広島地方裁判所 昭和23年(ヨ)54号 判決 1948年12月28日
申請人
辻茂
被申請人
八幡村長
主文
申請人の申請はこれを棄却する。
訴訟費用は申請人の負担とする。
申請の趣旨
被申請人は本案判決確定にいたるまで廣島縣佐伯郡八幡村長の職務を執行してはならない。
事実
被申請人は廣島縣佐伯郡八幡村長の職にあつたものであるが昭和二十三年十月十三日同村第十一囘村会開会中同日付村長の辞職届を同村会議長隅田一生に提出したので同議長は直ちにこれを右村会にはかつたところ村会はこれに同意したので被申請人の退職は確定した然るに被申請人は現在まで八幡村長の職務を執行して居るので同村住民たる申請人は右八幡村を相手方として被申請人が村長でない旨の確認を求める本訴を当廳に提起したが既に退職した被申請人が依然として村長の職務執行を継続することは公益上測り知れぬ損失があり右本案判決の確定まで被申請人の無権行爲を坐視するに忍びないし又被申請人が本申請により職務の執行を停止されても助役により当然代行され村政に何らの澁滯も生じないのでこゝに申請の趣旨通り裁判を求めるため本件仮処分の申請に及ぶ次第である。
疏明として甲第一、二号証第三号証の一乃至三を提出し証人中下龍夫及び申請本人の各訊問を求め乙第一乃至第三号証の成立を認め同第四号証の成立は不知同第一号証及び第三号証は利益に援用すると述べた。
被申請代理人等は主文と同趣旨の裁判を求め申請人の主張事実申請人が八幡村の住民であり被申請人が同村長であること被申請人が申請人主張の旧村会議長隅田一生に対し八幡村長の辞職届を提出したが現在まで引き続き村長の職務を執行していることはいづれもこれを認めるがその余の主張事実は否認する申請人主張の第十一囘村会において三和中学建築費のことにつき村政上の責任問題を生じ村会議員は総辞職を決議し被申請人も亦その責任上議長に辞職届を提出したところ議長は同村会においてこれを朗読し議員に囘覽させたが既に大半の議員が辞職届に署名捺印した後のことであつたので村長の退職に同意を與えるための審議はすべきでないとの見解が有力でついにその審議はされなかつたものであるその上昭和二十三年十月十四日村会議員は協議会を開き村政の混乱を防止し事態を收拾するためには村会議員は全員辞表を撤囘し被申請人にも村長の辞表撤囘を勧奬するがよいとの協議がまとまり全村会議員は辞表を撤囘し被申請人も亦前日の辞職届を撤囘する旨の意思を議長に表明し議長から右辞職届の返還を受けた次第であつて被申請人の前記退職の意思表示は之に有効に撤囘されたのである尚被申請人が重要な村政を執りつゝある折柄助役は就任後日も淺いし申請人一人の提訴により多端な村政を扱う村長の職務執行が停止されることは申請人を除く全村民の希望しないところであつて公共の福祉に適合せずまさに村民の蒙る損害な甚大と云わねばならない八幡村の住民の一人として申請人の求める本件仮処分は村長の解職と同樣な結果を招來するの虞もあり全くその理由なきものであり到底本申請は棄却を免れないと述べ
疏明として乙第一乃至第四号証を提出し証人隅田一生、苅畑俊男の訊問を求め甲第二号証の成立を否認しその余の甲号各証の成立を認め尚甲第二号証につきそれは第十一囘八幡村会の眞正な会議録ではない蓋し議長及び署名議員二名はともにこれを承認もしなければこれに署名したこともなくその記載内容は眞実に反しているからである眞正な会議録は乙第二号証であると述べた。
理由
廣島縣佐伯郡八幡村長の職にあつた被申請人が昭和二十三年十月十三日同村会議長隅田一生に辞職届を提出したことは当事者間に爭がない。
申請人は同日右村会において被申請人の退職に同意の議決がなされた旨主張するが成立に爭のない乙第一乃至第三号証及び証人隈田一生、苅畑俊男の証言を綜合すると当日の村会で村会議員が総辞職の決議をした後被申請人が前記の通り辞職届を議長に提出したところ同村会は既に村会議員が総辞職の決議をした後とてこれに同意を與えるか否かについて審議できないとの意見が有力であつた爲その審議をすることなく同日の村会は散会となつたこと翌十月十四日村会議員の右総辞職の決議は撤囘され更に村会議長のすゝめにより被申請人も前記退職の申出を同日撤囘したことが一應疏明せられこれに反する証人中下龍夫と申請本人の各供述部分は当裁判所の措信しないところであり甲第二号証は前顯各疏明資料に照らして眞正に成立したものと一應認められないから疏明の資料となし得ないし他に被申請人が村長を退職したことを疏明するに足る資料は存しない。
よつて申請人の被申請人に対する本件申請は理由なきものと認めてこれを棄却することゝし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用し主文の通り判決する。