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広島地方裁判所 昭和38年(ヨ)31号 判決 1963年12月05日

昭和三八年(ヨ)第三一号事件申請人

同第四二号事件被申請人 城山万吉こと

申請人 徐万石

右申請代理人弁護士 原田香留夫

同 馬淵正己

同第三一号事件被申請人

同第四二号事件申請人

被申請人 松本九市

右申請代理人弁護士 宗政美三

同 早川義彦

主文

保証として第三一号事件申請人において、同号事件被申請人のため金五〇万円を、第四二号事件申請人において、同号事件被申請人のため金一〇〇万円を各供託することを条件として第三一号事件申請人のため第六項の、第四二号事件申請人のため第一ないし第五項の各処分を命ずる。

一、別紙目録記載の建物中一階遊技場部分および二階東北側のならびに三畳の二室に対する第四二号事件被申請人徐万石の占有を解いて、同号事件申請人松本九市の委任する執行吏の保管を命ずる。

二、執行吏は、右各部分の現状を変更しないことを条件として右のうち二階二室を同号事件被申請人徐万石に、一階遊技場を同号事件申請人松本九市および同号事件被申請人徐万石の両名に共同でそれぞれ使用を許さなければならない。また、執行吏は、右両名の申出があるときは、同人等が右遊技場に施設された遊技機その他遊技用の諸設備を建物の本質を毀損しない限度で他に搬出処分することを許さなければならない。

三、執行吏は、前記部分がその保管にかかることを公示するため適当な方法をとらなければならない。

四、同号事件被申請人徐万石は、前記建物につき、前掲二階二室を単独で、一階遊技場を同号事件申請人松本九市と共同で使用し、かつ、それに対する通路を通行するほか、他の部分に対する右松本九市の占有を妨害し、右一階遊技場に対する同人の共同使用を妨害してはならない。

五、同号事件被申請人徐万石は、前記使用を許された部分の占有を他に移転し、または占有名義を変更してはならない。

六、第三一号事件被申請人松本九市は、同号事件申請人徐万石が前記建物につき、前掲二階二室を単独で、一階遊技場を右松本九市と共同で使用し、かつそれに対する通路を通行することを妨害してはならない。

七、申請費用はこれを二分し、その一を第三一号事件申請人、第四二号事件被申請人徐万石の、その余を第三一号被申請人、第四二号事件申請人松本九市の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、本件建物が被申請人の所有であり、右建物を使用し昭和三三年一一月以降申請人を営業名義人として、「中央会館」なる名称のもとにパチンコ営業がなされて来たこと(その使用の権限並びに営業の態様については後に述べる)、昭和三八年一月三一日広島県公安委員会より右営業につき営業許可取消処分がなされ、同年二月一四日を以て右「中央会館」は閉鎖されるに至つたこと、現在本件建物中少くとも二階六畳及び三畳二室の部分は申請人においてこれに居住して占有していることは当事者間に争いがない。

二、右建物の占有関係について按ずるに、≪証拠省略≫を併せ考えれば、本件建物中一階店舗部分は従来「中央会館」店舗として、申請人が被申請人とともに後に認定する共同事業によつて得た利益金を以て購入したパチンコ遊技台その他右営業に必要な設備を施し、遊技場に供していたものであつて、現在もこれらの設備がそのまま設置された状態にあること、一方、被申請人においても、本件建物一階東南隅に自己の事務所を設け、二階の前記申請人占有部分を除く他の部屋には自己の娘夫婦その他の雇人を居住させて建物全体の管理に当らせており、申請人においては、前記争いのない二階二室を占有し、また、右遊技場に前認定の設備を被申請人と共同して所有するほか、その余の部分については何らの事実上の支配をしていない状況にあることが疏明される。してみれば、本件建物中右店舗部分については当事者双方がパチンコ遊技台その他営業に必要な諸設備を共有することにより現在双方の共同あるいは重畳的な占有が存するものというべく、右店舗部分及び前記申請人の占有することに争いのない二階二室を除くその余の部分は専ら被申請人がこれを占有しているものというべきである。

三、次に申請人が本件建物を占有すべき権原として主張するところをみるに、≪証拠省略≫を総合すれば、次の事実を一応認めることができる。

即ち、昭和三三年九月末頃、双方の間に、本件建物を使用してパチンコ営業をなすことの話合いがもち上り、その具体的方法につき協議を重ねた結果、被申請人において右営業の店舗として使用するため本件建物を提供すること、申請人において右営業開始のため本件建物の改装、設備等一切の工事に当ること、営業の名義人を申請人とすること、営業の具体的な方針は双方協議の上決定し、営業から生ずる収益は折半して双方が取得すること、猶被申請人の取得分については、特に同人が本件建物を担保として他から融資を受け、その返済を迫られている事情に鑑み、毎月最低四〇万円の収入は確保せしめる必要がある処から、申請人において営業収益の如何に拘らず右金額を被申請人に対し支払うこととすること、右契約の期間を二箇年とすること等の諸条件を骨子とする契約の成立を見、同年一一月広島県公安委員会より申請人名義でパチンコ営業の許可を得て、爾来「中央会館」なる名称の下に前記約旨に従い営業をなし来つた。而して本件建物の使用関係につき、当初は双方の間に賃貸借契約を締結し申請人において賃借人としてこれを使用し独立の営業を行うことの話し合いも存したのであるが、賃借のための所謂敷金ないし権利金につき被申請人は高額のそれを一時払いを以て要求したため申請人との間に折合いがつかず、ために申請人としては右の方法をとる事を断念し、被申請人の営業への参加を認容し、結局前記約定の通り双方共同して営業をなす形式をとるに至つたものである。

以上の事実が疏明されるのであつて、申請人本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる疏甲第七号証には被申請人が申請人に対し本件建物を賃貸する旨の記載があり、また、右疏明により前記約旨を終局的に文書の形式に整えたものと認められる疏甲第八号証には随所に賃貸或いは賃借なる文言が散見されるけれども、前者は一応それ自体から申請人が公安委員会に対し営業許可申請をなすに当り、店舗の使用権限を証する資料として提出したものであつて、その性質上行政許可を得るための証明方法を整えることを主眼として作成したものであることが認められ、また後者は、前示疏明によれば必ずしも本件建物の使用関係についての十分な法律的吟味を経て作成されたものとは認め難いので、何れも典型契約としての賃貸借関係の成立を疏明するには十分でないと言わなければならず、証人朴泳復こと有馬敏雄、申請人本人各尋問の結果によつても右認定を覆すに十分でなく、他にこれに反する資料もない。

ところで前記認定事実によれば、申請人の本件建物を使用し得べき権原としては、前記約旨に従い本件建物を用いて被申請人と共同してパチンコ営業を行うことを目的とし、右目的遂行のための前提として当然に是認される一種の使用権限であり、かつこれを超えるものではないと解するのが相当である。従つて、申請人が民法上典型的な賃借権を主張し或いは本件建物を使用して随意その選択に従い業種を変更して単独に営業をなし得べき営業権の存在を主張するところは採用の限りでなく、従つてこれらを前提とする申請人の爾余の主張も亦採るを得ない。

四、次に申請人は仮定的に、右認定の如く被申請人と共同して営業をなすべき権限を以て本件申請の理由とするのであるが、右共同営業にかかる「中央会館」が同館のなしたパチンコ景品の換金行為及び同館の店員である件外廬根元外数名の顧客に対する暴行事件を事由として昭和三八年一月三一日広島県公安委員会より営業許可取消の処分を受け、ためにこれを閉鎖するに至つたことは当事者間に争いがなく、右によれば、前記約定はその目的を失つて終了し、申請人のいう共同営業権は消滅に帰したものといわなければならない。申請人はこの点に関し、右取消処分は被申請人のみの責に帰すべき事由によつて招来したものであるから、被申請人としては、右取消による共同経営の終了を申請人に対して主張し、その共同営業権を否定することは許されないと抗争するので、この点について按ずるに、疏明によれば、前記約旨に従つて出発した共同営業は当初は順調に進行していたところ、昭和三五年一〇月に至り、被申請人は申請人に対し、契約期間の経過に伴う解約あるいは更新拒絶の申入れをなし、これに応じない申請人との間に紛議を生じたが、結局同年一二月、双方対等の権限を以て共同経営に当ることを骨子とする裁判上の和解の成立を見たこと、しかしながら右和解成立後も営業に関する双方の協議は十分に果されず、申請人の営業に関する発言権が低下し、あるいは少くとも営業に関する指揮監督の系統が双方に分立しその間円満な調整を欠く状態にあつたこと、而して右の状態に陥つた原因はむしろ被申請人の側に負うべき事情少しとしないことが一応認められるけれども、申請人としても被申請人によつて一方的に右共同営業の関係から排除されてしまつたわけではなく、形式的には依然営業の名義人として対外的に右営業を代表する立場にあり、実質においても引続き本件建物内に居を有して営業を監督或いは監視し得べき状態にあり、かつ当初の約定による営業利益の配分は引続きこれを受領し(尤もその額については双方の主張するところは必ずしも一致しないが)来つたことが一応認められるから、前記営業許可取消の事由となつた事実につき自己に全く関係のないことを主張し、全面的にこれを被申請人にのみ帰責するのは当を得ない。また、仮りに共同営業の目的がパチンコ営業に限定されないとしてみても当事者双方の信頼関係及び共同関係が既に全く破綻し現在及び将来他の業種をもつてしても双方の間に共同経営の続行を期待し難い状況にあることは前認定の事実および弁論の全趣旨から明らかであるから、その責任の追及はともかくとして、共同経営契約の存続を主張することはできないというべきである。よつて、この点に関する申請人の主張も亦採るを得ない。

五、以上のとおり申請人の第三一号事件の申請中本件建物全体につき、被申請人の占有の排除を求め或いはその所有権の処分禁止を求める部分は被保全権利の疏明なきに帰するから、これを認容することはできない。しかしながら、申請人において本件建物の一部を現に占有すること前記二、説示のとおりであり、一方被申請人において申請人に対し直ちにその占有の排除を求めて争つていることから、申請人の右占有を妨害するおそれのあることは充分予想されることであるから、申請人の右占有部分に対する被申請人の妨害の禁止を求める必要はこれを認むべきであり、右の限度において、本件申請はその理由がある。

六、次に、第四二号事件につき被申請人の申請について按ずるに、被申請人が本件建物を所有することは前示のとおり当事者間に争いがなく、かつ申請人においてこれに対抗し得べき正権原を有しないこと前敍の通りであるから、被申請人において申請人に対し本件建物の明渡を求むべき被保全権利は一応存在するものということができる。そこで進んで被申請人の申請につきその必要性の有無を検討することとする。本件建物がパチンコ店「中央会館」として発足して以来前記共同営業により相当の営業収益を挙げ来つたところ、前記営業許可取消処分によつて昭和三八年二月一四日を以て閉鎖の已むなきに至り、爾来右営業中の諸施設を蔵したまま遊休の状態で現在に至つていることは当事者間に争いがない。而して本件建物の位置、規模等より見て、完全に共同営業開始前の原状に復した上、他の営業目的に供するとすれば、同じく相当額の収益を挙げ得るのであろうことは十分窺うに足り、その意味においては被申請人としては、申請人の占有により多大の損失を蒙つているということができる。然しながら一方、申請人としては右営業許可の取消により共同営業が終局に至つたこと自体を争うこと前示の通りであり、かつ疏明によれば申請人は右取消処分に至るまでの共同営業期間中の営業収益分配に関する約定は完全に履行されていないとして被申請人に対しその清算を求める態度をとり、既に清算済みと主張する被申請人との間にこの点に関しても事実上猶終局的な解決を見るに至つていないこと、そもそも、右取消処分を受けるに至つた事由自体についても前述の通り、これを被申請人に一方的に帰責することはできないとは言え、他面被申請人の側においても大いにその責を負うべき事情にあること、被申請人は現在他に数種の事業を有しており、直ちに本件家屋を以て収入を図らなくてもそのため回復不能の損失を蒙るとは言えないこと、これに反し申請人には他に見るべき営業もなく、住居とすべき家屋も他に存しないことが一応認められる。右の事情を総合すれば、現在仮処分を以て直ちに申請人の本件建物に対する占有の排除を求める、申請人の申請はその必要性において猶十分ならざるものがあるが、申請人において仮りにその占有部分の占有を他に移転するときは将来被申請人がなすべき権利の実行に著しい困難を来すこと明らかであるから、右部分につき申請人の占有の移転、占有名義の変更の禁止を求める部分はこれを求める必要があるというべく、また本件建物に対する当事者双方の対立から申請人において被申請人の占有部分の使用を妨害するおそれなしとしないのでその妨害の禁止を求める必要もこれを認めるべきである。よつて、本件申請は右の限度においてその理由がある。

よつて、双方の申請につき前示の限度においてそれぞれ主文のとおり必要な処分を命ずることとし、申立費用については、民事訴訟法第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 林歓一 裁判官 千種秀夫 田川雄三)

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