広島地方裁判所 昭和28年(行)14号 判決 1960年12月12日
原告 宮本重留
被告 広島国税局長 外一名
訴訟代理人 森川憲明 外三名
主文
原告の被告広島国税局長に対する請求を棄却する。
原告の被告広島西税務署長に対する訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
一、原告の申立
被告広島国税局長が昭和二八年七月一〇日付でなした原告の審査請求を却下する旨の決定はこれを取消す。
被告広島西税務署長が昭和二七年四月二三日原告に対しなした昭和二六年分所得金額を六五〇、〇〇〇円とする更正処分はこれを取消す。
訴訟費用は被告等の負担とする。
との判決を求める。
二、被告等の申立
(一) 被告広島国税局長の申立
主文第一、三項同旨の判決を求める。
(二) 被告広島西税務署長の本案前の申立
主文第二、三項同旨の判決を求める。
(三) 被告広島西税務署長の本案の申立
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求める。
三、請求の原因
(一) 原告は古物商を営んでいるものであるが、昭和二七年三月中に原告の昭和二六年分所得金額を四五三、〇〇〇円とする確定申告書を被告広島西税務署長(以下税務署長と略称する。)に提出したところ、同被告は同年四月二三日右所得金額を六五〇、〇〇〇円と更正し、同年五月六日頃原告に対しこれを通知した。
(二) そこで原告は同月二二日被告税務署長に対し再調査の請求をなしたところ、同被告は同年六月二五日右請求を棄却する決定をなし、同年七月六日原告に対しこれを通知した。よつて原告は更に同年八月一日被告広島国税局長(以下国税局長と略称する。)に対し審査の請求をしたが、同被告は同二八年七月一〇日右審査の請求を却下する旨の決定をなし、同月一二日これを原告に通知した。
(三) しかしながら被告国税局長のなした右審査請求却下決定には次のような違法がある。
(1) 被告国税局長は、右審査の請求を却下する決定において原告が審査請求書に添付すべき証拠書類を提出しなかつたことをその理由として挙げているが、原告が右更正処分に対し不服とするところは被告税務署長が原告の売上高を推計するにあたつて適用した販売差益率が高率に過ぎるという点のみであり、原告の営業状況については被告税務署長において更正のための調査に際しすでに原告の帳簿書類を検査して十分その実態を把握しているから被告国税局長としても審査の請求に対する決定をするに際してあらためて、証拠書類を提出せしめる必要は少しもない。又原告は当時すでに証拠書類を作成するもととなる帳簿書類を紛失していたため、被告国税局長の要求する書類を提出し得なかつたのであるから原告としては右書類の提出を怠つたことにはならず、従つて補正に応じなかつたことを理由に原告の審査請求を却下した右決定は違法である。
(2) 原告は昭和二六年度においては前記確定申告書記載の所得金額以上の所得はなく、右事実は広島西税務署の職員が原告方へ調査に来た際の原告の説明により被告税務署長において了知したはずである。従つて、被告国税局長もまた原告の審査請求にともない被告税務署長から関係書類が回付されることにより当然原告に申告以上の所得のないことが判明していたはずであるにかかわらず、形式的な証拠書類の不提出をとりあげ、これを理由に原告の審査請求を却下したのであるかう、右決定は違法である。
(3) 右審査請求却下決定な架空の所得を認定した違法な更正処分から出発する一連の手続の一部分であり、右更正処分における違法を承継するものであるからこれまた違法とならざるをえない。
(四) また、被告税務署長のなした前記更正処分には次のような違法がある。すなわち、原告の昭和二六年分所得金額は確定申告書記載のとおり四五三、〇〇〇円しか存しないのに被告税務署長はこれを六五〇、〇〇〇円と更正した。従つて右更正は所得のないところに所得ありとしたものであるから、この点において違法である。
(五) 以上のとおり被告国税局長のなした審査請求却下決定及び被告税務署長のなした更正処分はいずれも違法であるからその取消を求める。
四、被告等の答弁及び主張
(一) 請求の原因中(一)、(二)の事実は認める。
(二) 被告国税局長の主張
原告が昭和二七年八月一日被告国税局長に提出した審査請求書には所得税法第四九条並に同法施行規則第四八条に規定する証拠書類が添付されていなかつたので、被告国税局長は同法第四九条第五項により同年九月一九日審査請求書に添付すべき証拠書類を提出するよう原告に対し補正を命じたが、原告は同月二六日付書面をもつて右補正を拒否する旨回答した。よつて被告国税局長は内容に立入り審査をするまでもなく同法第四九条第六項第一号に則り不適法な請求として却下したものであるから被告国税局長の右却下決定には何等違法な点はない。
(三) 被告税務署長の本案前の主張
原告の被告国税局長に対する審査請求は同被告の主張(右(二)参照)のとおり同被告から不適法なものとして却下された。そうすると原告の被告税務署長に対する更正処分の取消を求める訴は適法な訴願前置の要件を具備しない不適法な訴というべく、却下を免れない。
(四) 被告税務署長の本案の主張
原告の昭和二六年中の所得金額については、被告税務署長において昭和二六年一一月一〇日頃実地調査をした際原告が所持していた帳簿書類を基としこれに原告の申立等を綜合して合理的に推計した結果、左記のとおり七二二、一九〇円と算定したのであるが、なお同業者等の諸状況を考慮して、その所得金額を前記算定額を下廻る六五〇、〇〇〇円に更正したものである。
右数額の算出の根拠は次のとおりである。
(1) 原告の収入
売上高 二、九四五、五三八円
雑収入 一二、〇〇〇円
期末在庫 四三六、三七五円
合計 三、三九三、九一三円
(2) 原告の支出
仕入 二、一四四、五四八円
期首在庫 四三六、三七五円
公租公課 三三、〇〇〇円
荷造運賃 六、五〇〇円
水道光熱費 四、五〇〇円
旅費交通費 五、八〇〇円
広告宣伝費 七、六〇〇円
交際費 一二、〇〇〇円
火災保険料 八、三〇〇円
修繕費 四、〇〇〇円
消耗品費 五、〇〇〇円
雑費 四、〇〇〇円
当期利益 七二二、一九〇円
合計 三、三九三、九一三円
(3) 仕入額については、広島西税務署職員が原告の古物台帳さしている在庫商品のうち主たる種目につき抽出して実地に在庫商品の数量、価格等につき調査した結果、右古物台帳には真実の取引の約三五・六九パーセントしか記入していないことが判明したので、昭和二六年一月以降一〇月までの仕入額は正当額に訂正算出し、又一一月、一二月分の仕入額は両月分の一月から一〇月までの一箇月平均仕入額に対する仕入比率を原告から聴取し、その申立比率を適用して両月分仕入額を算出し、よつて年間総仕入額を算出した。また棚卸高については昭和二六年一一月一〇日実地に在庫調査を行い、期首期末の在庫額が調査時の在庫額と同一である旨の原告の申出に従つて計上した。仕入額に対する販売差益率は〇・三七三五であるが、これは調査時までの原告の仕入商品を品目別に分類し、更に品目を種類別に分類して、原告の仕入単価販売単価を摘出したうえ、一品別の利益率を算出し、これを種類別に取まとめた利益率に対して原告が古物台帳に記載していた調査時までの仕入商品の種類別仕入割合を適用して算出した。最後に、売上額については総仕入額に期首棚卸額を加算した額から期末棚卸額を控除した額をもつて売上原価とし、これに前記販売差益率を適用して算出したものである。
(4) 以上のように被告税務署長のなした更正決定は確実な根拠にもとずくものであるから適法である。
五、原告の被告税務署長の本案の主張に対する反駁
被告税務署長の主張中(1) 原告の収入のうち雑収入および期末在庫、(2) 原告の支出のうち仕入・期首在庫・公租公課・荷造運賃・水道光熱費・旅費交通費・広告宣伝費・交際費・火災保険料・修繕費・消耗品費・雑費は認めるがその余の科目別計上額および販売差益率は争う。
原告の商品販売先には店頭売りと市場売りがあり、全売上の五分の一が市場売りで残り五分の四が店頭売りである。そして市場売りの利益率は五パーセント、店頭売りの利益率は三〇パーセントであるから前記争のない仕入額に基いて計算すると市場売りの利益が二一、四四五円、店頭売りの利益が五三四、六九一円合計五五六、一三六円となりこれから必要経費を差引くと原告主張のとおり四五三、〇〇〇円となるのである。
因みに原告の過去三年間の所得金額は昭和二三年分が一二六七〇〇円、同二四年分が二二〇、〇〇〇円、同二五年分が三八五、〇〇〇円であり、これからみても被告税務署長主張の昭和二六年分所得金額が如何に過大であるかが窺われる。また、昭和二五年分の売上高二、五三四、〇〇〇円に対する所得金額が三八五、〇〇〇円、同二六年分の売上高二、九四五、五三八円に対する所得金額が七二七、五一〇円ということになると昭和二六年分は同二五年分に比して売上高において約二〇パーセントしか増加していないのに所得金額が約九〇パーセント増加した結果となり被告税務署長の算定が如何に不当であるかが明らかである。
六、証拠<省略>
理由
一、争のない事実
原告が古物商を営む者であつて、昭和二七年三月中にその昭和二六年分所得金額を四五三、〇〇〇円とする確定申告書を被告税務署長に提出したところ、同被告が同年四月二三日右所得金額を六五〇、〇〇〇円と更正し、同年五月六日頃原告に対しこれを通知したこと、これに対し原告が同月二二日被告税務署長に再調査の請求をしたが、同被告が同年六月二五日原告の右請求を棄却し、同年七月六日右決定を通知したこと、これに対し原告が更に同年八月一日被告国税局長に審査の請求をしたが、同二八年七月一〇日同被告から右審査請求を却下され、その決定の通知が同月一二日原告に到達したことは当事者間に争がない。
二、被告国税局長に対する請求について
成立に争のない乙第一号証の一、二、同第二号証、同第四号証、同第五号証の一、二に証人服部賀寿男の証言を綜合すれば、原告が昭和二七年八月一日被告国税局長に提出した審査請求書はその表題を再審査請求書とし、再調査決定通知書の内容およびその通知を受領した年月日、再調査の決定に対する不服の事由等の記載を欠くほか、証拠書類(収支計算書、売上明細書、経費明細書等)の添付がなく所得税法第四九条第一項、同法施行規則第四八条所定の方式を充たしていなかつたので、同被告は同法第四九条第五項、第四八条第四項により同年九月二〇日「昭和二六年分所得税に関する審査請求の方式の欠陥の補正について」と題する書面をもつて原告に対し右各欠陥の補正を命じたこと、これに対し原告は同年九月二六日付書面により、「被告国税局長は所得税法第四八条第四項に名を借り本来任意になすべき資料の呈示を強要するものである。他人に不利益を要求するには必ず理由を明示するのが常道である。従つて先ず被告税務署長がなした更正処分に対する証拠を明示してもらいたい。」旨の回答をし、右補正命令に応じなかつたこと、そこで被告国税局長は同二八年七月一〇日同法第四九条第六項第一号により請求の方式の欠陥を補正しなかつたことを理由として右審査請求を却下したものであること等の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。
これに対し、原告は「被告税務署長のなした更正処分に対する不服の理由は被告税務署長の適用に係る販売差益率が高率に過ぎるという点のみであり、原告の営業については被告税務署長において、すでに原告の帳簿書類を検査しその実態を把握しているから、原告が審査請求をするに際してあらためて証拠書類を提出する必要はない。又原告は当時すでに証拠書類を作成するもととなる帳簿書類を紛失していたため、被告国税局長の要求する書類を提出し得なかつたのであるから右書類の提出を怠つたことにはならない。」と主張する。しかしながら、前記認定のように原告提出に係る「再審査請求書」には再調査の決定に対する不服の事由の記載がなかつたから、いかなる点につき不服があるのかは全く明かでないのみならず、仮に販売差益率の高低のみが争点であることが被告国税局長に判明していたとしても、右差益率がいくらであると原告が主張するのか、また、原告主張の率を正当として採用すべきであるかの点については、同被告が当時被告税務署長のなした調査の結果のみによつてこれを認定し得たものとは本件の全立証によつても認めることができない。いわんや証拠書類は不服の事由の記載と相まつて審査の請求の内容趣旨を明かならしめるものであるから、すでに税務署職員の調査をうけたからといつて証拠書類を提出しなくてよいということにはならない。被告国税局長が原告に証拠書類の提出等欠陥の補正を命じたのは当然である。さらに原告はその本人尋問において被告国税局長から補正命令を受領した当時一切の帳簿を所持していなかつたので同被告の提出を求める証拠書類を作成できなかつた旨供述しているが、右供述は前記乙第二号証(原告の回答書)に対比しにわかに措信しがたい。したがつて、被告国税局長が証拠書類の不提出を審査請求却下の理由としたのは相当で原告の主張は理由がない。
次に原告は「被告国税局長が原告の審査請求を受理したのに伴い被告税務署長から関係書類が回付されることによつて原告に申告額以上の所得のないことが判明し得たのに形式的な証拠書類の不提出をとりあげて原告の審査請求を却下したのは違法である。」と主張するけれども、本件において証拠書類の提出による原告の側からの協力がたんに形式的無意味なものにすぎないことは本件全立証によつてもこれを認めるに足りないことは前記のとおりであるのみならず審査の請求が不適法である限り実体に立入つて判断する必要がなくこれを却下すべきことは当然であるから被告国税局長の本件却下決定が違法であるということはできない。
次に「原告は本件審査請求却下決定は架空の所得を認定した違法な更正処分から出発する一連の手続の一部であるから右更正処分の違法は右審査請求却下決定に承継されこれを違法ならしめる。」と主張する。しかしながら審査の手続は再調査の決定ないし更正処分に違法または不当ありや否やを判定する手続なのであるから、審査の請求に対する決定が違法な再調査の決定、ないし更正処分を維持した場合においてもこれによつて原処分の違法性を承継するというべきものではない。まして本件においては、原処分の実体にふれない却下の決定が問題になつているのであるから、ますます違法の承継を論ずる余地はない。原告の右主張も失当である。
その他本件審査請求却下決定には何ら違法のかどがないから原告の被告国税局長に対する請求は失当であつて棄却を免れない。
三、被告税務署長に対する訴について
所得税法第五一条の規定によれば更正処分の取消を求める訴は原則として審査の決定を経た後でなければ、これを提起することができないとされている。そして右規定にいう審査の決定には不適法な審査請求に対しこれを却下した決定を含まないと解すべきこと明白である。本件についてこれをみるに前記のとおり右審査請求は被告国税局長により方式の欠陥につき補正がなされない不適法なものとして正当に却下されたのであるから、被告税務署長に対する訴は訴願前置の要件を充たしていないものといわなければならない。従つて、右訴は不適法な訴として却下を免れないというべきである。
四、結論
よつて、原告の被告国税局長に対する請求はこれを失当として棄却すべく、又被告税務署長に対する訴は不適法としてこれを却下すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 大賀遼作 宮本聖司 長谷喜仁)