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広島地方裁判所 昭和33年(行)10号 判決 1967年2月28日

原告

今田澄男ほか二名

被告

広島県教育委員会

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は「原告らはその所属する学校の教論らの勤務評定をなす義務がないことを確認する。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、請求原因として次のとおり述べた。

一  原告は被告広島県教育委員会に任命され、別表記載の各学校長として勤務している者であるが、被告は昭和三三年五月一日付で「広島県市町村立学校職員の勤務成績の評定に関する規則」を公布し、所轄各市町村教育委員会に対しこの実施を指示したが、右規則第七条によると、原告ら市町村立学校の校長は教諭、養護教諭、助教諭、講師ら学校職員の評定者とされ、これらを評定すべき義務を課されている。

二  しかしながら、本件規則は次の(一)ないし(四)の事由により無効である。

(一)  地方教育行政の組織及び運営に関する法律第四六条には「勤務評定は地方公務員法第四〇条第一項の規定にかかわらず都道府県委員会の計画のもとに市町村委員会が行うものとする」と規定されているから、被告は単に「勤務評定について計画」をなしうるに過ぎず、評定者を選任し、原告らに評定を義務付ける如きは、右「評定計画」の範囲はもちろん、前記法第四三条の市町村委員会に対する一般的指示権の範囲をも逸脱した無効の定めというべきである。

(二)  原告ら学校長は、学校教育法第二八条により校務を掌り、所属職員を監督することを本務とするものであるところ、勤務評定は、原告らの管掌する校務には包含されず、監督権の範囲にも属さないのみならず、教育職員の本務たる各種教科の教育につき、その実績を評定するに必要な専門的資格を有しないから、右規則にいう評定者にはなりえないものである。したがつて、本件規則第七条は学校教育法第二八条、教職員免許法第三条の精神に違反する。

(三)  勤務成績の評定はその前提として職務内容の分析整理を必要とするところ、職務の内容と責任の分類整理は職階制によつて別個に行うのが、公務員法一般の原則であるが、教員については未だ職階制は実施されていないから、教育職員につき勤務評定をなすことは事実上不能である。また本件規則は昭和三三年五月一日に公布されているが、原告らがこれを了知したのは被告から市町村委員会に対してなされた同年五月七日付通牒によるものであるところ、右規則による評定期間は同年五月一日から始まつており、この評定の不能なことは明らかである。以上のとおり、本件規則は事実上不能な内容を含んでいるから無効である。

(四)  本件規則はその内容上、教育職員の勤務内容、職務遂行の基準及び教育者のあるべき姿までも実質的に規制し、教育をして行政に従属せしめる社会的結果を導くものであり、憲法及び教育基本法の基本原則たる教育の自主性、民主化一般行政からの分離独立、地方分権の諸主義を侵害する違憲、違法の規則である。

三  よつて、原告らは被告に対し、本件規則に基づく勤務評定をなすべき義務評定をなすべき義務不存在の確認を求めるため本訴に及んだ。

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、本案前の抗弁として次のとおり述べた。

一  被告は本件訴訟につき、当事者能力を有しない。すなわち本件訴訟は行政事件訴訟特例法第一条の「その他公法上の権利関係に関する訴訟」に含まれる公法上の当事者訴訟と解されるところ、その被告となりうる者は権利主体たる広島県であつて、同県の単なる執行機関にすぎない被告県教育委員会は当事者能力を有しない。

二  原告らは本件訴訟につき原告適格を有しない。すなわち、原告らが校長たる資格において本件訴訟を提起したものとすれば、校長は教育行政機関であり、行政機関の訴提起、訴訟遂行は特に法で認めた場合以外は許されないものと解すべきところ、これを認める法規は存しない。また原告らが個人として本件訴を提起したものとしても、原告らの主張する評定義務は学校長に課せられているもので、個人たる原告らに課せられているものではないから、個人としての原告らは本件訴訟の原告適格を有しないものというべきである。

三  本件訴訟における原被告間の紛争は裁判の対象とはならない。すなわち、本件紛争は行政機関相互の権利、義務の存否に関する紛争であり、かかる紛争は法律が特に許容する場合以外は裁判の対象となりえないものと解すべきところ、かかる訴訟を許容した法律はない。

四  原告らは、本件訴訟につき訴の利益を有しない。すなわち被告は昭和三三年五月一日原告ら主張の評定規則を公布施行したが、これは地方教育行政の組織及び運営に関する法律第四六条にいう「勤務評定についての計画」を定めたものであり、これにより原告らが評定義務を課せられたものではないし、被告がそのような主張をしたこともない。したがつて、原被告間に原告ら主張のような紛争は存在しない。

理由

民事(行政事件を含む)争訟事項は、対立当事者間の具体的な権利、義務ないし法律関係の存否についての紛争に限られるものであるところ、原告らの本訴請求は、その主張のいわゆる勤評に関する規則が、違憲、違法であり、右規副施行当時校長であつた原告等に勤務評定すなす義務が存しないことの確認を求めるものと解すべきところ、原告らに違法な勤評義務が課せられたものと仮定してもそれのみによつて具体的に原告等の権利が害されたものとみるにたらずまた教育行政機関内部において右規則の適法、違法を繞つて見解の対立があつたとしても右は終局抽象的に法の解釈についての紛争にすぎないものである。

そうすると、本件訴は右の点からして裁判権の範囲外の事項に関する訴であることが明らかであるから、その余の主張につき判断するまでもなく不適法なものというべく、却下を免れない。よつて、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

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