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広島地方裁判所 昭和34年(行)8号 判決 1960年12月20日

原告 大山績

被告 広島県社会保険審査官

訴訟代理人 上野国夫 外二名

主文

原告の厚生年金保険法による廃疾に関する給付の審査の請求に対し被告が昭和三三年一〇月三〇日付でなした決定を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告は主文と同旨の判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

「(一) 原告は厚生年金保険及び健康保険の被保険者であつて、昭和三〇年一月一〇日から肺結核のため健康保険法による療養の給付を受けたが、昭和三二年一〇月二七日右疾病がなおつたので、同年一一月一日広島県知事に厚生年金保険法による廃疾に関する給付を請求したところ、同知事は昭和三三年八月二八日原告が右給付を受けるべき廃疾の状態であるとは認められないとして不支給の処分をした。

(二) 原告はこれを不服として同年九月八日被告に対し審査の請求をしたところ、被告は同年一〇月三〇日付で「請求人の申立は立たないものとする。」旨の決定をなし、同年一一月四日その旨を原告に通知した。

(三) そこで原告は翌五日社会保険審査会に再審査の請求をしたが、昭和三四年八月三一日付をもつて右請求を棄却された。

(四) しかし、原告は昭和三一年一月一七日国立賀茂療養所において右肺上葉、右第三、第四肋骨切除の手術を受けたので、右疾病がなおつた昭和三二年一〇月二七日現在においては肩関節部に変形があり、肺活量も二、六〇〇立方センチメートルにすぎず、厚生年金保険法別表第二の第二一号の「身体の機能に、労働が制限を受けるか、又は労働に制限を加えることを必要とする程度の障害を残すもの」に該当し、障害手当金を支給さるべきであるから、原告の審査の請求を立たないものとした被告の決定は違法である。」

被告指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

「請求原因(一)ないし(三)の事実、(四)の事実のうち原告がその主張の手術を受け、昭和三二年一〇月二七日現在において肩関節部に変形があり、肺活量が二、六〇〇立方センチメートルであつたことは認めるが、その外の事実は否認する。

障害手当金は所定期間内に傷病がなおつた場合において障害年金の支給要件たる廃疾の程度には至らないが前記別表第二に定める廃疾の程度にある者すなわちその程度の障害があつては労働能力が著しく低下する(三〇パーセントないし五〇パーセント)であろうことを容易に認められる者に対して支給されるものである。しかるに、原告は手術後平熱が続き喀痰がなく、検痰培養も陰性であり、又レントゲン写真に病巣が認められず、赤沈、体重も正常であつて、一般状態が良好であつたので、昭和三二年一〇月二七日略治したものと認められ、右療養所を退所したものであるが、同日現在においては肩関節部に変形はあつたけれども骨関部に機能障害は認められず、又肺活量は二、六〇〇立方センチメートルであつて通常人のそれを下廻つていたけれども厚生省心肺機能判定基準における六〇パーセントを超える六七パーセントであつて軽作業可能であると認められたのであるから、別表第二に定めるいずれの廃疾の状態にも該当しなかつたのである。従つて被告のなした本件審査決定は何ら違法ではない。」

(立証省略)

理由

一、請求原因(一)ないし(三)の事実は当事者間に争いがない。

二、原告は昭和三二年一〇月二七日現在における自己の廃疾の状態が厚生年金保険法別表第二の第二一号に該当し、同法第五五条による障害手当金の受給資格を有すると主張するのに対し、被告はこれを争うのでこの点について判断する。

(一)  まず障害手当金の支給要件について考えてみるのに、障害手当金は第四種被保険者以外の被保険者であつた間に疾病にかかり、又は負傷した者がその傷病につきはじめて医師の診療を受けた日から起算して三年を経過する日までの間にその傷病がなおつた場合において、そのなおつた日において、その傷病により厚生年金保険法別表第二に定める程度の廃疾の状態にあつて、その労働が制限される場合にその生活の安定と福祉の向上を図るために支給される給付であるが、別表第二は第一号ないし第二〇号において労働に制限を受ける程度の廃疾の状態を具体的に列挙し、第二一号において「前各号に掲げるもののほか、身体の機能に、労働が制限を受けるか、又は労働に制限を加えることを必要とする程度の障害を残すもの」と規定しているのであるから、第二一号の廃疾の程度は第一号ないし第二〇号と同程度に労働能力が制限される廃疾の状態であることを要するのはいうまでもないところであるが、これと同程度の廃疾の状態であつても、その傷病がなおらない場合には第三級の障害年金が支給される(別表第一の第三級第一四号)のであるから、別表第二の第二一号に該るかどうかは別表第一の第三級第一四号との対比においても考えられなくてはならない。

ところで、別表第一の第三級第一四号は障害年金を支給すべき程度の廃疾の状態について「傷病がなおらないで身体の機能又は精神若くは神経系統に、労働が制限を受けるか、又は労働に制限を加えることを必要とする程度の障害を有するものであつて、厚生大臣が定めるもの」と規定しこれを受けて昭和二九年八月一四日厚生省告示第二四号は「結核性疾患であつて(イ)軽度の安静を継続すべきもののうち化学療法、虚脱療法その他適切な療法が見当らないもの又は特別の治療を必要としないものであつて、予後が良好であるもの、(ロ)(イ)以外のものであつて、長期にわたり軽度の安静を継続すべきもの」と定めているから、結核性疾患において廃疾の状態が別表第二の第二一号に該当するか、どうかは右の点が考慮さるべきである。

(二)  そこで原告の昭和三二年一〇月二七日当時の廃疾の状態について考えてみる。成立に争いのない乙第一、二号証、第三号証の二、第四号証に証人河野明己・同佐伯益三の各証言及び原告本人尋問の結果を綜合すると次の事実を認めることができる。

原告は英連邦軍基地工作隊に自動車修理工として勤務中肺結核のため昭和三〇年一月一〇日国立賀茂療養所に入所し、昭和三一年一月一七日右肺上葉、右第三第四肋骨切除の手術を受けたが、その後は平熱が続き、喀痰がなく検痰培養も陰性であつて、レントゲン線上に病巣が認められず一般状態が良好であつたので、昭和三二年一〇月二七日略治退所となつたものであるが、同日現在の原告の廃疾の状態は次のとおりであつた。

(イ)  赤沈値は一時間値が四ミリメートル、二時間値が一二ミリメートルであつてほぼ正常である。

(ロ)  前記手術のため右肩胛関節部変形の後遺症が残り、右上肢挙上不充分(一八〇分の一一〇位)の機能障害がある。

(ハ)  原告は身長一六六センチメートル、体重六一キログラム、胸囲九〇センチメートルであつて通常の体格を有する者であるが、その肺活量は二、六〇〇立方センチメートルであつて、通常の健康体を有する男子の肺活量が三、〇〇〇立方センチメートルないし四、〇〇〇立方センチメートルであるのに比して約一三パーセントないし三五パーセントの減少がみられ、心肺機能に障害がある。

(ニ)  以上のとおりであつて、原告の結核の安静度は国立賀茂療養所制定基準では六度に該当し、数ケ月間自宅において静養を続け、体力が回復すれば事務的な仕事に従事することは可能であるけれども、従前の自動車修理工のような肉体労働に従事することは不可能である。

以上の事実が認められ、証人佐伯益三の証言中右認定に反する部分はたやすく措信することができず、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

(三)  以上認定の事実により前記(一)の観点にたつて考察すると、前記廃疾により原告の身体の機能に障害を残すものは結局加療変形による肩胛関節の機能障害と心肺機能の障害であることが認められる。そして原告は右肩胛関節の機能障害のため前記認定のとおり右上肢挙上が不充分(一八〇分の一一〇程度)であるから、別表第二の第一〇号の一上肢の三大関節のうち一関節に著しい機能障害を残すものには該当しないけれども、前記認定の心肺機能の障害及び原告の従前の仕事の種類、内容や右廃疾による影響等を併せ考えると、原告の廃疾の程度は別表第二の第二一号の「身体の機能に、労働が制限を受けるか、又は労働に制限を加えることを必要とする程度の障害を残すもの」に該当するものというべく、原告は厚生年金保険法第五五条により障害手当金の支給を受けるべき権利者であること明らかである。

三、そうすると、右と異なる見解の下に原告の本件審査請求を棄却した被告の決定は違法であつて、その取消を求める原告の本訴請求は正当であるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宮田信夫 西俣信比古 山田和男)

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