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広島地方裁判所 平成6年(行ウ)12号 判決 1998年3月18日

原告

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

錦織正二

被告

中国郵政局長今泉至明

右指定代理人

村瀬正明

小林秀和

高坂恩

泉宏哉

久埜彰

鈴木日出男

株本幹雄

近藤三雄

齋藤学

佐古由紀子

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が原告に対してなした平成四年一〇月一九日付け懲戒免職処分を取り消す。

第二事案の概要等

一  事案の概要

本件は、島根県出雲市稗原町内所在の稗原郵便局(以下、「稗原局」という。)で勤務していた原告が、<1>簡易生命保険(以下、「簡易保険」という。)に係る保険料の団体割引額を横領し、<2>郵便局職員として禁止されている簡易生命保険の払込団体の運営に関与したことを理由として、平成四年一〇月一九日に懲戒免職処分(以下、「本件処分」という。)に付されたことにつき、本件処分には事実誤認があるか、もしくは、その処分が重きに失し、懲戒処分権の濫用に該当するとして、本件処分の取消しを求めた事案である。

二  争いのない事実

1  原告の経歴

原告は、昭和四五年四月一日に郵政職員として事務員に命ぜられ、現業の国家公務員となり、同年一〇月一日に郵政事務官に任命された。その後、昭和四七年四月一日より稗原局勤務を命ぜられ、以来同局の職員として平成四年一〇月一九日に本件処分がなされるまで勤務していた者である。

2  簡易保険の団体取扱制度

(一) 郵政省は、簡易生命保険法に基づき、簡易保険事業を遂行しているが、効率的な事務処理と健全な契約維持の推進を図るとともに、加入者の利益増進に資するため、保険料の団体取扱制度を設けている。これは、事業所又はその他の一定の活動目的のある団体(職域団体、地域団体、同業組合団体、同趣同好団体)の代表者が、既存新規を問わず一五個以上の保険契約をもって、保険料の団体取扱いを受ける団体(以下、「払込団体」という。)を結成することができ、保険料の払込みは、右団体の保険料全部を団体代表者もしくは団体から委託された集金人が取りまとめて、郵便局に払い込むと、保険料の七パーセント(代表者に対する取扱手数料二パーセントを含む。)が割り引かれるというものである。なお、払込団体の被保険者が一五人に満たないこととなったときは、保険料の割引は行われないこととされている。

(二) そして、団体取扱いにおける保険料の右割引額(以下、「団体割引額」という。)は、団体構成員の総意に基づき当該団体の活動のために活用されることが求められていることから、個々の保険契約者が、その保険契約を団体扱いとするか否かは、各保険契約者の意思に任されているところであって、個々の保険契約者の同意なくして団体取扱いとすることはできない。

また、払込団体の運営は、当該団体が自主的に行うことが基本であり、郵便局が団体を運営し、あるいは団体運営に関与していると誤解を受けることがないよう、郵便局職員は、勤務時間の内外を問わず払込団体の各契約者から集金を行わないこと、本来団体が行うべき団体業務(保険料の取りまとめ、保管、団体割引額の保管、管理等)に関与しないこと等の事項を厳守することとされているほか、地域団体において当該地域以外の保険契約者を右団体に加入させること、団体割引額を現金や商品券などの形で団体構成員に返還すること(以下、団体構成員個人に返還される金品を、「リベート」といい、リベートを目的として結成された払込団体を、「リベート団体」という。)はいずれも不適正な払込団体として禁じられている。

3  本件処分に至る経緯

(一) 原告は、昭和四七年四月一日付けで稗原局勤務を命ぜられて以降、郵便、貯金及び保険の外務事務に従事していたが、同五六年四月一日、同人方の隣家であるS1(以下、「S」という。)方へ赴き、同人の妻M(以下、「M」という。)をして、Sを契約者(当初、同人の別名である「S2」名義、その後、契約者名を本名のS1に変更)とする全期間払込一八歳満期学資保険(以下、「本件学資保険」という。)契約を締結し、一ヶ月分の保険料一万五四〇〇円を受領した。

(二) 原告は、本件学資保険契約締結の翌月である昭和五六年五月末ころから、毎月S宅で保険料一万五四〇〇円を受領したが、そのころから、同六〇年七月末ころまで、本件学資保険を既存の払込団体である「三坂三農」に加入させた。

(三) 一方、原告は、囲碁の趣味を有していたことから、囲碁愛好家の集まりである「棋保会(きやすかい)」という払込団体を結成し、払込団体が受ける団体割引額でプロ棋士を招いて指導をしてもらうことを思いつき、昭和六〇年三月ころから保険の募集を行ったが、同年四月までに一〇個しか募集できず、払込団体の結成のために必要な一五個に達しなかったため、遅くとも同年八月までに右「棋保会」として募集した保険契約を既存の払込団体「新殿簡易保険組合」(以下、「新殿」という。)に加入させ、加入に伴う団体割引額を、原告を代表者とする出雲棋友簡保会名義の郵便貯金口座(以下、「棋友会貯金口座」という。)に預け入れて管理を始めた。

(四) 原告は、遅くとも昭和六〇年八月ころまでに、本件学資保険を「新殿」に加入させ、同保険にかかる団体割引額を「棋保会」として募集した保険の団体割引額とともに棋友会貯金口座に預け入れ、「棋保会」運営のための積立金として管理していた。

(五) 原告は、昭和六二年八月ころ、払込団体の名を「棋保会」に変更し、本件学資保険の団体割引額は、「棋保会」会員の団体割引額とともに棋友会貯金口座に引き続き預け入れ、「棋保会」運営のための積立金として引き続き管理した。

(六) したがって、原告が、本件学資保険を「新殿」に加入させ、その保険料を徴収し始めた昭和六〇年八月一三日から同保険の保険期間の終期である平成四年三月三一日までの間にSから徴収した保険料は、金一二一万六六〇〇円であり、原告は、昭和六〇年九月六日から平成四年四月一日までの間に右保険料の中から差し引いていた団体割引額合計金八万五一六二円を「棋保会」の運営費の一部として費消した(なお、原告は、費消した金八万五一六二円については、延滞金一万五九七二円とともに、平成四年一〇月六日に全額返済している。)。

また、原告は、前記(三)ないし(五)のとおり、払込団体の団体割引額を保管・管理し、昭和六一年五月、平成元年五月及び平成三年九月の三回にわたって、「棋保会」の行事であるプロ棋士を招待しての囲碁大会を主催する等、払込団体の運営に関与した。

4  本件処分

そして、被告は、平成四年一〇月一九日、原告が昭和六〇年九月六日から平成四年四月一日までの間、不正に団体割引額を差し引いた保険料を稗原局に払い込み、もって、団体割引額を横領し、また、郵便局職員として禁止されている払込団体の運営に関与したという理由(以下、「本件非違行為」という。)により、原告を懲戒免職処分(本件処分)に付した。

第三争点

一  本件の争点

1  原告の横領行為の成否

2  被告の懲戒処分権の濫用の有無

二  争点に関する当事者の主張

1  原告の横領行為の成否について

(被告の主張)

原告は、Sの本件学資保険加入時に右保険を「三坂三農」に加入させ、また、遅くとも昭和六〇年八月ころまでに右保険を「新殿」に加入させているが、いずれの時点においても、団体加入について、保険契約者であるSの承諾を得ていなかったものである。そして、Sが本件学資保険を団体取扱いにすることについて承諾していなかった以上、同保険について団体割引額が発生する余地はなく、原告は、本来、集金した保険料全額を郵便局に払い込むべきものであり、Sの承諾を得ずして、同人の本件学資保険を団体加入させ、団体割引額を費消した原告の行為は、業務上横領罪に該当する。

(原告の主張)

Sの承諾を得ていないとする点は否認する。原告は、本件保険契約当時、Sの隣に住み、隣人として親しく付き合っていた関係にあり、原告は、保険の団体加入、団体割引金の使途を含め、説明した上で了解を得ていたものである。そして、そのような間柄であったので、原告としては、簡略な説明で済ませ、Sも詳しく聞きもせずに任せていたのである。

また、原告が「棋保会」として簡易保険を募集したものの、払込団体を結成しうる一五個の契約に達しなかったので、昭和六〇年四月、稗原局の当時の内務担当者及び元外務の主任であり原告の上司であった三加茂照雄(以下、「三加茂」という。)の指示により、「棋保会」として募集した右保険契約一〇個を「稗原自治会」に入れることになった。その際、三加茂は、「三坂三農」に加入していたSの本件学資保険を右「棋保会」に入れてもよいと指示したことから、原告は、そのころ、Sに対し、払込団体移転と団体割引額の使途の変更を話し、了解を得ている。

さらに、昭和六〇年八月、「棋保会」として募集した保険契約が一五個に達したため、当時の内務担当者の指示により、「稗原自治会」から既に構成員がゼロであった「新殿」に移す際にも、Sにその旨を話し、その了解を得ている。

2  被告の懲戒処分権の濫用の有無について

(被告の主張)

(一) 国家公務員に対する懲戒処分の性格

国家公務員に対する懲戒処分は、単なる労使関係の見地においてではなく、国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務することをその本質的な内容とする勤務関係の見地において、公務員としてふさわしくない非違行為がある場合に、公務員関係の秩序を維持するため、その職員の責任を確認し、制裁を加えるものである。

そして、国家公務員法八二条は、国家公務員を懲戒処分に付すことができる場合と、懲戒処分の種類を規定しているが、右懲戒事由がある場合に、懲戒権者が懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をするときにいかなる処分を選択すべきかを決するについては、公正でなければならないことを定めている(同法七四条一項)以外に、具体的な基準を設けていない。

したがって、公務員に対して懲戒処分を行うには、非違行為の程度に相当する適正かつ妥当と評価され得る種類の処分を行えばよいことになる。懲戒処分を行うにあたっては、これが社会通念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合でない限り、何ら違法と判断されることはない。

(二) 郵政省職員に対する懲戒処分

郵政省は、前記簡易保険事業はもとより、郵便事業、為替貯金事業といった国民生活と密接な関係にある事業を遂行しているところ、これら郵政事業は、すべての業務を通じて公金その他の金銭の取扱いを日常的な業務内容としている。そのため、郵便局職員等郵政事業に携わる職員にあっては、国家公務員として課せられている職務専念義務等の諸義務はもとより、金銭等に対する廉潔性、潔白性の保持が最も基本的かつ重要な職務上の義務として課せられているところである。

したがって、右廉潔性、潔白性の要請に反する金銭的不法行為は、利用者に損害を与えたことはもとより、官職の信用を傷つけ国民の郵政事業に対する信頼を損ない、事業運営を阻害する公務秩序びん乱行為とみなされ、職員が公金等を横領、窃取する等の不正領得行為を犯した場合は、その金額の多寡、期間の長短、補填の有無、情状の存否、刑法上の可罰性等にかかわらず、企業外排除、すなわち懲戒免職処分という厳正な措置をもって臨むことを基本方針としているところである。

また、郵政省は、懲戒権者の裁量権に基づく処分が、社会通念上著しく妥当を欠き、裁量権の濫用を惹起することのないよう、郵政省職員に対する懲戒処分について、国家公務員法に定める懲戒処分事由を具体化した郵政省職員懲戒処分規定により、懲戒処分標準を定めている。同標準の一般処分標準の第一5(1)は、保険料を横領した者については免職処分とすることを原則とし、情状により停職処分とすることができる旨規定されている。また、同標準の一般処分標準の第一5(11)は、「保険料払込団体の集金事務等払込団体の事務を行った者は、三月以下の減給又は戒告にする。その情重いものは、四月以上の減給にすることができる。」と規定している。

(三) 本件処分の適法性

ところで、本件においては、原告が保険料の団体割引額を横領し、また、職員として禁止されている払込団体の運営に関与したものであり、これら原告の行為は、国家公務員法九八条一項及び九九条に違反し、同法八二条各号に該当するものである。

(四) 被告の懲戒処分権濫用の不存在

被告は、本件非違行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響、当該職員の非違行為前後の態度、過去の処分歴、他の職員及び社会に与える影響等諸般の事情を考慮して、また、前記懲戒処分標準及び過去の懲戒処分例を参考にして量定を検討した。

その結果、被告は、原告の本件非違行為のうち、横領行為だけをみても、原告は、長年郵便局に勤務し、公金取扱いの重要性を十分認識していたにもかかわらず、違法行為を長期間継続して繰り返したものであること、原告のなした保険料の団体割引額の横領行為は、集金保険料と団体保険料の差額に目を付けて横領するという、自己の職務上の立場を悪用したものであること、原告は、右団体割引額を自らが管理運営し、自らの趣味である囲碁を行事内容とする払込団体の活動費としたものであることから、決してその情が軽いあるいは軽微であると評されるものではなく、それのみで懲戒免職処分に該当する重大な非違行為ということができると判断し、本件処分をなしたものである。

また、右処分は、同種事案について、非違行為者の役職、年齢、勤続年数、勤務成績、非違行為に係る被害金額、非違行為の期間、件数及び回数、非違行為に係る領得金員の費消先、余罪等を比較しても、原告に対する懲戒免職処分(本件処分)が他の事案と比較して特に厳しいといえるものではない。

以上により、本件処分が、社会通念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したと認められるものではなく、適正かつ妥当なものであることは明らかである。

(原告の主張)

仮に、本件非違行為が成立するものであるとしても、原告が、本件非違行為を行うに至ったのは、以下に述べるとおりの事情が存在するのであって、その情軽微なものとして、一定期間の停職が妥当な処分であるところ、被告の本件処分は重きに失し、処分権の濫用に該当して違法である。

(一) Sの追認

仮に、Sが本件学資保険の団体取扱いを承諾していなかったとしても、Sは、原告が本件学資保険を団体取扱いとし、かつ、手数料を棋保会の運営費に使ったことについての詳細を知った後も、原告に対し全く異議や非難をしていないばかりか、追認していることが認められる。

(二) 払込団体関与に対する黙認、推奨

原告が「棋保会」の運営を行っていたのは事実であるが、「棋保会」を作ったのは、原告の個人的な私利私欲のためではなく、保険加入拡大のためであり、三加茂や当時の内務主任の許可を得ていたものである。

また、「棋保会」の前身である「新殿」は、昭和六二年四月に中国郵政監察局島根郵政監察室により行われた稗原局の総合考査(以下、「本件総合考査」という。)当時、事実上の「棋保会」会員及びSで構成されており、構成員の大半が出雲市今市町在住の地域外のものであることは容易に判明し得たのに監察官より指摘されなかった。そのため、原告は、このような形態の払込団体は問題がないものと思い、その後も募集に励んでいたのである。

さらに、稗原局においては、職員が払込団体の旅行に同行するなど、職員の払込団体への関与を認めていた実態があり、原告による「棋保会」の運営についても、高橋直裕稗原郵便局長(以下、「高橋局長」という。)は、棋保会の囲碁大会ごとに酒二、三本を提供するなどしてこれを推奨し、支援していたものである。

よって、原告には、私利私欲的行為及び悪意的行為は一切なく、本件総合考査によるも全く指摘を受けず、良かれと思い行ってきたもので、違法の意識は全くなかったものである。

(三) 稗原局における払込団体の組織的不正利用の実態

この点については、昭和六二年四月の本件総合考査前後について、以下に述べるとおりである。

(1) 本件総合考査以前

「稗原自治会」は、出雲市の稗原町に居住する者を構成員とする地域団体であり、団体割引額もこの団体の諸活動に使われるべきものである。しかし、実際には、「ひまわり会」と称する、団体割引額を火災保険の保険料に充てる団体、団体割引額を現金で加入者に返還するリベート団体、契約者一五名に満たない他地域の団体など、稗原局で扱った簡易保険で、払込団体の扱いができない種々のものを入れていたのである。そして、これら本来団体扱いできない保険契約については、三加茂の指示により稗原局員が保険料全額を集金し、最終的に三加茂の手元に集められ、団体割引額の計算をするなどして、三加茂が団体の運営・管理等を主に行っていた。そして、七パーセントの団体割引額のうち、五パーセントを契約者に返還したり、火災保険の保険料に充てたりしていたが、残り二パーセントについては、稗原局として、客が貯金や保険に加入してくれた場合のお礼として配布する奨励物品を購入したりしていたものであり、これは明らかに横領行為である。

(2) 本件総合考査以降

稗原局においては、本件総合考査以降も、以下のとおり、局ぐるみで団体取扱いの不正利用をなしていた。

「稗原自治会」は、旅行を活動内容とする払込団体となったが、依然として、団体割引額を現金で契約者に返還することもなされていた。また、本件総合考査において不適正を指摘された「三坂三農」や他地域の団体をそのままそっくり形式上「稗原自治会」に入れ、稗原局内部では依然として事実上の払込団体として取り扱っていた。このように、本件総合考査以降、「稗原自治会」、「新殿」など不適正取扱いが発覚しなかったものについてはそのまま継続し、発覚したものについては適正化した形にして発覚しなかったものに紛れ込ませるという方法で局ぐるみで不正行為を続けていたのである。このことは高橋局長においても、承知していたものである。

また、稗原局員による集金や、「稗原自治会」の活動としての旅行に稗原局員が同行するなど、稗原局員による払込団体への関与も依然としてなされていた。

(3) 以上のとおり、団体割引額を奨励物品購入の費用に充てることが横領に当たるのはもちろんのこと、リベートとして団体割引額を契約者に返還すること及び事実上の払込団体に団体割引額を返還することのいずれも、郵便局員と契約者の共犯による横領行為であり、稗原局においては、局ぐるみで右のようなことがなされていたにもかかわらず、これらを理由に何らの処分もせず、本件において、原告のみを懲戒免職処分とすることは、あまりに均衡を失する処分である。

(四) 三加茂の横領行為

そもそも三坂地域ではないSの本件学資保険を「三坂三農」に加入させたのは、三加茂の指示によるものであり、原告は、昭和五六年四月以降、Sを「新殿」に加入させた昭和六〇年八月までの間、毎月Mより保険料一万五四〇〇円を集金し、その都度全額を三加茂に渡していた。三加茂は、原告に対し、昭和六〇年四月分から、「棋保会」の募集、集金等のためのガソリン代に使うように言ってSの団体割引額を渡すようになり、その後は、原告が棋友会貯金口座でSの団体割引額を管理するようになったが、少なくとも、昭和六〇年三月分までのSの団体割引額は三加茂が管理していたものである。

また、被告は、三加茂に対する責任の追及をおろそかにする一方で、一番末端で指示に従い職務を行っていた原告のみに厳罰を与えるもので不当なものである。

(五) 同種事案との比較について

同種事案について懲戒免職処分に付された者と原告を比較してみても、同種事案はいずれも、保険料を職員の借金返済等全く個人的な私利私欲のために費消したものか、個人的利得として蓄財されていたものである一方、原告は、あくまで払込団体である「棋保会」の運営費に使ったものであり、かえって本件処分の不当性が明らかになったというべきである。

(被告の反論)

(一) Sの追認について

原告がSの承諾を得ず団体加入させた場合、本来団体取扱いとすることができず、集金した保険料全額を稗原郵便局に払い込まねばならないことは既に述べたとおりであり、Sは本件横領の被害者の地位に立つものではなく、Sの追認は本件処分に影響を及ぼす事情とはなり得ない。

(二) 払込団体関与に対する黙認、推奨について

原告が主張するとおり、稗原局においては、昭和六二年四月八日から三日間にわたり、本件総合考査が行われ、払込団体に関して不適正な取扱いをしている旨の指摘がなされたが、本件総合考査やその後に行われた業務研究会等によって、原告を含む同局職員において、払込団体のあるべき姿、あるいは、団体取扱いの細則について知悉するところとなったものであり、不適正な団体取扱いが黙認されていた旨の主張は、自己の違法行為の責任を団体取扱制度や上司に転嫁しようとするもので、失当である。

(三) 払込団体の組織的不正利用について

昭和六二年四月、稗原局において、本件総合考査が行われたことは先に述べたとおりであるが、右総合考査における指摘を契機に、不適正団体の適正化が行われ、稗原局員による団体契約者の集金を外部に委託したり、契約者の理解を得て個別の契約に戻したり、「稗原自治会」への加入資格を有する者が加入を希望する場合は「稗原自治会」に加入させるなどして、同月末ころまでには、同局から不適正団体は消滅した。

また、仮に、稗原局において、原告同様の非違行為を行っている職員がいたとしても、同様に懲戒処分に付されるに過ぎないのであり、本件処分に影響を与えるものではない。

(四) 三加茂の横領行為について

三加茂による横領行為については、否認する。

原告は、昭和五六年五月から同六〇年三月まで、Sの保険料一万五四〇〇円全額を三加茂に渡していた旨主張するが、実際は、原告が、Sから一万五四〇〇円を集金し、団体割引額一〇七八円を差し引いた額を、「三坂三農」の集金係である訴外吉井清に渡していたものであって、原告の主張は失当である。仮に、原告が徴収した保険金を三加茂に渡していたとしても、原告は、団体割引額を差し引いた額を三加茂に渡していたのであって、右の期間における原告の横領の事実は明らかである。

したがって、原告は、昭和五六年五月末ころから同六〇年七月末ころまでの間にも、本件学資保険を「三坂三農」に加入させ、同様の手口により、団体割引額合計金五万四九七八円(五一ヶ月分)をガソリン代、小遣銭、奨励物品の購入代金等に費消したものであるが、(なお、原告は、右金五万四九七八円についても、延滞金二万五四六八円とともに、平成四年一〇月六日に全額返済している。)これを立証するに当たって関係書類が処分されているため、問責事実に含めていないに過ぎない。

また、仮に、三加茂による横領が認められるものであったとしても、既に退職している三加茂に対して懲戒処分することはできないのであって、この点の原告の主張は失当である。

第四当裁判所の判断

一  稗原局における昭和六二年四月までの団体取扱いの実態

争いのない事実及び証拠(<証拠・人証略>、但し、以下の認定に反する部分を除く。)によれば以下の事実を認めることができる。

1  稗原局では、適正な払込団体については、団体代表者が各団体契約者から集金するときに各契約者ごとに作成された集金票に記入押印し、各団体契約者から保険料を取りまとめることになるが、そのようにして団体代表者の手元に取りまとめられた保険料については、その九三パーセントが保険料として納められ、その金額が団体用保険料受入票に記入押印される。そして、残りの七パーセントについては、団体代表者名義の貯金通帳に入金されることになる。団体代表者のところに郵便局員が集金に行った場合は、一応一〇〇パーセント集金するとともに、団体代表者名義の貯金通帳を預かり、その七パーセントをこれに入金し、その後、右通帳を団体代表者に返還する運用をしていた。

2(一)  加えて、当時、稗原局においては、不適正な払込団体も存在していた。すなわち、過疎化のため、保険料の割引きを受けられる一五個の保険契約を下回る払込団体が現れるようになり、このような団体においても、払込団体を維持し、従前の保険料割引等のサービスを行うため、当該地域団体に加入することができないはずの他地域の保険契約について、保険契約者の同意を得て、適宜右のような団体に加入させることを行っていた。

そのような場合、従来からの団体加入者については、団体代表者において保険料を取りまとめ、団体割引額である七パーセント分が団体代表者名義の貯金通帳に入金されていた。払込団体を維持するために地域外から加入させた契約者については、当時の外務主任であり原告の上司である三加茂が、本来、団体代表者または団体により委託された集金人が使用すべき集金票を集金日ごとに一括管理し、集金日になるとこれを部下の稗原局員に渡して集金を命じていた。稗原局員は、各契約者宅で集金し、右集金票に押印して、これらをいずれも三加茂に渡す方法で集金していた(その場合の集金額が保険料の一〇〇パーセントであったか九三パーセントであったかは、本件証拠上、これを確定することができない。)。

三加茂は、そのように集金させた保険料について、その払込時期まで三加茂及びその妻名義の貯金口座でこれを保管し、その払込時期になると、右保険料に団体代表者が取りまとめた従来からの団体構成員の保険料の九三パーセントを合わせて、稗原局に払い込んでいた。

(二)  また、「稗原自治会」は稗原町の地域団体として昭和五八年八月二三日に組成されたものであるが、その前身は同年三月末に解散した「ひまわり会」を中心とするもので、同会は団体割引額を火災保険の保険料に充てるというリベート団体の一種であり、「稗原自治会」への移行後も、右実質を失ってはいなかった。また、「稗原自治会」には、リベートとして現金で団体割引額の返還を受ける契約者も存在していた。同会における集金は、すべて前記の方法により稗原局員により行われていた。その集金額は団体割引額を火災保険の保険料に充てる都合上、あるいはリベート返還の都合上、保険料の一〇〇パーセントであった。三加茂は、「稗原自治会」の団体割引額について、前記同様三加茂及び同人の妻名義の貯金通帳で管理し、団体割引額七パーセントのうち、五パーセントについては、各契約者の火災保険料に充てたり、約一年分の団体割引額を一括して現金で封筒に入れ、稗原局員に指示して各契約者に返還させる方法でリベートとして返還していた。また、三加茂は、残り二パーセント分については、内務担当者らと相談して、貯金や保険の獲得時に契約者にお礼として渡す奨励物品の購入に充てていた。

二  Sの本件学資保険契約について

1  争いのない事実及び証拠(<証拠・人証略>)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 原告は、昭和四七年四月一日より、稗原局勤務を命ぜられ、同局で勤務していたが、昭和五三年ころ、原告がS宅の近隣に転入したことから、Sと知り合うこととなり、町内会等を通じて同人と個人的に親しくなった。

(二) 地域団体である払込団体「三坂三農」は、昭和五六年当時、訴外山田利幸が団体代表者を務めていたが、「三坂三農」の保険契約が一五契約を下回りそうな状況となったため、当時の外務主任三加茂は、原告に対し、「三坂三農」を維持するため、当該地域外でもよいので保険契約を獲得し、これを「三坂三農」に加入させて欲しい旨指示していた。

(三) そこで、原告は、近隣に居住し、個人的にも親しかったSに対し、簡易保険の勧誘をしていたが、昭和五六年四月一日、Sが原告を通じて簡易保険に加入することとなり、原告は、同日の勤務を終えた後、保険契約締結のためS宅を訪問した。

当日、S宅では、S及びその妻であるMが同席したが、Sは保険のことについては、すべてMに任せていたため、原告はMとの間で保険の話を進めた。そして、Sは、契約者S2(「S2」はSが職業上用いていた名称、後に本名であるS1に変更されている。)名義で、被保険者はSの娘であるY、保険金額二〇〇万円の全期間払込一八歳満期学資保険に加入することとした。原告は、払込場所欄を除く本件学資保険の保険契約申込証(<証拠略>)を記載し、Mはこれに押印した。Mは、原告に対し、初回保険料一万五四〇〇円を支払った。そして、原告は、預り金受入簿を記載し、これをMに交付した。

その間、原告は、SまたはMに対して、本件保険契約が団体取扱いであることは伝えておらず、したがって、SまたはMから団体割引額を原告の好きなように処分してよいという旨の承諾を得たことはなかった。

(四) 原告は、その場を辞して後、前記三加茂の指示に従い、本件契約を払込団体「三坂三農」に加入させるため、前記預り金受入簿の控え(<証拠略>)の備考欄に、「三坂」と記入することで、本件学資保険を「三坂三農」に加入させる旨を明らかにし、翌日(同月二日)、右控えを稗原郵便局の内務担当者に交付した。同日、右内務担当者がその旨の事務手続きを行うことにより、Sの本件学資保険は、「三坂三農」に加入することとなった。

(五) 原告は、その後、昭和六二年一二月までの間、毎月集金の時期になると、三加茂からSの集金票を渡され、S宅へ集金に赴き、SまたはMから毎月本件学資保険の保険料の一〇〇パーセントに当たる金一万五四〇〇円を集金していたが、昭和六〇年七月分まで、右保険料を三加茂に渡していた(原告が三加茂に渡していた額が保険料の一〇〇パーセントであったか、七パーセントを控除した九三パーセントであったかは、後記2(二)で検討するように、本件証拠上、これを確定することができない。)。

2(一)  もっとも、原告は、昭和五六年四月一日の本件学資保険契約締結時に、Sに対し、右保険を団体取扱いにすること及び団体割引額の使途についていずれも承諾を得た旨主張する。

確かに、前記認定に反し、原告の主張に沿う証拠(<証拠・人証略>)も存在するが、審査請求におけるSの証人尋問記録書(<証拠略>)及び証人Sの証言のうち、本件学資保険契約当時、Sが原告から払込団体のことを聞き、すべて原告に任せたとする部分については、Sは、当初、保険のことはMが処理していたと供述していたこと(<証拠略>)、にもかかわらず、Sが右のような供述をするようになったのは、本件審査請求において上申書を提出してからであるが(<証拠略>)、右上申書は、Sがかかりつけの医者を通じて原告の本件処分を知り、少しでも原告の立場を良くしようとして虚偽の供述記載をしたことが認められること(<証拠略>)、したがって、それ以降の、前記部分に関するSの供述は、基本的に信用性が乏しいものといわねばならないうえ、本件審査請求におけるSの前記部分の供述も、一貫するものではなく、非常に曖昧かつ変遷が激しいもので、その証拠価値は極めて乏しいものであること及びSに余分な保険料を支払っているという認識がないこと(<証拠・人証略>)が認められるのであり、原告の右主張に沿うこれらの証拠を信用することができない。

さらに、原告作成の陳述書(<証拠略>)、審査請求における原告本人尋問記録書(<証拠略>)及び原告本人の供述のうち、本件学資保険契約当時、原告がSに対し、団体取扱いのこと及び団体割引額の使途について説明し、Sからすべて任せてもらったとする部分についても、前示の理由から信用性に乏しく、また、前記認定に供した証拠に照らして採用することはできない。

(二)  また、原告は、昭和五六年五月末から昭和六〇年七月末まで、Sから本件学資保険の保険料の一〇〇パーセントを集金して三加茂に渡していたことから、右期間中のSの団体割引額を横領していたのは三加茂である旨主張するのに対し、被告は、右期間中、Sから集金した保険料のうち、原告が団体割引額に相当する一〇七八円を差し引いて、訴外吉井清又は三加茂に渡して、横領行為をしていた旨主張するので、この点について検討する。

(1) まず、原告がSの保険料から団体割引額を差し引いて、訴外吉井清に渡していたとする点は、これに沿う証拠として原告の始末書の下書き(<証拠略>)があるものの、そこに「三坂三農」の代表者として記載された訴外吉井清は当時既に同会の代表者ではなかったことが認められる(<証拠略>)から、被告の右主張を採用することはできない。

(2) 次に、原告がSの保険料から団体割引額一〇七八円を差し引いて、三加茂に渡していたとする点は、これに沿う証拠(<証拠・人証略>)が存するものの、そのうち証人三加茂の証言は、曖昧であって、全体的に変遷が著しく、特に、自らの関与した部分についての供述の変遷が顕著であることから、同証人の右証言は信用することができず、これに準ずる(証拠・人証略)を基に作成された(証拠略)についても同様に信用できない。また、本件総合考査時の原告及び三加茂の始末書(<証拠略>)も、右各始末書を徴した証人高橋直裕の証言及び(証拠略)に照らし、信用することはできない。

また、原告自身昭和五六年五月末から同六〇年七月末までの横領行為を認めていたけれども(<証拠略>)、早期に否認に転じ(<証拠略>)、その後も一貫して否認していること(<証拠・人証略>)、自供後に書かれた始末書の下書き(<証拠略>)には、犯行の手口が記載されているが、前記認定事実に照らし不合理なものであること、原告の審査請求以降の弁解もそれなりに筋が通っていること(<証拠・人証略>)、当時の捜査が右期間の横領行為を中心として行われたものではなかったこと(<証拠略>)などに照らせば、その信用性にも疑問がある。

以上の点を総合すると、本件全証拠によっても、昭和五六年五月末から昭和六〇年七月末までの原告の横領を認めることはできないから、この点についての被告の右主張は認められない。

(3) 他方、原告は、右期間中は、三加茂がSの割引額相当額を横領していた旨主張するが、これに沿う証拠(<証拠・人証略>)は、いずれも原告本人の供述及びこれに準ずる証拠に過ぎず、三加茂自身はこれを否認するところ(<証拠・人証略>)、金員の費消先や団体加入に関するSの承諾の有無についての三加茂の認識等については、本件全証拠によっても必ずしも明らかでなく、右程度の証拠では、三加茂の横領行為を認めるに足りないし、他にこれを認めるに足る的確な証拠はない。

(4) 以上の次第であるから、昭和五六年五月末から昭和六〇年七月末までのSの本件学資保険の保険料につき、原告が三加茂に一〇〇パーセント渡していたものか、それとも原告において七パーセントを差し引き、三加茂には九三パーセントのみを渡していたものかの点については、本件全証拠上これを確定することができない。

三  「棋保会」について

1  争いのない事実及び証拠(<証拠・人証略>)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 原告は、昭和六〇年三月末で、前稗原局長が退職することとなったことから、同人へのはなむけとして、保険募集の成績を上げようと思い、また、常々、原告の趣味である囲碁を通じての保険募集を考えていたこともあり、昭和六〇年三月ころ、団体割引額でプロ棋士を招いて囲碁の指導をしてもらうことを活動内容とする囲碁愛好者の払込団体を結成することを思いつき、上司である三加茂に相談したところ、保険募集の施策としては良いという返事だったこともあり、これを「棋保会」と称して、その募集を始めた。

(二) しかしながら、同年四月の段階で、「棋保会」にかかる保険契約を一〇契約しか募集することができなかったことから、内務担当者に相談したところ、「稗原自治会」に入れておくよう指示され、「稗原自治会」を管理していた三加茂の許可を得て、これらの保険契約を「稗原自治会」に加入させた。

こうして、「棋保会」は稗原局内においては、「稗原自治会」の中に事実上存在するものとして扱われるようになった。また、同時に、原告が募集し、「三坂三農」に加入させていたSの本件学資保険についても、三加茂から「棋保会」に加入させてよいと言われた。そこで、原告は、「棋保会」の団体割引額と、Sの本件学資保険の昭和六〇年四月分の団体割引額を管理、保管するために、昭和六〇年五月一七日、出雲棋友簡保会代表原告名義である郵便貯金総合通帳(棋友会貯金通帳)を作成し、昭和六〇年五月二〇日、右各団体割引額の合計金一万一三五二円を入金した。

(三) その後、昭和六〇年八月になり、事実上の「棋保会」にかかる保険契約が一五契約になったので、原告は、独立した団体を結成しようとしたが、内務担当者から趣味の団体は許可にならないこと及び当時、構成員がゼロであった「新殿」へ「棋保会」を移せば、独立した団体にできることを聞かされ、内務担当者にその事務手続きを依頼した。遅くともこの時から、Sを含む「棋保会」の団体割引額は三加茂の手を経由せず、原告が取りまとめることとなり、原告が集金した保険料のうち九三パーセントを稗原郵便局に払込み、七パーセントを棋友会貯金通帳に保管する方法で、団体割引額を管理した。

(四) なお、原告は、三加茂からSの本件学資保険を「棋保会」に入れてよいといわれた昭和六〇年四月においても、Sの本件学資保険契約を「新殿」に加入させた同年八月においても、いずれも、払込団体の変更及び団体割引額の使途について、Sの承諾を全く得ていなかった。

(五) その後、原告は、昭和六一年五月一〇日に、プロの棋士を招き、第一回棋保会として囲碁会を開催した。その際、棋友会貯金口座で管理していた「棋保会」及びSの団体割引額をその開催費用に充てた。

2(一)  もっとも、原告は、昭和六〇年四月及び同年八月にSの本件学資保険を団体取扱いにすること及び団体割引額の使途について、Sに説明している旨主張する。

確かに、原告の右主張に沿う証拠がないではないが(<証拠・人証略>)、審査請求における証人Sの証人尋問記録書によれば、Sは団体割引額が囲碁会の経費として使われていることを知らなかったことが認められるのであり(<証拠略>)、少なくとも、団体割引額が「棋保会」において使われることを承諾していなかったことが推認されるのであるから、前記各証拠のうち原告の右主張に沿う部分については右認定に照らし信用することができない。

(二)  また、証拠(<証拠・人証略>)のうち、前記認定に反する部分は、既に述べたとおり、前記認定事実に供した証拠に照らして、信用することはできない。

四  本件総合考査以後の稗原郵便局における団体取扱いについて

1  争いのない事実及び証拠(<証拠・人証略>)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 昭和六二年四月八日から同月一〇日にかけて、中国郵政監察局島根郵政監察室による本件総合考査が稗原局に対して行われ、払込団体の取扱いについては、本来当該団体に加入することができない地域外の契約者を加入させている団体が一七団体存在すること、団体契約者の集金を稗原局員が行っていたこと、紙片を現金とみなして受入経理を行っていたこと、外務職員間で集金した保険料のやりとりをしていたこと等が指摘された。右指摘の一七団体は、高橋局長が三加茂に対して不適正な団体を挙げるよう命じた結果、三加茂により明らかにされたものである。また、高橋局長は、他の局員に対しても、他に不適正な団体がないか問い糺したが、他に明らかにされた団体はなく、本件総合考査当時、不適正団体だった「稗原自治会」や「新殿」は指摘されなかった。

(二) 原告は、本件総合考査において、現金を紙片とみなして受入経理をし、保険料払込団体に加入できない保険契約をこれに加入させる等したとして、昭和六三年二月二四日、高橋局長により、訓告処分に付された。その後、原告は、本件総合考査やこれを受けて行われた業務研究会等により、団体取扱いの細則について知悉するところとなった。

(三) そして、本件総合考査で指摘を受けた払込団体については、払込団体として維持できないものは、契約者の同意を得て、個別契約にするか、「稗原自治会」への加入資格を有する契約者が同会への加入を希望するときは、「稗原自治会」に加入させるなどの方法でその適正化が図られたが、本件総合考査で不適正団体であると指摘を受けた「三坂三農」をはじめ、いくつかの払込団体は、そのような方法により適正化されることなく、指摘を受けなかった「稗原自治会」に形式上加入させ、稗原局内では依然として事実上の払込団体として取り扱われるものもあった。また、リベート団体についても指摘されなかったので、その後も、団体割引額を現金で契約者に返還することも行われていた。

(四) また、高橋局長は、本件総合考査後に、三加茂が「稗原自治会」を事実上取りまとめていたことを知ったが、三加茂が平成元年三月末に退職するまで、これを黙認し、また、「稗原自治会」の行事である昭和六三年五月の瀬戸大橋への旅行会に高橋局長自身や三加茂などの稗原局員が同行するなど、払込団体に対する稗原局員の関与については厳格に対処していなかった。

2(一)  右認定に反する証拠(<証拠・人証略>)のうち、原告が本件総合考査において、団体取扱いの不適正事項として理解したことは、郵便局員が団体加入者のところへ集金に行くことのみであるとし、「棋保会」については総合考査で指摘されなかったため適正な団体であると思っていたとする点については、本件総合考査において、原告が、払込団体に加入できない保険契約を払込団体に加入させたことで始末書を書かされ(<証拠略>)、同旨で訓告を受けていること(<証拠略>)、本件総合考査後、郵政監察官及び高橋局長に注意されたり、業務研究会にも参加していることが認められることに照らし(原告本人)、そのまま信用することはできない。

(二)  また、右認定に反する証拠(<証拠・人証略>)のうち、本件総合考査によって、「新殿」及び「棋保会」以外の払込団体については適正化が図られたとする部分については、前記認定に供した証拠に照らして、信用することができない。

五  本件総合考査以降の「新殿」及び「棋保会」について

争いのない事実及び証拠(<証拠・人証略>)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

1  本件総合考査当時、「新殿」については、前記四1(一)で認定したとおり、高橋局長から、他に不適正な団体がないか問い糺されたにもかかわらず、原告がこれを不適正なものとして挙げなかったため、本件総合考査においては不適正なものとして指摘されなかったが、原告は、郵便局員が団体契約者の保険料を集金することは好ましくないと考え、「棋保会」の郵便振替口座を開設し、各契約者の郵便貯金口座から保険料が振り込まれるようにすることを思いつき、昭和六二年八月ころ、その前提として、払込団体の名称を「新殿」から「棋保会」に変更した。そして、そのことを高橋局長に報告したところ、自動振込の方法による集金が認められたことから、「棋保会」会員に了解を得て、昭和六二年一一月九日、前記振替口座の開設手続をした(<証拠略>)。そして、昭和六三年一月分の保険料から、前記自動振込の方法により、「棋保会」の郵便振替口座に各契約者の郵便貯金口座から保険料が振り込まれるようにした。原告は、Sの本件学資保険についても、昭和六二年一月一一日にS2名義の郵便貯金総合口座(<証拠略>)を作成し、翌日(同月一二日)、Mに会って、その旨了解してもらい、自動振替受付通知書(<証拠略>)に署名押印してもらった。原告は、そのうち九三パーセントを稗原局に払込み、残りの七パーセントを従来どおり棋友会貯金口座に入金して、団体割引額を管理していた。

2  その後、原告は、平成元年五月に第二回棋保会及び平成三年九月に第三回棋保会としていずれもプロ棋士を招き、囲碁会を開催し、棋友会貯金口座で管理していた「棋保会」及びSの団体割引額をその費用に充てた。

高橋局長は、遅くとも第二回棋保会が開催された平成元年五月ころから、原告がパソコンで「棋保会」に関する文書を作成しているのを見たり、原告が「棋保会」の管理、運営の一切を行っていることを知った。高橋局長は、それが不適正なものとして禁じられていることを認識していたが、「棋保会」の世話は原告でないとできないであろうと思ったこと、保険の維持向上を図ろうと安易に考えたことから、原告に対し特段の注意をすることなく、原告が「棋保会」の運営に携わるのを黙認し、さらに、囲碁会の際には、局長名で酒を用意したりもした。

六  本件処分について

争いのない事実及び証拠(<証拠・人証略>)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

被告は、平成四年一〇月一三日に、中国郵政監察局長から原告に関する本件非違行為の通知を受け、事実関係につき、高橋局長に確認し、右通知どおりの事実を認定した。そして、処分の量定については、諸般の事情を考慮し、郵政省の内部基準「懲戒処分標準について」(昭和二六年五月五日、郵人第九一号))(<証拠略>)や過去の懲戒処分例に照らして検討した結果、本件横領行為だけをみても、原告は、長年郵便局に勤務し、公金取扱いの重要性を十分認識していたにもかかわらず、違法行為を長期間継続して繰り返したものであること、原告のなした保険料の団体割引額の横領行為は、集金保険料と団体保険料の差額に目を付けて横領するという、職務上の地位を悪用したものであることから、横領金が払込団体である「棋保会」の運営に充てられたこと及び損害賠償金額の点を考慮しても、決してその情が軽いあるいは軽微であると評されるものではなく、それのみで懲戒免職処分に該当する重大な非違行為ということができると判断し、被告は、平成四年一〇月一九日、本件処分をなした。

七  争点に対する判断

1  原告の横領行為の成否について

前記各認定事実によれば、原告は、Sの本件学資保険について、昭和五六年四月一日の加入時、昭和六〇年四月の団体割引額の使途変更時及び同年八月の団体移籍時のいずれの時点においても、Sに対し、本件学資保険が団体取扱いであること及び団体取扱いによる団体割引額の使途について何らSの承諾を得ていないことが認められるのであるから、本件学資保険は、本来、団体取扱いにすることができないものであり、当然、団体割引額が発生する余地はなく、保険料全額を稗原局に払い込まなければならないものであるところ、原告は、昭和六〇年八月分のSの団体割引額一〇七八円及び「棋保会」会員の団体割引額を合わせて、「棋保会」の運営費に費消する目的で、昭和六〇年九月六日に自らが管理する棋友会貯金通帳に入金し、それ以降最後に右通帳にSの団体割引額を入金した平成四年四月一日までの間、七九回にわたり合計金八万五一六二円を右通帳に入金したのであるから、原告の右行為は、保険料の団体割引額相当額の横領行為ということができる。

したがって、被告が、原告による横領行為を理由として本件処分を行ったことに事実誤認はなく、右行為は、国家公務員法八二条各号に該当するものということができる。

すなわち、被告は、原告が、本件学資保険の契約者であったSから集金した保険料は、その全額を稗原郵便局に払い込まなければならないものであったにもかかわらず、昭和六〇年九月六日から平成四年四月一日までの間、団体割引相当額を不正に差し引いた保険料を稗原郵便局に払い込んだにすぎず、右不正行為によって生ずる団体割引相当額を払込団体(棋保会)の運営費のために流用したという原告の非違行為は、その官職の信用を傷つけ、官職全体の不名誉となるものであるから、国家公務員法九九条に違反するとともに、同条に違反するものとして同法九八条一項の法令遵守義務に違反するものであるから、原告の右非違行為については、右各法令違反が存するものとして同法八二条一号に該当するほか、職務上の義務違反でもあるから同法八二条一号に該当し、また、団体割引相当額を払込団体の運営費のために流用したことは、国民全体の奉仕者としてふさわしくない非行でもあるから、同法八二条三号に該当すると判断したものであり、懲戒権者(被告)の右判断に事実誤認はないというべきである。

2  被告の懲戒処分権の濫用の有無について

(一) 国家公務員につき懲戒事由がある場合において、懲戒権者が懲戒処分を行うかどうか、懲戒処分のうちいずれの処分を選ぶべきかは、その判断が、懲戒事由に該当すると認められる行為の性質、態様等の他、当該公務員の右行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、広範な事情を総合してされるべきものである以上、平素から局内の事情に通暁し、部下職員の指揮監督の衝に当たる懲戒権者の裁量に任されているものと解すべきであり、懲戒権者が右の裁量権を行使してした懲戒処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして、違法とならないものというべきである(昭和五二年一二月二〇日最高裁判所第三小法廷判決(民集三一巻七号一一〇一頁)及び同日同小法廷判決(民集三一巻七号一二二五頁)参照)。

(二) 原告のように郵便局の局舎外において外務事務に従事する職員は、管理者の直接の監督を離れ、自らの判断と責任において独立して担当事務を処理するのであるから、右のような職務の特質から見て自己の保管する金銭に対する厳正な取扱いが要求されるところ、右のような金銭に対する廉潔性、潔白性の要請に反する金銭的不法行為は、郵政事業利用者に損害を与えることはもとより、郵政官職の信用を傷つけ、国民の郵政事業に対する信用をも損ない、事業運営を阻害する公務秩序びん乱行為とみなさざるを得ないものであって、職員が公金を横領するなどの不正領得行為をした場合、当該職員が、その領得金額の多寡、損害填補の有無、刑法上の可罰性のいかんにかかわらず、厳正な措置をもって処断されることはやむを得ないものというべきである。

本件についてこれをみると、前示のとおり、原告は昭和六〇年八月当時、郵便局に勤務すること一五年余りに及び、公金取扱いの重要性を十分認識していたにもかかわらず、違法行為を長期間継続して繰り返したものであり、また、原告のなした保険料の団体割引額の横領行為は、集金保険料と団体保険料の差額に目をつけ横領するという、自己の職務上の立場を悪用したものであって、自らが管理運営する囲碁を行事内容とした払込団体(棋保会)の活動費として流用したものであって、公務秩序を維持する上からも許容されるものではなく、その責任は極めて重いというべきである。

(三) もっとも、原告は、(1)本件において、Sが原告に対し異議や非難を述べていないこと、(2)原告が払込団体(棋保会)の運営に関与した動機は原告の私利私欲のためではなかったこと、(3)原告が払込団体(棋保会)の運営に関与すること(本件処分理由の一つとされている。)は稗原局において黙認されており、問題はないと認識していたこと、(4)団体割引額の一部で奨励物品を購入する等の行為をした稗原局員がいるが、右局員に対しては処分がなされていないこと、(5)同種事案と比較しても、原告に対する本件処分は私利私欲のために費消、蓄財されている他の事例と比較し均衡を失していることを挙げ、原告に対する本件処分は重きに失する旨を主張する。

しかしながら、先に述べた原告の責任の重大さに鑑みると、原告主張の右諸事情を勘案しても、なお、被告が懲戒処分のうちの免職処分(本件処分)を選択したことをもって、社会通念上著しく妥当を欠き、懲戒権者に任された裁量権の範囲を逸脱し、これを濫用したものと判断することはできない。

すなわち、本件処分は、懲戒権者(被告)において、原告が犯した保険料の団体割引の横領行為のみでも懲戒免職処分に相当する重大な非違行為に該当するものと判断してなされたものであるから(前示六)、右横領行為が認められる本件においては、他の処分理由である払込団体(棋保会)への関与に関する事情(原告の主張(3))は、本件処分の効力を何ら妨げるものではなく、また、原告の動機や横領行為による利得の有無(原告の主張(2)、(5))のみから処分の軽重を論ずるのは相当でない(本件においては、保険契約者であるSの承諾を得ることなく自己の職務上の地位を悪用して当該保険を団体扱いとすることにより団体割引額を長期間にわたり繰り返し横領したという行為類型が重視されるべきである。)。その他、原告が主張する事情((1)、(4))はいずれも、本件処分に裁量権の逸脱、濫用がないとした前記判断を妨げるものではない。

したがって、原告の裁量権濫用の主張も理由がない。

八  結論

よって、原告の本訴請求は、理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松村雅司 裁判官 金村敏彦 裁判官 竹添明夫)

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