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広島地方裁判所 昭和36年(ヨ)16号 決定 1961年4月17日

申請人 社会福祉法人広島厚生事業協会

被申請人 広島一般労働組合

主文

本件申請をいずれも却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

理由

第一、申請の趣旨

一、主たる申立

1  別紙広島静養院建物配置図中赤線をもつて囲まれた区域内にある建物に対する被申請人の占有を解いて、これを申請人の委任する広島地方裁判所執行吏に保管させる。

2  被申請人は、その所属組合員のうち申請人の指定する保安要員以外の者をして前記赤線をもつて囲まれた区域内の建物に立入らせてはならない。

3  執行吏は、右建物を申請人及びその指定する保安要員その他の者に立入らせ、又は使用させなければならない。

4  被申請人は、申請人及びその指定する者の右建物内における保安業務を妨害してはならない。

5  執行吏は右命令の趣旨を公示するため、適当な方法をとらなければなければならない。

二、予備的申立

1  前記配置図中赤線をもつて囲まれた区域内にある建物に対する被申請人の占有を解いて、申請人の委任する広島地方裁判所の執行吏に保管させる。

2  執行吏は、右赤線をもつて囲まれた区域内の建物を申請人及び被申請人所属の組合員を含む申請人の従業員に使用せしめなければならない。

3  申請人は、その従業員を指揮して、右建物内において申請人の業務を行うことができる。被申請人所属組合員は右業務の遂行を妨害してはならない。

4  被申請人所属の組合員にして暴力をもつて申請人の業務の遂行を妨害した者は、執行使において右建物内への立入りを禁止することができる。

5  執行吏は、右命令の趣旨を公示するため、適当な方法をとらなければならない。

6  被申請人は、申請人に対し別紙医療扶助患者名簿記載の者についての昭和三五年一一月分以降の所轄社会福祉事務所から交付されている請求書用紙(医療券)を引き渡せ。

7  被申請人は、申請人が前項名簿記載の者、及び別紙健康保険並びに国民健康保険患者名簿記載の者のカルテを閲覧することを妨害してはならない。

との裁判を求める。

第二、申請の理由

一、主たる申立について

(一)  申請人は、精神病院広島静養院の設置経営を目的とする社会福祉法人であり、被申請人は広島市内及びその周辺の中小企業の労働者をもつて組織されている労働組合であつて、申請人の従業員約八〇名中約五〇名が被申請人に加入し、社会福祉法人広島厚生事業協会支部を結成している。

(二)  申請人と被申請人との間においては従来から人事問題、労働協約の締結等をめぐつて、団体交渉が続けられていたが、意見の一致をみず、広島県地方労働委員会が調停・あつ旋等によりその解決を試みたが妥結しないま現在に至つている。

(三)  昭和三五年八月二九日申請人と被申請人との間に給料の支払等につき交渉が行われた際、被申請人所属の組合員十数名は申請人の谷本理事・佐々木理事・駒田事務局長・宗近院長・森事務局長代理を午後二時頃から午後六時半頃まで病院内に監禁し、その間に谷本理事等に対しこずく、押し倒す等の暴行を加え、或は暴言を浴せる等して、被申請人主張通りの給料の支払を強要した。そのため理事・事務局長等は身体に危険を感じ、病院内で執務することができず、翌日から広島市堀川町谷本工業ビル四階に仮事務所を設け、事務を執らざるを得なくなつた。

(四)  宗近院長は、その後もなお病院内に止り、仮事務所にある理事等と連絡をとりながら病院の管理に当つていたのであるが、被申請人所属組合員がしばしば院長室に来てつるしあげ、こずく等の暴力行為をするので、遂に同年一一月二八日以降登院することをやめ、その後における病院の管理は書面により又は院内にいる井上医師を通じての指示により行つており、円滑な事務処理は望めない状態にある。

(五)  又昭和三六年一月五日広島県の病院分類検査が行われることになつたので、これに立会うため同日午前九時四〇分頃、宗近院長、駒田事務局長等が登院したところ、被申請人所属組合員等は宗近院長等に対し暴言を浴せ、こずく等の暴行を加え、そのため右検査の立合いに警察の助けを求めざるを得なくなり、又翌日の検査は宗近院長等の立合いのないまま行われた。

(六)  一方病院内においては、被申請人所属組合員は申請人の指示に従わず、就業状況は無秩序で、勤務時間中花札・マージヤンにふける等、自己の意のままに行動し、殊に昭和三五年一一月以降の収容患者の医療費も請求しないため資金が極度に窮乏し経営も危殆にひんしている状態である。

(七)  以上のような諸事情から明らかなように、申請人の理事・院長が病院に姿を現わせば被申請人所属組合員においてどのような暴力行為に及ぶかわからないので理事者等も登院することができず、病院は被申請人に占拠されその経営管理(事業所管理)下におかれ、又怠業も甚だしく、患者を看護するうえからもこのまま放置できないので申請人はこれに対処するため、昭和三六年一月七日にいたり同月二〇日午前九時から争議解決まで病院閉鎖(ロツクアウト)をすることに決め、同月九日労働関係調整法第三七条にもとずき広島県地方労働委員会及び広島県知事に対しロツクアウトの予告をした。

そして申請人は同月一七日病院の玄関内に同月二〇日午前九時をもつて病院を閉鎖し、保安要員を除く被申請人所属組合員の前記建物配置図のうち赤線をもつて囲まれた区域内の建物への立入りを禁止する旨の公示をし、同月二〇日午前九時からロツクアウトを実施した。しかるに保安要員以外の被申請人所属の組合員等は依然として右建物内から退去せず、病院施設を不法に占拠している。

(八)  よつて申請人は主たる申立記載のとおりの裁判を求める。

二、予備的申立について

(一)  以上述べたとおりであるが、仮に右ロツクアウトが有効に成立していなかつたとしても、申請人は建物の所有権並に病院の管理権にもとずき被申請人の病院施設に対する不法な占拠を排除する権利を有するものである。

(二)  又被申請人は、申請人の理事及び院長の指示による患者の医療費請求事務を昭和三五年一一月以降行わず、そのため約一、〇〇〇万円に達する医療費が未収となつており、病院経営費は全く底をつき同三六年四月から患者に対する給食も不能となる状態である。ところで未収医療費受領のためには、医療扶助患者(別紙名簿記載のとおり)については所轄社会福祉事務所から送付された請求書用紙(医療券)とカルテが必要であり、健康保険・国民健康保険患者(別紙名簿記載のとおり)についてはカルテが必要であるが、被申請人は右医療券を占有して院長の指示にかかわらず、これを提出せず、又カルテについては申請人の理事・院長の閲覧を妨害するおそれがある。

(三)  よつて申請人は、予備的申立記載のとおりの裁判を求める。

第三、当裁判所の判断

一、疎明及び審尋の結果を綜合すると、次の事実が一応認められる。

(一)  申請人は、精神病院広島静養院の設置、経営を目的とする社会福祉法人であり、被申請人は広島市内及びその周辺の中小企業の労働者をもつて組織されている労働組合であつて、現在申請人の従業員約八〇名中約五〇名が被申請人に加入し社会福祉法人広島厚生事業協会支部を結成している。

(二)  申請人においては従前その従業員をもつて広島厚生事業協会従業員組合が結成されていたのであるが、昭和三四年三月一日右従業員約七〇名が被申請人に加入し、前記広島厚生事業協会支部を結成したところ、同年六月に至りそのうち約二〇名の者が被申請人を脱退し、広島厚生事業協会・広島静養院労働組合(第二組合)を結成し爾来両組合が併存する状況となつている。

(三)  被申請人は、前記支部結成後申請人に対し労働協約の締結等を要求して数次にわたり交渉を重ねたけれども、結局妥結するに至らず、昭和三四年六月一九日広島県地方労働委員会及び広島県知事に対し、争議行為の予告をなし、同年七月二八日争議に入つた。その際、申請人の理事並びに第二組合員は、被申請人の要求により右病院施設から退去し、その後右病院は院長(昭和三四年九月三〇日までは松岡竜三郎であつたが同日退任し、翌一〇月一日現院長宗近敬止が就任した。)の指示のもとに被申請人組合員の手によつて運営され争議は同年末に及んだ。

この間広島県地方労働委員会において調停に乗り出し、昭和三四年一二月一日労使双方に調停案を提示したところ、同月二六日右調停案にもとずき次のような協定が成立し一応争議は解決するに至つた。

1 双方とも調停案を受諾すること。

2 組合と協会は労使関係の安定に関する暫定措置として昭和三一年二月四日締結された労働協約(申請人と前記広島厚生事業協会従業員組合との間に結ばれた協約)を新協約締結に至るまで(但し期限を昭和三五年六月末日までとする)便用すること。(ここに便用とは実施の意味であることが当事者間に了解されているる。)

3 夏期手当、年末手当及び三三年度末手当は引続き誠意をもつて協議決定する。

4 事業の公共性にかんがみ事業の運営を民主化するよう特段の配慮をすること。

(四)  ところが、昭和三五年五月一一日申請人は被申請人に対し、前記昭和三一年二月四日締結の労働契約が無効であること及び同三四年一二月二六日に締結された前記協定を破棄する旨の通告をした。そこで被申請人は即日広島県地方労働委員会及び広島県知事に対しスト予告の通知をしたところ、これに対し広島県知事が右労働争議のあつせんに着手し、五月一七日申請人は同月一一日になした協約無効並びに協定破棄の通告を撤回し、被申請人も前記スト予告を取消した。そして同月二二日広島県、申請人、被申請人の三者よりなる三者協議会が成立し、以後労使間の紛争を右三者協議会で協議して解決するという申し合せができた。

(五)  しかるところ、申請人は同年六月一一日被申請人支部長である児島弘に対し、経歴詐称等の理由をもつて懲戒解雇の通知をしたので、同月一三日被申請人は再び広島県地方労働委員会及び広島県知事にスト予告の通通知をした。

(六)  そして同月二一日に至り、広島県知事のあつせんにより労使間に、

1 六月一一日になした右児島弘の懲戒解雇の通知、六月一三日になした被申請人のスト予告は九月三〇日まで効力を発生させないことを確認する。

2 夏期手当は双方平和的に解決する。九・三割の件(申請人は被申請人所属組合員に対し昭和三三年度末手当と同三四年夏期手当につき月額給料の九・三割分の過払があると主張している。)についても平和的進行の中で双方認めるべきは認める。

3 新労働協約については、両者互譲の精神に則り可及的速かに締結するものとする。

4 総ての紛争は三者協議会において相互の立場を尊重し誠意をもつて速かに処理するものとする。協議の整わないものは一切実施しない。

旨の協定が成立した。

(七)  その後数次にわたつて三者協議会が開かれたが、申請人の被申請人所属組合員胡子忠義に対する解雇予告の通知及びその撤回、職員二名の採用等をめぐつて次々に争が拡大し、八月二五日遂に広島県が右三者協議会から手を引き、広島県地方労働委員会にあつせんを要請するに至つた。そこで申請人は前記三者協議会が解消し、確認事項が実施不能になつたので児島弘に対する解雇通知の効力が生じたものと認めて同年九月一日以降の給料の支払を停止した。

(八)  ところで広島県の右労働委員会に対するあつせん要請後である同年八月二九日病院内において労使間で給料の支払問題につき交渉がなされたのであるが、この際問題が紛糾し被申請人所属組合員が午後二時頃から同六時半頃までの間、申請人の理事谷本弘、事務局長駒田仁郎、院長宗近敬止等につめ寄り、取り囲み、押す等してその要求を入れるよう強く迫つたため、申請人の理事等は翌三〇日から登院せず、広島市堀川町谷本工業ビル四階に仮事務所を設けて事務を処理し、病院管理については宗近院長に指示してこれに当らせた。

(九)  そこで被申請人所属の組合員は交渉相手を失つた結果、病院の管理者である宗近院長に対し、しばしば執拗に交渉を求め、同院長はその都度理事者との間に板ばさみの立場にされたり、態度が中立でないとしてなじられたりするので、これを嫌つた同院長は同年一一月二七日以降前記仮事務所の方に出勤して登院することをやめ、その後病院管理は、右仮事務所から書面又は非組合員若しくは第二組合員を通じて井上武司医師に指示して行われるようになつた。

(一〇)  その間広島県地方労働委員会は公益委員河野実、増原改暦をして紛争解決のためあつせんをなさしめ、同年一〇月二七日あつせん員意見書が双方に提示されたが被申請人がこれを受入れないため妥結するに至らなかつた。

(一一)  ついで同年一一月二五日前記八月二九日における被申請人組合員児島弘、南清澄、胡子忠義、沢田正太郎、南波億美、綿木信二、三吉和人、田中正典、柏孝行等の行為が暴力行為等処罰に関する法律違反又は暴行の罪に触れるものとして広島地方裁判所に起訴されるや、申請人は急遽就業規則を改正し、休職処分に付する事由として刑事々件に関し起訴された場合を新たに附加し、右改正規則に基き同年一二月一三日南清澄、胡子忠義、沢田正太郎、南波億美、綿木信二、三吉和人、田中正典、柏孝行を休職処分にした(児島弘については申請人は昭和三五年六月一一日付で解雇したものとして取扱つている)。これに対し児島弘及び右八名は広島地方裁判所に対し地位保全と給料の支払を求める仮処分を申請し、同三六年一月一九日同裁判所は申請人に対し児島弘を従業員として、南清澄外七名を休職者でない従業員として取扱い、給料相当額をを毎月支払うべき旨の仮処分決定をした。

(一二)  又、昭和三六年一月五日広島県の病院分類検査が行われることになつたので、これに立会うため、宗近院長、駒田事務局長が登院したところ、被申請人所属の組合員等との間に小ぜりあいがあり翌日の検査は院長が立会わないまま行われた。

(一三)  大略以上のような経過で申請人は昭和三六年一月九日、広島地方労働委員会及び広島県知事に対し争議解決のため昭和三六年一月二〇日から病院を閉鎖する旨予告し、同月一七日病院内の掲示板にその旨並びに保安要員六二名(非組合員、第二組合員全員及び申請人の指定した被申請人所属組合員中二九名)以外の者は別紙建物配置図中赤線をもつて囲まれた区域内の建物に立入つてはならない旨公示したが同月二〇日を経過するも被申請人所属組合員はそのまま従来通り就業を続けている。

(一四)  ところで昭和三五年八月三〇日以降申請人の理事は全く病院に姿を見せなかつたが、同年一一月二六日までは宗近院長に指示して病院の管理に当らせていたので、被申請人組合員を含む従業員は宗近院長のもとでさしたる支障もなく就業していた。しかるところ先に認定したように同年一一月二七日に至つて、宗近院長もまた登院しなくなり、病院に管理者がないこととなつたので職員は止むなく井上武司外二名の医師の指示を得て従来の取扱に従つて事務を処理してきた。そうするうちに同三六年二月四日広島県の勧告もあつて申請人は井上医師に医療面のみに限定して病院管理者の職務代行を命じたので、その後全職員は井上医師の指示に従つて就業している。

次に診療報酬金の請求は同三五年一一月以降なされていないがその事情は、元来、医療扶助患者の診療報酬金の請求は所轄社会福祉事務所から交付される請求書用紙(医療券)に健康保険並びに国民健康保険加入患者の診療報酬金の請求は所定の請求書用紙にそれぞれカルテにもとずき治療内容に応じ診療費を集計算出したうえ社会保険診療報酬支払基金へ提出することによつてなされるものであるところ、同年一一月二七日以降宗近院長が登院しないため報酬請求権者としての院長の印の押捺が得られないので、事務担当者(被申請人所属組合員)が所定事項を記入し右押印さえ得られれば直に基金へ提出しうるよう準備はできているが基金に提出されないままになつていることによるものであり、申請人からは右医療券等を前記堀川町の仮事務所に送付するよう指示しているが、被申請人においては院長の押印はたんに報酬請求者として書類の形式上必要とされるというものではなく、診療の実態と請求された診療費とが合致することを確認する趣旨も含まれているのであるから全く登院せず診療の実態を知らない院長が院外で右押印をなすことは不当であるとして申請人の指示に応じないものである。又、窓口における診療報酬金の請求については申請人がさきに同年五月頃従来窓口収納金保管のために置いてあつた手提金庫を取り上げ鍵のかからない金庫を与えたので、被申請人においてもしばしば従前の金庫と取り替えるよう要求したが申請人がこれに応じないため、担当係員が鍵のかからない金庫では現金の保管に責任が持てないとして外来患者に対する診療報酬金の請求をしていない。

現在社会保険診療報酬支払基金に対する未請求債権は約一、〇〇〇万円にのぼるが窓口よりする収納金の未収はさしたる額ではない。

以上の各事実が疏明される。

二、主たる申立に対する判断

申請人は、「被申請人は申請人の理事、院長が登院すれば、どのような暴行を加えるかわからないので、申請人の理事、院長は身体に危険を感じて院内で執務することができず、その結果病院は被申請人の事業所管理のもとにおかれているうえ、被申請人組合員の就業状態をみると、著るしく怠業していることが明らかであるから申請人のなしたロツクアウトは正当である。」と主張する。

おもうに、ロツクアウトは本質上労働者の争議行為に対する防禦としての性質を有するものであり、労働者の争議行為により企業又は事業の存立、工場施設等の安全が保たれず、使用者に著るしい損害を及ぼすような事情が生じたような場合これを防ぐためにのみ許容されるものである。従つて労働者の争議行為がないのにかかわらず、使用者が自己の主張を貫徹する目的で先制的、攻撃的にロツクアウトを実施することは違法であると解すべきである。

よつて先ず病院が被申請人の事業所管理のもとにあるかどうかについて判断する。

元来事業所管理(生産管理)は労働者が使用者の意思に反して事業所や設備資材等一切を自己の占有下におき、使用者の指揮命令を排除して自ら事業所の経営を行うことをいうのであるところ、本件にあらわれた全疎明によるも被申請人においてかかる意味で本件病院につき事業所管理を行つているものとは認め難い。かえつて前記(一四)前段で認定したとおり病院は現状においては井上医師の指揮下に運営されているものであつて間接に被申請人の管理に服しているものと認められる。なお申請人は理事、院長等が登院すれば必ず被申請人所属組合員等が理事、院長等に暴行を加えて院内への立入りを拒み、暴力をもつて同人等の院内における就業を著るしく妨げるおそれがあると主張するが、昭和三五年八月二九日の病院内における労使間のこぜりあい、宗近院長が登院しなくなつた事情、同三六年一月五日広島県の病院分類検査立会のため、宗近院長、駒田事務局長が登院した際の状況等を参酌しても、かかる恐が現存するものとは認められない。

次に被申請人の争議行為としての怠業の存否について考えてみるに、被申請人所属組合員が社会保険診療報酬支払基金に対して診療報酬金の請求をしていないのは前記認定の如く宗近院長が登院して執務し得るにもかかわらず、その事務を行わないことに起因しているのであり、又病院の会計窓口において外来患者に対して診療報酬金を請求しないのは申請人において何等の合理的な理由がないのに、従来の手提金庫を鍵のかからないものと取替え、いたずらに係員の現金保管の責任を加重したために取られた手段であつて、これらを目して被申請人の争議行為としての怠業ということはできない。

以上のとおりであつて、申請人と被申請人間には労働協約の締結、支部長児島弘の解雇問題、南清澄外七名に対する休職問題、年末及び夏期手当の支給問題等をめぐり紛争が山積していることは事実であるけれども、被申請人において現に争議行為を行つていると認めるに足る事跡が見当らないから申請人の前記ロツクアウトは先制的、攻撃的なものとして違法といわざるを得ない。

よつて適法なロツクアウトのなされていることを前提とする主たる申立はその余の点について判断するまでもなく失当である。

三、予備的申立に対する判断

次に申請人は右ロツクアウトが仮に有効に成立していなかつたとしても、申請人は建物所有権に基き病院の管理者として別紙建物配置図中赤線によつて囲まれた区域内の建物から被申請人所属組合員に退去を求め得る権利を有すると主張する。しかしながら被申請人所属組合員は申請人の従業員として、労働契約にもとずき正当に就労しているのであつて、そのために病院内に立入り、就労場所を直接占有しうることは当然であるから、被申請人の占有は不法であるということはできない。そして又被申請人所属組合員等が申請人の理事、院長等に暴行を加えて院内への立入りを拒み、暴力をもつて同人等の院内における執務(特にカルテの閲覧)を妨げるおそれのある状況にないこと、生活扶助患者の診療報酬金の請求については院長が登院して執務すれば支障なくこれをなし得る状況にあることは先に認定したとおりである。

そうすると申請人の予備的申立もまた失当たるを免れない。

四、結論

以上のとおりであるから申請人の本件仮処分申請はいずれも理由がないから却下することとし、申請費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 大賀遼作 宮本聖司 長谷喜仁)

(別紙省略)

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