事業主が広島市へ移転通知を行ったにもかかわらず、所管課(税制課)から収納課への通知が時折遅延することがあり、そのため催告書・差押通知等が誤って事業主に発送され、苦情が寄せられることがあった。また、月に一、二回、滞納者が怒鳴ったり、罵詈雑言を浴びせるようなことがあった。
課長及び係長は外勤に出ることはなく、複雑困難なケースについては、右両名が引き継いで処理していた。
(2) 昭和五九年八月三一日発生のもの
収納課第一収納係職員訪問徴収に関して原告と納税者との電話でのやりとりの際、原告がした発言内容をめぐって当該納税者との間で紛争が発生し、一応の解決に至るまで約一ケ月を要した。
3 昭和六〇年五月から昭和六一年三月まで
原告は、昭和六〇年四月一日安佐南区役所地域振興課広報公聴係に配置転換となったが、当時原告は病気療養中であったため職務には服さず、同年五月一日に復職し、同年七月ころまで文書整理等の業務に従事した。
同年八月一日安佐南区役所収納課兼務となり、同年一一月一日に兼務を解かれ、市民相談等の業務に従事した。
4 昭和六一年四月から昭和六二年三月まで
(一) 原告は昭和六一年四月一日、課内異動により振興係に移り、住居表示の整備・維持管理に関する業務を担当し、主として住居表示付定作業(外勤)に従事した。
(二) 原告の従事した付定作業の内容は次のとおりである。
(1) 関係者から建築物の新改築届が提出されると、特に急を要するものを除き、届出書に記載された完成予定年月日が同じものを何件か取りまとめて現地調査を実施する。
現地調査は、通常二人一組となり、届出書、街路台帳のコピー及びメジャー等を携行して、公用車(ライトバン)で現地に行く。安佐南区役所から現地までは八キロメートル以内の距離で、運行時間は一〇分から二〇分であった。
住居表示の付け方は、別紙図面のようなあらかじめ作成された図面上における一街区の東北の角を基点として右回りに一〇メートルのメジャーをもって実測し一〇メートルごとに基礎番号をつけ、建物の主な出入口が該当する基礎番号をその建物番号とするものである。
建物の主な出入口が基礎番号のいずれかにあたるかを確認した後、住居番号を決める。また、街路台帳のコピーに建物の平面図を鉛筆でメモ書きする。
帰庁後、街路台帳のコピーにメモ書きした平面図をボールペン等で清書し、住居番号を記載した新改築届にその平面図を添付して、課長決裁を受ける。
決裁後は、届出人宛に住居番号通知書を送付し、又は、電話により届出人に連絡し、表示板を交付する。その後、街路台帳に平面図を清書するようになっていたが、当時は後日まとめて台帳整理を行っていた。
安佐南区地域振興課における新改築届件数は別表3のとおりであった。
新規に住居表示を実施する場合には、付定作業を業者委託するが、その業者の指導及び業務の履行確認を行う。
(2) 外勤時間等
一回あたりの調査件数は約三件であり、一件あたりの現地調査時間は通常の場合一〇分から一五分程度であった。
(3) 担当割
昭和六一年度は、住居表示関係業務は原告の他に中野政史(以下「中野」という。)と篠原裕(以下「篠原」という。)の計三人が担当した。
中野は、昭和六一年七月ころから祇園地区等の新住居表示実施の準備業務に従事し、原告と篠原の二人で外勤による住居表示付定業務に従事した。時として同僚の西村博昭(以下「西村」という。)と上司の金原伸彰の応援を求めて行うこともあった。
(三) 時間外勤務及び休日勤務の状況
原告は、昭和六一年五月二五日に区民スポーツ大会のため時間外勤務(一二時間)を行った。
また、同年七月に夏の交通安全運動の一環として行われた交通安全テント村及び街路指導に計四日従事した(一日あたり二時間から三時間)。
同年九月一五日の敬老会及び同年一〇月一二日の区民まつりに休日勤務(四時間)及び時間外勤務(一三時間)を行った。
5 昭和六二年度
(一) 原告は、昭和六二年六月まで引き続き住居表示関係業務に従事した。
同年度は、原告の他に中野と上貞玲賜(以下「上貞」という。)の三人が担当したが、中野は新住居表示実施の準備業務に従事した。
上貞は他の用務もあったので、原告は西村の応援を求めることもあった。
(二) 昭和六二年五月一一日の新住居表示実施の後に市民及び法人等からの問い合わせ等並に住居表示変更証明書の交付が急増し、これらの対応は、原告のほか振興係全員が行った。
住居表示変更証明書の交付の作業内容は、関係者が来庁した際、住居表示変更証明書に必要事項を記入し地番と新住居表示番号を台帳で確認する、申請者が世帯主でない場合は、市民課(一階)で世帯主を確認する、その後、係長決裁を受け証明書を交付する、というものであった。
交付する証明書にはあらかじめ市長印が押印されているものが一通しかなかったので、複数の申請があった場合は、一階の地域振興課から二階の総務課に行き、市長印を押印する必要があった。
新住居表示実施後の住居表示変更証明書の交付については別表4のとおりであり、住居表示変更証明書交付件数が最多であった昭和六二年五月の証明書交付状況及び原告の外勤状況等は別表5のとおりであった。
(三) 原告は、右のような事務のほか、窓口又は電話による住居表示についての問い合わせの対応及び街路台帳の整理の業務に従事した。
(四) 時間外勤務
原告は、昭和六二年五月には同月三一日の区民スポーツ大会のための一三時間の勤務を含む計二六時間の時間外勤務を行った。
二 本件疾病と公務との因果関係についての医師の意見
1 八幡浩医師(広島大学医学部附属病院医師で原告の主治医)の意見(甲四八の1)
(一) 深部・下大静脈血栓症については一般的に血栓症の要因が種々あり、詳しい発生機序は解明されていない。
原告の場合も、発症の原因について決め手がない状況である。
(二) 肝炎については、A型でもB型もなく、薬剤性の可能性も薄いが、その他のどれに当たるかは不明である。
結論としては、肝障害の発症・増悪にとって仕事が誘因となった可能性は否定できない。腎移植手術を受けて免疫抑制剤を服用しながら職場復帰をしている状況の者には、質及び量の両面で仕事の軽減が必要であろう。
2 城仙泰一郎医師(広島市民病院医師)の意見(甲六四の2)
(一) 血栓症について
(1) 深部・下大静脈血栓症については、血栓症は血液、血管等の問題が原因となって発症するが、腎不全で、人工透析に至る患者のほとんどは血管、体液等に問題があるので、それが原因になることが多い。
(2) ストレスと血栓症との関係については、ストレスが原因で血栓を形成する場合と逆に線溶系の亢進を起こす場合があるので、ストレス負荷が血栓の発生を誘発するとは一概にいえない。腎移植は、血管系と尿路系の吻合を行うが、神経系の吻合は行われないので、腎移植が直接的に神経を介してのストレスの伝達は起こりにくいのではないかと推論する。
(二) 肝炎について
肝炎については、免疫抑制剤の影響により、感染に弱い状態であったことから、何が起きてもおかしくないが、原告はウイルスの感染又は薬物による発症と考えた方が一般的であろう。
3 島雅彦医師(島神経科内科クリニック医師)の意見(甲一二〇)
(一) 血栓症の原因については、ステロイド剤が血栓症を引き起こすことはよく知られているが、ステロイド剤がどれくらいの頻度で血栓症を引き起こすのかは不明であり、もしステロイド剤の副作用であるとすれば、腎移植後早期のより投与量の多いときに発症するのが自然である。
(二) 原告にとって昭和五八年三月からの徴税業務が極めて強いストレスになっており、このストレスと高血圧は密接に関連している。
ストレスにより血小板の粘着機能・凝固機能が亢進することは一般的にも承認されており、原告の血栓症発症にはステロイドのみならず発症当時かかっていた強いストレスの関与も考慮しなければならない。
4 宇土博医師(広島大学医学部公衆衛生学教室医師)の意見(甲一三〇)
原告が従事した業務である住居表示付定作業につき、その業務内容を労働医学的に検討すると、測量のための歩行を含む作業であるから中等度作業に該当する。
また、原告が肝炎を発症した昭和六一年七月から九月の広島地方気象台の気象月報に基づき、原告が実際に業務に従事した外勤日及び勤務時間を評価すると、一般に我が国の夏は高温多湿であり厳しい気象条件にあるが、さらに屋外の日射の下で作業を行うことは相当に厳しい条件であり、原告の勤務時間から考えて高温環境の暴露は当時の平均気温から最高気温の範囲に含まれると推定され、屋外で継続作業を行ってはならない、あるいは時間内に二五%から五〇%の休憩を要すとされる許容基準でみると、最高気温がこの許容基準を越える日は三五日、平均気温が許容基準を越える日は合計一四日あった。
このような条件下で長時間にわたって作業を行うと、健康な人でも秋口に「夏期疲労」(夏ばて)に陥る。それにともなって基礎疾患が増悪する要因になる。健康者においても相当に厳しいこのような条件下では高熱環境のストレスによって余病を併発する危険性は極めて高いのに、腎移植という極めて大きい健康上の重いハンディを有した労働者に、高熱環境下で作業を遂行させることは無謀である。ましてや主治医から「内勤・軽作業が望ましい」と診断書が提出されているのであるから、これに基づいて当然、高温環境下での作業は禁止されるべきである。
高温環境は全身疲労の原因となり、免疫機能の低下をもたらし、原告が罹患した肝炎を発症させた有力な要因となることは医学経験則上否定し得ない。また、夏期から秋口にかけ高温環境下の労働者の中に肝機能が増悪する症例は産業現場において決して稀でないことからも裏付けられ、原告の場合は免疫抑制剤を内服しているので、その危険性は更に高い
5 大澤源吾医師(川崎医科大学教授)の意見(乙二、三)
(一) 腎移植後の深部・下大静脈血栓症の発症は、移植術直後及び術後四か月時に二峰性に好発するが、更に長年にわたって起こりうる。その場合の危険因子として、年齢、長期臥床、下腹部の広範な手術時侵襲、リンパ嚢腫、糖尿病などが挙げられている。全例、副腎皮質ステロイド剤服用中に起こっていることが注目される。
血栓症発現の誘因は特定できないが、腎移植後の免疫抑制剤、ステロイド剤使用下ではよく起こりうる合併症の一つとして知られており、原告の場合は術後約四年目に診断されておりこの間に用いられた免疫抑制剤、ステロイド剤などによって、血管壁の硬化が、原告の年齢以上に進展していた可能性が推定される(腎移植以前の慢性腎不全病態、透析療法及び移植手術時の手術侵襲も考慮して)。
(二) 肝炎の所見は、平成三年一〇月に陽性とされたHCVに関連するものと考えられる。HCVは、慢性腎不全もしくは透析時期における輸血によって、あるいは腎移植に伴って感染したものと考えられる。HCV感染により急性肝炎として顕性化する場合もあるが、急性期症状が不明で潜在的にキャリア化し偶然の検査あるいは倦怠感などで気付く場合が多く、原告のような慢性腎不全、それに続く移植後の拒絶反応抑制時の免疫能低下病態では、経過とともに次第に慢性肝炎として持続、進行する経路をとっているものと推定できる。
三 公務起因性の判断基準について
1 ある死傷病が公務によって引き起こされた(公務起因性)といえるためには、公務災害補償の要件として、地方公務員災害補償法が何ら特別の要件を規定していないことからすると、当該公務により通常死傷病等の結果発生の危険性が認められること、すなわち公務と死傷病との間に相当因果関係が認められることが必要であり、かつ、これをもって足りるものと解される。
ところで、地方公務員災害補償制度の趣旨は、労働に伴う災害が生じる危険性を有する公務に従事する公務員について、右公務に内在ないし随伴する危険性が発現し、公務災害が生じた場合に、任命権者の過失の有無にかかわらず、被災者の損害を補填するとともに、被災者及びその遺族の生活を保障しようとすることにあるものである。
右趣旨からすれば、公務と死傷病の発生との相当因果関係を肯定するためには、第一に当該公務が死傷病を発現させると認めるに足りる危険性を有すること、すなわち当該公務が過重負荷と認められる態様のものであること(以下「公務過重性」という。)、第二に過重な公務と死傷病との間に条件関係が認められることが必要である。
2 公務過重性の判断基準
前述のとおり公務災害補償制度が公務の危険性に着目して公務災害補償を認めていることからすれば、公務過重性の判断は、平均的な公務員すなわち通常の公務に就くことが期待されている者を基準にすべきである。
そして、ここにいう「通常の勤務に就くことが期待されている者」とは、何らかの基礎疾病を抱えつつ勤務をしている者も多数存在する現在の勤務実態に照らすと、完全な健康体の者のほかに、基礎疾病を有するが勤務の軽減を要せず通常の勤務に就きうる者、すなわち平均的労働者の最下限の者を含むと解される。
この点、原告は、原告自身を基準にして過重性を判断すべきとする。しかし、右見解を前提にすると、たとえば重篤な高血圧症の基礎疾病を有するために勤務を軽減されている者が、勤務を軽減されていない者と同程度の労務に服したため、高血圧症が急速に悪化し死亡した場合、通常の公務員にとってはさして負荷ともいえないレベルの労務でもその者の健康状態からすれば、高血圧症を急速に悪化させるおそれのある危険な公務と評価しうるのであるから、公務と死亡との相当因果関係を肯定すべきことになるが、このような公務員の救済は、そのような公務を強いた地方公共団体の安全配慮義務違反を追及することによるべきであり、地方公務員災害補償基金に参加している地方公共団体全体の拠出によって運営される公務災害補償制度による救済の範囲外におくべきものである。
3 相当因果関係の立証責任
(一) 原告は任命権者に安全配慮義務違反があった場合は、立証責任が転換されるべきと主張するので検討する。
(二) 公務過重性の判断自体は、当該公務員が「通常の勤務に就くことが期待されている者」である限り、その者の資質を問題とせず客観的な就労環境・状況から判断されるべきものである。
任命権者に安全配慮義務違反があった場合に、それが就労環境・状況の一要因として考慮される場合はあるが、その場合でも公務の過重性は全体的な就労環境・状況から判断されるべきものである。
したがって、任命権者に安全配慮義務違反がある場合は直ちに公務起因性の立証責任を転換すべきとする原告の主張は採用できない。
四 本件における公務起因性の判断
1 公務と血栓症の相当因果関係について
(一) 原告は、昭和五六年一一月からの中区役所収納課での徴税業務における電話折衝によって過重なストレスを受け、これが昭和六〇年一月に発症した血栓症の原因となったと主張する。
そこで、中区役所収納課での徴税業務の過重性について判断する。
前記認定のとおり、原告は、昭和五六年四月に、腎移植手術を受け、同年一一月一日から中区役所収納課に職務復帰し、同課に勤務中の同六〇年一月に血栓症を発症したものであるところ、前記認定の昭和五六年一一月から同五九年までの原告の担当業務の内容からすれば、腎移植患者である原告でもその従事が許される程度の公務であると評価でき、したがって、平均的労働者の最下限の者にとっても特に負荷のない公務と評価することができる。また、原告は、職場復帰前の同五六年九月以降、昭和五九年一二月に移植腎から蛋白が漏出したことがあった以外は腎機能は良好であり、職場復帰後の昭和五八年一〇月には肝機能も良好で、右血栓症を発症するまでには、特に異常が生じた様子は窺えないから、少なくともその間は格別の支障もなく右公務に従事していたものであったと推認することができる。
そして、前記認定のとおり、原告の職務は、同五九年四月から、これまで同僚と原告との共同分担であったものが原告の申出により担当税目等が定められ、担当公務が区別されることとなったが、右以外には従前と変わるところはなく、外勤及び時間外勤務は免除されており、複雑困難なケースについては内勤の課長及び係長が引き続いて処理していたこと、同五九年四月から同一二月までの電話による納付折衝件数は他の同僚外務職員の納付折衝件数の約二分の一で月平均七二件程度(一日平均約三件)であったこと、以上の事実によれば、原告が血栓症を発症する前九ケ月間の公務はそれまでの担当公務に比べて原告に過大なストレスをもたらしたものと認めることはできない。
したがって、右公務は平均的労働者の最下限の者を基準として、血栓症を発症させるに足りる危険を内在した公務ということはできない。
この点、原告は、<1>滞納整理票が他の職員の四から五倍与えられていたこと、<2>滞納者が怒鳴ったり罵詈雑言を浴びせるようなことがあったこと、<3>外勤の他の職員へ電話連絡があったときは応対していたこと、<4>一件電話をかけるとすぐ次の折衝に移り常に折衝をしていたこと、<5>すべてを外勤職員の管外出張に任せていたわけではなく原告が差押を行ったこともあること、<6>収納課の徴税業務が広島市の特殊勤務手当に関する条例で特殊勤務手当ての支給が認めれらている困難業務であること、等を挙げて公務の過重性を主張する。
しかし、<1>滞納整理票が多量であったために時間外勤務をしたり、恒常的に一日の折衝件数が増加していたわけではないこと、<2>滞納者が怒鳴ったり罵詈雑言を浴びせるようなことが時にあったがその頻度は月に一、二件であったこと、<3>他の職員の分担分の対応は取次程度であり他の職員にかわって折衝をしたものではなかったこと、<4>前記認定の一日あたりの折衝件数からすると原告が間断なく折衝していたとは認め難いこと、<5>外勤職員の管外出張に任せず差押をしたことがあっても、これが恒常的であったとは認められないこと、<6>原告には特殊勤務手当が支給されておらず、特殊勤務手当ての支給が認められている公務であることは原告に対する公務の過重性の判断に影響しないこと、以上からすれば原告の主張は採用できない。
以上のとおり、血栓症発症前の公務は過重であったと認めることはできないから、原告が血栓症に発症したことにつき公務起因性を認めることはできない。
(二) なお、原告の血栓症発症とストレスとの医学的因果関係について付言するに、本件について意見を述べたすべての医師が血栓症発症の原因は特定できないとしていること、腎移植の成功によって血管壁の脆弱性が改善したことを認めるに足りる証拠はないこと、長年のステロイド剤使用による血管損傷、腎移植術以前の慢性腎不全病態、透析法及び移植術時の手術侵襲による血管損傷が血栓症発症の原因となることは医学的には一般的に肯定されていること、以上からすれば、公務上のストレスと血栓症発症との間の条件関係についても、本件においては認めるに足りる証拠はないというべきである。
2 公務と肝炎発症との因果関係
(一) 原告は、肝炎発症前に住居表示付定の終日外勤作業に従事したため、免疫抑制機能が低下し、肝炎が発症したと主張する。
そこで、原告が従事した住居表示付定作業の公務過重性について判断する。
原告は、昭和六一年四月から住居表示付定作業に従事することとなり、同年八月に肝機能障害が出現したものであるところ、前記認定のとおり、右住居表示付定作業の業務内容は、現地への往復は公用車を使用し、移動距離は区役所から八キロメートル以内の近距離で移動時間は約一〇分から二〇分であったこと、現地での作業は、二人一組でメジャーにより一〇メートル間隔を実測し、街路台帳のコピーに調査対象建物の外形及び主たる出入口をメモ書きする程度であり作業自体に体力を必要とするものではないこと、所要時間は一件あたり一〇分から一五分で一日あたりの付定件数は平均約三件であったこと、以上がそれぞれ認められる。右各事実からすると、原告が直射日光の下にいた時間は平均すると一日あたり一時間以内で断続的なものであったと推認することができる。
また、原告は、その業務内容は困難なものであったと主張し、住居表示付定作業の際の現地調査におけるメジャーによる測量において、別紙図面のような図面が存在することはほとんどなく複雑な測量を要したし、私設道路の場合には道路の測量の必要があり、測量に手間を要した旨供述しているが、原告の担当は、既に住居表示が実施され住居表示台帳が作成されている区域において、新築された建物に住居番号を付定することであったこと(原告本人)や、弁論の全趣旨によれば、私設道路については建築基準法四二条二項所定の道路位置指定を受ける際に正確な図面が作成されていることが多いと認められ、原告が実測する必要性は少なかったと推認できることからすると、原告の測量及び作図の作業はそれほど複雑困難なものではなかったと評価できる。
また、原告は、作業に三〇分以上かかったこともあり、再調査をしたこともある、車から降りて現地まで歩いたこともある、と主張するが、メジャーのみの実測では複雑な測量をするわけではないので前記平均時間を超えることが頻繁にあったとは認められないこと、作業内容から見て再調査を要する過誤が多くあったとも認められないこと、車が入っていくことのできない道に何軒も住居があるとは認められないこと、以上からすると、仮に一件につき三〇分以上作業時間がかかったことがあったとしても、前記認定の作業時間を大幅に上回ることが頻繁にあったとは認められない。
更に、原告は、住居表示付定業務以外にも夏の交通安全運動に参加し、街頭においてチラシ等を配布したこと、区民スポーツ大会、敬老会、区民まつりに休日出勤したこと、町内会長宅へコミュニティーリーダーハンドブックを配付したり、住居表示板の脱落点検作業や新住居表示実施に向けて各戸へリーフレット等を徒歩で配付したり、安佐南区役所の倉庫移転作業や区役所外壁への交通安全懸垂幕掲示作業等の外勤業務を行ったこと等を外勤が過重であったことの根拠として挙げるが、いずれも単発的なものであって、右事情の存在をもって過重な終日外勤業務が続いたと認めることはできない。
以上によれば、原告の従事した住居表示付定作業が終日の外勤で、原告が夏場の炎天下に終日晒されることを余儀なくするものであったという原告の主張は採用できず、右住居表示付定作業が、免疫機能が低下する程の疲労に陥らせ、肝機能障害を生じさせるに足りる程度の過重負荷であったと評価することはできない。
(二) なお、公務と肝炎発症との因果関係について付言すると、原告は、公務と肝炎発症との因果関係は医学的に認められると主張し、宇土医師もそれに沿う意見を述べている。
しかし、右の主張及び意見は原告が肝炎発症・増悪当時終日外勤により長時間直射日光に晒され続けたという主張を前提にしているところ、原告が終日外勤を継続的に行っていた事実は前記のとおり認められないので原告の主張及び宇土医師の意見は採用できない。
3 公務と肝炎増悪との因果関係
原告は、昭和六二年四月からも同年六月まで住居表示付定作業を含む住居表示関係業務に従事したが、同年中の住居表示変更証明書の交付が同年五月の祇園・安古市・佐東地区の新住居表示の実施のため多忙であったこと、窓口あるいは電話等で寄せられる住居表示変更についての市民からの問い合わせへの対応が精神的・肉体的に過重であったこと、以上を原因として同年九月に肝炎が増悪したと主張する。
そこで、右業務の過重性について判断すると、<1>住居表示付定作業の内容は前述のとおりであること、また、同年五月の外勤日数は一七日であること、<2>住居表示変更証明書の交付については、住居表示変更証明書の交付件数のピーク時であった同年五月の原告の外勤日数は前記のとおり一七日であり常時住居表示変更証明書の交付を行っていたとは認められないこと、同年六月には交付件数は約三分の一と五月に比べて格段に減少していること、六月中は原告は時間外勤務を行っていないこと(甲五七)、複数の証明書交付に伴う階段の昇降が一日あたり頻回であったとは認められないこと、<3>窓口あるいは電話等による問い合わせや苦情等の対応に時として苦慮することはあったとしても、これらの対応には他の同僚職員も従事していたもので、原告一人がすべてを対応していたわけではなく、また、原告や他の同僚職員で解決できないような特段の問題が発生したことも認められないこと、以上からすると、前記期間の原告の公務が自然的経過を超えて肝炎を増悪させるに足りる程度の過重負荷であったと評価することはできない。
4 更に、原告は、配置転換を求めたにもかかわらず配置転換されず、徴税業務や住居表示付定作業に従事せざるを得なかったのであり、治療機会を奪われたと主張する点については、通院のための年休あるいは病休の取得が公務遂行のために妨げられたことを認めるに足りる証拠はなく、原告の主張は採用できない。
五 結論
よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 加藤誠 白神恵子 松山昇平)
別紙図面及び別表1ないし5 省略