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広島地方裁判所 昭和36年(ヨ)226号 判決 1962年8月15日

申請人 妹尾恒夫

被申請人 中国石灰工業有限会社

主文

本件申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

事実

申請人代理人は「被申請人は申請人を被申請人の工場長として取扱い、且つ申請人に対し、昭和三六年六月以降毎月金二万円を、その月の末日限り支払え。」との判決を求め、その申請の理由として次のとおり述べた。

一、被申請人は石灰採掘業を営む有限会社であるが、申請人は昭和三二年八月より、被申請会社蒲刈町工場長として被申請人に雇傭され、報酬として毎月月額金二万円を支給されてきたところ、被申請人は昭和三三年九月二九日申請人に対し同月三〇日限り申請人を解雇する旨通告した。

二、しかしながら、右の解雇は次の理由により無効である。

(一)  申請人は昭和三二年八月、被申請人に雇傭される迄、前記工場において妹尾石灰工業所の名称のもとに石灰採掘業を営んでいたが、その頃経営不振のため多額の債務を負担するに至つた。その折、被申請人会社の代表取締役である訴外三浦弘武は申請人に対し、申請人の債務を整理し、その経営を建直すことにつき協力を申入れ、その結果、申請人と被申請人との間に次の如き約定が成立した。即ち(イ)申請人の所有する広島県安芸郡蒲刈町四、五〇八アールの石灰石採掘権並びに前記工場の土地建物を向う三年間被申請人に賃貸する。(ロ)同時に被申請人は申請人を前記工場の工場長として雇傭し、報酬として毎月月額金二万円を支給する。

(二)  しかるに、被申請人並びにその代表者三浦弘武は申請人の鉱業採掘権を奪うことをたくらみ、申請人との右約定を無視し、申請人が前記工場の工場長であるにも拘らず、昭和三三年四月頃申請人に対し右工場への立入りを一方的に禁止し、遂には第一項記載の如く解雇の通告をなしたものである。

(三)  以上の諸事情からすると、右解雇の意思表示は公序良俗に反して無効であり、仮にそうでないとしても解雇権の乱用であつて無効である。

三、申請人は右解雇の無効確認並びに賃金支払の請求訴訟を提起し、これは昭和三五年(ワ)第一三八号事件として広島地方裁判所に係属しているが、申請人は現在他に収入なく、家族は妻及び扶養すべき子供四人であつて、その生活は甚だ窮乏しているので、本申請に及んだものである。

被申請人代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一、申請人の主張事実中、被申請人が石灰採掘業を営む有限会社であること、昭和三二年八月より申請人を被申請人の蒲刈町工場長として雇傭し、報酬として、毎月月額金二万円を支給してきたが、被申請人は昭和三三年九月二九日、申請人を同月三〇日限りで解雇する旨同人に通告したこと、並びに申請人はもと安芸郡蒲刈町向において、石灰採掘業を営んでいたが、経営不振のため多額の債務を負担するに至つたことは認めるが、その余の事実は否認する。

二、被申請人が申請人を解雇するに至つたのは、次の経緯によるものである。

申請人は昭和三二年一〇月頃、呉市広町五月荘において、数万円を遊興のため費消し、これを被申請人のための交際と称して、被申請人に負担させようとし、又、被申請人の所有するさく岩機一台、石油発動機一台を勝手に売却して、その代金を費消したので、被申請人は申請人とこの点を話合つた結果、申請人もこれ迄の非行を謝し、工場長として精励する旨誓つたが、その後も申請人は就労しないのみか、被申請人を告訴する等の行為に出たので、遂に被申請人は前記日時、申請人を解雇したものである。

三、仮に右解雇が無効であるとしても、昭和三四年一月一七日被申請人は金一五万円を申請人に交付し、同日限りその雇傭関係を合意解約した。

従つて、申請人の申請は理由がない。

(疎明省略)

理由

被申請人は石灰採掘業を営む有限会社であるが、申請人は昭和三二年八月以来、被申請会社蒲刈町工場長として被申請人に雇傭されていたところ、被申請人は昭和三三年九月二九日申請人に対し同月三〇日限り申請人を解雇する旨通告したことは当事者間に争いがない。

ところで申請人は右解雇の無効を主張するのであるが、この点は暫く措き、先ず申請人の求める本件仮処分の必要性につき検討する。

証人妹尾よ志恵の証言、申請人本人尋問の結果によれば、申請人は現在多額の債務を負担しているけれども、その所有にかかる畑三反余を耕作し、妻よ志恵が毛布等を販売して挙げる利益、及び同女が茶道の教授をして得ている謝礼金等で何とか生計を維持していること、又子供等はそれぞれ学業を終えて就職し、それ相応の収入を得ていることが一応認められる。とすれば申請人としては被申請人より毎月二万円の支払を受けなければ、生活できないものとは思われない。その上、本件仮処分は前示解雇の通告を受けた日より三年近くを経た後に申請されており、緊急措置である仮処分制度の趣旨に反するうらみがある。もつとも申請人本人尋問の結果によれば、右解雇の通告後広島地方裁判所呉支部において被申請人との間に調停乃至和解がなされていたため、本件仮処分の申請が遅れたことを疏明できるけれども、すでに本件仮処分の本案訴訟である広島地方裁判所昭和三五年(ワ)第一三八号事件は訴提起以来既に二年以上を経過しているのであるから、申請人は右本案訴訟の迅速な解決に尽力すべきものであつて、右本案訴訟の進行途中においてなされた本件仮処分申請は時機に後れたものというべきである。

申請人の求める本件仮処分は仮の地位を定める仮処分であり、且ついわゆる申請人の満足を目的とする仮処分である。およそ仮の地位を定める仮処分は、著しき損害を避け若くは急迫なる強暴を妨ぐため又はこれに類する必要性の存する場合に限り許される。殊に申請人の満足を目的とする仮処分は、本案勝訴判決を得たのと同様の効果を申請人に暫定的に許与するものであるから、かかる仮処分はその必要性が更に強度で且つ緊急である場合においてのみ許さるべきものである。

以上に疏明された諸事情を綜合すれば、本件仮処分申請につき右の如き程度の必要性を肯定することはできない。

しからば、申請人の本件仮処分申請はその必要性の存在につき、疎明がないことに帰するのみならず、保証をたてることによつて仮処分を命ずることも相当でないので、結局これを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松本冬樹 長谷川茂治 宮本増)

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