広島地方裁判所 昭和25年(行)20号 判決
原告 広分離期成同盟会
被告 広島県知事
一、主 文
原告の訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は『被告が昭和二十五年三月三十日爲した「呉市廣町は呉市から分離すべきでない。從つて賀茂郡の区域にも編入すべきでない。」との処分はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。』との判決を求め、その請求の原因として次の通り述べた。
原告廣町分離期成同盟会は昭和十六年実施された呉市と旧賀茂郡廣村(現在呉市廣町)との合併に反対し、廣町を呉市から分離することに賛成する廣町の住民の約三分の二を会員として結成された団体であるが、昭和二十四年八月一日右会員の連署を以てその代表者である原告村尾傳次郎から呉市選挙管理委員会に対し廣町の分離を請求したところ、同委員会は同年九月十一日廣町の選挙人の投票に附した結果、賛成八千四百五十九票、反対六千二百二十四票で過半数の同意を得たので、翌十二日その旨を被告知事に報告した。そこで被告知事は本件議案を縣議会に附議したが、昭和二十五年三月二十三日否決されたので同月三十日附総務部長名義地第一一七〇号を以て呉市長に対し「呉市廣町は呉市から分離すべきでない。從つて賀茂郡の区域にも編入すべきでない。」との処分をした。しかし昭和二十三年法律第百七十九号附則第二條第五項には「……有効投票の過半数の同意があつたときは………当該都道府縣の議会の議決を経て……」と規定してあり、右は次に述べるような点を綜合して考えると「有効投票の過半数の同意」は「議会の議決」を拘束し、從つて議会はこれと反対の議決をなし得ない法意と解すべく縣議会が本件議案を否決したことは違法であり、從つて右議決に基きなされた被告の右処分も亦違法たるを免れない。
第一、本條の立法趣旨
昭和十二年七月七日から昭和二十年九月二日まで所謂戰時中に行われた市町村の区域変更は戰時態勢強化のため住民の意向を無視して強行されたものが少くないから終戰と共に原状に復帰するのが当然であるが、戰後の事態の変化や地方の特殊事情によつては現状据置を可とする場合も絶無といえないのでその可否を当該地方の住民に決定させることとし、ただ地方自治法第七條の手続によることにすると、これらの消滅した市町村又は境界変更に係る区域の住民の政治力が劣勢なときは現在の市町村の議会を左右することができないため当該地方の住民の意思が充分発揚されない結果となる虞があるので、別途の手続によることとし一般投票により公平な住民の意思を明かにし、その結果住民の多数が原状に復帰することに賛成すれば、その利害得失を問はずその実現を図るのが本條の設けられた趣旨である。
第二、住民投票の権威
新憲法は住民が地方行政に参與する方法として代議制度による間接的方式と住民投票其他の直接請求による直接的方式とを採用しているが、就中住民投票によつて表明された住民の意思は最終絶対的な権威を有するものであつて、もとより地方議会の議決等によつてこれを制約することは許されない。住民投票がこのような高い権威を持つべきことは憲法第九十五條の規定からも容易に窺い知ることができるのみでなく、同法第九十二條の精神からも肯認されるところである。蓋し一地方の住民の利害に係る事項は当該地方の住民の意思によつて自主的に解決することが地方自治の本旨であるからである。
第三、地方自治法第七條との比較
地方自治法第七條は「……関係市町村の申請に基き都道府縣知事が当該都道府縣の議会の議決を経てこれを定め……」と規定しているから、市町村の廃置分合又は境界変更は知事の認可処分によつて決定されるものと解されるが、前記附則第二條第一項は「……その変更に係る区域の住民は第七條の規定にかかわらず本條の定めるところにより……できる」と規定し、第七條の規定を排除し更にその手続として第五項に「……委員会の報告に基き都道府縣知事は当該都道府縣の議会の議決を経て……なければならない」と規定している点から考えて、前記附則第二條による市町村の廃置分合又は境界変更については住民にその発案権があるのみでなく、決定権まで與えられているものと解しなければならない。
第四、昭和二十五年法律第百四十三号による改正
右法律は前記附則第二條に第六項を附加し「……当該都道府縣の議会においてその議員の発議により出席議員の四分の三以上の多数でこれに同意すべきではないとの議決があつたときは、都道府縣知事は……できない」と規定しているが、これは本規定によつて始めて議会の否決権を認めたものと解すべきであるから、反対解釈としてかかる明文を欠いていた前記附則第二項第五項の議決に於ては否決権は認められていなかつたことが一層明瞭となつたのである。
そこで原告等は本件処分を違法としてその取消を求めるため本訴に及ぶ次第である。
被告の抗弁に対し、次の通り反駁した。
第一、原告等には当事者適格がある。即原告同盟会は、民事訴訟法第四十六條により又原告村尾傳次郎は廣町の有権者として、夫々違法な本件処分の取消を訴求するにつき訴訟行爲を爲す適格を有するのである。
第二、本件の処分は行政処分である。前記附則第二條第五項は都道府縣知事が所定の要件を具備したときは市町村の廃置分合又は境界変更をすべきことを規定しているから、被告知事のなした呉市廣町を呉市から分離しない旨の本件処分は一種の拒否処分として行政処分と看做することができる。尚本件行政処分は総務部長名義の通牒によつてなされているが、総務部長は知事の補助機関に過ぎないから本件行政処分は被告知事の行政処分である。
第三、本訴には権利保護の利益が存する。前記附則第二條に規定する市町村の廃置分合又は区域変更請求権が不当に侵害された場合は、地方自治法第九條のような注意的規定がなくても住民は当然裁判所にその救済を求め得るものと解すべきであるから原告等は違法な本件処分の取消を訴求するにつき権利保護の利益を有するものである。(立証省略)
被告訴訟代理人は先ず主文第一、二項同旨の判決を求め、本案前の抗弁として次の通り述べた。
第一、原告等には当事者適格がない。前記附則第二條による市町村の廢置分合又は境界変更は唯当該市町村の土地管轄を変更するだけで、直接住民の権利義務に影響を及ぼすものではないから、呉市から本訴を提起するは格別、廣町の住民の団体又はその代表者に過ぎない原告等は本訴を提起する適格を欠くものと謂うべく本訴は不適法として却下すべきである。
第二、被告知事の行政処分は存在しない。被告知事は前記地第一一七〇号を代て呉市長に対し單に「呉市廣町は呉市から分離すべきでない、從つて賀茂郡の区域にも編入すべきでないことに決定した」旨の通知をなしたに過ぎず、右は單なる行政廳の観念表示であつて何等法律上の効果を発生するものでないから行政処分と謂うことはできず本訴は抗告訴訟の対象を欠く不適法な訴として却下すべきである。
第三、本訴は権利保護の利益を欠く。かりに被告知事の行政処分があるとしても、呉市廣町を呉市から分離しないという消極的処分に過ぎず、これを取り消しても分離するという積極的処分があつたのと同一の結果にならぬから、本訴は権利保護の利益を欠き不適法として却下すべきである。
本案につき「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次の通り述べた。
原告主張事実中本件通知がされる迄の経過は認めるが、被告知事の処分が違法であるとの主張は爭う。前記附則第二條第五項の「議会の議決を経て」とは議会に可否の決定権を與えたものと解すべきである。住民投票の他更に議会の議決を経べきものとしたのは市町村の廃置分合又は境界変更は唯当該市町村だけでなく、府縣全体の利害に関する事項であるから当該地方の利害に拘束されない縣議会が独自の立場からその可否を判断し府縣全体の利害との調節を図るためである。尤も住民投票によつて表明された住民の意思は有力な資料として議決に際し充分斟酌されることが望ましいけれども、必ずしも議決を拘束する効力までも、もつものではない。否決権なき議決ということは無意味である、地方自治法第七條第一項の「議会の議決を経て」も右と同旨に解すべきである、前記附則第二條に第六項が新設されたのは從來解釈上認められていた議会の否決権を明文化しただけの意味しかない。そして被告知事は縣議会の議決を経べき案件については、再議に付する等特別の場合を除いては、全て議決に服すべきであるから、被告知事が縣議会の議決通りの本件処分をしたことは当然であり何等違法はない。(立証省略)
三、理 由
原告廣町分離期成同盟会は昭和十六年実施された呉市と旧賀茂郡廣村(現在呉市廣町)との合併に反対し、廣町を呉市から分離することに賛成する廣町の住民の約三分の二を会員として結成された団体であるが、昭和二十四年八月一日右会員の連署を以てその代表者である原告村尾傳次郎から呉市選挙管理委員会に対し廣町の分離を請求したところ、同委員会は同年九月十一日廣町の選挙人の投票に附した結果、賛成八千四百五十九票、反対六千二百二十四票で過半数の同意を得たので、翌十二日その旨を被告知事に報告したこと及び被告知事は本件議案を縣議会に附議したが、昭和二十五年三月二十三日否決されたので、同月三十日附総務部長名義地第一一七〇号を以て呉市長に対し「呉市廣町は呉市から分離すべきでない。從つて賀茂郡の区域にも編入すべきでない。」との通知をしたことは当事者間に爭がない。
右の場合知事の、分離しないとの処分があつたかどうかについて、考えてみると昭和二十三年法律第百七十九号附則第二條第五項は、知事が議会の議決によつて市町村の廃置分合又は境界変更を定める場合についてだけ規定していて、本件の場合のように縣議会が住民投票の結果に反して分離しないことを決議したときについては地方自治法中何の規定もされていない。それは同法第七條により明かなように元來市町村の廢置分合又はその境界変更を定めることは知事の権限に属することではあるが、その決定前に必ず都道府縣の議会の議決を経なければならないし、しかも右議会は都道府縣全般の立場からその可否を決すべきであるから、知事もその議決に反する決定を爲し得ない趣旨であると解するのを相当とする。そしてこのことは前記附則第二條の場合も同様であつて議会が分離しないと決議した以上、市町村の区域は旧に復せず現状通りであるから、知事として何等の決定を必要としないものといわねばならぬ。だからこそ原告の主張する処分なるものも、ただ縣議会の議決を利害関係のある呉市長に通知したに止まるものであつて、分離請求に対する却下処分というが如きものでないから、本件の場合には知事の行政処分なるものは存在しないものと解するのを相当とする。
原告は附則第二條をかく解することは住民投票の権威を無視したものであつて、憲法の精神に反すると主張するけれども、憲法第九十五條で一の公共団体の住民全体の投票によるべきことを規定している場合と本件のように呉市の一部である廣町の住民投票に附する場合とは、住民投票の権威にも自ら径庭の存することは明かであつて彼此混淆する原告の主張は採用し難い。
以上の理由により知事の行政処分ありとしてその取消を求める原告の本訴請求は失当であるので爾余の判断を省略し、民事訴訟法第八十九條を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 三宅芳郎 浅賀栄 幸野国夫)