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広島地方裁判所 昭和34年(ワ)480号 判決 1962年2月19日

原告 米崎豊松

被告 おきのや商事株式会社 外一名

主文

被告国は、原告に対し、金一〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和三四年八月三〇日から右金員の支払済に至るまで、年五分の割合による金員を支払え。

原告の被告国に対するその余の請求および被告おきのや商事株式会社に対する請求を棄却する。

訴訟費用は、原告と被告国との間で生じたものはこれを三分し、その一を被告国、その余を原告の負担、原告と被告おきのや商事株式会社との間で生じたものは全部原告の負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り、原告において、金三〇、〇〇〇円の担保を供するときは、仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告おきのや商事株式会社は、原告に対し、金七七、七七〇円およびこれに対する昭和三四年八月二九日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。被告国は、原告に対し、金一、〇七八、二五〇円およびこれに対する昭和三四年八月三〇日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告等の負担とする。」との判決ならびに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のように述べた。

第一、被告おきのや商事株式会社(以下被告会社という)に対する請求について、

(一)  原告は、昭和三三年九月三〇日訴外花井芳太郎(以下訴外花井という)から、その所有していた広島市千田町一丁目字内三の割六〇二番地の二、家屋番号同町五六番木造枌葺二階建事務所一棟建坪一四坪、外二階六坪(以下本件建物という)のうち平家店舗部分三坪(間口一間半、奥行二間、以下本件店舗という)を賃料一ケ月金六、〇〇〇円、賃料支払期毎月一日、敷金五〇、〇〇〇円と定め、同日右敷金を支払つて借り受けた。

(二)  被告会社は、昭和三四年六月一六日、訴外花井から本件建物を譲り受けて、その所有権取得登記をしたことにより、当然に訴外花井の原告に対する本件店舗の賃貸人たる地位を承継した。

仮に被告会社が訴外花井から本件建物を譲り受けたことによつて当然に本件店舗の賃貸人たる地位を承継しないとしても、被告会社が、昭和三四年六月二〇日原告に対し内容証明郵便をもつて本件店舗につき、昭和三四年六月一六日被告会社のため所有権移転登記がなされたから以後、家賃は被告会社に支払われたい旨通知し、右書面はその頃、原告に到達したのであるから、これにより訴外花井の賃貸人たる地位を承継した。

(三)  それにも拘らず、被告会社は、広島簡易裁判所昭和三二年(ハ)第一九三号(原告中島トシコ・同花井芳太郎・同花井建設株式会社、被告おきのや商事株式会社)の執行力ある口頭弁論調書(和解調書)正本にもとずき、訴外花井に対する本件建物明渡の強制執行を当庁執行吏生田照義に委任して、右店舗内に備えつけの道具類一切を搬出してその明渡を執行し、その引渡を受け直ちにこれを第三者に賃貸して占有せしめるに至つたため、その責に帰すべき事由により、原告と被告会社間の賃貸借契約は履行不能となつたから、原告は、本件訴状をもつて被告会社に対し本件店舗の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、右訴状の副本は昭和三四年八月二八日被告会社に送達されたので、同日右賃貸借は終了した。

(四)  ところで、原告は、前記のとおり、昭和三三年九月三〇日訴外花井と本件店舗につき、賃貸借契約を締結するに当り、訴外花井に敷金五〇、〇〇〇円を交付しているから、右訴外花井から本件店舗の賃貸人たる地位を承継した被告会社は、右賃貸借の終了により、原告に対し右敷金を返還する義務がある。

又、原告は、訴外花井から本件店舗を賃借して以来、右解除までの間に、(イ)店舗内電気工事費金一、九二〇円(ロ)ガス配管工事費金六、八〇〇円(ハ)店舗入口ガラス戸取付工事費金七、七〇〇円(ニ)店舗内床張りその他改修用材費金七、八五〇円(ホ)大工手間賃三、五〇〇円合計金二七、七七〇円を支出した。右は、いずれも、原告が本件店舗につき支出した有益費であるから、右賃貸借契約が解除されたことにより、被告会社において原告に対し償還すべきものである。

(五)  よつて、原告は被告会社に対し本件店舗の賃貸借契約解除にもとずく敷金の返還ならびに有益費の償還として合計金七七、七七〇円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和三四年八月二九日から右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第二、被告国に対する請求について

(一)  原告は、前記のとおり生田執行吏により訴外花井に対する債務名義にもとずき本件店舗明渡の強制執行を受けたのであるが、右執行当時、原告は、前記のように、本件建物内の右店舗部分を訴外花井から借り受け、本件建物の他の部分と分離して独立して占有していたものであるから、右強制執行は違法である。そして、本件店舗の表入口は内部から閉してあり、店内にはいるには訴外花井の占有していた本件建物の内部からはいらねばならぬようになつており、その入口を施錠して鍵を訴外花井の妻に預けており、しかも、本件店舗の屋上には横二九〇糎、縦一四〇糎の看板を掲げ、その横側には横四五、五糎縦一五三糎の看板を掛けて米崎商店と明示してあり、又内部には貴金属商としての飾り戸棚、細工机等全部平常どおり置き、陳列戸棚の上には横一、二九糎、縦二九糎のガラス広告板もあり、更に、店内に広島西警察署の許可証(時計、宝飾品類商)の木札も掛けてあつて、右店舗は原告の占有していることが明らかな状態であつたから生田執行吏は、右店舗を原告が占有していることを知悉しながら、もしくは過失により右店舗を原告が占有中であることを看過し、軽卒にも、訴外花井が占有するものとして右執行を行つたのである。

(二)  ところで、原告は、右執行吏の違法執行により、次のとおりの損害を蒙つた。

(1)  原告は、昭和三三年九月一日に訴外花井から賃料一ケ月金六、〇〇〇円で賃借し、本件店舗において時計宝飾品商を営み、本件店舗を生活の本拠としていたところ、生田執行吏の違法執行により右店舗を失つたのであるが、原告の職業である貴金属商を営むのに適する適当な店舗を求めるのには少くとも一〇ケ月を要し、その間、原告は、全く職業上の収益を得ることができない。原告の開業以来現在までの平均収益は、貴金属商の細工手間賃一日金一、五〇〇円、貴金属の売買による利益一日金一、〇〇〇円で、一日平均金二、五〇〇円であるから、一ケ月平均金七五、〇〇〇円である。これから、家賃一ケ月分金六、〇〇〇円、電気料一ケ月平均金二五〇円、水道料一ケ月平均金三〇〇円、ガス代一ケ月平均金二〇〇円以上通常経費合計六、五〇〇円を控除した金六三、二五〇円が一ケ月の純収益となる。従つて原告は、前記執行吏の不法行為により一〇ケ月分金六三二、五〇〇円の得べかりし利益を喪失したのである。

(2)  執行吏が家屋明渡の執行をする際、その家屋内に執行当時受取人のない動産のあるときは、動産を紛失破損しないよう注意して執行しなければならないのに、生田執行吏は、右執行に当り、その注意義務を怠り、原告が本件店舗内に保管していた別紙第一目録<省略>記載の物件(価額計金一三三、三五〇円)および同第二目録<省略>記載の物件(価額計金四、九〇〇円)を紛失し、又、陳列戸棚一個(価額金七、五〇〇円)を破損して使用不能にした。そのため、原告は、右価額合計金一四五、七五〇円に相当する財産上の損害を蒙つた。

(3)  原告は、前述のとおり、生田執行吏により強制執行を受けるべき理由がないのにもかかわらず、白昼堂々と看板をはずされ、道具類一切を搬出され、これにより近隣ならびに得意先の人々より貴金属商としての適格を疑われ、とうてい本件店舗附近において営業を再開することが不可能な状態となり、その精神的損害は甚大である。そして、右精神的損害を慰藉するためには金三〇〇、〇〇〇円をもつて相当とする。

(三)  原告は、生田執行吏の右不法行為により右のとおり合計金一、〇七八、二五〇円の損害を蒙つたのであるが、右は公権力の行使に当る公務員である生田執行吏が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に原告に損害を加えたものであるから、被告国においてその損害を賠償すべき貴任がある。

よつて、原告は、被告国に対し、生田執行吏の不法行為にもとずく損害賠償として、金一、〇七八、二五〇円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和三四年八月三〇日から右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

なお、被告会社が昭和三一年四月三日に本件建物につき所有権移転請求権保全の仮登記をしていたことは否認する。

被告会社訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として次のように述べた。

原告主張の請求原因のうち、原告が訴外花井から本件店舗をその主張どおり賃借したこと、被告会社が訴外花井から本件建物の譲渡を受け、昭和三四年六月一六日その所有権移転登記をしたこと、執行吏生田照義が被告会社の委任により原告主張の執行正本にもとずき本件店舗の明渡の執行をしたこと、および被告会社が本件店舗を第三者に賃貸し、現在第三者において本件店舗を使用中であることは認めるけれどもその余の事実は否認する。

被告会社は、訴外花井との間の昭和三一年四月三日の停止条件付代物弁済契約にもとずき、同日本件建物につき停止条件付所有権移転請求権保全の仮登記をしていたのであつて、その後昭和三一年六月二日条件成就によつて所有権を取得したので、昭和三四年六月一六日にこの本登記をしたのであり、右本登記の順位が仮登記の順位にさかのぼつて効力を有することになるから、この間になされた訴外花井と原告間の本件店舗の賃貸借契約は、被告会社に対し対抗し得ない。

また、被告会社が原告に対し、その主張どおりの内容証明郵便を出したことは認めるけれども、その趣旨は、原告が希望すれば改めて原告に対し本件店舗を賃貸してもよいと考え、賃貸の要件等につき話し合うために、差出したものであつて、訴外花井の本件店舗についての賃貸人たる地位を承継する意思表示をしたものではない。

従つて、原告が被告会社に対する本件店舗の賃貸借関係の終了に基く本訴請求は失当である。

被告国訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決ならびに被告国が敗訴し、仮執行の宣言が附される場合には、仮執行免脱の宣言を求め、答弁として次のように述べた。

(一)  請求の原因第一項のうち執行吏生田照義が被告会社の委任により原告主張の執行力ある債務名義の正本にもとずき本件建物明渡の執行をしたこと、右執行当時、本件店舗の入口は内部から閉してあり、店内にはいるには訴外花井の占有していた家屋の内部からはいらなければならないこと、その内部入口の鍵を訴外花井の妻が所持していたこと、原告主張の二枚の看板・ガラス広告板が本件店舗に備えつけられ、店内に広島西警察署の許可証のかけてあつたことは認める。しかしながら、生田執行吏が本件執行に臨んだときは本件店舗の内部入口は施錠されておらず、執行吏が訪れたので急遽施錠されたものである。又二枚の看板・ガラス広告板の設置場所は不知。本件執行が違法執行であるとの主張は否認する。

生田執行吏の本件執行に当つた際の状況は次のとおりであつた。

生田執行吏が本件執行に臨み、本件店舗内をみると、机・戸棚等がほこりを覆り、相当期間使用されていない状況であつたので、店内にあつた動産の搬出に先だち、戸棚の内部・抽出等を調査したところ、施錠の設備のあるところがなく、どこにも時計・貴金属・宝石類が見当らず、時計・宝飾品類商の現に占有営業中の店舗とは、とうてい考えられない状態であり、又、生田執行吏は、被告会社の代表者沖野 舟から「原告から本件店舗を他に転貸することにつき承認を求められたが、これを固く拒絶した」ことを右執行以前に聞いていたうえ、本件執行に立会した訴外花井から、本件執行着手前「本件店舗は借主の原告から既に明渡を受けているのであるから明渡の執行をされても差支ない。机・戸棚等原告所有の物件は一時店舗内におかせているだけである」という趣旨の説明を聞き、更に本件執行に立会つた被告会社代表者、訴外花井等は、当時原告の住所を知らず、執行吏において本件店舗についてこれ以上調査する方法がなかつた。従つて、右の諸事情を綜合すると、原告において本件店舗を占有しているものとはとうてい認められない状況にあつた。

執行吏は、元来執行力ある債務名義と一定の外観に信頼して執行に専念することが、執行制度の能率上要求されているところであり、債権者の確定した権利の実現のために債務者以外の者の財産権を侵害する執行々為の存在することを予想し、種々の異議手続による救済方法を定めているのである。一般に、家屋明渡の執行において、債務者以外の者に独立の占有があるか否かの判断は、迅速・能率的な執行を行うために、執行現場において即断を要する事柄であり、第三者が施錠その他の方法により債務者の占有部分と明らかに独立した占有であると認められる外観、あるいは有力な資料の提供によつて占有を認めるべき客観的合理性がある場合であれば格別、そうでないかぎり、その執行が違法であるということができない。本件においては、前述のとおり、とうてい本件店舗の占有が原告にあるものとはいえない状況にあり、仮に事後の評価において原告に保護さるべき占有が認められないとしても、前述のとおりの調査と事実判断に立脚したものである以上、本件執行は執行制度自体の認容した範囲のもので不当な執行ということができても、直ちに国家賠償法にいう違法行為ということができない。

(二)  請求の原因第二項のうち原告が訴外花井からその所有していた本件店舗を借り受けていたことは認めるが、賃貸借契約の内容および原告の営業は不知、その余の事実は否認する。本件店舗は、本件執行当時すでに訴外花井に返還されていたものである。又、本件店舗の所在地、坪数および原告主張の賃料等を綜合して考えてみると、広島市内においてこれに代るべき店舗を求めることは容易であり、これに一〇ケ月も要することは絶対になく、おそらく一〇日間を要せずして新店舗を求めることができると考えられ、又原告は、本件執行当時から病気のため入院し、休業していたのであるから本件執行により、原告の主張するような得べかりし利益の喪失はあり得ない。

従つて、原告の被告国に対する本訴請求は失当である。<立証省略>

理由

第一、被告会社に対する請求について、

原告が昭和三三年九月三〇日訴外花井芳太郎からその所有の広島市千田町一丁目字内三の割六〇二番地の二、家屋番号同町五六番、木造枌葺二階建事務所一棟、建坪一四坪外二階六坪の本件建物のうち平家店舗部分三坪を賃料一ケ月金六、〇〇〇円、賃料支払期毎月一日、敷金五〇、〇〇〇円と定め、同日右敷金を支払つて借り受けたこと、被告会社が訴外花井から本件建物を譲り受け、昭和三四年六月一六日その所有権取得登記をしたことは当事者間に争がない。

ところで、原告は、被告会社が訴外花井の本件店舗についての賃貸人たる地位を承継したと主張するので、この点について検討する。

成立に争のない甲第四号証乙第二、第三号証、乙第二号証により真正に成立したものと認められる乙第一号証ならびに証人花井芳太郎の証言および被告会社代表者本人尋問の結果を綜合すると、昭和三一年四月三日訴外中島トシコが被告会社から金三〇〇、〇〇〇円を弁済期を同年五月三日の約で借り受けるに際し、訴外花井が訴外金岡徹とともに連帯保証人となり、その際、本件建物を担保に供し、右金員を弁済しないときは代物弁済として被告会社に所有権を移転する旨約し、同日被告会社は本件建物につき右停止条件付代物弁済契約にもとずき所有権移転請求権保全の仮登記をしたこと、右訴外中島およびその連帯保証人等は、右弁済期までに被告会社に対し右金員を弁済する見込がなかつたので広島簡易裁判所に訴訟前の和解の申立をし、昭和三一年四月一八日訴外中島、同花井、同花井建設株式会社が被告会社に対し右金三〇〇、〇〇〇円およびこれに対する利息、損害金を昭和三一年六月二日までに支払うこと、右訴外人等が右金員を支払つたときは本件建物についての前記仮登記を抹消すること、右訴外人等が右金員の支払をしなかつたときは被告会社に本件建物の所有権移転登記をし、昭和三一年六月二日限り本件建物を明渡すことを内容とする和解ができたこと、その後も右訴外人等は右金員の支払をすることができなかつたのであるが、昭和三二年三月六日頃に至り、右和解を無効として広島簡易裁判所に請求異議の訴を提起し、昭和三三年一月一八日同裁判所において、右訴外人等は、本件建物が被告会社の所有であることを確認すること、右訴外人等は被告会社に対し連帯して昭和三三年一二月から同三五年七月までの間に毎月末日かぎり金二〇、〇〇〇円宛を被告会社に持参又は送金して支払い、右支払を完了したときは、本件建物についての前記所有権移転請求権保全の仮登記を抹消して本件建物の所有権を訴外花井に移転すること、前記訴外人等において右分割支払を通算して二回以上怠つたときは訴外花井は被告会社に対し本件建物の所有権移転登記手続をするとともに、訴外花井、同花井建設株式会社は本件建物を明渡すことを内容とする裁判上の和解が成立したこと、ところが右訴外人等は被告会社に対し右金員の分割支払を怠つたので被告会社は昭和三四年六月一六日本件建物につき所有権移転登記をしたことがそれぞれ認められ、右事実関係によると本件建物についての昭和三四年六月一六日の所有権移転登記は被告会社と訴外花井との間の前記停止条件付代物弁済契約にもとずく所有権移転請求権保全の仮登記の本登記としてなされたものであることが明らかである。他に右認定に反する証拠がない。

そうすると右本登記の順位は右仮登記の順位にさかのぼつて効力を有することになるから、右仮登記の後になされた訴外花井と原告間の前記賃貸借契約は被告会社に対し対抗し得ないといわなければならない。

また、被告会社が原告に対し、昭和三四年四月二〇日内容証明郵便をもつて本件建物につき昭和三四年六月一六日被告会社のため所有権移転登記がなされたから、今後家賃は被告会社に支払われたい旨の通知をし、右通知はその頃原告に到達したことは当事者間に争のないところであるけれども、これにより原告の右主張を認めるに足りず、他に原告の右主張を認め得る証拠がない。そうすると被告会社が訴外花井の本件店舗についての賃貸人たる地位を承継したことを前提とする原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく失当たるを免れない。

第二、被告国に対する請求について、

昭和三四年七月一日被告会社の委任した当庁執行吏生田昭義が訴外花井芳太郎に対する広島簡易裁判所昭和三二年(ハ)第一九三号の執行力ある口頭弁論調書(和解調書)正本にもとずき、訴外花井に対する本件建物明渡の強制執行として、本件店舗内に備えつけの道具類一切を搬出し、右店舗を明け渡して被告会社に引渡したことは当事者間に争がない。

原告は、右強制執行当時、右店舗を原告が本件建物の他の部分と分離して独立して占有していたと主張するので、この点について考えてみるに、成立に争のない甲第八号証、証人米崎きくよ(第一回)の証言により真正に成立したものと認められる甲第七号証の一、二、三に証人花井芳太郎、同花井キクヱ、同島村潤一、同久崎哲子の各証言ならびに証人米崎きくよ(第一、二回)、同生田昭義の各証言、被告会社代表者本人尋問の結果の各一部を綜合すると、原告は、本件店舗において昭和三三年一〇月頃から広島市昭和町五八〇番地の自宅から通つて貴金属の細工ならびに売買業を営んでいたのであるが、肝臓病のため仕事ができなくなり、同年一二月頃から休業し、昭和三四年六月はじめ頃から同年七月三日まで岡山大字附属病院に入院していたこと、この間原告の妻米崎きくよは一ケ月に二度位本件店舗へ見廻りを兼ねて掃除に来ていたこと、右執行当時本件店舗の電車路に面した表入口は内部から閉してあり店舗内にはいるには訴外花井の占有していた本件建物内の事務所の開き戸からはいらねばならぬようになつており、その入口は施錠され、その鍵は訴外花井のガスメーターが本件店舗内に設置されていた関係上同訴外人の妻花井キクヱに預けられていたこと、(本件店舗の表入口は内部から閉して、右店内に入るには本件建物の内部から入らねばならぬようになつていたこと、その入口の鍵を訴外花井の妻が所持していたことは当事者間に争がない。)店舗の表屋上には横二九〇糎、縦一四〇糎の看板を掲げ、その横側には横四五・五糎、縦一五三糎の看板を掛けて米崎商店と明示してあつたこと、店内には貴金属商としての飾り戸棚・細工机等が営業当時のまま置かれてあり、陳列戸棚の上には横一二九糎、縦二九糎のガラス広告板があり、又、店内に広島西警察署の許可証(時計・宝飾品類商)の木札が掛つていたこと(広島西警察署の許可証のかかつていたことは当事者間に争がない)本件店舗の飾り棚等の上には長期間の休業のため相当ほこりが積つていたこと、店内には時計・貴金属・宝石類が見当らなかつたこと等の事実がそれぞれ認められ、以上の事実を綜合すると、本件店舗は原告において本件建物の他の部分と分離して占有中であることが推認できる。証人生田昭義、同米崎きくよ(第一、二回)の各証言、被告会社代表者本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は採用できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

原告は本件店舗を原告が占有しているのにかかわらず、生田執行吏がこれを知悉しながら、もしくは過失により原告が占有中であるのを看取し、訴外花井が占有するものとして執行したと主張するので、この点について検討する。

一般に家屋明渡の強制執行において、債務名義に表示された家屋が執行債務者以外の者の独立の占有に属することを理由にその執行々為が違法とされ、執行機関において不法行為責任を負うには、執行吏において当該家屋を債務者以外の者が占有していることを知つていたか、もしくは執行現場における具体的状況から当該家屋を執行債務者以外の者が占有していることが合理的に肯認し得るにもかかわらず、過失により執行した場合に限るものと解すべきである。

本件についてこれをみるに、生田執行吏が、前記債務名義の執行債務者でない原告が本件店舗を占有していることを知つていたことは本件全証拠によつてもこれを認めることができない。そこで生田執行吏において、本件店舗を原告が占有中であることに気付かなかつた点に過失があるかどうかについて検討するに、証人花井芳太郎、同花井キクヱ、同久崎哲子、同島村潤一、同生田照義の各証言ならびに被告会社代表者本人尋問の結果の各一部によると生田執行吏は本件建物のうち訴外花井の占有していた部分の執行がおおむね終つた頃、本件店舗の内部入口に錠がかかつているのをみて、被告会社代表者の要請により、訴外花井の妻にその入口を開かせて店内の様子をみたところ、店内の家具等の上にほこりが積つていたこと等から訴外花井が占有していたものと認め、執行に移つたこと、その際訴外花井は本件店舗を原告に賃貸していることを述べ、これを拒んだが、被告会社代表者に求められるまま、その執行を完了したことが認められ証人生田照義の証言、被告会社代表者本人尋問のうち右認定に反する部分は信用できない。右事実に前記認定の各事実を綜合すると、本件店舗はその執行当時の事情又は関係人の提示した資料のみでは訴外花井の占有に属するものと一般に信じられるべき状況になく、むしろ原告が占有しているものではないかと疑われる事情が十分にあつたのであるから、執行吏としては本件店舗が原告の占有にあるかどうかの事実の真否について調査する義務があるにも拘わらず、その調査義務を尽さないまま、これを訴外花井の占有と認めて執行したのは軽卒であり、過失があるものというべきである。よつて、生田執行吏の右執行行為は同執行吏の過失によつてなされたものといわなければならない。

進んで、損害の有無ならびにその額について判断する。

(1)  原告は、生田執行吏の違法執行により本件店舗を失つたため、原告の職業である貴金属商を営むのに適するこれに代る店舗を求めるには少くとも一〇ケ月を要し、その間原告は全く職業上の収益を得ることができなくなりこの一〇ケ月間の収益金六三二、五〇〇円の得べかりし利益を喪失したと主張するけれども、証人米崎きくよの証言(第一、二回)によると、原告は、本件執行当時から引続き病気のため仕事ができず、ようやく昭和三五年夏頃仕事ができる程度に回復したことが認められ、右の事実によれば、原告は、本件執行後約一年間、病気のため全く営業が出来ない状態にあつたことが明らかであるから原告が喪失したとする利益の生じる余地がないものといわなければならない。よつて、原告のこの点に関する主張は理由がない。

(2)  原告は、生田執行吏は、右執行に当り、原告が右店舗内に保管していた別紙第一、第二目録記載の物件を紛失し、原告に対し右価額に相当する財産上の損害を与えたと主張するけれども、これに副う証人米崎きくよの証言(第一、二回)は信用することができず、他にこれを認め得る証拠がない。又原告は、生田執行吏は右と同様店舗内に保管していた陳列戸柵一個を破損して使用不能ならしめ原告に対しその価額に相当する財産上の損害を与えたと主張するので考えてみるに、証人生田照義、同米崎きくよ(第一、二回)の各証言によれば、右執行の際原告所有の陳列戸棚が相当程度破損したことが認められるけれども、その損害額について、原告の主張に副う米崎きくよ(第一、二回)の証言は措信できず、他にこれを認定できる証拠がない。よつて、原告の右主張はいずれも理由がない。

(3)  原告は、強制執行を受けるべき理由がないのにもかかわらず、生田執行吏により、白昼堂々と看板をはずされ道具類一切を搬出され、そのため近隣ならびに得意先から貴金属商としての適格を疑われ、本件店舗の附近において営業を再開することが不可能な状態となり、その精神的苦痛は甚大であると主張するので、この点について考えてみるのに、以上認定したところによれば、原告が前記のように訴外花井に対する債務名義にもとずき違法に強制執行を受け本件店舗の占有を奪われたことによつて、相当程度の精神的打撃を受けたことは認められるけれども、前記認定の本件店舗の使用状況、原告の営業状態等を考え合せると、原告の右精神的苦痛を慰藉するには金一〇〇、〇〇〇円をもつて相当とする。

そして右損害は公権力の行使に当る公務員である生田執行吏の違法行為によつて生じたものであるから、被告国は原告に対し損害賠償として金一〇〇、〇〇〇円の支払義務があるものといわなければならない。

第三、結び

そうすると、結局、原告の被告国に対する請求のうち金一〇〇、〇〇〇円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日であることの記録上明らかな昭和三四年八月三〇日から右支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は正当として認容すべく、被告国に対するその余の請求ならびに被告会社に対する請求は、いずれも、失当として棄却を免れない。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用し、なお、被告国に対し仮執行免脱の宣言を付するのが相当でないから、これを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 原田博司 浜田治 長谷喜仁)

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